花魁道中いろは唄~外伝~ 凛と立つ華冴え冴えと ♂×2 ♀×3 / 白鷹

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所要時間:80分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

竜胆  (りんどう)  ♀ 14歳

華屋4代前のお職、椿の娘。

生まれた時から美しい顔立ちだった為女将が多大な期待をし、華屋の引っ込みとして他の女郎達と引き離して育てられた。

椿と同じく利発でとても機転が利く。母がいない為比較的甘やかされて育てられたので気が強く我儘な所がある。

寂しさゆえか、精神的に残酷な性質を持っている。

 

 

蓮太郎  (れんたろう)  ♂ 34歳

 

華屋の若衆で料理番。既に亡くなっている竜胆の母親、椿を心から愛し、その約束を果たす為に生きる男性。

竜胆を自分の娘のようにかわいがっている。生真面目で誠実な男性だが、生き抜くための手段としてある試みをし今に至る。

若衆という表の顔に隠れて、隠密同心という仕事を担っている。

 

 

淡墨  (うすずみ)  ♀ 39歳

 

元は華屋に隣接する大見世手毬屋のお職だったが、ある1件の後借金を全て返済し番頭新造(しんぞ)として過ごしていたが、竜胆の躾の為に華屋から声を掛けられ見世替えをした。竜胆を己の最後の妹と心に決めており、竜胆がいずれかの形で旅立ちを終えるのを生き甲斐として生きる。

 

 

女将  (おかみ)  ♀ 46歳

 

若山遊郭随一の大見世華屋の女将であり、若山遊郭の総名主。

遊郭に生きる妓達を大切にしており、何かの折に客からの身請け話があればなるべく説得して受けさせようとする。

その理由は現時点では明確にされてはいないが何か深刻な事情がある様子。

番所や会所とも繋がっており、幕府の命に従い生きている。幕府から伝達として定期的に来る竹田頭巾の男の影に常に脅かされている。

 

 

桝塚 彬人(ますづか あきひと)♂ 29歳

 

阿波州の橋本藩の勝浦を預かる大名。

仲ノ町にて竜胆を見掛け、惚れ込んだ為新造(しんぞ)出しを行い、更にはそのまま身請けの話を持ち出す。

 

 

木蓮  (もくれん)  ♀ 20歳 ※女将との兼ね役推奨

 

現在の華屋お職。今まで受け継がれてきたお職の筋が百合の突然死により切れてしまったので、

二番煎じのお職の筋からその位置にいる。我儘でお職としての自覚はとても薄く、だらだらした毎日を何となく送り続けている。

女郎になった事に疑問を持つことも、また責任感を持つ事も無い。

――――――――

役表

 

竜胆(♀)・・・

蓮太郎(♂)・・・

淡墨(♀)・・・

女将(♀)+木蓮(♀)・・・

桝塚 彬人(♂)・・・

――――――――――――――――――――――――
 

竜胆「蓮太郎! 見て、見てこれ!」

蓮太郎「竜胆・・・、どうした。ん・・・? 随分古い絵姿だな、これ」

竜胆「絵姿を集めてる茶屋の旦那がおりんして、貰ってきたんでありんす!」

蓮太郎「椿・・・?」

竜胆「うん! お母さん!」

蓮太郎「・・・椿って書いてある・・・、午(うま)の日まで・・・」

竜胆「どうしたの?」

蓮太郎「絵姿は、うん、盛るとは聞いていたけど・・・、これはーー・・・」

竜胆「違うの?」

蓮太郎「うん、まずこんなにふくよかじゃなかった。」

竜胆「そうなんでありんすか? 色白でぷっくりしてて人から聞く傾城(けいせい)とか傾国とは少し違う気もしんすが、可愛らしいくてお雛様の様でございんす」

蓮太郎「あぁ・・・、お雛さんていう人はいたな」

竜胆「いたのでありんすか?」

蓮太郎「うん。医者のお客様でね・・・、もう亡くなってしまったけど」

竜胆「ふぅん」

蓮太郎「でもこれは、椿がこれくらいには太りたかったって事か。この絵姿は横も縦も実際の椿より一回り大きいな。それに着物の衿はここまで抜かなかった。衿はいつでもきちんと整えて・・・」

竜胆「むー・・・」

蓮太郎「帯もこんなに下で結ばない。少し高めで大きな蝶結びを作ってたよ。多分小柄なのを相当気にしてたんだと思う」

竜胆「嫌いじゃ」

蓮太郎「・・・え?」

竜胆「蓮太郎なんか嫌いじゃ!」

蓮太郎「は?! なんで?!」

竜胆「わっちはお母さんの顔を知りんせんから! 一生懸命探して、せっかく貰ってきた絵姿も違うという!」

蓮太郎「あ・・・、ごめん、竜胆。そんな積もりじゃなかった」

竜胆「そんな積もりだろうがそうでなかろうが! もうわっちはその絵姿を母とは思えん!」

蓮太郎「悪かったって」

竜胆「わっちはどうやってお母さんを思い出したらいいんじゃ! 蓮太郎なんか嫌いじゃ! 馬鹿! 間抜け! うわああぁぁあぁあん」

蓮太郎「あ、ちょっ、竜胆!どこ行くんだ」

竜胆「追っかけてきんすなーーー!!」

蓮太郎「はー・・・、しまった・・・、なぁ・・・、けど、これは・・・。椿、頼む・・・、どうせ遺すなら、もっと似てる絵姿を遺してくれ・・・」

淡墨「ふふっ」

蓮太郎「淡墨さん」

淡墨「蓮太郎殿には済まん事をしんしたな」

蓮太郎「・・・、というと?」

淡墨「わっちもうろ覚えじゃったのじゃが・・・、ふとした所作が椿花魁に似ていると思って、口走ってしまったのじゃ。竜胆はあの通り、母の影をずっと追い求めておる。どこが似ている、どう似ていると食い付かれてな」

蓮太郎「それは、済みません。ご迷惑をお掛けしました」

淡墨「なんの、妹の我儘は可愛いもんじゃ。あぁ、それで困ってしまって華屋が懇意にしていた茶屋の旦那が歴代花魁の絵姿を大切に保管している事を思い出しんしてな」

蓮太郎「そう、なんですね」

淡墨「特に歴代お職は何度も絵姿を変えんすが、それを全てお職ごとに纏めて取ってある程の収集家じゃ」

蓮太郎「収集家の執念はある意味恐ろしいですからね」

淡墨「母の顔を知りたいというのじゃ。蓮太郎殿、一度訪ねて、一番似ている絵姿を借りてきてはくれぬか」

蓮太郎「それは、構いませんが」

淡墨「それに、蓮太郎殿も楽しかろ?」

蓮太郎「・・・っ、そういう、からかい癖はどうかと思いますが」

淡墨「そうか? およそ似ているとは言い難い絵姿でも、それ程大事に扱うではからかいたくもなるというものじゃ」

蓮太郎「・・・っ」

淡墨「では、頼みんした」

蓮太郎「あ、淡墨さん」

淡墨「なんじゃ?」

蓮太郎「竜胆の新造(しんぞ)出しの費用(かかり)、俺も少し手伝います。内訳を教えて戴けませんか」

淡墨「要らん」

蓮太郎「竜胆の為に、と椿から預かっている金もあります。淡墨さんにばかり迷惑を掛けられません」

淡墨「はて・・・? 迷惑とは。わっちは長らく金の使い処に困っておったのじゃがようやく使い処を見付けた。蓮太郎殿はその使い処を奪うというのか。けしからん事を言いんす」

蓮太郎「困るほどの金って・・・」

淡墨「わっちは若い折に何の趣味も持っておらなんだでな、身を立てる為の内芸で稼ぐ金は貯まる一方じゃ。更には、元より持っておった景季様からの祝儀や身請け金の遺産。銀杏の身請け金として菊丸殿に渡し、己と己の母の借金も清算しても尚余った金じゃ」

蓮太郎「小田切のお方は城ごと置いて行ったんですか。・・・途方も無いですね」

淡墨「部屋に置く事は出来んでな。三蔵(みつくら)の両替商に預けておりんすが、微々たる利息が減る程度じゃ」

蓮太郎「その、微々たる利息ですら想像するのが恐ろしい」

淡墨「それ故にな、わっちが竜胆に注込(つぎこ)むのが気に入らんと言われれば困り果てるばかりじゃ」

蓮太郎「そういう事なら、甘えさせて戴きます」

女将「余って困るなら、あたしにくれないかね? その金」

蓮太郎「女将・・・。金の匂いですか、良く利く鼻ですね」

淡墨「あぁ、女将さんに渡すくらいならお歯黒溝に流しんす」

女将「酷い言われようだ」

淡墨「女将さんご本人になら世話になった分お渡ししんしょう? けんど、あの竹田頭巾の男にはやるまいよ」

女将「まぁ、淡墨と蓮太郎に今更隠し立てもしやしないよ」

蓮太郎「俺は仕事に戻ります」

女将「二人に話があるんだよ。内証に来な」

 

 

 

女将「手短に言うよ、まず竜胆の新造(しんぞ)出しの費用を持ってくれる客が決まった」

淡墨「・・・えぇ・・・」

蓮太郎「ぶふふっ」

女将「淡墨・・・、通夜と葬式が一辺に来た様な顔をするんじゃないよ」

淡墨「誰も彼もわっちの生き甲斐を奪おうとしんす。男は嫌いじゃ」

女将「遊郭の妓が男嫌いになる理由とはちょっと違うね?」

蓮太郎「それで、その客は? 引っ込みの新造(しんぞ)出しです。滅多な客ではないと思いますが、身分や紹介者を教えて下さい」

女将「阿波州の橋本藩藩主、桝塚(ますづか)勝浦守彬人(かつうらのかみあきひと)様」

淡墨「阿波・・・? とは、どこじゃ?」

蓮太郎「西の国ですね。外様(とざま)、ですか」

女将「そうだね。海を挟んだ島国の藩主だが、石高も申し分ない。ゆくゆくは国許に連れ帰ると言っている」

淡墨「国許・・・? それは、正妻に迎えるという事か?」

蓮太郎「・・・っ」

淡墨「何という縁談が舞い込んだものか! 驚きじゃ、それなら新造(しんぞ)出しあとに嫁入りのお道具を揃えねばならぬな?」

女将「金の使い処が出来て随分と嬉しそうじゃないかい」

淡墨「親代わりとして、わっちに出来る事がまだあるのじゃ。喜ばしいのは当然。時に女将、竜胆の借金はいくら残っておるのじゃ?」

女将「は?」

淡墨「遊郭を出るんに借金が残っておっては出られぬじゃろ? 椿花魁の分も合わせてわっちが清算しんしょう」

蓮太郎「椿のは」

淡墨「蓮太郎殿がいくら椿花魁に心を寄せたとて、借金まで共に抱える事はあるまいよ」

女将「竜胆に借金はないよ。蓮太郎と淡墨がこぞって出したがるんじゃ借金のこさえ用がない。あの子に掛かってるのは椿の借金だけだ」

蓮太郎「椿が死んだ後、残った借金というのを見せて戴けますか」

女将「帳簿は出してあるよ。そういう話も必要だろうと思ってね」

淡墨「妹を、六人・・・。女将さん、今更とは言えこれは一人の妓に抱えさせるんは厳しい」

女将「ひと月に一人十五両かかる妹を六人。あたしもね、焦りもあったが椿があんまり稼ぐんでその辺りが麻痺してたんだろうね。平然と毎月百両払えなんて、今考えたら当時の自分を殴り飛ばしたくなるよ」

蓮太郎「過ぎた事です。合計を教えて下さい」

女将「乳母(めのと)と竜胆の育児費用、竜胆の為の見上がりは罰則もあてがってたからね、簡単に口に出すのは恐ろしい金額さ」

淡墨「躊躇っても事実は変わらん。見せなんし」

蓮太郎「それでも、毎月の払いが滞った事は無いんですね」

淡墨「未払いのまま死んだおきちゃがおりんすな」

蓮太郎「客に容赦しなかったので、払いの悪い客は総じて店(たな)を潰すまで搾り取られましたね」

淡墨「合わせて千三百両か。月末には精算しんす」
女将「淡墨。女郎は借金を精算したら留める事が出来ないんだよ」

淡墨「女郎になるんも、外に出て自由に生きるんも竜胆次第じゃ」

女将「お前は竜胆の躾の為に華屋に見世替えさせたんだが?」

淡墨「はて・・・? 番頭新造(しんぞ)として竜胆の躾を頼まれた事は確かじゃが、借金を精算してはならんとは聞いておらんが」

女将「他人の娘にそこまでするなんて考えるもんかい」

淡墨「あとは竜胆次第じゃ」

女将「それで、竜胆と彬人様を引き合わせる為の座敷を設けないとならないんだ」

淡墨「では早々に木蓮の妹として付ける様に手筈を整えんしょう」

 

 

 

竜胆「本日より木蓮姐さんにご奉公させて頂きんす、竜胆と申しんす。よろしくお願い致しんす」

木蓮「ほ・・・? 此間(こないだ)突出しが終わった妹の変わりで、新しく妹が来るとは聞いておりんしたが、魂消(たまげ)る様な美貌でありんすね」

淡墨「木蓮、勘違いをするでないぞ」

木蓮「勘違い? っていうか番頭新造(しんぞ)がしゃしゃり出て来るとは、噂の引っ込みってこの子でありんすか。成る程、見世の隠し珠。この子が後ろに付けばわっちの迫も上がるという物でありんす」

淡墨「それが勘違いじゃと申しておりんす。木蓮、竜胆の姐となったのは見世の便宜上の問題。おんしから学ばせる事は何もありんせん」

木蓮「はぁ?! 何ふざけた事を言っておりんすか! 妹に付ける! けんどわっちから学ばせることはない?!」

淡墨「おんし程度の芸事、学識。竜胆はとうに習得済みじゃ。余計な知恵を吹き込まぬ様重々注意しや」

木蓮「妹として面倒を見るなら突出しまでの費用を誰が負担すると思っておりんすか! 借金だけあてがってわっちには従わんなんぞ聞いた事がありんせん!」

淡墨「良いか? 竜胆。あの様に短慮で思った事をすぐに口に出して騒ぎ立てるのはみっともない事じゃ」

竜胆「何か口に出す時は、一旦飲み込み相手がどう受け取るかを良く考えて話す。淡墨姐さんからも蓮太郎からもきつく言われておりんす」

木蓮「おんしら! わっちを馬鹿にしんすか!」

淡墨「竜胆の育成の費用(かかり)は全てわっちが持ちんす。着物も化粧道具も小物もわっちが用意したものを使いなんし。食事もじゃ、あれこれ余計なものを食わせて栄養の偏りで体を壊されては溜まらん」

木蓮「んな・・・っ、な!!」

竜胆「木蓮姐さん、お顔が酷くひきつっておりんすが、どこか痛いのでありんすか」

木蓮「番頭新造(しんぞ)が見世のお職を馬鹿にするとは何事でありんすか! 引っ込みも引っ込み、あけすけな嫌味に気付きもせんと、どこか痛いのかなんぞと!」

淡墨「はて、嫌味とは。事実を言ったまでじゃ」

木蓮「物言いを注意するならまず己の口さがなさを直しや! 年を取って面の皮が厚くなったんでありんすな。己の棚上げのなんと見事な事じゃ」

淡墨「竜胆、良く聞いておきや? 決して己の采配だけでは何とも出来ぬものをあげて詰るとは愚か者の所業じゃ」

竜胆「この場合は年齢の事でありんすか?」

淡墨「いかにも」

竜胆「けんど、年を重ねても淡墨姐さんはとても綺麗でありんす」

木蓮「だったら! 淡墨が座敷を開いて引っ込みの新造(しんぞ)出しをすれば良い! わっちはこんな話聞かんかったことにしんす!」

竜胆「・・・ん・・・、それは、困りんす・・・。おきちゃを取らない淡墨姐さんに無理難題じゃ」

木蓮「知らん!」

竜胆「木蓮姐さん」

木蓮「まず姐を尊重する心を磨いてから出直して来なんし」

竜胆「むぅ・・・、ん、木蓮花魁。あの、姐さんになってくんなまし」

淡墨「知らぬなら知らぬで構わん」

木蓮「お職筋を外れた桃花(ももか)にでもついて回れば良いのじゃ」

淡墨「おんしのお職を剥奪して、次の芙蓉(ふよう)にお職を襲名させて竜胆を妹に付けるだけの事」

木蓮「は・・・? お職を剥奪だって? 芙蓉(ふよう)って! お職筋でもなんでもないただ顔がいいからって正味三位についてるだけの花魁じゃないか! あんな女にお職が務まりゃあせん!」

淡墨「お職に胡坐を掻くではどの花魁でも構いんせん。姐の為に座敷を開くのではない。竜胆の為に姐が座敷を設けるのじゃ」

木蓮「長年続いたしきたりを覆してお職の筋を途絶えさせるなら好きにすればいいでありんす。わっちは何が何でもその不躾な娘の姐にはならん」

淡墨「ひとつ、言い忘れた事がありんす」

木蓮「言い忘れたまま出て行きや。もう話は聞かぬ」

淡墨「竜胆は、蓮太郎が我が子の様に可愛がって育て上げた娘じゃ」

木蓮「え? 蓮太郎が?」

淡墨「竜胆を手元で面倒見れば、蓮太郎の株も上がるかもしれんせんなぁ?」

木蓮「蓮太郎の」

淡墨「木蓮、確かおんし蓮太郎に・・・、あぁ、済まぬ下衆な勘繰りをしんした。申し訳ありんせん」

 

 

 

木蓮「誠、竜胆の舞は華の舞か蝶の羽ばたきか、美しい。彬人様、どんぞ。お飲みになってくんなんし」

彬人「余り酔い過ぎると竜胆の踊りを見られぬではないか」

木蓮「竜胆は新造(しんぞ)でありんすからまんだ抱けやせんよ。竜胆のお開帳までわっちが姐としてお勤めしんす」

彬人「そなたも美しいが、竜胆の初々しさには適わぬ。諦められよ」

木蓮「何日もまめに通っておいでのお方ゆえ見世もしきたりを強くは言いんせん。今日はお泊りになっていただけんすな?」

彬人「竜胆の伴寝が許されるなら泊まってもよいと思うが」

木蓮「朝まで抱けぬ新造(しんぞ)と伴寝して忍耐をなさるとおっしゃいんすか? 奇特な」

彬人「そうじゃ、今日はの、竜胆に贈り物をしようと思ってな」

木蓮「贈り物・・・。竜胆、こちらに来なんし」

竜胆「踊りは・・・?」

木蓮「踊りはもう良い、彬人様のお傍に付きなんし」

竜胆「あい」

彬人「うむ・・・、誠、美しいおなごじゃ」

竜胆「ありがとうございんす」

彬人「言葉のぎこちなさがまた慣れておらぬのか、愛らしい」

木蓮「竜胆、顔をそんなにこわばらせるでない。彬人様は恐ろしいお人柄ではござんせん」

竜胆「けんど・・・、わっちは、殿方と話すのは、蓮太郎以外初めてで・・・」

彬人「蓮太郎・・・? とは誰じゃ?」

木蓮「彬人様のお気になさるような者ではござんせん。ただの若衆でありんすよ」

彬人「若衆とは? なんじゃ?」

木蓮「ほら、今もせわしなく廊下を走り回っておりんしょう? 遊郭で働く男達の事でありんす」

彬人「もしや竜胆、そなたその蓮太郎とやらに心を遣っているとは申すまいな?」

木蓮「見世の若衆との恋愛はご法度でありんす」

竜胆「・・・心を遣っても、蓮太郎は応えてくれやせん」

彬人「なんと・・・?」

木蓮「なんじゃ? 竜胆、おんし蓮太郎に心を遣っておると申しんすか?」

竜胆「木蓮姐さんだって、蓮太郎にはシナを作りんす」

木蓮「んぁ?! そ、そそ、そのような事ありんせん?! 座敷で何と言う事を言いんすか!」

彬人「ほう・・・? 随分とモテるのじゃな」

淡墨「蓮太郎は面倒見の良い男じゃて、どの花魁も遊女も色々に世話になっておりんす。木蓮も面倒事で世話になった事がありんしょう?」

木蓮「そ、それは、そうでありんす」

竜胆「嘘じゃ」

淡墨「竜胆? その様に姐花魁を困らせるでない。今宵は彬人様の席ぞ。竜胆が踊らぬというならわっちが踊りんしょう? 良いな木蓮」

木蓮「あ、あい。頼みんす」

彬人「さて、色々聞き捨てならぬ事を聞いた気がするのじゃが、まあよい。竜胆、これを」

竜胆「これは・・・?」

彬人「布を取ってみよ」

竜胆「あい・・・。・・・、これは鳥?」

彬人「文鳥じゃ。番(つがい)じゃからな、その内卵を産むぞ」

竜胆「あ・・・、痛っ」

彬人「お・・・、つつきおったか、けしからんな。怪我をしたか、見せてみよ」

竜胆「大丈夫でありんす」

彬人「そういう時は大丈夫であっても甘えて見せよ」

竜胆「う・・・?」

彬人「意味がなくても甘えられると男は嬉しいものじゃ」

竜胆「何故、喜ばせなければならぬのじゃ?」

木蓮「は・・・?」

竜胆「おきちゃはわっちらに会いとうて勝手に来るのじゃろ? 何故わっちが彬人様を喜ばせねばならぬのじゃ?」

木蓮「竜胆! 彬人様! 大変なご無礼を! 竜胆! 誤りや!」

彬人「ふははは、これは肝の座ったおなごじゃ。会いに来るのも勝手、ワシに奉公する積もりはないとは。ははは」

木蓮「彬人様、申し訳ありんせん! 淡墨! この娘、どうするのじゃ! わっちは知らぬぞ」

淡墨「それで良い」

木蓮「なんじゃと?」

淡墨「媚び諂いこっちゃあ来いと言い寄って付け上がらせるなんぞと、みっともない真似をするはお職にあらず。己がお職筋じゃと申すなら好まぬ客は突っぱねるがよい」

木蓮「とんでもない教えでありんすな・・・、ついていけん」

彬人「そこの番頭の言う通りぞ、木蓮とやら。ワシは媚び諂うおなごを求めるなら華屋になぞ登楼らぬ」

木蓮「大名の御曹司様が無礼を許しては面子も立たぬではありんせんか」

彬人「ワシはそういうおなごを求めておったのじゃ。そこの番頭」

淡墨「なんでござんしょう」

彬人「竜胆を身請けする事は可能か」

木蓮「は・・・? 身請け? 突出し前の女を?」

彬人「他の男の手が付くなど許せぬのじゃ。突出しを終えればそうなるじゃろう」

木蓮「新造(しんぞ)の身請けなど、聞いた事がありんせん」

淡墨「そればかりは女将さん次第でござんす。わっちに決める事は出来んせん」

彬人「そうか、ならば改めて女将に話をするとしよう」

竜胆「この鳥、鳥籠から出たそうじゃ」

彬人「鳥は籠から出せば逃げてしまうからな、籠に籠め置くしかないのじゃ」

木蓮「せっかくの贈り物でありんす。逃がしてしまうなど愚かな事をしんすな?」

彬人「鳥籠の形が気に入らなんだなら新しい鳥籠を作ろうぞ。どの様な鳥籠がよい?」

木蓮「竹でなく銀などで作れば美しいかもしれんせんな」

淡墨「竹串を組んで薄絹を掛けるのも良いかもしれぬな」

彬人「好きな物を言うがよい。職人に作らせようぞ」

竜胆「・・・籠め置かずとも、逃げぬ方法はございんす」

彬人「ほう・・・? どのような? 足を糸で繋ぐか?」

竜胆「こうして・・・。両方の羽根を掴んでひいて・・・」

彬人「な・・・っ?!」

淡墨「竜胆!! やめぬか! 鳥が鳴いておる!!」

木蓮「ひっ!!」

彬人「何をしおるか! そなた!!」

竜胆「この様に・・・っ! 羽根をもぎ取ってしまえば、鳥は飛べぬ」

淡墨「竜胆・・・、何という事を・・・っ!」

木蓮「羽根をもぎ取るなど、死んでしもうたではありんせんか! 竜胆! なんという事をするのじゃ!」

竜胆「番なら、共に籠で飼われる事がこの鳥が幸せでありんすか? 雌雄(しゆう)というだけでこの鳥達に誠に想い合っておりんしたか?!」

木蓮「鳥の気持ちなど知らぬわ! おきちゃからの戴きものを殺すなど!!」

淡墨「木蓮、済まぬが彬人様のおもてなしを続けてくりゃれ。彬人様、大変申し訳なくも、竜胆はまだ幼く頑是ない。お育て申したわっちの責でございんす。このお詫びは後日必ず」

木蓮「さぁ、興ざめさせて申し訳ござんせんでした。太鼓持ち、もう一度座敷を賑やかにしや」

彬人「仕方あるまい。木蓮とやら、酒を注げ」

木蓮「あい」

 

 

 

蓮太郎「竜胆、座敷の話を聞いた」

竜胆「わっちは間違ってなどおらん」

蓮太郎「無闇に殺生したらダメだ。文鳥は二匹とも死んでしまったんだ」

竜胆「あんな所に閉じ込められて生きるくらいなら死んだ方がマシじゃ!」

蓮太郎「なんでそれを竜胆が決める?」

竜胆「蓮太郎は、番なら閉じ込めても幸せだと言いんすか?」

蓮太郎「文鳥の気持ちは判らないが、惚れた人が共にいるなら場所なんかどこでもいい」

竜胆「だから、母とこの鳥籠の様な場所でも良かったのじゃな?」

蓮太郎「そういう訳じゃない」

竜胆「母は結局! 遊郭という場所で羽根をもぎ取られて死んだようなものではないか」

蓮太郎「・・・っ」

竜胆「違うというなら、わっちに判るように説明してくんなんし! 母は、何故死んだ!!」

蓮太郎「竜胆、違うだろう?」

竜胆「何がじゃ!」

蓮太郎「座敷で椿を想って文鳥の羽根を引きちぎったのか? 違うだろう? 矛先を変えて話を濁すな。文鳥を殺した事がいけないと俺は言っているんだ」

竜胆「なんでじゃ!」

蓮太郎「生き物を無闇に殺すな」

竜胆「連太郎だってこの間鶏を絞めてたではないか!!」

蓮太郎「鶏? ・・・あれは、食べる為だから仕方ないだろう」

竜胆「食べる為なら良いのか!」

蓮太郎「そうだ。魚だって捌くし、鳥も絞める。料理しないと食べられないんだから仕方ないだろう」

竜胆「それなら、わっちは文鳥を食べる!」

蓮太郎「・・・?」

竜胆「殺した責任を取れば文句はないであろう?!」

蓮太郎「竜胆、違う・・・」

竜胆「羽むしって串に刺して焼いて食べる!!」

蓮太郎「羽をむしるな、焼くな、食べるな。違うんだ。殺してしまった後に責任を取るんじゃない。奪ったものは戻らない」

竜胆「蓮太郎の言う事は難しすぎるんじゃ!!」

蓮太郎「竜胆、どこに行くんだ、話を聞け」

竜胆「蓮太郎なんか大っ嫌いじゃ!」

蓮太郎「・・・、育児って・・・、難しいぞ、椿・・・」

 

 

 

女将「彬人様、大変お待たせ致しました。申し訳ありません」

彬人「よい、気にするな」

女将「改めてお話とは? 先日、大変なご迷惑をお掛けしましたので大抵は予想しておりますが」

彬人「ほう? 予想? どのように考えておるのか興味があるが?」

女将「切れ文でしょう? 新造(しんぞ)出しは決して安くありませんからね。至らぬ娘と判った以上手切れも仕方ありません」

彬人「そうだな、安くはない。だがワシはあの程度の事を気にする程、狭量ではないぞ」

女将「・・・、そうでしたか。思い過ごしなら良かったです。では何の話か予想が付きません」

彬人「華屋にも建前というものがあろうからな」

女将「無論、大見世ですから建前や体裁だらけですよ?」

彬人「新造(しんぞ)出しもせねばならんだろうが、その後は他の男に触れさせる出ない、と言いに来た」

女将「けったいな。竜胆は今、禿とは言え新造(しんぞ)出しを控えた女郎でございます」

彬人「無理難題なのは承知しておる」

女将「ではお諦め下さいませ」

彬人「新造(しんぞ)は必ず客を取らねばならないのか?」

女将「木蓮に馴染の重なった場合は名代を立てねばなりません。たいていは妹新造(しんぞ)となりますので」

彬人「木蓮に他の妹はおらんのか」

女将「無論おりますよ。ですが、竜胆はウチの頂点を飾る女です。沢山の客の前に出さねばなりません」

彬人「他の男の手がついては困るのじゃ」

女将「いずれお国許に、というのは正妻にお迎えする為とはだいたい予想は付きますが」

彬人「武家の祝言は厄介なのじゃ」

女将「それはそうでございましょう? ですが、失礼を承知で申し上げます」

彬人「桝塚が外様(とざま)だという事か」

女将「そうでございます。御三家や御三卿ならばかなり難しい。むしろ女郎上がりなど妾腹がいい所でしょう」

彬人「外様(とざま)とて女郎上がりは簡単に妻には出来まいぞ」

女将「簡単だとは申し上げておりません」

彬人「判っておるなら事情を考慮せよ」

女将「華屋は大見世。新造(しんぞ)が褥(しとね)入りしたとしてお開帳はさせませんよ」

彬人「生娘の事実は当然必要だが、男の手が付いたという噂でも困るのじゃ」

女将「・・・、それなら、女郎を正妻に迎えるのは諦めた方がよろしいのでは?」

彬人「諦められぬな。あの娘程に美しいおなごをワシは知らぬ」

女将「母親は傾城と言われた華屋のお職でございます。当然でございましょう?」

彬人「客の贈答品を引きちぎる豪胆さも気に入った」

女将「あの行為を、異常だとは思わないのでございますか」

彬人「あれくらい肝が据わっていなければ家老どもを黙らせる事はできまい」

女将「なんにせよ、縁切りの話でないならホッとしました」

彬人「新造(しんぞ)出しと共に身請けをしたい」

女将「は?」

彬人「新造(しんぞ)出しの後に下手に間を置いて他の男に触れられるのを避ける為じゃ。出来るじゃろう?」

女将「それは出来ます・・・、けど」

彬人「竜胆の身に掛かる借金はいくらじゃ。それを精算して落籍せよう」

女将「竜胆に借金はありません。あの子を育てた姐と父親代わりの若衆が苦労をさせまいと育て上げたのでね」

彬人「ふむ・・・?」

女将「そのお顔は気付いておられますね」

彬人「親代わりとなれば愛着もあろう。手放したがらぬじゃろうな」

女将「説得に少々手間取るかもしれません」

彬人「面倒じゃな」

女将「そう、おっしゃらず」

彬人「本物の親ならば自ら説得を試みようが、遊郭下働きの男衆に断りを入れよと申すか」

女将「・・・、貴賤をお気になさるのであれば猶更女郎の身請けをなさる理由が判りませんが」

彬人「話が逸れておるな。ワシが身請けするのは竜胆じゃ。親代わりは関係なかろう」

女将「お武家さまとしての考えが変わらぬと申しますなら、平行線ですね」

彬人「ワシはな、そなたの態度も気に入らぬのじゃ」

女将「あぁ、お大名様であろうがなんだろうがお客様としての対応しかできませんよ」

彬人「不敬は承知という事か」

女将「人の見世に登楼して不敬も何もありませんよ。私はあなたの腰の物をお預かりする事が出来るんですよ」

彬人「ワシは説得はせぬ。見世の事は見世の事として片付けよ」

女将「かしこまりました。その様に頑固では話も進められませんからね。それで? 身請金は幾らご用意いただけたんでしょう?」

彬人「新造(しんぞ)出しの費用と併せて二千両じゃ」

女将「・・・二千両」

彬人「何じゃその顔は」

女将「・・・時に、あの子の母親を落籍せようとした方々が幾ら積んだかお調べになりましたか」

彬人「母親は関係なかろう」

女将「ありますね」

彬人「時代も違えば、事情も違う」

女将「傾城と呼ばれた妓の娘です。大切に育て上げた引っ込みです。これから華屋の頂点に立たせる予定でした」

彬人「借金もなければまだ稼ぎになる妓ではない。二千両ですら法外な金額だと思うが?」

女将「考えさせて戴きます」

彬人「断る事は許さぬ」

女将「今はお引き取り下さい」

 

 

 

女将「蓮太郎・・・、お前布団に入るが早いか眠気催してんじゃないよ。欠伸が感染ってあたしまで眠たくなっちまうだろう?」

蓮太郎「ん・・・、激務こなした後に・・・、布団に入って、寝るなという方が無理・・・」

女将「あ、こら、寝るなって言ってんだろう」

蓮太郎「お律さん、体温高いんですよ・・・。温かくて、ふぁ・・・、あ」

女将「馬鹿、蓮太郎、あたしゃ話したい事があるんだよ」

蓮太郎「そんな体温高いから・・・、蚊に刺されやすい・・・」

女将「放っといてくれ。そうじゃなくて、竜胆の新造(しんぞ)出しの話をしたいんだ!」

蓮太郎「布団が、気持ちいい・・・」

女将「閨で情報交換しようって持ち掛けたのはあんただろうが。なんであたしがあんたを寝かし付けなきゃいけないんだよ!」

蓮太郎「しっ! 誰か来る」

女将「・・・っ! ・・・、ん、あ、ぁー、あーん(棒)」

蓮太郎「ふひひひひひ」

女将「こら! 笑うんじゃない蓮太郎! バレたらどうするんだい!」

蓮太郎「だって・・・、色気の欠片もない」

女将「お前相手に色気出せって方が無理があるだろう!

蓮太郎「出来ない演技ならやらない方がいいと思います」

女将「やかましい。忍虎の息子同然のあんたは、あたしにとっても息子みたいなもんなんだ」

蓮太郎「お律さん、十二歳で子供産んだんですか?」

女将「物の例えだよ、本気にするんじゃない」

蓮太郎「随分と熱心に通ってますね・・・、木蓮花魁が上客なので何とか褥入りをしようと試みているのは知っています」

女将「男前で若いしねぇ、落としたいのは判るんだが、木蓮じゃあ無理だろう」

蓮太郎「そうですか? 竜胆はまだ子供です。女として言うなら木蓮花魁の方が魅力的だと思いますが」

女将「・・・」

蓮太郎「なんですか?」

女将「あんたの口から他の女が魅力的だなんて聞くとは思わなかったんでね。驚いているのさ」

蓮太郎「よくは判りませんが」

女将「判らないんかーい!」

蓮太郎「・・・竜胆に女を感じる事があるんでしょうか?」

女将「生まれた時から育ててるあんたにとって、きっといつまで経っても竜胆は子供なんだろうよ」

蓮太郎「俺でなくとも竜胆はまだ子供ですよ。新造(しんぞ)出しなんてまだ早い」

女将「初潮はとっくに迎えたんだ。いつ客を取り始めたって問題ないさ」

蓮太郎「どいつもこいつも頭に花が咲いてる。女であれば何でもいいのか」

女将「あんたね、竜胆は女郎だよ」

蓮太郎「女郎にならなくても生きていけます。借金は淡墨さんが清算した筈ですが」

女将「椿の娘だ」

蓮太郎「だからこそ女郎にするのを反対しているんです」

女将「竜胆は女郎になりたがってるよ」

蓮太郎「・・・、・・・?」

女将「母が見た風景を見たい、と。何を思ってどう感じながら生きたのか、と。父親代わりだからって竜胆の将来を決めようなんざ、あんたの傲慢だ」

蓮太郎「淡墨さんはどちらも選べるように、と借金を清算したんです。椿の遺した借金は決して安くない事を判っていながら。俺は、突出しが決まるまで反対しますから」

女将「判らなくもないさ。だが、例えば、今回の新造(しんぞ)出しの費用を担う大名御曹司が身請けを切り出した、と言ったらあんたはどうする」

蓮太郎「・・・?! ・・・身請け? 竜胆を?」

女将「突出しを迎える前に落籍せる事が出来ない訳じゃない。新造(しんぞ)とはいえ女郎なんだ」

蓮太郎「竜胆が、それを受けるとは思えません」

女将「この話が決まりそうならあたしはあんたが何と言おうが、身請けさせるよ」

蓮太郎「金・・・、ですか」

女将「・・・そう、金だよ。安くは売らない」

蓮太郎「・・・そろそろ、失礼します」

 

女将「竹田の息の掛からない大名の身請けを、断る理由なんてないんだよ」

 

 

 

竜胆「お昼のお稽古を休んでも良かったのでありんすか?」

蓮太郎「あぁ、淡墨さんにはもう言ってある」

竜胆「へへっ、蓮太郎を独占できるなん、何のご褒美じゃ?」

蓮太郎「ひとまず、ここに入ろう」

竜胆「え、蓮太郎・・・? ここは大見世御用達の引手茶屋じゃ」

蓮太郎「知ってるよ?」

竜胆「むぅ・・・、蓮太郎・・・、妓(おんな)を買うのか?」

蓮太郎「ん? あぁ、そういう捉え方になるのか。違うよ」

竜胆「じゃあなんで」

蓮太郎「茶屋の主人には予め話してある。お前、椿の絵姿を見たがっただろう?」

竜胆「え・・・? でも絵姿では判らぬのではないか?」

蓮太郎「どうだろう? 俺も茶屋の絵姿は見た事がないから判らない。でも見ないままでは余計に判らないだろう?」

竜胆「見ながら、お母さんの話、してくれる?」

蓮太郎「勿論、その積もりだ」

竜胆「じゃあ見る! 一緒に見たい!」

蓮太郎「竜胆は、甘味より椿だな」

竜胆「お母さん一人でこんなに沢山ある」

蓮太郎「椿が突出しを終えた八年分だからな。三月に一度変えたとしても24枚か」

竜胆「これは? 蓮太郎が言っていた通り小柄でほっそりしておりんす」

蓮太郎「これは文化4年、突出しを終えてすぐくらいか。まだ絵姿を盛る所まで考えが至らなかったんだろうな。似てるよ」

竜胆「こんなに子供っぽかったのか?」

蓮太郎「んー・・・、多分」

竜胆「多分?」

蓮太郎「竜胆、椿が十六という事は俺も十六だからな?」

竜胆「は? 蓮太郎、お母さんと同い年なんでありんすか?!」

蓮太郎「・・・知らなかったのか?」

竜胆「初めて聞きんした。そうか・・・、同い年か。じゃあ、母が生きてたとするなら今は34・・・。大年増じゃ」

蓮太郎「生きていれば、な」

竜胆「ここに並んでる他の妓の絵姿はみな色っぽいのに、母はちと色気が足らぬ、何故じゃ・・・?」

蓮太郎「多分・・・、胸を出していないからじゃないか?」

竜胆「本当じゃ、皆胸を晒しておるのに母は一つも胸を出していない」

蓮太郎「絵師にも見せなかったんだな。椿は衿(えり)を崩すのを極端に嫌ったから、一度でもそんな暴挙をされたら二度とその客の所には行かなかった」

竜胆「あ、髪を下ろしてる」

蓮太郎「どれ?」

竜胆「・・・?? 蓮太郎反応早っ」

蓮太郎「・・・、あ、うん、ごめん。竜胆に教える為だったな」

竜胆「蓮太郎、嬉しそうじゃ。母への気持ちがとても良く判りんす。・・・わっちじゃ代わりにはなりんせんな」

蓮太郎「・・・、竜胆。・・・お前は女郎になりたいのか?」

竜胆「遊郭で生まれ育った以上女郎になるしか道はなかろう?」

蓮太郎「お前には借金は無い。どこかの楼主の息子と祝言を上げるか、一人がいいなら遣り手や番頭になるという方法もある。大門を抜ける事だって出来る」

竜胆「母が生きたこの遊郭で生きたい」

蓮太郎「・・・、そうか。そろそろ帰ろう」

竜胆「帰りに甘味処でぜんざいを食べたい」

 

 

 

淡墨「蓮太郎殿」

蓮太郎「淡墨さん、どうかされましたか?」

淡墨「ようやく決心されたと聞きんしてな」

蓮太郎「俺の決心など大して重要ではありませんよ。竜胆の気持ちの方が大切でしょう。・・・、竜胆は?」

淡墨「我儘じゃ」

蓮太郎「遊郭で生まれ育ったのだから離れるのに不安があるのは仕方ありません」

淡墨「何故、手放す決心を?」

蓮太郎「竜胆は、椿の影に囚われているんです。椿が遺した遺言を生きるのは、俺だけでいい」

淡墨「そうか・・・、そうじゃな。過去のしがらみや楔は断ち切ってやらねばなるまいな」

蓮太郎「あとは身請けされる方にお任せします」

淡墨「あれ程熱心に通って下さるのじゃ。大名御曹司が、足しげく通って己の心を伝えるなんぞと、誰かを彷彿とさせる」

蓮太郎「小田切のお方ですか?」

淡墨「伝手も何もないのだから、見世に通うしか熱意も愛情も伝える事は出来ぬ」

蓮太郎「思い出してお辛いのでは?」

淡墨「なんの、景季様はわっちの心に生きておりんす。妹の幸せを共に願うのじゃ。己が叶えられなかった幸せ、他の女に同じ轍を踏ませるでないと、わっちを常に励ましてくれる」

蓮太郎「叶わなかった想い、ですか」

淡墨「じゃが、蓮太郎殿は違いんすな。竜胆は椿花魁の忘れ形見、本当に手放して後悔はせぬのか」

蓮太郎「常に迷っています。ですが渾身の幸せをあげられるのは俺じゃない」

淡墨「言いにくい事じゃが・・・」

蓮太郎「なんでしょう」

淡墨「竜胆は蓮太郎殿に微かな恋慕の情を抱いておりんす」

蓮太郎「知ってます」

淡墨「他の女の想いにはとことん鈍い癖にそれは気付くのじゃなあ?」

蓮太郎「色々含みがありますね」

淡墨「そりゃあ、振られて泣くおなごの多さ故じゃ? 桜町の中見世楼主の娘との縁談も断ったそうじゃな」

蓮太郎「もう、誰を断ったかなんていちいち覚えていませんよ」

淡墨「罪作りな男じゃ」

蓮太郎「椿の娘である以上、いずれ竜胆がそういう想いを持つ事はある程度予想出来ていました。ですが、父親代わりとしての気持ち以上にはなりえませんでしたので」

淡墨「応えられるものでない事は本人もよう知っておりんす。何より、応えられたら椿花魁・・・、母への想いの浅さに幻滅するじゃろうしな」

蓮太郎「椿至上主義ですからね」

淡墨「一つ聞きたいのじゃが」

蓮太郎「はい」

淡墨「もしやとは思いんすが、竜胆を見送って自害するなんぞとは考えておりんせんな?」

蓮太郎「・・・、あぁ、そういう・・・、ありませんよ。むしろ竜胆がいなくなれば若衆を辞めて自分の使命に没頭する事が出来ます」

淡墨「辞めたかったのか?」

蓮太郎「そうですね・・・。椿のいない華屋は、俺にとって辛すぎる。辞めたいと、常に思っていました」

竜胆「どう言う事じゃ!?」

淡墨「竜胆・・・? おんし身の回りの整理をせよと申し付けた筈じゃ」

竜胆「わっちに用事を言い付けて! こんな所で内緒話でありんすか?! わっちが邪魔だったと言う為に」

淡墨「それは違いんす」

竜胆「どこが違うのじゃ! わっちが身請けで遊郭を出れば蓮太郎は華屋を辞められると、そんな安堵した顔で言う!」

淡墨「おんしが心配で華屋に残った気持ちは変わるまいよ! けんど邪魔とは違いんす」

竜胆「辞めたかったと言った! わっちがいなければ辞めていたのにわっちがいるから辞められなかったなら邪魔だったと言う事じゃ!」

淡墨「竜胆!」

蓮太郎「そうだ」

淡墨「蓮太郎殿! 自棄(やけ)を起こしてそんな事をいいんすな!」

蓮太郎「自棄(やけ)を起こしている訳ではありませんよ」

竜胆「・・・、本当に・・・、邪魔だった、のか・・・?」

蓮太郎「決まっているだろう。確かにお前は椿の娘だ。だけど俺は椿にこそ想いはあれど、お前は他の男の娘だ」

竜胆「・・・っ!!」

蓮太郎「強いて言うなら、父親が誰かも知っている」

竜胆「え・・・?」

蓮太郎「期待するな、もう亡くなった」

竜胆「・・・」

蓮太郎「お前の父親の事は俺は好きじゃなかった。利己主義で自分勝手で我儘で奔放で、考えてみればお前はそっくりだ」

竜胆「そんな、言い方・・・」

蓮太郎「恩も義理も無い。ただ俺が好きだった女の娘というだけでどうして俺がお前の世話をしなきゃいけない? 遺言? そんなもの知ったこっちゃない。椿はもう死んだ。お前を守れなかったとして誰が責める? どうして俺がお前の為に華屋に留まらなければならない?」

竜胆「・・・っっ!!」

蓮太郎「お前が、身請けで出て行くなら大手を振って大門から送り出してやる。名実ともに自由を手に入れるんだからな」

淡墨「蓮太郎殿! いくらなんでもそれは言い過ぎじゃ! 竜胆の気持ちも考えや!」

蓮太郎「竜胆の気持ちばかりを考えて来たからこそ、今こんな我儘放題好き勝手を言うんです」

淡墨「思ってもない事を言いんすな! 邪魔じゃと思っておるならこれ程に情深く育てられやせん」

竜胆「もう、いい・・・」

淡墨「竜胆、誤解しんすな。蓮太郎殿のおんしに対する態度が邪魔者などと思う必要などありんせん」

竜胆「淡墨姐さん・・・。もう、いいでありんす。蓮太郎の言う通りじゃ。他の男の子供なぞ、憎んでも好きになど慣れる筈もないのじゃ」

淡墨「それは」

竜胆「長い間・・・、お世話になりんした」

淡墨「竜胆」

竜胆「身請けのお話を受けんす」

淡墨「こんな、誤解だらけの別れ方をするんじゃありんせん」

竜胆「きちんと身の回りの整理をしんす。失礼致しんす」

淡墨「竜胆・・・っ! 蓮太郎殿、言い方というものがありんしょう?」

蓮太郎「あれくらい言わなければ竜胆は決断しません」

淡墨「じゃが」

蓮太郎「これで、いいんです」

 

 

 

木蓮「全く、女将さんには困ったものでありんす」

淡墨「そういうでない。女将は見世の切り盛りを殆ど一人でこなして、且つ総名主としても責を担っておるのじゃ」

木蓮「けど、竜胆の身請けの日にいないというのは、見世としてどうかと思いんす」

淡墨「段取りは整えて行ったのじゃ、良しとせねば」

木蓮「まぁそうだけど。どちらかが日を改めるべきだったと思いんすよ」

淡墨「急に若山の国許から呼び出しがあったのじゃから仕方あるまい」

木蓮「国許から、ね。淡墨、あんた何も疑問に思いんせんのか?」

淡墨「そんな暇があるなら木蓮は華屋の頂点としてもっと精進しや?」

木蓮「・・・っ」

淡墨「おんしはだらけすぎじゃ。心を以って妹に接しなければ誰一人として琴線に触れる事も無かろう?」

木蓮「番頭に引き下がったら何も心配しなくていいもんねぇ? 隠居した番頭はお気楽な事をいいんす」

淡墨「お気楽でないなら女将がいないのをいい事に若衆食いをやめや? 蓮太郎殿にしなを作るのもじゃ」

木蓮「おんしに注意される意味が判りんせん? 年増が、蓮太郎に惚れんしたか?」

淡墨「注意までも恋慕に結び付けるとは、聞くに付け低脳。蓮太郎殿は常に多忙じゃ。竜胆の姐である手前おんしの機嫌を損ねぬように接するのが大変そうでな、不憫じゃ」

木蓮「なんでそう、鼻に付く言い方しかできんのか」

淡墨「出発じゃ・・・。蓮太郎も出て来ないでは竜胆が可哀想じゃが、待たせる訳には参らぬ」

木蓮「大事な時に、何考えているんだか。竜胆、短い間でありんしたが不束な姐じゃったな」

竜胆「木蓮姐さん、こちらこそ、短い間でしたがお世話になりんした」

淡墨「妹の身請けというものはいつでも複雑な物じゃ」

竜胆「淡墨姐さん、どうか体に気を付けて」

淡墨「おんしも、達者でな」

竜胆「あい・・・、姐さん方も。お達者で」

 

 

 

淡墨「蓮太郎殿、どうして見送りに出て来なんだ?」

蓮太郎「顔を見せれば竜胆の決心が揺らぐからです」

淡墨「それ程思いが強いのを、喧嘩別れのまま生涯会えぬというは辛い仕打ちをしんす」

蓮太郎「座敷の片付けもしなければなりませんので、失礼します」

淡墨「最後の仕事か」

蓮太郎「・・・、はい。もう華屋にも若山遊郭にも留まる理由がありません」

淡墨「そうか」

蓮太郎「今晩をここで過ごしたら、明日の朝早くに若山を出ます」

淡墨「寂しくなるの」

蓮太郎「予想もしていない方からの言葉ですね」

淡墨「わっちは蓮太郎殿とはいつでも近しいと感じておりんしたよ?」

蓮太郎「なぜ?」

淡墨「恋する相手は互いに彼岸じゃ」

蓮太郎「・・・っ」

淡墨「天寿を全うするまで、愚かな真似はすまいよ?」

蓮太郎「そうですね」

淡墨「達者でな」

蓮太郎「淡墨さんも」

女将「蓮太郎!!」

蓮太郎「女将・・・? どうしたんですか、血相を変えて」

女将「竜胆は?!」

淡墨「・・・三刻半も前に、大門から出て行きんした。何か問題が?」

女将「遅・・・かった? そんな」

蓮太郎「江戸に行っていたんじゃないんですか?」

女将「江戸街道に入ったところで阿波藩(あわはん)の家紋を持つ一行と擦れ違ったのさ!」

蓮太郎「・・・? 何言ってるんですか? 江戸街道? 阿波藩は西ですよ。京街道じゃないんですか」

女将「あたしが向かったのは江戸だよ!」

淡墨「間違えた、訳じゃありんせんのか?」

女将「間違えた訳じゃないからおかしいだんろうが!!」

淡墨「女将さん、きちんと説明をしてもらわねば判らぬ」

女将「昨日、竜胆の身請け惣仕舞の準備をしてから江戸街道に入ったら、止まる旅籠で桝塚の御家人達を見かけたのさ。いや正確に言えば桝塚の家紋を持った御家人達だ」

淡墨「つまり・・・? どういう事じゃ?」

女将「ちょいと調べたら判ったんだ。家紋は偽造されたものだったんだよ!」

淡墨「家紋を偽造? ・・・、何故その様な真似を」

蓮太郎「架空の藩という事ですね? 阿波藩の中に桝塚勝浦守は存在しない、と」

淡墨「藩主を騙って、竜胆をかどわかしたという事か・・・?」

女将「済まない!! 蓮太郎!! あたしがもっとちゃんと気を付けていれば!」

蓮太郎「彼は一体誰なんですか?」

女将「正体はまだ判らない! けど!! 竹田の息がかかっていた・・・っ!!」

蓮太郎「・・・」

淡墨「蓮太郎殿!! どこに行くのじゃ?!」

蓮太郎「江戸街道ですね?」

淡墨「どうする積もりじゃ!! 三刻半も前に出たものを追い付く筈もなかろう?!」

蓮太郎「途中で馬を調達します。失礼します」

淡墨「蓮太郎殿、気を付けられよ」

 

淡墨「藩主を騙るなど、何故その様な真似を。借金が無いとはいえ決して落籍など安い訳じゃありんせん」

女将「大奥に上げる積もりだと思うよ」

淡墨「・・・大奥、じゃと?」

女将「公方様の元へ上がらせるのだから当然生娘にこだわって新造(しんぞ)出しの後にすぐ連れ帰る話になるだろうよ。そこまで頭が回らなかった。もっときちんと調べていればよかったのに外様(とざま)だと安心して、あたしは・・・」

淡墨「何故女郎を? 武家への養子にするにしても段階を踏まねば難しい」

女将「養子縁組を繰り返して大奥に入れる環境を整える為にはあと2、3年は必要とする。その為に14歳であり生娘、かつ武家や町人にはない飛び抜けた美貌と身についている教養は、連中にとって多少の金を積んでも手に入れたかったのさ」

淡墨「けんど、今の公方様はもうかなりお年を召している筈」

女将「だからこそだろうよ。年を食った男は若い女を好む。寵愛を戴けば家は安泰だ」

淡墨「あの手この手で権力を争って何が天上人か、醜い者じゃの・・・」

女将「蓮太郎は、間に合うだろうか・・・」

 

 

 

彬人「顔色が優れぬようじゃの? 竜胆」

竜胆「籠が、思ったより揺れるんで、余り気分がよくありんせん」

彬人「先を急がねばならぬのでな、余り止める事は出来ぬがどうにもならぬ場合は申せ」

竜胆「お国許でなんぞございんしたか?」

彬人「いや? 何故?」

竜胆「先を急がねばならぬと・・・」

彬人「あぁ、それなら気にするな。そなたの身の上に害はない」

竜胆「害があろうとなかろうとわっちは気にせん。どの道捨てられた身の上じゃ」

彬人「何を申すか、捨てられた、とは。そなたを手に入れるのにワシがどれだけ苦労したか」

竜胆「主殿がどれだけ苦労しんしたかは判りんせん。けんど、今は主殿と共に旅路についておりんす。それが答えじゃ」

彬人「ワシが相手では不満か」

竜胆「不満があろうとなかろうとわっちに選ぶ権利なぞありんせん」

彬人「ふむ・・・。へそを曲げておるのじゃな? ふくれっ面も愛らしいな」

竜胆「籠が並んで進んでいると、互いの顔を見られても、まるで鳥籠の文鳥じゃ」

彬人「・・・っ、寒気が走る様な事を申すな」

竜胆「女将さんから聞きんしたよ? わっちが文鳥を殺したのを豪胆と褒めそやした、と」

彬人「あ・・・、あぁ。その位でなくては武家の妻にはなれぬ」

竜胆「それなのに主殿はその行為を恐れておるのじゃな?」

彬人「恐れてなどおらぬぞ。ただ、妙な例えをするものじゃと思うてな」

竜胆「番は共に愛し合っているとは限らぬ」

彬人「そうじゃな・・・、そなたはワシを想うてはおらぬじゃろう?」

竜胆「会うて幾ばくも経たぬ、主殿をわっちはよく知らぬ。恋慕以前の問題じゃ」

彬人「そう申すのも仕方あるまい。じゃが承諾したのじゃ。これからゆっくり夫婦(めおと)になってゆけばよい」

竜胆「誰が夫婦になると申しんしたか?」

彬人「・・・? ワシが落籍したのじゃ。そなたはそれを良しとしたのではないか?」

竜胆「身請けはわっちを遊郭から連れ出す為の物。それが夫婦の契りじゃと誰が申しんした」

彬人「おかしな事ばかり申しおる。言わずとも当然の成り行きであろう?」

竜胆「じゃから文鳥と同じと申しんした」

彬人「何故、文鳥に例えるか」

竜胆「誰に羽根をもがれるか判らぬ故」

彬人「誰に・・・? とは」

竜胆「もしくは、番とて気に食わねば同じ籠の鳥を食い殺すかもしれぬ」

彬人「そなた・・・。座敷では余り喋らなかったから判らぬが、頭がおかしいと言われた事は無かろうな?」

竜胆「さぁ? 余り人と喋らぬ故、そのように言われた事はありんせん」

彬人「ならば、余り口を開かぬがよいな」

竜胆「口聞かぬ夫婦か。悪くないかもしれんせんな」

彬人「見た目より不出来な娘じゃったか。ハリボテを手に入れたのかもしれぬな?」

竜胆「わっちは主殿と祝言を挙げる積もりはありんせんよ」

彬人「とんでもない事を平然と言いおる」

竜胆「女将さんの手の内か?」

彬人「・・・? どういう事じゃ?」

竜胆「この籠は、本当に国許とやらに向かっておりんすか?」

彬人「・・・、そなた、何を申しておる」

竜胆「わっちは外に出た事が無いからと、かどわかすのに右も左も知らぬと思うておるのじゃろう?」

彬人「言葉を濁さずはっきり言えぃ!」

竜胆「わっちを育てた蓮太郎という若衆は博識でありんした」

彬人「まだ続けるか」

竜胆「遊郭に留まらず江戸や京も良く行きんす。わっちは姐さん方のおきちゃが気になるんで蓮太郎にどこの藩主で国許はどこか聞いて、ある程度の藩主頒布図は頭に入っておるのじゃ。阿波と言えば西、けんど今進むのは江戸街道ではありんせんのか?」

彬人「遊郭を出た事のない娘が、適当にそのような事を申すでない」

竜胆「道標」

彬人「・・・? 道標、じゃと?」

竜胆「遊郭より出てから三つの道標を目にしんした。一つ目は疑問、二つ目は確認、三つ目は確信じゃ。この道は京街道ではない」

彬人「ほぅ・・・? おなごの癖に賢しいな」

竜胆「そして、わっちの母は武家の出でありんす」

彬人「出身が武家であろうと、所詮は下賤の女郎であろう」

竜胆「常日頃から武家の出自を恥じぬよう自他共に厳しいおなごだったそうじゃ」

彬人「過去の栄光に縋って武家の真似事か、みじめな物じゃの」

竜胆「それを知っている淡墨姐さんはわっちの嫁入りと用意してくれたものの中に、用意してくんなんした」

彬人「四方山話をいつまで続ける積もりじゃ」

竜胆「輿入れの際、己の為に帯に差し込まれる懐剣。これは自害の為だそうじゃ」

彬人「懐剣じゃと?! 遊郭でそのような物手に入るまい!」

竜胆「遊郭、女郎、下賤、それほどに侮る女と祝言を挙げる愚か者もおりんせん」

彬人「懐剣を寄越せ! この様な所で死なせる訳には参らぬ! 江戸でお待ちの方にそなたを引き渡さねばワシはお家断絶よ!」

竜胆「女将さんから幾ら貰いんした? 身請けの説得も熱心な筈でありんすな」

彬人「何を言っておる」

竜胆「心配せずとも、わっちは主殿を殺してから自害しんす」

彬人「何を、言うのじゃ」

竜胆「その腰の物こそハリボテでありんしょう? 文鳥を引き裂いた程度で驚くのでありんすから」

彬人「やめろ! ・・・っ! なんだ? 駕籠が!」

竜胆「きゃあ! な、なに・・・?」

彬人「駕籠が、止まった・・・?」

竜胆「痛・・・、なんじゃ?」

彬人「ひ・・・っ?! 駕籠者が、殺されて・・・っ!! 御家人も?! な、何やつじゃ!」

竜胆「・・・、殺され・・・? え」

彬人「貴様! 何をしたか判っておるのか!!」

蓮太郎「御安心下さい、旅路で消息を絶つなどよくある話です。証拠隠滅の方法などいくらでもありますから」

竜胆「・・・、れん・・・、太郎?」

蓮太郎「貧乏旗本が、在りもしない藩主を騙って女郎をかどわかした。いずれにせよ死罪です」

竜胆「よ・・・、けいな事を!!」

蓮太郎「竜胆?」

竜胆「なんでここに蓮太郎がおりんすか!! 余計な事をしんすな!! わっちは蓮太郎なんかいなくてもやりたい様にやる!」

彬人「蓮太郎・・・? ただの若衆が何をしに来た・・・? ワシが遊郭を出たのは半日以上も前ぞ? どうやって」

蓮太郎「駕籠より馬の方が圧倒的に早いんですよ」

彬人「な、そなた、何者じゃ!!」

蓮太郎「聞いた所でどうせ死ぬんですから無意味でしょう?」

彬人「タカが女郎を連れ戻す為に二十人もの御家人と八人の駕籠者を殺したのか・・・」

蓮太郎「あなたにとってタカが女郎でしょうが、俺にとっては椿の大切な娘なんです。くだらない陰謀や策略に沈めるなど許しませんよ」

彬人「だからと言って皆殺しにする理由があるか!!」

蓮太郎「幕府の陰謀を暴く為に命を懸けた椿の娘を! 幕府の為に利用させたりはしない。大人しく死んで下さい」

竜胆「わっちは! 蓮太郎になど助けられたりはせん!! いなくなればいいと思われてたのを気付きもしないで今まで育ててくれたなんて勝手な恩を感じて! いつか恩返しが出来たらいいなんて考えて、蓮太郎が母を好きなのも知っていてそれでも好きで!敵わないって判ったから諦めようとして外に出たんじゃ! もう! わっちの前に顔を見せんすな! 二度と会いたくない!」

蓮太郎「竜胆、懐剣を寄越せ」

竜胆「返せ! その懐剣はわっちのもんじゃ! わっちは、その男を殺して、そうして、そうしたら・・・」

蓮太郎「ごめん、竜胆」

竜胆「・・・っ! 抱き締めたりなんかしんすな! その男を殺せなくなる!!」

蓮太郎「俺が殺す。お前は手を汚すな」

彬人「あ・・・、あ・・・」

蓮太郎「この期に及んで、逃げられるとは思わないで下さい」

彬人「が・・・っ!」

竜胆「・・・、なんで、迎えにきんした・・・?」

蓮太郎「お前の幸せを望んだ。だけど、それは他人の手にゆだねる物ではない事に気付いたから、迎えに来た」

竜胆「・・・っ」

蓮太郎「お前は、椿が遺して俺が育てた大切な娘だ」

竜胆「・・・っ、ふぁ、ぅああぁぁぁあん! 蓮太郎! 蓮太郎!! うぁああぁあぁあぁああん!!」

蓮太郎「帰ろう。若山に」

竜胆「一緒に帰ってもいいのか。わっちは、蓮太郎の所に帰ってもいいのか?」

蓮太郎「当たり前だろう?」

竜胆「うえぇええぇえええぇえん!」

蓮太郎「ほら、抱えてやるから、馬に乗って」

竜胆「は?!?! いやあああああああああ!!!! 馬怖いいいいいい!!!!」

蓮太郎「えぇ?!」

 

 

 

淡墨「竜胆・・・、よう無事で戻ってきんした。良かった」

竜胆「心配かけて申し訳ありんせんでした」

淡墨「竜胆のせいではあるまい? 気付かんかったわっちらのせいじゃ。怖い思いをしんしたな」

竜胆「怖くなかった」

淡墨「ん?」

竜胆「怖くはありんせんかった。ただ、胸が苦しくて、辛くて、痛くて」

淡墨「蓮太郎殿が迎えに行ったのじゃ。気持ちは判ったでありんしょう? 決して疎ましく等思ってはおらぬ、と」

竜胆「あい」

淡墨「恋慕の気持ちが残っていては辛かろうが・・・」

竜胆「それはもう、ありんせん。わっちは、蓮太郎と母が二人とも好きだから。母を想う蓮太郎が好きだから、ずっとそれを見ていたかったのじゃ」

淡墨「そうか・・・。ともあれ、おんしの新造(しんぞ)出しは終わった。これからは見世の為に奉公せねばならん」

竜胆「あい」

淡墨「借金が無いからと、人の恩も、心もないがしろにしてはなりんせん」

竜胆「あい、更に身を入れて頑張りんす」

淡墨「それでこそ竜胆じゃ。わっちの妹でありんす。さ、女将さんに顔を見せてから軽く昼寝でもしんしょう」

 

 

 

竜胆(M)「その日、わっちは母の夢を見んした。やはり顔ははっきり覚えておらんかったが、とても優しい香りがしたような気がした。暖かい腕に抱き締められて『おかえり』と言ってくれた。

わっちは、やはりここを離れては生きて行けないのだと思いんした。