花魁道中いろは唄~外伝~ 焦土に咲く華、天仰ぎ 三話

 ♂×3 ♀×5 / 白鷹

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所要時間:160分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

陽炎(かげろう) ♀ 20歳

大見世、角名賀楼の現お職。華屋のお職筋としても通用する程の所作と芸事、頭の良さを備え持つ。

美しさは群を抜いており傾城と呼ばれる椿と張り合う程の美貌を持っている。

性格は怜悧狡猾で機転が早く、物事の先を予想する事が出来る為厄介。人の弱みを握る事を趣味としており懐の備忘録には様々な人間の悪事が記載されている。常に人を煽る性分。

 

十六夜(いざよい) ♀ 26歳

大見世、角名賀楼の元お職。妹花魁の氷雨が自刃で亡くなった為、責任を負わされお職を剥奪される。

美しく色気があり武家と公家に多く客を持つが、ある性質に悩まされている。本来は情に厚く優しい女だが、自己の責任の為に常に厳しくあろうと努力する女性。お職から降りた後はひっそりと慎ましやかに生きたいと願っているが、陽炎とそりが合わず、彼女の激しい性格に脅かされており恐怖すら覚えている。

 

牡丹(ぼたん) ♀ 25歳

若山随一の大見世、華屋のお職であり椿の姐女郎。華やかな色気と優しさと雅さで道中を歩けば大輪の花の様だと男達を沸かせる。しなやかな色気の反面気風の良さを併せ持っており、自身の見世に害が及ぶと怒鳴り込む事もある。正義感が強く心根も優しいので汚濁したものを見ると非常に驚き、気分を害するところもある。

 

椿(つばき) ♀ 19歳

大見世華屋の花魁。牡丹に次ぐ花魁であり次代お職の肩書を持つ。八歳の時に若山に売られて以来引っ込み禿として外部は勿論、見世の内部の者達にも隠してお育てられた。元来の美しさと見た感じの可愛らしさで男の気を引く。

芯の通ったしっかり者で、頭の回転が早く根付く性格は非常に厳しい。蓮太郎と恋仲にある。

 

蓮太郎(れんたろう) ♂ 19歳

華屋の若衆で料理番。生真面目で自他共に厳しく真面目な性格だが椿に関してはかなり緩い。

華屋の元お職でもあった石楠花花魁の産んだ青年で大変な美形であり、よく陰間と間違われる。正義感が強く、冷たい表面とは裏腹にとても優しい。が、感情表現が苦手。

女将(おかみ) ♀ 31歳

華屋の楼主兼美人女将。見世の経営を遣り手任せにはせず自らもせわしなく働く。

自分の見世の女郎たちをとても可愛がっており、何か女郎が失敗した時なども身体に傷を付けない為に折檻はせず、仕置き部屋に閉じ込める程度で済ませるなど、大切にしている。

 

凪(なぎ) ♂ 38歳

若山創業以来の老舗角名賀楼の楼主。これぞ忘八と言えるほど史実に忠実な楼閣の楼主。

酒、博打、女、花魁食いなどに現を抜かし、見世の切り盛りは己の女房と高齢の遣り手婆に任せて放蕩を続ける。

年相応ではあるが男前でモテる為、様々な女郎や花魁などは楼主の肩書と共に魅力を感じており、目を掛けられる事を良しとする。ただし、自分の欲求に素直で堪え性はない。

 

冬馬(とうま) ♂ 26歳

番所に勤める同心。今は亡き華屋の楼主、忍虎の実の息子。15歳まで母親の元で育てられたらしいが真偽のほどは定かではない。15の時に忍虎のいる華屋に来てしばらく若衆として働いていたが、何を思ったか突然辞めて番所勤めの伝手を辿り同心となる。蓮太郎とは忍虎に育てられたという事もあり、義兄弟として大変仲良くしている。同心として勤めながらなにやら他にも怪しい行動がちらほら見える。

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役表

 

陽炎+香代(♀)・・・

十六夜  (♀)・・・

牡丹   (♀)・・・

椿    (♀)・・・

蓮太郎  (♂)・・・

女将+昌枝(♀)・・・

凪    (♂)・・・

冬馬+常吉(♂)・・・

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冬馬 「東海道池鯉鮒宿(ちりゅうじゅく)に構えてた和紙問屋の五色屋(ごしきや)? 確か十年前に焼けたんじゃなかったか?」
蓮太郎「全焼です。周囲の建屋にも結構被害が出たので割と死んだそうです」
冬馬 「なんで今頃そんなもん調べてんだ?」
蓮太郎「焼失時に五色屋(ごしきや)の旦那夫婦が殺害されているのが発見されています」
冬馬 「あぁ、だが下手人は裏店(うらだな)に住む三郎と言う男だ。家賃と借金が払えずに旦那を殺して火を付けた」
蓮太郎「版元に行って当時の瓦版を一枚印刷して貰いました」
冬馬 「版元・・・、って探したのか。十年前だぞ? 良く見付けたな」
蓮太郎「読売に限らず、収集家というのはどこにでもいますからね。整理してあって探しやすかったです」
冬馬 「ていうか既に解決している事件を掘り起こしてどうする積もりだ」
蓮太郎「例えば三郎が冤罪で処刑されたのだとしたら、覆す事は可能ですか?」
冬馬 「冤罪、なのか」
蓮太郎「はい」
冬馬 「言い切るって事はある程度証拠を押さえてるって事か」
蓮太郎「奉行所がどこまでの証拠で動くか判りませんが、考えうる限りで可能なものを全て」
冬馬 「そうまでして三郎の冤罪を晴らしたかった理由は?」
蓮太郎「三郎の冤罪を晴らしたかった訳ではありません。真犯人を裁きたいんです」
冬馬 「そっちか。難しいぞ」
蓮太郎「難しいのは判っています。覆す事が可能かどうか、です」
冬馬 「可能不可能で言うなら可能だ。だがな、奉行所が三郎を捕らえ処遇をお上に上伸して、市中引き回しの上打ち首獄門の裁可を下したというのが誤認だったという事実を受け入れて、下手人をお縄にするには相当な証拠が必要となる」
蓮太郎「証拠があれば出来るんですね」
冬馬 「出来る。五色屋(ごしきや)火付けに加えて旦那夫婦殺しは大罪だ。奉行所を動かせば下手人は必ず捕まるし処刑される」
蓮太郎「あとは奉行所を動かせるだけの証拠、ですね」
冬馬 「真の下手人はもう判っているのか」
蓮太郎「判っています。ですが、本人かどうかの確証がありません」
冬馬 「判っているのに、確証がない?」
蓮太郎「十年前です」
冬馬 「年食って容姿が変わっているという事か・・・」
蓮太郎「俺は当時の様子を知らないので何とも言えませんが名前も姿も全て変わっていると思います」
冬馬 「だとするなら必要な物は言い逃れできない物的証拠、証人、本人の自白だ」
蓮太郎「自白・・・」
冬馬 「奉行所が裁くと言っても確信の薄い証拠では極刑を上申する事が出来ない」
蓮太郎「罪の重さは伝えられても、前回を誤認とする確たる証拠がなければならない、という事ですね」
冬馬 「奉行所だって冤罪者を極刑に処したというならタダで済む筈がないんだ。名誉挽回の好機がない物を覆す理由がない。この事件は世間では解決しているんだ」
蓮太郎「十年間、逃げ続けた下手人が自白しますか?」
冬馬 「普通に考えて無理だろう」
蓮太郎「・・・、手詰まり、ですね」
冬馬 「十年前に逃げた下手人と、お前が目論んでる下手人が同一人物だという裏付けを取ればまだ抜け道はある」
蓮太郎「同一・・・、それなら証言する証人がいる」
冬馬 「冤罪ってのは、道理を捻じ曲げた結果だからな。通り切らなかった無理がどっかにあると思うぞ」
蓮太郎「そうですね、それも目星は着いています」
冬馬 「何の為にそんなもん調べてるんだか知らねぇが、あんまり深入りして命掛ける様な真似すんなよ」
蓮太郎「んー・・・、むしろもう掛けてるというか」
冬馬 「時既に遅し・・・、アホかお前は。で、真犯人は誰だ」
蓮太郎「先月お職襲名道中を張った、角名賀楼の陽炎花魁です」
冬馬 「マジかー・・・、美人なのになー・・・」
蓮太郎「犯罪に貌の良し悪しは関係ないと思います」
冬馬 「だが、陽炎ってのは角名賀での源氏名だろう。本名は判っているのか」
蓮太郎「池鯉鮒宿(ちりゅうじゅく)まで行って確認してきましたので、本名も判っています」
冬馬 「気合入ってんな。で?」
蓮太郎「本名は『香代』。若山に売られたのは十歳です」
冬馬 「池鯉鮒宿(ちりゅうじゅく)の任侠は・・・、確か山根組だったか・・・」
蓮太郎「女衒(ぜげん)は佐助という男ですが、まだ会えていません」
冬馬 「会って十年前の証言取るまでは動けねぇな」
蓮太郎「佐助ですが最近守り人に職を変えていますからその内会えるとは思います」
冬馬 「俺も佐助との接点を見付けてみる。ここまで詰めたんなら焦って事を仕損じるなよ」
蓮太郎「気を付けます」
冬馬 「お前は本当にいつでも厄介事抱えてるな。命粗末にすんなよ」
蓮太郎「ていうか、冬馬兄さん、番所に勤められる様な伝手を持ってたんですね」
冬馬 「そらまぁただ単に放蕩続けてた訳じゃねぇしな」
蓮太郎「華屋の若衆としては戻ってこないんですか?」
冬馬 「お前、俺が戻ったら楼主(ろうしゅ)になっちまうがよ」
蓮太郎「えっ! 本当に楼主(おやかた)の実子だったんですか?!」
冬馬 「お前は今までずっと疑ってたんだな、判った」
蓮太郎「や、だって楼主(おやかた)は女将にデレてたっていうか」
冬馬 「美人だもんな、女将」
蓮太郎「かどうかは判りませんが、阿吽の呼吸とかいい感じに楼主(おやかた)と夫婦でしたから」
冬馬 「お前はその審美眼を修正しろ? 絶世ばかり見て目ぇ悪くなってるぞ」
蓮太郎「・・・? 別に要らなくないですか? 正しい審美眼、とか」
冬馬 「椿一筋だもんな。要らねぇっちゃあ要らねぇか」
蓮太郎「・・・、もうすぐ、一年ですね」
冬馬 「親父が死んでから、か」
蓮太郎「はい」
冬馬 「死に目に合えたからそれでいい。俺達が関わってる仕事は長生き出来るもんじゃねぇ」
蓮太郎「そうですね」
冬馬 「とは言え、惚れた女を抱くまではって足掻くけどな」
蓮太郎「伊吹って今どこにいるんでしたっけ?」
冬馬 「知らね」
蓮太郎「知らないって・・・。いいんですか? それで」
冬馬 「女だてらにとんでもない戦術持ってんだからだいたい生きてると思ってる」
蓮太郎「だいたい生きてるって・・・」
冬馬 「それに変に守ろうなんてしてみろ?」
蓮太郎「女だからって馬鹿にするな、と蹴飛ばされますね」
冬馬 「悠々自適に廻船問屋で全国回って、好きな所にいるさ。たまに顔見せに来た時に会えればいい」
蓮太郎「それ、いつになったら抱けるんです?」
冬馬 「いつかなー・・・? 果たして抱けるんかなー? あのじゃじゃ馬乗りこなす自身がイマイチない」
蓮太郎「背後取ろうものなら背負い投げ一本ですからね」
冬馬 「俺の事はいい。お前は」
蓮太郎「俺の事もいいです、放っといて下さい」
冬馬 「俺にここまで吐かせたんだ、お前も吐け」
蓮太郎「吐き出すものなんて何もありません」
冬馬 「は? お前ソレ本気で言ってる? マジで吐く事ないの?」
蓮太郎「ありません」
冬馬 「お前幾つだ?」
蓮太郎「十九です」
冬馬 「ヤっちまえ? 構わん、俺が赦す」
蓮太郎「兄さんが赦しても見世が赦しませんよ、何考えてんですか」

 

 

 

 

椿  「あ、痛っ」
蓮太郎「椿・・・、どうした?」
椿  「蓮太郎・・・、水汲んでて柄杓のささくれが手に刺さっただけ。大丈夫だから」
蓮太郎「椿、待て」
椿  「菫に取って貰うからいい。またね」
蓮太郎「待てって」
椿  「話なんて、出来ないでしょ?」
蓮太郎「・・・、ちょっとこっち来い」
椿  「何よ! 離して! あたしは用なんて無い。支度しないといけないの、離してったら!」
蓮太郎「少し、喋るな」
椿  「何よ、いつも命令ばっかりして、何様の積もりよ!」
蓮太郎「いいから、黙れ」
椿  「は? 小さな引戸・・・、なに? ここ・・・。食糧庫の裏にこんな・・・、部屋?」
蓮太郎「この部屋の事は誰にも言うな」
椿  「また命令して・・・、言わないけど、ここは? 何?」
蓮太郎「楼主(おやかた)から受け継いだ、俺の隠し部屋」
椿  「隠し部屋・・・? 凄いね、本とか書付とか。・・・、って言うか凄い散らかってる。・・・汚い、掃除しよ?」
蓮太郎「・・・片付ける暇がないだけだ。掃除は出来たらする」
椿  「これ、蘭方の本・・・? こっちは蘭学、それに、これは取締手順書? んん? 蓮太郎って同心みたいだね」
蓮太郎「真似事」
椿  「ん・・・、そっか・・・。そういう事にしておいてあげる」
蓮太郎「それで、満足か?」
椿  「そんな訳ないよ? でもね、11年蓮太郎が隠してきた事をあたしが暴いて良い訳ないもの」
蓮太郎「・・・椿」
椿  「大事なんでしょ? お父さんから貰ったこの部屋も蓮太郎の立場も。だから、聞かない」
蓮太郎「・・・ん」
椿  「ふふっ」
蓮太郎「どうした」
椿  「蓮太郎らしい部屋だなって思って」
蓮太郎「俺らしい?」
椿  「番頭の隣の蓮太郎の部屋、布団と行燈しかなくて、蓮太郎が生活してるって感じがなかったの。でも、ちゃんと居場所があったんだね。深くは聞かないけど安心したの。ね、蓮太郎、時々ここに来てもいい?」
蓮太郎「見付からないようにしてくれるなら」
椿  「うん。気を付ける。・・・なんか、この部屋、珍しいものが沢山あるね。これ行燈?」
蓮太郎「ランタン。行燈より明るいんだ。明り取りの窓が小さいから必要だった」
椿  「ランタン・・・。うん・・・、と、これは、ぎやまんで出来てるの?」
蓮太郎「硝子って言われるもの。燃料はもっと特殊な油で行燈油よりより長持ちする」
椿  「これは?」
蓮太郎「時計」
椿  「と・・・、けい?」
蓮太郎「時間を教えてくれる。裏側のゼンマイってネジを回しておくとこの針が今の時間の所まで回るんだ」
椿  「面白い・・・」
蓮太郎「廻船問屋の知り合いが居るから、オランダからの輸入品だよ」
椿  「そっかー・・・、待って、オランダからの輸入品って簡単に手に入るの?」
蓮太郎「抜け荷」
椿  「あー、わーるいんだー」
蓮太郎「通報するならすればいい」
椿  「出来ない事知っててそういう事言うんだね。言わないよ? 通報なんて以っての外だし、せっかくの蓮太郎の大切な場所を奪いたくない。それに、あたしだけが知ってるってなんか得した気分?」
蓮太郎「何それ」
椿  「なんか幸せ」
蓮太郎「椿の考えてる事が判らない」
椿  「だって嬉しい。ここで色々勉強してるの?」
蓮太郎「ん」
椿  「・・・、どうして、この部屋に連れて来たの?」
蓮太郎「椿と、ちゃんと話をしたかった」
椿  「話って・・・、避け始めたのは蓮太郎じゃない。あたしは、蓮太郎の顔見るのも辛い」
蓮太郎「俺は、このまま溝が深まって行く方が嫌だ」
椿  「そんなの、歩み寄る方法がないのにどうしようもないじゃない」
蓮太郎「俺の為に椿に危害が及ぶのが怖い」
椿  「・・・っ」
蓮太郎「それすら守れなかった。隼人に聞くまで、俺は知らなかった」
椿  「それはあたしが勝手にやった事よ。蓮太郎が気にする事ない。元々仕事がそれなんだから今更誰を相手にしても別に傷付いたりもしない。勝手に自分の呵責にしないで」
蓮太郎「元々仕事でも、隼人のは仕事じゃない。俺は・・・、自分の命を懸ける覚悟なんてとっくにできてる。だけど、椿の命を懸ける勇気がない。失いたくないんだ」
椿  「どうして一緒に懸けてくれないのかなぁ・・・」
蓮太郎「俺が、弱いから」
椿  「・・・バカ」
蓮太郎「ごめん」
椿  「謝る必要なんかないのに」
蓮太郎「うん、ごめん・・・。あ、せっかく部屋にいるなら、コレ」
椿  「なぁに? これ・・。黒いって言うか、ちょっと茶色? 変なの」
蓮太郎「食べ物」
椿  「え?! これが?! げっ!」
蓮太郎「絶対椿は好きだよ」
椿  「えー? なんか、いや」
蓮太郎「ショコラートって言われる物」
椿  「しょこ・・・、らーと?」
蓮太郎「オランダは砂糖も豊富だからね」
椿  「お砂糖? う・・、でも、これ」
蓮太郎「俺は好きだよ」(食べる)
椿  「・・・、おい、しいの? じゃあ、1個、だけ・・・、あむ・・・、んっ、・・ん、んん?! んんん!! 甘い! おいしい!」
蓮太郎「し一っ、余り大きい声出さない」
椿  「あっ、ご、ごめんなさ・・。美味しい。なんか口の中で溶けてふわって、甘い一」
蓮太郎「希少だし高値だからそんなにしょっちゅう手に入る訳じゃないけど、好きなだけ懐紙に包んで持っていっていいよ」
椿  「うん。ヘヘ、嬉しい・・・。・・・っ、ふ・・・、ぅっ」
蓮太郎「つ、椿? え、なんで、泣いて・・・」
椿  「いつも、そうだもん」
蓮太郎「いつも?」
椿  「甘いお菓子で誤魔化して、結局大事な事は何一つ答えてくれない。あたしが聞きたかったのはそうじゃないのに」
蓮太郎「・・・っ」
椿  「蓮太郎の傍にいたいよ、抱き締められたりしたいよ、いつだって。でも、蓮太郎は、それが嫌で」
蓮太郎「嫌な訳ない。そんな筈、ない」
椿  「でもだって、避けてる」
蓮太郎「さっきも言った。抑制出来る自信がない」
椿  「ずるいね・・・。自分は抱き締めたい時は抱き締めるし、接吻けだってする癖に、避けたい時は距離置いて、あたしはただ待ってるだけでそれでいいと思ってる」
蓮太郎「客と、同じになりたくない」
椿  「客? 同じって何?」
蓮太郎「椿に対する男の性を闇雲にぶつけるならそれは客と変わらないし、何より俺は、自分がそうだと思いたくない」
椿  「思いたくないって、あるんじゃない・・・」
蓮太郎「椿に軽蔑されたくない」
椿  「なんで軽蔑するの? 蓮太郎はあたしの事好きでもないのにただ女だからそうしたいって思ってるって事? ある程度きれいな女の人なら誰でもいいって思ってるの?」
蓮太郎「違う」
椿  「じゃあ、違うじゃない。好きで・・・、傍にいたいのの、どこが客と一緒なの?」
蓮太郎「椿を抱きたい」
椿  「・・・っ」
蓮太郎「最近は、特にそう思う事が多くなってる。手を繋げば抱き締めたくなる、抱き締めたら接吻けしたくなる。接吻けしたらもっと触れたくなる。それ以上触れれば・・・、抱きたくなる。・・・、抑えるのも限界なんだ。自分自身で嫌悪する程に。だから、この間の陽炎花魁の攻撃は想像以上に堪えた」
椿  「初見世の時はね、きっと年季明けまで我慢できると思ってた。きっとすぐに年季が明けるって」
蓮太郎「俺は椿が思ってる程無欲でもなければ聖人君子でもない」
椿  「あたしより、って・・・、変なの」
蓮太郎「変?」
椿  「あたしだって蓮太郎に抱かれたいよ? きっと抱かれたら凄く幸せなんだと思う。自分だけなんてそんなの、おかしい」
蓮太郎「一時の幸せの為に今まで耐えて来た事を投げ出すか」
椿  「やだ」
蓮太郎「何より、今椿とそうなれば陽炎花魁の思う壺だ」
椿  「そ・・・、だね。・・・、あの、ね? この間ね、牡丹姐さんと陰間茶屋に行って来た」
蓮太郎「え」
椿  「いつだったか散り花の話を聞いたままずっと忘れてたんだけど牡丹姐さんに誘われて」
蓮太郎「牡丹花魁と・・・」
椿  「本当に美形だとか男前、沢山いた」
蓮太郎「そ、か」
椿  「でも、ダメだった」
蓮太郎「ダメ?」
椿  「絵姿とか色々見たけど、心が動かないの」
蓮太郎「ごめん、何を言っていいのか、判らない」
椿  「間夫を作らなくてもそういう所で用を済ます女郎がいることも知ってたし、牡丹姐さんもたまに使ってるって言うから」
蓮太郎「・・・ん」
椿  「黙ってそんな所に行くなんて、蓮太郎は、気分悪いよね」
蓮太郎「だからって俺に止める事なんて出来ない」
椿  「怒って、なじってくれたら楽なのに」
蓮太郎「・・・、俺を、怒らせる為だけに行ったのか?」
椿  「違うよ? 自分の体や気持ちとか持て余しててどうしていいか判らなくて」
蓮太郎「隠れて行ったんなら、どうしてそれを今更俺に伝える?」
椿  「どうしていいか判らなかったんだもん」
蓮太郎「俺に言ったって何も変わらないだろう」
椿  「蓮太郎じゃないとダメだった!」
蓮太郎「そんな事言われたってどうにもしてやれない!」
椿  「どの人を見ても全部蓮太郎と比べちゃって、どうにもならなかった!」
蓮太郎「行ったのは自分だろう」
椿  「蓮太郎じゃないと、ダメみたい」
蓮太郎「・・・っ」
椿  「蓮太郎が好き」
蓮太郎「今、それを言うか」
椿  「困るよね、判ってる」
蓮太郎「・・・、泣くな」
椿  「泣く積もりなんてないのに、ごめん、ね」
蓮太郎「椿に泣かれるのは、苦手だ」
椿  「苦しいよ・・・」
蓮太郎「頼むから、もう、泣くな。自分の不甲斐無さに腹が立つ」
椿  「・・・、好き、蓮太郎」
蓮太郎「・・・っ」(接吻け)
椿  「・・・んっ」
蓮太郎「陰間茶屋に行った椿に腹が立たない訳じゃない。だけど、怒ったって俺にはどうもしてやれない。だから、怒れない」
椿  「行くなって、言えばいいのに」
蓮太郎「じゃあ、二度と行くな」
椿  「・・・ん。うん、もう、行かない。ごめんなさい」
蓮太郎「うん」
椿  「っていうか接吻けなんかして、抑えられなくなるって言ってたじゃない」
蓮太郎「それ以上に義務や責任が上回れば抑えが効かない訳じゃない」
椿  「義務?」
蓮太郎「時間だ。そろそろ表に出ないと怪しまれる。俺は問屋への注文もあるから」
椿  「真面目なんだから」
蓮太郎「出る時は、他に人がいないか良く見て・・・、待て椿」
椿  「なあに?」
蓮太郎「ショコラート、誰が箱ごと持って行っていいって言った?」

 

凪  「んあ? お前ぇ十六夜じゃねぇか」
十六夜「・・・っ?! お、楼主(おやかた)?!」
凪  「陰間茶屋通りの散り花通りで会うとは奇遇だなぁ? ん?」
十六夜「楼主(おやかた)こそ、散り華を買う訳でもありんせんのにこんな所で何しておりんすか」
凪  「懇意にしてた役者が幕間で揉め事起こしてこっちに売られたらしいからな。散り花だがまだ両方イケるってんで様子を見に来ただけさ」
十六夜「華屋の楼主(おやかた)とは雲泥の差でありんすな」
凪  「あぁ?! 何だてめぇ」
十六夜「牡丹から聞く話では花魁達には昼行燈の様なお方で、自らにとても厳しくて敏腕だったとか。同じ大見世でもこうも違うもんでありんすな」
凪  「へっ! 散り花通いしてる大年増の女郎が何言ってやがんでぇ」
十六夜「仕事に支障をきたした訳ではありんせん」
凪  「なんだ、俺がまるで無能者の様な言い方しやがって!! このくそばばぁが!!」

凪:叩く(手を叩くなどで表現して下さい)

十六夜「・・・っ! 楼主(おやかた)のやっている事を真っ当な人間が見たらどう思うんでありんしょうな?」
凪  「まだ愚弄する積もりか! 十年男に股開いてただけの厠が! お前ぇなんざ・・・、がぁ!!」
十六夜「・・・?!」
冬馬 「通りのど真ん中で男が女殴ってる光景程邪魔で胸糞悪いものはないな」
凪  「だ、誰だ? お前」
冬馬 「あんたにくれてやる名前なんざ持ち合わせてねぇよ」
凪  「部外者が口出すんじゃねぇよ、こいつは」
冬馬 「あんたが角名賀のクズ楼主(ろうしゅ)で、女が角名賀楼の元お職って事くらい知ってる」
凪  「てめぇの見世の妓(おんな)の躾してんだ放っとけや」
冬馬 「見世の中でなく、人前で殴り飛ばす躾を聞いた事ねぇんだが」
十六夜「あの・・・、わっちは大丈夫でありんすから、その」
冬馬 「根拠もなく大丈夫だと言われて見過ごせる程考えなしじゃねぇんだよな」
十六夜「けんど」
冬馬 「俺の心配してるなら大丈夫だ。クズ楼主(ろうしゅ)に腕っぷしで負ける様な鍛え方はしていないからな」
凪  「人をクズクズ言いやがって! てめぇに楼主(ろうしゅ)のなんたるかが判ってたまるか」
冬馬 「そうだな、その楼主(ろうしゅ)になるのが嫌で番所に勤めたんだから言い訳も出来ねぇわ」
凪  「は? 楼主(ろうしゅ)だと? どこぞの女将でも垂らし込んだか? それとも娘か」
冬馬 「親父が忍虎(かげとら)ってんだ」
凪  「は・・・? 忍虎(かげとら)・・・って」
冬馬 「去年病気でくたばっちまったがよ、確か華屋の楼主(ろうしゅ)やってたっけかなぁ・・・」
凪  「華屋の・・・、楼主(ろうしゅ)の息子だと?」
冬馬 「あぁ、安心してくれ、俺はあんたがどこまで腐っていようが総名主なんて面倒臭いもんは背負う気がないんで、それについて物申すなんてこたしねぇからよ」
凪  「この・・・っ」
冬馬 「やめとけ」
凪  「ぐぁ!」
冬馬 「俺が殴る気がなくても、殴り掛かられたら勝手に殴り返しちまうからよ」
凪  「クソが!」
冬馬 「ただな、一応巡回で町の管理にあたってる以上、アンタみたいに暴力的な奴は理由付けて番所にしょっ引いてやりたくなるんだよ」
凪  「番所に勤めてるとか嘘吐くんじゃねぇよ! てめぇの顔なんざ見たこたねぇや!」
冬馬 「今年配属されたばかりだからな? 同心の交代制は知らないか」
凪  「交代制? だと?」
冬馬 「デカかろうが小さかろうが悪事を働くんなら番所の内情は知っとけよ」
凪  「俺は奉行所に裁かれるようなこた何もしてねぇよ」
冬馬 「そうか? 悪そうな面構えだしな。怪しいってだけでしょっ引く事は出来るんだよ」
凪  「だからなんでぇ。しょっ引かれたって何も出て来やしねぇよ」
冬馬 「世の中にゃ、濡れ衣なんてもんが山程あってな? さて、どう調理してやろうか?」
凪  「ぬ・・・、濡れ衣だと?!」
冬馬 「似合う衣があるといいな?」
十六夜「あの・・・、もう大丈夫でござんすから」
冬馬 「ん、殴られた頬が腫れてる。ちょっと待ってろ」
十六夜「あ、これは・・・、見世に戻ってから冷やしんす」
冬馬 「手拭い濡らしてきてやるからちょっと待ってろ」
十六夜「あの、大丈夫でありんすから、そんなに優しくされたら・・・、あの」
凪  「優しくされたら、お前ぇのはしたない玉門(ぼぼ)が濡れそぼってしかたねぇんだろうが、淫乱め」
十六夜「そ、そんな事は・・・」
凪  「どうせ淫売が、清純ぶったって得する事なんざねえだろうよ」
十六夜「初めて会った人にそういうのは相手の方にだって失礼でありんしょう」
凪  「はっ! 礼儀なんざ八徳(はっとく)と一緒にまるめて棄てちまったよ」
十六夜「開き直ったクズにつける薬はありんせんな」
凪  「けど、お前散り花通い、か。随分蓄え込んでんな? あ?」
十六夜「蓄えなぞ。身を切る様な思いで月の支払いを終えた後の残金でござんす」
凪  「へへっ、嘘吐けや。身を売って十年、お職を務めて五年。蓄えがない筈ねぇよな?」
十六夜「毎月の借金ですら上乗せしてる癖に、まんだ取り立てようとしておりんすか」
凪  「いくらある? 百か、二百か? お前ぇの部屋洗ったら幾ら出る?」
十六夜「いくらもありんせん? 銀2、3枚が関の山」
凪  「銀2、3枚な。ちょいといい飯が食えそうだな」
十六夜「洗うんは構いせんが、夜見世までにはきちっと片付けてくんなんし? それが出来ないならやめてくんなんし」
冬馬 「まだ居たのかよ、クソ野郎」
凪  「へっ、お前ぇさん、その女に精魂吸い取られるぜ?」
十六夜「楼主(おやかた)!!」
冬馬 「どういう意味だ?」
十六夜「あの、この人は、腹が立つと何を口走るか判りんせんので」
凪  「腹上死させられるぜって言ってんだよ」
十六夜「いい加減にしてくんなんし!」
凪  「美人だからって油断してみろ? お前ぇの精は瞬く間に絞り出されて食われるぜ?」
冬馬 「うるせぇな。とっととこの場から消えろ」
凪  「はっ! 覚えとけや、お前を番所から追放してやるよ!」
冬馬 「三文芝居のネタの様な捨て台詞だな」


十六夜「ほんに、申し訳ありんせん。助けて戴いたというのにみっともない所ばかりをお見せしんして」
冬馬 「やー、あの楼主(ろうしゅ)じゃ仕方ねんじゃね? ほい、手拭。井戸水だから冷たいからな気持ちいいぞ」
十六夜「あ・・・、りがとうございんす。・・・ふふっ、冷たくて気持ちいいでありんすな」
冬馬 「美人だな、ホント。まぁ当たり前か、大見世の元お職だ」
十六夜「もう、年季明け前の26。大年増じゃ、余りからかわんでくんなんし」
冬馬 「そうか・・・、26とか27って上がり年なんだよな」
十六夜「若い花魁が次々に輩出されんすからな。年増はどんどん相手にされなくなりんす」
冬馬 「つったってお茶なんか挽いたりしねぇだろう」
十六夜「さすがにそれはありんせんよ、ふふ」
冬馬 「俺としちゃあんたくらいの方がいい女に見えるけどな」
十六夜「え・・・? まんだお若いでしょうに、老成されたことをおっしゃりんすな」
冬馬 「俺と同い年だ。今年26なんでな。あんたが年増ってんなら俺もいいおっさんって事になるな」
十六夜「惚れたおなごはおりんせんのか?」
冬馬 「いる、けど思いが通じる事があるかどうか、ってとこか」
十六夜「・・・、よもや、椿花魁とか・・・?」
冬馬 「は? なんで椿だよ。あれは弟の女だ」
十六夜「え? 弟? え・・・、弟の女、って・・・、あの。蓮太郎殿のお兄君様でござんすか?」
冬馬 「義兄弟ってやつだ」
十六夜「蓮太郎殿は、確か華屋の楼主(ろうしゅ)に育てられて・・・。あ、息子と言っておりんしたな。そういう」
冬馬 「クソガキの癖に大人ぶって「しきたりです」なんてほざきながら手出ししない、他で遊びもしない潔癖だ」
十六夜「ふふ・・・、可愛がっておいででありんすな」
冬馬 「まぁな」
十六夜「あの、今度、お礼にお伺いしたいと思っておりんすが、番所に行けば会えんすか?」
冬馬 「礼なんて要らねぇよ」
十六夜「そう言われましても、それではわっちの気が収まらん」
冬馬 「精を搾り取るまで、か?」
十六夜「・・・っ?!」
冬馬 「あぁ、別に嫌味でも蔑視でもないから安心しろ。男としちゃあんたみたいな別嬪に搾り取られるって悪くねぇや」
十六夜「随分、あけすけな物の言い方をしんすな?」
冬馬 「お品のよろしい弟とは育ちが違うんでな。ちょいとがさつだって親父には良く殴られたよ」
十六夜「若山で暮らしてたんじゃござんせんのか?」
冬馬 「ちょこちょこ里帰りはしてたが、育ちは外だ。さて、まだ仕事中なんでね、この辺にしとくわ」
十六夜「お仕事の邪魔をして申し訳ありんせんでした」
冬馬 「町を守るのが俺達同心の役目なんでな、気にすんな」
十六夜「本当に、ありがとうございんす」
冬馬 「今すぐってのはあの楼主(ろうしゅ)にほら見たことかって言われるのも癪だからちょいと日を置いてまた会おうぜ」
十六夜「・・・っ?!」
冬馬 「あれ? そういう期待はしたらダメだったか」
十六夜「いえ・・・、あの、惚れた女がいるとおっしゃっておりんせんかったか?」
冬馬 「相手は俺の気持ちを知らねぇよ」
十六夜「片思いでありんすか。わっちで良ければお慰めしんしょ」
冬馬 「そんじゃ、またな」
十六夜「あい・・・、また」

 

椿  「お気に病まれておいでの十六夜花魁に申し上げるんは心苦しい限りではございんすが、この金子は受けとれんせん」
牡丹 「椿、何故・・・?」
十六夜「この程度の金では赦せぬと」
蓮太郎「そうではないかと」
椿  「仰る通りにございんす」
蓮太郎「え」
牡丹 「椿!金25両がどれだけ大変な金か判らん訳ありんせんな?それを、この程度と」
椿  「25両に角名賀の命運を賭けられんすか」
蓮太郎「ああ、そういう」
牡丹 「蓮太郎?おんし何を納得しんした。これは角名賀ではなく姐花魁として陽炎花魁の所業に対する謝罪でありんす」
蓮太郎「十六夜花魁はその積もりでしょうが、果たして陽炎花魁がその様に受け取りますか?」
椿  「陽炎花魁の所業はここで内密に処理しようとして出来るものではありんせん」
十六夜「角名賀の楼主(おやかた)に相談すれば大きな悶着になりんす」
椿  「見世同士の諍いに発展させたくないという十六夜花魁の心中は察しんす。けんど、これを以ってわっちがこの金子を受け取り今までの事を赦せば、陽炎花魁がその足元を見て更なる難題をふっかけてきんしょうな」
牡丹 「陽炎花魁がそこまで」
蓮太郎「するでしょうね。牡丹花魁、あなたが考えるより陽炎花魁はずっと狡猾で性質(たち)が悪い。後処理を試みるより先手を打って止め立てする方が賢明かと思います」
十六夜「その、蓮太郎、じゃったな」
蓮太郎「はい」
十六夜「陽炎に、何かされたのか」
蓮太郎「はい」
十六夜「・・・、何を、されんした」
蓮太郎「言いません」
十六夜「言えない、ではなく?言わない?」
蓮太郎「椿と同じく心中はお察しします。ですが、俺も陽炎花魁を赦しません」
牡丹 「蓮太郎!」
蓮太郎「お伺いしたい事があります」
牡丹 「蓮太郎!おんし若衆の身の上で礼を欠いておりんす」
蓮太郎「承知の上です。この件が終わったら処分なりなんなりご自由に」
椿  「蓮太郎を罰するならわっちも同様に罰してくんなんし」
牡丹 「おんしら、何をそんなに目くじらたてて・・・。本当に何が」
蓮太郎「氷雨花魁の事件の時、十六夜花魁は楼主(ろうしゅ)と見世の判断の元で妹として始末を付けようとしていました。ですが今回の陽炎花魁の件では敢えてそれを避ける。何故ですか」
十六夜「それは・・・っ」
蓮太郎「陽炎花魁は謀略を立てる事が趣味だと言っていました」
牡丹 「な、なんでありんすか、そんな事が趣味・・・?」
蓮太郎「十六夜花魁、あなたは何か陽炎花魁に弱味を握られているのではありませんか?」
十六夜「・・・っ!」
牡丹 「・・・、弱味って・・、十六夜?」
蓮太郎「この25両は、謝罪と銘打った口止め料ではないんですか?」
牡丹 「蓮太郎!言葉が過ぎる!」
椿  「姐さん、陽炎花魁は蓮太郎を殺そうとしんした」
牡丹 「なんっ・・・?!こ、殺す?」
十六夜「なんじゃと?!」
椿  「陽炎花魁はわっちを手に入れる為に、蓮太郎を殺そうとしんした。己の手を汚さず謀略で」
牡丹 「ば、馬鹿な事を・・・。万が一蓮太郎を殺したとして、おんしが手に入る訳でもあるまいに」
蓮太郎「甘いです。俺を殺して椿を三下に貶めて、金で椿だけを買い取る積もりでした。放置すれば華屋の名誉が失墜します」
牡丹 「そ、んな・・・、事を。そんな謀略を、・・・、陽炎花魁が」
十六夜「そうか。そこまで考えておりんしたか」
牡丹 「十六夜、おんしは納得したんでありんすか」
十六夜「陽炎は、楼主(おやかた)や女将、番所や会所の筆頭、町奉行所に至るまで手広く情報を収集する力がありんす。おそらくは、人の弱味に付け込んで、情報を引き出す。そこの若衆の言う通りじゃ。わっちは椿花魁の口を止めようとしんした。済まぬ事を」
椿  「故にこの金は受け取れん。わっちは陽炎花魁を赦しんせん」
十六夜「それがどういう事か判っておりんすか」
蓮太郎「だからこそ聞いたんでしょう?角名賀の命運を25両に賭けられるか、と」
牡丹 「角名賀は・・・、とんでもない悪鬼を招き入れんしたな」
十六夜「陽炎が善悪どちらに転んでも、あれが角名賀の命運を握っている事は確かなのじゃ」
牡丹 「そこまで陽炎花魁に背負わせる理由がありんすか?」
十六夜「角名賀にはもう、お職を背負えるおなごがおらぬ」
牡丹 「角名賀に・・・?おんながおらぬとは」
十六夜「見世の並びが、そうさせたのじゃ」
牡丹 「見世の、並び?」
十六夜「大門から角を曲がれば手毬屋の美しいおなごが並ぶ張見世がある。その次に控えるは素晴らしい建屋の華屋。その奥にひっそりと佇む角名賀。客も女街も角名賀に来るのは古い馴染み以外は華屋と手毬屋からのおこぼれじゃ」
牡丹 「女衒(ぜげん)・・・、も?」
十六夜「美しいおなごは皆、手毬屋と華屋に売られてゆくのじゃ。角名賀に次代を担える女はおらん」

 

陽炎 「やあだ姐さん、見世の恥をこんな所で晒す?元お職の風上にも置けないわね」
 

十六夜「陽炎?!」
陽炎 「役者勢揃い、面白い茶番を見れそうね」
十六夜「何故、ここが・・・」
陽炎 「あたしの目をかいくぐった積もりの浅知恵お疲れ様一」
十六夜「尾行して来んしたか」
陽炎 「牡丹花魁と椿花魁、華屋美形若衆。こんな目立つ面々が3人揃って茶屋に入れば嫌でも噂になるのよね。そこで上に上がって来たら十六夜姐さんの声が聞こえるじゃない?ねえ、あっちにも何の企みをしているのか教えてくんなんし」
十六夜「おんしには関係ない」
陽炎 「ひどーい、仲間外れ。ああ、蓮太郎さん、そんな風に椿花魁庇い立てする様に膝立てちゃって。骨抜きにされてるじゃない」
蓮太郎「あなたが何をしでかすか判らないので。ご気分を害されたのでしたら申し訳ありません」
陽炎 「心にもない謝罪しないでよ、腹立つ。何より守られて安心する椿の顔が腹立つわ」
蓮太郎「は?・・・、椿?」
椿  「え?や、あの、あ・・・、や、う、嬉しくて、ごめんなさい」
蓮太郎「・・・(照)」
陽炎 「うーわ、ホント腹立つ、殺したいわ」
牡丹 「黙って聞いていれば物騒な事ばかりつらつらと。陽炎花魁、おんし角名賀を潰す積もりでありんすか」
陽炎 「十六夜姐さんはね、一見賢そうに見えるけどとても浅はかで考えが及ばない上に、私利私欲の塊で堪え性がないのよ?」
十六夜「陽炎!いい加減にしや!」
牡丹 「わっちは今そんな話はしておりんせん。おんしの所業の酷さについて話しておりんす」
陽炎 「だから、その話をしているんじゃない」
牡丹 「は?」
陽炎 「わっちが角名賀楼を潰す積もりかって聞きんした? 潰し掛けたのはわっちではなく十六夜姐さんでありんすよ?」
牡丹 「十六夜が?」
十六夜「やめや!陽炎!」
椿  「・・・、戯言なら無視すればよろしんす。そんな必死では陽炎花魁の思う壺でありんすよ?」
陽炎 「そうそ、椿の言う通りでありんす。わっちが話す事を真実だと知っておりんすから最後の襖は閉めておきたい。ねえ、十六夜姐さん」
蓮太郎「・・・、角名賀の遣り手事情を話したい訳ではありません」
陽炎 「蓮太郎さん、嫌い。黙ってて」
蓮太郎「他人の秘密を暴いて晒し上げたくて疼くあなたの性癖には付き合っていられません」
椿  「うん・・・、言われて見ればそうかも。角名賀楼がどうでもわっちらに関係ありんせん」
陽炎 「あなた達に関係なくてもね、角名賀を潰すだの失墜させるだの言い掛かり付けて責任を私に擦りつけられるなんて溜まったものじゃない」
椿  「あなたのいやらしい性癖が十六夜花魁にとって嫌悪対象だったってだけでしょう? 本来は更生してお職の躾を叩き込むのが筋なんでしょうけれど、得手不得手もあるものね」
陽炎 「嫌悪・・・?」
牡丹 「潔癖な十六夜にしてみれば詮無い事もありんしょうな」
陽炎 「け・・・? ぷ、ぷふっ、うふふ、あはは、あはははは!」
牡丹 「おんしのいやらしさはわっちも知っておりんす」
陽炎 「あたしはいいのよ、それよりも、ふ・・・、あははっ」
牡丹 「何がおかしいんでありんすか!陽炎花魁!」
十六夜「もう良い!陽炎、見世に戻りなんし。わっちも共に戻りんす」
陽炎 「自分の言いたい事だけ言って人を侮辱してんのに、矛先が自分に向いたら逃げ出そうとするなんてとんでもない雌豚だわ」
椿  「雌豚はあなたも同じでしょう? 陽炎」
陽炎 「あん、椿に呼び捨てで詰られるの堪んない」
椿  「・・・」(目眩クラッとする)
蓮太郎「椿、逆効果だ。陽炎花魁に喧嘩を売るな」
陽炎 「ふふっ、けど潔癖だなんて女郎の嘘もそこまで行くと法螺に近いわね」
牡丹 「人をそこまで貶める。おんしのその癖わっちも受け入れ難いもんがありんすな」
陽炎 「あはん、牡丹花魁に嫌われちゃった。仕方ないわー。けどそう言って隠してたんだ、自分のいやらしい性質(たち)」
十六夜「陽炎!」
陽炎 「十六夜姐さん。あたし言ったよね、吐いた唾は飲み込めんって」
十六夜「・・・、そんな、何も今」
陽炎 「今でなくていつ言うの?うふふ、十六夜花魁はね、どんな男にも簡単に気を遣っちゃう淫乱なのよ」
十六夜「・・・っ!」
椿  「え?・・・、お職が・・・、気を、遣る?」
牡丹 「な、ん・・・?」
陽炎 「信じられないでしょーお?客に気を遣らない、遣った振りも主さんに惚れんした、も花魁の手口、そうやって数々の男を騙し男は騙された振りをする。この遊廓で当たり前の事が出来ない欠損品。あはは!れが十六夜花魁。妹に性技を教えなかったのは意図的に教えないんじゃなくて教える性技を持っていないから、よ。男に気を遣る花魁の性技なんてあたしの方こそごめんだわ」
十六夜「ぅ・・・っ!」
陽炎 「十六夜姐さん、恥ずかしい? 恥ずかしいよね? あはん、それとも情けない?」
牡丹 「陽炎花魁!いい加減にしなんせ!」
陽炎 「ふふっ、怒られた。ねぇ、十六夜姐さんも大変でありんしょなぁ? いつでも節操なく火照る体を持てあましんして」
十六夜「そんな事ありんせん!」
陽炎 「隠しても無ー駄。氷雨を止め立てしながら姐さん、蓮太郎さんも獣じみた目で見てたでありんしょう?」
椿  「んなっ?!」
牡丹 「十六夜が、蓮太郎に・・・?」
陽炎 「魔羅が付いてる、それだけで疼く玉門(ぼぼ)は熱く滾って濡れそぼる。ましてや蔑まれたりなんかしたら掻き付いてでも欲しかったんでありんしょうに?」
十六夜「やめなんし!」
陽炎 「男共の痛い仕置きすら淫乱な姐さんにはご褒美だったもんねぇ?」
牡丹 「十六夜?」
十六夜「嘘じゃ」
陽炎 「嘘? じゃあ誰か雄をここに呼んで姐さん踏み付けて貰う? 性癖が明らかになりんすよ?」
十六夜「くだらん嘘を垂れ流すんじゃありんせん!!」
陽炎 「ふうん? ねぇ椿。お礼するからさ、松川屋の旦那、呼んでよ」
椿  「え? な、なんで?」
陽炎 「男前だもの。それに相当な夜の巧者だって噂だし」
牡丹 「松川屋の旦那様は椿のおきちゃでありんす! これを機に奪い取る積もりでありんすか?」
椿  「今日は確かに登楼るかもしれない、けど、呼んでどうするのよ?」
陽炎 「落籍させようとしてるのに奪えるなんて思ってないわ」
椿  「じゃあ、なんで」
陽炎 「手痛い言葉で振られた時の姐さんを見せてあげる。ねぇ、十六夜姐さん、密かに想い馳せてたでしょう?」
椿  「想いを・・・、じゃあ、本気で奪えばいいのに」
牡丹 「椿?」
椿  「えー・・・、なんでもありんせん」
牡丹 「振られて、気分を害した十六夜が椿に何をしでかすかも判りんせん。ここに呼ぶ訳には参りんせん」
陽炎 「椿花魁に害を成すなんてそんな度胸あるもんか。言葉の暴力で精神的に追い詰められながら恍惚とする十六夜姐さんの顔を見せてあげる。そうしたら、否が応でも信じざるを得ない。違う?」
牡丹 「精神的に追い詰められて、恍惚・・・?」
陽炎 「牡丹花魁の様なお綺麗なお職様には理解なんできんせんよ? 考えるのは諦めなんし」
牡丹 「随分、含みのある物言いをしんすな」
陽炎 「人の弱味は握っといて損はなし、調べさせて貰ったけど、牡丹花魁みたいな清々しい程裏がなくて潔白な人、見た事ないわー。十六夜姐さんですら、楼主(おやかた)と寝てるってのにね」
椿  「え」
十六夜「・・・っ!」
牡丹 「え・・・? 楼主(ろうしゅ)と、って・・・、十六夜・・・?」
陽炎 「楼主(おやかた)と寝て、自分のお職で居られる時期を伸ばしたのも、氷雨を次代にとねじ込んだのも十六夜花魁。あたし何にもしてないのに、あたしが嫌いって言うだけで退けられて、挙句の果てに見世を潰すだとかとんだ言い掛かりよね」
椿  「・・・ホントだ」
陽炎 「ねーっ!椿なら絶対判ってくれると思ってた!」
椿  「判ったけどあんたは許さない、側に来ないで」
陽炎 「ひぃん、切ない」
椿  「25両は受け取らなくて正解でありんした、十六夜花魁」
陽炎 「はっ!25両如きで椿を買収しようとしたの?セコい上に浅知恵だわ」
椿  「こんな、野犬の様な女を首輪も付けずに躾を投げ出すなん花魁としての気質を疑いんす。十六夜花魁も陽炎花魁も含めて角名賀は嫌い、許さない。大見世の名前を返上するべきでありんすな」
牡丹 「椿!」
椿  「元より話し合いにもなりんせん。蓮太郎、帰ろ?」
蓮太郎「・・・、失礼します」
陽炎 「ちょっとやだ、蓮太郎さんとシケこんだりなんてさせない!」

 

十六夜「軽蔑されて・・・、当然じゃな」
牡丹 「十六夜・・・、わっちは、そうは思わん」
十六夜「慰めか。惨めなものじゃ」
牡丹 「慰めなどではありんせん」
十六夜「ふふ・・・、大見世のお職を張った女が、お笑い種じゃな」
牡丹 「わっちも・・・、おきちゃに気を遣った事がないと言えば、それは嘘になりんす」
十六夜「数えられる程度でありんしょう?」
牡丹 「角名賀には伝わる性技がないのでありんしょう? わっちは気を遣らぬ為に姐から教えてもらった方法がありんす。残り少ないとは言え、まんだ務めねばならんならその方法を・・・」
十六夜「気を遣りそうになった時、顎を反らし半開きにした口から舌を出してゆっくりと息をする。そうする事で体から力が抜け感覚を鈍らせて気を遣るのを防ぐ」
牡丹 「え・・・? 十六夜・・・、あの・・・、あ、知って、おりんしたか」
十六夜「わっちも姐花魁に教わりんした」
牡丹 「では、角名賀に性技がない訳ではありんせんのか」
十六夜「わっちの姐の代まではきっちりと叩き込まれた性技がありんした」
牡丹 「では、何故その方法を取らんのか」
十六夜「役に立たなかったからじゃ」
牡丹 「役に、立たなかった?」
十六夜「普通なら、そうして女郎達は気を遣るのを防ぎ客のみの気を遣らせる」
牡丹 「そうせねば、己の身が持ちんせん」
十六夜「そう、気を遣れば疲弊する。疲れが溜まれば翌日からの仕事に支障をきたす」
牡丹 「それ故、女郎は・・・、特に花魁格のおなご達は気を遣らぬ方法を身に着けるのでありんす」
十六夜「夜ごと、客を迎えるのが苦痛じゃった」
牡丹 「他に、方法を探してみんしょう」
十六夜「ありとあらゆる方法を試しんした。足の内側に灸をすえる、支那の商人から丸薬を買って服用もした。漢方に効果があると知れば煎じて飲んでもみんした。果ては神頼みまで・・・。けんど、何一つ効きんせんかった」
牡丹 「長らく・・・、悩んでいたのを、わっちは気付いてやれんかったのでありんすな」
十六夜「友人として牡丹を羨ましく感じる事がありんした。心を遣らぬというなら気を遣る事もあるまいて?」
牡丹 「・・・それは」
十六夜「普通のおなごには判らぬ。一度火の点いた体はどれだけ気を逸らそうとみっともなく快楽を求めて荒らぶる。この体はわっちの意のままにならぬ欠損品よ」
牡丹 「欠損品なんぞといいしゃんすな」
十六夜「角名賀の花魁にも不感症のおなごがおりんす。どれだけ客に体をいじくられようが何一つ感じるものもない。遊女としてこれ程に良い体があろうかと羨ましく感じんす」
牡丹 「けんどそれは、遊女としてでありんすな」
十六夜「堅気のおなごなら、などとは言うまいよ」
牡丹 「堅気のおなごなら! 惚れた男と床に入りぬくもりと心を感じ気を遣って、やがて孕み子を産む! 自らを不遇だとは思いんせんが人として当たり前の成り行きを禁じられた身の上が、ままならぬ事を束の間嘆いたとて誰が咎めんしょう?!」
十六夜「牡丹・・・?」
牡丹 「素直で正直なおなごとしてこの上ない身体でありんす。けんど、それがわっちら遊女には仇となる」
十六夜「何の、得にもなりんせん」
牡丹 「わっちの身体も、ままならん事がありんすぇ?」
十六夜「深くは聞かぬ。わっちも出来ればこの様な辱めなど受けたくはなかった。女郎2千人、皆それぞれの悩みもあろうて」
牡丹 「わっちは」
十六夜「下手な慰めは要らんと言った!」
牡丹 「・・・っ」
十六夜「牡丹には判りんせん! 叶うなら己の玉門(ぼぼ)を抉り取ってしまえればどれ程楽かなどと生涯判らぬ!!」
牡丹 「・・・、すまん事を言いんした。わっちは・・・」
十六夜「・・・済まぬ。気遣ってくれておりんすに、酷い事を言いんした」
牡丹 「・・・男に惚れるは咎、気を遣るんも咎、客を取らぬは咎」
十六夜「なぁ牡丹・・・。それだけの咎を担うとはわっちらは一体前世にどれ程の罪を犯したのであろうな?」
牡丹 「判りんせん。そも、神仏曰く、前世の女郎は罪深き事ゆえ現世において苦行を成す、とも」
十六夜「来世に幸せを見出す事も出来ぬのか」
牡丹 「幾度、生を重ねればわっちらの罪は洗われるのでありんしょうな」
十六夜「六道輪廻の天を仰ぐことが果たして可能なのじゃろうか・・・?」
牡丹 「十六夜・・・。ここにはわっしかおらん。我慢するんはよしなんし」
十六夜「我慢など」
牡丹 「もう隠さんでくんなんし」
十六夜「心は、とうの昔に麻痺しておりんす」
牡丹 「女郎の嘘は客を騙す為、わっちに嘘を吐きなんすか?」
十六夜「・・・っふ、う・・・」
牡丹 「よう・・・、我慢しんした・・・。もう、己を赦してやりなんし」
十六夜「ぅ、あ、ふあああああ、牡丹! 牡丹! もう嫌じゃ! もう男など咥えたくない! こんなみっともない己を見るのは嫌じゃ! 嫌い、嫌い・・・、男も、客も、嫌いじゃ!!」
牡丹 「受け取った涙、決して誰にも零したりはしんせん」
十六夜「うわぁあぁあぁあぁあん」

 

陽炎 「うっそ・・・、椿連れたまま巻かれるって。ホントに一筋縄じゃいかないわね。裏稼業暴いた所で使い所に困る。どうしてあげようかな?・・・椿は、この裏稼業知ってるのかしら?」

 

女将 「久し振りじゃないかい」
冬馬 「出来るなら見世には戻りたくなかったんだけどな」
女将 「忍虎(かげとら)の遺品だろう? 一度も来ないままで、なんて出来るもんかい」
冬馬 「あんたにも会いたくなかったしな」
女将 「あんたに嫌われてるこた、なんとなく気付いていたが嫌われる理由が思い当たらないね」
冬馬 「親父を殺したのは、この見世とあんただ、と俺は思ってる」
女将 「たいした言い掛かりさ。忍虎(かげとら)は流行病で死んだんだ」
冬馬 「本当は人生の半生を過ごしたこの見世で天寿を全うしたかったんだろうさ」
女将 「花魁にも女郎にも若衆にも感染されちゃ敵わないからね。舟橋の療養所で死んだ事は司波先生や蓮太郎から聞いてる」
冬馬 「本気でそれを信じてる訳じゃねぇだろう」
女将 「この世で何が真実で何が嘘なのか、問う方が愚かだろうさ」
冬馬 「真実を追求する心まで亡くしちまったのかよ」
女将 「知りたいさ、けど知って命を落とすなら何の為に知ったのか判りゃしない」
冬馬 「知る事が命の危機に繋がるってのは直感で気付いてんのか」
女将 「あたしの腹を探ったって大した情報なんざ出て来やしないさ。忍虎(かげとら)の部屋を調べるならとっとと調べな」
冬馬 「あんた・・・、死にたくはならないのか?」
女将 「なんだい、いきなり。あたしに死んでほしいって? そんならお断りだけどね」
冬馬 「何の使命を抱えてんだか知らねぇが、女の身の上には重てぇんじゃねえのか」
女将 「さて、ね。寝ながら己の生き様、なんて荒唐無稽な事を考える事もあるけどね。気が付いたら腹も減るし、女だから変に性欲なんかもある。腹も身体も満たしちまったら花魁の誰かが面倒事を起こす。そんな毎日を暮してたら死にたいなんて考えてる暇ありゃしないよ」
冬馬 「忙殺されてりゃそんな暇ねぇってか、まぁそうだろうよ」
女将 「ぬるま湯に浸かってる様な中途半端な奴なら考えるかもね」
冬馬 「俺は、アンタの事は嫌いだし思ってもない事だけどな。親父はアンタに『生きて』欲しいと言ってた」
女将 「そんな棺桶に足突っ込んでるように見えたかね?」
冬馬 「さぁな。遺言だから伝えただけさ」
女将 「遺言? 死ぬ間際まで馬鹿な男だよ。もっと伝えなきゃならないものが沢山あっただろうに」
冬馬 「そんじゃ、親父の部屋行って、そのまま帰る」
女将 「あたしは生きてるよ。周りからどう見えていようが、ね」

 

女将 「角名賀楼凪さん、急で申し訳ありませんが内証と番頭部屋を調べさせて戴きますよ」
凪  「あんたも大概懲りない女だな」
女将 「懲りないのはあんたでしょう」
凪  「人の見世に上がりこんで改める権利なんざ持ち合わせているんですか」
女将 「ひょんなことから去年の裏帳簿の一部が手に入りましてね」
凪  「・・・? は? 何を、馬鹿な」
女将 「これはあんたの手蹟(て)に間違いないね? 凪さん」
凪  「そ、れは・・・」
女将 「ここに書かれている稼ぎは随分派手な実入りがあるようですね」
凪  「ちょう・・・、ぼ?」
女将 「内訳を改めさせて戴きましたけどね、以前に見せて貰った帳簿より圧倒的に現実味がありましたよ」
凪  「なんで・・・、それを・・・。ど、どうやって、手に入れた・・・」
女将 「証拠は無いと・・・、あたしは空耳したのかね?」
凪  「そんな、馬鹿な・・・。なんで、女将の手に・・・」
女将 「なんで? そんな事はどうでもいいんですよ」
凪  「外道が・・・っ」
女将 「外道か忘八、果たしてどっちが卑しいんでしょうねぇ?」
凪  「ウチの花魁を買収でもしたか! それともあの酔っ払いに吐かせやがったか?!」
女将 「ふんっ、花魁買収してこんな重要な手掛かりを漏らすなんて、着物の下の下衆は余程見境がないんだねぇ?」
凪  「どうやって手に入れたか聞いてんだよ! 俺ぁ!! 薄汚い手を使いやがって!」
女将 「追い詰められた鼠ほど口汚い物はないね? 凪さん」
凪  「人の妓(おんな)楼に土足で上がり込んで家探ししやがったか! やってるこた盗みと同じだろうが! 汚ねぇんだよ!」
女将 「掃除ってのはね、掃除道具も汚れるもんさ。薄汚い物を掃除するんなら、こっちだって汚れる覚悟位あんだよ!」
凪  「幕府幕府って大義ばっかり掲げやがって! てめぇらの方が余程暴利貪ってんだろうが!」
女将 「凪さん、ケツに火が付いてんのはあんただよ。あんたのこの裏帳簿、続きがあるでしょう。改めさせて戴きますよ」
凪  「なんだ? なんだ、こいつら!」
女将 「奉行所のもんですよ」
凪  「嘘吐け! 若山の奉行所の連中なら俺が知らない筈ないだろうが!」
女将 「はて・・・、代替わり、交代、様々事情があって詰める人間が変わっただけでしょう」
凪  「そんな筈があるか!」
女将 「クズの戯言なんか聞かなくてもいいよ。さっさと調べな。畳持ち上げて、襖開け放ちな! 箪笥も箱も全部ひっくり返して調べるんだよ!」
凪  「待てや、このクソアマ! 間違いなく奉行所というなら奉書があるだろうが!」
女将 「これの事かい!」
凪  「な・・・っ」
女将 「あんたは救いようのないクズだよ。本気であたしが私腹を肥やす為に幕府を騙ってると最後まで疑ってたんだろうけどね。これは! あんたと角名賀を調べて事実確認をしろという伝達さ!」
凪  「幕府が・・・、本気で、若山を・・・」
女将 「そろそろ、年貢を納めて貰おうじゃないかい。裏帳簿で誤魔化した金と報告のあった税の差額、耳を揃えて払って貰いますよ」
陽炎 「随分、大きな揉め事になっておりんすなぁ? 華屋の女将さん?」
女将 「・・・、あんた・・・、陽炎花魁?」
凪  「陽炎・・・、お前、何しに来た」
陽炎 「騒がしいんで気になっただけでありんす」
凪  「だったらとっとと昼見世に戻れや」
陽炎 「女将さん、余計な事かもしれんせんが」
女将 「なんだい」
凪  「何を言う積もりだ! 陽炎! とっとと張り見世に戻りやがれ!」
陽炎 「わっちの知る限り、楼主(おやかた)はお上に楯突く度胸はありんせんよ? その手持ちの裏帳簿こそ偽物じゃありんせんのか? どこの誰から、どの様に預かり受けたかは知りんせんけんど」
女将 「は・・・?」
凪  「・・・、おま・・・、陽炎・・・」
女将 「何言ってんだい! これが確かな物だってのは裏付けが取れているんだよ!」
陽炎 「連れて来た与力と同心、裏帳簿。さて、どれが本物でどれが偽物でありんしょか。真実は語られねば判りんせん」
凪  「は・・・、はは・・・、そういう事か」
女将 「・・・? お前、あたしを疑っているのかい」
陽炎 「おぉ怖い。仕事に戻りんす」
女将 「なんだい、あの花魁は。何しに来たってんだい」
凪  「知らねぇよ」
女将 「さて、改めを続けさせて貰いますよ」
凪  「好きにしろや」
女将 「殊勝な事で」
凪  「その、帳簿がどうやって作られたのかは知らねぇが、俺は関係ねぇよ」
女将 「は?」
凪  「華屋の女将さんも威勢よく乗り込んで来てご苦労な事ですな」
女将 「いっそ居直っちまえ、と・・・、そういう事ですか」
凪  「・・・私は何も知りませんよ」
女将 「・・・っ!!」
凪  「なんの疑いを掛けられているのかすら、全く見当が付きかねます」
女将 「陽炎花魁・・・、あの女・・・っ!!」
凪  「畳でも襖でも箪笥の引き出しでも、なんなら見世ごとひっくり返して戴いて結構ですよ。私は、何も知りません」
女将 「そうかい、判ったよ・・・。捜査は止めだ! 撤収する」
凪  「おや、もうよろしいので?」
女将 「よろしいので、だって? ここでどれだけ証拠を集めたって意味がないだろう!」
凪  「証拠? 何の証拠でしょうかねぇ?」
女将 「小賢しい花魁だよ、あんたが足元を掬われない様に気を付けるんだね」
凪  「ご忠告、どうも」
女将 「この場を遣り過ごした積もりかもしれないけど、納税の義務ってのは逃れられるもんじゃないんだよ」
凪  「可能な限りで支払っていますよ、ウチは」
女将 「あたしは納得がいかないからガサ入れに来たんだよ」
凪  「満足な捜索の結果を差し上げられませんで済みませんね」
女将 「ああ、そうさ。この1件を調べ上げられなかったあたしは叱責されて処罰を受けます」
凪  「それは不憫な事で。ご愁傷様、とだけ言っておきますよ」
女将 「まだ判りませんか、凪さん」
凪  「何が」
女将 「あたしに処罰を下す人間がいるという事に。あんたが、この場を言い逃れて終わりに出来る問題じゃない事に!」
凪  「癇癪起こして八つ当たりですか。みっともないですな」
女将 「奉行所でも罪人の自白がない限り罪を裁く事は出来ない。それ故、様々な方法で裏を取って詰める。あんたはもう何がなんでも、知らぬ存ぜぬで通す積もりでしょう」
凪  「悔しければ俺の口を割ってみたらどうでしょうかね? 拷問でもしますか? それこそ無能者と烙印を押される事になるでしょうが」
女将 「いいえ、この件はお上に報告させて戴き、私の手を離れます」
凪  「責任放棄ですね? 無様な事で」
女将 「あたしの手を離れた沙汰がどう暴走しても、もうあたしに庇ってあげる事は出来ませんよ」
凪  「庇う?」
女将 「あたしは人の心を失った積もりはありませんからね」
凪  「意味が判りませんね。用が済んだならお帰りを。玄関は出て正面です」
女将 「失礼します」
凪  「ご苦労様です」

 

常吉 「香代! 何してるんだ! さっさとこっちに来んか!」
香代 「お父さん・・・、あ、あたしはもういや!」
常吉 「逆らうんじゃない!」
香代 「・・・っう! 酒臭っ! 昨日いう事聞いたらもうお酒やめるって約束したじゃない!」
常吉 「やかましい! 父親に向かって条件を突き付けるたぁとんでもねぇ娘だ!」
香代 「いやっ! 叩かないで! きゃああ! 痛いっ、嫌! お布団に入るの嫌!」
常吉 「お前は黙ってりゃあ綺麗な顔してんだ、なぁ? 母親とは似ても似つかん」
香代 「お母さん! お母さん、助けて!!」
昌枝 「お前がいう事を聞けば、お父さんも大人しく寝てくれるから」
香代 「そんなの! なんで? なんでよ!!」
昌枝 「寝てくれたら、殴られなくて済むものねぇ」
香代 「どうして?! お母さんが一緒に寝ればいいだけじゃない!!」
昌枝 「お父さんはもうあたしは要らないんだってさぁ・・・、ははっ、あたしだってそんな飲んだくれ要らないけどね」
香代 「お母さん、どこ行くの?! ねぇ! 助けて」
常吉 「大人しくしろ!」
香代 「嫌! いやああ!! 痛い!! 痛い!! やめてぇえぇえぇえ!!」

 

 

陽炎 「・・・、うーわ、夢見悪っ・・・、最悪だわ・・・。今更過去の夢見るなんて、嫌な感じ」

 

 

 

 

陽炎 「こんにちは」
椿  「さようなら」
蓮太郎「懲りませんね、神社を変えると祟られるかもしれないのに真澄田神社で待ち伏せですか」
陽炎 「あらあたし、椿が真澄田だって知ってるからずっとここにお参りしてるわよ、て、ちょっ! 椿! 話くらい聞いてよぉ!」
蓮太郎「ふ・・・、まる無視、ざまぁないですね。失礼します」
陽炎 「ねぇねぇ、椿、蓮太郎さんの秘密、知りたくない? きっと椿も知らない事よ?」
蓮太郎「・・・」
椿  「陽炎」
陽炎 「なぁに?」
椿  「邪魔、退いて」
陽炎 「もぉ~、ホントにつれない。まぁ、でもそこがいいのよね」
椿  「あなたが好きなのは女でしょう? あたしを性欲の捌け口にしないで気持ち悪い」
陽炎 「性欲の捌け口って・・・、ぇ? 椿、本気でそんな風に思っているの?」
椿  「本気よ、気持ち悪い。お参りしたいの、退いて」
陽炎 「・・・、心が手に入るならそれほど幸せな事もないわよ」
蓮太郎「・・・、椿。ちょっとこっち来い」
椿  「なぁに?」
陽炎 「・・・なっ! これみよがしにそんなくっつかないでよ、内緒話なんてして!」
椿  「うん・・・、ん、・・・へ?」
陽炎 「蓮太郎さん! けしかけても我慢する癖に中途半端に椿に触らないで!」
椿  「うん・・・、でも、そんな事で?」
陽炎 「あ、もうあったま来た! 椿! あのね蓮太郎さんが華屋のお料理番として仕事を終えた後何してると思う?」
椿  「黙ってくれる? 香代さん。蓮太郎の話が聞こえないでしょ」
陽炎 「え? あ、ごめ・・・、え?」
蓮太郎「・・・」
陽炎 「香代・・・、って? 今、呼んだ?」
椿  「ふふっ、香代さんで、間違いないんだね」
陽炎 「どうして、知ってるの・・・?」
蓮太郎「椿が呼んだら簡単に応じるんですね」
陽炎 「・・・、・・・っ! まさか・・・!」
蓮太郎「王手です、陽炎花魁。どこにも逃げ場はありませんよ。俺はあなたを殺すのに自分の手を汚しません。俺を謀略に貶めて殺そうとした様に、あなたには法の下に消えて戴きます」
陽炎 「最低・・・」
蓮太郎「生死を掛けた駆け引きに最低も何もありませんよ。先に俺や椿の気持ちを利用したのはあなたです」
陽炎 「いつから、調べてたのよ」
蓮太郎「あなたが椿をもみじ屋の2階に誘った時からです」
陽炎 「尾行して殺そうとした時も、蔵光茶屋に誘った時も警戒してたって事ね」
蓮太郎「直接あなたに手を出せば、数倍のしっぺ返しを食らうでしょうからね」
陽炎 「椿の事は諦めないわよ、私」
蓮太郎「それなら、俺はあなたが椿を巻き込まない様に気を付けるだけです」
陽炎 「何を、どこまで調べたの? 名前だけじゃ私を裁くなんて出来ないわよ」
蓮太郎「あなたの出自を調べる事はそれ程苦労しませんでした。利発な性質(たち)だったとしても当時は十歳ですからね。出来る事には限界があります」
陽炎 「それにしては手間取っていたようじゃない? 椿の間夫だからって買い被りすぎたかしらね」
蓮太郎「十年前の物的証拠を手に入れるのが困難だったので」
陽炎 「困難、だった・・・? まさか・・・、手に、入れたの?」
蓮太郎「訴えるとしても証言や証拠がなくては奉行所も取り合ってはくれません。管轄の版元に行って探しました。刷って戴いたのでありますよ。和紙、五色屋(ごしきや)旦那夫婦殺害と店の焼失事件、どうぞ」
椿  「・・・、って、両親を、殺したの・・・? え、町方に小さいけど店がある・・・って」
蓮太郎「過去の話だ。家出も間違いじゃないな。殺して火を付けた事実を隠せば」
椿  「親殺し・・・、火付け」
蓮太郎「それに陽炎花魁が、五色屋(ごしきや)の娘香代である事実があれば、遊郭だって身柄を町奉行に突き出す以外にはない」
椿  「だから、呼び掛けさせたの?」
蓮太郎「俺が呼んで返事をすると思わなかったからね」
椿  「・・・、そうよね」
蓮太郎「過去の事実を纏めれば何一つ不思議な事もない。あなたは両親を殺し家に火を付け、たまたま通りがかった男を家に連れ込み下手人に仕立て上げ、己は奉行所に駆け込もうとした。その途中に通り掛かった山根組女衒(ぜげん)、佐助に頼み込み角名賀に売られた」
陽炎 「この瓦版には下手人として三郎の名前が書かれているわよ? 残念ね」
蓮太郎「あなたが下手人に仕立て上げた三郎は、当時裏店(うらだな)に住んでいて細々とですが彫師の仕事をしていました。半年後に同じ長屋に住むお春という女性と言い交わしがあったそうです。処刑の前夜に最後の面会をして、残された言葉を聞いています。真の下手人は娘だ、と」
陽炎 「齢十歳の女児が親殺しなんて繋がると思っているの?」
蓮太郎「長屋に暮らす人達は五色屋(ごしきや)の旦那が酒乱のクズだったという事を知っていましたよ」
陽炎 「長屋の・・・、住人に証言させるというの?」
蓮太郎「父親に陵辱を受ける毎日、酒乱の父親に娘を差し出す母親。あなたが両親を殺す動機は十分でしょう。十歳とは言え罪が重すぎる。真犯人がいるなら裁かねばならない」
陽炎 「まぁ、普通、そうよね」
蓮太郎「観念するんですね」
陽炎 「はぁーあ、そこまで調べられてるなんてね」
蓮太郎「三郎と所帯を持つ予定でいた女性・・・、春さんは今でも独り身のまま三郎さんの亡骸すら埋まっていない墓を参っています。人を殺すような人ではなかった、と言っていました」
陽炎 「調べ直したところで帰って来やしないわよ」
蓮太郎「あなたは自分の為に犠牲を出し過ぎです」
椿  「憎かったとして、自分の手で殺すなんて馬鹿よ」
陽炎 「椿・・・?」
椿  「機転の早さはあるけど忍耐が足りないんじゃない?」
陽炎 「・・・っ? まさか・・・。加賀の切腹・・・」
椿  「蓮太郎、帰ろう? あ、もみじ屋は着いて来てね」

 

 

 

 

陽炎 「ねぇ、出て来なさいよ。隠れて聞いてるなんて趣味悪い」
冬馬 「判る程度に隠れてたからな、見付かって当然なんだが。女にしちゃ随分周囲に注意払うんだな」
陽炎 「さっきの話聞いてたなら判るでしょう? 呑気に何も気にしないで歩ける性分じゃないのよ」
冬馬 「親殺し、火付け、他に何人殺した?」
陽炎 「さぁ? 直接手を下したのは両親だけよ」
冬馬 「人を雇ったか、もしくは死なざるを得ない程に追い込んだか」
陽炎 「追い込まれた程度で死ぬ人間は、あたしが何かしなくたっていずれ死ぬわ」
冬馬 「同朋の氷雨花魁の様に・・・、か」
陽炎 「そうね、そんなの椿だって言ってた事でしょう?」
冬馬 「椿がどう言ってたかは知らねぇよ。その場にいた訳じゃねぇんだからよ」
陽炎 「あら、そうなの。隼人と同じ匂いがするから、忍んで見てたのかと思ったわ」
冬馬 「隼人・・・?」
陽炎 「伊賀者よ、知り合いじゃないの?」
冬馬 「伊賀者? どんな奴だ。どこで知り合った、どういう関係だ」
陽炎 「知らないのね。でも、食付いたわね。女郎からただで情報を引き出せると思っているの?」
冬馬 「悪いが俺は金持ってねぇぞ」
陽炎 「あらそ。別にもうお金なんて要らないけどね」
冬馬 「金が要らないとは、豪傑な女だな」
陽炎 「三途の川を渡る時に奪衣婆(だつえば)と懸衣翁(けんえおう)に払う六文銭があれば十分でしょう?」
冬馬 「へぇ・・・、足掻く事は諦めたか」
陽炎 「蓮太郎さんに言われたもの、王手だと。あなた役人でしょう?」
冬馬 「判ってたのか」
陽炎 「一般人の証言なんて証拠にならないでしょう? 役人の誰かが聞いていないと有力な証拠としてお縄には出来ない。あたしが五色屋(ごしきや)の香代だというのは間違いないわよ」
冬馬 「罪のない女なら逃がしてやったんだがな」
陽炎 「逃がす? 罪のない女は逃げる必要もないでしょう?」
冬馬 「若山からだよ」
陽炎 「・・・、なに? お金払えば足抜けの手伝いしてくれる商売人がいるって・・・、あんたの事なの?」
冬馬 「あぁ」
陽炎 「ふぅん? ねぇ、そのこと私が番所に言ったらあなたどうなるの?」
冬馬 「証拠がないから却下」
陽炎 「まぁ、そうよね。ていうか、いくらで足抜けさせてくれるの?」
冬馬 「十両だ」
陽炎 「随分吹っかけるのね」
冬馬 「こっちも命懸けなんでね、善意とは言え実入りがないとやっていけない」
陽炎 「そう・・・、別にお金を出し渋る訳じゃないけど、隼人っていう伊賀者の正体と十両はどっちが重い?」
冬馬 「駆け引きか。足抜けしてどこに逃げる」
陽炎 「聞いてみただけよ。余程知りたいのね、隼人の事」
冬馬 「当たり前だ」
陽炎 「この後足抜けして役人や遊郭から逃げられるとは思ってないから必要ないのよね」
冬馬 「追われる理由があり過ぎるか。確かに遊郭ひとつなら切り抜ける手段くらい持っていそうだな」
陽炎 「でも、あなたも蓮太郎さんも私を罪と咎から救う気はないでしょう?」
冬馬 「一応、同心なんでな」
陽炎 「あなた、名前なんて言うの?」
冬馬 「冬馬だ」
陽炎 「・・・あぁ、そういう事。そうか、そういう関係ね」
冬馬 「随分納得が早いんだな」
陽炎 「尾張藩町方隠密同心の仲間、か・・・。結束も強い筈よね」
冬馬 「ただ同じ見世で働いてたってだけじゃここまでしてやれねぇよ」
陽炎 「同心の影に隠れた隠密同心。上手い事隠すものね」
冬馬 「詳しいな。奉行所に上げる前に始末しておくべきかと考えるくらいには危険な女だ」
陽炎 「蓮太郎さんの事調べてたもの。どうにかして殺そうと思ってたから」
冬馬 「女郎如きじゃ蓮太郎は殺せねぇよ」
陽炎 「そうみたい。ねぇ、あなたが今から証拠をもって番所に帰って、あたしに縄が掛けられるのはどれくらい?」
冬馬 「早くても七日は掛かる。どうする、その間に逃げるか?」
陽炎 「ううん? 逃げたりはしない。自分の生き様に向き合う時間が欲しかっただけ。七日あれば十分よ」
冬馬 「じゃあ、余計な事をせずに沙汰を待つんだな」
陽炎 「余計な事をするかしないかはあたしの自由よ。じゃあね」

 

 

 

 

牡丹 「内証に呼び出されるなん、わっちはそんな問題児になった覚えはありんせんよ。お母さん」
女将 「あはは、内証呼び出しは、椿の十八番だもんねぇ」
牡丹 「怒られる事、でござんすか?」
女将 「いや? なんだい? 年季明け間近の25にもなって禿や新造でもあるまいに。そんなビクついて」
牡丹 「悪さはしておりんせんが、やっぱりここに呼び出されるのは怖いんでありんすよ」
女将 「そういうもんかね? まぁいい、襖を閉めな」
牡丹 「あい」
女将 「あんたをここに呼び出したのはいつ以来だっけねぇ?」
牡丹 「去年・・・、斎藤のお殿様の身請け話の時以来でござんす」
女将 「そういや、そうだったね」
牡丹 「あの時は、楼主(おやかた)が亡くなってすぐだったんで、お母さんも言葉がきつくて、正直に言うと泣きたいくらいには怖かったんでありんすよ」
女将 「怖がってた割には、自分の意思は曲げなかったじゃないか。頑固過ぎて殴り飛ばしたかったよ」
牡丹 「斎藤の殿様は、あれ以来文を送るんも憚られて音沙汰もなくなったと聞いておりんすが、どうなったのでありんしょうか?」
女将 「殿さんは、あんたに惚れてるよ」
牡丹 「遊女に惚れるなん、冗談でもありんせんよ」
女将 「粋人と言われようが、冗談で五千両を積むと思うかい?」
牡丹 「ごせ・・・っ!」
女将 「あたしもあの時は金の力に屈したと思われたくないから、金額は言わなかったけどね」
牡丹 「・・・説得が、延々と続いた訳がようやく判りんした」
女将 「あんたがもし、考え直した時は連絡をくれと言われているさ。本気かどうかは判らないし、一度断った縁談を復活させられると思わないから保留のままさ」
牡丹 「では、殿様は見世替えもなさってはおらんという事でありんすか」
女将 「若山に来たという話も聞かないね。辛いんだろうよ、お前の道中を眺めるのも」
牡丹 「本気で・・・、愚かなお人でありんすな」
女将 「お前に入れあげてる男は斎藤の殿さんだけじゃないさ」
牡丹 「それがわっちらの仕事でありんすからな」
女将 「お前は成功してるし、このまま年季明けまでお職は貫いて貰うさ」
牡丹 「角名賀は・・・、十六夜もおりんした。わっちもそろそろ肩の荷を下ろしたいと願ってはなりんせんか?」
女将 「遅かれ早かれそういう話を切り出されると思ってたから、しっかり話をしておきたいと思ってね」
牡丹 「華屋の看板を抱えるのが嫌だという訳ではありんせん。けんど、いつまででも年増をお職に座らせていると、華屋の評判にも関わるのではないか、と思っておりんす」
女将 「年始の道中は、まだ見応えがあったと思うけどね」
牡丹 「椿は、昨今十九とは思えないほどの実力を付けて来ておりんす。・・・、その」
女将 「恐ろしい程に、かい?」
牡丹 「椿のあの気性の荒さはやはりお職を張るんに問題がありんしょうか?」
女将 「いや? あれはあれで見世の風潮を椿に従わせればいい話さ。しみったれた客は身を持ち崩す。身ぐるみ剥がれてお歯黒溝で凍えたくなきゃ、中途半端な心で華屋に登楼るべからず、とね」
牡丹 「文字通り身ぐるみ剥がれんすからな」
女将 「人死にを出すのは堪忍してくれと言ったが、さじ加減を学ぶ積もりはないみたいだね」
牡丹 「それで、いいんでありんすか?」
女将 「多少は手加減をして欲しいもんだが、あたしも娑婆の男は嫌いだからねぇ。心からの庇い立てが出来ないんだよね」
牡丹 「お母さん・・・」
女将 「だから、お前が椿の後始末をして欲しいと思ってね」
牡丹 「年季明けまではそれも当然でありんすよ? けんど、その先は・・・」
女将 「年季明け、お前は大門をくぐってどこに行く?」
牡丹 「・・・、随分嫌な事を聞きんすな」
女将 「身請けを全部断って、お前は一体どうするんだい? 間夫もいない。郷に帰るのかい?」
牡丹 「わっちの郷は・・・、どこに行けば辿り着けんすか?」
女将 「攫われて売られたあんたは自分の郷がどこにあるかも判らないんだろう? どうするんだい」
牡丹 「郷に帰っても待ち人なんおりんせんもんを、わざわざ探して帰る事もしんせんよ」
女将 「それなら?」
牡丹 「寺院にでも行こうかと思っておりんす」
女将 「尼さんになるってのかい?」
牡丹 「遊郭で得た知識を使って寺子屋で学問を教えられたら、と」
女将 「まぁ、無理だろうね」
牡丹 「まんだ、1年ありんす。その間にきっちり考えんす。身請けだけは断りんす」
女将 「あたしが言っているのはね、大門をくぐらずにそのまま華屋に番頭として残りな、と言っているんだよ」
牡丹 「え」
女将 「身寄りがないのに、外の世界だけを夢見て大門を出たっていい事なんてありゃしない。どれだけ高位の花魁だったとしても、お前は女郎だ。侮蔑の対象さ、受け入れてくれるところなんてありゃしない。ましてやあんた、廓言葉以外に話せないだろう?」
牡丹 「淡墨と同じように、でありんすか?」
女将 「番頭、内芸、淡墨はお職を降りてからも相当稼いでいるよ。それだけの学識と才能があったんだろう」
牡丹 「わっちに・・・、勤まりんしょうか?」
女将 「華屋じゃなくてもいいかい?」
牡丹 「華屋以外で・・・? どこの? 内芸なんて雇える見世なんそうそうありんせん」
女将 「角名賀さ」
牡丹 「え・・・、と、言っている意味が判りんせん。なんでわっちに話しんした? 十六夜でなく?」
女将 「角名賀は近い内になくなるだろう。その跡地がどうなるか判らないが、お前くらい成功した女でなきゃ任せられないんだ」
牡丹 「角名賀が、なくなる? どうして」
女将 「角名賀の楼主(ろうしゅ)のクズさは概ね聞いてるだろう。十六夜とあんたは仲が良い」
牡丹 「それは・・・、聞いておりんすが」
女将 「先月の払いの時に聞いたろう? 角名賀の支払いが悪いと」
牡丹 「そんな筈がないと言いんした」
女将 「椿もそう言っていたね。それに仕出しや問屋の内情にも詳しい蓮太郎も同じ事を言っていたんで調べたのさ」
牡丹 「調べて、どうなりんしたか?」
女将 「角名賀は長年に渡って稼ぎを誤魔化してた。ない所からは取り立てられないと、報告の上免除して貰っていたが全部楼主(ろうしゅ)の使い込みとへそくりになっているんだろう」
牡丹 「そんな事がまかり通るんでありんすか?」
女将 「通らないから露見した以上、処罰の対象にされる事が明確なんだ」
牡丹 「露見・・・。そんなに長く隠し通して来たものが簡単に露見したんでござんすか?」
女将 「十六夜がね、角名賀の将来を心配してあたしに相談に来たのさ。楼主(ろうしゅ)の裏帳簿を持って」
牡丹 「十六夜が・・・。保身の為とはいえ楼主(ろうしゅ)とそういう関係だったとは聞いておりんす」
女将 「今も続いているかどうかは判らないけどね」
牡丹 「それで、はっきりと罪が露見したと」
女将 「はっきりではないさ。知らぬ存ぜぬを通す積もりだからね」
牡丹 「・・・?」
女将 「なんだい? 眉間にしわを寄せて。珍しいねあんたがそんな顔するなんて」    
牡丹 「十六夜は?」
女将 「ん? 十六夜が、どうしたのさ」
牡丹 「そんな大切な帳簿を盗み出して、角名賀を失墜させるかもしれん様な真似して、平気なんでありんすか?」
女将 「凪に人が殺せるもんかい」
牡丹 「角名賀に行きんす!」
女将 「牡丹!!」
牡丹 「窮地に立たされた人間が何をしでかすかなん判りんせん! ただでさえ立場が窮して十六夜は心労で儚くなりそうな状況でありんすに!!」
女将 「心労? 十六夜はあたしにそんな事一言も!」
牡丹 「恥ずかしいと思っている事なん話せやせん!」
女将 「待ちな! 牡丹、あたしも行くよ!」

 

凪  「おぅ、十六夜、ちょいと邪魔するぜ」
十六夜「楼主(おやかた)・・・。わっちはこれから夜見世の支度をせんとなりんせんのに」
凪  「あぁ? 支度なんざどうでもいい」
十六夜「なんでありんしょう? ロクでもない事くらいしか判りんせん」
凪  「そうあからさまに嫌そうな顔すんなや」
十六夜「楼主(おやかた)との関係が終わった以上わざわざ部屋を訪ねてくる訳が判りんせん」
凪  「本当に判らねぇのかい」
十六夜「・・・。判りんせんよ? それとも、心当たりがありんすか?」
凪  「おぉ? お前、誰からそんな入れ知恵されやがった? そんなに賢い性質(たち)じゃねぇだろう?」
十六夜「入れ知恵?」
凪  「俺自身に心当たりがあるかどうかなんて聞きやがって、自白でもさせようってのか」
十六夜「それもいいでありんすな。言われるまで気付かんかった」
凪  「なんだお前ぇ・・・?」
十六夜「楼主(おやかた)こそ、先日の内証改めの時お取調べの方々に対して、だんまりを決め込むなんて陽炎の口添えがなければ気付きもせんかったでありんしょう?」
凪  「俺を馬鹿にしてるのか、お前」
十六夜「勘違いさせたなら申し訳ありんせん? 人を馬鹿に出来る程賢い性質(たち)ではありんせんので」
凪  「随分、煽って来るじゃねぇか。あぁ?」
十六夜「わっちはね、楼主(おやかた)。守りたいと思っておりんしたよ」
凪  「ああ?」
十六夜「世話になったこの角名賀をせめて己の代でだけでもきちんと責任を果たして、大門から気持ちよく出て行きたいと考えておりんした」
凪  「そう思いながら、お前ぇ、何したか判ってんのか」
十六夜「守りたいとわっちが思っていても楼主(おやかた)が守られようとせんならきちっと片を付ける以外の方法がありんすか?」
凪  「何偉そうな事言ってんだ?」
十六夜「お職を務めた見世へのせめても礼の積もりでありんした」
凪  「はっ! お職とは言ってもただの女郎だ、見世を守るだの大層な事抜かしやがって」
十六夜「そうやってまた、人を軽んじる」
凪  「違うってのか? お前ぇが出来るのなんざ客に股開く事だけだろうが」
十六夜「女将さんをただの酔っ払い、遣り手を耄碌したボケ婆、番頭を役立たず、女郎を下賤と周囲全てを侮辱する」
凪  「本当の事だろが。どう取り繕ったって変わりゃしねぇ」
十六夜「人を蔑めば己に返りんすよ」
凪  「説教垂れやがって、うるせえ妓(おんな)だな!」
十六夜「陽炎がどこまで証拠を手に入れているか、どんな裏を取っているか探りもせん」
凪  「陽炎に探り入れてどうするんだよ」
十六夜「角名賀の実権を取られても知りんせんよ」
凪  「陽炎にそんな事する理由もねぇわな?」
十六夜「女郎は、使い捨てにされないよう命掛けて己を守る術を身に着けんす! 切局の女郎でもあるまいしきちっと教育を受けた花魁を馬鹿にすれば足元を掬われんす! わっちは楼主(おやかた)にそう忠告しんしたぇ?!」
凪  「女の出来る事なんざ限られてんだよ。陽炎を偉く評価してるようだが調べてどうするってんでぇ。所詮門の外に出られやしねぇ女郎が、何をするって? お前みたいにあっちもこっちも心配してたんじゃ身が持たねぇよ!」
十六夜「楼主(おやかた)は・・・、つくづく愚かな男でありんす。どうせ、裏帳簿を持って出た可能性があるのはわっちと陽炎に言われたんでありんしょう?」
凪  「おおよ、そういうって事は間違いねぇんだろうが!」
十六夜「陽炎が言った情報を全く疑う事もしないでわっちの所に来る、短慮に花が咲いておりんす」
凪  「じゃあ違うってのかい」
十六夜「違いんす」
凪  「そうか」
十六夜「・・・用が済んだなら出て行ってくんなんし」
凪  「通用すると思ってんのか!」
十六夜「思っとりゃあせんよ。逆に聞きんすが、楼主(おやかた)は何を以ってわっちを疑っておりんす。陽炎の密告のみだというなら今すぐ部屋から出て行ってくんなんし!」
凪  「やかましい! 高飛車な態度で居直りやがって! いつまでてっぺんの積もりだ」
十六夜「残りの年季・・・、穏やかに暮らしたいとは、叶わん願いじゃったな・・・」
凪  「穏やかに暮らしたいならなんで裏帳簿を持ち出した! お前ぇのやってるこた支離滅裂だろうが!」
十六夜「既に追い詰められておりんしたに! いつまで知らぬ存ぜぬが通用すると思っておりなんすか!」
凪  「馬鹿が! 通用するんだよ! 奉行所の法律一つ知らねぇ女郎が妙な画策してんじゃねぇや!」
十六夜「もし・・・、お上が許したとして・・・、神仏までもが赦すとは思えんせん!」
凪  「ふははっ! 何の呪いをかける積もりだ? 忘八の俺に。八つの徳なんざお歯黒溝の底に沈んでらぁ」
十六夜「見下げ果てた男でありんすな」
凪  「俺を見下げ果てた男だというが、お前はそれでも俺に足を開いた。説得力ねぇよ」
十六夜「それとこれとは別の問題でありんす」
凪  「別か? 本当に別か?」
十六夜「本当に何の用があって部屋に来なんした」
凪  「六年前か・・・」
十六夜「・・・っ」
凪  「お前が間夫に狂って仕事に支障きたして、なぁ・・・、十六夜」
十六夜「今更、そんな古い話を、何故・・・」
凪  「そいつは拷問の末舌噛んであっけなく死にやがったが、間夫を殺したこの手でお前を犯したのを覚えているか」
十六夜「もう・・・、忘れんした」
凪  「お前、乱れて俺に掻き付いてひぃひぃ喘いでたよな? ん?」
十六夜「過去の話でありんす!」
凪  「俺はよ、そん時ゃお前が錯乱してただけだと思ってたが、違うらしいな?」
十六夜「・・・、それも、陽炎に聞きんしたか!」
凪  「おうよ・・・。お前は野放しにするべきじゃねぇ、お職から降りたんなら、とっとと闇に葬るのが得策だとな」
十六夜「は・・・っ、何の事はない。殺しに来たんでありんすか」
凪  「なんで俺が一女郎の為に手を汚さにゃならんのよ」
十六夜「夜見世の支度は要らんと・・・、そういう事でありんしたか」
凪  「ふーーーーー・・・(煙管吸って吐く)」
十六夜「わっちをどうする積もりでありんすか」
凪  「今、この事態でもお前の玉門(ぼぼ)は期待してんのか? あ?」
十六夜「もう、晒す恥は晒しんした。どうとでも好きにしなんし」
凪  「おう、好きにさせて貰うさ!」
十六夜「きゃ・・・っ!」
凪  「おぼこい新造みたいな悲鳴あげてんじゃねぇや」
十六夜「着物の裾をめくりあげて、何する積もりでありんすか。もう楼主(おやかた)と交合うなんごめんでありんす!」
凪  「馬鹿野郎・・・、俺だってごめんだ」
十六夜「・・・じゃあ・・・?」
凪  「お前ぇの玉門(ぼぼ)に火かき棒突っ込んで焼いてやるよ!」
十六夜「・・・ひっ!」
凪  「色狂いの腐れ玉門(ぼぼ)に未練もあるまいが」
十六夜「や・・・っ!」
凪  「焼切っちまえば、もう狂う事もないだろう? あ? 感謝しろよ。十六夜」
十六夜「や・・・、嫌・・・、嫌ぁあぁあ! あぁあぁあぁあ!!! やめてぇえぇえぇえ!!! あぅ!!」
凪  「さすがに火かき棒じゃ突っ込んでも悦びゃしねぇか、ははっ、ざまぁねえな」
十六夜「ぅあ・・・、あ、ぁ・・・」
牡丹 「十六夜!! 何をしておりんすか!!」
凪  「なんだ?」
牡丹 「・・・っ?! 火かき棒を・・・、な・・・、角名賀の・・・、楼主(ろうしゅ)・・・」
凪  「誰かと思えば、牡丹花魁じゃねぇか・・・。こりゃ堪らねぇ色気を持ってやがるぜ、へへっ」
女将 「うちの牡丹に気安く触んじゃないよ、下衆野郎。触れたきゃ千両箱持ってきな!」
牡丹 「十六夜・・・っ!」
十六夜「ぅ・・・、あ・・・、あ」
女将 「女郎の玉門(ぼぼ)に! 火かき棒を突っ込むなんざどこまで腐ってんだ!」
牡丹 「抜きんすよ」
十六夜「ぁああああああああ!!」
牡丹 「ひ・・・っ! なんで! ・・・血が・・・っ?!」
女将 「・・・、焼けた火かき棒に肉が絡みついたんだ・・・。医者を呼ばないと大事になるね。牡丹、ウチの若衆呼んで、十六夜を華屋の奥座敷に連れて行きな!」
凪  「おいおい、人の見世の女郎を勝手に連れてくなんざ聞いたこたねぇよ。そいつは元お職だぜ?」
女将 「あんたって男は・・・!!」
凪  「生かすも殺すも楼主(ろうしゅ)次第なんだよ! 勝手するってなら相応のもん置いて行きやがれ!」
牡丹 「腐れ・・・、外道!」
凪  「それとも、お前が十六夜の代わりにウチで働くか? ああん?」
牡丹 「おんしみたいな腐れ外道の元で働くくらいなら切見世に行った方がマシでありんす!」
凪  「こりゃあ酷でぇ言われようだ。大見世と切局比べるまでもねぇもんをよ、傑作だ、ふははっ!」
女将 「・・・っ、幕府の狗と罵られたってね! 結局処断する権利なんざ持たない! 自分の不甲斐なさを恨むよ! 牡丹、ウチの若衆連れてきな! そんで、ついでに番頭に言って千両箱持ってきな!」
牡丹 「え・・・」
女将 「早くしな!」
牡丹 「あ・・・、あい」
凪  「はっはぁ! 棚から何とやらだ! 千両とはデカい買いもんじゃねぇか」
女将 「あんたがどういう経緯で十六夜にこんな暴挙を働いたか判るからだよ! もっと早くに気付いてりゃこの子にこんな傷を負わせることもなかった!」
凪  「見世を守るのも、同じ女だと気持ちが判るってか、へっ、苦労するな。ざまぁみろ」
女将 「あたしはね、どんな男も大抵は嫌いだけどね。アンタほど嫌悪したのは初めてさ。赦さないよ」
凪  「期せずして千両の儲けだ。恨み位屁のつっぱりでぇ」
女将 「あんたが散らそうとした命の値段だ。安くないよ、覚悟しな」

 

牡丹 「お母さん・・・」
女将 「椿の伝手で司波先生を呼んで貰ったよ。丁度、若山に来てたらしくてね・・・。すぐに来て看てくれたよ」
牡丹 「それで・・・」
女将 「火かき棒の熱で溶けて絡み付いた肉が引きずり出されたんだ・・・。言わなくても判るだろ」
牡丹 「わっちが・・・、わっちが・・・、引き抜いたから!」
女将 「あのまま放置する訳には行かなかったんだよ。お前のせいじゃない」
牡丹 「けんど!!」
女将 「司波先生が言うには、例えその時点で酷い様に見えても抜かなければ、肉はもっと火かき棒に絡み付いて手の施し様がなくなってたそうだ。あんたの判断は間違っちゃいなかった」
牡丹 「今が、酷くない訳じゃありんせん」
女将 「後悔したって傷が治る訳じゃない」
牡丹 「治らないのでありんすか・・・?
女将 「もう、客を取る事は出来ないだろう、と」
牡丹 「・・・っ」
女将 「それにね、例え取れたとしてこんな恐ろしい思いをした後にまともに仕事ができると思うかい?」
牡丹 「そんじゃあ・・・、働けないとしたら、お母さんが払った千両は?!」
女将 「ああ、ドブネズミにくれてやったさ。甘いね、あたしも・・・、見ちゃいられなかったんだよ」
牡丹 「大丈夫・・・、なんでありんすか?」
女将 「月初めだからね・・・。月末までには何とかするさ」
牡丹 「・・・わっちに、なんとか出来る金じゃありんせん」
女将 「個人に何とかできる金じゃないのは判ってるさ。それに、十六夜を買ったのはアタシだよ」
牡丹 「それは、そうでありんすが」
女将 「金の事はいい、何とかなる。どうにもならないのは十六夜だ」
牡丹 「お母さん・・・、あの・・・」
女将 「看病・・・、したいならすればいい」
牡丹 「看病は・・・、したいけんど、どうしていいか判りんせん」
女将 「場所が場所だからね・・・。厠に行くのも辛いだろう、と言っていたよ」
牡丹 「・・・ぁ」
女将 「司波先生は念の為に火傷用の軟膏を処方してはくれたが、爛れは治せない、と言っていた」
牡丹 「それが手一杯だったという事でありんすか?」
女将 「傷が化膿して熱が出るだろうと・・・」
牡丹 「それは、そうでありんしょうな」
女将 「余り高い熱が出た場合、頭に異常が出て命の保証は出来ない、と」
牡丹 「そんな・・・!」
女将 「今夜が峠、だと」
牡丹 「見上がりをさせてくんなんし」
女将 「同情で金は稼げないよ」
牡丹 「判っておりんす!」
女将 「あたしは、凪にやった金の後始末をしなきゃならない。後はあんたの好きにしな」

 

十六夜「ん・・・、」
牡丹 「十六夜、気が付きんしたか?」
十六夜「ぼ・・・、たん・・・、あっ!」
牡丹 「動いてはならん。傷が、爛れているのじゃ。熱も高い」
十六夜「牡丹、おんし・・・、仕事は」
牡丹 「・・・、休みんした。けんど見上がり1日くらいどうってことありんせん、大丈夫でありんす」
十六夜「わっちの事は・・・、もう、放っておきなんし・・・。どうせ助からん・・・」
牡丹 「そんな事ありんせん、きっと治りんす」
十六夜「相変わらず、優しいのじゃな・・・。こんな死にぞこないの年増に」
牡丹 「己をそんな風に言いんすな」
十六夜「無償の情を貰っておきながらわっちには恩を返す方法がない」
牡丹 「くす・・・っ、そうでありんすな・・・。何か返して貰わねば割に合わん」
十六夜「・・・っ」
牡丹 「返してくれるというなら今を生き抜いて、体を治して夕餉でも奢ってくんなんし」
十六夜「牡丹・・・」
牡丹 「ようやく同じ見世の同朋となれたのでありんす。傷が治ったら共に見世を盛り立てて行きんしょう?」
十六夜「それは・・・叶わぬ」
牡丹 「長年、友として切磋琢磨しながら生きて、夕餉を共にした事がありんせん。十六夜、おんしと酒を酌み交わして飯を食った事も、飲み比べてどちらが酒に強いかを競った事もありんせん。共に相伴しんしょう?酒も飯も全部全部十六夜の奢りじゃ。それくらい良いでありんすな?」
十六夜「済まぬ・・・、済まぬ・・・っ!牡丹!」
牡丹 「よもやそれしき返せぬというのではありんせんな?」
十六夜「金を・・・」
牡丹 「金・・・?」
十六夜「わっちの部屋がまだ荒らされていないのなら、座敷の床の間に飾ってある花器の下の文箱に・・・、多分三百両ほどはありんす・・・。それを」
牡丹 「恩義を金で片付けるといいなんすか?」
十六夜「もう・・・、起き上がって・・・、座敷になど、座れぬ・・・」
牡丹 「何をそんな弱気な」
十六夜「体の芯が燃えるように熱い・・・。朦朧として牡丹の声が聞こえるが・・・、はっきりと見えん・・・」
牡丹 「あぁ、わっちとした事が、手拭を変えるのを忘れておりんした。待ってくんなんし」
十六夜「痛みは、ないのじゃ・・・」
牡丹 「もうすぐ治る証でありんす」
十六夜「息が・・・、上手く出来ん」
牡丹 「大丈夫でありんす。もう少し寝たらきっと楽になりんす」
十六夜「・・・、そうじゃな、もう一度眠ればきっと楽になれる。この呪われた身体ともおさらばじゃ」
牡丹 「十六夜」
十六夜「きっと罰が当たったのじゃな・・・。己の玉門(ぼぼ)を抉り取ってしまいたいなどというから・・・。言霊を神仏が聞いたのじゃ」
牡丹 「・・・そんな、罰を受ける何の理由がありんすか」
十六夜「醜く男に狂いながら生き、己の身体を持て余して十年・・・。やっと解放して貰えんすな」
牡丹 「何の為に苦界を生きたのでありんすか! 苦界を生きる事十年、ようやく己の為に生きられるというのにそれを手放すなん愚かな事をいいしゃんすな」
十六夜「牡丹の様な百華の王に看取られるわっちは果報者じゃの・・・」
牡丹 「嫌じゃ!看取ったりなどせん!十六夜はまんだ死んではならん」
十六夜「・・・、済まぬ・・・、牡丹」
牡丹 「決して、許しんせん」
十六夜「牡丹と共に切磋琢磨して遊郭を生き、共に道中を沸かせた日々を、わっちは誇りに思いんす・・・」
牡丹 「もう一度道中を!十六夜と揃い踏みしたい!ねえ、十六夜!」
十六夜「八文字は・・・、わっちの方がきれいでありんしたよ・・・」
牡丹 「そんなの、今度また揃い踏みをせねば判らん」
十六夜「苦しい・・・。牡丹・・・。もう、終わらせたい・・・、最後に牡丹の声が聞けるのが嬉しい。このまま終わらせてほしい・・・、わっちの命を、受け取ってはくれんか・・・?」
牡丹 「・・・っ」
十六夜「どうせ助からぬ命、何の足しにもならぬけんど」
牡丹 「そんな事ありんせん・・・。そんなら、わっちが貰いんす。十六夜の分もわっちが生きんすよ」
十六夜「ほんに、最後まで、我儘をきいてくれるんじゃな」
牡丹 「薬を、飲めんすか? 十六夜」
十六夜「判らぬ。口に入れてくりゃれ」
牡丹 「丸薬を二粒・・・、これを飲んだらきっと楽に・・・、なれんす」
十六夜「・・・ん。ん、っく・・・」
牡丹 「水を・・・。飲んで」
十六夜「なぁ、牡丹・・・。来世は共に生まれ変わりたいものじゃな・・・。遊郭などではなく、男女のしがらみのない所で」
牡丹 「そうでありんすね・・・。野山で駆け回って十六夜と遊びたい」
十六夜「呼子のお囃子が・・、聞こえる・・・」
牡丹 「女郎は・・・。もう、懲り懲りじゃな・・・、十六夜」
十六夜「ぼ・・・、た、ん。お先に・・・、参りん・・・、す」
牡丹 「十六夜の分まで生きたらわっちも参りんす。きっと、彼岸でまっててくんなんし」
十六夜「・・・」
牡丹 「・・・っ、ふ・・・、うぅ・・・、十六夜! 十六夜ぃ・・・!!! ああぁああぁああ!!!」

 

 

 

 

凪  「ふははは、見ろよ陽炎、千両だぜ、千両・・・。ああ、堪んねえなこの手触り。十両やるよ、ほら」
陽炎 「興味ない」
凪  「なんでえ、仏頂面しやがって。十両じゃ不服か?そんじゃほら二十両か?三十両か。持ってけ」
陽炎 「本当に、どうしようもないクズね」
凪  「馬鹿かお前、世の中回してんのは人間じゃねえ、金だ。金を手にした奴の勝ちだ。事実お前だって金と権力欲しさに俺に股開いたんだろうが」
陽炎 「頭の悪い男、嫌いだわ」
凪  「何言ってんだ、邪魔で嫌いな十六夜を不能にしてやっただろ?」
陽炎 「あたし、いつ十六夜姐さんが嫌いだなんて言った? 邪魔? とんでもない勘違いね。思慮の浅い馬鹿はこれだから使えない」
凪  「俺を使う、だと? 股開いた位で俺を籠絡できると思ったか」
陽炎 「なあに? あたしが籠絡したいから咥えたと思ってるの? 嫌ね、楼主(おやかた)に利用価値なんてあるもんか」
凪  「なんだってえ?!」
陽炎 「最初から楼主(おやかた)の力なんて要らないし当てにもしてない」
凪  「じゃお前ぇ何の為に俺と寝やがった」
陽炎 「見られたくないもの、見て欲しくないものがあるからよ」
凪  「は?」
陽炎 「あたしの体、良かったでしょう? 下衆な男の為じゃない、柔らかな女の為に磨き上げたの。だからね、意識は普通の女郎より高いわ。夢中になってたよね? 楼主(おやかた)。あたしで気を遣った後は朦朧として思考力も落ちて何も考えられない程には」
凪  「何が言いたい! お前の言うことは昔からさっぱり判らねえよ!」
陽炎 「秘密を守る最も有効な手段はね、敵に興味を持たせない事よ」
凪  「お前ぇの秘密なんぞに興味なんかねぇよ」
陽炎 「楼主(おやかた)は何も知らされないで、何も判らないまま死ねばいい」
凪  「死ね、だと? てめえ誰に向かって口きいてやがる」
陽炎 「十六夜姐さんに何て事をしたのよ?」
凪  「は・・・? お前が! 裏帳簿を持ち出したのは十六夜だと言ったんだろうが!」
陽炎 「ええそう。でもね、せいぜい納戸に閉じ込めるか、やっても鞭打ち位だと思ってたわ。楼主(おやかた)があんな事するなんて思わなかったあたしの失態」
凪  「っていうか、さっきから何やってんだ? 火鉢にかじりついて炭焚きやがって、そこまで寒くねぇだろう」
陽炎 「ああ、これは気にしないで。元々ね、あたし楼主(おやかた)の事は好きじゃなかった」
凪  「お前ぇに嫌われたくらいどってことねぇや。客と俺に股開いてりゃそれでいいんだよ」
陽炎 「嫌よ」
凪  「あぁん? 嫌ってお前どういうこった」
陽炎 「そのままよ、楼主(おやかた)の魔羅を見るのも客の魔羅を咥えるのももう嫌」
凪  「賢いお前の言葉だとは思えねえな」
陽炎 「あたしの事賢いなんて思ってたのね、知らなかった。でも、頭の悪い人に賢いって言われても大して嬉しくないものね」
凪  「今日は自棄に突っかかるじゃねえか。虫の居所でも悪いか」
陽炎 「虫の居所が悪くて八つ当たりなんてしないわ。楼主(おやかた)の機嫌を取る必要がなくなったからこれでもせいせいしてるのよ。
燻ってる怒りはあるけど気分はとても晴れやか」
凪  「本当に訳判らねえやつだな。魔羅嫌いが女郎とは皮肉なもんだ。お前、華屋の椿に入れ込んでるって? 女を嗅ぎ分ける鼻も男並みってか。あの美貌で昼は天女、夜は淫売。あどけなさとつれなさで最高の技芸と玉門(ぼぼ)を持ってるとありゃ一度魔羅の挿れ具合を確かめてみてえもんだが、敵は華屋。機会がなきゃ作るか? 千両もあるんだ一発くらいどうにか出来るってなもんだ。まぁ、どうだ。こいつで人雇って椿さらってきたらお前もやらせてやるよ。なぁ陽炎、悪い取引じゃねえだろ。お前も椿を犯したいんだろ? 素直に従う訳ねえが、小柄な女だ抑えこんじまえばどうとでもな・・・、がぁっ!!」
陽炎 「誰に、何言ってるのか判ってるの?」
凪  「楼主(ろうしゅ)蹴り飛ばしやがって! お前ぇ、ぎゃ・・・っ!」
陽炎 「椿を犯す、ですって? その汚い魔羅で椿を凌辱する積もりなの?」
凪  「くそ汚ねぇってなら、お前だって椿だって変わるもんけぇ! 男咥え続けて汚れて穢れた玉門(ぼぼ)で潔癖ぶってるんじゃねえよ」
陽炎 「あたしを罵倒するくらい好きにすればいいわ。馬鹿な楼主(おやかた)に罵倒されたくらいどうって事ないもの。でもね、あんたみたいな肥溜めに溺れたクズが椿の名前を口にしないで」
凪  「へへっ、お前、まさか椿に入れあげてるって、惚れてるなんざ言わねぇよな?」
陽炎 「欲にまみれたあんたにあたしの気持ちを教えてあげる謂れはないわ」
凪  「淫売が心の話なんざすんなよ。嘘っぱちにしか聞こえねえよ」
陽炎 「嘘っていうのは客に対して有効に使うものよ。嘘だらけのこの町でたった一つ見付けた真の心をあんたが穢さないでよ!」
凪  「へ・・・、必死じゃねえか。椿が大事か。いいこと聞かせて貰った」
陽炎 「何を喜んでるのか知らないけど、楼主(おやかた)はもうここで死ぬのよ?」
凪  「俺を殺すか? 奉行所に知られたらお前は死罪確定だ。雇い主を殺すなんざ重罪だからな」
陽炎 「自分が死んだ後のあたしの処断なんかどうでもいいでしょ? それにもう、今更なの」
凪  「足どけろよ。人の魔羅いつまで踏んづけてやがんだ・・・、がぁ!」
陽炎 「あら、ごめんなさい、魔羅だったのね。気付かなかったわ」
凪  「この・・・、ぎゃっ! くそが!」
陽炎 「ふんどし、邪魔ね。取るわよ」
凪  「何しやがんだ!」
陽炎 「死んで躯(むくろ)を晒す者に敬意が払われるのは、生前の生き様よ。あんたは誰より惨めに殺してあげる」
凪  「は・・・? なんだ、それ・・・? 七輪で転がしてたのは、それは・・・」
陽炎 「焼き鏝(ごて)よ。奉行所で自白を取る為に使われる拷問道具」
凪  「そ、そんな、もの、持ち出して」
陽炎 「十六夜姐さんの命がたった千両なんてね」
凪  「や 、やめろ、陽炎」
陽炎 「先に十六夜姐さんに手を出したの、あんたでしょ? 玉門(ぼぼ)に焼けた火かき棒を突っ込むだなんて」
凪  「どうせ年季明けの近い年増だろうが! 使い所なんてもうねえよ!」
陽炎 「それを! なんであんたが決める!!」
凪  「俺が決めたんじゃねえよ! 世の道理だろうが」
陽炎 「年季明けの十六夜姐さんはあたしが買う積もりだったのよ!」
凪  「女郎が女郎を身請けなんざ聞いた事ねえよ!」
陽炎 「あんたの了見が狭いだけ。もうあんたの薄汚い言葉を聞くのも嫌だわ。焼き鏝(ごて)もいい感じに赤くなってる・・・、しっ!」
凪  「ぐあぁあぁあぁあぁあ!!」
陽炎 「鬱陶しい男は己の魔羅の具合はどうかイチイチ聞いてくるわ。あんたもそうだったわよね」
凪  「ぅがっ!! あぁ、があぁあぁあ!!」
陽炎 「どう? 焼き鏝(ごて)の具合。気持ちいい? 気を遣りそう? 癖になる? ほぉら、もっと楽しんで、よ!」
凪  「うぎゃあぁあ! あぐぁ! がぁ」
陽炎 「ねえ、そんな汚い悲鳴じゃなくて、もっと愛らしく啼いて頂載?」
凪  「やめろ! がげろおぉおお・・・! がぁあ」
陽炎 「そんなんじゃ女は喜ばないわよ? 自慢の魔羅でしょ? もっと楽しませてよ」
凪  「が・・・、あ、あ・・・」
陽炎 「やぁだ、泡吹いて気を失うなんて、想像以下の根性無しね、興ざめだわ。ま、殺す時に抵抗されるのは鬱陶しいし、今やっとくかな」

 

 

 

 

椿  「・・・ん、・・・っ、んん、・・・?」
陽炎 「目が、覚めた? 椿」
椿  「・・・っ?! 陽炎?! ・・・、え、ここ・・・、は?」
陽炎 「ここは角名賀楼のあたしの部屋」
椿  「え・・・、なんで? どうして? あの、あたし・・・夜見世で」
陽炎 「うん、そうよ。今夜のお客さん高級料理老舗京極屋の旦那さんでしょう? 協力して貰ったの」
椿  「協力?」
陽炎 「そう、協力。世の中の人はね、金を積めば動く人間、脅迫に屈する人間、目先の欲に囚われる人間、沢山いるわ。この人は何をしたら思い通りになるか考えるのは楽しい。京極屋の旦那は、談合で賭場を使って、団体を拡大させた疑いがあるの。そこをつついたら簡単に協力してくれたわ。でも、さすがに協力者が一人じゃ無理だから沢山お金使った。華屋にも蓮太郎さんにも守られてる椿を拉致するの、本当に大変だった」
椿  「なんで、こんな真似・・・」
陽炎 「もう一度だけ、二人きりになりたかったの。無茶してごめんね」
椿  「どうして」
陽炎 「強いわね、蓮太郎さん。蓮太郎さんの言う通りあたしにはドコにも逃げ場はないわ、完敗よ。けどね、一つだけ見落としがあるのよ。逃げ場所」
椿  「遊郭からですら、逃げられないのに・・・? ・・・ケホッ、ゴホン・・・、?」
陽炎 「こんな感傷的な気持ちになるの、初めてよ。彼岸って場所に想いを馳せてる」
椿  「逃げ場所? 死ぬ事の何が逃げ場所なのよ!」
陽炎 「・・・好きよ、椿。あなたと逝く彼岸はきっと桃源郷ね」
椿  「・・・煙? まさか、火を、付けたの?」
陽炎 「最後は足抜けをしたいだけの馬鹿な女郎と同じ結末を選ぶ。でもいいわ、今ここに椿が居る。この部屋は一番火の回りが遅くなるように火を付けたから、もう少し話せるわよね」
椿  「いや・・・、いや!」
陽炎 「ダメ、離さない。もう、決めたの」

 

冬馬 「手毬屋は早々に全員避難させたぞ! 華屋の様子はどうだ!」
女将 「男衆は、見世の中に女が残っていないか確認してきな! 自分だけ逃げようとしてんじゃないよ!!」
牡丹 「お母さん! 角名賀から小火が!」
冬馬 「半鐘が聞こえなかったのか! なんでこんなに対応が遅い!」
女将 「夜見世の真っ只中だったんだよ! 角名賀はもうだめだね。見える範疇なら小さいだろうが、きっともっと燃えてる」
冬馬 「とにかく、女と子供から先に逃がしていけ!」
女将 「牡丹! 自分の妹は全員揃ってるかい?!」
牡丹 「あ、あい、わっちの妹は大丈夫でありんす!」
女将 「じゃあ、お前も早く逃げな! 仲ノ町の待機場所に行って非常口が開くのを待って誘導の者に着いて行くんだよ!」
蓮太郎「・・・椿は?」
牡丹 「先に逃げたんじゃないのかい?! 部屋はもぬけの空でありんした」
蓮太郎「仲ノ町の待機場所には居なかった」
牡丹 「なんだって?!」
女将 「やはりかい」
牡丹 「お母さん? やっぱりって・・・」
女将 「蓮太郎! 椿の客がさっき裏路地に遺体で放置されてるのが見付かった。どういう事か判るかい?!」
蓮太郎「京極屋の旦那が・・・? なんで・・・?」
冬馬 「火が起きる前に番所に通報があった」
牡丹 「い、遺体って・・・」
冬馬 「胸を刺されて死んでた」
蓮太郎「・・・? なんで? 客が・・・? 済みません、状況が」
冬馬 「いいか、蓮太郎、良く聞け。番所が京極屋の旦那殺しと火付けの犯人を椿だと疑って血眼になって探してる!」
蓮太郎「火付け・・・? 旦那、殺し・・・? ・・・、まさか」
冬馬 「椿が見付かったとして、お前無実を証明できるか」
蓮太郎「・・・、まさか、角名賀の中に・・・?」
冬馬 「聞いてんのか! 蓮太郎!」
蓮太郎「夜見世の時間を狙うなんて」

陽炎 「夜見世の時間は台所も忙しい、椿も客を取っているものね。蓮太郎さんがどうしても守れない時間、割とあるのよ?」

 

 

 

蓮太郎「炎が・・・」
冬馬 「蓮太郎! お前!何やってんだ!」
牡丹 「蓮太郎?! おんし頭から水被って! どなんしんすか?!」
女将 「蓮太郎!! お前、まさか・・・」
冬馬 「角名賀に行く積もりか! 馬鹿な事してんじゃねぇ! 火が見えないのか!」
女将 「蓮太郎! 見落としてるだけでもう避難してるかもしれないんだよ!」
冬馬 「確証もなく飛び込んでどうする積もりだ! 死ににいくようなもんだろうが!」
蓮太郎「冬馬兄さん、離して下さい」
冬馬 「火の中飛び込もうとしてるやつ放っとけるか!」
牡丹 「角名賀に椿が居る筈がありんせん! やめなんし!!」
蓮太郎「離して下さい」
冬馬 「断る・・・、ぐっ!!」
蓮太郎「済みません、・・・失礼します」
牡丹 「蓮太郎!! 戻ってきな! 蓮太郎!!」
冬馬 「鳩尾(みずおち)殴りやがった、あいつ・・・っ!」

 

 

 

 

陽炎 「本当はこんな形でなくて、ちゃんと椿を愛したかった」
椿  「どんな風に伝えられても応えられない・・・、ケホッ」
陽炎 「うん・・・、でも、ごめんね。蓮太郎さんには返してあげない」

 

 

 

蓮太郎「火の回りが早い。逃げ遅れた女郎達はもう無理だな・・・。陽炎の部屋は2階・・・。お職なら座敷持ちか。くそ!!煙で見えにくい! 椿・・・。・・・、りん! りーーーん!!」

 

 

 

椿   「・・・っ?! れんたろ・・・? こんな、火の中・・・」
陽炎 「嘘・・・、でしょ?」

 

 

蓮太郎「りん! 聞こえるなら返事をしてくれ! りーーーん!」

 

 

椿   「れんたろーーー!! あたしはここだよ!」

蓮太郎 「・・・っ」

椿   「蓮太郎!! 助けて!!」
蓮太郎 「・・・りん!!」
陽炎  「ホント、ズルい・・・。本名まで知ってて・・・。・・・、返さないから!」
椿   「・・・っ?! 匕首(あいくち)・・・、や・・・っ」
蓮太郎 「・・・っ!」
陽炎  「きゃ・・・っ!」
蓮太郎 「素人が刃物1本手にしたくらいで俺を止められる訳ないだろう」
椿   「蓮太郎」
蓮太郎 「椿、手拭い、濡れてるから鼻と口を塞いで、出来る限り煙を吸い込まないようにするんだ」
椿   「ん・・・、うん」
蓮太郎 「抱えるから、しっかり捕まってろ」
陽炎  「ねぇ、蓮太郎さん。あなた、本当に椿を幸せに出来るの?」
蓮太郎 「答える必要性を感じません」
陽炎  「この、幕府の捨て駒でしかない腐った遊郭の仕組みから椿をちゃんと守るって約束しなさいよ!」
蓮太郎 「・・・っ?!」
陽炎  「あたしは自分がどれだけ汚れてても構わないと思った。手に付いた血は洗い流せないもの」
蓮太郎 「あなたの覚悟など俺には関係ありません」
陽炎  「竹田という男と戦うなら我が身くらい棄てなきゃ戦えないものね?」
蓮太郎 「・・・っ?! ・・・一体・・・、どこまで、調べて・・・」
陽炎  「本気で守りたいなら、江戸に行くのね」
蓮太郎 「・・・っ」
陽炎  「女性の仲間がいるでしょう? 大奥の内部を調べて大奥総取締役の高岳(たかおか)を洗いなさい」
蓮太郎 「俺の仕事の指示をあなたに指図される謂れはありません」
陽炎  「従えなんて言わないわ。それで椿を幸せに出来るなら。あなたにその覚悟がある?」
蓮太郎 「・・・なんだ、そんな覚悟ですか。今更です」
陽炎  「そう・・・。・・・、逃げ道は出て左の階段を使いなさい。水を撒いてあるから、燃えにくい筈よ」
椿   「それって・・・」
陽炎  「あたしはもう逃げても意味ないからね。蓮太郎さん、賭けは私の負け。これ、持って行って」
蓮太郎 「これは・・・?」
陽炎  「火付けと京極屋の旦那殺し、椿が疑われてるでしょ? あたしが殺したっていう遺言」
蓮太郎 「準備万端、ですね」
陽炎  「あたしはいつでも、勝敗どちらに傾いても後悔だけはしたくないの」
蓮太郎 「未練もないようですね」
陽炎  「蓮太郎さん・・・、約束よ。ちゃんと椿を幸せにして」
蓮太郎 「失礼します」
椿   「逃げ道を用意してる癖に・・・、馬鹿ね」

陽炎  「あはは・・・、あーぁ、取られちゃった。ふふっ、でも捨てたもんじゃなかったわよ、私の人生。それなりに幸せだったもの。幸せに、なるのよ・・・、椿」

 

牡丹 「火事で見世が焼けてもわっちらは仕事でありんすな」
女将 「なんだい? あんた、休業できるなんて甘ったれた事考えてたのかい?」
牡丹 「まさか・・・、遊郭で火事が起こるんは日常茶飯事、幾度火事を見たかもう判りんせん」
女将 「ちょっと機嫌を損ねると女郎はすぐに火を付ける。ご機嫌取るのも楽じゃないよ、全く」
牡丹 「けんど仮宅に世話になるほどの火事は初めてでありんす」
女将 「華屋も手鞠屋も被害は甚大。とはいえ西河岸は全焼だからね」
牡丹 「どのくらい、亡くなったのでありんしょうか」
女将 「今はまだ調査中だ。華屋の人間は全員無事だったのは奇跡に近い」
牡丹 「見世の修復は、時間が掛かりんすか?」
女将 「あたしは大工じゃないよ、そんなの知るもんかい。最低でもひと月はかかるんじゃないのかい?」
牡丹 「角名賀は・・・」
女将 「全焼、さ。梁一本残らなかったって」
牡丹 「陽炎が火付けの犯人だったって」
女将 「あの娘、本当に角名賀の命運を握る娘だったね」
牡丹 「それって、どういう」
女将 「凪の遺体が焼け跡から見付かった。焼け死ぬ前に、もう殺されていたそうだ。角名賀楼の凪も京極屋の旦那も陽炎が殺し火を付けたという遺書を蓮太郎が持って帰って来た。陽炎本人から受け取ったそうだよ」
牡丹 「陽炎は一体何を目指していたんでありんしょうな・・・」
女将 「角名賀と共に燃えちまった今じゃ、焦土の中、さ」
牡丹 「只者ならぬ意志の強さを感じんした」
女将 「物事を達観視する蓮太郎が、陽炎の所業にだけは警戒してた。蓮太郎と張り合う様な女の考えるこた凡人には判らないよ」
牡丹 「その、お母さん・・・」
女将 「なんだい」
牡丹 「椿と蓮太郎が・・・、離れんせん・・・。夜見世の支度をせんとならんのに・・・。あんな露骨に好意を示しては他の者に示しもつかんというのに」
女将 「蓮太郎は?」
牡丹 「それが、珍しく蓮太郎も離れたがらん有様で」
女将 「は・・・、本当に珍しい事もあるもんだね」
牡丹 「仮宅じゃ大門の監視がありんせんから、それこそ足抜けでもするんじゃないかと懸念しておりんす」
女将 「足抜けなんざしやしないよ。あの二人は」
牡丹 「大丈夫でありんしょうか?」
女将 「我が身の命を賭して火中に飛び込んだんだ。少々多目には見てやるよ。ずっとっていうんじゃ困るけどね」
牡丹 「生死の狭間を越えた反動、でありんしょうか」
女将 「あの二人の事はどうでもいい。さぁ牡丹、お前は今日張り見世だよ!」
牡丹 「楽しみにしておりんした!」
女将 「は?」
牡丹 「張り見世なん初めてでありんすから。もうずっとわくわくしてて、夜見世の支度も力が入りんす」
女将 「張り見世を楽しみにしてる女郎なんざ初めて見たよ」
牡丹 「柵の向こうからおきちゃが品定めするんでありんしょ? 煙管を交わすんでありんしょ? 楽しそうでありんす。どのおきちゃに煙管を出しんしょか、早く張り見世に出たいでありんす」
女将 「良い年増が、あんまり・・・、はしゃぐんじゃないよ?」

 

 

 

 

椿  「蓮太郎・・・、もうね、あたし夜見世の支度しないといけないの」
蓮太郎「うん」
椿  「うん・・・って・・・、あのね? 抱き締められてると動けないの」
蓮太郎「うん」
椿  「蓮太郎」
蓮太郎「うん」
椿  「聞いてないでしょ!」
蓮太郎「うん」
椿  「れーんたろーーー!!」
蓮太郎「判ってる、もう少しだけ」
椿  「・・・う。あのさ・・・、もう、大丈夫なの?」
蓮太郎「なにが?」
椿  「その・・・、抱き締めると・・・、続きがなんとかとか、・・・その、あの・・・」
蓮太郎「今でも、思い出すと背筋に寒気が走る」
椿  「え・・・?」
蓮太郎「椿が燃える角名賀の中で死んでいたらって」
椿  「あたし、生きてるよ? 蓮太郎が助けに来てくれたから、こうして生きてる」
蓮太郎「それでも、もし間に合わなかったらって、あれから二日も経ってるのに眠ると夢の中では煙に巻かれて動かない椿が横たわってるんだ」
椿  「もう、大丈夫なのに」
蓮太郎「失う事を考えたら、目先の欲が本当に些細な事に思えて」
椿  「ん・・・、あたしも、もう・・・、あの時蓮太郎とは会えないんだって思ってて、だから助けに来てくれた時本当に嬉しかったの。まだ、傍にいてもいいんだって、思えたの」
蓮太郎「生きて、傍に居られることが何より大切で、今以上を望めばその大切なものを失う様な気がするんだ」
椿  「ん・・・、うん。一緒ね。あたしも蓮太郎の傍に居られれば、もうそれでいい」
蓮太郎「もう、あんな思いは懲り懲りだ」
椿  「ほんとね」

 

 

 

 

冬馬 「陽炎の手蹟(て)で書かれた、京極屋の旦那殺しと角名賀楼の火付け、そして角名賀楼の楼主(ろうしゅ)凪を殺したという遺言書を蓮太郎が持って帰ったのは知ってるだろう。奉行所は、それで処理するらしい」
女将 「陽炎花魁は、一体何を望んでたんだろうね」
冬馬 「人の望みは千差万別、特にあの女は何を考えているのか判らない所があった」
女将 「確かにね」
冬馬 「あんたはこれからどうするんだ」
女将 「何がさ。あたしはこれから忙しくなるんでね、どうするもへったくれもないよ。」
冬馬 「貢納金の取り立てだよ。大見世が無くなったからって容赦なんざしてくれねぇだろう?」
女将 「なんだい? 容赦してくれなかったらあんたが払ってくれるのかい?」
冬馬 「払える訳ねぇだろ」
女将 「じゃあ、余計な心配さ。目に映る金子全部かき集めたら何とかなるだろう」
冬馬 「角名賀の跡地はどうするんだ」
女将 「まぁ、搾取する側は儲け話の算段の早い事で。三軒の高級中見世を建てるらしいよ」
冬馬 「稼げる土地を放置して置く訳ねぇわな。反吐が出る。角名賀の妓(おんな)がある程度助かったとは聞いているが、その妓(おんな)達はどうするんだ」
女将 「どうもこうも、股開いて客を取って貰うさ」
冬馬 「見世だよ、新しい見世の方に移るのか?」
女将 「いや? まぁもう筒抜けだろうから言っとくが、お職を張れるような妓(おんな)は全員死んじまった。残りは既存の中見世に見世替えして看板を張って貰うさ」
冬馬 「見世が焼かれようが炎の恐怖に包まれようが変わらねぇって事か」
女将 「焼けた妓(おんな)の代わりも補充しないといけないしね」
冬馬 「どうやって」
女将 「ははっ、女衒(ぜげん)がどうやって妓(おんな)を連れて来るかなんて知ったこっちゃないよ」
冬馬 「あんたは、そうやって見ない振りを続けるんだな」
女将 「処世術さ。あたしが生きなきゃ廓の中の妓(おんな)を誰が守るんだい」
冬馬 「守る? おかしな事言ってんじゃねぇよ。金蔓としか考えてねぇ癖によ」
女将 「それでいいんだよ」
冬馬 「やっぱり、アンタの事は許せねぇよ。俺は」
女将 「あんたはあんたのやり方で人を救えばいいさ。忍虎(かげとら)ともあたしとも違うやり方で」
冬馬 「見逃してる積もりか。俺のやってる事を」
女将 「さてねぇ、都合の悪いこた耳も目も塞いじまうんでね」
冬馬 「大した女狐だよ、あんたは」
女将 「さーて、仕事に戻らないとね。火事にかこつけて逃げ出そうとする妓(おんな)を連れ戻さないとならないんだ」
冬馬 「それは俺も同じだ」
女将 「互いに暇じゃないんだから油売るのもこれくらいにしとこうかね?」
冬馬 「まぁ、死なない程度に頑張れや」

牡丹 「お母さーん! 張り見世の並びが判りんせん」
女将 「お前は真ん中の一番奥だよ!」
牡丹 「えぇ?! 一番前に座りたいでありんす!」
女将 「馬鹿言ってんじゃないよ! そんな間近でお前の顔拝ませる訳に行かないだろうが!」

女将 「中見世以上の楼閣は、ほとんどが火事が起きた際に避難しながら見世を経営する為の『仮宅』と言われる別楼を所持している」

 

 

椿  「わっちは? わっちはちょっと前に出てもいいでありんすか?」
女将 「お前もだよ、馬鹿!」
椿  「また馬鹿って言ったぁ!!」

女将 「妓(おんな)楼が焼けようが他の見世の妓(おんな)が焼死しようが、妓(おんな)達は客を取り続ける以外にはないのだ」

 

 

 

冬馬 「蓮太郎」
蓮太郎「冬馬兄さん、仕事大丈夫ですか?」
冬馬 「大丈夫だ。親父の墓も近いし、墓参り行くか」
蓮太郎「そうですね。楼主(おやかた)の好きだった酒でも買って行きましょうか」