花魁道中いろは唄~外伝~散り華に捧ぐ珠ひとつ ♂×2 ♀×4 / 白鷹

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所要時間:130分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

 

椿   18歳 (♀)

    大見世華屋の花魁。元来の美しさと見た感じの可愛らしさで男の気を引く。
    芯の通ったしっかり者で、頭の回転が早く根付く性格は非常に厳しい。蓮太郎と恋仲にある。


 

牡丹  24歳 (♀)

    大見世華屋のお職であり椿の姐女郎。華やかな色気と優しさと雅さが売り。
    反面気風の良さを併せ持っており、自身の見世に害が及ぶと怒鳴り込む事もある。


 

蓮太郎 18歳 (♂)

    華屋の若衆で料理番。生真面目で自他共に厳しく真面目な性格だが椿に関してはかなり緩い。
    華屋の元お職が産んだ青年で大変な美形であり、よく陰間と間違われる。


 

惣一郎 26歳 (♂)

 

    大店老舗呉服問屋 松川屋の若旦那で様々な豪商と縁が深い金持ちで椿の客。
    金払いがよく周囲からは粋人と言われているが本人はどうでもいいと思っている。椿に惚れこんでいる。


 

白樺  21歳 (♀) ※幼少期の本名は美琴

 

    手鞠屋お職。元は江戸吉原遊郭きっての大見世大文字だいもんじ屋の花魁であったが素行に問題があり、
    他の花魁の策略にハメられ見世替みせがえをさせられた。武家嫌い。
    高飛車で高圧的だが自分の美貌と技芸に絶対の自信を持っている。吉原に残して来た弟の事を心配している。


 

松葉  17歳 (♀)

    白樺の妹新造。突出しを控えている。大変頭がよく機転も利く。姐と同じく技芸も秀でており美少女。
    姐を含む全ての女郎は皆敵と見做し、全ての客を奪い取るように教え込まれている。


 

礼成ゆきなり/雪花せっか 10歳/18歳 (♂) ※兼ね役推奨

    白樺の弟。武家の妾腹で男性ながら美しい顔立ちをしており、幼少期より男達の慰み者として生きる。
    吉原の陰間茶屋にて働く。

――――――――

役表

 

椿   (♀)・・・
蓮太郎 (♂)・・・
牡丹  (♀)・・・
惣一郎 (♂)+雪花(♂)・・・
白樺  (♀)・・・
松葉  (♀)+礼成(♂)・・・

――――――――――――――――――――――――
 

椿  「姐さん! 姐さん!! 大変でありんす! 姐さん!! またこんなに寝こけて!! 起きて、起きてくんなんし! 姐さん」
牡丹 「また椿・・・、うるさい」
椿  「姐さん! 切(き)れ文(ぶみ)でありんす!」
牡丹 「切れ・・・、んん・・・、誰のか知らんがあっちには関係ありんせん・・・、もう少し寝かせてくんなんし」
椿  「姐さんに!! 切(き)れ文(ぶみ)でありんす!!」
牡丹 「なんだって?!?!」
椿  「だから大変だと言いんした」
牡丹 「見せな!」
椿  「ああ! そんな乱暴にしたら破れてしまいんす」
牡丹 「なんだい?! 2通・・・?」
椿  「八代(やしろ)の大名様と米問屋の有川屋の旦那さんから・・・」
牡丹 「八代(やしろ)の殿様が・・・? そんな、馬鹿な。有川屋様もその内あっちを身請けしたいとまでおっしゃっていらしゃんしたのに・・・」
椿  「有川屋様は源屋様と張る豪商。このお二人からの切れ文なん、あっちも信じられん」
牡丹 「・・・、あ、は・・・、は・・・、なんでありんすか。二人ともこんな三行半(みくだりはん)で片を付けようなんざ・・・」
椿  「金百両といくつかの貢納品でお母さんと遣り手は納得したらしいでありんす」
牡丹 「たかが百両で・・・、あっちが・・・。棄てられるなん・・・」
椿  「あの、姐さん」
牡丹 「なんだい」
椿  「大口のおきちゃこそお二人でありんすが、他にも何人か縁切りの話があって、実はあちきも切れ文が届いておりんす
    それだけでなく、見世の何人かの花魁にも届いていて、華屋だけじゃないのでありんす」
牡丹 「いっぺんになんでそんな? 一体何があったというんでありんすか?」
椿  「手毬屋の淡墨花魁が内芸者になって、お職の筋が途絶えた事は姐さんが一番良く知っていると思いんすが」
牡丹 「ああ、淡墨は勿体無いことをしんしたとあっちも思っておりんすがこの切れ文とは関係ないことでありんしょう?」
椿  「全くの無関係ではござんせん」
牡丹 「まさか・・・、手毬屋の新お職におきちゃが殺到しているとでも?」
椿  「その、まさかでありんす」
牡丹 「新お職に着いたのは一体誰でありんすか?
    手毬屋がそんな大層な女を育てていたなんぞという話は今まで聞いておりんせん」
椿  「見世変(みせが)えで新しく来た花魁でありんす」
牡丹 「見世変(みせが)えだって? そんな半端者にそこまでおきちゃを集める力がある筈がありんせん」
椿  「・・・、あ。姐さん、外を見てくんなんし。今手毬屋からお披露目の為の道中で出て参りんした」
牡丹 「・・・、遠目ではよくわかりんせんな。美しい女子なのはなんとなく判りんすが・・・」
椿  「元の見世は江戸の吉原」
牡丹 「よ?! 吉原?! 吉原から若山への見世変(みせが)え・・・」
椿  「吉原一の大見世、大文字(だいもんじ)屋の元お職だった花魁でございんす」
牡丹 「だ、大文字(だいもんじ)屋って・・・。老舗中の老舗、吉原に大文字(だいもんじ)屋あり、の大文字(だいもんじ)屋?」
椿  「見世変(みせが)えの理由まではあっちも聞いてはおりんせん。けんど、そこらの花魁では太刀打ちはできんせん」
牡丹 「・・・、昼の道中に大輪の花が咲いているようでありんすな
    切れのある外八文字、あんな大胆な踏み、余程自信が無ければできんせん」
椿  「お母さんが、華屋の牡丹が芋引いて逃げたとあっちゃ華屋の看板もこれまで、と」
牡丹 「まさか・・・」
椿  「椿ぃ!! 牡丹たたき起こして客を取り返して来る様に伝えてきなぁ!! ・・・って」
牡丹 「ああ・・・、やっぱり」
椿  「どなんしんすか?」
牡丹 「あはははは・・・。くそばばあの面の皮に張っ付いた面子(めんつ)なんざあっちの知ったこっちゃ無いよ!!!」

 

礼成 「姉上・・・。起きていらしたんですか・・・?」
美琴 「こんな明け方まで帰って来なければ心配する。・・・また、例の男どもか」
礼成 「高津殿が・・・、殿の妾腹ならば、立場を弁え夜伽をお努めしろと」
美琴 「高津・・・! またあいつか・・・! お家が留守家老なのをいい事にやりたい放題!」
礼成 「悔しいです・・・」
美琴 「礼成・・・。もう少しの我慢じゃ。もうあと半年もすれば殿様が帰っていらっしゃる
    そうしたらこんな遊びごとなど許されるはずもないのじゃ。今少し、耐えよ」
礼成 「けど姉上! 私は男なのに!」
美琴 「殿様がお帰りの暁には、わたくしがきちんと奏上して高津の処遇を考慮して戴くゆえ、今少し」
礼成 「夜を重ねる毎に、度が増していて」
美琴 「度が?」
礼成 「昨夜は、高津殿に加えて三人の男がいました!」
美琴 「た・・・、かつだけではないのか・・・?」
礼成 「最初は高津殿だけでした! でも、夜を重ねる毎に人数が増えて!」
美琴 「なんという・・・! なんというていたらくじゃ!! くっそう・・・! 高津め!」
礼成 「もう、嫌です・・・。こんな夜が毎夜訪れるなら、もう・・・、死んだ方が」
美琴 「礼成! 迂闊な事を言うな!」
礼成 「でも!」
美琴 「必ず助かる! こんな諸悪が許される筈もないのだから!」
礼成 「姉上・・・」
美琴 「泣くな、礼成・・・。大丈夫、必ず・・・」

 

白樺 「礼成・・・、雪花(せっか)・・・。もう少しの我慢じゃ・・・。必ず、姉やが助けてやるからな・・・」
松葉 「姐さん・・・、白樺姐さん・・・。起きてくりゃあせ、白樺姐さん」
白樺 「・・・んっ・・・、ぅ・・・、あ・・・。ま、つば・・・?」
松葉 「昼寝もよろしぃすが、無駄な涙を流しぃすな。勿体ない」
白樺 「涙・・・? あ、あぁ・・・、そうか・・・。夢・・・、か」
松葉 「弟君の名を呼んでおりぃした」
白樺 「済まぬ、心配をかけぇしたな」
松葉 「いえ? けど、客の前以外で流す涙ほど勿体ない物はござりぃせん」
白樺 「それもそうじゃな」
松葉 「雪花さんは・・・、大丈夫でありぃしょうか」
白樺 「吉原から出る際に必ず救い出すゆえ、苦しかろうが客を取りながら待て、と言い含めて来ぃした
    あれを吉原に置いて来ぃしたのは悔やまれるが、陰間茶屋はわっちの伝手も及ばぬ所
    せめて無事を祈りに神社を参るくらいしか出来ぃせん」
松葉 「わっちが姐さんに付いて来ぃすに手一杯で・・・、姐さんには余計な借金を背負わせてしまいぃした」
白樺 「お主の女郎としての気概、手放すのは惜しい。美貌も所作も芸事も新造(しんぞ)の中で群を抜いておりぃす
    よう扱える花魁のおらぬ所に置いて来ぃすはごめんじゃわいな」
松葉 「わっちとてごめんじゃわいな。あんな塵かゴミか判らんような花魁どもから学ぶ事なんありぃせん」
白樺 「ふふっ、さもありなんしょ」
松葉 「あ、それと姐さん、お客さんでありぃす」
白樺 「・・・客?」
松葉 「あい、華屋のお職、牡丹花魁が挨拶に、と」
白樺 「煩わしい。他の見世の花魁がどうであろうとわっちには関係の無い話」
松葉 「若山は横のつながりを重んじる場所だときいておりぃす。無碍にしては姐さんの評判に関わりぃす」
白樺 「お職・・・。松葉 、お抹茶を点てや」
松葉 「あい」

 

牡丹 「華屋お職、牡丹と申しんす。以降お見知り置きの程よろしくお頼み申しんす。こちらは、あちきの妹花魁、椿と申しんす」
椿  「華屋花魁、椿と申しんす。よろしくお頼み申しんす」
白樺 「ふ・・・、ふふっ。田舎花魁が山猿連れて挨拶回りとは」
牡丹 「な・・っ?!」
椿  「ん? ・・・山猿? て、あっちのことでありんすか?」
白樺 「この度手鞠屋のお職を務める事とあいなりぃした、白樺と申しぃす」
牡丹 「おんし、とんでもなく失礼なおなごでありんすな!」
白樺 「おぉ、嫌だ。田舎訛りが移りぃす」
松葉 「お抹茶でありぃす。ご一服どうぞ」
白樺 「作法は裏千家でお頼み申しぃす」
椿  「裏千家・・・。江戸の武家に合わせた作法でありんすな」
牡丹 「あんまり、江戸江戸と高飛車な態度はやめた方がよろしんすなぁ? 白樺花魁
    あっちら若山の女はみな上方(かみがた)の公家、江戸の武家両方のおきちゃにあわせてお迎えしんす
    江戸のおきちゃしか知らんおんしに手毬屋のお職が勤まりんしょうか?」
白樺 「どっちつかずの半端者が、威勢だけは良いようじゃ」
牡丹 「物の言い様でありんすな。半端ではありんせん、両方を極めたんでありんす」
白樺 「さて、どうでありんしょうな。いずれも見た訳ではありぃせん。判断のしようもありぃせんわいな」
牡丹 「椿の作法を見れば判りんしょう?」
椿  「お点前お先に頂戴いたしんす」
白樺 「ふ・・・、ふふっ、猿も躾ければ芸が出来るのじゃな」
椿  「・・・っ(怒)」
牡丹 「どう足掻いても認める気はないという事でありんすな」
白樺 「認める? 可笑しな事をおっせぇす。慣れ合うなどごめんじゃわいな」
牡丹 「敵(てき)は敵(てき)と、その姿勢は崩すまいという事でありんすな。よう判りんした」
白樺 「若山イチと言われるが、見世の構えが大きいだけじゃ
    勤める妓(おんな)がキビ団子を求める桃太郎の家来御一行では客も満足させられはするまいよ」
牡丹 「なん・・・っ!」
白樺 「手鞠屋からのおこぼれ客を華屋に見舞えるよう善処致しぃす。その際は、身を入れてお相手してくりゃあせ」
牡丹 「おきちゃを大切にせんなら、いずれ離れて行きんしょう。椿、帰りんしょう」
椿  「結構なお点前、御馳走にあいなりんした」
牡丹 「わっちは上方(かみがた)で言う所の呼(よ)び出(だ)し昼三(ちゅうさん)。教示に預かりたい旨があればいつでもおいでになってくんなんし」
白樺 「教示じゃと? 嗤わせぇす」
牡丹 「ここは吉原ではありんせん! 若山でありんす!
    その事をゆめゆめ忘れんよう、よおーく胸に刻みつけておきなんし!」

 

白樺 「客を取られたのが相当腹に据えかねているのでありんしょうな
    全く、敵に塩を送るような真似までするとは若山も底が知れるというもの」
松葉 「あっちは、そうは思いぃせんでした。姐さん、牡丹花魁は若山に入ってすぐに聞いた名前でありぃす
    今、姐さんについてるお客様は、元吉原の大文字(だいもんじ)屋という名前に釣られて来たお客
    飽きれば牡丹花魁の所に戻っていってしまう気がしてならん」
白樺 「松葉は心配性でありぃすな。田舎花魁にわっちが負けるとでも?」
松葉 「郷に入れば郷に従えとおっせぇす。ここが若山だという事は間違いじゃありぃせん」
白樺 「田舎者に教えて貰う事などありぃせんが、それだけはよぉーく心に留めておきぃす」
松葉 「あ、それと姐さん。手紙が届いておりぃす」
白樺 「手紙・・・」
松葉 「例のお武家様・・・、高津様でありぃす」
白樺 「文机(ふづくえ)の下の文箱(ふばこ)に入れておいてくりゃれ」
松葉 「読みぃせんのでありぃすか」
白樺 「毎度毎度、同じ様な内容の文ばかり。読むのも飽いた」
松葉 「でも、吉原においでの時は月に2度必ずお通いになって下さった方でありぃす。無碍な扱いは・・・」
白樺 「酷いと?」
松葉 「・・・っ、いいえ。なんでもありぃせん」
白樺 「全く、文如きに一体何人の御家人を遣うておるのか
    江戸から尾張まで3日と開けず文を送り続けるとは、金子の垂れ流しじゃ」
松葉 「けど、高津様が姐さんを落籍(ひか)せるお積もりなのはご承知だったでしょうに」
白樺 「武家の男なぞに落籍(ひか)されたりするものか。・・・あんな腐った連中のいる場所に!」
松葉 「腐っても鯛でありぃすからな。わっちもお武家様は嫌いでありぃすが・・・」
白樺 「鯛は鯛でも腐った鯛なぞごめんじゃわいな」
松葉 「東海道の宿場が近くにありぃすから、お武家のお客も多い。いつまでもお武家様を袖にはできぃせん」
白樺 「他の妓(おんな)に回せばよい」
松葉 「ここまで高津様が来る訳でもありぃせんのに」
白樺 「しつこい。わっちは武家なぞ客に取らん」

 

椿  「旦那さん!! おはぎとゆずの練りきり、大福と白玉あんみつ、それに葛餅と草餅、安倍川餅と
    きなこたっぷりのわらび餅と山盛りの氷飴くんなんし!」
松葉 「あれま、華屋の椿さんじゃありぃせんか」
椿  「松葉さん? ん・・・、さっきと違って険しい顔しておりんすな」
松葉 「ちぃと聞いてくりゃあせ!」
椿  「ふぇあ?!」
松葉 「椿さん達が帰った後、姐さんたらまた布団引きずり出して寝ちまったでありぃす!」
椿  「また?」
松葉 「椿さん達をお迎えする前も寝ていたんでありぃすよ
    それであんなにお待たせしておいて今度は昼見世などしみったれた武士くらいしかおらんからってまた寝始めたんでありぃす」
椿  「どっかの誰かのよう・・・」
松葉 「花魁の昼見世は怠けに怠けたりとはおっせぇすがお稽古も言い付けだけとはあんまりじゃ!」
椿  「怠けに、怠け・・・、吉原ではそんな言い方をしんすか」
松葉 「毎度毎度! 夜見世(よるみせ)の準備をしぃすも、今日の櫛は鼈甲でなく漆の気分だの、仕掛けは藍染めにしろだの
    勝手なことばかりおっせぇす」
椿  「そりゃあ、難儀なことでありんすな」
松葉 「若山に見世替(みせが)えになっても気位(きぐらい)の高さはかわりぃせん」
椿  「その、吉原の大文字(だいもんじ)屋は端下の女郎でも知っているくらいの大見世
    そのお職がなんで見世替(みせが)えなんなさったんでありんしょう?」
松葉 「・・・ぅ、・・・んっ、その、姐さんは武家の客がお嫌いなんでござりぃす」
椿  「お武家嫌い・・・? 天下の大文字(だいもんじ)屋ならお武家様は多くいらしゃんしょ? 嫌いなんぞと言っていては務まらん?」
松葉 「だから、見世替(みせが)えでござりぃす」
椿  「お武家嫌いな訳がありんすか?」
松葉 「それは・・・、実は姐さんは」
白樺 「松葉!」
松葉 「ひっ?!」
白樺 「何故こんな所で油を売っておりぃすか!」
牡丹 「椿も!」
椿  「ひゃああ?!」
牡丹 「商売敵とお茶を飲むとは随分と余裕でありんすなぁ?」
    ぼぼぼ牡丹姐さん!!」
白樺 「・・・っ!」
牡丹 「・・・」
白樺・牡丹「ふんっ」
椿  「わあ、すっご」
松葉 「そんな火花散らして・・・、火打石も要らんわいな」
白樺 「松葉、帰りぃすよ」
松葉 「あ、あい・・・。椿さん、また」
椿  「あい、また」
牡丹 「椿!!」
椿  「だって」
牡丹 「椿、幾ら新造(しんぞ)といえど相手は商売敵、慣れ合うんはやめなんし!」
椿  「なんででありんすか。別にお友達くらい作ったっていいじゃありんせんか」
牡丹 「いずれ華屋のお職に立つおなごが何言っておりなんす!」
椿  「牡丹姐さんはー、自分に切れ文が届いたからってあっちに八つ当たりしてるだけでありんす」
牡丹 「椿!」
椿  「・・・、気になりんす」
牡丹 「何が」
椿  「白樺花魁はお武家が嫌いで見世替(みせが)えになったと聞きんした。事情があるんなら聞いてみたいでありんす」
牡丹 「余計な事に首を突っ込むんはよしなんし」
椿  「・・・、あい・・・」

 

白樺 「あぁ、煩わしい。こんな片田舎で浅葱裏(あさぎうら)を相手に商売なぞ身が入らんのも道理じゃわいな」
松葉 「姐さん、そんな田舎と馬鹿にせんでも」
白樺 「田舎は田舎じゃ。みすぼらしいものじゃの・・・。吉原じゃあ、いずれ高尾太夫が花魁として復活するかとまで言われた
    わっちがこんな片田舎で馬糞の匂いにまみれて商売なぞ」
松葉 「深川や品川でなかっただけでも有難い事でありぃす」
白樺 「わっちや棗(なつめ)程のおなごを深川や品川に売り飛ばすような愚かな女衒(ぜげん)もおるまいよ」
松葉 「棗(なつめ)という名は吉原に置いてきぃした。今は松葉、手鞠屋お職白樺花魁に奉公する新造(しんぞ)にござりぃす」
白樺 「ぬしはほんに潔いおなごじゃ」
松葉 「引きずっても仕方ない未練など邪魔でありぃす」

 

白樺 「もし、そちらにおりぃすは、呉服屋老舗松川屋の旦那、惣一郎様でござりぃすか?」
惣一郎「んぁ? 誰だお前ぇ」
白樺 「手毬屋お職、白樺と申しぃす」
惣一郎「あぁ、近頃若山を騒がせてるってぇ件(くだん)の花魁か。何の用だ」
白樺 「用なんぞありぃせん」
惣一郎「まあそうだろうな。見掛けたから声を掛けてみたって所か。言っとくが俺は敵娼(あいかた)を変えたりはしねえぞ」
白樺 「のっけから釘を刺されぇしたな」
惣一郎「他の女の客を奪うって噂だ。見掛けたのも何かの縁と思ったんだろうが、生憎俺は椿に惚れ込んでるんでな」
白樺 「けったいな。花魁に惚れるなんざ不毛だと思いぃせんか」
惣一郎「惚れた腫れたの戯言遊び、それが遊廓の粋人(すいじん)といわれるこた知ってるが、俺は別に粋人(すいじん)を気取ってる訳じゃない」
白樺 「元は随分と遊び歩いていたと聞きぃしたが、旦那が粋人(すいじん)でなきゃ誰を粋人(すいじん)と言えんしょうか」
惣一郎「知らん」
白樺 「素っ気ない」
惣一郎「なんだお前ぇ。元吉原の名を持っているからって誰でも自分が声掛けりゃホイホイ付いて来ると思ってんのか?」
白樺 「まさか? けんど・・・、旦那があの様な小娘の客だと言うんは少々勿体無い気がしておりぃす」
惣一郎「勿体無い?」
白樺 「随分、ぞんざいな扱いを受けていると聞きぃしたが・・・。腹が立ちぃせんのか?」
惣一郎「何言ってんだお前ぇ。それが面白いんじゃねえか。惚れたとも、また会いたいとも言わない女を
    どうやったら振り向かせることが出来るか。俺に惚れただの、欲しいだの簡単に抜かす女なんざ願い下げだ」
白樺 「変わった趣味をしておりぃすな」
惣一郎「お前ぇさんに一つ言っとくがよ。ここは尾張だ、江戸じゃねえ。客層を見誤ると貧相な末路を辿るぜ?」
白樺 「ご教示いたみいりぃす」
惣一郎「客が欲しけりゃ他を当たんな」
白樺 「旦那程の男を見逃して他の誰を落とせとおっせぇすか」
惣一郎「知らん」
白樺 「決して後悔はさせん」
惣一郎「しつこいな、お前ぇ」

 

牡丹 「椿、わっちゃあ眠い・・・」
椿  「昼見世もどうせ休んで寝るんでありんしょう? そんなら少しくらい外に出てお日さん浴びんと体によくありんせん」
牡丹 「おんしと違って夜の客が寝たからと、ゆっくり眠れる性質(たち)じゃありんせん。堪忍してくんなんし」
椿  「嫌でありんす。姐さんは無理矢理でも外に連れ出さんと寝こけてばっかりじゃ」
牡丹 「ああ、もう! 蓮太郎も何か言ってやんな」
蓮太郎「嫌なら布団にかじり付いてればいいのに」
椿  「蓮太郎、牡丹姐さんを甘やかしたら承知しないんだからね!」
蓮太郎「俺は椿と過ごせるこの時間にわざわざ牡丹花魁を連れ出さなくてもいいと思ってる」
椿  「なんでそんなに牡丹姐さんを煙たがるの?」
蓮太郎「牡丹花魁に限らず、だけど?」
牡丹 「ほらぁ、蓮太郎だってそう言っておりんすに、わっちはおんしらの邪魔をしたい訳じゃありんせん」
椿  「蓮太郎! 姐さんの体をちょっとは労わってよ!」
蓮太郎「労わるんなら、寝かせてあげた方がいいと思うけど」 
牡丹 「じゃあ、わっちは見世に戻って」
椿  「駄目でありんす!」
牡丹 「眠たい・・・」
椿  「それにもみじ屋に新しいお品書きが出たんでありんすよ」
蓮太郎「それこそ興味ないんじゃ?」
牡丹 「甘いもんは苦手だと何度言えば判りんすか」
椿  「しょうゆを染み込ませた餅に海苔を巻いて油で揚げたおかきでも?」
牡丹 「美味しそうでありんすな」
蓮太郎「それは普通に美味しそうだ」
椿  「でありんしょう?」
蓮太郎「さすが情報が早い・・・って・・・、・・・、うん、俺は、帰ろうかな」
椿  「へ? なんで?」
牡丹 「あ」
椿  「ん・・・? あれ? あそこにいるのは・・・、惣一郎様と・・・、白樺花魁?」
蓮太郎「随分密着してるな」
牡丹 「まさか・・・、浮気?」
蓮太郎「まぁ、椿は何とも思わない、か・・・、って、あれ? 椿? どこ行った?」
牡丹 「ちょっと椿! いきなり走ってどなんしんした!」
蓮太郎「えー・・・?」

 

白樺 「浮き名を流したお人なら、吉原大見世大文字(だいもんじ)屋の技芸を知りとうございぃせんか?」
惣一郎「吉原の・・・、技芸、なぁ。全く興味がない訳じゃねぇがよ?」
椿  「そこで何をしておりんすか!」
惣一郎「ってぇ、椿? どうした? ああ、もうそんな時間か」
椿  「白樺花魁、このお方がどなたかご存知で口説いておりんすか」
白樺 「おや、これは華屋の次代山猿」
椿  「次代山猿?!」
惣一郎「ぶははっ」
白樺 「餌を求めて山から下りて来るが如く、見世から出て参りぃしたか」
椿  「人の客に擦り寄って! 寝取る積もりでありんすか!」
牡丹 「椿! こんな人前でそんな大声出して・・・、みっともない」
白樺 「客は、奪うもんじゃ」
椿  「わっちのおきちゃを奪おうとするとはいい度胸をしておりんすな」
蓮太郎「・・・、惣一郎様、何悶えてるんですか?」
惣一郎「だってよ、蓮太郎。帰れだの、もう来るなだの散々言われてきた俺だが、それは信頼の証だったって事だろう?」
蓮太郎「そんな事言われてたんですね、知りませんでした」
惣一郎「それが、いざ他の女が擦り寄ってきたらお前ぇ、ちゃんと悋気で喧嘩売るんだぜ? これが悶えずにいられるか?」
蓮太郎「あー・・・。なんか、ちょっと・・・、済みません。不憫です」
牡丹 「椿、やめなんし」
白樺 「そう言えば・・・。先だって万屋豪商川瀬様をお見掛けしぃした」
牡丹 「は?」
白樺 「お声を掛けたらまんざらでもなさそうな感じでありぃしたえ?」
牡丹 「なんだって?!」
白樺 「廓で最も信用ならんのは男の性(さが)、お年は召していてもまだまだお元気だそうじゃな」
牡丹 「まさかおんし、わっちの客まで寝取る積もりでありんすか」
蓮太郎「なんだか、拙(まず)い雰囲気になって来た」
松葉 「ここのお抹茶、いつ来ても美味しい」
牡丹 「おんし、松葉」
松葉 「助け舟なん出しぃせんよ。あなた達にも姐さんにも」
椿  「姐にも・・・、って」
松葉 「両者とも、大見世花魁の誇りがあるなら客を奪われないようきちっと繋ぎ止める技量を見せてくりゃあせ」
牡丹 「高見の見物でありんすか!」
松葉 「わっちはそこから学びぃす。まだ、新造(しんぞ)でありぃすから」
牡丹 「おんしら、華屋と手毬屋の見世で戦でも起こす積もりでありんすか!」
松葉 「さて、戦とは? 女郎が女郎に食って掛かったとて何の得がありぃすか? 見世の格、伝統そんなものクソ食らえじゃ」
牡丹 「クソ食らえって」
松葉 「客を引く技芸の無い犬ほどよく吠える」
蓮太郎「うわぁ・・・、えげつない・・・」
松葉 「花魁の誇りを見せてくりゃあせ」
牡丹 「誇り?」
松葉 「女郎は男に肌を売る。身体張って商売してるならその商売道具使って客を繋ぐのが女郎でありぃす」
牡丹 「言われなくともその積もりでありんす。白樺にも、突き出し後の松葉にも客を取られたりなどしんせん!」
松葉 「さて、どうでありぃしょう?」
牡丹 「なんでありんしょう、不服がありんすか」
松葉 「妹だからと己の客を譲って差し上げる心根の優しいお職様にわっちの姐、白樺花魁が負けるとは思いぃせん」
牡丹 「松川屋様の事をいっておりなんすか」
松葉 「いかにも。姐さんはわっちが突き出しを終えるまで全てを躾けるとおっせえした
    突き出しの日より一切の面倒は見ない、と。己の足で立ち、己で客を掴め。
    その為ならば他の見世の女郎など当たり前、同じ見世でも遠慮はいらぬ。
    姐の客ですら奪って身を立てよとおっせえした
    牡丹花魁や椿花魁の様に姉妹だからとて遠慮する様な仲にはなるまいよ」
牡丹 「姉妹にそんな角を立てると言いんすか!」
白樺 「角を立てるとは甘い事をおっせぇすな! 孤軍奮闘する気概の無い女にてっぺんは取れまいよ!」
牡丹 「そもそもの価値が違いんすな」
椿  「姉妹仲とかどうでもいい! 人の客を取ろうとしてはぐらかしてんじゃありんせん!」
松葉 「あはは、バレんした」
椿  「松葉! おんし助け舟なんか出さないとか言いながら、話を逸らして人の客を取ろうとした事を
    有耶無耶にしようとしんしたな!」
松葉 「椿さんはいい好敵手になりそう」
椿  「最初にここで馴れ合ったのは隙を伺っていただけでありんしたな」
白樺 「隙を見せる方が悪いのじゃ。おんし・・・、何故大切な客を大門まで見送りに出ると思いぃすか?」
椿  「己の上客を他の女郎に取られない為でありんす!」
白樺 「そう・・・。一度遊廓に足を踏み入れた男は皆客にする位の気概を持ちや」
椿  「元より承知しておりんす。わっちもそうして人の客を奪って来ておりんす」
白樺 「あどけない顔で下衆い程男を奪うそうじゃな」
惣一郎「美人だもんなあ、椿は」
蓮太郎「そうですね」
惣一郎「そりゃあ、抱きたくもなるだろ」
蓮太郎「・・・」
惣一郎「どうした、蓮太郎?」
蓮太郎「俺にその話題を振りますか?」
惣一郎「そうだったなあ、悪りぃ悪りぃ」
蓮太郎「殺したい」
白樺 「美しさは多種多様、それに技芸が伴っておらねば長続きもするまい?」
椿  「わっちに技芸がないといいんすか」
白樺 「熟練度という物がありぃす。美しさで甲乙つけようなど大見世の女には無用、どの女も相応に美しいのでありぃすから」
椿  「わっちにも相応の格付けがございんす!」
白樺 「身体の格付けなど!! あはは、片腹痛い! 臍で茶が沸くわ!」
椿  「・・・っ?!」
白樺 「小娘、男を魅了する技を身体の造りだけに頼っていてはいずれ皆飽きよう
    そうならぬ内に松川屋様は今わっちに譲っておきや? 己の誇りが少しでも保てる内に」
椿  「・・・っ!」
蓮太郎「椿! どこ行くんだ!!」
惣一郎「椿!! 待て!」
蓮太郎「は? なんで惣一郎様が追いかける?!」
牡丹 「白樺花魁・・・。椿を貶めて満足でありんすか?」
蓮太郎「うわー・・・、面倒臭い方に残された・・・」
白樺 「貶める? 本当の事を言ったまでじゃ。突出しを終えて2年かそこらの小娘が
    誇れる技芸など到底身に就けてはおらぬだろうよ」
牡丹 「仮にもお職が次代を貶めて満足するなど器量が狭い。吉原も程度が知れたようなもんでありんすなあ?」
白樺 「もうあと2年そこそこで年季の明ける年嵩の行ったばばぁには張り合うのもバカバカしくてな」
蓮太郎「ばっ」
牡丹 「ばばぁ?!」
松葉 「ふふっ、うふふ」
牡丹 「物言いに礼がなさ過ぎやせんか!」
白樺 「先の椿花魁にしてもそうじゃが、図星を指されると大抵は怒る。年嵩が行っているというのは痛感しておるのじゃな」
牡丹 「・・・っ!!」
白樺 「がっ・・・!!」
蓮太郎「牡丹花魁!!」
白樺 「か・・・、はっ・・」
蓮太郎「牡丹花魁! 落ち着いて下さい!」
牡丹 「蓮太郎は黙ってな!」
蓮太郎「そういう訳には行きません!」
松葉 「やれ、壁に突き飛ばして首を絞めるとは、粗暴でありぃすな」
牡丹 「椿に小娘などと言いんしたが、わっちから見ればおんしも小娘でありんす!」
白樺 「ふふ・・・、だからなんじゃ?」
牡丹 「褥(しとね)の技芸なんぞと大見世に伝わる一本筋の伝統技芸のあれこれ知らず、若いのを逆手にとって貶めて
    客を奪おうなど見境いの無さ! おんし、その見境いの無さで吉原を追われんしたな?!」
白樺 「おや・・・、意外に頭の良く回る」
蓮太郎「なるほど、ね。まぁ、納得が行きます。何事も過ぎたるは及ばざるが如し
    どれだけの客を奪って大文字(だいもんじ)屋に通わせたかは存じ上げませんが
    そもそもの見世どころか吉原さえも追い出されては全く意味がありませんよ」
松葉 「そこの若衆。納得する前に花魁に手を放させや。見世の女の責任を果たすのが若衆の務めじゃ」
蓮太郎「牡丹花魁、手を放してください。怪我をさせれば華屋が不利になります」
牡丹 「・・・っ、ふん!」
白樺 「けほっ、・・・全く。窮鼠猫を噛むとはいうものじゃが、手を出した方が負けじゃ」
牡丹 「勝敗なんまんだついとりゃあせん!」
白樺 「そうかえ? 泣いてこの場から逃げ出した根性無しの妹はなんじゃ」
牡丹 「椿はこれからでありんす。泣いて肝を据えた後の椿の底力、身を持って知る事になりんすえ?」
蓮太郎「牡丹花魁、とにかく見世に戻りましょう
    あらぬ事を言われる前に、楼主(おやかた)と女将に事の顛末を話しておかなければ大事になります」
牡丹 「はっ! 見世替(みせが)えをさせられる程の遣り口。こんな程度小競り合いにもなりんせんなぁ? 白樺花魁」
蓮太郎「あぁ、そうか・・・」
松葉 「ただじゃあお職は名乗れやせんという事でありぃすな。互いに何の利にもなりぃせん
    姐さん、わっちらも見世に戻った方が良さそうでありぃす」
白樺 「そうじゃな」
蓮太郎「この程度のいざこざは吉原で十分な場数を踏んで来ているんでしょう? 牡丹花魁帰りましょう」
牡丹 「わっちらにもっと大きな悶着を望んだのでありんしょうが残念でありんしたな」
蓮太郎「悔しくて衿(えり)を掴みたかったのは椿も同じです。でも、椿はそうしなかった」
牡丹 「己の立場をきちんと理解しておりんすからな。見世が違えどお職に手を出したとあっては今後の処遇が危ぶまれんす」
蓮太郎「我慢した椿の為にも戻りましょう。華屋も何も知らなかったでは分が悪すぎます。」
牡丹 「椿の事は惣一郎様に任せんすよ」
蓮太郎「・・・、腹が立ちますが、仕方ないでしょうね。行きましょう」
白樺 「そこの若衆」
蓮太郎「・・・、なんでしょう」
白樺 「そなた、随分と綺麗な顔立ちをしておりぃすな」
蓮太郎「それが何か」 
白樺 「陰間ではないのか」
蓮太郎「俺にまで喧嘩を売る積もりですか?」
白樺 「いや、済まぬ。聞き方を間違えた」
蓮太郎「・・・?」
白樺 「その美貌で、何故陰間にならずに済みぃした」
蓮太郎「華屋の楼主(おやかた)が身を挺して守ってくれたので」
白樺 「忘八が?」
蓮太郎「理由なんて知りませんよ」
白樺 「恵まれておったのじゃな・・」
蓮太郎「さぁ。それでは失礼します」

 

惣一郎「椿! 待て!」
椿  「放して! れん・・・、たろうじゃなーーーい!!」
惣一郎「あからさま過ぎるだろ!」
椿  「なんで惣一郎様が追いかけて来たの?」
惣一郎「お前ぇが心配だからに決まってるだろうが!」
椿  「もう大丈夫でありんす」
惣一郎「嘘吐け! これが蓮太郎だったら泣き付いて全部話すんだろうが!」
椿  「惣一郎様にそんな事出来んせん」
惣一郎「お前は馬鹿か」
椿  「馬鹿でいいでありんす」
惣一郎「自棄(やけ)起こしてんじゃねぇ!」
椿  「おきちゃの前で泣く訳に参りんせん!」
惣一郎「やっぱり泣きたいんじゃないか」
椿  「だって! あんな言い方されて・・・、・・・ぅ、泣かないもん!!」
惣一郎「泣けよそこは!!」
椿  「女郎の涙をただで拝めると思わんでくんなんし!」
惣一郎「いっぱしの女郎ぶりやがって。突き出しの面倒まで見た俺を他の客と一緒にするな」
椿  「判らないんだもん!」
惣一郎「何が」
椿  「顔や芸事で誤魔化してるって言われたら間違ってない!
    褥(しとね)の技芸がどうかなんて他と比べる術がないのにどうやって自分が一番だって言い切れるの?」
惣一郎「そりゃお前、追いかけて来たのが俺で間違ってねぇじゃねぇか」
椿  「なんで」
惣一郎「蓮太郎が判るか?」
椿  「あ」
惣一郎「判ってたらそれはそれで問題があるわな? あ?」
椿  「・・・困る、だけだと思う・・」
惣一郎「だろうが。・・・お前は今のままでいい」
椿  「実際の所、どうなの?」
惣一郎「手練手管使ってどうのなんてのは下っ端女郎のやるこった」
椿  「え?」
惣一郎「顔も身なりも芸事も貧相、そんなら褥(しとね)の技芸で勝負っていうのが中見世小見世の客の引き方だ」
椿  「・・・へ? あ、え、と・・・。そうなの?」
惣一郎「男がどうしてクソ高い金払って花魁のいる大見世に通うと思う?」
椿  「見栄っ張りだから」
惣一郎「そうだ」
椿  「え? 本当なの?! 適当に言ったのに?!」
惣一郎「適当かい! まあいい。要は大見世の花魁と一晩を共にしたって名誉があればそれでいい
    ただ女を抱きたいだけのクソ野郎は岡場所か夜鷹(よたか)でも買ってりゃいいんだよ
    金にちなんだ快楽を求めるなら中見世半籬(なかみせはんまがき)の女郎の紅が付いた煙管でも取りゃぁいい
    それでも大店主(おおだなぬし)や豪商が大見世を選ぶには寝る事が目的じゃねえからだ」
椿  「・・・、店主(たなぬし)同士の羽振りや商売の繁盛振りをそこで判断するって事?」
惣一郎「そうだ」
椿  「じゃあ、惣一郎様とはもう褥(しとね)入りしなくてもいいって事?」
惣一郎「それとこれとは別だ」
椿  「別なんだ」
惣一郎「眉唾もんの噂だが吉原や島原じゃ生涯帯を解かない花魁がいるという話だ
    鵜呑みにする訳じゃねぇが、華屋の次代お職を名乗ってんなら、吉原下りの女の言葉なんか真に受けるんじゃねえ」
椿  「でも、それは惣一郎様だけの言葉でありんす。他のおきちゃがどう思っているかなん、判りんせん」
惣一郎「ああ、まあ、確かにな」
椿  「白樺花魁にわっちも客を取られたんは事実でありんす。切れ文を貰った時の衝撃は忘れられん」
惣一郎「鳴(な)り物(もの)入りの吉原かぶれなんざ竜頭蛇尾(りゅうとうだび)に終わるのがオチだ。放っとけ」
椿  「そんでも、売上が落ちたら困る」
惣一郎「金に困った時は俺に気の利いた文でも寄越せ。お前一人くらいなんとでもなる」
椿  「惣一郎様にばっかり甘える訳に参りんせん。なんとか取り返して見せんす」
惣一郎「俺今めちゃくちゃかっこいい事言ったぞ?」
椿  「店の切り盛りもありんしょう? 自分で出来る事は自分で何とかする
    褥(しとね)が云々って言うのが戯言だと判ったならそれでいいもの」
惣一郎「はーーー・・・。もうちょっと俺を頼れよ、お前は」
椿  「頼り始めたら、歯止めが効かなくなりんす」
惣一郎「それでいいんだって、何度も言わせるな」
椿  「じゃあ・・・、一つだけ」
惣一郎「なんだ」
椿  「惣一郎様、お江戸に知り合いはおりんすか?」
惣一郎「そりゃ、まぁ居るに決まってるわな? なんでだ」
椿  「吉原を追い出される程の遣り口。若山に来ても過去から学ばず同じ手口を遣う
    余程お金に困ってるんじゃないかなと思って」
惣一郎「あ? 白樺か」
椿  「うん。あんな事を続けてたらそれこそ若山からだって追い出されかねない
    どうしてそんなにまでして稼ぎたいのか理由を知りたいの」
惣一郎「金に、困って・・・、か。江戸の呉服屋に吉原通いの友人が居る。ちょいとそいつに手紙でも送って聞いてやるよ」
椿  「あのね? 白樺花魁は武家嫌いだって言ってたの。その辺に事情があるのかもしれない」
惣一郎「武家嫌い、な。判った」
椿  「あのね」
惣一郎「ん?」
椿  「ありがとう、惣一郎様」
惣一郎「いいけどよ(ちょっと照れ)。お前、ちょいちょい廓言葉忘れてんぜ」
椿  「あ、しまった・・・、でありんす」

 

蓮太郎「牡丹花魁、白樺花魁の言葉を借りるようですが喧嘩は先に手を出した方が負けですよ」
牡丹 「おんしに注意されんでも判っておりんす」
蓮太郎「白樺花魁の目的は、先に牡丹花魁に手を出させて若山の頂点花魁の肩書を失脚させる事にありました」
牡丹 「わっちが失脚した所で次代に椿が控える華屋を失墜(しっつい)させる事は出来んせん」
蓮太郎「ご自身の責任転換をするのはやめて下さい」
牡丹 「少し・・・、怒りが収まらんのでありんす」
蓮太郎「感情の起伏が激しすぎます」
牡丹 「わっちは、華屋に仇成すものは皆敵だと思っとりやんす」
蓮太郎「知っていますよ。普段は柔和な牡丹花魁が怒るのは見世か、勤める妓(おんな)を馬鹿にされるか」
牡丹 「以前のお職だった淡墨は、華屋と商売敵だと思っていても悶着はおこしたりせんかった」
蓮太郎「あまり良くは知りませんが、派手な事が嫌いだっただけでしょう」
牡丹 「淡墨に相談すればもしかしたら白樺を抑えられるかもしれんせんな」
蓮太郎「余り感心しませんが」
牡丹 「白樺の所業は余りにも酷い、放置すれば大きな問題になりんす」
蓮太郎「借金を返済して引退した以上頼る訳にも行かないでしょう。正式に引退した方を己の為に引き戻すんですか」
牡丹 「そういう訳には、参りんせんな」
蓮太郎「白樺花魁は客を奪うのは勿論、色々画策をして華屋を貶めようとするでしょう」
牡丹 「その気概は嫌いじゃありんせん」
蓮太郎「だからと言ってあなたが喧嘩を買ってどうするんですか」
牡丹 「それは、済まん事をしんした」
蓮太郎「余り事を大きくするよりは、牡丹花魁は毅然と華屋の頂点だと構えていた方がいいと思います」
牡丹 「蓮太郎」
蓮太郎「なんでしょう」
牡丹 「おんし・・・、お父さんやお母さんと同じ位口うるさいでありんすな」
蓮太郎「あなたが子供じみた喧嘩を買うからです」
牡丹 「・・・、気を付けんす。けんど・・・」
蓮太郎「他に何か?」
牡丹 「椿が妙に肩入れしてる気がしておりんす」
蓮太郎「白樺花魁の過去が気になっているだけでしょう」
牡丹 「それで妙な同情をし始めたら」
蓮太郎「良く見ておきます。それと、俺も少し調べてみます」
牡丹 「何を?」
蓮太郎「俺が陰間でないのが気に入らないようですから」
牡丹 「ああ、それはわっちも気になっておりんした。ただ、おんしが籠絡されたでは椿が落ち着かん」
蓮太郎「俺が、誰に籠絡されると?」
牡丹 「白樺花魁がどんな手を使ってくるか判らん」
蓮太郎「全く興味がないんですが」
牡丹 「・・・でありんしょうな」
蓮太郎「触るものを皆刃で切り裂くような真似を続けていれば、いずれ大きなしっぺ返しを食らうでしょう」
牡丹 「おそらくは」
蓮太郎「ただ、その刃が椿に向けられた場合正気を保つ自信はありません。それを逆手に取られたくはないので」
牡丹 「その為に少し調べて対策を練っておく、と」
蓮太郎「はい」
牡丹 「椿は惣一郎様に任せておけば大丈夫でありんしょ」
蓮太郎「それが、一番気に入らないんですが」
牡丹 「若衆の立場では何も出来んせん」
蓮太郎「痛い所を突いて来ますね」
牡丹 「惣一郎様は椿に惚れこんでおりんす」
蓮太郎「見れば判ります。椿は気付いていませんが」
牡丹 「惣一郎様も不憫でありんすな」
蓮太郎「ふ・・・、ざまぁみろ」
牡丹 「蓮太郎?!」
蓮太郎「俺は、椿の突出しの件は忘れません」
牡丹 「白樺花魁が狙うは客。主に金のある大店主(たなぬし)。そうなると対抗できるのは惣一郎様でありんすよ」
蓮太郎「本っ当に腹立つな」
牡丹 「松川屋様に任せておきなんし」
蓮太郎「い や で す」
牡丹 「わっちも気を付けんすが、おんしも余計な事をしんすな?」
蓮太郎「俺から何か仕掛けたりはしませんよ。面倒臭そうなお人柄ですから」
牡丹 「おんしは椿以外みんな面倒臭いんでありんしょ?」
蓮太郎「良くご存知で」

 

雪花 「姉さん、空の彼方を眺めて・・・。どこかに行ってしまいそうで不安になる」
白樺 「雪花・・・。そんな風に後ろから抱き締めんでもどこにも行きぃせん」
雪花 「傷を舐め合う様な形で姉さんを抱いてしまったから、その罪で姉さんを奪われそうな気がして」
白樺 「愚かな事を」
雪花 「俺は、姉さんを欲望のままに手に入れてしまったから」
白樺 「後悔・・・、しておりぃすか?」
雪花 「うん・・・」
白樺 「・・・、そうか」
雪花 「姉さんは、男なんて受け入れたくないだろうに、それなのに・・・」
白樺 「ふふっ・・・、そうじゃな」
雪花 「・・・っ」
白樺 「情けない顔をしぃすな。思ってもない事を口にしぃすから、苛めたくなったのじゃ」
雪花 「けど」
白樺 「雪花だけは、違う。他の男とは違う。わっちが求めるのも、望むのも雪花だけ」
雪花 「傷付けてしまったのではないと、思って大丈夫?」
白樺 「雪花に抱かれた事は傷付けられたとは思いぃせん、じゃが」
雪花 「・・・?」
白樺 「わっちを喜ばせる事が出来るのも、傷付ける事が出来るのも、雪花だけじゃ」
雪花 「姉さん・・・、んっ」(接吻け)
白樺 「・・・んっ・・・、・・・口吸いを許すのも、じゃ」
雪花 「もし、これが罪なら・・・、その罰は俺だけに・・・、と、そう思う」
白樺 「愚かな・・・。わっちらが罪人じゃというなら、わっちらを苦界に沈めた愚か者は重罪人じゃ」
雪花 「もう、夕方か・・・。お互い、見世に戻らなくちゃ、だね」
白樺 「雪花・・・。わっちらは罪も咎も共に受けよう?」
雪花 「うん・・・、姉さん」

 

松葉 「姐さん、例のお武家様から文とお干菓子が届いておりぃす」
白樺 「まるごと燃やしてしまえ」
松葉 「またそんな・・・、文はともかくお干菓子は妹達に配れば喜ぶと思いぃす」
白樺 「会いたいとも思わぬが、文や付け届けばかり送って。ふた月もあれば尾張に来る事も出来ようが、そうではない
    気味が悪いのじゃ。菓子も何やら悪い物が入っているやもしれん」
松葉 「確かに、こんなに毎度文やら菓子やらを送って来るより会いに来た方が印象もよくなりぃしょうが
    それをせんのは気味が悪いでありぃすな」
白樺 「・・・、雪花は、無事じゃろうか」
松葉 「そう言えば、弟君はそろそろ散り花ではありぃせんか?」
白樺 「そうじゃ。それ故に尚の事この先を危ぶんでおりぃす」
松葉 「この方の姐さんと弟君への執着は、今になって考えてみると異常でありぃしたな」
白樺 「松葉は知らなんだか」
松葉 「何を・・・?」
白樺 「この文の・・、高津家の当主はわっちら姉弟(きょうだい)の従兄弟に当たるお方なのじゃ」
松葉 「お身内でござりぃしたか」
白樺 「わっちが吉原に売られた時が14の年
    器量に加え元々の教養と所作ゆえ3年あれば花魁になれようとお職付きの新造(しんぞ)となった。留袖じゃがの」
松葉 「留袖?! え、姐さんが?!」
白樺 「高津の当主に犯されて生娘ではなかったからじゃ」
松葉 「犯されて・・・、なんて事・・・」
白樺 「わっちはまだいい。雪花はもっと酷い」
松葉 「弟君が?」
白樺 「あれも綺麗な顔立ちをしておるじゃろ?」
松葉 「おなごから見ても手拭いを噛み千切りたくなる程の美貌でありぃす」
白樺 「わっちらが売られる前のお家はな、その頃かなり裕福でしかも藩主が参勤交代で出掛けて不在だった故
    留守家老だったのじゃ」
松葉 「お殿様がいらっしゃらなくて、裕福・・・。暇でありぃしたか」
白樺 「そう。酒に女、博打。武家としてはあるまじき行い
    殿様がもし戻っていらっしゃったなら、家老と家族共々打ち首でありぃすな」
松葉 「それが・・・、雪花さんと何の関係が」
白樺 「女だけでなく、流行りが衆道(しゅどう)だったのよ」
松葉 「流行が衆道(しゅどう)って・・・、まさか・・・」
白樺 「幼い体にはさぞ堪えたでありぃしょうな。武家の男共の玩具(がんぐ)にされておった
    毎夜毎夜輪姦(まわ)されて、身も心もズタズタだった筈じゃ」
松葉 「姐さんのお武家様嫌いは、そこからでありぃしたか」
白樺 「そう・・・。人を束ねる身分にありながら遊蕩三昧。好きになれる筈もなかろう」
松葉 「では、逆に吉原に売られたのは救いだったのでは・・・?」
白樺 「売られる少し前にな、参勤交代が終わって藩主が国許(くにもと)に戻られて、証拠隠滅の為に売られたのじゃ
    わっちが14、雪花は11の頃」
松葉 「・・・、11・・・」
白樺 「陰間茶屋では客を取り始める年齢じゃ」
松葉 「それじゃ! 弟君は更に苦しむだけ!」
白樺 「その上、証拠隠滅の為に売った癖に、わっちの体も雪花の体も忘れられんと高津が来たのじゃ」
松葉 「高津様との間にそんな因果関係がありぃしたか。知らぬ事とは言え色々と無礼を申し上げて申し訳ありぃせん」
白樺 「雪花はわっちの為に、わっちは雪花の為に・・・、幾度殺したいと思った事か」
松葉 「姐さん! 文箱の中の文もお干菓子も、潔く全部燃やすというのはどうでありぃしょ」
白樺 「松葉・・・」
松葉 「見世変(みせが)えで姐さんが尾張に移ってしまって、通うには憚られるご身分なのでござりぃしょう?
    何もかも燃やして気分を変えるのがよろしいかと!」
白樺 「ふ・・・、ふふっ、そうじゃな・・。過去の亡霊に縛られるのはごめんじゃわいな」
松葉 「楼主(おやかた)に見世裏を使わせて貰える様頼んで参りぃす」

 

惣一郎「椿、もう少し行燈(あんどん)の近くに来い」
椿  「あい?」
惣一郎「餅食ってんじゃねぇ」
椿  「惣一郎様も食べんすか?」
惣一郎「要らん。こっち来い」
椿  「なんでござんしょ」
惣一郎「うん、今なら萌葱(もえぎ)の衿(えり)が合うな。見映えする」
椿  「反物? 新しい着物作ってくんなんすか? それにしても反物持って来すぎじゃありんせんか?」
惣一郎「お前に道中踏ませてやるよ。ここんとこ馴染みの連続で道中踏んでねぇだろ」
椿  「道中は金が掛かりんす。ただでさえここに来たら散財して・・・、惣一郎様破産しんすよ?」
惣一郎「そんな心配は要らん。三枚仕掛(さんまいじか)け作るからな」
椿  「さんま・・・?! そんなお職でも滅多にしない道中を!!」
惣一郎「客取られて困ってるんだろうが。新規の客も例の元吉原に釣られちまう。それならお前が道中で、華屋の威厳を見せろ」
椿  「牡丹姐さんを差し置いてそんな真似出来んせん!」
惣一郎「川瀬の旦那にも話済みだ。牡丹も三枚仕掛(さんまいじか)けを作るってんで、ウチに注文が入ってる」
椿  「揃い踏みでありんすか?」
惣一郎「そうだ。揚屋(あげや)で座敷も開いてやる。そこで客を奪い返すなら奪い返せ」
椿  「で、でも・・・」
惣一郎「なんだ、遠慮してんのか」
椿  「わっちは・・・、して貰うばかりで返せておりんせん」
惣一郎「花魁は奪って候だろうが。遠慮は要らん」
椿  「座敷で姐さんと一緒って、とんでもない金が要りんすよ?」
惣一郎「次代お職がこの程度でビビってんじゃねえ」
椿  「う・・・」
惣一郎「てっぺんがいつまでも馬鹿にされてるってんじゃ、華屋の客は面子が立たねえ
    大店主(おおだなぬし)の客も協力してくれてるから金の事は気にするな」
椿  「あい・・・。ただ、とんでもないしっぺ返しが来そうで・・・」
惣一郎「そりゃ、ただじゃねえよ」
椿  「やっぱり」
惣一郎「揚屋(あげや)の座敷で接待をする。上方(かみがた)から来るデカイ客だ」
椿  「上方(かみがた)・・・」
惣一郎「皇室の着物を作ってる。扱う生地は西陣(にしじん)だ」
椿  「げっ!」
惣一郎「げってなんだ、カエルが潰れたみてぇな声を出してんじゃねぇ」
椿  「お客様が大きすぎて・・・、ちょっと、怖い・・・」
惣一郎「お前は、牡丹と揃い踏みで道中の連中と、揚屋(あげや)に来た客を全部奪い取る気概を見せろよ」
椿  「・・・、あい」
惣一郎「商談を成立出来るように助けてくれ」
椿  「上方(かみがた)なら、内八文字で参りんす」
惣一郎「そうしてくれ。帯は心、かんざしは霞挿(かすみざ)しだ、いいな」
椿  「ビラビラはどうしんしょう」
惣一郎「二対の椿を作る。簪(かんざし)と櫛(くし)、笄(こうがい)も併せて作るからその積もりでいろよ」
椿  「証文を戴ける様あい勤めんす」
惣一郎「ん。肝を据えた後のお前のその顔、いいな」
椿  「そう? でありんすか? 自分では判りんせん」
惣一郎「判らなくていい。お前はお前のまま、変な画策はするな」
椿  「画策も何も、嘘は苦手でありんす」
惣一郎「そうだったな。・・・、あぁ、それから、江戸の友人から返事が来た」
椿  「え? 随分早いお返事でありんすな」
惣一郎「白樺花魁の事について、結構詳しく知っていたぞ。元は時雨(しぐれ)という名前だったらしい」
椿  「あ、そっか。手毬屋の源氏名(げんじな)に合わせて名前を変えたんでありんすな」
惣一郎「ここと変わらず相当な遣り口で他の女郎の客を奪ってかなり稼ぐ女だったが、武家の客はお前の言う通り取っていない」 
椿  「お武家様は色々制限が多くて、散財するにしてもやっぱり店主(たなぬし)には負けるから判らなくもありんせんが」
惣一郎「いや? 武家嫌いは過去のしがらみだと俺は思うぞ」
椿  「元は武家の出だからでありんしょうか」
惣一郎「あん? 知ってたのか」
椿  「見れば判りんす。松葉さんは違うと思うけど、白樺花魁は武家の出だと思いんす」
惣一郎「結構な豪族(ごうぞく)の妾腹(しょうふく)らしいが、金に困ったか、体裁か。いずれにしても良い思い出はないだろうな」
椿  「そう・・・」
惣一郎「それとな、吉原に弟がいるらしい」
椿  「そう・・・、弟・・・、は? 弟? え? ・・・、 弟?!」
惣一郎「陰間茶屋にな」
椿  「あっ、そっか・・・。そう言えばそういうのもあった」
惣一郎「まあ、それについてだがな。白樺とは姉弟(きょうだい)だがそれ以上の契りがあったそうだ。名を雪花というらしい」
椿  「それ以上の契り?」
惣一郎「身体だ」
椿  「白樺花魁の弟なら相当な美形でありんしょうな。そういうのもあるかもしれん」
惣一郎「妾腹で肩身の狭い思いをしながら身を寄せ合って生きて来たんだろう。必然といえばそうかもしれねぇな」
椿  「じゃあ、自分が年季明けをする時に一緒に弟も助けたいんでありんしょな。だからあんなに必死に稼いでおりなんすか」
惣一郎「それと気になるのがもう一つ」
椿  「もう一つって、ややこしいお人でありんすな」
惣一郎「お前ぇだって相当ややこしいぞ?」
椿  「惣一郎様は明日から白樺花魁の所にお通いあそばされんすか」
惣一郎「武家の客が白樺にえらく執着していたらしい」
椿  「武家は客として取らないのでありんしょ? わっちもお武家様のおきちゃを一度は取られんしたが
    結局受け入れて貰えなかったと、こちらに戻って来んした」
惣一郎「切られた縁を復活させてやったのか? 優しすぎるんじゃねぇのか?」
椿  「そりゃあ・・・、ふふっ。搾り取れるだけ吹っかけてやりんした」
惣一郎「・・・、だろうな・・・。不憫なこった」
椿  「客が花魁に執着するんは良くある話でありんす
    客の無理心中を少しでも減らす為に褥(しとね)での簪が禁止されている事も
    長物の持ち込みが禁止されている事もご存知でありんしょう?
    それに、武家じゃ執着してもせいぜい座敷止まりでござんしょう?」
惣一郎「執着・・・、妄執(もうしゅう)に近い、か。断り続けたがそれでも諦めなかったそうだ」
椿  「諦めなかったって、花魁が断ればそれ以上はありんせん」
惣一郎「脅迫する様な内容の手紙を毎日送っていたそうだ」
椿  「うざ」
惣一郎「その武家が、白樺が見世替(みせが)えしてから弟のいる陰間茶屋に通い始めたらしい」
椿  「せめて顔の似てる弟をって事でありんすな。両刀とか・・・、わっちは気持ち悪くて相手出来んせんな」
惣一郎「俺は違うぞ」
椿  「当たり前でありんす。陰間なんか相手にしたら二度と褥(しとね)に入れないと思ってくんなんし」

 

雪花 「姉さん・・・。もう出発するんだね」
白樺 「雪花・・・、見送りに来てくれたのか」
雪花 「尾張は・・・、遠い」
白樺 「生涯会えぬ訳でもありぃせん。仕事に身を入れておれば5年などあっという間じゃ」
雪花 「5年も会えないなんて俺には、耐えられない」
白樺 「わっちが吉原に残す未練は雪花だけじゃ・・・」
雪花 「姉さん」
白樺 「雪花・・・、こうして抱き締められて雪花のぬくもりを感じられるのも5年お預け、か」
雪花 「叶うなら、共に尾張に行きたかった」
白樺 「主の見世の楼主にも幾らかの金子を積んで頼んだのじゃが、首を縦には振らなんだ」
雪花 「金の亡者のような人だから・・・、目の前に積まれる金子より、今後俺が稼ぐ金子を素早く計算したんだろう」
白樺 「もう、幼子の様に泣きぃすな?」
雪花 「もう、18だよ、姉さん。泣いたりなんてみっともない真似するもんか」
白樺 「そうか?」
雪花 「そうだよ。いつまででも年下扱いをする」
白樺 「年下なのは事実じゃ」
雪花 「背も姉さんより高い、抱き締めたら姉さんはこんなにも小さい」
白樺 「離しや? 雪花・・・。尾張に向かえなくなる」
雪花 「本当にそうならどれだけ嬉しいか」
白樺 「大丈夫じゃ。年季より早く借金を返し、金を貯めてそなたを迎えにくる」
雪花 「さてどうだろう?」
白樺 「なんじゃ? わっちを疑っておりぃすか」
雪花 「違うよ。俺が早く借金を返して尾張に行く、必ず」
白樺 「競争じゃの」
雪花 「報告の為の手紙を書くよ」
白樺 「風邪を、引くでないぞ」
雪花 「姉さんも・・・」

白樺(M)「無事でおるじゃろうか・・・、雪花
    以前までは九郎助稲荷(くろすけいなり)にて参っておった故、神社を変えるのは不安じゃが、仕方あるまい」​

 

蓮太郎「最近、惣一郎様と仲がいいな」
椿  「珍し・・・。ヤキモチやいてる」
蓮太郎「何か話し込んでるのか?」
椿  「お座敷の事だよ? あ・・・」
蓮太郎「あ?」
椿  「あと、白樺花魁の事?」
蓮太郎「・・・全然興味なかった」
椿  「蓮太郎が興味ない事くらい知ってるもん。だから惣一郎様にお願いしたんだし」
蓮太郎「余り、客に頼みごとをするのは感心しない」
椿  「なんで」
蓮太郎「借りを作って後々それを逆手に取られたら己の首を絞めるだけだろう?」
椿  「自分じゃ何も手伝う気がない癖に人の事注意するとか勝手だよ」
蓮太郎「俺は、椿がそれで苦労するのが大変だと思って」
椿  「嘘吐き」
蓮太郎「・・・ぅ」
椿  「気に入らないなら気に入らない理由をはっきり教えてよ!」
蓮太郎「はーー・・・、判ったよ、認める。惣一郎様にやきもち妬いてるよ。けど、俺には何も言ってこないのにも腹が立ってる」
椿  「どうせ余計な事に首を突っ込むなっていうだけじゃない」
蓮太郎「どうにかしてやる義理がどこにある。恩義がある訳でもない、むしろ敵意で散々な目にあってるじゃないか」
椿  「そうやって考えてる蓮太郎に、何を頼めるの?」
蓮太郎「頼りがいがないって思われてるのも癪に障る。椿がどうしてもっていうなら、調べる伝手が無い訳じゃない」
椿  「調べて、くれるの・・・?」
蓮太郎「必ずしも満足のいく答えをあげられるとは限らないけど、俺なりに出来る事はある」
椿  「うん・・・、ありがと、蓮太郎・・・。って・・・、あ」
白樺 「なんとまあ、お主も真澄田神社(ますみだじんじゃ)に参っておるのか」
椿  「白樺花魁・・・」
蓮太郎「はぁ・・・、噂をすれば影・・・」
白樺 「先日もその若衆と共にいたようじゃが、次代お職の肩書を持ちながら妹が間夫に狂っているなぞ
    牡丹花魁も不憫でありぃすなあ?」
椿  「く、狂ってなんか!」
蓮太郎「少々狂い気味の方が嬉しいかも?」
椿  「んなななな?!?! 何言ってるの蓮太郎!」
蓮太郎「ご期待に沿えなくて申し訳ありませんが、椿花魁とはこうして少し外に出る程度でそれ以上の関係はありませんよ」
白樺 「ほぉ? ならばそなたおなご不足という訳か。お預けを食らった犬の如し、惨めじゃな」
蓮太郎「本当に喧嘩腰だな・・・。不足はしていません。元より年季明けまで待つ覚悟の上ですから」
白樺 「待つ・・・、じゃと?」
蓮太郎「俺に喧嘩を売っても買いませんので、悪しからず」
白樺 「体を売る女郎に・・・、操を立てておると言う訳か
    年季明けまで何年あるか判らぬものを、健気と言えば聞こえもよかろうがただのやせ我慢
    いつまで持つか見ものじゃの? 言葉だけの言い交しに信用も信頼もあるまいて」
蓮太郎「身体を寄せた想いには敵わない、と。お好きにおっしゃって戴いて構いません
    中途半端な想いで手を出せば椿を苦しめるだけです。独りよがりな想いで相手を苦しめるなど本末転倒
    どこの女郎が間夫と褥を共にして想いを馳せようが、相手を想うが故に抱かないという決意が劣るとは思えませんので」
白樺 「・・・、わっちらの想いが中途半端だと申すか? 身を寄せたわっちらは互いを大切にしていないと!!」
蓮太郎「・・・」
椿  「わ・・・、わっちら? って・・・」
蓮太郎「あなたが誰に想いを寄せているのかは存じ上げませんが、江戸にいらっしゃるんでしょう?
    遠く尾張に引き離されるとは、余程前世の業が深い間柄なんでしょうね? 不憫な事です」
椿  「は?! れ、蓮太郎?! な、ななな、なんで、そんな煽ってるのー?!?!」
白樺 「前世の業じゃと?」
蓮太郎「あなたがどこの男を間夫として咥えようが俺の知った事ではありません。
    身体の契りを強要されるのも不愉快です。そんな脆くて儚い物に縋る生き方などご免ですから」
白樺 「己は穢れない身体で純潔な魂魄(こんぱく)とでも言いたいのか!
    おなごと睦みあうでもなし、陰間として男を咥えるでもなし、貞操を守れる幸せを見せ付けるなど!」
蓮太郎「・・・、先日から随分と陰間に固執しますが、大切な方が陰間茶屋に居るんですか? さしずめ間夫の弟、か」
椿  「蓮太郎? え・・・、なんで、知って・・・?」
蓮太郎「当たり、か。陰間なら年齢的に兄ではないでしょうからね。ただの間夫というのも想いの強さから無理があります」
白樺 「知った風な口を利くでないわ!」
蓮太郎「詳しくは知りません。ですが姉弟共に苦界に沈められるとは、因果なものですね」
白樺 「・・・、の!!」
蓮太郎「己の不遇を嘆くのは構いませんがそんな事で椿花魁を貶めようなど・・・っ、がっ!!」
椿  「蓮太郎?!」
蓮太郎「くっ・・・」
椿  「白樺花魁・・・、どういう積もり?! いきなり突き飛ばして首絞めるなんて!!」
白樺 「因果、じゃと? 不遇じゃと?!」
蓮太郎「けほっ・・・」
椿  「蓮太郎を放して!!」
白樺 「散々、わっちら姉弟の想いを馬鹿にして! 身を切る様な想いなど知らぬ若造が!!
    それ程の美貌を持っていながら! 貞操を守り抜いて!! あまつさえ陰間に堕ちた弟を不憫だなどと!!」
蓮太郎「俺が・・・、自分の貞操を誰に、立てようが・・・、関係ないでしょう・・・。あなたの弟はお生憎様、ですが、ね・・・」
白樺 「雪花が・・・、どれ程苦しんで・・・。わっちがどれ程の痛みを抱えて来たか判らぬ癖に!!」
蓮太郎「雪・・・、花・・・?」
白樺 「わっちの弟じゃ!」
椿  「あ・・・、吉原にいるっていう陰間茶屋の?」
白樺 「貞操だのなんだの、そんな観念や物心が生まれる前に男共に陵辱され続け
    身も心もぼろぼろにされた姉弟がおる中で、己は貞操を守るじゃと?」
椿  「何言ってるの? そんなの、蓮太郎には関係ないじゃない!!」
蓮太郎「そもそもが・・・、筋違いの、言い掛かりなんですよ・・・、う、く」
白樺 「言い掛かりがなんじゃ!」
椿  「蓮太郎! 白樺花魁!! いい加減にして!!」
白樺 「役者も陰間も女郎も! みな人別帳(にんべつちょう)に載らぬ穢多非人は芸を売ると言葉を着飾っても
    所詮は体を売って生き抜くしかない!」
蓮太郎「・・・それが?」
白樺 「己には関係ないと申すか! 所詮若衆が、女郎の売上で飯を食う野良犬が!」
蓮太郎「互いの不幸を嘆いて・・・、傷を舐め合ってるだけ、でしょう・・・」
椿  「蓮太郎を放してって、言ってるの!!」
白樺 「邪魔をするな!」
椿  「きゃ・・・!!」
蓮太郎「・・・っ!!」
白樺 「あうっ、・・・蹴り? なん・・・っ?!」
蓮太郎「殺しますよ、椿に手を上げるなら」
白樺 「おぬし・・・」
蓮太郎「人のいない裏路地で、あなたの首をへし折って椿を抱えて逃げることくらい造作もない
    遺体を放置してもあなたは若山で恨みを買っているのですから、下手人(げしゅにん)の目星なんて付けようがありません」
白樺 「な・・・」
椿  「蓮太郎! 大丈夫・・?」
蓮太郎「俺は大丈夫。女の力で首を絞められたからってどうって事ない。椿、立てるか?」
椿  「ん・・・、あたしも平気」
蓮太郎「ならいい。命拾いしましたね、白樺花魁」
白樺 「おんし、何者じゃ」
蓮太郎「ご存知の筈ですが? 椿、帰ろう。これ以上言い掛かりを付けられるのはご免だ」
白樺 「言い掛かりでもあるまい。主とて守られねば男共の戯れ者じゃ」
蓮太郎「仮定の話ですか? 興味ありません。一つ言っておく事があるとするなら、人は誰かの犠牲の上に生きています
    自身や弟だけが不遇と嘆くのは自由ですが、それで他人に仇(あだ)を成せば己に返ります」
白樺 「寺の坊主でもあるまい! 人に教えを説く積もりか!」
蓮太郎「いいえ、忠告です」
白樺 「忠告じゃと? 何の忠告じゃ! 主如きがわっちを心配しているとでも言う積もりか!」
蓮太郎「今の話の流れで俺があなたを心配するなどと随分楽観的な考えを持っているんですね」
白樺 「仇が返るとするなら何の仇じゃ! そもそも、わっちら姉弟(きょうだい)は男共の慰み者じゃ! それこそがなんの仇だと申すか!」
蓮太郎「知りません。ですが人の同情で稼ぎたいならもっと慎ましやかに生きればと思いますよ」
白樺 「何も知らぬ癖に! 判った様な口を聞いて!」
蓮太郎「あなたの心情に興味ありません」 
白樺 「主を、衆道(しゅどう)の道に沈めてやる!」
蓮太郎「弟と同じ苦しみを知ってから物言え、と」
白樺 「女郎や衆道(しゅどう)の苦しみを知って尚同じ事が申せるなら申してみよ」
椿  「馬鹿みたいな事を言わないで! 本当に蓮太郎には何の関係もないじゃない!」
蓮太郎「椿、もういい」
椿  「でも!」
蓮太郎「陰間としてはもう通用しませんよ。幼く見えているのかもしれませんが散り花ですから」
白樺 「・・・っ?! 散り花・・・。おんし幾つじゃ」
蓮太郎「18です」
白樺 「18・・・。雪花と・・・、同じ」
蓮太郎「散り花を今更危険を冒してまで手に入れる酔狂な人がいるなら画策でも何でもどうぞ」
松葉 「姐さん! どうなさりぃした?! 着物が泥だらけでありぃす!」
白樺 「松葉・・・」
松葉 「・・・、椿花魁と、そこの若衆・・・? 姐さんに何を」
椿  「何かされたのはこっちでありんす! くだらない言い掛かりを付けられて!」
松葉 「言い掛かり・・・。・・・、ああ、そうで、ありぃしたか」
椿  「こんな激しい気性の姐ならきちっと見ておきなんし!」
松葉 「わっちゃあ妹じゃ。そんなもん知らん。姐さん、帰りが遅いので心配しぃした。帰りぃしょう」
椿  「謝罪の言葉もありんせんのか」
松葉 「謝罪? あぁ、間夫との逢い引きの邪魔をして申し訳ありぃせんでした」
蓮太郎「含蓄多いな」
白樺 「帰りぃす」
椿  「松葉さん」
松葉 「・・・? なんでありぃしょ」
椿  「人の道を外れるのも姐だから受け入れるというなら、およそわっちと牡丹姐さんに勝てやせんよ」
松葉 「失礼致しぃす」
蓮太郎「ふぅ・・・、嵐の様な人だな」
椿  「なんで、あんな風に白樺花魁を煽ったりしたのよ」
蓮太郎「人から見聞きした情報より、本人の心持ちの方が聞いて為になるだろ?」
椿  「あ、たしの・・・、為」
蓮太郎「頼りないと思われてるのは心外だ」
椿  「無茶するんだから・・・。でも、ありがとう」
蓮太郎「為になったかどうかは判らないけどね」
椿  「でも、弟君に対する思いの強さは判った。きっと、ずっと、お互いで支えながら生きて来たんだね」
蓮太郎「同情しても俺達には何もしてやれないんだぞ?」
椿  「うん・・・。あ、ね、蓮太郎・・・。散り花って何?」
蓮太郎「椿は知らなくていい」
椿  「なんで?!」
蓮太郎「なんでも」

 

 

松葉 「大体の顛末は判りぃした」
白樺 「世の中は、不公平じゃ。あの者、幼い頃はおなごに間違われても不思議はなかったろうに
    忘八の筆頭でもある楼主(ろうしゅ)に守られたなど、そんな幸せな事があろうか」
松葉 「華屋はそもそもの売上げが多い。男一人陰間にしようが若衆にしようがさして売上に影響はなかったのでありぃしょう?」
白樺 「わっちの家とて台所事情が逼迫していた訳ではありぃせん!」
松葉 「女衒(ぜげん)に売られた経緯など、客の同情引く以外で話す必要もありぃせんが
    貧しさで死に喘ぐのと戯れにされるのとどちらがマシでありぃしょうな」
白樺 「松葉?」
松葉 「わっちは売られた事を不遇だとは思ってはおらん」
白樺 「いずれ迎えるお開帳も意に介さず、か。それはそれでいい。いざ褥(しとね)入りしたが痛みに泣き喚いたでは恥さらしじゃ」
松葉 「雪花さんとて同じでありぃしょう?」
白樺 「同じ・・・、じゃと?」
松葉 「以前、苦しかろうと思いぃしたが、良く考えればただで玩具(がんぐ)にされていた頃とは違い、

    褥(しとね)入りすれば金が貰える飯が食える。姐さんも雪花さんも救われたと思いぃす」
白樺 「姉弟(きょうだい)共に慰み者にされ続けた挙句、苦界に沈められたのの何が救いじゃ!」
松葉 「それなら、遊蕩の証拠隠滅の為、人里離れた山奥に捨てられた方がマシだとおっせぇすか!」
白樺 「おぬしの言わんとする事はわっちにはわかりぃせん! 何が言いたい!」
松葉 「生きて行く術が残されていたのではありぃせんか!」
白樺 「生きて行く術じゃと? 当たり前の事じゃ!」
松葉 「それを当たり前とおっせぇすが、姐さんは裕福だったなら知らぬ事! わっちが売られた年は大飢饉に見舞われた年じゃ!
    畑が枯れ獣も死に絶え、寒さと飢えに震えながら、それでもなんとか食いもんを見付けようと
    ひび割れてあかぎれた手で固い土を掘り起こして、木の根を探して食む飢餓を・・・
    食えるなら己を産んだ親の死体でさえ、ばらして食ったかもしれんなどおよそ考えもしぃせんな!」
白樺 「人が、人を食らったがなんじゃ! それが雪花とわっちの境遇になんの関係がありぃすか!」
松葉 「姐さん。人には人それぞれ背負ってきた物がありぃす
    あの若衆とて何やら背負わねばあそこまで厳しい顔付きにはなりぃせん」
白樺 「わっちの知った事ではない! 松葉、お主姐に説教をたれるか」
松葉 「妹の説教が恥ずかしいと思うなら、関係のない人に八つ当たりをする様な真似はやめてくりゃあせ!」
白樺 「やかましいわ! お主、誰の金で飯を食っておりぃすか!」
松葉 「椿花魁の言葉が刺さりぃす! 姐に感じる恩義のままに、はいはいと付き従うもよし!
    姐が道を踏み外しそうな時は諭すのも妹だと!」
白樺 「わっちがいつ道を外した!」
松葉 「知らぬと思うておりぃすか!」
白樺 「お主が何を知っておると申しぃすか!」
松葉 「姐さんが雪花さんに抱く想いが、姉のそれではありぃせん事をわっちが知らぬとでも?!」
白樺 「生娘のおぬしに一体何が判る!」
松葉 「雪花さんと間夫契りの関係にあったのなら、それは姉としての想いではありぃせん! 男女のしがらみじゃ!」
白樺 「今まで苦行の中二人で生き抜いて来たのじゃ! 想いあって何が悪い!」
松葉 「善悪など見当も付きぃせん! それでも! このままでは華屋の牡丹花魁と椿花魁には勝てやせん!」
白樺 「・・・、どの道雪花とは苦界から離れるまで会えやせん・・・。間夫に狂う事もあるまいよ」
松葉 「それなら過去のしがらみなど棄てて武家さんの客も取ってくりゃあせ!」
白樺 「断る!」
松葉 「姐さん!」
白樺 「武家の男などに触れられるくらいならいっそ死ぬ! しばらくここに居て田舎だろうが

    江戸と京を繋ぐ公道の近くにあるこの遊郭には豪商が多い事も判ってきぃした、それで十分じゃ」
松葉 「けど!」
白樺 「元より武家は遊廓で遊蕩するなど言語道断
    泊まる事を禁じられておる筈が身分素性を隠して遊廓に来る有様じゃ
    隠さず遊びに来るのは大見世のおなごなど到底買えぬ浅葱裏(あさぎうら)。禁忌の片棒を担ぐなどごめんじゃ」
松葉 「わっちは・・・」
白樺 「武家でなくとも客は来る。店主(たなぬし)の台所事情など関係ない
    がっぽり稼いでさっさと借金を返して、貯めた祝儀で雪花を迎えに行くのじゃ」
松葉 「それじゃわっちは武家さんの客のもてなしを一体誰から教えて貰えばいいのじゃ!」
白樺 「武家の客は取らん。松葉、お主が武家を好むなら己で導き出しや」
松葉 「・・・判りぃした。・・・少し、出掛けて参りぃす」
白樺 「夜見世(よるみせ)までには戻りや」
松葉 「あい」

松葉 「どれだけ深く姐(あね)妹(いもうと)と絆を結んだとは言え所詮は他人、か・・・。
    本物の姐とはなって貰えんのじゃなぁ・・・、椿花魁が、少し、羨ましいな・・・、ふふっ(泣き笑い)」

 

 

牡丹 「そんで、黙って帰ってきたんでありんすか?」
椿  「だって蓮太郎が止めんした」
牡丹 「蓮太郎なん横っ面張り倒して白樺の顔を水溜りに沈めてきなんし!」
蓮太郎「発想が幼稚過ぎる」
牡丹 「蓮太郎! おんし馬鹿にされたんでありんしょ?!」
蓮太郎「どうでもいいです」
惣一郎「あぁ、牡丹、お前動くな! 裄(ゆき)が合わせられないだろうが!」
牡丹 「も、申し訳ありんせん」
椿  「惣一郎様を着物の仮縫いに来させるなんて、川瀬様には惣一郎様も頭が上がらないんでありんすな」
惣一郎「川瀬の旦那は逆らうと怖えんだよ!
    てめえが持って来た悶着を加担してやるんだ、てめえでケツ拭いて来いなんぞと抜かしやがって!」
蓮太郎「それで使いっ走りですか。いい面の皮ですね」
惣一郎「蓮太郎、お前ぇ後で覚えてろよ!」
蓮太郎「もう忘れました」
惣一郎「俺の敵娼(あいかた)に半端な着物拵(こしら)えやがったら許さねぇっつってよ。

    金はいくら掛かっても構わねぇとかほざきやがって」
牡丹 「今をときめく松川屋の旦那を顎で遣えるのなんて、川瀬様くらいでござんしょ? 孝行してあげなんし」
惣一郎「まぁ、世話になってるがよ。んで? 蓮太郎、お前陰間になるんだって?」
蓮太郎「なりません」
惣一郎「山椒(さんしょう)とねぎやろうか」
蓮太郎「要りません」
椿  「んん? 山椒(さんしょう)とねぎ? 何に使うの? お尻にぶっさすの?」
蓮太郎「椿・・・」
惣一郎「ぶははっ」
蓮太郎「椿に余計な事を教えないで下さい!」
椿  「あ、惣一郎様」
惣一郎「なんだ。牡丹お前また胸が大きくなったんじゃねえか?」
牡丹 「放っといてくんなんし」
惣一郎「身丈多くとった方がいいな」
椿  「散り花ってなんでありんすか?」
惣一郎「お前は知らなくていい」
椿  「え?! なんで?! 惣一郎様まで!!」
牡丹 「陰間の上がり年でありんすな」
惣一郎「牡丹! お前ぇ! 余計な事言うんじゃねぇ!」
椿  「なんで、蓮太郎も惣一郎様も教えてくれないんでありんすか?」
牡丹 「あぁ・・・、ふふっ。ヤキモチでありんすよ」
椿  「はぁ?」
牡丹 「陰間は11歳からお開帳になりんす」
蓮太郎「余計な事を・・・」
椿  「11って・・・っ、早っ!!」
牡丹 「男は年を取るごとに体がたくましくなりんしょう?」
椿  「ん・・・? うん、そう言われれば・・・、蓮太郎も出会った時はわっちと同じくらいの背丈でありんした」
惣一郎「蓮太郎、お前ガキん時から小さかったんだな」
蓮太郎「放っておいて下さい」
牡丹 「体付きが硬くなるんで、幼い子の方が好まれるんでありんすよ」
椿  「うぇー・・・」
牡丹 「14までが花のつぼみ、15から18までが盛りの花、19から22までを散る花といいんす」
椿  「ふーん?」
牡丹 「つまり男相手の商売は18まで。19からはおなごの相手をしんす」
惣一郎「教えるなっつってんのに、お前ぇ、牡丹 」
牡丹 「教えないまま大人しくしていると思いんすか? 椿が」
惣一郎「あー、まぁ自分から陰間茶屋の通り門をくぐりそうだな」
牡丹 「それで、椿・・・。無論、大門の出入りのしがらみでおなごの客は少ない、となると相手するおなごは?」
椿  「うーんと、あっ! 女郎?」
牡丹 「そうでありんす。二人とも椿が妙に散り花に興味を持つのが嫌なんでありんしょう?」
蓮太郎「まぁ、聞いても椿は興味ないか」
椿  「美形・・・、なんだよね?」
惣一郎「あるんかい!!」
椿  「えへへ、ちょこっと」
蓮太郎「い・・・、行ったり、しない・・・、よな?」
椿  「へへへー、わかんない」
蓮太郎「椿!」
惣一郎「待て、椿。早まるな、相手は今までケツを使ってきた奴だぞ」
牡丹 「どういう説得の仕方でありんすか」
惣一郎「もしかしたらお前より別嬪かもしれねぇんだぞ、だからやめとけ」
牡丹 「訳の判らない説得をしんすな」
惣一郎「何でもいい、やめとけ」
牡丹 「けんど、わっちもねぎと山椒(さんしょう)の使い処は知りんせんよ」
蓮太郎「陰間の交合部は元々男を咥えるように出来てる訳じゃありませんからね。傷が出来ます」
牡丹 「そりゃ、そうでありんすな。で?」
蓮太郎「痛みを和らげる・・・、痒みで痛みを誤魔化す為に山椒(さんしょう)を交合部に擦り込みます」
牡丹 「よく・・・、知っておりんすな。蓮太郎」
惣一郎「実はお前隠れて客とってんじゃねーか?」
牡丹 「蓮太郎にそんな暇ありんせん」
蓮太郎「幼少期から陰間とからかわれて来たので嫌でも詳しくなりますよ」
惣一郎「ねぎはどうやって使うんだ? やっぱりケツにぶっさすんか?」
牡丹 「知らなかったんでありんすか?」
惣一郎「やー? 芝居小屋で流れた噂でちらーっと聞いただけだ」
牡丹 「噂」
惣一郎「客を取る陰間の枕元には必ずねぎが壷に立ててあるってよ」
牡丹 「枕元って・・・、そんな、大切な物でありんしたか」
蓮太郎「ねぎは治療薬です。蒸した白ねぎの薄皮を軟膏変わりに使うので陰間には欠かせません」
惣一郎「蓮太郎、お前・・・。苦労して」
蓮太郎「惣一郎様はどうしても俺を陰間にしたいんですね」
牡丹 「痛みに耐え抜くんは、苦行でありんすな・・・」
蓮太郎「おそらく女郎より壮絶でしょうね。食事も制限されますから」
牡丹 「食事を? なにゆえ・・・? 成長を止める為?」
蓮太郎「いえ、陰間のそれはそもそもの使い方が違います」
椿  「出口だもんねー」
惣一郎「はっきり言い過ぎだ! お前は!」
蓮太郎「体臭を押さえる為に動物の肉を一切禁止されています。鳥や猪の肉は勿論、貝や魚も」
惣一郎「飯を食う楽しみもねぇんかい」
牡丹 「わっちらも香りには十分気を使っておりんすが、食事まではさすがに辛いでありんすな」
蓮太郎「あ、芋なんかもダメですよ、当然」
椿  「あー、出ちゃうもんねー、ぶーって。お尻から」
蓮太郎「・・・、椿・・・」
惣一郎「椿、お前もう黙れ・・・。興味あり過ぎだ」
椿  「はーい、ごめんなさーい」

 

松葉 「白樺姐さん、例のお武家様から届け物とお手紙でありぃす」
白樺 「処分しや」
松葉 「あい・・・。・・・、この届け物、なんでありぃしょう」
白樺 「なんであれ構わん、処分しや」
松葉 「けど・・・、何やらすえた様な匂いがしんす」
白樺 「すえた様な匂い?」
松葉 「切局(きりつぼね)の湯を使わん女郎の様な・・・、ゲホッ」
白樺 「何の嫌がらせか。見せや」
松葉 「箱に入っておりぃす・・・」
白樺 「手紙も、意味が判らぬ。散る花は色褪せたりてみすぼらしくなるは心苦し。

    せめて花手折り、花弁(はなびら)を送りつかまつり候」
松葉 「散り花・・・、雪花さんの事でありぃしょうな。花弁(はなびら)?」
白樺 「箱に、何が入っていると・・・、ひぃ!!」
松葉 「姐さん?! どうなさいぃした?!」
白樺 「箱・・・!! 手が!! 手が!!」
松葉 「手・・・? いやああああ!!!」
白樺 「あ・・・、あぁ・・・、雪花・・・、雪花!!!」
松葉 「落ち着いて姐さん!! まだ雪花さんの手だと決まった訳ではありぃせん!!」
白樺 「雪花じゃ!! 長い小指!! 付け根のほくろ!! これは雪花の手じゃ!!」
松葉 「・・・、なんで、こんな・・・、真似を・・・、なんの積もりで」
白樺 「イヤ!! いやああああ! 雪花!! 雪花ぁ!!」
松葉 「花手折り、花弁(はなびら)・・・。手折る・・・? じゃあ・・・、じゃあ、雪花さんは!!」
白樺 「あ・・・、あ、雪花・・・、ぅあ・・・ああああ!」
松葉 「姐さん!! しっかりして!」
白樺 「雪花! 雪花! ・・・ああ、雪花! 雪花ぁ! 雪花あぁあ! 雪花! 雪花あああああ!」
松葉 「姐さん・・・、それを箱にしまって!! わっちを見てくりゃあせ!!」
白樺 「雪花・・・、せっか・・・。た、か・・・、つ・・・。高津!! 許さぬぞ!! 高津!!! 殺してやる!!」
松葉 「姐さん!! どこに行きぃす!! 高津様は江戸じゃ!! ここにはおられぬ!!」
白樺 「放せぃ! 江戸?! 江戸じゃと?! 許さぬ!!」

 

 

惣一郎「うしっ、襦袢合わせるぞ」
白樺 「たぁあぁあかぁあぁあつぅうぅうぅう!!!!!!」
惣一郎「うぉっちょあぁあ! んな、なんだぁ?!」
椿  「ん? あれは・・・、白樺花魁・・・?」
牡丹 「裸足で・・・、どなんしんしたんでありんしょう?」
蓮太郎「どうかしたんですか? 廊下からじゃよく見えないんですが」
椿  「えーーーー?!?! 包丁持ってるぅ?!?!」
蓮太郎「は?!」
白樺 「侍は・・・、武士はどこじゃあ!! みんな、みんな・・・、みんな殺してやる!!」
松葉 「姐さん!! やめて!! 高津様はここにはいないの!! お願い!! 正気に戻って!!」
蓮太郎「・・・、行ってきます」
椿  「え? 蓮太郎?! 行ってきますってどこに?! え、ちょ、ちょっと待って、あたしも行く!」
惣一郎「椿?! ちょ、おま!! 危ねぇな! 悪りぃ、牡丹! ちょっくら行ってくらぁ!!」
牡丹 「あ、いや、ちょっと待ってぇ!! 着物!! わっち着物着てない!! 待ってぇ!! 惣一郎様あああ!!」

 

 

白樺 「無辜(むこ)の者に獲物を使うなど!! 主らはいつもそうじゃ! いつも、いつも・・・、いつもぉ!!」
松葉 「姐さん!! 戻ってくりゃあせ!! お願い!!」
蓮太郎「危ない!! 離れて下さい!!」
松葉 「うっ・・・?! ・・・、華屋の・・・、若衆・・・?」
蓮太郎「刃物持っている相手の懐に入るとかバカですか!」
椿  「蓮太郎!! ・・・松葉、さん? 大丈夫?」
松葉 「大丈夫で・・・、ありぃす」
白樺 「主らは奪うばかりじゃ! 何もかも! 奪って奪って奪いつくして来た癖にそれでも足りぬか!!」
惣一郎「ありゃあ白樺じゃねぇか。刃物ぶん回して、危ねぇな。番所に通報して来る」
松葉 「待ってくりゃあせ!!」
惣一郎「あ?」
松葉 「お願い!! 番所には通報しないで!!」
蓮太郎「は?」
松葉 「お願い致しぃす! あんなでも・・・、わっちの姐さんでありぃす・・・」
蓮太郎「・・・、判りました。裏路地に誘い込みます」
惣一郎「おい、蓮太郎大丈夫か!」
蓮太郎「済みません、惣一郎様。椿と松葉さんをお願いします!」
惣一郎「お? おう・・・。なぁ椿・・・、蓮太郎って・・・」
椿  「わっちも良く知らん。けんど、なんか武道を極めておりんす」
白樺 「えぇい!! 邪魔をするでない! この! 皆殺しにしてやる! 武士はどこじゃあああ!!」
蓮太郎「狙いは武士か・・・、裏路地になんとか引き寄せないと」
惣一郎「松葉とか言ったな、どうしたんだお前の姐花魁は」
松葉 「・・・弟君が・・・」
惣一郎「弟? 陰間のか」
松葉 「ご存知でありぃしたか」
惣一郎「ちぃと調べさせて貰った」
松葉 「調べずとも、吉原じゃ有名な話じゃ。美形の花魁の姉と陰間の弟の事なぞ」
椿  「それで、あんなに早く返事が聞けたんでありんすね」
松葉 「元々姐さんが武家嫌いなのはご存知でありぃしょう」
椿  「前に聞きんした」
松葉 「吉原で姐さんに必死に言い寄っていたお武家様が弟君を殺しんした」
惣一郎「殺し・・・?! 意味もなくか!」
松葉 「姐さんを苦しめる為だけに、あるいは思い通りにならない姐さんへの当てこすりか、いずれにしても訳は判りぃせん
    殺して切り落とされた手が姐さんの元に届けられて・・・、それで・・・!」
惣一郎「だが幾ら武家ってったって殺しは」
椿  「不敬(ふけい)罪(ざい)とでもなんとでも言えんす!」
惣一郎「不敬って、たったそれだけでか!!」
牡丹 「わっちらはお侍さんの気に障れば刀の錆にされるだけでありんすよ
    どれだけ高位の花魁でも、身分は無きに等しいのでありんすから」
惣一郎「牡丹」
牡丹 「故に、侍嫌いの女郎が多いのでありんす。セコイ癖に気位(きぐらい)が高い。気に入らなければ腰の物に訴える」
椿  「それが陰間なら、罪に問われるどころか手柄と褒めそやされる事もあるやもしれんせん」
惣一郎「天下取ってんのは自分らだと勘違いも甚だしいクソ野郎が!」
牡丹 「金を動かしているのが町人だとは認めたくないのでありんす」
惣一郎「裏路地の方へ駆け込んで行ったぞ!」
椿  「蓮太郎が誘い込んだんだね。・・・っ?! ま、松葉さん?!」
牡丹 「松葉! 不用意に近付いてはなりんせん!」
松葉 「他の誰に!! 姐さんの処遇と任せるとおっせぇすか!!」
椿  「一緒に行きんす!」
松葉 「勝手にしてくりゃあせ!」
白樺 「雪花を!! 雪花を返せぇえぇえ!!」
椿  「蓮太郎!」
蓮太郎「椿! こっちに来るな!!」
松葉 「姐さん!」
白樺 「雪花だけがわっちの救いだったのじゃ! あれだけがわっちの生き甲斐じゃった!」
松葉 「白樺姐さん!! お願い! わっちの声を聴いて!」
白樺 「他の者がどうなろうと! わっちは! わっちは雪花さえおれば良かったのじゃ!」
松葉 「姐さん! まだ! わっちがおりいす! わっちは姐さんを見捨てたりしぃせん!」
白樺 「雪花と共に生きて行けるなら、それで・・・、それだけで」
松葉 「姐さん! わっちの・・・! わっちの声を聴いてくんなぁせ!!」
牡丹 「妹の、声も届かんのか」
椿  「蓮太郎! 包丁を! 奪える?!」
蓮太郎「判った」
椿  「松葉さん、わっちらに口を出す権利はありんせん」
松葉 「・・・っ!」
蓮太郎「椿! 包丁をそっちに蹴り飛ばす!」
椿  「うん! 蓮太郎が手刀で包丁奪ってくれんした。傍に行っても大丈夫でありんす」
松葉 「姐さん・・・。姐さんの妹の松葉でありぃす。わっちを、見てくんなぁせ」
白樺 「そうじゃ・・・、高津じゃ! 高津の腕を切り落として雪花に付ければよいのじゃ・・・。高津、高津を探さねば」
松葉 「高津様はここにはおりぃせん。・・・、姐さん、わっちが判りぃせんか?」
白樺 「高津・・・、あいつが、あいつがおらねばわっちも雪花ももっと幸せじゃったというに・・・」
松葉 「姐さん・・・。わっちを! わっちを見てくんなぁせ! 現実を! 受け入れてくんなぁせ!
    例え高津様がいたとして、殺しても雪花さんは戻っては来やせん!」
白樺 「殺すのじゃ・・・、高津を殺さねば、高津を・・・、うぐっ!!」
松葉 「・・・っ!!」
牡丹 「松葉 !! 何をしておりんすか! 首を絞めるなど!!」
松葉 「大丈夫でありぃす、姐さん・・・。今、雪花さんの所に行かせてあげる・・・」
白樺 「が・・・っ、ぁ・・・っ」
牡丹 「松葉! やめなんし!」
椿  「牡丹姐さん! 止めなんすな!!」
牡丹 「椿・・・?」
椿  「松葉さんの・・・、好きにさせてあげて」
松葉 「姐さん・・・、本当に雪花さんの事を好きだったんでありぃすな・・・」
白樺 「く・・・っ! ひ・・・、ぁっ! あ」
松葉 「周りの者全て敵に回しても構わない程に」
白樺 「ぁ・・・、ぁう・・・っ、・・・っ」
松葉 「妹のわっちの声も届かない程に!」
白樺 「っ・・・、っ!」
松葉 「わっちは・・・、わっちは・・・、姐さんの、妹に・・・、なれて幸せだったでありぃすよ?」
白樺 「・・・っ、・・・、・・・」
松葉 「ふ・・・、ぅああああああああん!! 姐さん! 姐さん!!」
牡丹 「何も・・・、殺さずとも・・・」
松葉 「発狂して人に害を成す女郎など切見世でも使えん! このまま飢えて死ぬか取り押さえられるか!
    なんにしてもまともな待遇など受けられる筈もありぃせんのを、わっちが始末しぃした!」
牡丹 「松葉・・・」
松葉 「わっちを罰するなら罰せばいい!
    これから先この手鞠屋に華屋と並ぶ栄華をもたらすおなごをむざと殺すなら若山など終わりじゃ!」
惣一郎「てめぇが罰せられる危険も顧みず、か」
松葉 「尊敬した姐を! 恩を感じている姐を! 見果てぬ土地の赤の他人に委ねるなどわっちにはできぃせん!
椿花魁、お主ならどうしぃした!」
椿  「わっちも、自ら手を下しんしたよ」
牡丹 「椿・・・っ!」
椿  「無駄に生かして苦しみを与え続けるより、彼岸で弟君と逢わせて差し上げるんがせめてもの温情でありんしょう?」
惣一郎「だが、ここで松葉が白樺を殺した事を黙ってる訳にはいかねぇぞ」
椿  「惣一郎様は白昼夢でも見なんしたか?」
蓮太郎「・・・椿」
椿  「わっちは、何も見てはおりんせん。姐さんも見ておりんせんな?」
牡丹 「椿・・・、わっちは」
蓮太郎「椿、牡丹花魁、見世に戻って下さい。俺はここに残ります。役人が来たら話さなければなりません」
松葉 「・・・っ」
蓮太郎「松葉さんも戻って下さい」
松葉 「え・・・」
蓮太郎「役人に、ここを通りかかったらいずれかの者に殺されていた、そう言わねばなりません」
惣一郎「本気で言っているのか、蓮太郎!」
蓮太郎「遊郭では女郎の死体など、珍しくありません」
惣一郎「俺は」
蓮太郎「惣一郎様が何を思ったか俺には判りませんが、今更通報するならどうして途中で止めなかったんですか?
    力づくで引き剥がせば女性の一人くらいなんとでもなる筈です」
惣一郎「・・・っ」
蓮太郎「邪魔立て出来ない程に松葉さんに同情したからじゃないんですか?」
惣一郎「お前ぇは・・・、全く。判ったよ、適当に話をあわせる」
蓮太郎「助かります」
松葉 「恩に・・・、着ます・・・」
蓮太郎「あなたを助けた訳ではありません。椿が加担した証拠を隠滅する為です」
松葉 「知っています。それでは、見世に戻らせて戴きぃす」

 

椿  「あ・・・、今日は松葉花魁の突出しなんでありんすな・・・。綺麗な八文字でありんす」
牡丹 「姐の死を胸に秘めたままの、業の炎を背負った八文字でありんす。美しいのは当たり前でありんしょう」