外郎売り風~朗読台本~ 宵酔華綴り / 白鷹

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

 

 

所要時間:6分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

ようこそおいでなさりんした、そさまがおわすこちらは幕府公認若山遊郭と申しんすは、花町でござりんす

花町と申しんすは、殿方ならば能々(よくよく)ご存知の町でございますれば、おなごが春をひさいで生きる世界にござりんす。

わっちはこの若山遊郭一の楼閣華屋にて、お職を務め参りんす牡丹と申しんす、いえいえ遊女に本名などはお尋ねくだしゃんすな。いちいち女郎の過去を探りんすは、無粋者の所業にございんす。もしやそさまが野暮なお方ならば、まずは見世の遣り手がわっちの元に通しは致しますまい。わっちの元にお通い遊ばされますを赦されたのでござんすならば、粋人(すいじん)以外にはございんせん。

 

只今世は文化七年、尾張犬山より御江戸に約九十里下りまする徳川の公方(くぼう)様は、家斉(いえなり)様に御座いんす。廓より出るを叶わぬ身の上ならば、生涯お会い出来ませぬ殿上人(でんじょうびと)なれば、東を仰いで崇めるばかりでございんす。

また、遥か遠く上方(かみがた)三十五里の御所におわします天皇様も、お名(な)をお聞き致しんすがこちらも神の如く崇める以外にはございんせん。

 

はてさて廓の有り様なぞを今更聞きますのは、そさまも飽いていらしゃんしょう。せっかく座敷にお登楼(おあが)り下さいましたのならば、成る丈お楽しみ頂ける様あい努めねばなりんせん。

さあさ、どんぞ酒などをお注(つ)ぎ致しんしょう。歌に踊りに琴に三味、色艶やかな衣装を身に纏い天女の如きおなごがくるくる回り回れば、そさまも夢見心地で天にも昇る様なお気持ちになりますれば、あれあれ相伴(しょうばん)にてわっちも酒が回って参りんした。

 

癖の悪い事に酒が回るとわっちはどうも舌先三寸嘘八百二枚舌をあい持って、意味のない事を良く喋ると言われんす。

周りの新造や禿が止めんすも止まらぬこの口のなんと憎らしい事か。

恨んでも憎んでも已(や)むに已(や)まれぬ、生まれ出ずるに口から先に産まれたと、お産婆(さんば)より言われし身の上なれば何卒ご容赦戴けんしょう

あれよあれよ、言うに言われず一本調子(いっぽんちょうし)か一本調子(いっぽんぢょうし)、いずれ羨む菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)、意気揚々(いきようよう)と色白(いろじろ)以(も)って七難(しちなん)隠す(かくす)は忌々しい。

 

昔の恋は来いの恋、今の恋は持って来いなり。恋泣き濡れて、一人恋うて見るは池の鯉。

南無釈迦じゃ、娑婆じゃ、地獄じゃ、苦じゃ、楽じゃ、どうじゃこうじゃと云ふが愚(ぐ)じゃここは苦界じゃ。

赤巻紙青巻紙黄巻紙、今日の後朝(きぬぎぬ)は厚紙薄紙透かし紙いずれの紙にしたためんしょう。

堪忍のなる堪忍が堪忍かならぬ堪忍するが、堪忍されども堪忍ならぬは巾着紐の固い客にございんす。

長持ちの上に生米生麦生卵、長持ちの下には茹米茹麦茹卵、長持ちの中には煮米煮麦煮卵。

そさまの心に渦巻くは焼米焼麦焼卵ならぬ、焼き餅にござんしょうか。

 

つごもりざるそば頼んだが口ごもり、つごもりざるそばとつと言えずごもりごもりと口もごり。

酒飲むが飲まれた酒に夢見るが、夢の世に夢に夢見る夢の人の夢物語するも夢なり。

手習いに著名な僧の書写を書するが、そこは書写山社僧の惣(そう)名代(みょうだい)には敵うまい。

 

さて、夜も更けて参れば月明かりだけではどうにもそさまの貌(かお)も判らぬ有り様でありんすと、行燈油を足しませう。百八の燈(とう)明(みょう)の油には、白胡麻からやら、黒胡麻からやら、真胡麻からやら、犬胡麻からやら、胡麻から、ひ胡麻から、真胡麻からの油を立てられたり。これにてわっちの美貌も匂いたちんしょうや。

 

匂い立つと申せば香炉の香も細い煙を立ち上らせて、伽羅(きゃら)沈香(じんこう)白檀(びゃくだん)といずれの香をお気に召すかと色々に焚き染めしが、これ合わせて炊き申すはこりゃまた珍し香りなりんしょう。

おきちゃ楽しむ座敷に、お茶点てておきちゃお茶のみお茶飲まれ、やれ御代わりじゃと申し、新茶立て茶立てあお茶立て茶立て粉(こな)茶立て茶立て。

茶柱立てて縁起を担ぐは、神仏祈りを捧ぐに似(に)て候。

京の三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)の仏の数は三万三千三百三十三体ござるというが、ほんに三万三千三百三十三体ござるかと問うたら、ほんに三万三千三百三十三体ござりんしょうと言いんした。

仏間の仏壇仏前にて神仏崇め奉り、仏の顔も三度までと、げに良さげな賞賛あれども仏頂面晒すとはこれいかに申しんしょう。

 

さてさてそろそろ酒にも飽いて参らせれば、わっちら妹躾ける際のこの綴りをご覧あれ。

いかにも先程よりそさまに申し上げんすは、若山遊郭大見世華屋に伝わる門外不出の芸にござりんす。

何故これを覚えるか、おきちゃをお迎えおもてなしお愛想振り撒き袖引くよりも、機転を巡らせ舌を回らせおきちゃの目を回させて、言葉巧みに虜にせねばならぬとまずはかようにこの綴りを読ませんす。

いずれの見世にもありはすまいこの『宵酔(よひよひ)華綴(はなつづ)り』お楽しみ戴けましたでござりんしょうか。

金色の月にきらりきらりと輝く金子(きんす)煌めきそさまの袂(たもと)より我が袖に来たれば、さてしびれを切らしてお待ちの褥へと参りんしょう