花魁道中いろは唄~外伝~

御宿世憂ひて水面に灯を流し ♂×3 ♀×4 / 白鷹

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所要時間:120分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

椿 (♀) 19歳

大見世華屋の花魁。牡丹に次ぐ花魁であり次代お職の肩書を持つ。

八歳の時に若山に売られて以来引っ込み禿として外部は勿論、見世の内部の者達にも隠して育てられた。

元来の美しさと見た感じの可愛らしさで男の気を引く。

芯の通ったしっかり者で、頭の回転が早く根付く性格は非常に厳しい。蓮太郎と恋仲にある。

 

 

蓮太郎 (♂)19歳

華屋の若衆で料理番。生真面目で自他共に厳しく真面目な性格だが椿に関してはかなり緩い。

華屋の元お職でもあった石楠花花魁の産んだ青年で大変な美形であり、よく陰間と間違われる。

正義感が強く、冷たい表面とは裏腹にとても優しい。が、感情表現が苦手。

 

 

牡丹 (♀) 25歳

若山随一の大見世、華屋のお職であり椿の姐女郎。

華やかな色気と優しさと雅さで道中を歩けば大輪の花の様だと男達を沸かせる。

しなやかな色気の反面気風の良さを併せ持っており、自身の見世に害が及ぶと怒鳴り込む事もある。

今回は、前話の影響でかなり落ち込んでおり普段は見せない我儘な一面を見せる。

 

 

女将 (♀) 31歳

華屋の楼主兼美人女将。見世の経営を遣り手任せにはせず自らもせわしなく働く。

自分の見世の女郎たちをとても可愛がっており、何か女郎が失敗した時なども身体に傷を付けない為に折檻はせず、仕置き部屋に閉じ込める程度で済ませるなど大切にしているが、不利益や怠慢など大幅に秩序を乱した場合は容赦はしない。

 

 

司波 流燈 32歳 (♂) (シバ リュウト)

 

上方下りの医者。

京の公家に奉公していたが忍虎(かげとら)との密命の為尾張に下る。名医で高名。

見立ては確かで禁令を言い渡されている蘭方なども密かに学んでいる為西洋医学にも詳しく知識量が膨大。

華屋椿の馴染客。禿時代から椿をみており、新造出しの費用を出した。

初見世も狙っていたが折悪く、江戸の御殿医に呼ばれていた為初見世を逃した。

 

 

松川屋 惣一郎 27歳 (♂)

大店老舗呉服問屋 松川屋の若旦那で様々な豪商と縁が深い金持ちで椿の客。

椿の客になる前は様々な抜け道から複数の女郎と間夫契りをするなどかなりの遊び人だった。

椿の初見世を取って以来他の女との縁を絶った。椿に惚れこんでいる。

初見世時に松川屋の旦那になる為の画策として、椿を通じて華屋を貶める画策をした為見世には余り気に入られてはいない。

 

 

桜 19歳(♀)

華屋の現在正味7位と8位を行き来している健康的で明るく美しい花魁。

椿とは同年の花魁で一方的にライバル視している。

牡丹花魁を尊敬しており、牡丹に奉公するのが希望だった。

感情の起伏が激しく惚れっぽい所もあるので見世の中で他の女郎とよく揉め事を起こす。椿はやんちゃな友人として見ている。

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役表

 

椿   (♀)・・・・・・

蓮太郎 (♂)・・・・・・

女将  (♀)・・・・・・

牡丹  (♀) ・・・・・・

流燈  (♂) ・・・・・・

惣一郎 (♂)・・・・・・

桜   (♀)・・・・・・

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●メモ

中条流について。

流燈役の方は『なかじょうりゅう』と読んで下さい。

その他の方は『ちゅうじょうりゅう』と読んで下さい。

※ルビが振ってある場合はルビ優先でお願いします。​

椿   「あーつーいー・・・。もうこの時期いやー・・・。溶けちゃうよぉ・・・」
蓮太郎 「またぐずぐず言ってる、本当に暑さに弱いな。台所入ってみるか? 灼熱地獄だぞ?」
椿   「うへぇ・・・、暑いのいやぁ・・・。うー・・・、夏って帯の下が蒸れて下のお臍が痒くなるのよね」
蓮太郎 「? ・・・、・・・? ・・・、? え? し、下の、臍?? って?」
椿   「え? お臍の下のお臍?」
蓮太郎 「?! つ、椿・・・、臍、二つ、あるの?」
椿   「・・・、あ。そっかぁ・・・、蓮太郎はないよね」
蓮太郎 「え、ちょっと待って、それは、あるのが普通なのか? 無い俺はおかしい、のか?」
椿   「へ? あ、あははははははっ、あは、うふ、ひ、違うよ。他の見世はどうか知らないけど華屋の女郎はみんなあるよ」
蓮太郎 「・・・、なんで? へ、臍が、二つ?」
椿   「えっとね、お灸の痕だよ。初見世を迎える前にみんなお臍の下にお灸を据えて孕まないようにするの。小っちゃいお臍みたいに見えるから下のお臍って呼んでるの」
蓮太郎 「なるほど」
椿   「月に一度同じ所に据えるんだけど、これが夏場は痒くてね」
蓮太郎 「変に膿んだりとかしてないといいけど」
椿   「大丈夫だと思うけど・・・、うんとね、・・・、う、ん、よいしょ」
蓮太郎 「え・・・?」
椿   「蒸れるって言っても、そんなぐちゅぐちゅになる訳じゃなくて」
蓮太郎 「つ、椿・・・? や・・・、あ、う・・・、うん」
椿   「かさぶたが取れそうな感じで、こんなふうに・・・、はっ?!

     きゃあああ!!(平手打ち)
     なんで見てんの蓮太郎の馬鹿!!」
蓮太郎 「・・・ってぇ、って、椿が勝手に帯解いて脱ぎ始めたんじゃないか・・・っ」
椿   「なんで一言注意してくれないのよ、蓮太郎の助平!!」
蓮太郎 「それ俺のせいなの?!」
流燈  「相変わらず賑やかやなあ・・・」
蓮太郎 「司波先生。仮宅まで、ご苦労様です」
椿   「流~燈先生だ、流~燈先生だ! 流~燈先生だぁあぁ!!」
流燈  「なんやめちゃめちゃ喜んではるな」
椿   「だぁって! 馴染のおきちゃはみんなしょぼくれた座敷としょぼくれた料理と寂しい見世構えじゃ登楼(あが)る気になれないって来てくれないんだもん!」
流燈  「あー・・・、ほならアテも診察だけ言うたら怒ります?」
椿   「なーーんーーでーーぇ?!?!」
流燈  「なんや蓮太郎はん、頬に楓(かえで)作って。何悪さしはったんどす? ん? 椿はん・・・、帯解けてはるんちゃう?」
蓮太郎 「うわー・・・、この流れかー・・・。最悪だ」
椿   「あ、違うの、下のお臍を見せようと思って、そしたら間違えて脱いじゃった」
流燈  「は・・・、間違えて脱ぐっちゅう事があるんかいな。浴衣やから襦袢も着てへんのに帯解いたらすっぽんぽんにならはるやろ。なんで下の臍見せよ思わはったん?」
椿   「暑くて蒸れて痒いから」
流燈  「ほなら軟膏だしましょか? 痒いの止まります」
椿   「あ、欲しい」
蓮太郎 「なんか、当たり前の様に言ってますけど、俺は初見世前に灸を据えるなんて初めて聞きましたよ?」
流燈  「臍の下指二本分の所に『関元(かんげん)』ちゅうツボがありますのや。そこに灸を据えると孕みにくうなる。漢方ではそない言わはります」
蓮太郎 「それって、効果あるんですか?」
流燈  「呪(まじな)いどす。それが完全に効くんなら堕胎なんちゅうもんは要りまへん」
蓮太郎 「そう・・・、ですね」
流燈  「避妊ちゅうて、孕まん様にする技術言うんは、今の所海越えた向こうの国でも余りありまへん。医術は発達してはる言いますけんど、眉唾もんばかりどす。当たり前やな、本来は、やや子作る為の行為やからな」
蓮太郎 「自然の摂理に逆らう医学は無い、という事ですね」
流燈  「いずれ、可能になる日が来る。そう思とります」
蓮太郎 「自然の摂理に反する事・・・、神への冒涜でも?」
流燈  「神さんへの冒涜一つで目の前の命助けられるんなら、アテは神さん蹴り飛ばします」

 

女将  「そうかい、先月は孕んでる花魁は居なかったけど、今月に纏まって来たか・・・。2人はちょっと多いね。まだ、仮宅で良かった。遣り手と相談して、何とか理由を付けて客の入りを制限しないといけないね」
流燈  「あとは、少し風邪ひいてる禿はんと新造はん、胸が痛い言わはる花魁はん」
女将  「胸が痛い?」
流燈  「大層な事はあらしまへん。暇で煙草の吸い過ぎです。咳の風邪ひいてはるんにやめなはれ言うときました」
女将  「こう客が来ないとねぇ、商売あがったりだよ」
流燈  「痩毒持ってはる遊女はんはおりまへん。相変わらずそれだけはきっちりしてはりますな」
女将  「仮宅だろうがウチは華屋、下級小見世なんかに行く男の登楼できる見世じゃないよ」
流燈  「報告はこれくらいやな。堕胎は、アテの専門やあらしまへん。各々で頼みます」
女将  「桜はこれで二度目かい・・・。」
流燈  「よう避けてる思いますよ。体付きが豊満やし健康的やから妊娠しやすいやろに、気ぃ付けてはる」
女将  「怖いんだろうね。あの子は姐が中条流で亡くなってるから」
流燈  「確か、同じ年の花魁はんも亡くなっとりませんでした? 中条流やのうて、孕んではるのを気付かずに横っ腹が痛い言うて、翌日亡くならはった」
女将  「そんな事もあったね。とにかく子を孕むこと自体に恐怖心があるらしいからね。客が付いた後の下湯は怖いくらい必死だよ」
流燈  「桜はんは、部屋籠って泣いてはりますわ」
女将  「来年には大台の二十歳。妹だっているのにそんな弱くてどうしたもんかね?」
流燈  「死にたがりよりええどす」
女将  「そりゃそうですよ。けど、堕胎は時期を見ないと急に言ったら逆に正気を手放しそうだね」
流燈  「余り時間が経てば堕胎も命の危険が増します。早い内がええどす」
女将  「・・・専門外だと仰っていますが、出来れば腕のいい女医を紹介してくれませんか」
流燈  「女医・・・、中条流の専門医どすな。アテの知り合いにはおりまへん。そもそも中条流を信用してまへん」
女将  「信用していない・・・。堕胎をするのに中条流以外の方法がありますか?」
流燈  「専門外や、と言いました」
女将  「信用していないと仰いますけどね、今の遊郭では堕胎するには中条流を使う以外に方法がない。新しく革新的な方法があるなら命を救う為にも堕胎を請け負うのが医者の本筋じゃないんですかね?」
流燈  「ありますよ? 妊娠しはったお女郎はんを中条流以外で助ける方法」
女将  「・・・あるんじゃないですか。それで? 方法とは」
流燈  「産んだらええやないですか。中条流より余程安全やし、産まはる言うならアテかて支援します」
女将  「冗談を聞きたい訳じゃないんですけどね?」
流燈  「腹に子のいるお女郎さん集めて養護施設作って、旨いもんたっぷり食わせて健康に暮らさせる」
女将  「若山から女郎がいなくなっちまう。孕んだから子を産むなんて、それが出来れば女医なんて要らないんですよ。司波先生だって椿と褥を共にしてるんです。そうなった時に己の子を助けられると思っていますか?」
流燈  「ほなら、そうなった時に椿はん身請けしまひょか」
女将  「とんだたぬき医者ですよ。司波先生も」
流燈  「女将はんかてお女郎はんの命助けたいとあれこれ模索してはるんに、一向にその方法が見付かれへんのを歯噛みしてはるやろ。無駄な努力やおまへん。女狐の皮被って、しっかり努めておくれやす」
女将  「ふんっ。これだから嫌いだよ。先生なんて呼ばれる存在は、ちょっと経験があるとすぐ偉そうに指南しようとする」
流燈  「あれま、不思議な事言わはりますな。女将はん、男は全部嫌いや思とりました」
女将  「あー、それは嫌いだねぇ」
流燈  「ま、埒のあかん話はこんくらいにしときまひょか。女将はん、牡丹花魁が診察を受けようとしはりまへん」
女将  「・・・っ? なんで」
流燈  「まぁ、診察を受けたがらない理由いうたら思い当たる事があらはるんでっしゃろ。登楼する気はありまへんが、近くに宿とって何回か訪問さして貰います」
女将  「お手を煩わせる女郎ばかりで済みませんね」

 

桜   「うわぁ・・・、これとてもきれいでありんすな。え、これ本当に古着なんでありんすか?」
惣一郎 「おぅ、古着だ。しかも元々が訳ありの反物だからな、綺麗に見えるがほら、この袖口と袂の所の糸が引き攣ってるだろう? それなら1枚2朱ってとこか。纏めて買うってなら値引きしてもいい」
桜   「安っす?! え、本当にそんなに安く売ってくんなんすか?」
牡丹  「有り難い話でござんすが、こんなに沢山? 襦袢や帯までお世話になってもよろしいんでござんしょうか?」
惣一郎 「構わねぇよ? まぁ華屋で売れ残ったやつは、ほら、通り向こうに構えた中見世の仮宅通りがあるんでそこに寄って全部売り捌く積もりだ」
女将  「はー・・・、随分沢山持ってきたもんだね。古着とは言えしっかり遊女の着物だ。花を撒き散らしたかの様じゃないかい」
惣一郎 「燃え移る前に少しは持って出られたものもあるだろうが、限度があるだろう。花魁にしろ遊女にしろ着物がないんじゃ商売にもならんだろうしな、町ぐるみで助け合いだ」
椿   「大盤振る舞いでありんすね。惣一郎様の所は大丈夫なんでありんすか?」
惣一郎 「そもそも、これは同業で店を移すとか畳むとかいう所から安く買い付けて来てる処分用の古着だ。遠慮すんな」
桜   「処分て・・・、売れなかったら捨てるんでござんすか?」
惣一郎 「あ?」
桜   「いえ、どうせ捨てるんなら別に譲ってくだすってもよろしいんじゃないかと思いんしてー・・・」
牡丹  「こら! 桜!」
桜   「あはは・・・、ごめんなんし」
惣一郎 「おー、中々追剥ぎ根性座ってるな。悪かねぇが、着物は捨てやしねぇよ」
桜   「そんじゃ、売れ残ったものはどうするんでござんすか?」
惣一郎 「なんだ、桜。興味あるのか?」
桜   「聞いた所でわっちがどうできる訳でもありんせんが、興味ありんす。ただ、惣一郎様が面倒ならよござんす」
惣一郎 「構わねぇよ。着物はまず新品で反物から仕立てるだろう。その後は古着として2~3回物が良きゃ5~6回は巡って売り飛ばされて、どうにも売れなくなったら糸を解いて端切れにする。その後子供の着物として柄や布の綺麗な所を仕立て直しする。それでも使えなくなりゃ、更に解いて雑巾や、あー、子供のおむつにするとか言ってたな」
桜   「へぇ・・・、この着物も、最後は雑巾でありんすか。反物ってすごいんでありんすな」
惣一郎 「柄の綺麗な物は小物に使われたりもするな。巾着や財布なんかの」
椿   「端切れは良く牡丹姐さんが匂い袋を作ってたりしんすな」
牡丹  「戴いた花や端切れで出来んすからな。小物作るんが好きでありんすから、端切れは良く見に行きんす」
惣一郎 「へぇ・・・。牡丹にそんな趣味があるなんて知らなかったな」
牡丹  「最近始めた事でありんすからな」
桜   「牡丹姐さんの匂い袋は香りも良くて、飾りとしても可愛らしいんでみんな欲しがりんすよ」
惣一郎 「ほう? ちょっとした商売出来るんじゃねぇのか?」
牡丹  「それほどじゃありんせん」
惣一郎 「あー、雑巾で最後じゃねぇからな?」
桜   「えっ?! ま、まだ使うんでござんすか?」
惣一郎 「使い終わった雑巾やおむつは焼いて灰にする」
桜   「灰って・・・、あ・・・。もしかして行水の時の布に包む灰はそれでありんすか?」
惣一郎 「そう。灰屋なんてもんがあるからな。畑の肥料にも使う、最後まで無駄にはしねぇぞ」
女将  「金も物も巡るもんですよ。松川屋様、あたしはこの3枚貰いましょうかね」
惣一郎 「あぁ? お前ぇさん、もちっと色気のある着物きたらどうだ? 年増ってったってまだそれほどでもねぇだろう」
女将  「色気なんざ花魁に敵う筈もないのに張り合ったって無駄ですよ」
惣一郎 「まさか、お前ぇさん未開通ってこたねぇだろうな? なんなら俺が貰ってやろうか?」
女将  「そんな筈もありませんけど、お開帳ってならひとまずあたしにも選ぶ権利を貰えませんかね?」
惣一郎 「なんでぇ、俺じゃ不満だってのかい」
女将  「あー、済みませんねぇ。歯に衣着せた積もりが着せられてなかったようで。なんなら歯に着せる着物を売って下さいよ」
惣一郎 「この野郎」
牡丹  「あぁ、惣一郎様。お手元の反物は新しい着物の分でござんすか?」
惣一郎 「あぁ、これは川瀬の旦那から牡丹に三着ほど作ってくれと頼まれたんで持ってきた。色合わさせてくれや」
牡丹  「わっちも川瀬様より文を貰っておりんした」
惣一郎 「そんじゃ、部屋行くか」
桜   「って・・・、椿。牡丹姐さんのお部屋に毎度行くの、気分悪くありんせんのか?」
椿   「んー・・・? んー・・・」
牡丹  「椿・・・、そんな目で見んでもわっちは惣一郎様を奪ったりはしんせんよ?」
惣一郎 「お? なんだ? 椿。悋気か?」
椿   「あぁ、そうじゃなくて」
惣一郎 「ぅぐ・・・っ! 違うんかい!!」
桜   「椿さ、それは思っていなくても悋気の振りをしておくべきじゃありんせんのか?」
椿   「嘘が苦手なのに? そうじゃなくて、わっちも新しい着物が欲しいけんど、その話には触れんせんなーと思って」
惣一郎 「欲しいなら気の利いた文でも寄越しやがれ」
桜   「え? って椿。仮にも呉服屋の旦那さんに着物をねだらないなんて事がありんすか?」
惣一郎 「桜の言う通りだぞ、椿。お前はもうちょっとちゃんと客の心を読め」
椿   「おきちゃの心・・・。うん、流燈先生に買って貰おっと」
惣一郎 「素直に頼めないのか、お前は!」
椿   「そんな勿体ぶる人に頼みたくありんせーん。流燈先生は困ってるの知ってるから素振りなんて無くても買ってくれるもーん」
惣一郎 「あいつと比べんな、腹立つな、助平医者が。どうせ脱がす為の着物だろうが」
椿   「そうでありんすねー。どうせ脱がす着物を売る惣一郎様に、どーせ脱がす着物を買ってくれる流燈先生。何が違うんでござんしょうなぁ?」
桜   「なんでそんな乱暴な態度とって客に気に入られるんでありんすか? わっちには判らん」
牡丹  「おきちゃの袖を引く方法は一つに非ず。桜は桜の健気さで客を掴めておりんしょ? わっちはその賢明な桜が可愛らしいと思いんすよ」
桜   「牡丹姐さんに褒められるとちょっと嬉しくなりんす。惣一郎様、わっちはこちらの1着とこの3枚、長襦袢を1枚戴きんす」
惣一郎 「おう、そんじゃ衿元に止めてある値札をそこの丁稚に渡しといてくれ。後日見世に請求すっから」
桜   「あい。うう・・・、今月は借金が跳ね上がるなぁ・・・。ホント、誰よ火ぃ点けたの。もう、許せない」
牡丹  「火付けの犯人は角名賀の中で死にんした。赦すも赦さぬもありんせんよ。憎んだとて、何一つ戻ってきやせんよ」
椿   「わっちはこの帯と着物と襦袢の一揃いを戴きんす」
桜   「相変わらず椿の選ぶ着物は地味でありんすな」
惣一郎 「んお?! ちょっと待て、椿」
椿   「値段あげたりしんせんな? 惣一郎様」
惣一郎 「あ、ああ、そりゃそんな商売人の信用を失うようなこたしねぇよ」
椿   「この手触りと染めは桜小紋の絞り。きっと店移しをする前は衣桁にかけて飾ってあったんでありんしょうな。気になるんは左袖の日焼けでありんすがそれ程大きくもない。良い着物でありんす」
牡丹  「ほんに・・・、この着物の中から一点物を探し出すとは。椿の着物好きも根性が入っておりんすな」
惣一郎 「本当に・・・、お前ってやつは。目が利くな。やっぱ落籍せるか」
椿   「ふふ・・・、謹んで、お断り致しんす」
桜   「笑顔でいう事じゃありんせんよ。もう少し気を持たせるとか、ありんせんのか」
惣一郎 「あー・・・、いい、桜。椿にそういうのは期待してねぇ」
桜   「お人好しが過ぎんすよ。惣一郎様」
牡丹  「さて、惣一郎様、参りんしょう」

 

惣一郎 「薄柳は牡丹の一番似合う色だからな、今回も作っておくか。淡藤は色気はあるがちょっと寂しげに見えるな。・・・、というか、お前の顔色が悪いんじゃねぇのか? どうした、しょげ返って」
牡丹  「しょげ返ってなんおりんせんよ。ただ、慣れぬ仮宅住まいなんで少々疲れが溜まっておりんす」
惣一郎 「お前、枕が変わると眠れないなんて性質だったか? 結構豪胆だった気がするが・・・、あー、いや豪胆なのは椿の方か。確かに椿の水揚げ前にお前のとこ通ってた時は、お前の寝顔を見たこたなかったな」
牡丹  「おきちゃがいる時にぐっすりなん眠れやせんよ? 椿が羨ましい」
惣一郎 「お前の採寸はしてあるから色合わせだけでいいと思ったが・・・。身丈合わせるぞ」
牡丹  「え、どうして」
惣一郎 「どうしてって、まぁーた胸大きくなったろ。去年・・・? だったか? 前に合わせた時からそんなに変わってなかったが、最近でまたとんでもなくデカくなったな」
牡丹  「放っといて、くんなんし・・・」
惣一郎 「・・・、確か、前にもそんな顔したな。なんだ、乳がデカくなる病気でもあるのか」
牡丹  「そんな病気、聞いた事ありんせん」
惣一郎 「まぁー、そんな病気あったら椿が病気になりたがるな」
牡丹  「椿に張り倒されんすよ?」
惣一郎 「なんで、そんな寂しそうな、辛そうな顔をする」
牡丹  「惣一郎様。おなごの乳が大きくなるという事で思い当たる節はありんせんか」
惣一郎 「女の乳がデカくなる・・・なぁ? 揉んだらデカくなる?」
牡丹  「頭に花咲いたまま死んだらいいと思いんす」
惣一郎 「んぁー、あとは・・・、そうだな。先日斜向かいにある小物屋の女房が子供産んだんだがよ。元々ほっそりした感じの気立ての良い娘さんだったんだがな。やたら胸が大きくなって困ると言っていたな。ちょいと身丈合わせてくれないかなんて言われるんで、近所の馴染だ、断る義理もねぇし合わせに行って来たぞ。赤ん坊に乳を含ませるってんで、胸元を開きやすい着付けもついでに教えてきたり・・・、・・・、って、牡丹。お前・・・」
牡丹  「惣一郎様が着物を合わせに来て、そう仰る時は必ずと言っていい程腹に子が入っておりんす」
惣一郎 「・・・、って、いや待て待て待て。そりゃかなりの頻度だぞ。お前ぇその度に孕んでるっって、そりゃ」
牡丹  「その度に、孕んどりゃんす」
惣一郎 「・・・、相当な回数孕んでるってぇ・・・、事に、なる・・・」
牡丹  「都度、胸が膨らみ、身体は子を産む様に作られ乳を蓄えはじめる」
惣一郎 「・・・、そ、そりゃ、そういう事も・・・、ある、か・・・」
牡丹  「女郎に精を放ち、孕まんとでも思っておりゃんしたか?」
惣一郎 「そんな訳ねぇよ。そんな訳ねぇが、いや・・・、それは、そこまで考えてなかったというか、その」
牡丹  「初めて孕んだのは、十七の年の瀬」
惣一郎 「年の瀬・・・、っつぅこた」
牡丹  「当たり前の事じゃと思い、わっちは中条流を使って堕胎しんしたよ。あれは、もしかしたら惣一郎様のお子だったかもしれんせんなぁ?」
惣一郎 「いや、お前そん時は既にとんでもねぇ数の馴染を持ってたろう? 俺だったかもしれねぇが、他の可能性だって十分にある」
牡丹  「そうして、男達は誰の子か判らぬ。自分ではないかもしれんと言いながら殺す子には見向きもせずに夜になれば精を打つ!」
惣一郎 「そういう、仕事だろうが・・・」
牡丹  「そうでありんすよ。それが、仕事。わっちゃあ女郎である事を不遇だなどと嘆く積もりはありんせん。わっちが泣けば若山の女郎二千人が首を括るかもしれんせんからなぁ?」
惣一郎 「なんだ牡丹、お前ぇ、俺を責めてやがるのか。金を払って妓を買う俺を、責任感のない男だと詰りたいのか」
牡丹  「男が嫌いな訳でも仕事に否やを唱える気もありんせんよ。けんど・・・、この胎に子が入った時だけ、堕胎の瞬間だけはどうにもおきちゃを憎んで男に殺意しか持てんのでありんす」
惣一郎 「・・・っ?! 手ぇ、退けろよ。お前ぇ牡丹・・・、俺を絞め殺す積もりか」
牡丹  「この子は惣一郎様の子ではありんせん」
惣一郎 「・・・、当たり前だ。俺は長らくお前ぇと枕は交わしてねぇ、手を退けろ!」
牡丹  「この子は・・・、この子は・・・っ!!」
惣一郎 「ぅぐ・・・っ!」
椿   「牡丹姐さん、桜と一緒に見てて牡丹姐さんに似合いそうなお着物・・・っ?! 牡丹姐さん?!」
桜   「ぼ、牡丹姐さん?! 惣一郎様!! 何やっておりんすか!!」
牡丹  「知らぬうちに屠った水子は一体何人おりんしょうなぁ? 惣一郎様」
惣一郎 「・・・っぐ・・・、うっ・・・」
桜   「牡丹姐さん! やめて!! 椿!! 引き剥がすの手伝って!!」
牡丹  「・・・っ! ふん・・・」
惣一郎 「っ・・・、かはっ! げほっ、ごほっ!」
椿   「あぁ、もう! 惣一郎様、なんで自分で逃げないの? 大人しく首絞められるってそういう趣味の持ち主? わっちは付き合えんせんよ!」
惣一郎 「誰が・・・、趣味、だ・・・っ! げほっ」
牡丹  「そんなムキにならんでも、本気で殺そうとなんしとりゃせん」
惣一郎 「馬鹿野郎! 本気だろうがそうでなかろうが俺ぁ女突き飛ばす事なんか出来ねぇからな!」
桜   「突き飛ばせないからって、黙って首絞められるのは道理にはなりんせん?」
椿   「・・・惣一郎様、お母さんに言わなくてもよろしんすか?」
惣一郎 「本気で殺されかかった訳じゃねぇからな。言わなくてもいい。騒がれるのは御免だ」
椿   「牡丹姐さんのこんな所を知らせたくないから聞きんした。っていうか、牡丹姐さん、なんで惣一郎様の首を絞めたりなん・・・。イラっとするお顔なのは判りんすけど、殺したい程?」
惣一郎 「おいおいおい・・・」
桜   「惣一郎様、椿は照れ隠しであんな事言ってるだけでありんすから。怒らんでやってくんなんし」
惣一郎 「まぁ、イラっとしたのはあるんだろうよ」
桜   「そこ認めちまうんでござんすか。わっちなりの優しさは無用でありんすな」
惣一郎 「照れ隠しなんてもんが椿にあるか。牡丹の事は・・・、あー、俺には孕む気持なんかわかりゃ・・・」
牡丹  「惣一郎様。誰彼無しに吹聴するなん商売人として如何でござんしょうな?」
惣一郎 「まぁ、そうだな。誰の口の端に登るかも判らねぇからよ。これ以上は言わねぇ」
桜   「って・・・、え? わっちらにも、で、ありんすか? 牡丹姐さん」
椿   「誰にでも言いたくない事くらいありんすよ。桜だって隠し事の一つや二つありんしょ? 惣一郎様が無理強いして姐さんに仇(あだ)成したならそれは別の話でありんすが」
惣一郎 「今更そんな事するか。なんだ椿、お前ぇは俺をずっとそういう目で見てる訳か。敵娼を差し置いて他の妓に手を出すと」
椿   「信頼される程一途な遊び方をなさっておいででありんすか? わっちは、牡丹姐さんに奪い返されるんなら悔い無しと思っておりんすよ?」
惣一郎 「・・・、なるほど。信用には今一歩及ばねぇって事か」
牡丹  「痴話喧嘩なら他所でやってくんなんし?」
桜   「とにかく、牡丹姐さんのお部屋に惣一郎様が長居するのは余り関心しんせん。玄関までご案内致しんす。どんぞ」
惣一郎 「玄関まで案内・・・、な。桜、俺ぁ・・・、今までで一番まともに客扱いされたぞ」
桜   「一番まともってぇ・・・、どんだけ虐げられてきんしたか」

 

 

 

 

蓮太郎 「牡丹花魁・・・、朝餉の膳を下げさせて頂きます」
女将  「蓮太郎、その膳は?」
蓮太郎 「・・・、牡丹花魁の朝餉です」
女将  「ほとんど残っているじゃないかい。調子が悪そうなのかい?」
蓮太郎 「ほとんど、というか全部です。お届けに上がっても襖を開けて頂けないので、廊下に置いておきます、とお声がけするんですが、一刻程経ってから下げに来てもご覧の通りです」
流燈  「襖も開けられんのかいな。どんくらい続いとります?」
蓮太郎 「一昨日、司波先生の診察のあった頃からです」
桜   「夜見世の準備もしないようでありんす? 昨夜は張見世にも出てこんかったし・・・」
女将  「身上り分はツケとくからいいけどね」
桜   「あの・・・、お母さん・・・。もしかして、牡丹姐さんも」
女将  「・・・牡丹、襖を開けな」
椿   「・・・? 牡丹姐さんも?」
女将  「椿には関係ないよ」
椿   「むぅ・・・。・・・牡丹姐さん大丈夫かな? 辰巳さんが亡くなってから、精も魂も尽きた様になっておりんしたに・・・」
桜   「やっぱり、辰巳さんとそういう関係だったんだ・・・」
女将  「なんだい、桜。お前、気付いていたのかい」
桜   「男っ気のなかった牡丹姐さんが可愛らしく化粧のあれこれや、身だしなみを気にし始めればだいたい見当が付きんす。それに、道中踏む時の肩持ちが必ず辰巳さんだったから、いずれそうなる気はしておりんした」
女将  「そんな簡単に判るもんかい?」
桜   「えー・・・、っと」
女将  「桜?」
桜   「去年の初め頃・・・、実は辰巳さんが気になってて・・・、振られんした」
女将  「さーくーら!」
桜   「ごめんなんし! で、でも、結局振られて変な事にはなってないから勘弁してくんなんし!」
女将  「まぁいいよ。済んだ事だ。で、蓮太郎一昨日までは普通だったんだね?」
蓮太郎 「一昨日までは普通と言うより、少々でもお召し上がりになっていました」
流燈  「辰巳・・・、牡丹花魁の間夫かなんかどす?」
女将  「まぁ、そんなようなもんですよ。余り広められちゃ困るんですけどね。華屋お職が間夫亡くして傷心なんて醜聞、みっともないにも程があるんでね」
流燈  「人を想う気持ちも、亡くす悲しみも全部体裁や見栄に殺される」
女将  「酷いなんて言わないで下さいよ。司波先生だって椿を金で買ってる客の一人です」
流燈  「痛い所突いて来はりますわ」
女将  「牡丹! いつまででもぐずってないで襖を開けな!」
流燈  「そないな強引な方法で襖開けるんやったら最初から籠ったりはせぇへんやろ」
椿   「牡丹姐さん・・・、椿でありんす。開けてくんなんし・・・。流燈先生が嫌なら帰って頂きんす」
流燈  「身も蓋もあらへんがな」
蓮太郎 「俺は膳を下げて台所に戻ります。失礼します」
女将  「襖ってのは蹴飛ばしゃ開くんだよ。無駄に抵抗するんじゃない」
牡丹  「帰ってくんなんし!」
女将  「新造や禿でもあるまい! 駄々っ子みたいな事をするんじゃない!」
牡丹  「みんな部屋に戻ってくんなんし! お母さんにも、司波先生にも、椿にも話すことなんありんせん!!」
蓮太郎 「・・・? 椿も?」
女将  「は・・・? 椿も? かい?」
桜   「・・・やっぱり。・・・、牡丹姐さん、桜でございんす・・・。その・・・、ここを開けては貰えんせんか・・・?」
牡丹  「・・・、桜?」
桜   「あい、桜でありんす」
牡丹  「桜・・・っ!」
椿   「・・・って・・・、え・・・? なんで・・・、桜は良くて、わっちは・・・、ダメ、なの?」
流燈  「判りました。桜花魁、牡丹花魁に、せめて診察を受けて貰える様に説得してくらはります?」
桜   「話してはみんす。けんど、余り期待はせんでくんなんし」
蓮太郎 「桜花魁、可能なら食事を食べさせて下さい」
桜   「あい。食膳をお預かりしんす」

 

 

 

 

桜   「牡丹姐さん、高野豆腐の煮浸し、美味しそうでありんすよ」
牡丹  「食べたければ桜が食べなんし」
桜   「食事は、少し前に食べんした、腹は減っとりゃあせんよ。・・・牡丹姐さん、みんな心配しとりんす」
牡丹  「心配をかけたい訳じゃあありんせんのぇ? ただ、余りに矢継ぎ早に事件があって付いていけんのでありんす」
桜   「確かに、今年に入ってから目が回る様な事ばかりでありんすな。小火程度の火事は何度も見かけんしたが桜山町通りが全焼なんて惨事は初めてでありんすから、気鬱の病に罹るんも判りんす」
牡丹  「それだけじゃありんせん」
桜   「辰巳さんの事でござんすか?」
牡丹  「多分な・・・、幼い頃の想いとは別の初めての恋でありんした。心だけ、置いてけぼりで時が流れて、幼い心のまま知った恋はあっという間に摘み取られてしまいんした」
桜   「牡丹姐さんの様に潔白なまま生きていられるんも珍しゅうござんす? わっちなど生きていながら振られる事数度、恋は恋を重ねて強くなるもんだと思っておりんす?」
牡丹  「桜は、見世の中でも恋多きおなごでありんすからな」
桜   「死に別れの恋は引きずると言いんすから・・・。ゆっくり時が流れて癒されるのを待たねばなりんせん」
牡丹  「癒された先に何が待っておりんしょか?」
桜   「年季明けでござんす。こんな苦界から抜け出て、外でもっと素敵な恋がきっと出来んすよ」
牡丹  「辰巳がな・・・。年季明けに、共に外に出ようと言ってくれたんでありんす」
桜   「先の誓いも絶たれてしまったんなら塞ぎ込むんはよう判りんす。けんど皆に心配かけていい道理はござんせんよ? はい、牡丹姐さん、あーん」
牡丹  「桜」
桜   「蓮太郎のご飯は冷めても美味しい。きっとゆっくり休んだ後でも美味しく食べられるよう工夫しておりんす。残すんは失礼でありんすよ」
牡丹  「・・・、あ・・・んぐ」
桜   「数日食事をしとらん牡丹姐さんの為に、半粥にしてくれておりんす。魚もほぐしてくれておりんすよ、はい」
牡丹  「・・・、ぅ・・・っ! ぐ・・・っ、う・・・」
桜   「牡丹姐さん? ど、どなんしんした? 気持ち悪いんでありんすか?」
牡丹  「げほ・・・っ! ぐ・・・、ぅ、え・・・、おぇ」
桜   「姐さん・・・、もしかして、司波先生の診察を受けないのは・・・」
牡丹  「・・・孕んでおりんす」
桜   「そ・・・、でありんすか。姐さんも」
牡丹  「も・・・? 桜、おんし」
桜   「わっちも・・・、孕んでおりんす。・・・金盞花も、孕んでるって聞きんした」
牡丹  「金盞花も・・・、そ、か・・・。そう、でありんすね。孕まない筈がない、その行為を毎夜、下手をすれば昼夜と行っているのに
何ゆえ誰もがその事実から目を背けるのでありんしょう?」
桜   「快楽は欲しい。けんど、子を食わせるには金が要る」
牡丹  「そうして生まれた女子を遊郭に売り飛ばす」
桜   「売られた娘は、春をひさぎ子を孕む」
牡丹  「因縁は巡るかと思えど、わっちらは堕胎してその流れをここで打ち切っているのでありんす。ここは快楽の掃き溜めじゃ」
桜   「姐さん、孕んでいるなら猶更司波先生に診察して貰わなければなりんせん」
牡丹  「判っておりんす。診察は怖くない。もう判り切っている事でありんすから。けんど、お母さんに知られるのが怖い」
桜   「・・・、姐さん、もしかして・・・」
牡丹  「堕胎せねばならんと言うに、わっちはもう堕胎したくない」
桜   「あは、・・・、そっか、良かった。わっちだけじゃありんせんのか。堕胎は怖い、死ぬかもしれん。けんど産める訳はない。そう考えているのはわっちだけじゃなかった。・・・、我儘を言って困らせてると、ずっと辛かった」
牡丹  「桜・・・。そうか、桜も辛かったんでありんすなぁ・・・」
桜   「わっちは、診察して戴きんした。結果は判っておりんしたが、それでも診て貰わん事には何ともなりんせん。姐さん・・・、色々と取り返しのつかんようになる前に」
牡丹  「司波先生はお母さんに隠す事はしんせんよ」
桜   「放置してもいい事なんありんせん。何事か起こる前に・・・、ただでさえ気落ちしておりんすに、このまま儚くなってしまいそうで怖い。だから、姐さん・・・」
牡丹  「桜にまで、そんな心配をかけてしまいんしたなぁ・・・。済まん事をしんしたなぁ・・・」
桜   「そんなら・・・」
牡丹  「司波先生を呼んできて貰ってもよろしんすか?」
桜   「・・・あい!」

 

流燈  「薬・・・、飲まんかったんどす?」
牡丹  「・・・飲めん」
流燈  「先月処方した堕胎薬、飲まはったんでしゃろ?」
牡丹  「先月は、ただ単純に遅れていただけで、薬を飲もうと思った時に行水が来んしたんで、結局使わずに済みんした」
流燈  「処方したのは二十日分、残りが18日分。二日分飲まはったんちゃいますか」
牡丹  「・・・、これは」
流燈  「牡丹はんが飲んでない言わはるんやったら、無くなった2粒は誰が飲まはったんでっしゃろ?」
牡丹  「飲もうと思いんしたよ、けんど劇薬だと言われておりんしたから躊躇いが走って飲めんせんかった。一度口に含んだもんでありんすから、そのまま捨てんした」
流燈  「二日続けて、どすか。そりゃまぁけもじな間違いしはりますな?」
牡丹  「わっちは、そんなに決断力のある方ではありんせん」
流燈  「そうどすか? アテからみたら素晴らしい決断力と度胸を持ってはると思います?」
牡丹  「女郎としては・・・、でござんしょう?」
流燈  「ひととなりというんは、そないころころ変わるもんちゃいます。人を殺す劇薬や、知ってはる牡丹花魁が飲もう思て怖ならはったんで途中でやめた。流暢な嘘やけど、吐く人間間違えたらあきまへん」
牡丹  「消えた二粒がそんなに気になりんすか?」
流燈  「せやな、今更聞いた所で返る命やあらへん。本来の目的は診察どす。脈、取らせて貰います」
牡丹  「・・・っ!」
流燈  「手ぇ、出しておくれやす」
牡丹  「いや・・・っ! まんだ、心構えが・・・っ」
流燈  「ほな、失礼します」
牡丹  「何を?!」
流燈  「血ぃは体を巡るもんどす。手ぇだけが脈取る場所ちゃいますわ。首筋やこめかみでも十分に判ります」
牡丹  「やめ・・・っ!」
流燈  「むしろ、色々首筋の方がよう判ります」
牡丹  「嫌じゃ!! 触らんでくんなんし!」
流燈  「変な病気にはかかっとりまへんが、やっぱり血ぃが薄い。立ち上がる時にふらつきますやろ?」
牡丹  「・・・っ」
流燈  「だんまりどすか。埒があきまへんわ。結果については女将はんに報告さして貰います」
牡丹  「嫌!! 司波先生! 待ってくんなんし」
流燈  「今、アテがここで待ったから言うて何かかわるんどすか? 腹にいる子がなかったことになりますか? そのせいで普段の生活に支障をきたす程血ぃが薄なってはるのが治りますか?」
牡丹  「何も変わらん事はわっちだって判っておりゃんす! けんど」
流燈  「こんまま放置して決心が覚束んまま、腹の子が大きくなるんを待つんどすか! 産む言わはるなら全力で助けます!」
牡丹  「辰巳の子かもしれんせん!」
流燈  「・・・、辰巳。亡くなったとかいう若衆はんどすか。同じ見世やったと聞いとります。そこまでの関係があらはった、と」
牡丹  「軽率だったんも、お職としてあるまじき行為だったんも、罰せられる行為だったんも全部受け止められんす!」
女将  「そんじゃあ堕胎しな!」
牡丹  「・・・っ?!」
流燈  「女将はん。聞き耳たててはったんどす?」
女将  「牡丹が部屋に籠もるなんざただ事じゃないからね。司波先生には済みませんでした。・・・牡丹、罪を認める、愚かさを受け止めると言うなら堕胎しな」
牡丹  「それだけは・・・」
女将  「もう死んじまった辰巳を罰する事は出来ない。いないんだからどうとでも言い逃れはできるさ。けど、華屋お職が禁忌を犯して惚れた男の子を産むなんざあたしゃ許さないよ!」
牡丹  「そうして腹の子を殺してまた男を取らせる算段・・・っ!」
女将  「甘ったれんじゃないよ! 辰巳を亡くして落ち込んでるからとひと度甘やかしたらどこまで付け上がるんだい!」
牡丹  「甘やかす?! 人を亡くした喪に服すのが甘やかす?」
女将  「もっと自分の立場を考えな!!」
牡丹  「・・・っ!!」
女将  「花魁は子を産めば価値が下がる! お前も大年増の25! 当然揚げ代だって据え置きという訳には行かないんだよ」
牡丹  「そんな事は判っておりゃんす!」
女将  「椿にお職を譲位することになるとして! そろそろ降りたいと考えているあんただからそれもいいと考えているかもしれない!」
牡丹  「お職を降りたい旨は前にお母さんに伝えんした! それをずるずる引き留めたんはお母さんでござんしょ?!」
女将  「お前は華屋のお職なんだよ! この若山の頂点なんだよ! そんな醜聞を巻き散らしてお職を退くつもりかい!! 次代お職の椿にどれだけの仇(あだ)を残す積もりだい!!」
椿   「わっちはどんな境遇だろうとお職を引き継いだら醜聞の一つや二つ何とも思いんせんよ」
流燈  「椿はんまで、聞いてはりましたか」
椿   「こんな大声で喧嘩して、隣の部屋におりんすに聞くなと言うんは無理がありんす」
流燈  「そらそうでっしゃろな。ひとまず職務は果たしました。アテは一旦失礼します」
女将  「はぁー・・・、あたしも内証に戻る事にするよ。椿、あんたの姐だ。ちょっと落ち着かせてまともな判断が出来る様に説得しな」
椿   「難しい事を簡単に言う。おかあさんなんか嵌め込めてない畳に躓いて転べばいい」
女将  「なんだい? その地味な呪いは。そんじゃ、任せたよ」

蓮太郎 「椿に牡丹花魁の説得をさせるのは些か乱暴ではありませんか?」
女将  「何がだい。世話になった姐に奉公して恩を返す、当たり前の事だろう」
蓮太郎 「椿は、辰巳さんと牡丹花魁の関係を快くは思っていませんよ」
女将  「お前との間柄を公然にしてる癖に人は赦さない、随分勝手じゃないかい? 蓮太郎」
蓮太郎 「俺と椿は褥を共にしてはいません。守るべき一線を越えてはいませんよ」
女将  「お前達の志はお前達だけのもんさ。あたしゃ疑う積もりも毛頭ないけどね、お前達が婀娜めいた関係でないなんて人に信じて貰えてると思うかい?」
蓮太郎 「人が信じようが信じまいがどうでもいいです。自分に嘘は付けません。自分達を守る為に引いた一線です」
女将  「はいはい、立派立派。良く頑張ってるよ。だからって他人の恋愛を非難するなんて随分傲慢だね?」
蓮太郎 「そうならないように、と極力触れない様にして来ました。ですが、今の牡丹花魁の説得を任せるなら触れないようにするのは難しい。余り刺激したくありません」
女将  「甘ったれてるねぇ? 牡丹と椿は姉妹だ。あんた達の事情を見世が考慮しろと? 知ったこっちゃないねぇ?」
蓮太郎 「同じ見世の恋愛は心だけだろうが、身体を共にしようが弊害しか生まない。それ故のしきたりでしょうから認めて貰おうなんて虫のいい事は考えていません」
女将  「そんなら椿が牡丹の説得をして、うまく行くなら堕胎まで持って行かなきゃならないだろうが」
蓮太郎 「牡丹花魁の傷を抉らずに堕胎させる事なんて出来ませんよ」
女将  「誰が傷を抉るなと言った?」
蓮太郎 「え・・・」
女将  「我儘を言ってるのは誰だか考えれば判る事だろう。あたしがそんな甘いと思ったのかい?」
蓮太郎 「今まで秩序を守ってきた牡丹花魁だからこそ、無理のない説得をさせようとしているのかと思いました」
女将  「あたしは妓を消費する積もりはないけどね、守るべき妓は牡丹だけじゃない。他の妓への影響だってある」
蓮太郎 「辰巳さんとの事を赦した訳じゃないんですね」
女将  「前から言ってる筈だよ、仕事に支障をきたさなきゃ深く追及する事はしない、って」
蓮太郎 「妊娠、堕胎は秩序の崩壊ですからね」
女将  「司波先生の目がある内は何とも出来ないよ」
蓮太郎 「なんとも?」
女将  「敵うなら腹蹴り飛ばして堕胎させてやりたいさ」
蓮太郎 「え?!」
女将  「もしくは階段に蝋でも塗って滑らせてやろうかね?」
蓮太郎 「女将さん・・・、もしかしてめちゃくちゃ怒っていませんか?」
女将  「当たり前だろう。牡丹はお職だ。頂点の名を欲しいままにしてその恩恵に預かって来た癖に今更仇(あだ)を返そうとするなんざ思いもしなかったよ」
蓮太郎 「孕んだ事が仇(あだ)、ですか?」
女将  「ただ孕んだだけなら苦しいながらも堕胎しただろう?」
蓮太郎 「どこかに辰巳さんの子かもしれないという懸念があるから堕胎を拒んだ、と」
女将  「まだ、桜の様に全部の堕胎が怖い、妊娠が怖いというなら話も判るさ。けど、そうじゃない」
蓮太郎 「特定の男性と行為が及んだ結果、ですからね」
女将  「だから椿に頼んだのさ」
蓮太郎 「それが判りません」
女将  「寝てないんだろう? お前達はその信念を貫いてるんだろう? そこに、牡丹の様な我儘を言う姐を椿がどう思う?」
蓮太郎 「相当な腹立ちを感じてる筈ですよ? ですが・・・、今回は言えない気がするんです」
女将  「どうして」
蓮太郎 「明確には、何とも判りません。何も話してくれませんから」
女将  「・・・あんた実の所、椿に信用されてないんじゃないかい?」
蓮太郎 「えぇ?!」
女将  「椿が腹立ちのままに言いたい事を言ってくれたら一番楽なんだけどね。上手くいかない可能性、ね」
蓮太郎 「・・・、女将さん。済みませんが、そういう画策をして椿に後を任せたというなら俺は赦しませんよ」
女将  「お前の許可なんて要らないよ」
蓮太郎 「総名主と言う立場の行使ですか」
女将  「赦さないとあたしを責めて仕事に支障をきたすならお前を華屋からつまみ出す」
蓮太郎 「大人しく追い出されると思ってますか」
女将  「あたしのやり方が気に入らないなら出て行けばいい。椿は牡丹の様子を見て反面教師にして貰わないと困るんだよ。次代お職なんだから」
蓮太郎 「血も涙もないやり方をしますね」
女将  「お前も忘れているようだね、蓮太郎。椿も女郎だよ。仮宅から戻るまでに、もう一度頭に叩き込むんだね」

 

 

椿   「そんなに塞ぎ込んで、牡丹姐さんらしくない」
牡丹  「わっちらしいとか、らしくないとかなんでありんしょ? お職然としていつでも正しく潔白であれと? それが惚れた人の子供を殺す算段であっても? まともとはなんでありんしょう?」
椿   「辰巳さんの子かもしれんし、違うかもしれん。わっちらは孕んだ子の父親を判別することなん出来やせんよ。もしかしたら、とそう思う気持ちは恋慕故かもしれんせんな」
牡丹  「それだけじゃありんせん」
椿   「辰巳さんを想うが故じゃありんせんのか?」
牡丹  「司波先生にわっちは体が大きく孕みやすい体をしていると言われんした。半年前のことでありんす」
椿   「健康な証拠ではありんせんか。昼間は寝てばかり、煙草を減らせと言っても利かん、眠たければ食事をせん、思いついたときに腹が減れば好きなもんを食べる、そんな不摂生を散々しておりんすに健康が保たれているというんは恵まれている証拠でありんす」
牡丹  「何が恵まれておりんすか? この仕事で孕みやすいなんぞ! 何が恵まれておりんすか!!」
椿   「年季が明けて外に出て惚れた男でもできればすぐに家族をつくれんしょう?」
牡丹  「孕んだ事のない椿にはわかりんせん!!」
椿   「・・・っ!」
牡丹  「わっちはな・・・、人より初潮が早くて11の春先に来んした」
椿   「11・・・?」
牡丹  「わっちと同年代の子には誰も来てはおらんかったんに。孕んだのも初見世を迎えた年と同じ年の事でありんした」
椿   「姐さんの初見世は確か十七の時でありんしたか? 十七、で・・・」
牡丹  「藤姐さんから言われたことをきちんと守っておりんしたに孕んだ。鬼灯の根を煎じて飲んで、流した時の心の痛みは今でも忘れやせん。幾度も孕んで堕胎する度に他の妓達は孕まない体になっていくんにわっちは毎年必ず孕む・・・」
椿   「姐さん・・・」
牡丹  「ようやく二年前に一度も孕まず年を超えられた時、もう苦しまんで済むと思ったというのに去年また、孕みんした」
椿   「健康、と言うのはそういう事を言うんでありんしょうな。苦しい程に、身体は正常で・・・、正しく動く」
牡丹  「もう嫌じゃ・・・っ! もう、殺したくない!」
椿   「・・・」
牡丹  「わっちは・・・、わっちは、あと何度命を殺せばいいんでありんすか!!」
椿   「ごめん・・・、なんし・・・。わっちには何も・・・、言えんせん」
牡丹  「・・・孕まない椿が羨ましい」
椿   「きっと、これが最後になりんす・・・。そうでなければなりんせん。牡丹姐さんがこれ以上苦しまなければならない理由がない、大丈夫でありんすよ」

 

 

 

流燈  「椿はん。牡丹花魁は落ち着かはりました?」
椿   「流燈先生。大丈夫でありんす・・・、牡丹姐さん、落ち着きんしたよ」
流燈  「せやったら大丈夫どすな」
椿   「・・・、流燈先生。わっちも、診察して貰えんせんか?」
流燈  「・・・はて? どっか障りありました?」
椿   「聞きたい事がありんす」
流燈  「アテは構いまへん」
椿   「そんじゃ、お願いしんす」

流燈  「角名賀燃えて、色々あらはった聞いとりますけど、至って健康どす」
椿   「そんじゃあ・・・、どうして子供が出来ないんでありんすか? 健康なのに?」
流燈  「椿はん・・・」
椿   「みんな、わっちの年になって一度も孕んだ事のない女郎なん余りおりんせん。・・・、あたし、なんで孕まないんだろう」
流燈  「・・・孕み難い言うんは理由があります」
椿   「理由? そんな言葉や常識で片付けられる事がありんすか? 何ゆえ、子供のできやすい牡丹姐さんがいて、全く出来ないわっちがおりんすか?」
流燈  「世の中は理屈と道理があります。椿はんが孕まんのも・・・道理と理屈。例えば、健康な女が孕んだとして十割健康で産まれて来る訳やない。流産死産も理屈と道理の結果どす」
椿   「流産、・・・と死産も? わっちが孕まんのも、理屈と、道理・・・」
流燈  「アテは流産や死産はやや子が自ら死を望んだ結果や思とります」
椿   「腹の子が、己の死を選ぶんでありんすか? 何ゆえ?」
流燈  「例えば心の臓が弱い、例えば腕がない、例えば脳に支障がある。そないな理由で産まれても生きるのに支障のある子は早い内に腹の中で死にます。生きる力がない、故に死を選び産まれる事を拒絶する。それが流産死産どす」
椿   「・・・、つまり・・・、わっちは、子を産む力が、ない?」
流燈  「椿はんの身体は妊娠、出産しはるんに耐えられまへんのや。華奢な体付きは骨組みも細く出来てはります。肉が薄く摂る食事より多く体力を使う体質も、細い腰元も全部、やや子産まはるんには無理があるんどす」
椿   「あたし・・・、元気だよ? 他の花魁より、ずっと元気だし少し眠れば人一倍動ける。それでも・・・?」
流燈  「それでもです。もし今子が出来て産む言わはったら命棄てる覚悟が必要になります。それを体の方が良く判ってはるから孕まんのや」
椿   「行水だってそんなに重くない」
流燈  「けど安定しとりまへんやろ?行水の周期が安定してはる牡丹花魁と違ごて、椿はんは行水が来たり来なかったりしてはる。言うても今更やとは思いますが、その原因は早過ぎる水揚げやったと思います」
椿   「・・・水揚げが? あ、あたし・・・、あたしは」
流燈  「本来ならあと一年、遅かったんちゃいますか? ゆっくり女として成長する身体をいきなり開かせれば不都合かて起こります。水揚げちゅうんはただでさえ不安が付いて回る、それに加えて松川屋はんの仕打ちも聞いとります」
椿   「みんなが一様に問題なく事が進むとは限らない・・・っ!」
流燈  「それでもです。そないなもん全部が椿はんの孕み難い原因や」
椿   「じゃあ・・・、あたしは・・・」
流燈  「孕んだらあきまへん」
椿   「・・・っ!!」
流燈  「女郎として言うてるんやない。女としてせめてあと半年、ゆっくり体を太らせな、こない未熟な身体で孕んだらあきまへんのや。
それを、身体が判ってはるから孕まんのです」
椿   「あたし、は・・・、普通じゃない、の?」
流燈  「そうやあらしまへん。幼いだけや。逆をいうなら、椿はんがもし自然に孕んだら、それはようやく体が母親として耐えられる様にならはった、という事や。気長に待てばよろしおす」
椿   「・・・、待てば・・・? 先なんて・・・、見えないのに、ね」
流燈  「短気を起こしたらあきまへん。もし、椿はんが孕んだなら、真っ先におめでとうを言いますわ」

 

 

蓮太郎 「椿・・・、どうした?」
椿   「なんでもない」
蓮太郎 「・・・そんな今にも泣きそうな顔で、何でもない筈ないだろう」
椿   「・・・ぎゅって・・・、抱き締めて、欲しいの」
蓮太郎 「・・・ん」
椿   「ごめんね」
蓮太郎 「なんで謝る?」
椿   「もしも・・・、この先年季が明ける事があって、蓮太郎と大門を潜って外に出られたとしてもあたしは・・・、蓮太郎に人並の幸せはあげられないかもしれない」
蓮太郎 「・・・? どういう事?」
椿   「ふ・・・っ、ぅ、う・・・、ひく・・・っ」
蓮太郎 「・・・俺は椿が傍にいるなら、それでいい」

 

蓮太郎 「司波先生・・・。椿と、何の話をしたんですか?」
流燈  「本人から聞いてない事をアテがべらべら喋る訳に行きまへん」
蓮太郎 「それは・・・、そうですけど・・・。随分と落ち込んでいたので。今年に入ってからまともに椿の笑顔を見てなくてキツイな、と」
流燈  「落ち込むんも色々ありますけど、椿はんが話すまで待ってあげるんも男気ちゃいます?」
蓮太郎 「・・・」
流燈  「アテが知ってるんが気に入らんのは判りますけど、女の体の事やから触れられたくない事もありますやろ」
蓮太郎 「女の、体・・・。また、難しい相談ですね」
流燈  「そうですか? アテは医者やからそない難しい事ありまへん?」
蓮太郎 「蘭方の本を簡単に読んだ程度では太刀打ち出来ませんからね。繊細な部分は、特に」
流燈  「そない簡単に判られたらアテの立場ありまへんわ」
蓮太郎 「女の体・・・、か・・・。・・・? ん・・・、・・・あれ?」
流燈  「どないしはりました?」
蓮太郎 「あ、いえ・・・。その、いえ、俺が男だから、知らされてないだけなのか? 済みません・・・」
流燈  「なんやたどたどしい物言いやな」
蓮太郎 「いえ、俺が知らないだけかと思うので何とも言えないんですが、椿の初潮の来た時期を知らないな、と思って」
流燈  「けもじな事言わはりますな。女郎は初潮が水揚げの目印やから、割と大仰に騒ぎますやろ。赤飯炊いたり、赤い湯文字買ったりして簡単な祝い事もある。そん時に二つ目の臍もこさえます。知らんて、そないな事あらはります?」
蓮太郎 「・・・、他の女郎の、そういうのを見掛けたりします・・・、けど、椿・・・? あれ?」
流燈  「祝った覚えがあらはりまへんのか?」
椿   「・・・、そんな事、ないよ。ちゃんと、お祝いした」
蓮太郎 「椿・・・? お祝いしたって・・・、いつ?」
椿   「は、初見世・・・、決まってたから、その・・・。急で、忙しくて、色々準備が出来なかったから、部屋で牡丹姐さんと内々でやったから、蓮太郎は知らないだけだよ?」
蓮太郎 「初見世って・・・、十六?」
流燈  「小柄で華奢やったから遅かったんどすな。けど、ま初見世ん時に迎えてたんならまだ良かったんちゃいます?」
蓮太郎 「内々って・・・。なんで、そんな嘘吐く」
流燈  「は・・・、嘘・・・? 蓮太郎はん、どういう事でっしゃろ?」
椿   「う・・・、お祝いしたのは嘘じゃないよ! 牡丹姐さんに聞けば本当なの判るよ! 嘘なんか言ってない!!」
蓮太郎 「・・・、お祝いしたのは? 何を隠してる?」
流燈  「・・・、椿はん。お祝いて、何のお祝いどすか? あんさん、ほんまに初潮迎えてはったんどすか?」
椿   「・・・っ!!」
蓮太郎 「・・・、椿、お前・・・」
椿   「でも! ちゃんとその後来たもん! 半年かかったけど、ちゃんと、来たから!」
蓮太郎 「・・・、その・・・、後? って・・・」
流燈  「・・・初潮も迎えんと、水揚げしはったんどすか・・・っ?!」
蓮太郎 「・・・なんで・・・、・・・、なんでそんな事したんだ、椿!!」
椿   「蓮太郎や流燈先生になんか判んないよ! 同じ新造の子達みんなもう普通にあるのに自分だけないなんて不安が判る筈ないでしょう?!」
流燈  「成長っちゅうもんは、早熟だったり未熟やったりするもんどす!」
椿   「理屈で判っているのと自分の体で感じる事なんて違う!」
流燈  「せやけどそない無理を通したら身体めちゃくちゃになります!!」
椿   「早い子は自分より4年も前にあって、年下の子だって赤の湯文字を買ってた・・・っ! わっちには本当にこれから待っていれば来るのか、来ない事が見世に知れたらどうなるか。牡丹姐さんに役立たずと放り出される? 牡丹姐さんが庇ってくれてもお父さんやお母さんは? 先の見えない不安が流燈先生に判る?!」
流燈  「判りまへん」
椿   「だったら! もう終わってしまった事を責めないで!」
流燈  「強い言い方したんはすんまへんどした。・・・、椿はんを責めてる訳やあらしまへん。・・・そないな事になってるっちゅうんを知らずに江戸でのうのうとしてたアテ自身を責めとりますのや」
椿   「誰かを責めたってもう戻る事じゃない」
惣一郎 「なんだ? 賑やかだな。何やって・・・、なんだ助平医者じゃねぇか」
流燈  「・・・っ?! 松川屋の・・・っ! あんさん、どないな面引っ下げてここに来はったんどすか・・・」
惣一郎 「んあぁ? 狂犬みたいな顔しやがって、なんだ喧嘩売る積もりか? 買ってやんぞ」
椿   「もうやめて!! 誰が誰を責めたってもう、取り返しなんて付かないじゃない! もう放っておいて!!」
惣一郎 「ちょ、待て椿」
流燈  「松川屋はん! 待ちなはれ! あんさんに話がありますのや!」
惣一郎 「んあぁ?」
蓮太郎 「お二人とも、台所裏で揉め事はやめて戴きたいんですが」
惣一郎 「そんなこたこの医者に言え。一方的に噛み付かれてよしよし出来る様な穏便な性格じゃねぇんだよ、俺は」
流燈  「椿はんの初見世をめちゃくちゃにしはった、と聞いとります。そないな事してようもまぁ華屋に通い続ける面の皮の厚さ尊敬しますわ」
惣一郎 「取り逃した初見世の恨み言か。はっ! ざまぁねぇな? やぶ医者が」
流燈  「アテが言うてるのは、そんしわ寄せで椿はんの身体めちゃくちゃにしはって敵娼気取ってはるんが気に入りまへんのや!」
惣一郎 「お前ぇが言ってんのはただの嫉妬だろうが。綺麗ごと抜かしてんじゃねぇよ、お前ぇだって金払って椿と寝てんだからよ。身体心配してるが聞いて呆れちまわぁ。蓮太郎がそう責めるってなら大人しく聞きもするさ、けどな」
蓮太郎 「・・・っ! ・・・俺を引き合いに出すのはやめて下さい。不愉快です」
女将  「何やってんですか! まーた松川屋様。それに司波先生まで一緒になって」
蓮太郎 「客同士の口論に巻き込まれるのは御免です。失礼します」
惣一郎 「あ、蓮太郎!馬鹿野郎! 逃げんじゃねぇ!」
女将  「客の揉め事を処理すんのは妓夫ですよ! ウチの料理番を巻き込まないで下さい」
惣一郎 「そもそもなんでこんな喧嘩売られてんだかさっぱりなんだよ、こっちは!」
女将  「あー、司波先生から喧嘩を売ったと。そんな事ぁどうでもいいんですよ。揉めるなら外に出てやって下さい。ほら、そっち回って門から出りゃ外ですよ。速やかにお帰り下さい。はい!」

 

 

 

惣一郎 「てめぇが喧嘩売ってきたせいで俺まで追い出されちまったじゃねぇか! 上方特有の柔らかい物腰とやらはどこ行ったんだよ、あぁ?」
流燈  「椿はんの突出しの時、えらい仕打ちしはったんは松川屋の若旦那襲名の為やと小耳に挟みました」
惣一郎 「お前ぇには関係ねえだろ。こっちゃあちゃんと詫び入れて華屋に登楼ってんだよ。てめぇに責められる謂れはねぇ」
流燈  「見世に詫び入れたら椿はんが今どない苦しんでても関係あらへん言わはりますか」
惣一郎 「苦しんでる? 椿の対応は相変わらず塩対応だけどな、そんなこた聞いた事ねぇよ」
流燈  「そないな事も聞かな気付かへんと馴染や敵娼や言うてはる。傲慢が際立ってはりますな」
惣一郎 「遊郭の客なんざみんな傲慢だろうが。金払って妓を組み敷いてんだ、てめぇは違うなんぞと抜かすなよ」
流燈  「それについて言い逃れはしまへん。けど、あんさん程気遣いなく通うんは赦せまへん」
惣一郎 「お前ぇに許可取らなきゃいけねぇ事でもねぇしよ。勝手に言ってろや」
流燈  「・・・っ!!」
惣一郎 「・・・ぅぐっ!!」
流燈  「しゃあしゃあと、人の意見も馬耳東風。さすが駄馬やな」
惣一郎 「・・・てめぇ、人の衿掴んで締め上げるたぁ、とんでもねぇ剣幕じゃねぇか」
流燈  「顔見ぃひんかったらまだ赦せるもんを、のこのこと人ん前に出て来はるからや」
惣一郎 「・・・っ! 衿ぃ、放せや!! 顔を合わせる度に人を駄馬扱いしやがって、馬鹿の一つ覚えじゃあるめぇしそれしか言えねえのか!」
流燈  「初見世ごと椿はんの身体無茶苦茶にしはって! 一人の女の未来を潰して知らぬ存ぜぬを通す積もりおすか!!」
惣一郎 「身体を無茶苦茶・・・? 何言ってやがる。確かにちょいと言い掛かりは付けたがそれだけだ。突出しに破瓜は付きもんだろうが」
流燈  「不思議に思わんかったんどすか! あないに幼い体付きを、何も思う事なく男の性をぶつけはったんどすか!!」
惣一郎 「さっきからのらりくらりと訳判らねぇ事抜かしてんじゃねぇよ!!」
流燈  「あんさんが破瓜を奪った時、椿はんの体はまだ女として開花してなかった言うてもまだそない飄々とできますか!」
惣一郎 「女として開花してなかった・・・? どういうこった?」
流燈  「初潮も来とらん女の身体を酷使すれば身体は壊れます!!」
惣一郎 「・・・、・・・は? 初潮が、まだ?」
流燈  「幼いと、そう感じる事はなかったんどすか?! 小さく華奢な身体にほっそりとした手足。若旦那襲名に頭捕らわれて生涯取り返しのつかん事をしはったんどす!!」
惣一郎 「・・・、なに、言ってんだよ・・・。そんなの、見世の都合じゃ・・・、ねぇか」
流燈  「初見世取る言うなら、新造時代の椿はんを知らんかった訳やあらへん! 少し気ぃ付ければ見えるもんがあった筈でっしゃろ!」
惣一郎 「俺は医者じゃねぇ!! てめぇは医者の考えを俺に押し付けてるだけだろうが!」
流燈  「そうかも知れまへん。けど、アテが初見世を頼まれたなら先延ばしにする事も出来た。少なくとも出世欲にまみれた若造に椿はんを凌辱させるよな真似はさせへんかった!!」
惣一郎 「てめぇの後悔で俺に八つ当たりしてんじゃねぇよ! 身体を酷使するのなんざ女郎の運命だろうが!」
流燈  「そうしてあんさんは己の犯した間違いを聞き流す積もりどすか」
惣一郎 「聞き流す? 馬鹿言うんじぇねぇよ。俺は俺のやり方で椿をこの苦界から救ってやらぁ。過去の妄執でぐだぐだ文句垂れるやぶ医者が口先だけの弁論振るって勝手に人を貶めてんじゃねぇ!」
流燈  「あんさんのやり方がどないなもんか知りまへんが、変に椿はん傷付けるんならもう関わるんをやめておくれやす」
惣一郎 「関わりを絶つのはお前ぇの方だよ、やぶ医者」
流燈  「金にモノ言わせて落籍させる、どうせその程度でっしゃろ。傍若無人な男の考えそうな事や」
惣一郎 「そもそも切り出す時期を選んでただけで元々その積もりだったからな。責任含めて椿を丸ごと引き受ける」
流燈  「身体だけやのうて椿はんの心までも無視どすか。そない勝手な事がまかり通る思てはりますか」
惣一郎 「うるせぇよ!! 椿を想ってるのがてめぇだけだと勘違いしてんじゃねぇ!」
流燈  「不遜な輩に付ける薬はありまへん。今の椿はんに落籍なんちゅう暴挙を繰り出す言うんならアテも堪忍できまへん」
惣一郎 「へぇ? 高尚なお医者様とやらが堪忍できないとどうなるってんだ、あ?」
流燈  「アテをただの医者や思てはるならそれもよろしおす。けど、身ぃもって知る前に考えを改めなはれ」
惣一郎 「おめぇに指図される謂れはねぇよ」
流燈  「アテは決してあんさんを赦しまへん。利己的な考えで椿はんの心も身体も引き裂いた」
惣一郎 「赦さないが俺の知ったこっちゃねぇ」
流燈  「あんさん・・・、粋人、言われてはるようどすなぁ? 女遊びが巧みらしいと。つまりは今まで泣かせた妓も沢山おらはるちゅうことでっしゃろ?」
惣一郎 「それが何でぇ。俺が他の妓と遊ぼうがお前ぇに関係ねぇだろうが。だいたい椿の馴染になってからは他の妓の所になんざ通ってねぇよ」
流燈  「過去に遊んだ妓にもどれだけの苦しみがあったかも考える事無く大門を潜る。妓は使い捨てやあらしまへん。あんさんと契った妓の中に中条流で亡くならはった方がおるかもしれん。そないな事も思い付きまへんやろ」
惣一郎 「んぁ? 中条流(なかじょうりゅう)・・・? なんだそれ」
流燈  「気になるなら調べたらよろしおす。・・・、えらい時間取らせて済まへんどしたなぁ? そろそろ夜見世の時間どすえ? 登楼せんのやったら川岸の茶屋で粥でも啜って時間潰したらええどすわ」

 

 

 

蓮太郎 「椿」
椿   「なんで、あたしの居る場所、判ったの?」
蓮太郎 「怖がりな椿が、仮宅のある良く判らない町でそんなに遠くに行くとは思わなかったから、精々裏庭だと思った」
椿   「・・・放っといてって、言ったよ」
蓮太郎 「うん」
椿   「過去を責めたってやり直しなんて利かないのに」
蓮太郎 「ごめん」
椿   「なんで・・・、蓮太郎が謝るの?」
蓮太郎 「俺が・・・、もっとちゃんと、止めれば良かった」
椿   「止める? 何を・・・?」
蓮太郎 「椿の水揚げが決まった時、牡丹花魁も俺も・・・、女将も止めたんだ。けど楼主は、見世の為に客の脅迫めいた要望を飲んで椿の水揚げを決めた」
椿   「・・・そうなの? お父さんのいう事に逆らえる訳ないのに、みんな馬鹿ね」
蓮太郎 「それでも、俺がいう事ならもう少し考慮の余地があったんじゃないかって思う」
椿   「お父さんだって見世の事を考えてたって言うなら傷付いてない訳ないのに。優しい人だもの、身を切る様な思いだったでしょう? もしそうなら・・・、あたしの身体が未熟なせいで随分心配かけちゃったよね」
蓮太郎 「幼過ぎて言えなかった事が、今なら言えるのに」
椿   「浅はかだったって、短慮だったって責めないで。あたしは、みんなと同じでいたかっただけなの。未熟なこの身体でもちゃんと同じでいたかったの。取り返しは付かないから・・・、ごめんね。もう・・・、触れないで」
蓮太郎 「もう、触れない。触れるべきじゃなかった・・・。椿が知られたくなかったというなら、俺は知らないままで良かった」
椿   「もう、忘れて」
蓮太郎 「忘れる事は出来ないけど、口にしない事は出来る。・・・それより、どうしてこんな事が露見した?」
椿   「あたしが、流燈先生に聞いただけだよ。大した事じゃない」
蓮太郎 「・・・そうか、判った」

 

 

 

蓮太郎 「牡丹花魁、朝餉をお持ちしました」
牡丹  「ありがとう。桜に甘えて随分な迷惑を掛けんした。食事もとらんとなりんせんな・・・、けど蓮太郎。今日は朝餉の時間ずいぶん遅くありんせんか?」
蓮太郎 「はい。他の花魁方々への配膳を終えてから参りましたので」
牡丹  「・・・は? なんで?」
蓮太郎 「牡丹花魁。甘えたのは、桜花魁だけですか? 少し立ち直ったようですが、あなたを心配していたのは桜花魁だけでしょうか」
牡丹  「お母さんにも、司波先生にも迷惑は掛けんした、けんど」
蓮太郎 「どうして、椿の配慮は数えないんでしょうか?」
牡丹  「椿にこの苦しみは判りんせん。蓮太郎、おんし椿の事になると盲目的になり過ぎんす。それがなければよく働く好感のもてる若衆だというのに珠に疵とはこの事でありんすな」
蓮太郎 「俺を責めて自分の犯した間違いを棚に上げますか」
牡丹  「蓮太郎、わっちに、喧嘩を売っておりんすか」
蓮太郎 「語気強く放てば喧嘩を売っていると仰るんですね。あなたの発言は昨今聞き捨てならない事ばかりです」
牡丹  「わっちが何を言ったと言いんすか」
蓮太郎 「あなたの説得にあたった際、椿があなたに対して飲み込んだ言葉は決して忘れていい事ではない」
牡丹  「椿が飲み込んだ言葉をおんしが聞いて、わっちに説教? 呆れた連携でありんすな」
蓮太郎 「椿の部屋は牡丹花魁の隣、何があっても良く聞こえるでしょう。惣一郎様との事も聞き及んでいます。判っていてあなたを傷付けてはならないという姉妹関係の絆で口を噤んだ椿の言葉を、あなたが知らないでは余りに身勝手過ぎるんです」
牡丹  「椿が何を言わずにいたと? 孕んだ事のない椿が、わっちの苦しみを知らずに語れる言葉なんありんせん!」
蓮太郎 「あなたが孕んだのは全て客のせいですか」
牡丹  「・・・っ?! 何を? わっちらの仕事が何か知っていて責めたてる積もりでありんすか」
蓮太郎 「孕みやすい身体と言うのは個人の違いもあるでしょう。では、今回堕胎したくないという我儘は一体誰の為ですか」
牡丹  「堕胎をしたくないのはいつもの事でありんす! 誰が好き好んで己の子を殺したいと願いんすか! 本来ならば、夫を持ち産んで子と共に暮らせる筈の道理を捻じ曲げて、遊郭に詰める妓の悲しみをおんしが責めんすな!!」
蓮太郎 「大した自己弁護ですね。そうして、客である男を責めて己を悲劇に祭り上げて罪を認めようとしない」
牡丹  「罪?! わっちに何の罪がありんすか! 言葉が過ぎんす!」
蓮太郎 「あなたが堕胎を拒むのはその胎にいる子が辰巳さんの子供である可能性が拭えないからでしょう」
牡丹  「・・・っ?!」
蓮太郎 「恋慕の末に間夫契りをした辰巳さんの忘れ形見である可能性があるから、そうですよね?」
牡丹  「・・・、何が悪い?! 惚れた男の子を護りたいと願って何が悪い!! 椿だってもしおんしの子が胎に入ったなら護りたいというでありんしょうな?!」
蓮太郎 「俺は、一度たりとも椿を抱いてはいません。椿が俺の子を孕む道理がありません」
牡丹  「は・・・っ! 二人きりで出掛ける事もあるおんしらの、どこに信憑性がありんすか?!」
蓮太郎 「信じないというならそれでも構いません。それであなたが遊郭のしきたりを破って同じ見世の若衆と契った事がなくなる訳ではありませんから。お職の責任を手放して秩序を乱しておきながら、己を不遇と嘆いて椿の理解を得られないと駄々をこねて。それがどれだけ椿を傷付けたかも知らずに、相変わらず暢気に逆境から立ち直った事を派手に披露する」
牡丹  「そんならわっちが落ち込んだままでいればいいと思っておりんすか?!」
蓮太郎 「なんですか、その子供じみた言い掛かりは。第一に落ち込む? 何に。間夫を作ったり散り華通いをして己の性欲を凌いだあなたが何を落ち込むんですか。好き勝手に男遊びをしたんでしょう」
牡丹  「男遊び?!」
蓮太郎 「違うんですか?! こんな醜態を晒さないのなら言わずに済んだ事です」
牡丹  「性欲の捌け口を求めるんが男だけだと思いんすな!」
蓮太郎 「それで金を積んで女遊びをする惣一郎様を責めて首を絞めた。都合のいい頭ですね」
牡丹  「おんしは、わっちに何を言いたい?!」
蓮太郎 「あなたの無知が椿を傷付ける」
牡丹  「結局は椿の為。さっさと仕事に戻りなんし、おんしの戯言など聞きんせん」
蓮太郎 「あなたの体を心配して本来言うべき言葉を飲み込んだ椿をあなたは傷付けた。あなた自身が華屋の秩序を乱している事をどうして気付けないんですか。迂闊に辰巳さんと間夫契りをした己を赦すんですか。あなたの責任感はその程度ですか!」
牡丹  「その程度の筈で無いに決まっておりんしょう!!」
蓮太郎 「口先だけなら何とでも言えます。行動が伴っていない」
牡丹  「わっちは!! 判っておりんす・・・っ!」
蓮太郎 「・・・判っていないなら大問題です」
牡丹  「破ってはならないしきたりを破ったから辰巳も喪い、胎の子も喪わなければならない!」
蓮太郎 「そうですね、赦される筈もないのですから」
牡丹  「もう・・・、とっくにそんな事には気付いておりんしたよ・・・?」
蓮太郎 「ならなぜ改めなかったんですか」
牡丹  「理解するのと心が受け入れるんは違う! だから、本当は判っているおんし達の関係も、椿の孕み難い身体も全部が羨ましくて己の眼中から弾き出した! それがどんなに椿を傷付ける事だと判っていても! それしか・・・、当たりどころがなかった・・・」
蓮太郎 「とんでもない八つ当たりですね」
牡丹  「知っておりんすよ。椿が傷付くだろう事も・・・、判っておりんした」
蓮太郎 「判っているなら椿への態度を改めて下さい。椿は謂われないあなたへの呵責で己を責め続けています」
牡丹  「・・・責め続けている・・・、って、・・・椿が?」
蓮太郎 「もう、見ていられないんです」
牡丹  「・・・っ、・・・わっちは、酷い姐でありんすな」
蓮太郎 「そうですね。今回ばかりは否定できません」
牡丹  「・・・ちゃんと、椿に謝りんすよ。謝って、正しい判断をせんと、なりんせんな。姐として・・・、お職として・・・、頂点として」
蓮太郎 「当然です」

 

 

 

椿   「今日ぉ~の張見世、雅な花魁ふ~たり~、登楼るおきちゃはいずこにおりゃる~ 茶葉の支度に身が入る、あソレ、もうすぐ花のお茶挽きじゃ~」
桜   「ちょっと椿、琴弾きながら変な歌口ずさまんでくんなんし。ていうか、随分ご機嫌でありんすな」
椿   「なんとかって若衆さんが、わっちの部屋から焼ける前に琴を持ち出しておいてくれたんでありんす」
桜   「そんな事聞いておりんせん。それに、感謝するなら名前覚えてあげなんし。で、ご機嫌なんでありんすか?」
椿   「ううん? そうじゃないの。牡丹姐さんが元気取り戻してくれたのと、仲直り出来たから」
桜   「は? 仲直り・・・って・・・、喧嘩してたんでありんすか?」
椿   「はっきり喧嘩じゃないけんど、とにかく牡丹姐さんが普通に戻って良かった。お琴も良かった」
桜   「琴はいいとして、華屋に火が燃え移るのが比較的遅かったから、割と色々持ち出せたのは聞いておりんすが、金目のものは最終誰のものか判らなくなったりして、結構盗みがあったって話じゃありんせんか」
椿   「部屋に幾らあったかは確認しておりんせんが、わっちは結構戻ってきんしたよ?
少々なくなったっていつかは見世に搾り取られるお金なんて要りんせーん」
桜   「相変わらず潔い。椿は仮宅になってからお気楽でありんすな」
椿   「仮宅がこんなに閑古鳥が鳴くなん思いもせんかった。大見世の妓は高過ぎて買えんとかなんとか。
殆ど休みでありんすから随分楽をさせて貰っておりんす」
桜   「あのさ、椿・・・、司波先生って、その」
椿   「流燈先生は桜にあげんせんよ? 間夫なら他当たってくんなんし」
桜   「そうじゃなくて、その・・・」
女将  「椿、桜。中引けだ、二人とも部屋に戻んな」
椿   「わぁーい終わりぃ~! 台所行こうっと!」
女将  「喜んでばっかりいるんじゃないよ、全く。あんた達の借金は減りゃしないんだからね」
桜   「そりゃそうでありんしょ。けんど、払えんもんは来月に回して貰うしかありんせん?」
女将  「医者代も嵩むしね。桜、明日女医が来るから準備しときな」
桜   「え・・・っ?! そ、あ・・・、早くありんせん、か・・・?」
椿   「・・・女医って、中条流の? え? 桜・・・、堕胎医だよ? 女医って・・・」
桜   「・・・やだ」
椿   「もしかして桜も・・・、孕んでるの・・・?」
女将  「桜は二回目だよ。司波先生が診察して行ったんだから間違いないよ」
椿   「流燈先生が・・・。二回目・・・、なんだ。そ・・・、っか」
桜   「やだ・・・」
女将  「嫌だ嫌だ行ってどうにかなる問題じゃないだろう。早く堕胎さないと、命の危険が大きくなるだけだ」
桜   「今だって死なない保証なんてどこにもありゃあせん」
女将  「五割の死亡率と二割で済むのとどっちがいいんだい!」
桜   「五割も二割も変わりゃあせん!」
女将  「だからって産ませる訳に行かないんだよ!」
桜   「わっちだって別に産みたい訳じゃありんせん!」
椿   「・・・っ?! 何それ? 命をなんだと思ってるの!! 桜の胎に宿った命ってそんな軽いもんなの?!」
桜   「・・・なにさ、椿。あたし何か変な事言った?」
椿   「堕胎は嫌、けど産みたい訳じゃない。じゃあどうしたいんでありんすか!!」
桜   「孕んだ事もない癖に! 椿にこの恐ろしさなん判ってたまりんすか!!」
女将  「椿にあたるんじゃないよ!」
桜   「お母さんはお気楽でありんすな! おきちゃを取らずに済みんすから孕む心配もない! けんど自分が気に入った間夫とは好きに褥に入るし、孕んだって産めばいい! 見世の妓に己の業を背負わせて、命を懸ける恐ろしさを知らないままで!」
女将  「それがお前の仕事だろう!」
桜   「もしもこんな仕事じゃなかったら!」
椿   「こんな仕事じゃなかったら、いずれにしろ桜は死んでおりんしょうな?!」
桜   「はぁ?!」
椿   「それとも桜の生まれた郷はおなごが十五までのらりくらりと生きて行ける程豊かな郷でありんしたか? そうでないなら、十にもならん内に近場の池に頭を沈められて口減らしか、道も判らん山奥に捨てられて熊に襲われて死ぬか。どの道死ぬ以外の道なんありゃあせん!」
桜   「だからって! 命懸けで腹の子を殺す苦しみなん判りもせん癖に!」
椿   「腹の子の命と引き換えに己が食い繋ぐしかありんせんのにそれを嫌だと言い張る。甘ったれておりんす」
桜   「甘ったれてなんか、おりんせん。堕胎の覚悟はしておりんす。だから椿に司波先生との伝手を持って貰おうと思って」
椿   「桜のおきちゃにもお医者様がおりんしょう? なんで自分のおきちゃに言わん」
桜   「わっちの所に来る蔵持先生は徒歩医者(かちいしゃ)で、町医者としては稼いでおりんすが、堕胎については女医と変わりんせん」
女将  「司波先生はね、堕胎は専門外だからやらない、とはっきり断られたよ」
桜   「え・・・、そ、・・・、そんな・・・。あんなに腕がいいなら、堕胎ももっと簡単に出来る筈じゃありんせんのか?」
椿   「命を棄てる事を簡単だなんて言いんすな!!」
桜   「けど、それじゃあ、中条流以外の方法は、ないんでありんすか・・・?」
椿   「流燈先生は命を救う為の医術はどんな方法でも押さえんす。一人でも助けられる患者様を救おうと邁進する流燈先生に命を棄てる方法を聞いたりしんすな、医術は命を守る為にありんす」
桜   「判り切った事を知ったかぶりで話しんすな! わっちだって孕みたくて孕んだ訳じゃありんせん! 仕事なのに! こうしなきゃ生きて行けんのに・・・、わっちのせいじゃありんせんのに・・・、ぅう・・・、ひっく」
椿   「何よ・・・、ここの所桜の元気がなかった理由ってそれなの?」
桜   「堕胎は嫌・・・。怖い・・・、けど、産みたくもありんせん。もうどうしたらいいのか判らない」
椿   「そんなぐずぐず言ってる桜なんて桜じゃない!!」
桜   「じゃあ、じゃあ椿頼み込んでよ。司波先生に・・・。安全な堕胎の方法とか・・・。どうせ、出来ないんだろうけどさ」
椿   「・・・勝手に泣いてればいいよ! 桜の馬鹿!」
桜   「なんで椿はそんなに怒ってるんでありんすか?」
椿   「問題なく、孕める健康な身体なんじゃない」
女将  「変な考えを起こすんじゃない。稀に見る恵まれた身体を持っているのはお前の方だろうが、椿」
桜   「恵まれた、身体? 椿が?」
椿   「恵まれた? は・・・、呪われたの間違いでありんす」
女将  「石女(うまずめ)、と・・・、お前も聞いた事があるだろう。桜」
桜   「石女(うまずめ)? って・・・、確か、子を産まぬおなごの事じゃありんせんかったか?」
女将  「そう。正確には、どうやっても、褥を何度繰り返しても孕まない妓の事だよ」
桜   「椿が、その石女(うまずめ)なんでありんすか?」
女将  「そうだとあたしは思っているよ。しっかり診て貰った訳じゃないから確実じゃないだろうけど、一度も孕まないなんてそんな事があるもんかい。お前はそこそこお茶を挽く事もあるだろうが椿はこの仮宅に来るまで殆どない。これだけ男の精を受けて孕まないんだから石女(うまずめ)に違いないさ」
桜   「それって、じゃあ、この先も孕む事はないって事でありんすか?」
女将  「おそらくね。ましてや行水だってはっきり決まっている訳でもなく、不定期。来たって3、4日で終わる。素人情報だがね、これは石女(うまずめ)の特徴だというよ」
桜   「なんだ・・・、それじゃ、どう足掻いたって椿には勝てないって事じゃありんせんか」
椿   「勝つって・・・? 何の勝負よ?」
桜   「おきちゃの数だってお母さんの信頼だって何一つあたしには勝てないじゃないか!!」
女将  「石女(うまずめ)は女郎として生きて行くには天性の才能だよ。椿の様な天才的な花魁が他に居るもんかい。あんたは他で努力しな」
椿   「天性・・・、才能・・・、天才・・・。は・・・、ふふ」
桜   「狡いね、椿」
椿   「ふふ・・・、羨ましい? 桜」
桜   「あたしだって毎度、こんな苦しい思いをするくらいなら石女(うまずめ)になりたいよ・・・っ!」
女将  「桜! どこ行くんだい! 今日は夜しっかり寝て、明日に備えな! 寝不足で中条流なんてさせないよ!!」
椿   「天からの授かり物の様なこの身体。お母さんにも大切にして貰わんとなりんせんなぁ」
女将  「あん? あたしがあんたを粗末に扱った事があるかい?」
椿   「ありんせんよ。わっちも部屋に戻って休みんす」
女将  「あぁ、復興が終わるまでだ。今の内にゆっくり休みな」

 

 

 

桜   「いやぁあぁあぁあ!! もう嫌! 助けて!!」
女将  「桜!! 逃げるんじゃない! 放置してどうにかなる事じゃないだろうが!」
惣一郎 「お・・・、っと、桜? お前ぇ、そんな泣き叫んでどうした」
女将  「あぁ、松川屋の旦那! 珍しくいい所に! 桜を捕まえて下さい!」
惣一郎 「あぁ? や、捕まえるのは構わんが。・・・珍しくいい所って言い方ってもんがあるだろうが!」
桜   「惣一郎様! 放して! 嫌!! 死にたくない! いやぁああ!!」
惣一郎 「死にたくないって、俺は別に殺そうとなんざしてねぇよ。何があったんだ?」
桜   「放して! 嫌!! 助けて・・・っ!」
惣一郎 「あー・・・、埒が明かねぇな。女将、こいつどうしたんだ?」
女将  「女医さんが来てんですよ、中条流の。桜、いい加減にしな! 駄々こねたってどうしようもないんだよ!」
桜   「もう嫌! 何でこんな目に合わないといけないの? もう・・・っ、もう助けて」
惣一郎 「中条流(ちゅうじょうりゅう)・・・? 中条流(ちゅうじょうりゅう)・・・、って・・・中条流(なかじょうりゅう)・・・? あの医者が言ってたヤツか。・・・女将、中条流ってなんだ、桜はなんでこんなに怖がってんだ」
桜   「惣一郎様・・・? 助けて、くんなんすか・・・?」
女将  「堕胎医ですよ。定期的に遊郭を回ってるんですが、仮宅なんで今回を逃したらしばらく来られそうにないんです」
惣一郎 「堕胎・・・、って。死にたくないって言ったな。そんなに逃げ回る程恐ろしいのか?」
桜   「わっちの姐は中条流で亡くなりんした! 直接話した事のない遊女達も沢山死んでおりんす!」
女将  「桜! 松川屋様に余計な事を言うんじゃない!! あんたの馴染じゃなくてもお客様に女郎の裏なんざ見せる必要はないんだよ」
蓮太郎 「失礼します、女将。少しいいですか」
女将  「なんだい! あたしゃ忙しいんだよ! 見て判らないのかい!」
蓮太郎 「・・・、金盞花花魁が亡くなりました」
女将  「っ?! ・・・、・・・そうかい」
桜   「金盞花が・・・? や・・・、やだ!! なんで?? そりゃ、凄く痛がってたけど、そんな酷かったの? なんで?」
惣一郎 「亡くなった・・・って・・・。おい女将! どういうこった。金盞花って何番目かは知らんが花魁だった女だろう!!」
蓮太郎 「今月の診察で妊娠しているのが判明したので、中条流という堕胎の施術を行ったんですよ」
惣一郎 「その、中条流とかいうのをやってる間に死んだのか」
蓮太郎 「いえ、施術は終わって部屋で休んで戴いていました。ですが、術後の状態が良くなかったんでしょう。中の傷がかなり深かったようで、大量の出血と高熱を出して亡くなりました」
桜   「金盞花は・・・、わっちを安心させる為に施術を先に受けたんだ・・・」
蓮太郎 「順番がどうでも受けなければなりません」
桜   「怖くないよって・・・、あたしが怖がるなら先にやってあげるって言って施術を受けたのに!! 死んじゃうなんて・・・」
女将  「いずれにしてもお前だって産む訳に行かないだろうが! さっさと施術受けて流しちまいな!」
惣一郎 「待てよ。こんな怖がって逃げてんのを無理矢理施術したらそれこそ失敗する可能性が高くなるんじゃねぇのか」
女将  「心持ちなんて関係ありませんよ。素人判断でいい加減な事を言わないで下さい」
桜   「・・・っ! 助けて・・・、惣一郎様。中条流は嫌!! 怖い! 死にたくないよ!! 助けて!!」
女将  「こっちに来な、桜! 松川屋様の後ろに隠れたってどうにか出来る問題じゃないだろう!」
惣一郎 「・・・中条流って、何するんだ? 痛がってたって言うが、どういうこった?」
女将  「松川屋様が知ってどうするんですか? 代わりに施術をやって下さるとでも」
惣一郎 「そんなこた言ってねぇだろうが。けど、知らなきゃ説得も出来ねぇだろうがよ」
桜   「説得? なんの?! 結局妓を買って精を放った男の言い分なんか聞いたって慰めにもなりんせん!」
女将  「ふざけんじゃないよ、桜! お前はそれで金を貰ってるんだろうが! 飯を食ってるんだろうが!」
桜   「いつ死ぬか生きるかの瀬戸際を彷徨う仕事でありんす!」
女将  「甘ったれんじゃない!! 金を稼ぐのなんざいつだって誰だって命懸けだ! 自分だけが不遇だなんて被害者面をするんじゃない!」
惣一郎 「もうちっと優しい言い方は出来ねぇのかよ。そんなに追い詰めたら余計怖がらせるだけだろうが」
女将  「そんじゃあ松川屋様が椿から桜に敵娼を変えて落籍せて戴けるとでも?」
惣一郎 「なんの選択を迫られてんだ、俺は。そういう局面じゃねぇだろ!」
女将  「そんな局面ですよ。桜、いい加減松川屋様の背中に隠れてないで出てきな!」
桜   「だって・・・、出て行ったら、わっちは」
惣一郎 「人を無視してんじゃねぇ! 中条流たぁ何して堕胎させるんだと聞いてるんだ。聞いたからどうしてやれる訳じゃないが、こんな怯えてんのを訳も聞かずに、そら行って来いって放り出せると思ってんのか」
蓮太郎 「無責任に庇い立てするくらいなら本当に敵娼を変えたらどうですか? 見世としては松川屋様が登楼なさるというならどの花魁でも変わりませんから」
惣一郎 「お前ぇは知ってるのか。蓮太郎」
蓮太郎 「女将と同じく施術に関わりない方に話す謂れはありませんが、聞けないから邪魔をするというなら、聞いてさっさと立ち去って戴きたいですね」
女将  「数日は鬼灯の根を煎じた薬湯を飲ませるんですよ。それで効果が出る場合とでない場合がある」
惣一郎 「鬼灯・・・。盆に飾るあれか」
女将  「そうですよ。実にも茎にも葉や根にも毒があります。もっと強い薬もあるとは聞いた事がありますが、死ぬ確率が高いそうで滅多な事じゃ使えません」
惣一郎 「効かない場合はどうするんだ」
女将  「その状態が今の桜ですよ。女淫(にょいん)から細い鬼灯の枝を差し込んで赤子を掻き出すんです」
惣一郎 「・・・っ?! 掻き出す・・・、って、直接か・・・?」
女将  「その場合何も鬼灯の枝でなくともいい。調理場にある菜箸の様な長い棒で胎の中を突つくんです」
惣一郎 「は・・・? 何考えてんだ? そんな事して胎ん中傷付けたら、お前ぇ・・・」
女将  「言ったでしょう。堕胎は命懸けだと。ウチは突くだけですが、場所によると先の曲がった鉄の棒で引っ掻く事もあるそうです」
惣一郎 「そんな、残酷な事を、お前ぇよく平気な顔で」
女将  「ですから聞いたんですよ。庇うなら松川屋様が桜を落籍させるのか、と。助けると仰るなら最後まで責任を持って下さい。遊郭は!! 女郎に子供を産ませる訳にはいかないんですよ」
惣一郎 「・・・っ」
女将  「判ったら、桜から離れてその風呂敷に包んだ反物持って椿の所にでも行ってて下さい。着物を仕立てに来たんでしょう?」
桜   「や・・・、惣一郎様・・・?」
惣一郎 「・・・済まない、桜・・・。俺に、どうにかしてやれる問題じゃない。ごめん」
蓮太郎 「判り切った事を」
桜   「や・・・、やだ! 嫌だ! 助けて!! 助けてよ!! 何で見捨てるの?!」
女将  「来な、桜」
椿   「やめて!! 桜、こっち! わっちの部屋に行って!」
桜   「え、つ・・・、椿? ・・・ど、どうして?」
椿   「大丈夫、桜、助けるから。あたしがどうあってでも、ちゃんと助けるから。信じて部屋に行って」
蓮太郎 「椿? お前、どう言う積もりだ。助ける?」
椿   「・・・流燈先生、助けてくれるよね?」
蓮太郎 「司波先生?」
流燈  「えらいとこ捕まりましたわ。こっそり抜け出そ思たんやけど、椿はんの目敏い事言わはったら」
女将  「椿、司波先生は堕胎には詳しくないんだよ。残念だけど助ける事は出来ない」
惣一郎 「は・・・、医者が聞いて呆れるな」
流燈  「畑違いの呉服屋に詰られる意味が判りませんわ。あんさん手元の反物でおむつでもこさえたらどないですか?」
惣一郎 「この反物で拵えるのは最上級の仕掛けだ。そっちこそ反物穢す様な事を言うんじゃねぇ」
椿   「流燈先生・・・、本当に中条流以外で堕胎する方法はありんせんのか?」
流燈  「椿はんまでそないな事言わはりますか」
蓮太郎 「また無理難題を吹っかけるんじゃない、椿。司波先生は出来るのにやらない人じゃない」
椿   「一人でも命を救えるならと邁進しておいでの流燈先生に命を棄てろという。それはとても酷い事だと思いんす」
流燈  「済まへんどすな、ほならこの話はもう」
椿   「わっちらは助けては貰えんせんのか?」
蓮太郎 「・・・、椿?」
椿   「昨夜桜が言った言葉は本当にその通りで、わっちらだって棄てなければならん命をわざわざ望んで孕んだりはせん」
女将  「そんなこた今更なんだよ。育てられない子は棄てられるしかないんだ。このご時世に子が有り難いなんて言えるのは、公家か将軍家。大抵は望まざるべくして孕むんだ」
椿   「町方の事はよう知らん。己の仕事を恥じる事はありんせんけんど、おきちゃが放った精が棄てねばならん命を孕ませる。男達は何食わぬ顔で精を打つのにその犠牲になるのは・・・、わっちら女郎でありんすか?」
流燈  「どっか別んとこでもいいましたわ。アテはこないな事がまかり通るこん時世を憎んでると」
椿   「流燈先生。このまま中条流ばかりに頼っていては女郎の命も見捨てるのと同じ事。可能ならわっちらだけでも助けて貰えんせんか。いつか、もしも、万が一わっちが孕む事があったならきっと助けて欲しいと願ってしまいんす」
流燈  「・・・まっすぐで嘘偽りのない言葉やな。けど・・・、それが椿はんらしさや。それ故にアテも逆らえんのどす」
椿   「流燈先生・・・、それじゃ?」
流燈  「堕胎薬はあります」
女将  「あ、あるんですか?! 前にないって言ったのはどうしてですか!」
流燈  「既に牡丹花魁には処方しとります。処方する為の材料が手に入りにくいんどす。希少ゆえに値も張ります」
女将  「そうですか・・・、値段が。幾らくらいなんですか? 集合女郎に使えないとしても花魁なら払えるかもしれません」
流燈  「丸薬一粒で二両、効果は個人差がありますが大抵は五日ほどの投与で効果が出ます。念のために十日分」
惣一郎 「二十両って、ぼったくり過ぎじゃねぇのか?」
流燈  「ほなら、薬の材料を松川屋はんが集めてくらはります?」
女将  「そうまで言うんです。その薬・・・、本当に安全なんですか?」
流燈  「遊郭で広められては困ります。安価でないから手ぇ出せる代物でない事は判るでしょうが、それでもアテの本業はちゃいます」
女将  「それだけ信用性が高い?」
流燈  「桜はんの同朋が昔、横腹が痛い言うて亡くならはりましたやろ。あれは、やや子育てる胎に来る前の管に子が付いた場合の症状や。そういう奇異な妊娠をしたおなごに飲ませます。無理矢理行水を引き起こす薬どす。用量を間違えなければ安全は保障できます」
女将  「その薬を、桜に買わせますよ。二十両、あの子があれ程怖がるのなら、間違いなく払うでしょう」
流燈  「これきりどす。アテは人でなしと言われようが、堕胎を薦める気はあらしまへん」

 

 

 

女将  「あぁ、司波先生・・・。先日はありがとうございます」
流燈  「礼なら椿はんに言って下さい。アテは必至な椿はんに逆らえんかっただけどす」
女将  「それでも薬を処方してくれた。感謝してます」
流燈  「二人とも行水は来はったんどすか?」
女将  「えぇ、問題なく。二十両は痛手でしょうが命に代えられるものじゃありません。二人とも数日で孕んでるのが嘘の様に行水が来ました」
流燈  「ほなら良かったどす」

 

 

惣一郎 「よぉ、牡丹、桜」
桜   「わっちらを呼び出すなんなんの積もりでありんすか? 椿に怒られんすよ?」
惣一郎 「あー、素直に嫉妬するならどれだけ嬉しいか。それより、これ見ろよ。瓦版」
牡丹  「瓦版? ・・・、これは」
惣一郎 「先日の挙母(ころも)祭りの続きみたいなもんだ。矢作川まで行かにゃならんけどな」
桜   「灯籠流し・・・?」
惣一郎 「笹の葉を組んだ浮船に、魂に見立てた蝋燭を立てて川に流して、故人の供養をするんだとさ」
牡丹  「故人」
惣一郎 「ちらっと話を聞きかじったからな。牡丹、お前ぇ見送りたい命があるだろう?」
牡丹  「・・・っ」
惣一郎 「それにな・・・、聞いた所によると、挙母祭りは子供に関する願いに霊験あらたかなんだと。それならきっと水子の供養にもなるんじゃねぇかと思ってな」
桜   「これは、いつでありんすか?」
惣一郎 「今日の夕方だ」
桜   「・・・、申し訳ありんせん。その、薬の影響で、わっちも牡丹姐さんも身体がままならんのでありんす」
惣一郎 「知ってる」
桜   「そんじゃあ、代わりに惣一郎様が流してきてはいただけんでしょうか?」
惣一郎 「駕籠を、用意したよ。体が重いのは当たり前だと思ってな」
桜   「・・・、惣一郎様、どうしてそこまで・・・?」
惣一郎 「考えてみりゃあ当たり前の事なのにな・・・。枕をともにすりゃあ子が出来る。判ってる筈の事を今まで気付かない振りしてた」
桜   「罪滅ぼし、でありんすか?」
惣一郎 「あー、嫌だってなら、うん、俺が代わりに流してきてやるよ」
牡丹  「・・・駕籠を、お借り出来んすか? 惣一郎様。桜の分と二つ」
桜   「牡丹姐さん」
牡丹  「今後の祈願もかねて、桜・・・、わっちらの子を黄泉のほとりまで見送りに参りんしょう」
桜   「・・・あい」

 

 

 

椿   「水面に沢山明かりが浮かんでる」
蓮太郎 「灯籠流しだよ。亡くなった人の命を見送る」
椿   「桜と牡丹姐さんが一緒に行きんしたから知っておりんすよ」
蓮太郎 「惣一郎様が誘ったんだろ? 知ってる」
椿   「罪滅ぼしなんて、そんな程度で足りると思ってるのかな?」
蓮太郎 「さぁ? 惣一郎様がどれだけ罪悪感を感じていようが俺の知った事じゃない」
椿   「蓮太郎さ・・・、惣一郎様、嫌いだよね」
蓮太郎 「うん。・・・灯籠、・・・形だけでも、流す人がいるらしいけど、椿は流さなくてもいいのか?」
椿   「わっちには・・・、今までもこれからも、流す命などありんせんよ」