花魁道中いろは唄~外伝~ 闇に溶ける黒椿 ♂×3 ♀×4 / 白鷹

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所要時間:170分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

 

椿   (つばき) 19歳(♀) 

    大見世華屋の花魁。元来の美しさと見た感じの可愛らしさで男の気を引く。
    芯の通ったしっかり者で、頭の回転が早く根付く性格は非常に厳しい。蓮太郎と恋仲にある。


 

牡丹 (ぼたん) 25歳(♀)

 

    大見世華屋のお職であり椿の姐女郎。華やかな色気と優しさと雅さが売り。
    優しく心配性なため、常に椿の事を心配している。


 

菫  (すみれ) 15歳(♀)

 

    椿の妹新造。我儘な性格で、自身の生まれが武家である事に誇りを持っている。

蓮太郎(れんたろう) 19歳(♂)

    華屋の若衆で料理番。生真面目で自他共に厳しく真面目な性格だが椿に関してはかなり緩い。
    真面目さゆえに見世の信頼も厚く、料理番としての仕事以外にも様々な仕事を任される。


 

十六夜(いざよい) 26歳(♀)

    若山創業以来の老舗角名賀楼のお職。
    きりっとした態度と格式ばった接客の為武家と公家に多く客を持つ。
    本来は情に厚い女だが、自己の責任の為に常に厳しくあろうと努力する女性。


 

氷雨 (ひさめ) 20歳(♀)

    角名賀楼の次期お職として育てられた花魁。見た目の美しさで様々な客を持つ
    一皮むくと自由奔放で我儘な気性もある為、姐である十六夜は相当な苦労をしている。


 

五百扇屋 啓明(いおぎや はるあき) 21歳(♂)

    尾張町の武家を客に持つ札差の長男。男前だが短慮で考えが浅はかな為問題を起こしやすい。
    五百扇いおぎ屋の旦那が晩年に設けた子供の為、甘やかされて育った。


 

稲葉屋 松之輔(いなばや まつのすけ) 23歳(♂)

    尾張町一帯を顧客に持つ材木問屋の若旦那。啓明の友人。
    父親が早くに病床について早世した為、母親に責任感を強く持つ事を教えられ思慮深い性格。

 

――――――――

役表

椿    (♀)・・・
牡丹   (♀)・・・
蓮太郎 (♂)・・・
十六夜 (♀)+菫・・・
氷雨   (♀)・・・
啓明   (♂)+男1・・・
松之輔 (♂)+男2+若衆・・・

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牡丹「幕府公認若山遊郭、ここは男が金で一晩の夢を買いに来る場所
   男と女が偽りの恋を綴る町
   ・・・そして、金が全てを飲み込む町

 

氷雨「十六夜姐さん。今日、椿花魁が揚屋に来るそうでありんす」
十六夜「氷雨。懇意にしている茶屋が同じであれば、そういうこともありんしょう」
氷雨「椿花魁についてはいい噂をあまり聞きんせん。人の客に流し目を使うだの、そうとう性質が悪いそうでありんすよ」
十六夜「くだらん。流し目程度で奪われるのは奪われる方の気概が足りんのじゃ」
氷雨「わっちとて奪われんようには努力しんす」
十六夜「氷雨の今日のおきちゃは畳屋の旦那でありんしたな」
氷雨「畳一本でどれだけ稼げるかは判りんせん。わっちはもっと大店主の旦那が欲しいでありんす」
十六夜「贅沢を言いんすな。人柄を見てきちっと決めなんせ」
氷雨「そうは言いんすけんど、十六夜姐さんのお客は確か、札差の五百扇屋様だったじゃありんせんか、羨ましい」
十六夜「羨ましいという前に、それ位の客を取れる妓になりや」
氷雨「そんな事を言いんしても、最近の客は華屋に吸い取られてしまいんす」
十六夜「華屋は確かに勢い付いておりんすけんど・・・、今だけじゃ」
氷雨「確かに、珍しい料理や垢抜けた衣装で名を挙げてるだけでありんすが、そんでも上客が多い」
十六夜「老舗中の老舗、角名賀楼は昔から縁の深いおきちゃが多い」
氷雨「そうでありんすね。武家さんも店主もウチを裏切るような真似はせん」
十六夜「そう、五百扇屋様とて初会の手続を踏んではいるものの、お父君もわっちの客。

    世代交代しても角名賀を使こうてくださるというんで、襲名されるご長男の啓明様が挨拶がてら登楼されるだけの話」
氷雨「親子二代の契りなら堅いでありんすな。そんなら、心配する必要もありんせん」
十六夜「氷雨、椿なんぞに怯える必要ありんせん。おんしはあんな小娘よりきれいじゃ」
氷雨「姐さん・・・。・・・、あ、椿花魁が道中を張っておりんす」
十六夜「・・・っ」
氷雨「なんて、綺麗な・・・。魂消る程の美貌じゃ」
十六夜「去年、旗本を一つ、潰したそうでありんす」
氷雨「潰した?」
十六夜「尾張の旗本で加賀と言ったか。改易の上親子共々切腹させたそうな」
氷雨「ひっ」
十六夜「氷雨。おんしは、客に身を持ち崩させる様なさじ加減の判らんおなごにはなりんすな」
氷雨「・・・心得んした」

 

蓮太郎「牡丹花魁、香水(かおりみず)が届きましたのでお持ちしました」
牡丹「あぁ、ありがとう。けんどこの香水、どなんして作っているのでありんしょうな? ひとしずくで一晩中華やかな香りが続きんす」
蓮太郎「さぁ? でも鬢付油に含まれる香りの元とそれ程変わらないとは聞いた事があります」
牡丹「華屋も粋な事をしんすな。花の名前にちなんだ香水を用意するなんぞと(香りを嗅ぐ)。いい香り」
蓮太郎「御香の様に火を使わないので煙たくもありませんからね」
牡丹「ふふっ、蓮太郎は、牡丹の香りより隣の椿の香りが気になっておりんしょ」
蓮太郎「いえ? 香りには興味ありません」
牡丹「あ、椿本人にしか興味がない、と」
蓮太郎「はい」
牡丹「情緒は?」
蓮太郎「必要ですか?」
牡丹「おんしと椿には無用でありんすな」
蓮太郎「・・・、加賀改易の一件以来、少し椿が変わりました」
牡丹「それは、あっちも感じておりんす。椿は、加賀を潰す積もりだったんでありんしょう?」
蓮太郎「っ?! 気付いて、いたんですか?」
牡丹「あんな露骨な傾け方に気付かん訳がありんせん」
蓮太郎「異常な程に、加賀家を憎んでいたのは確かです」
牡丹「わっちは、緩い性格だから来る客は拒みんせんが、椿は客を選ぶ。それが悪い事とは思いんせん。けんど・・・」
蓮太郎「余り酷いと他の楼閣との兼ね合いから見世同士の諍いに発展しかねませんね」
牡丹「加賀家は、個人的に何かあったんでありんしょうな。昨今の椿は見ていて痛い。蓮太郎は何か聞いてはおりんせんのか?」
蓮太郎「台所裏で話す時間に時々カマを掛けて見るんですが」
牡丹「交わされるんでありんしょう?」
蓮太郎「もしかして、牡丹花魁も、ですか?」
牡丹「事あるごとに聞き出そうとはしておりんすが、すぐに感付いて能天気な話題で交わされてしまいんす」
蓮太郎「・・・同じ、です」
牡丹「蓮太郎も、でありんすか」
蓮太郎「ふぅ、そうなると、決定的ですね」
牡丹「椿はわっちらに隠し事をしておりんす」
蓮太郎「全く、嘘が苦手な癖に」
牡丹「隠すとなったら嘘を言わんでも済みんすからな」
蓮太郎「大した事のない嘘ならいいんですが、いずれ事が大きくなりそうで心配なんです」
牡丹「おそらく、何か事が起こるんは避けては通れんせんな」
蓮太郎「やはり、そうですか」
牡丹「相談、してくれればもしかしたら助けられるかもしれんのに」
蓮太郎「頑固者です。俺は頼りないのか、と情けなくなりますよ」
牡丹「せめて、椿が余り傷付かないように守ってやりんしょ」
蓮太郎「俺が守る積もりでいても、椿は自らいばらの道を掻き分けて進む癖があります」
牡丹「厄介な性格でありんすな」
蓮太郎「判っているのは、今回特別どの客に、と固執している訳ではないという事くらいです」
牡丹「奪える上客は皆奪う。華屋としては万々歳でありんしょう」
蓮太郎「ふっ、客なんかみんな死ねばいい」
牡丹「蓮太郎、心の声がダダ洩れでありんす」

 

松之輔「おう、啓明。揚屋で会うってこた、今日は初会か?」
啓明「松之輔。お前、揚屋って、確か中見世の青葉屋に敵娼が居たんじゃなかったか?」
松之輔「あぁ、少し前に仲ノ町張りしてる華屋の椿花魁に一目惚れしちまってな。切れ文と手切れ金で片付けて椿花魁に差し紙を出したんだ」
啓明「椿花魁ねぇ。お前はいいよな、敵娼も自由に選べて」
松之輔「まぁ、親父が早くに死んじまったってのもあるが、店が順風満帆だからな。好きにさせて貰ってる。

    とはいえ母親が早く内儀さんを決めろとやかましいから廓に逃げて来てるだけさ」
啓明「羨ましい限りだ」
松之輔「まぁ、お前も親父に『はい、はい』と従うのはいいが、敵娼だけは自分で選んで決めた方がいい」
啓明「やっぱりそう言う物か」
松之輔「決めた敵娼への足が遠のけば、見世の対応も悪くなって面子に関わる。何より床入りの時に適当に選んだ相手を抱く気になるか?」
啓明「あー、まぁ、そりゃ、そうか。そうだな、うん」
松之輔「一度枕の盃を交わしてしまうと俺みたいに面倒な事になる。手切れ金だって馬鹿にならねぇしな」
啓明「牡丹花魁と、椿花魁って言ったらどっちだ?」
松之輔「は? そりゃ、俺もまだわかんねぇよ」
啓明「いや、角名賀の花魁も別嬪ぞろいだが、格式ばった感じがどうも苦手でな。

    華屋みたいにぱっと華やかな花魁の方が目につくし俺は好きなんだ」
松之輔「角名賀は武家や公家の客が多いからな、仕方ないんじゃないか?」
啓明「家が札差だから客は武士か公家だ。接待に使うなら角名賀なんだろうが、体裁にこだわってもな」
松之輔「俺は材木問屋だからな、客は選ばねぇから好きなように出来るってのはあるな」
啓明「鞍替えするならどっちがいいかな」
松之輔「好きにすればいいと思うが、啓明」
啓明「ん?」
松之輔「ちらっと聞いたんだが、華屋の花魁ってのはみんな名前の通りのいい香りがするって言うぜ?」
啓明「名前の通りって、花の、匂い?」
松之輔「そう、ほんのり体から花の香りが漂って夢見心地になれるらしい」
啓明「牡丹は牡丹の香りで、椿は椿の香り、か」
松之輔「あぁ、今日は初会だから事の真偽は定かじゃないんだけどな」
啓明「香の一つでも焚き染めりゃ肌も香るだろう」
松之輔「そういう香りじゃないんだとよ。なんていうか、こう体の中心からふんわりと広がる瑞々しい香りがどうのって」
啓明「嗅いで見なきゃ判らんな」
松之輔「そりゃそうだ」
啓明「なんにしても噂なんて尾ひれはひれがつくもんだ」
松之輔「いずれ確かめられるだろう。今日は、なんとか椿花魁の笑顔が見られればいいな」
啓明「笑顔?」
松之輔「花魁は気位が高いから客に簡単に笑顔を振り撒いたりはしない。特に椿花魁は初会で笑顔を見せてくれたら枕が堅いという。」
啓明「あぁ、あぁ、やめだやめだ」
松之輔「あ? どうした?」
啓明「お前の話を聞いてると家のしがらみが鬱陶しくなってくる」
松之輔「どこまで融通が利くか判らないが、ちゃんと考えろよ。じゃ、またな」

 

十六夜「本日は初のお呼び立て大変嬉しく思っておりんす。五百扇様」
啓明「角名賀楼、十六夜、か」
十六夜(M)「啓明様、随分と若い。お父君は確か晩年に子を儲けたと言っておった、とすれば二十歳くらいか」
啓明(M)「松之輔が初会は口を聞いてくれないとかなんとか言ってたな」
十六夜(M)「男前でありんすな。けんど、どこか浮ついて危なげな様子」
啓明(M)「十六夜、か・・・。別嬪だが、すこし年嵩が行っているか」
十六夜(M)「もし、客として受け入れるのであれば座敷の理を叩き込まねばならぬか、面倒な」
啓明(M)「町方じゃどこの娘にも持て囃されている俺が、遊郭の敵娼はこの女、か」
十六夜(M)「座敷遊びは退屈か? 難しげな顔をしておりんす」
啓明(M)「なんていうか、親父に言われて座敷に上がってみたが、

    特に好みでもない女を見ながら太鼓持ちや他の女が踊ったり歌っているだけだ」
十六夜(M)「若い内は座敷の良さなど判らぬもの、か。・・・隣の部屋は随分と賑やかな」
啓明(M)「隣は・・・、確か松之輔がいる部屋か。じゃあ、椿花魁もいるという事だな」
十六夜(M)「襖を開けておるのか。なんと迷惑な」
啓明(M)「廊下まで宴会の音が聞こえている。襖を開け放してるって事か」
十六夜(M)「一つ物申さねばなるまいか。けんど見世同士の確執になりかねる。どうしたものか」
啓明(M)「垣間・・・、見る事は出来るか?
十六夜(M)「なんじゃ? この男、さっきから上の空で。いくら座敷が面白くないとはいえ礼が無さ過ぎる」

 

松之輔「仲ノ町張りやってる時に遠くからしか見られなかったけど、いや本当に美人だな」
椿(M)「眠たい・・・。雇った太鼓持ちが賑やかで良かった」
松之輔「あ、ほら、初会の詫びさびって実は今一つ判らねぇから困ってたんだけど、随分賑やかなんだな」
椿(M)「ええと・・・、確かこの人は稲葉屋って言う材木問屋の若い旦那さんだったっけ」
松之輔「あ、返事はしなくていい。そういうしきたりだもんな」
椿(M)「他のみんなは男前だって言うけど・・・。・・・ん? 正直そうなお人柄」
松之輔「正直、前の敵娼と縁切りをする時少し罪悪感があったんだよな。けど、変えて正解だった」
椿(M)「あぁ、そういう経緯・・・。意図的に取った訳じゃないのにまたなんか言われる」
松之輔「っていうか、裏や枕に辿り着ければ、の、話・・・、だよな」
椿「ふふっ」
椿(M)「しーまった、つい笑っちゃった、あうぅ。まだ祝儀も貰ってないのに」
松之輔「わ、笑った?! え?! 今笑った!!」
椿(M)「まぁ、いいか。材木問屋は今、呉服屋や米問屋に次いで実入りが高いというからお客に持っておいて損はない」
松之輔「よし、なんとか面子は保ったな。うん、これで啓明にも自慢できる」
椿(M)「啓明って誰よ」
松之輔「あー、名前言ってもわかんねぇよな。すまんすまん。俺の友人なんだが多分隣で座敷を開いてると思う」
椿(M)「あ、教えてくれるの、興味ないけど」
松之輔「角名賀楼の十六夜花魁を敵娼にしろって家に言われたらしくてな」
椿(M)「角名賀楼の、お職よね。羽振りのいいお客なのかな?」
松之輔「そこが裏を返す固めをしたのに俺が返せないってのはなんか情けなくてな」
椿(M)「あなたは流れでもうお客になっちゃったもんね」
松之輔「十六夜花魁は気位が高いらしいが札差の親子が二代で使うとなったら断る事は出来ねぇだろ?」
椿(M)「親子二代・・・、札差」
松之輔「けど、なんとか笑顔が見られて良かった。いや、ホント、綺麗って言うか可愛いって言うか」

 

十六夜(M)「父親との縁がある故無碍には出来ぬが、酒も進んでおらん」
啓明「済まない、少し手水を使ってくる」
十六夜(M)「ふぅ。憂鬱でありんすな」

 

松之輔「な、な。もう一回にこりと笑ってくれないかな。なんていうか、可愛いってか、だ、ダメかな?」
椿「くすっ」
松之輔「ぷふわぁーーーーっ! 可愛い!」
椿(M)「本当に素直な人。・・・ん? あれは・・・、隣から出て来た、と言う事は札差の男」
椿「失礼。少々、手水を使って参りんす」
松之輔「あ、あぁ。どうぞどうぞ、いってらっしゃい。・・・、声まで可愛いとか・・・、あかんだろー・・・」

 

啓明「うー、見られなかった。襖を開けてても上座に座ってるんだもんな。当たり前か。

    見ようと思ったらちゃんと席を儲けないといけないって事だろうな」
椿「ぅ・・・、う、ん・・・」
啓明「ん? 女・・・? どうした?」
椿「あ・・・、いえ、大丈夫で、ござんす・・・」
啓明「・・・ん? え、これ、椿の、香り? あんた・・・、もしかして椿、花魁?」
椿「ん、ぅ・・・。わっちを・・・、ご存知でいらしゃんすか?」
啓明「椿の・・・、香りが。お香・・・、じゃない。なんて瑞々しい香り」
椿「申し訳ありんせん・・・。初会の席で少し、酒を飲み過ぎてしまいんした」
啓明「く、苦しいのか?」
椿「背中を・・・、さすっては、戴けんでしょうか」
啓明「こ、こう、でいいか?」
椿「ん・・・、は」
啓明(M)「なんて華奢で、可憐な・・・」
椿「ごめん、なんし・・・」
啓明「いや、気にしなくていい。けど、飲み過ぎるのはよくない・・・」
椿「これからは気を付けんす。少し良くなりんした」
啓明「もう、大丈夫か?」
椿「揚屋においでと言う事は敵娼をお決めになるんでござんしょ? お邪魔をしては申し訳が立たん」
啓明「敵娼・・・」
椿「わっちも他の座敷におりんす。どこの旦那様かは存じ上げませんが、どんぞこの醜態はご内密に」
啓明「も、勿論だ」
椿「それでは、お世話になりんした」
啓明「気を、付けて・・・」
椿「ありがとうございんす」
啓明「椿・・・、花魁・・・」

 

十六夜(M)「さて、大引け前じゃ。そろそろ裏固めの盃を交わさねばなりんせんな」
啓明(M)「裏に行くか行かないか・・・」
十六夜(M)「「まずは五百扇屋様の盃を先に貰わねば」
啓明「済まない」
十六夜(M)「な! 盃を裏返すとは?! 裏を断る積もりか! 一体何を考えておるのじゃこの男!」
啓明「父の面子もあるだろうが、私は自分の敵娼は自分で決めたい」
十六夜「わっちは旦那のお気に召さなかったという事でありんすな」
啓明「確かにそなたは美しいと思う。だが、どうしても気になる女がいる」
十六夜「どこのおなごかは存ぜぬが、五百扇屋様はお父君のご意向をなんと心得ておりなんすか」
啓明「父には追ってきちんと説明する積もりだ」
十六夜「お父君の面子に泥を塗るだけで済めばよろしんすが?」
啓明「泥を塗ったりなどしない! 暖簾を汚したりもしない」
十六夜「あい判りんした」
啓明「済まない」
十六夜「どこの見世の誰かは判りんせんが、今後の商売に差し支えなければよろしんすなぁ」
啓明「どういう意味だ?」
十六夜「お若い旦那には、まんだ判りかねる事もござんしょ」
啓明「みっともなく引き留めようとする気か」
十六夜「みっともない? はて、みっともないのはどちらでござんしょうか?」
啓明「そなた、五百扇屋を客として逃したくないからそんな嫌味を言っているだけだろう!」
十六夜「座敷とは、女と戯れるだけの薄汚い岡場所ではありんせん!」
啓明「商談の為に使うなら女が居なくても可能だ! 宿場町の酒屋で寄席でも開けばいい!」
十六夜「・・・、ふっ。なればその様にしなんせ? わっちにこれ以上申しあげる言葉はございんせん」
啓明「無論、そうさせて貰う」

十六夜(M)「五百扇の大旦那も親不孝な息子を持ったものでありんすな。

    いっそ憐れむ事は出来ても、わっちにはこれ以上の手助けはしてやれん。済まんことをしんした」

 

椿「菫、手習いをどなんしんした」
菫「え? 椿姐さんの言う通り枕草子1章は書きんした。・・・はい」
椿「・・・、ただ書けばいいという物ではありんせん」
菫「だって面白くない」
椿「こんな文字で手紙を送ったら、客にも間夫にも振られんすえ?」
菫「ちゃんと書いておりんす!」
椿「跳ねは甘い、払いは適当、墨もムラだらけ、水が多いせいで紙が皺くちゃ! これのどこがちゃんと書いておりんすか」
菫「・・・むぅ」
椿「都合が悪いとすぐだんまり、でありんすか」
菫「・・・だって」
椿「はぁ・・・。手習いが苦手なのは判りんした。琴の練習は?」
菫「琴より最近は三味の方がいいって聞いた」
椿「そんじゃ、三味を練習したんでありんすな?」
菫「それが、三味は糸が切れてしまいんした」
椿「糸が? ひーーあぁあああぁぁあ!!! 菫ぇえええええ!!!」
牡丹「大声を上げて、どなんしんした?」
菫「あ、牡丹姐さん。三味の糸が切れてしまいんして」
牡丹「おや、まぁ。二の糸が胴の真ん中から見事に切れておりんすなぁ?」
菫「練習しようとはしんした。けんど糸が切れて出来んせんかった」
牡丹「ん? これは・・・。菫、撥を見せなんし?」
菫「あい」
牡丹「・・・、やっぱり。椿、撥に大きくささくれ立った傷がありんす。こんな撥で弾いたら糸は切れんすよ?」
椿「なんで・・・? そんな傷が?」
菫「あ」
椿「菫?」
菫「水あめの蓋が開かなかったんで撥を使ってこじ開けた・・・、時、かな?」
椿「水あめ・・・、ふた?」
牡丹「寄りによってなんで撥を使いんした?」
菫「そこにあったから」
椿「・・・っく、ぅっ!!」
牡丹「つ、椿・・・。抑えなんし」
菫「いいじゃない! 撥くらい買い替えれば!」
椿「買い、変え・・・」
牡丹「撥は鼈甲や象牙を使った高値な物でありんす。簡単に買い替える訳には参りんせんのえ?」
菫「姐さん達の頭についてる簪だって鼈甲や象牙でありんす」
牡丹「それが? どなんしんした」
菫「だから、そんな高値だと思いんせんかった」
牡丹「簪が安物だと、思っておりんすか」
菫「そういう訳じゃないけど、ここの所椿姐さんイライラしすぎでありんす!」
椿「わっちの苛々と水あめの蓋とは関係ありんせん!」
菫「ふぅん。苛々は認めるんだ」
椿「おんしに対してでありんす」
菫「嘘吐き!」
牡丹「ま、まぁまぁ、椿、菫も・・・。落ち着きなんし」
椿「牡丹姐さんは何の用でありんすか?」
牡丹「そうそう、夕飯をわっちの部屋で食べんしょう?」
椿「なんで?」
牡丹「たまにはみんなで食べるんも楽しいでありんしょ。飯はわっちの払いでありんすから沢山食べや」
菫「わーい! わっちは鯛の塩焼きが食べたいでありんす! あと絹ごし豆腐!」
椿「菫!」
菫「だって、椿姐さんのとこだと青魚ばっかりでありんす」
椿「青魚は馬鹿を治すと聞きんした」
牡丹「ば・・・っ」
菫「椿姐さんのそういうとこ大っ嫌いでありんす!」
椿「おんしがもっとちゃんと言う事を聞けばそんなこと考えんで済みんす」
菫「そうやって頭から人の事馬鹿にして! 言っておくけどあたしは武家の出なんだから! 

    本来なら女郎になんかならずに家の決めた相手方と結婚してたはずなんだ」
椿「寝言は寝て言いなんし」
牡丹「椿、もちっと柔らかい物言いは出来んせんのか?」
椿「優しくすれば菫は付け上がりんす」
牡丹「皆が皆、おんしの様に出来栄え優れたおなごではありんせん」
椿「そんなら、優れた出来栄えの女にせんとならん」
牡丹「そうやって、また・・・。自分のせいにする」
椿「それと菫。三十表二人扶持の武士が女郎を馬鹿にするんじゃありんせん。浅葱裏には手の届かない存在、それがわっちら花魁でありんす」
牡丹「椿・・・。わっちの言う事は耳に入りんせんか?」
椿「牡丹姐さんはわっちの妹に甘え癖を付けないでくんなまし」
牡丹「・・・っ。いつから、わっちとの間に戸を建てるようになりんしたか」
椿「わっちの躾と姐さんの躾は違いんす」
牡丹「わかりんした。これ以上余計な事を言うんはやめんしょう」
椿「助かりんす」
牡丹「夕飯は、相伴してくれんすな?」
椿「妹共々、謹んで御馳走になりんす」

 

氷雨「十六夜姐さん! 聞いてくんなんし!」
十六夜「氷雨、聞いておりんす。少し落ち着きなんし、角名賀の次代お職がはしたない」
氷雨「けんど! これを見てくんなんし!」
十六夜「一度は枕固めをした畳屋の旦那でござんしょ? それは切れ文でありんすな」
氷雨「たった十両で! わっちはいい恥さらしでありんす!」
十六夜「氷雨はまだ若いからそう言った事もこれから何度かありんす」
氷雨「けんど! 取られた先に出した差し紙が華屋の椿花魁だって!!」
十六夜「椿花魁に・・・」
氷雨「わっちはもう!悔しくて!」
十六夜「そうか」
氷雨「姐さんだって五百扇屋の札差を取られたんでありんしょう? なんでそんな飄々としておりんすか!」
十六夜「嘆いても喚いても結果は変わりんせん。おんしは顔に出しすぎでありんす」
氷雨「悔しくはありんせんのか!」
十六夜「勝ち負けで判断するんなら、悔しいでありんすな。けんど薄い縁であったかもしれん」
氷雨「十六夜姐さんの考えている事はわっちには判りんせん」
十六夜「足元ばかりを見ていては道に迷いんしょう。もっと広い視野を持ちなんし」
氷雨「難しい事を言いしゃんすな」
十六夜「氷雨、華屋から畳屋の旦那を奪い返しや」
氷雨「え? 奪い返すって・・・、たった十両と三行半で始末をつけた畳屋をでありんすか?」
十六夜「そうでありんす」
氷雨「姐さん、わっちにも誇りがありんすよ」
十六夜「そんなら、その誇りとやらをきちっと見せなんし」
氷雨「姐さんは、わっちに何を望んでおりなんすか」
十六夜「氷雨、おんし今年で幾つになった」
氷雨「え、二十歳、でありんす」
十六夜「新造でもあるまい。水揚げしてから三年以上になる花魁の言葉とは思えんせん」
氷雨「けんど、誇りって・・・」
十六夜「己の頭を使って、よぉく考えや」
氷雨「お参りに行きながら考えてみんす」

 

氷雨(M)「姐さんはあんな事言うけど、今更奪われたおきちゃを取り戻すなんてどうすればいいのか判らないし。

    大体、華屋は張見世もないのにどうしてあんなにお客が居るんだろう? 

    それにそんな大きい店を持っている訳でもない畳屋の旦那を奪い返す意味も分からない。ああもう! 判らない事ばかり!」

氷雨「あれ? ここどこ? やだ、私、道を間違えて・・・」
男1「氷雨、見付けたぜ。へへっ、大懸神社にお参りに行くってのは当たりの情報だったな」
男2「茶屋を通してもちっとも進めてくれないからよぉ、直接来てやったよ」
氷雨「な、なに? あんた達!?」
男1「おっとあんまりデカい声出すんじゃねえぞ」
男2「大人しくしねぇと綺麗な顔に傷が付くぜ」
氷雨「やめて! あなた達を断ったのは角名賀の遣り手でしょう?!」
男1「大見世だからってお高く留まってんじゃねぇよ」
男2「どうせ男咥えこむだけの女郎が、小見世も中見世も関係あるか」
氷雨「酷い言い方を! 中見世なんかと同格に見るなんて失礼な!」
男1「あぁん? 女郎は女郎だろうが。とにかく大人しくしろよ!」
男2「せっかく金積んで正式な手を踏んでやろうって優しさを踏みにじったんだ、覚悟しろよ」
氷雨「なに、を・・・」
男1「大懸神社から裏道通ってお帰りとは少々警戒心が薄いな」
男2「たっぷり遊ばせて貰うぜ」
氷雨「・・・っ! ぃや!!」
男2「ぅが!!」
男1「どうした!」
蓮太郎「裏道とは言え、全く人が通らない訳じゃないんですから。犯行を働くならもっと物陰に隠れた方がいいですよ」
男1「なんだ? てめぇは! おい、大丈夫か」
男2「大丈夫だ、足引っ掛けられただけだ」
氷雨「・・・、た、助けて!」
蓮太郎「ええ、見ない振りも出来ませんのでその積もりです」
男1「はっ! チビが腕っぷしで勝てると思ってんのか!」
男2「お~ぉ、大した美形じゃねぇか。陰間かよ! てめぇも纏めて犯ってやるよ!」
蓮太郎「チビ・・・、陰間? 少し・・・、注意を、と思ったのですが・・・。くすっ・・・、半殺しご希望と」

氷雨「あの、助けて戴いてありがとうございます」
蓮太郎「四つ角神社はどこも裏通りを歩いて行った方が近いとは思いますが、もう少し注意した方がいいです」
氷雨「その恰好・・・。どこかの若衆さんですか?」
蓮太郎「えぇ、華屋です」
氷雨「華屋の若衆さんは武術も抑えているんですね」
蓮太郎「そういう訳じゃないけど・・・。どうぞ、手拭いです、水に浸して来ましたから」
氷雨「え?」
蓮太郎「額、少し切れてます」
氷雨「え? やだ! ホントだ、血が出てる。あ、痛い・・・」
蓮太郎「押し倒された時にぶつけたのかもしれませんね」
氷雨「あの、どの位切れてますか?」
蓮太郎「少し、見せて戴いてもいいですか?」
氷雨「え、あ、は、はい・・・」
蓮太郎「酷く切れてはいません。ただ、化粧は染みるかもしれませんね」
氷雨「・・・、本当に美形・・・」
蓮太郎「え?」
氷雨「あ、いえ、なんでも。化粧は・・・、考えてやります」
蓮太郎「それと、裏通りは信用のおける人と同行した方がいい。

    角名賀にせよ華屋にせよ、手鞠屋も男達に手の届かない存在だからこそ気付かない所で恨みを買っている可能性も高い」
氷雨「う、でも姐さんは田懸神社だし・・・、あの、あなたは、どこの神社に?」
蓮太郎「毎日ではありませんが、行くとしたら真澄田ですね」
氷雨「そ、そう、ですよね」
蓮太郎「済みません、俺はこれから仕事なので失礼します」
氷雨「は、はい。ありがとうございます。あ、待って!」
蓮太郎「はい?」
氷雨「あっちは、角名賀楼の氷雨、と言います」
蓮太郎「そうですか。氷雨さん、お気を付けて」

氷雨「名前くらい、教えてくれてもいいのに。でも、働いてる見世が判ったからいいか。間夫が居なけりゃ女郎は闇、か。

    間夫なんて今まで考えた事も無かったけど」

 

菫「ぅわぁ! 美味しそう! 鯛の塩焼きに、これは・・・?」
椿「釜飯・・・、姐さん。こんなに豪華な飯を用意して、大丈夫なんでありんすか?」
牡丹「たまの贅沢、遠慮せんでもいい」
菫「釜飯って?」
椿「この土瓶で一人ずつの飯を炊くんでありんす。

    その時に煮卵や筍とわらびなんかの山菜、かまぼこや海老、季節の実を入れて味を付けて炊きんす」
菫「すごい、手間が掛かってるんだね」
椿「手間も金も掛かっておりんす」
菫「これは?」
椿「油・・・。てんぷらをするんでありんすか?」
牡丹「わっちはしないよ。料理番を一人借りて来ておりんす。好きな物を揚げて貰いなんし」
菫「すごぉい、ふへへ。お腹空いて来た」
椿「菫、折角のお呼ばれなんだから残さず食べや。白詰、宇津木。作法をきちっとしなんせ」
菫「ぅ・・・」
牡丹「どなんしんした」
菫「はまぐり、苦手」
牡丹「おや、そうでありんしたか」
椿「菫」
菫「その、この甘露煮、もしかしてイワシ」
牡丹「青魚が苦手な様な事を言いんしたから、甘露煮にすれば食べやすいかと思いんしたが」
菫「もう、匂いが、うっ・・・、ダメ・・・」
牡丹「青魚は確かに匂いが強いけんど」
菫「田作りも、口に立つから、嫌い」
椿「菫!」
牡丹「椿、そう怒りんすな、残せばいい」
椿「・・・っ! 残す?」
牡丹「食べられんもんは仕方ありんせん。わっちもきちっと聞いておけば良かった」
椿「そこの料理番! 菫の食膳を全部下げなんし!」
菫「え? ちょ!」
牡丹「椿」
椿「牡丹姐さんには大変申し訳なく思いんすが、まんだわっちの妹達が姐さんの食膳に呼ばれるんはちぃと早すぎんす。

    躾の至らぬ有様、後程しっかり申し付けておきます故ご容赦くんなんし」
牡丹「あ・・・、椿。そんな堅苦しく考えんでもよろしんす」
椿「飯を残すなん、そんな甘えをわっちは許せん」
菫「食べられない物は食べられないんだから仕方ないじゃない!」
椿「いい加減にしなんし!」
牡丹「椿・・・」
椿「あれは食べられんこれは嫌じゃ。手習いは適当、何かやれば落ち着きがなくて取り返しのつかん失敗をする! 

    怠けるだけ怠けて大飯喰らい! 白詰や宇津木は座敷に連れて行けるというんにおんしは恥ずかしくて呼べん! 

    何か言えば自分は武家の出だから雑な扱いをするなと反抗する!」
菫「何さ! どこの郷かも判らない田舎娘になんでそこまで馬鹿にされなくちゃなんないのさ!」
椿「わっちの出自なん、おんしに教えるまでもありんせん! 貧乏侍にたった十両かそこらで売られた娘に誇れるものなんありんせん!」
牡丹「椿・・・っ!」
菫「家の事まで馬鹿にして! 所詮あんたがやってる事なんて男くわえてよがってるだけじゃない!」
椿「蓮太郎に明日から菫に飯は出さんでいいと伝えんす」
菫「なんでよ!」
椿「女郎を見下すんなら、その女郎が稼いだ金で飯なんぞ食いたくもないだろうが!」
菫「そんな事まで言ってないでしょ? いつまで続ける積もりか知らないけど飯が食えなきゃ死ぬ」
椿「いっそ死ね!」
牡丹「椿!!」
椿「そうしたらおんしの身に掛かる借金はわっちが背負う事になる。けんどこの先、初見世までの世話を考えたら安いもんでありんす!」
菫「そうやって姐としての責任を放棄するんだ!」
椿「能弁や言い逃ればかり覚えて始末に追えん。そこの料理番、蓮太郎を呼んできや」
牡丹「・・・何を?」
椿「今日の夕食分はわっちにツケて貰って構いんせん。姐さんの心づくしを無駄にしてあい済みませんでした」
牡丹「椿」
椿「こっちに来や、菫」
菫「や、やだ・・・」
牡丹「椿、少し落ち着きや。菫にはわっちから話をしておきんす」
椿「話して聞くんなら今頃こんな事になっとりゃせん、菫」
菫「いや、だったら・・・」
椿「判りんした」
蓮太郎「椿花魁、牡丹花魁、失礼致します。お呼びとの事ですが」
椿「蓮太郎、腕に覚えのある妓夫を中庭前の廊下に連れてきなんし」
蓮太郎「え?」
牡丹「椿、一体何を。妓夫なん・・・」
椿「妓夫を連れてきたら菫も連れて来て湯文字一枚にして柱にくくり付けや」
蓮太郎「判りました」
牡丹「まさか、椿!」
椿「そんな頭に花が咲いて蝶が止まってる様なぼんくら、いりんせん」
牡丹「椿! 仮にも妹として預かったのではありんせんか! 何もそんな仕打ちをせんでも」
椿「菫を預かったのがわっちでよかったでありんす。きっと、牡丹姐さんは持て余していたでありんしょう」

牡丹「何を、そんなに一人で抱え込んで・・・。わっちには相談も無しでありんすか」

菫「やだやだやだ! 離してよ! 離せこの馬鹿力共! 簡単にあたしに触るな!! 下衆!!」
蓮太郎「椿花魁、言われた物の準備をしました」
椿「ありがとう」
菫「え?」
椿「これが何か判りんすか? 菫」
菫「や・・・、それ、拷問器具じゃない! 菖蒲姐さんを打って死なせた!」
椿「あぁ、そう言えば菫もおりんしたなぁ? まんだ姐さんには付いておらんかったけんど。

    覚えているとは随分怖かったんでありんしょうな?」
菫「こんな、くくり付けて・・・、やだ、助けて」
椿「畜生は叩いて躾けるが、おんしが畜生でない証明をしてみや?」
菫「やだ・・・、やだ。助けて・・・、やだ・・・」
蓮太郎「治療代と休みの間の賃金で腕を落とす覚悟の若衆がいます」
椿「菫、今一度思い出しや。菖蒲姐さんが打たれた傷を」
菫「いやああああああ!!」
椿「打て」
若衆「・・・っぐ!」
椿「菫、目を背けず、この竹の鞭で打たれた傷がどんなもんかしっかり見なんし」
菫「いや・・・、やだ、や・・・、やだ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 

    ごめんなさい!! ごめんなさい!!! 椿姐さん・・・、ごめんなさい」
椿「他に言う事は?」
菫「ちゃんと、身を入れて学びます。二度と怠けたりしません」
椿「今日はこの棒の恐ろしさを思い出させるのが目的でありんした」
菫「あい」
椿「次はありんせん」
菫「あい、判っておりんす」
椿「部屋に戻りや」

椿「・・・、蓮太郎、菫が足抜けを企てない様に見張っておいて」
蓮太郎「はい」

 

松之輔「よぉ、啓明。朝の茶屋で会うって事は振られたか」
啓明「え、松之輔? お前も昨夜登楼っていたのか」
松之輔「あぁ、だがこの通り振られて茶屋で寂しく粥でも啜って帰る所さ」
啓明「華屋は客をなんだと思っているんだ。椿には会えたが四半刻もせずに他の座敷に行って、

    名代をあてがわれたかと思ったら朝になっても帰って来やしない」
松之輔「俺も同じだ、牡丹と椿と言ったら馴染みの重なる時が多い。そうしたらより祝儀を積んだ方の勝ちだ」
啓明「祝儀って、閨も共にしてないのに払えるか」
松之輔「ん・・・、啓明。一つ聞くが」
啓明「なんだ」
松之輔「お前、名代だからって祝儀を出さなかった、なんて事は無いだろうな」
啓明「出す訳ないだろう。名代をあてがうなら揚げ代だって返せと言いたいくらいだ」
松之輔「あー・・・、そりゃ、戻って来る訳ねぇよ」
啓明「意味が判らん。俺の所に残ったのは椿の妹だとか言う菫って言う振袖新造だ。

    手を出したらいけない女にどうして祝儀を払う必要がある!」
松之輔「座敷遊びってのはそういうもんだ。振新だってお開帳はしてないが立派な女郎だ。座敷に入ったなら祝儀は当たり前だ。

    それがお茶挽きの女郎でもな。手は出せねぇが祝儀は置いて行く」
啓明「神様仏様じゃあるまいし、なんでこっちに少しの得にもならないのに金を振り撒く必要がある」
松之輔「花町は金がモノを言う場所だ」
啓明「じゃ何か? 名代の目の前に百両積めば椿が戻って来るってか?」
松之輔「極端な話、そうだ」
啓明「舐めてんのか! 椿は枕の契り以降一度も抱いてないんだぞ!」
松之輔「今までの話を聞く限りじゃ、これからもそうだろうな」
啓明「お高く留まり過ぎだろう!揚げ代だって馬鹿にならないんだぞ!」
松之輔「俺は昨夜揚げ代に加えて五両の祝儀を包んだが、椿は戻って来なかった」
啓明「ご、五両も、積んで、か」
松之輔「おそらく、それより積んだお大尽様が居たんだろう?」
啓明「一晩で・・・」
松之輔「噂をすれば、だ」
啓明「ん? あれは、椿・・・? 乱れ髪に羽織? ・・・くっ」
松之輔「さて、昨夜椿を手に入れたのはどこのお大尽だ?」
啓明「花魁が大門まで送りに出るなんて事があるのか?」
松之輔「格付けの高い上馴染みならな。ま、そこまでさせるには相当積まなきゃ無理だろうが。はーん、なるほど」
啓明「扱いの差が酷すぎるんじゃないのか?」
松之輔「ははっ! 諦めたり。昨夜の客は呉服老舗、松川屋の旦那だ。俺は単純に日が悪かったってぇだけだな」
啓明「松川屋? あの大店の若旦那が? 椿の客なのか?」
松之輔「なんだ、お前知らずに椿に差し紙出したのか。松川屋の若旦那は椿の初見世を取った男だ。

    おそらく落籍せる積もりだろうと噂されてる」
啓明「金、か」
松之輔「「そう、金だ。松川屋が昨夜いくら積んだかは知らねぇが十両二十両は積んだだろうな」
啓明「一晩で! 馬鹿を言うな!」
松之輔「見ろよ」
啓明「・・・?」
松之輔「今、椿の懐に三両押し込んだ。寒いから粥でも啜って帰れって事だろう」
啓明「は? 三両の粥なんざ聞いた事ねぇぞ」
松之輔「馬鹿だな。そんな物は金を渡す口実だ。花魁に金をねだらせる前に懐に突っ込むくらいの事をしなきゃ、椿は抱けないぞ」
啓明「松之輔はそれでいいのか?」
松之輔「まぁ、ウチはもう親父もくたばっちまってるからな。店の手回りは把握してるから無理のない程度で遊んでるさ。

    お前みたいに枕固め以来って訳でもなし、椿もそこそこ来てくれる」
啓明「綺麗な顔してやる事が汚ねぇな」
松之輔「綺麗だからこそ出来るこったろう? 醜女に金払えるか」
啓明「そりゃ、まぁ。そう、だろう・・・、が」
松之輔「それに、接待で使う時は椿がいい」
啓明「接待、って」
松之輔「上手く商談を纏めてくれる」
啓明「は?」
松之輔「先日な、宿場町の酒屋なんかじゃ取引できないような大きな取引先を華屋で接待したんだ」
啓明「接待を、遊郭で?」
松之輔「優雅な座敷は客の気分を高揚させて、懐を緩めるらしいからな」
啓明「どうせ一緒に騒ぐだけだろう」
松之輔「まぁ、聞けよ。

    そん時に椿が一言取引先の旦那に『今後、伸び代のある稲葉屋様にお目を留めるとは、さすが時流をよく読んでおりんす』

    そう言ってくれたんだ」
啓明「椿が? 商談相手にか」
松之輔「そうだ。その後も相手を褒めちぎってその場で証文を戴いたよ」

(回想)十六夜「座敷とは、女と戯れるだけの薄汚い岡場所ではありんせん」

啓明「・・・、岡場所、じゃない・・・」
松之輔「何言ってんだ? 岡場所なんかと同じに見たら大門から締め出されるぞ?」
啓明「そうか、そういう事か」
松之輔「どう納得したかは判らんが、椿は技芸にも秀でてるからどこの取引先を連れて行っても恥をかかされた事は無い」
啓明「それならもう一度どうあっても部屋に戻らせなきゃならないな」
松之輔「・・・、ただし」
啓明「ん?」
松之輔「やはり金が掛かる。さじ加減を間違えるなよ」

 

氷雨「蓮太郎さん」
蓮太郎「ん? あぁ、え・・・、と。氷雨さん」
氷雨「真澄田神社へのお参りは、毎日じゃないって言ってたから何日か待つ覚悟だったんだけど、会えて良かった」
蓮太郎「・・・? 名前、教えてませんよね?」
氷雨「華屋で尋ねたらすぐに教えて貰えたよ」
蓮太郎「華屋で、尋ねる」
氷雨「美形の若衆って」
蓮太郎「・・・、あぁ」(嬉しくない)
氷雨「先日はどうもありがとう」
蓮太郎「いえ、もう怪我は大丈夫ですか?」
氷雨「うーん、どうだろ。今こんな感じ、見て?」
蓮太郎「やっぱりかさぶたが出来ましたね。仕事に支障は?」
氷雨「ないよ。ビラビラ簪で隠れるから」
蓮太郎「それなら良かったです」
氷雨「あ、そう。その時に借りた手拭いを返そうと思って」
蓮太郎「別にそんなに気にしなくても」
氷雨「だって、そういう理由でもなければ蓮太郎さんに会えないでしょ?」
蓮太郎「え?」
椿「蓮太郎、長くなりそうだからあたし先に行くね」
蓮太郎「え、あ」
氷雨「蓮太郎さん」
蓮太郎「あの」
氷雨「何? あの人。藪入りや髪洗い日でもないのに降ろし髪。だらしない」
蓮太郎「あれは・・・」
氷雨「人前で降ろし髪を晒すのは、簪や笄をねだる為とは良く聞くけど露骨すぎるのはイヤね」
蓮太郎「・・・それ以外の理由も、ありますよ」
氷雨「例えば?」
蓮太郎「・・・っ、詳しくは知りませんが」
氷雨「それより、手拭いなんだけど」
蓮太郎「あ、あれはもう返して戴かなくて大丈夫です。それじゃ」
氷雨「蓮太郎さん!」
蓮太郎「済みません。少し、急いでいるので」
氷雨「じゃ、あの、今度」
蓮太郎「失礼します」

椿「旦那さーん! 抹茶あんみつと桜餅とみたらし団子三本と、おはぎと大福と練きりとくず餅! あとお抹茶下さい!」

 

啓明「やはり、祝儀を積めば戻って来るんだな」
椿「なんでござんしたか? 拗ねてその様におっしゃるなん子供の様でありんすよ」
啓明「敵娼を変えようかとくらいまでは思い詰めた」
椿「そんでも啓明様は待っていてくんなんした。わっちは果報者でありんすな」
啓明「何度もだ。幾度敵娼を変えようかと思ったかもう数えきれない」
椿「わっちは女郎でありんす」
啓明「判り切った事を言う」
椿「己の意に染まぬ方であっても、見世の為には心を殺して他の男に抱かれなければならぬ事もありんす」
啓明「それは」
椿「それをあばずれと罵るのなら、もうここにはこんでくんなんし」
啓明「・・・、意地が悪いんだな」
椿「意地悪は啓明様でありんす」
啓明「俺が? なんで意地悪」
椿「そうやって、わっちには何ともできん事情を挙げ連ねてなじるなん無粋もんでありんす」
啓明「無粋・・・」
椿「聞けば町方では随分おモテになっていらっしゃるご様子、それもそうでござんしょ? 

    お家柄が札差でご長男、加えて男前なら泣かせた女の数も知れようと言う物。

    大門の外に出られぬわっちには、啓明様の周りの女に嫉妬する事すらできんせん」
啓明「待て、ちょっと待て」
椿「なんでござんしょか」
啓明「もしかして、妬いているのか」
椿「知りんせん」
啓明「椿、こっちを向いてくれ」
椿「ふん」
啓明「この・・・っ。それじゃ、こうするだけだ!」
椿「あ、や。無理に押し倒すなん酷い」
啓明「なんでそんな泣きそうな顔を・・・、してるんだ」
椿「・・・、見んで、くんなんし」
啓明「椿、大丈夫だ。もう、他の女に心を遣ったりはしない。お前しか、抱けない」
椿「啓明様・・・。お願い・・・、乱暴に、しないで・・・」

椿(M)「ねぇ、蓮太郎。初めてお開帳してから四年も経った。蓮太郎はその間に色んな女の人と出会う機会も多かったよね。

    真澄田神社に居たあの人は誰? 綺麗な人ね。どこで知り合ったの? どういう人なの? 

    ねぇ、本当は蓮太郎以外に触れられるのなんか虫唾が走る。嫌なの・・・。

    ・・・、蓮太郎・・・、蓮太郎、助けて」

 

牡丹「十六夜」
十六夜「牡丹・・・。どなんしんした。昼中に出不精のおんしを見掛けるとは珍しい事もあるもんじゃ」
牡丹「うっ、出不精・・・って・・・。たまにはお日さんを拝みに散歩もしんす」
十六夜「そうか。・・・、中に入って少し話は出来んか」
牡丹「十六夜・・・。わっちも、話したい事がござんす。表では目立ちんすな。部屋を借りんしょう」
十六夜「旦那。お二階を借りんすえ? それと白玉ぜんざいと、おはぎと桜の練きりと抹茶を持って来てくりゃれ」
牡丹「十六夜、おんし良く食べんすな。誰かを彷彿とさせる」
十六夜「三度の飯より甘いもんが好きでな。牡丹は頼まんのか?」
牡丹「わ、わっちは、お抹茶だけ・・・」

十六夜「五百扇屋の啓明様はどの様なご様子でありんしょう?」
牡丹「・・・、それは、またいきなりでありんすな」
十六夜「こんな事を聞くんはお門違いにも程がある。それは百も承知でありんす」
牡丹「そんなら何故」
十六夜「椿花魁が心配でな」
牡丹「人の妹の心配が出来るとは、大した余裕でありんすな」
十六夜「余裕がある訳ではありんせん。わっちも聞き分けの無い妹に頭を痛めておりんす。

    けんど、五百扇屋様については気になっておりんす。あの者、若さ故もあろうが、ちぃと分を弁えぬ奔放さを感じんした」
牡丹「十六夜、五百扇屋様の店は安泰でありんしょか?」
十六夜「五百扇屋の旦那・・・、啓明様のお父君は謙虚で慎ましやかなお方。

    大きく金を落とす事はせんが敵娼としても、商談の座敷にしても長くお使いいただいておりんす。

    店に派手な実入りはなくとも堅実な顧客を持っておいでじゃ」
牡丹「そう・・・、でありんすか」
十六夜「とても一生懸命で勤勉なお方故にな、息子殿が啓明様なのが心配なのでありんす」
牡丹「啓明様は、かれこれ六日、居続けておりんす」
十六夜「・・・? ・・・、え? 居続け?」
牡丹「そろそろ何とかせねばと、見世も困っておりんす」
十六夜「待ちや・・・、居続けを、許したんでござんすか? 華屋が」
牡丹「お帰りを進める度に祝儀をお積みになりんす。強く帰れとは言えんせんのでござんす」
十六夜「・・・、五百扇屋の店周りを深く存じている訳ではありんせんが、華屋の居続けなど滅相もない」
牡丹「居続けのツケは雪だるまが如く大きくなりんす」
十六夜「花魁も休めぬ。椿花魁は大丈夫でありんしょうか?」
牡丹「そろそろ精も魂も尽きるのではないか、と。見世の者は皆心配しておりんす」
十六夜「なんと・・・、困った事に」
牡丹「十六夜が知らんかったという事は、当然五百扇屋のお父君はしばらく角名賀には登楼っていらっしゃらぬという事でありんしょうか」
十六夜「店がお忙しいだけではないかもしれんせん」
牡丹「息子殿がお帰りにならないのをどうするべきか悩んでいるのでありんしょうな」
十六夜「おそらく・・・」
牡丹「出不精を押して外に出て来たんも訳がありんしてな」
十六夜「訳?」
牡丹「なんとか居続けを終わらせねばならんと思いんして、椿の馴染み客の何名かに文を出しんした」
十六夜「馴染み客へ?」
牡丹「大抵のおきちゃは厄介ごとに関わるんはご免被ると言った体の返事でありんしたが、憤慨するお方が一人おいでになりんしてな」
十六夜「憤慨・・・、松川屋様、でござんすか」
牡丹「ふふっ、いかにも」
十六夜「そりゃあお怒りにもなりんしょうな。落籍せようと考えておいでの方なら、自分の女に無理させる客なん放り出しかねん」
牡丹「こんな事を頼めるんは松川屋様以外にはおりんせん」
十六夜「啓明様のお積みになる祝儀の倍以上をお願いせんとなりんせんからな」
牡丹「一昼夜分とは言え、いくら積まれるか想像しただけで怖ろしい」
十六夜「啓明様はまんだ五百扇屋を襲名した訳ではありんせん。あくまで五百扇屋の店主はお父君。

    財力に物を言わせるというには無理がある」
牡丹「客としての格の違いを知らしめる為には仕方のない事でありんしょうが」
十六夜「金が物言う若山遊郭。懲らしめねばならんならそれもまた金でケリを付けるしかあるまいて」
牡丹「あ、その十六夜」
十六夜「なんでありんしょう」
牡丹「五百扇屋様の店が安泰かどうか聞きんしたのは、居続けの金を払えるかどうかでありんす」
十六夜「啓明様は、祝儀だけ積んでおれば他に金は掛からんと思うておるのじゃろ?」
牡丹「もし、払えなんだ、なんて事になれば」
十六夜「居続けの分椿花魁に借金が架せられる」
牡丹「椿は時期お職。稼げるおなごなだけに今頃見世の帳簿がどんなことになっているやら」
十六夜「軽く見積もっても五十両は超えんしょうな」
牡丹「・・・っ」
十六夜「付け馬を信用するしかあるまい」
牡丹「そうでありんすな」
十六夜「ただ、啓明様の立場上、五百扇屋に逃げる手立てがない訳でもないというのが難点じゃ」
牡丹「逃げる?」
十六夜「居続けは諸刃の剣じゃ」
牡丹「払いが出来れば花魁の稼ぎは大きいが、出来なければ己の首を絞める」
十六夜「お互い、年季明けも近いのに妹はいつも心配事の種じゃな」
牡丹「そうでありんすな」
十六夜「わっちの妹は、どこぞの若衆に心を遣ったのか仕事に身が入らん、うつけ者め」
牡丹「若衆?」
十六夜「なんぞ、蓮太郎とかなんとか」
牡丹「ぶふぉっ! ゲホンッ! ゴホンッ! うぇ・・・っ!」
十六夜「なんじゃ?」
牡丹「ウチの、料理番でありんす」
十六夜「なんと、華屋の若衆でありんしたか。随分と美形だそうじゃな」
牡丹「まぁ、蓮太郎なら大丈夫でありんす。間夫狂いにはならんで済みんしょ」
十六夜「他に女がおるのか?」
牡丹「命を掛ける程に、惚れこんだ女がおりんす」
十六夜「なら、大丈夫でありんすな。けんど、美形なら懇意にしてる女が居る事も考えんか?」
牡丹「さぁ? わっちはそんな考え込む程殿方に狂った事がありんせん」
十六夜「・・・鉄のおなごじゃの」
牡丹「痛い嫌味を言いんす」
十六夜「わっちも若い頃は男に泣かされんした」
牡丹「わっちらの時は水揚げから止まりんす。惚れた腫れたも夜の帳の如く明朝には跡形もなく消える」
十六夜「心の痛みも積もれば慣れてしまう。仲ノ町の花だけが時の去りしを虚しく告げるのみ」
牡丹「今年、この桜は幾度目の桜でござんしょうな」
十六夜「牡丹、足を留めて済まん事をしんした。わっちは見世に戻りんす」
牡丹「わっちはこのままここに残りんす。松川屋様にご挨拶申し上げんと」
十六夜「良い返事が聞ける事を願っておりんす」
牡丹「十六夜」
十六夜「なんじゃ?」
牡丹「ありがとう」
十六夜「お互い様じゃ」

 

蓮太郎「椿・・・、眉間に皺寄せて。ぜんざい、美味しくないか?」
椿「ぜんざいは美味しい」
蓮太郎「・・・ぜんざい、は?」
椿「むかむかする」
蓮太郎「甘い物、食べ過ぎなんじゃないか?」
椿「そーだね! 食べ過ぎかもね!」
蓮太郎「なんでそんなに機嫌が悪いんだ?」
若衆「蓮太郎、手紙預かったぞー」
蓮太郎「手紙?」
若衆「ほら、女の手蹟だぜ。やるねぇ」
椿「へーーーぇ、モテるんだねー。さーすが! じゃあね」
蓮太郎「あ、椿」
椿「知らない! 蓮太郎なんか女から文貰って鼻の下伸ばしてればいいんだ」
蓮太郎「俺がいつ鼻の下伸ばした?」
椿「知らない! もみじ屋行ってくる」
蓮太郎「今、ぜんざい食ったよな? ていうか、待てって」
椿「待たない!」
蓮太郎「ほら」
椿「なによ!」
蓮太郎「誰からの文で、何が書いてあるか気になるなら読めばいい。俺は気にしないから」
椿「読まない! なによ! 下手くそな仮名文字!」
蓮太郎「そういう事を言う。ほら」
椿「うーっ。いいの? 読んで」
蓮太郎「いいよ」
椿「・・・、蓮太郎」
蓮太郎「ん?」
椿「大っ嫌い!!」
蓮太郎「え? え?」
椿「未二つ刻、京町茶屋でお待ちしております、だってさ!! 京町茶屋って間夫との逢引き御用達の裏茶屋じゃんか!」
蓮太郎「え? 京町・・・? え? ええーーー?」
椿「馬鹿!」
蓮太郎「あ、じゃ、じゃあ椿も一緒に行けば」
椿「なんで蓮太郎と裏茶屋になんか行けるの? 馬鹿なの? それにあたしは昼見世があるの! もう知らない!」
蓮太郎「ちょ、待って、椿・・・。あ、もう・・・。誰だよ。・・・、氷雨・・・」

 

氷雨「蓮太郎さん!」
蓮太郎「こんにちは」
氷雨「来て下さって嬉しいです」
蓮太郎「いえ、すぐに帰ります」
氷雨「え?」
蓮太郎「この手紙を返しに来ました。宛先をお間違えではありませんか?」
氷雨「あの」
蓮太郎「手拭いも要りません。そう、お伝えした筈です」
氷雨「間違いなんかじゃありません!」
蓮太郎「俺にはこの様な手紙を送られる理由がありません」
氷雨「手紙を送るのは相手に自分の想いを託す為です」
蓮太郎「済みません。あなたを助けたのはただの気まぐれです。期待しないで下さい」
氷雨「気まぐれって」
蓮太郎「あなたが角名賀楼の花魁だから、だとか、あなたを綺麗だと思ったから、そういう訳ではありません」
氷雨「蓮太郎さんが私を助けた理由なんて今更どうでもいい」
蓮太郎「どうでもいい?」
氷雨「それでも私達はあの時出会って、私は蓮太郎さんが気になって」
蓮太郎「失礼だとは思いますが、真澄田神社で会うまで俺は忘れていました」
氷雨「・・・! でも、思い出してくれたじゃない、だから私」
蓮太郎「迷惑なんですが」
氷雨「え?」
蓮太郎「将来を言い交した女がいます」
氷雨「え? あ、嘘・・・」
蓮太郎「その可能性は考えなかったんですか?」
氷雨「・・・、もしかして、真澄田神社に居た降ろし髪の女?」
蓮太郎「はい、あなたがだらしないと罵った女です」
氷雨「でも、だらしないのは確かでしょう? 蓮太郎さんには似合わない」
蓮太郎「降ろし髪は簪や櫛をねだる為じゃありません」
氷雨「じゃあ、どうして髪を降ろしたりなんか。みっともないだけなのに」
蓮太郎「前夜に客の相手をすれば髪は乱れる。その乱れた髪を俺に見せない為に、俺と会う前に自分で髪を降ろすようになりました」
氷雨「どこの女?」
蓮太郎「それは言えません」
氷雨「もしかして、同じ見世、なの?」
蓮太郎「どこの見世の誰か言えば、あなたは喧嘩を売りに行きそうなので、言えません」
氷雨「判った、それなら調べるだけだ」
蓮太郎「迷惑だと言いました」
椿「あたし、だけど?」
蓮太郎「椿?! あ、昼見世は?」
椿「蓮太郎、今日の見上がり払ってよね!」
蓮太郎「げっ!」
椿「裏茶屋でも蓮太郎と一緒に入らなければ問題ないでしょ?」
蓮太郎「いや、そう、だけど。え、あの・・・。あっ、面倒臭い事になった」
椿「今、面倒臭いとか言った? 元はと言えば蓮太郎の見返りを望まない親切が招いた結果でしょ?」
氷雨「椿・・・、花魁?」
椿「角名賀楼、氷雨花魁には想い募らせるお人に逢えてよろしゅうござんした。けんど蓮太郎に手出しするんはわっちが許しゃせん」
氷雨「気に入りんせんなぁ? 人の客を奪っておいて間夫までこさえるなん」
椿「客を奪う・・・? さて、どのおきちゃでありんしょ? 奪ったおきちゃが多過ぎて覚えておりんせん」
氷雨「おんし・・・」
椿「そんじゃあ、あいすみませんでした、とだけ言っておきんしょうか?」
蓮太郎「火に油を注いでるだけだと思う」
椿「蓮太郎は黙っておりなんし」
蓮太郎「はい、済みませんでした」
氷雨「十六夜姐さんのおきちゃまで取って、おんし鬼じゃな」
椿「あぁ、それなら覚えておりんす。けんど、奪われ続けるのが悔しければ奪い返しや。それが廓でありんす」
氷雨「く・・・っ」
椿「わっちゃあ構いんせんよ? 格付け極上品のわっちを一度でも抱いて、そんでも他の女がいいというおきちゃがいれば、でありんすが」
氷雨「この・・・!」
十六夜「やめや! 氷雨!」
氷雨「十六夜、姐さん?!」
十六夜「椿花魁、此度は妹の躾がなっておりんせんで、大変申し訳ない事をしんした」
氷雨「姐さん!! なんで謝りんすか!」
十六夜「氷雨、椿花魁の言う事は正しい。悔しければ椿花魁を超えてから物言いなんし!」
氷雨「そんでも」
十六夜「客を取られた恨み言を本人に言うなん、そんなみっともない真似をするなん思いもせんかった。

    氷雨、おんし見世に戻ったら覚えて置きや」
氷雨「え?」
十六夜「それでは、失礼致しんす。この詫びは後日角名賀楼主より金封を持って改めて華屋にお伺いいたしんす」

 

松之輔「啓明、親父の古着で悪いが、丈はあったらしいな」
啓明「材木商が、風呂持ちとか贅沢すぎやしないか?」
松之輔「そんなことどうでもいい。温まったんなら粥があるから食え」
啓明「・・・追い出されたよ」
松之輔「追い出されたって、家からか?」
啓明「華屋から」
松之輔「華屋から? って、え? 追い出された? なんで?」
啓明「なぁ! 松之輔! これなんだよ!」
松之輔「これは、華屋からの書き付け?」
啓明「これは覚書の方で正式な勘定書きは直接家に回すって!」
松之輔「揚げ代昼夜共六日昼一。布団代七日、お部屋代七日、昼夜酒含む飲食代七日・・・。お前、啓明、まさか」
啓明「なんでだよ! 祝儀はちゃんと渡してたのになんで揚げ代を請求されるんだよ!」
松之輔「華屋に居続けたのか!!」
啓明「だって椿が! 離れたくない・・・って」
松之輔「何言ってんだ? お前・・・、女郎の言葉を真に受けてんじゃねぇよ!!」
啓明「一人にしないでって言ったんだ!」
松之輔「そんなの嘘に決まってるだろう! 椿が一体何人の男にそう言ってると思ってんだ!」
啓明「泣いてたんだ」
松之輔「泣いたがどうした! 放っておけばいい。女郎の手口に簡単に騙されやがって」
啓明「ずっと、俺の前で椿がやっと笑ってくれるようになったのに、七日目の夜から急に来なくなったんだ」
松之輔「羽振りのいい客が来たんだろう?」
啓明「そうだよ! そこらの若衆を問い詰めたら松川屋の旦那が三倍の揚げ代と三十両も祝儀を積んだって!」
松之輔「松川屋と金で張り合う事なんかできやしねぇよ。店の規模が違う」
啓明「なんでだよ! 結局金かよ! 六日もずっと金を払い続けたってのに!」
松之輔「揚げ代と祝儀を一緒にするな。女郎は祝儀をはずんで貰えたからと言ってそれを揚げ代に回すなんてしてくれやしない!

    これを見ろ! お前が遊郭で過ごした六日間の必要経費全部! 祝儀から差っ引かれたりしない」
啓明「訳判らねぇよ・・・」
松之輔「啓明、一つ聞いていいか?」
啓明「なんだ」
松之輔「この金で、祝儀払ってたのか?」
啓明「あぁ、そうだ七十五両も持って行ったのに」
松之輔「残りはこの十両だけか」
啓明「今晩も、この十両で一緒に過ごせる筈だったのに」
松之輔「なぁ、啓明。随分きれいな小判だな・・・」
啓明「今晩一緒に居られたら、もう帰る積もりだった! それなのに」
松之輔「人の話を聞け! この小判! どっから出した!」
啓明「家から持って来たんだよ! ヤバい金じゃない!」
松之輔「常是包(じょうぜづつみ)の封を破ったのか!」
啓明「だって、そうしないと。二十五両ずつ包まれた金なんてたった三日で終わっちまう」
松之輔「お前・・・、お前という奴は・・・。常是包(じょうぜづつみ)は破ったら駄目だってことぐらい知ってるだろう! 

    包金銀(つつみきんぎん)の価値は二十五両以上の価値と信用がある! 札差がその信用を破ってどうするんだ!」
啓明「そうでもしないと椿と会えなかったじゃないか!」
松之輔「家の信用を壊してまで女郎に熱をあげてんじゃねぇ!」
啓明「松之輔はいいよな、なんだかんだ言っても逢って貰ってんだろう? 俺みたいに苦労しなくても逢えてんだろう? なぁ」
松之輔「俺は闇雲に逢いに行ったりしない。揚屋で様子も聞くし紋日は避ける」
啓明「紋日って?」
松之輔「さじ加減を間違えるなって言ったのに、馬鹿野郎」
啓明「さじ加減ってなんだよ! 椿に逢える方法なんか金を積むしかないじゃないか」
松之輔「最初に大見世に登楼ったのが間違いだったか。啓明、家には帰ったのか?」
啓明「いや、若山から直接松之輔の所に来た」
松之輔「まぁ、そうだろうな、きっと親父殿はとんでもなくご立腹してるだろう。帰れるのか?」
啓明「無理だ・・・、怖ろしくて、家に、帰れない」
松之輔「ウチで匿うのは限度があるぞ。報せたりはしないが、迎えが来た時は観念しろ」

 

十六夜「角名賀の楼主に頭を下げて金五十両を華屋に持って行ってもらいんした」
氷雨「ごじゅ・・・。なんででありんすか! なんで怒っちゃあならんのでありんすか!」
十六夜「おんし、椿花魁の言葉を聞いておりんせんかったか、間夫を作りたいだの夢を見んして・・・、うつけが」
氷雨「十六夜姐さんは悔しくないんでありんすか!
十六夜「悔しいなら椿花魁を超えよ、と言いんした。いや、もういい」
氷雨「姐さん」
十六夜「そう言えば、以前氷雨の客だった畳屋でありんすが」
氷雨「それは、もう、忘れんした」
十六夜「店を畳んだそうでありんす」
氷雨「え? なんで? え? だって角名賀に登楼るくらいのお客人が! そんな」
十六夜「椿花魁でありんす」
氷雨「・・・、ふふ、あはは! 結局客の懐具合をまた計れずに店潰してしまいんしたって! 加減が判らないだけでありんすね」
十六夜「・・・そう、思いんすか?」
氷雨「思いんす。でも逆によかったでありんす。

    店が立ち行かなくなる様な小物なら望まざる事とは言え縁が切れた事を喜ぶべきでありんすな。

    店が潰れるなん、どんな災厄が降りかかったか判りんせん。火の粉を被るんはごめんでありんす」
十六夜「おんし、氷雨」
氷雨「なんでありんしょう?」
十六夜「本日をもっておんしをお職候補から外しんす」
氷雨「・・・、・・・、・・・え?」
十六夜「わっちら花魁は、一度枕固めをしたおきちゃの商売繁盛を願い、座敷で接待のある日は精魂尽くすもんでありんす」
氷雨「無論でありんすよ? けんど、椿花魁は己が搾り取るばかりで畳屋を潰したんでござんしょ?」
十六夜「そう」
氷雨「それがどうしてわっちのお職候補から外される理由になりんすか」
十六夜「どうして、畳屋の旦那をきちっと繋ぎ止めて守らんかった」
氷雨「守る?」
十六夜「いずれ潰れる店なら縁が切れてて良かったなどと薄情な事を言いんして」
氷雨「けんど! あっちにどうこうできる問題ではありんせん!」
十六夜「奪われる前に、どうしてきっちり繋ぎ止めて置かんかった! 枕固めまで交わしておきながら、なんで奪わせた!」
氷雨「姐さん?」
十六夜「椿花魁は、最初から畳屋を潰す積もりで奪ったんじゃ」
氷雨「・・・っ?! え?」
十六夜「椿花魁のおきちゃに畳屋の商売敵がおりんした」
氷雨「・・・それって・・・」
十六夜「その商売敵と組んでおったのでありんす。椿花魁の懐に幾ら入ったかはわかりんせん。

    けんど、元々の商売敵の方は今やうなぎのぼりの大店入りにまで繁盛しておりんす」
氷雨「そんな」
十六夜「枕固めをしたおきちゃとわっちらは一蓮托生。その心構えの甘さが招いた結果でありんす! 

    畳屋の旦那は首を括って自害したとの事」
氷雨「あ・・・、そんな・・・」
十六夜「おきちゃ一人守れん花魁に角名賀楼のお職は名乗れやせん。次のお職は陽炎に任せんす」
氷雨「いや! 姐さん! 嫌でありんす!」
十六夜「楼主にはもう話しんした」
氷雨「嫌でありんす! 姐さん! 見捨てないで! もっと頑張るから!」
十六夜「今更でありんす。わっちは何度も注意しんしたえ?」
氷雨「注意? いつ? わっちは聞いておらん!」
十六夜「一から教えなければ判らんかったとは、何と愚かな」
氷雨「そんな・・・、そんな大切な事ならもっとちゃんと教えてよ!」
十六夜「己で考える力も持たず、わっちの年季が明けたら誰に教えて貰う? いつまで新造気分でおるのじゃ! いい加減にしや!」
氷雨「姐さんは意地悪じゃ」
十六夜「・・・、華屋に包んだ五十両はおんしの借金になりんす」
氷雨「そんな・・・」
十六夜「見世に責任はありんせん。おんしの不始末じゃ」
氷雨「いや・・・、いやあああああ!!」

 

氷雨「椿ぃいぃいぃい!!」
椿「鬱陶しい女でありんすな」
氷雨「お前のせいで! お前が! お前があぁあ! 全部何もかもお前のせいだ!」
椿「大した言い掛かりでありんすな。人のせいにする前にその貧相な顔と、中途半端な芸事を磨いてから出直して来なんし」
氷雨「お前が畳屋を奪ったりせんかったら、わっちは今頃お職を襲名できていたのに!」
椿「あぁ、お職筋から外されんしたか。相応でありんしょ?」
氷雨「ぶっ殺してやる!」
椿「・・・っ! 痛ったぁ・・・。突き飛ばすとか猪じゃあるまいし」
氷雨「わっちが猪ならおんしは鬼夜叉じゃ! 金の為なら人の命をものともせん! 畳屋の旦那を殺したのはおんしだろうが!」
椿「店を畳めば済んだ話。縊り死んだのはわっちの与り知らん事でありんす!」
氷雨「生きる糧を失った店主の将来なんかない事も判ってる癖に!」
椿「取られた客の将来を心配するとは、随分と寛容な心の持ち主でありんすな。

    そんな心配露ほどもしとらん癖に、言いがかりを付ける種にしんすな! それこそ故人に失礼な話でありんす!」
十六夜「氷雨! おんしはまた人の見世の暖簾くぐって何をしておりんすか!」
氷雨「お前には関係ない!」
十六夜「お前・・・」
椿「世話になった姐さんに、お前なんぞと心意気も知れようという物でありんすな」
氷雨「もう、姐でもなんでもない! わっちの将来は闇ばかりでありんす」
椿「闇? はっ! そう思うならいっそ死んでしまえ!」
氷雨「んな・・・」
十六夜「そなた、椿花魁。いくらこちらに非があろうと言い過ぎではありんせんか」
椿「ここは遊郭。苦界じゃ、地獄の閻魔様の方がまだ優しいかもしれん。

    そんな安い心意気しか持たんならこの先生きて行くんは難しいでありんしょ、さっさと死ねばいい!」
牡丹「椿! いくら言い掛かりを付けられたとはいえ言葉が過ぎる」
十六夜「氷雨が乗り込んだこの件は角名賀にてきちっと始末を付けんす。じゃが死ねとはいかな事情があろうとも口走ってはならん」
牡丹「椿、謝りや」
椿「断りんす」
牡丹「椿! ・・・、十六夜花魁、妹の不躾な言葉はわっちが謝りんす。どんぞこの場を納めては戴けんか」
十六夜「先に礼を失したんはこちら。椿花魁の処遇は牡丹花魁にお任せしんしょう」
牡丹「ありがとうございんす」
十六夜「さ、氷雨。帰りんす」
氷雨「ぷっ!(唾を吐く)」
十六夜「氷雨!」
椿「ああ、いや。唾を吐き掛けるなんて汚い。この着物、氷雨花魁が買い取ってくれるんでござんしょうな?」
氷雨「下衆に似合いの着物じゃ!」
十六夜「氷雨! 帰りんすよ!!」

 

椿「氷雨花魁、わっちには身の毛がよだつ程の甘ったれでありんす」
牡丹「椿・・・。けんど死ねなんぞと、滅多な事で口にするものじゃありんせん」
椿「あの程度の心構えじゃいずれ死ぬ。そう遠くもありんせん」
牡丹「それを決めるんはおんしではありんせん」
椿「もっと、張り合いがあるかと思っておった」
牡丹「張り合い?」
椿「畳屋のご亭主でありんす」
牡丹「店を潰しておきながら、縊り死んだ事でありんすか」
椿「氷雨花魁でありんす。奪う前にもっと巧妙な策で止め立てするんかと。

    馴染みを大切にするんなら、わっちの所にいる御畳奉行と張った張ったの大立ち回りで互いの店も繁盛したでありんしょうな」
牡丹「繋ぎ止める事が出来んかったなら、なんで店を潰す程に追い込みんしたか」
椿「それが、お奉行様とのお約束でありんした。お江戸への進出を望まんなら潰せ、と」
牡丹「幾ら、懐に入りんした」
椿「姐さんには関係ありんせん」
牡丹「おんしの事情がいかな物であったとして、わっちは今のおんしのやり方を許せん」
椿「氷雨花魁に対する態度でござんすか? それとも畳屋の一件?」
牡丹「その両方でありんす! 正直わっちは今の椿が怖い」
椿「姐さんは自分がどれだけ恵まれているか判っておらんだけでありんす」
牡丹「恵まれているのは椿だって同じじゃ」
椿「同じ? ふざけた事を言いんすな」
牡丹「椿、何か思い詰めているのならわっちにも相談してくんなんし。蓮太郎だっておりんす」
蓮太郎「椿、話してくれなきゃ何も判らない」
椿「相談したって何の解決にもなりんせん!!」
牡丹「一人で思い詰めたら余計袋小路でありんす」

椿 ぱーんっ!(手を叩く等で表現して下さい)

牡丹「・・・っつ!」
蓮太郎「椿!!」
椿「牡丹姐さんのその恩着せがましい優しさがあちきは大嫌いでありんす!!」
牡丹「・・・っ?」
蓮太郎「何を言っているんだ、椿! 牡丹花魁が今までどれだけ椿に心を砕いて来たか知らない筈ないだろう」
椿「優しさであちきを救う? 相談したら助けてくれる? だったら金をくんなんし!」
牡丹「?! 椿、何を言って・・・」
椿「妹として、姐としてあっちを救ってくれるんなら金をくんなんし! 毎月6両!」
蓮太郎「6両、て・・・、一体なんに使う」
椿「あちきが遊びたいだけの金だと思っておりんすか? そんな疑いを持たれるくらいなら話さんかった!」
牡丹「何の金かいいなんし!」
椿「言ったら払ってくんなんすか?!」
蓮太郎「いい加減にしろ! 椿! 6両なんてそんな簡単に払える筈がないだろう!」
椿「元々の借金のない牡丹姐さんには金輪際判りんせん!」
牡丹「元々の、借金?」
椿「あちきにはここに売られた時既に340両の借金があったのでありんす!」
蓮太郎「340・・・、両?」
牡丹「300、て、そんな・・・」
椿「引っ込みで育てられた5年分の費用を加えて550両! 普通にのらりくらりと年季十年務め上げたって払えんせん!」
蓮太郎「550両ってそんな、金」
椿「見世はそれでも容赦はせん! 躾けねばならん妹を3人も付けられて! あちきと妹の生活日もはらわねばならんのでありんす! 

    部屋代3分、風呂代10匁、着物代25両、髪結いに払う2朱、メシ代8両!」
牡丹「それは、わっちも同じ事でありんす!」
椿「そんでも毎月6両はあちきより少ない! そんだけ恵まれておりんす!」
牡丹「・・・っ!」
椿「なんとしても返さねばならん借金がある身の上で他のお女郎に遠慮? 出来る訳ありんせん! 

    他の女の客を奪って、客の家を潰そうがなんだろうが金を搾り取って・・・、そうしたら・・・、そうしたとしても! 

    年季なんて信用ならないもんに縋って・・・、あちきは・・・」
牡丹「椿・・・っ! どこに行くんでありんすか!」
椿「心配せずとも、逃げたりなどせん。夜見世までには戻りんす」
牡丹「蓮太郎」
蓮太郎「牡丹花魁、水差し借ります。取り敢えず、これで頬を冷やして下さい」
牡丹「わっちはいい! 蓮太郎、椿を、頼みんす」
蓮太郎「いえ」
牡丹「わっちは、頬を冷やしたりして、自分を労わるなどできん」
蓮太郎「夜見世に差し支えます。冷やして下さい」
牡丹「知らんかったなどと、そんな言葉で片付けてしまえるもんではありんせん」
蓮太郎「自虐的になっても椿の借金は減りませんよ」
牡丹「蓮太郎、おんしは何も感じんせんのか」
蓮太郎「何を?」
牡丹「冷たいでありんすな」
蓮太郎「感じてない筈、ない(ぼそりと小声で呟く)
女郎の拘束期間が終わるのは借金を返すか年季が明けるかのどちらかです」
牡丹「それ故にわっちらは身を粉にして稼ぎ少しでも借金を早く返して務めを終えようとするのでありんす」
蓮太郎「俺は、決して女郎に借金が返せるとは思っていません」
牡丹「一縷の夢すら、見せてはくれんのか」
蓮太郎「夢を見るならご自由に。現に帰れば変わらぬしがらみが待っているだけですから」
牡丹「何故、借金を返せぬのか。わっちも椿もきちっと稼いでおりんすに」
蓮太郎「花魁であれ小見世の女郎であれ、妓楼は女郎に借金を返せない仕組みになっています。

    小見世は元々の揚げ代も少なく祝儀などたかが知れている。

    大見世の牡丹花魁や椿の様に多く稼ぐ花魁でも、沢山の妹を着ける、高値な着物、高値な小物を買わせる、色々な方法で」
牡丹「そういう、物でありんすか?」
蓮太郎「そういう事情をあなたは遠ざけるきらいがある」
牡丹「知れば、苦しみが増えんす」
蓮太郎「大抵はそうでしょう。ですが、椿は知らざるを得なかったようですね」
牡丹「一体、椿は何を知ったのでありんしょうか」
蓮太郎「今は女将が江戸に行っており、少しの間俺が番頭を預けられています。帳簿を見に行きませんか?」
牡丹「帳簿を・・・、え、けんど、そんな事・・・、したら・・・、あの」
蓮太郎「牡丹花魁が行かないとしても俺は見に行きますけどね」
牡丹「ま、待って・・・。わ、わっちも行きんす」

牡丹「ば、番頭の部屋なん初めて入りんした」
蓮太郎「直近の金品出納帳は内証にありますが、過去の物はこちらにあります」
牡丹「く、詳しいんでありんすな。蓮太郎」
蓮太郎「信用と信頼を逆手にとって好き勝手させて戴いているので」
牡丹「蓮太郎、おんし・・・、いつかツケが回りんすよ」
蓮太郎「でしょうね」
牡丹「さらっと流す事かい!」
蓮太郎「先のツケを気にしてたら何も出来ませんので。自分の欲求には素直に生きますよ」
牡丹「綺麗な顔して椿も蓮太郎も」
蓮太郎「金品出納帳より出入りの流れが判るのは大福帳ですね」
牡丹「椿が好きそうな名前でありんすな」
蓮太郎「内容は逃げ出したくなるでしょうけど。女郎ごとに分けられていますので探しやすいですね。

    あ、ついでに牡丹花魁のも見て行きますか? 畳代とか畳代とか畳代とか、布団代とか」
牡丹「要らないよ!」
蓮太郎「椿のは・・・。禿時代は『りん』ですね。ありました」
牡丹「・・・っ」
蓮太郎「見ないんですか?」
牡丹「少し、怖ろしくなってしまいんして」
蓮太郎「女将にばれるのが?」
牡丹「蓮太郎! この頓珍漢!」
蓮太郎「女衒に売られて来た時の金額です。・・・、これは」
牡丹「なんだい、この書き方」
蓮太郎「借金300両・・・?」
牡丹「女衒20両、色代20両? 色代?」
蓮太郎「おそらく女衒に渡した口止め料でしょう」
牡丹「口止め? なんでそんな事を」
蓮太郎「華屋に売られた事を隠す為でしょう。売られて来た時からりんは、とても綺麗だった。

    隠して育てられていた事は牡丹花魁が良くご存知なのでは?」
牡丹「300両の借金・・・。親は鬼じゃな」
蓮太郎「・・・、まさか」
牡丹「思い当たる節がありんすか?」
蓮太郎「いえ、憶測です。済みません。これで椿の言う通り340両」
牡丹「あとの210両は? なんでありんしょう」
蓮太郎「琴・三味線・胡弓・日本舞踊・唄・華道・茶道・将棋・囲碁の格たる師範代から指導を受けた分です。5年分で25両」
牡丹「引っ込みって、見世が費用を持つんじゃありんせんのか?!」
蓮太郎「前払いです。見世はそんなに甘くない」
牡丹「習い事代25両なん、そんなもんまで背負わされて!」
蓮太郎「部屋代8両、風呂代3両、着物代125両、髪結い14両。5年間、牡丹花魁に奉公するまでそれはずっと椿の借金になり続けた。

    全てを合わせた金額がここに」
牡丹「見たくない! そんな恐ろしい物を」
蓮太郎「545両です」
牡丹「・・・っ! わっちは・・・、そんな事も知らずにわっちは、椿に酷い事を!」
蓮太郎「毎月の返済額があります。39両が妹含む椿の生活費、それに6両の借金」
牡丹「毎月45両。それを椿は必至で稼いで、返して。いつ返しきれるか判らんものを」
蓮太郎「・・・っ」
牡丹「蓮太郎・・・」
蓮太郎「・・・済みません。少し、取り乱して・・・」
牡丹「客に対して鬼になっても何も言えん」
蓮太郎「片付けます」
牡丹「蓮太郎」
蓮太郎「・・・、椿に掛ける言葉が見付からない」
牡丹「なんででありんすか! どうして椿ばかりがここまで酷い仕打ちを受けねばならんのでありんすか! 

    わっちは姐なのに・・・、姐でありながら何にもしてやれん」
蓮太郎「椿は牡丹花魁の妹でも、とっくに手を離れて己の道を歩いています」
牡丹「剣山を敷き詰めた様な道を、でありんすか」
蓮太郎「俺は、俺に出来る方法で椿を助けます」
牡丹「何か、方法がありんすか?」
蓮太郎「いいえ。明確な方法はまだ。ですが全く当てがない訳ではない」
牡丹「わっちも、何かできんせんか」
蓮太郎「椿の頑固さをかち割ってやってください」
牡丹「は・・・?」
蓮太郎「椿は押し付けられる優しさを嫌いますから」
牡丹「椿の頑固さ、を」
蓮太郎「必死で気付かれないようにしていた椿の心を重んじて戴けますか?」
牡丹「・・・? なんでありんしょう?」
蓮太郎「今、俺がここで言う事は、忘れて下さい」
牡丹「・・・、忘れんしょう」
蓮太郎「去年改易させた加賀家は、おそらく椿の実の父親と兄でしょう」
牡丹「・・・っ! 実の・・・?」
蓮太郎「身請けに来たという兄君が、親元落籍なら椿は救われていた筈です」
牡丹「親元・・・」
蓮太郎「遊郭に助成制度がない訳ではない。親元が子を連れ戻しに来た際には、安く落籍せる事が出来るんです」
牡丹「親元どころか、妹だと気付きもせんと通い続けた挙句、果ては妾にするなんぞとぬかし倒して!」
蓮太郎「明確な殺意があったんでしょう」
牡丹「よう、その場で殺さずに・・・、耐えて、耐え抜いて」
蓮太郎「改易に追い込んだ事を、俺は責める事は出来ません」
牡丹「もう、忘れんしょう。触れてはならん傷でありんす」
蓮太郎「今更、どうにもならない事ですから」

 

松之輔「啓明、起きろ」
啓明「・・・んっ」
松之輔「五百扇から手紙だ。つい先程丁稚が持って来た」
啓明「・・・、見たくなんかねぇよ」
松之輔「いい加減にしろ! 現実から逃げていたって何も変わりゃしない!」
啓明「お前に俺の立場なんか判ってたまるか」
松之輔「あぁ、判りたくもないね。

    家の金で女に狂って、ガキみてぇに帰りたくないと、人の家で引きこもってるクソ馬鹿の何を判れってんだ」
啓明「老害親父がいつまででもガキ扱いして店を預けてくれないなんてお前には生涯判らねぇだろうよ!」
松之輔「恩義こそ持てど、自分の親父を老害扱いしてる間は店の切り盛りなんて出来やしねぇよ」
啓明「とにかく、手紙なんか見ない」
松之輔「お前まさか、この期に及んで家から親父が迎えに来るのを待ってるんじゃねぇだろうな」
啓明「もう半月以上も家を空けてるのに、心配なら直接迎えに来るのが筋ってもんだろうが!」
松之輔「どこまで、甘え腐ってんだ」
啓明「甘え? 五百扇の家には俺しか男児がいない! 大事にするなら当たり前の事だろう!」
松之輔「俺ならお前の妹にさっさと手際のいい男を見繕って祝言挙げさせて、そいつに店を任せるね」
啓明「どこの馬の骨かも判らねぇ様な男をか!」
松之輔「ろくでなしのスネかじりより百倍マシだ!」
啓明「てめぇ! 俺に喧嘩売ってんのか!!」
松之輔「俺の襟首を掴むよりまず手紙を読め!」
啓明「こんなもん破り捨ててやるよ!」
松之輔「寄越せよ!」
啓明「何すんだよ!」
松之輔「破り捨てるくらいなら俺が読んでもいいだろう!」
啓明「お前に何の権利があって読むんだよ!」
松之輔「一週間も人の家で飯食って布団被って寝てた癖に寝ぼけたこと抜かしてんじゃねぇよ!」
啓明「あぁ、そんな恩着せがましい事ばっかり口にしやがって! 好きにしろ!」
松之輔「間違いなく五百扇の手蹟だな」
啓明「読んでも、俺には何も伝えなくていいぞ。俺は親父が迎えに来るまで帰る気はない」
松之輔「はっ、勝手に家出したガキに親父が迎えに来て頭下げろってか。大したご身分だよお前は。どこの殿様だ」
啓明「俺はもう一度寝る」
松之輔「・・・、寝てる場合じゃなさそうだぞ」
啓明「知らねぇよ、もう」
松之輔「啓明!」
啓明「うるせぇよ!」
松之輔「これを見てもまだそんな事が言えるのか!」
啓明「なんだよ、一体・・・。なんだ? これ」
松之輔「町奉行所からの証文通達。お前、五百扇の親父から勘当されたんだよ!!」
啓明「・・・、は・・・?」
松之輔「五百扇はお前の居続けの金を払う積もりはない。ここに勘定書きも同封されてる」
啓明「待てよ、意味判らねぇよ」
松之輔「親子の縁を切られたんだよ! お前はもう五百扇じゃない!」
啓明「ちょっと待ってくれよ、判んねぇよ。どういう事なんだよ」
松之輔「お前って奴は、本当に・・・。もう、取り返しなんかつきゃしねぇよ」
啓明「俺は、どうなるんだ?」
松之輔「無宿人だ。お前は家がない」
啓明「五百扇を名乗れないって事は、もう、椿と会えないって事か」
松之輔「今! そんな心配するべき事じゃねぇだろう!!」
啓明「なぁ、松之輔。俺は、どうなるんだ」
松之輔「ちょっと待ってくれ、さすがに俺も考えが及ばなかった。まさか五百扇の親父がそこまでするなんて」
啓明「松之輔」
松之輔「人別帳から抹消された以上、お前は町人でもない」
啓明「町人じゃない?」
松之輔「お前は! 女郎や忘八と同じ穢多非人って事だよ! もう、まともな仕事に就ける見込みもない」
啓明「なんだよ、それ。なんだよ・・・」
松之輔「俺は、もう、これ以上助けてはやれない。俺にも店がある。奉公人がいるんだ」
啓明「松之輔?」
松之輔「お前が破った常是包の10両だ。持って行け」
啓明「松之輔? 待てよ、なんで追い出すんだよ」
松之輔「手紙もだ。俺はこの手紙を読まなかった事にする」
啓明「松之輔!」
松之輔「済まない、啓明」
啓明「松之輔! 待ってくれよ! 松之輔! 松之輔ぇえ!!」

 

蓮太郎「椿」
椿「何?」
蓮太郎「・・・少し、休んで行かないか。ぜんざいもあるから」
椿「水差しに水を汲みに来ただけ。夜見世の支度をしないといけないからやめとく」
蓮太郎「夜見世? ・・・って、椿」
椿「それじゃ」
蓮太郎「椿! 待て! 夜見世って何考えてるんだ! お前・・・、行水だった筈だろう?」
椿「綿を詰めれば仕事は出来る。香り付きの麩海苔だってあるし、行燈の灯かりだけならごまかせるもの」
蓮太郎「椿」
椿「離して」
蓮太郎「ただでさえ滅多に休みを取らない癖に、ひと月の間で休みを取れるのなんか行水の時くらいだろう? 

    先月もそんなに休み・・・、・・・、椿?」
椿「あたしには休んでる暇はないの。そんなの蓮太郎はもう知ってる筈でしょう?」
蓮太郎「椿! ・・・、先月、お前休んだか?」
椿「そんな悠長な事を言える立場じゃない」
蓮太郎「滅茶苦茶だ! そんな風に躍起になって仕事したって体を壊したら意味がないだろう?」
椿「眠れる時は寝てる」
蓮太郎「そうじゃない!」
椿「じゃあ何?」
蓮太郎「椿が身に掛かる借金をどう聞いたのか知らない。だけど無茶をしたって何も変わらない」
椿「変えようとしないから変わらないだけでしょう?」
蓮太郎「一人で焦ったって借金を返せそうになったら新たな妹を付けられて出費が嵩むだけだ! 何一つ変わらない!」
椿「じゃあ、どうすればいいの?」
蓮太郎「休める理由がある時は休め。でなきゃ死ぬぞ!」
椿「死んだら投げ込み寺に棄てられるだけでしょう?!」
蓮太郎「頭を冷やせ!」
椿「あたしはまともだよ!」
蓮太郎「嘘を吐け! そんな捨て鉢になって、何がまともだ!」
椿「じゃあ蓮太郎が払ってよ!」
蓮太郎「・・・っ!」
椿「たかが遊郭で働いてるだけの一介の若衆の癖に! 偉そうな事言うならあたしの借金を変わってよ!」
蓮太郎「・・・、ごめん。俺には・・・、払えない」
椿「じゃあもう放っといて!」
蓮太郎「椿! どこ行くんだ! まだ話は終わってない!」
椿「埒の開かない話をいつまで続けてたって意味なんかない!」
蓮太郎「椿! 待てって」
椿「離して! どうせ蓮太郎の事だから調べたんでしょう?! あたしがどういう経緯でこんなに借金を抱えているのか! 興味本位で?! 

    それとも自分に何か出来るとでも思ったの?! あたしの言ってる借金の額が嘘だとでも思った?! 

    調べたって疑いのない事実が確定しただけでしょう?! どうせ助ける事なんて出来ない癖に!! 

    ただ人に一体何が出来るって言うの?! 手も足も出ない額だったでしょう?! 

    それがもし自分の身に掛かる借金だったら蓮太郎ならどうしっ・・・、んっ」
蓮太郎「・・・ん」
椿「ん、ふ」
蓮太郎「少し、落ち着け」
椿「れん・・・」
蓮太郎「頭に血が上っているんだ」
椿「れんたろう・・・」
蓮太郎「休もう、休んでゆっくり考えて」
椿「蓮太郎・・・、ぅ・・・っ、く・・・、ぅ・・・、・・・・・・、助けて」
蓮太郎「ごめん、椿。とんでもない思い上がりだった。傍に居るだけで支えて行けるなんて、そんな甘ったれた考えを俺は盲信してた。

    そんな筈ないのに、ごめん」
椿「どうしたらいいか、本当はもう、判らないの。先が真っ暗で、怖くて進めない・・・」
蓮太郎「俺は、無力だな」
椿「借金を返すか年季が明けるまでって、ずっと簡単に考えてた」
蓮太郎「俺も、そう思ってた。そう信じて、待ってる、なんて」
椿「ねぇ、蓮太郎・・・。借金を返さないままで、たった十年務めただけで、本当に年季が明けるの?」
蓮太郎「ごめん、椿。俺には、何も言えない」
椿「きっと十年なんかじゃ終わらないよね? ねぇ、だからきっとあたし他の人より水揚げが早かったんだよね?」
蓮太郎「情けなくて悔しくて、どうしたらいいか判らない。椿の借金を返す当てもなくて、椿の年季が明けるのを待つ事しか、出来ない」
椿「明けないかもしれないのに、蓮太郎は馬鹿だね」
蓮太郎「それでも、これから先、十年でも二十年でももっと先でも、いくらでも待つ」
椿「初見世前に約束したよね。年季が明けたらって一緒になろうって」
蓮太郎「ん」
椿「明けない年季なら何を望みに生きればいい?」
蓮太郎「俺が、傍に居る」
椿「・・・、全然、解決になんない。・・・、でも、好き」
蓮太郎「うん」
椿「好き、蓮太郎・・・、大好き・・・、んっ」
蓮太郎「・・・ん」
椿「傍に居て、ずっと」
蓮太郎「約束するよ。もう一度・・・、何度でも」

牡丹「蓮太郎」
蓮太郎「・・・っ! 牡丹、花魁・・・」
牡丹「台所裏では人目に付きんす、控えなんし」
蓮太郎「見て、たんですか?」
牡丹「咎めたりはしんせん。あんな自暴自棄になってるんを止められるんはおそらくおんしだけでありんしょ」
蓮太郎「止められた、訳じゃない。と、そう思っています」
牡丹「ほんの少し、椿が笑いんした。それは、心が和らいだからではありんせんのか?」
蓮太郎「束の間です。結局、俺にはどうしてあげる事も出来ない」
牡丹「おんしは椿の心を守ってやりなんし」
蓮太郎「物事が解決の糸口を掴めないまま、心が守れるとは思えません」
牡丹「きついようではありんすが、蓮太郎にどうこう出来る金じゃあありんせん」
蓮太郎「金が、・・・ない訳ではないんです」
牡丹「そりゃあ蓮太郎は見世の信頼も大きいから他の若衆に比べて稼ぎは多いかもしれん。けんど」
蓮太郎「手を付けた事はありませんが、母の遺産が少しあります」
牡丹「石楠花、花魁の?」
蓮太郎「楼主の今際の際に受け取った手紙で知りました。俺の行く末を心配して母が遺したものだと」
牡丹「楼主は、もしや蓮太郎の父親・・・」
蓮太郎「いいえ。それだけははっきり違うと言われました。俺の手元にあるのは百両と、上質な仕立ての着物や簪と櫛、笄が幾つか」
牡丹「百両。大金でありんすな、けんど椿の借金にすれば焼け石に水」
蓮太郎「ひと時、助ける事が出来ても後が続かない。それは今助けない事よりももっと残酷なだけだから、結局俺は椿を助けてやれない」
牡丹「蓮太郎も、余り思い詰めなんすな。おんしは己の身より椿を重んじる」
蓮太郎「そのままそっくり、牡丹花魁に返しますよ」
牡丹「わっちら花魁は祝儀をたっぷり貰えると、他の女郎はいいなんす。けんど、祝儀なん望めん時もありんす。

    更にいうなら、付け馬が回収できなかった客の未払い金はわっちらの借金になる。

    金、金、金。右を向いても左を向いてもわっちら命を繋ぐんは金しかありんせんのでござんす」

 

十六夜「氷雨、起きや」
氷雨「ん・・・っ、う・・・、ま、ぶ・・・、し、い」
十六夜「納戸に籠め置いて一週間、少しは己の分を弁えんしたか?」
氷雨「十六、夜・・・。ふふ」
十六夜「氷雨?」
氷雨「腕が痛いでありんす」
十六夜「縄をほどきんしょう。酷い仕打ちだと思うかもしれんが、見世の立場を考えたらこの程度やす・・・っ、ぅ!」
氷雨「十六夜、偉そうなこと言ってまんだわっちに説教、あはは! 所詮お前だって華屋の牡丹には勝てん癖に!」
十六夜「簪、を」
氷雨「銀の平打ち簪は先が鋭いからねー、良く刺さる」
十六夜「ん、ぐっ!」
氷雨「ま、この程度じゃ死なないでしょ?」
十六夜「待ちや! 氷雨! どこに行くんでありんすか!」
氷雨「邪魔されたくないの、大人しく・・・、しててよねっ!!」
十六夜「あぅ! 待・・・、ち、や・・・。氷雨・・・っ」
氷雨「蓮太郎さんに会いに行くの。椿がどうとか関係ないし、男なら女がその気になれば乗って来るに決まってる」
十六夜「おんしに、伝えねばならん事が・・・、ありんす」
氷雨「苦しそうだよ? 十六夜。二箇所も刺したんだから大人しくしてた方がいいよー?」
十六夜「おんしの馴染みが三人、椿花魁との悶着を聞いて夜逃げしんした! 申し合わせて」
氷雨「へーぇ? だから何?」
十六夜「未払いの95両」
氷雨「あたしの借金ね。はいはーい! わっかりましたぁ! そんなの払える訳ないじゃん、じゃあね、十六夜」
十六夜「華屋に・・・、伝えねば・・・。はっ、う、ぐ・・・」

蓮太郎「・・・くっ! ・・・、氷雨、さん?」
氷雨「お料理番だから台所って思ったら当たりー、ねぇ蓮太郎さん。今から裏茶屋に行こうよぉ」
蓮太郎「・・・? 済みません、全く意味が判りません。それと、包丁を、置いて下さい」
氷雨「蓮太郎さんが一緒に来てくれるなら、置く」
蓮太郎「仕事は? と聞きたい所ですが愚問ですね」
椿「どう見てもまともじゃないもんね」
蓮太郎「椿、仕事は?」
氷雨「また、お前か! 椿!」
蓮太郎「危ない! 椿!」
椿「ひぃーーああああああ! 着物の袖が切れたああああ!!」
蓮太郎「包丁研いだばかりだから当たり前だろう!」
椿「人の着物、二着も無駄にして! もう絶対許さない!」
蓮太郎「いや椿、殺されるから逃げて欲しい」
氷雨「ねーぇ蓮太郎さぁん。ほぉら、女の体はいいよぉ? ねぇ、もっと触って、ほらぁ」
蓮太郎「・・・っ、やめて下さい」
氷雨「どうしても答えてくれないの? ねぇ、あたしの何がいけないの? ねぇ、誰も教えてくれないんだよ。

    あたしが悪いなら治すから、ねぇ蓮太郎さん、蓮太郎さん降ろし髪が好きなの? じゃあほら、降ろすから」
蓮太郎「角名賀楼に連絡して引き取って貰うしかなさそうですね」
氷雨「いや! もう、角名賀なんかには帰らない!」
蓮太郎「言った筈です、迷惑だ、と」
氷雨「判った、どうしてもあたしを見てくれないその目なら、抉り取っちゃうね。一緒に死んで?」
椿「いい加減に! しろ、このクソアマ!!」
氷雨「ぅあああ!」
蓮太郎「・・・、椿。色々突っ込みたい所があってね」
椿「何よ!」
蓮太郎「蹴り飛ばした足癖と、言葉遣い」
椿「後にして」
蓮太郎「はい」
氷雨「恵まれたあんたには判らない。椿、お前なんかにはあたしの惨めさなんか判りっこない」
椿「別に判りたくないから」
氷雨「あたしの借金は増え続けるばかりだ。もう返せっこないのに、まだ増える、ふふ、もう。生きても望みなんかない。

    もう死にたいの・・・。せめて蓮太郎さんを頂戴よ」
椿「死にたいなら一人で勝手に死んで。蓮太郎を巻き込まないで」
氷雨「椿・・・、お前は。人じゃない、ね」
椿「くだらない」
蓮太郎「角名賀楼に連絡したのでもうすぐ迎えが来るでしょう?」
氷雨「わっちらは、何が為にこんな苦界におるんじゃ?」
椿「随分、ぬるい事考える暇があるんだね」
氷雨「・・・、ふふ、ふはは。いひひ、ふふ、あーーーっはっはっははは!!」
蓮太郎「・・・っ」
十六夜「遅く、なり・・・っ、氷雨。あ・・・、なんて事、首を・・・、氷雨」
蓮太郎「遺体はお持ち帰りください。華屋で責任は取れません」
十六夜「ほんに・・・、おんしは愚かものじゃの・・・、氷雨・・・」
椿「大見世に買われて他を見下す暮らしに恵まれながら、己に架せられた借金一つ返せず正気を手放すくらいなら、

    死んでこれ以上迷惑を掛けないようにする事しか出来ないでしょう?」
十六夜「言う通りじゃ。けんどな、椿花魁。馬鹿で手の掛かる妹程、可愛い物はないのじゃ」
椿「・・・」

 

椿(M)「足りない・・、あと三両二分。虎の子は使えば来月再来月の払いに困る。着物と簪を売るしか」
椿「菫、筆筒の下の方にある着物を取ってくんなんし」
菫「あ、あい。わあ・・・、とても綺麗な着物・・・。これ、仕立て直して着てみたいでありんす」
椿「ごめんなんし、これはもう売りんす。小紋は菫に似合いんすから取って置きんしたが」
菫「ええ~、勿体無いでありんす」
椿「そういう贅沢は、お開帳したら自分のおきちゃにいいなんし」
菫「・・・ぅ、はーい」
椿「大丈夫。菫は変わりんした。きちんと身を入れて学べば何でもできる子だって判りんした。」
菫「ほ、本当?」
椿「うん、本当。これだけしっかり出来るならすぐに有力なお大尽が付きんす」
牡丹「椿」
椿「牡丹姐さん、どなんしんした?」
牡丹「ああ、菫。白詰と宇津木を連れて甘味処にでも行ってきなんし」
菫「え? なんで?」 
牡丹「妹を連れて歩くのは年長新造の役目でありんす。小遣いじゃ、もっておいき」
菫「あい」

椿「菫に勝手な用事を言いつけて、何でありんすか?」
牡丹「着物と、簪、櫛。これを売る積もりでありんしたか?」
椿「要らん着物を処分しようと思っただけでありんす」
牡丹「最近の古着屋は女郎の足元を見る。売っても二束三文にしかならん」
椿「それなら、売る着物を増やすだけでありんす。

    幸いにも姐さんが譲ってくんなんした松川屋様に頼めばいくらでも新しい着物が手に入りんす」
牡丹「足りんのでありんしょう?」
椿「姐さんには関係ありんせん」
牡丹「五両持ってきんした」
椿「・・・っ?!何、を・・・」
牡丹「今月の払いに当てなんし」
椿「・・・、同情でありんすか?」
牡丹「違いんす」
椿「憐れみ?」
牡丹「違いんす」
椿「受け取れん」
牡丹「そんなら、受け取って貰うまでここに居続けんす」
椿「迷惑でありんす。姐さんに頼ったりなどぜん」
牡丹「何故」
椿「わっちにも誇りがありんす」
牡丹「誇りが、何の足しになりんすか? 着れもせん食えもせん、役立たずでありんす」
椿「それでも! そうやって姐さんに頼り始めたら歯止めが利かなくなる!

    もうあと少しで年季の明ける姐さんに頼っていたら、姐さんが廓から出て行った後に己の首を絞めるだけじゃありんせんか!」
牡丹「わっちが廓から出る時は虎の子をおんしに置いていきんしょう!」
椿「なんで、そこまで!」
牡丹「そんな険しい顔で、蒼白になって! 元々細い子が、また痩せんしたな?!

    行水でも構わず客を取って昼も夜も休む事をせんとおんし死ぬ積もりでありんすか! わっちが 心配して何が悪い?!

     大切な妹を、死なせたくない! これは、この五両はわっちの自己満足でありんす! そんな事百も承知しておりんす!」
椿「そんなら尚更受け取る訳に参りんせん! なんで姐さんの勝手な恩を借りねばならんのでありんすか!」
牡丹「今生最後じゃ!」
椿「・・・は?」
牡丹「今生最後にしんす。だから、椿・・、わっちの願いを聞いてくんなんし」
椿「願い?」
牡丹「・・・、生きて、椿」
椿「な、にを? わっちは生きておりんす」
牡丹「このままでは死んでしまう! 身も心もズタズタに引き裂かれたボロ雑巾のようになって椿が死んでしまう!

    そんなんわっちは見たくない!」
椿「わっちは・・・、今もこうして生きて、おりんす。なんで、そんな心配」
牡丹「椿」
椿「何? いきなり抱き締めたりして」
牡丹「こんなか細い体でおんしは全部一人で背負い込んで死に急ぐ。

    おんしがわっちの優しさを嫌いだというんなら、わっちはおんしの頑固さが嫌いでありんす。

    なんで、もっと周りを頼らん? 使えるもんを使わん? 蓮太郎には泣き付けるのになんでわっちには泣き付かん!

     わっちはそんな頼りない姐か? なあ、椿。もう一人で悩むんをやめなんし」
椿「だって姐さん。その虎の子だって姐さんが身を削って貯めた金でありんす。あちきに使う権利なんありんせん」
牡丹「そう、椿。わっちが使うんでありんす。椿、おんしの命が金で買えるんならこんなはした金くれてやりんす」
椿「どうして?」
牡丹「何」
椿「蓮太郎も牡丹姐さんも元を辿れば赤の他人。あちきの借金はあちきの父が売った借金でありんす。

    肉親ですら信用ならんのに、なんで姐さんも蓮太郎もこんなにしてくれるん でありんすか」
牡丹「血の繋がりなん要らん。椿はわっちが育てた大切な妹でありんす」
椿「ぅ・・・、ふぐ・・・っ、ごめんなさい、姐さん、ごめんなさい・・・」
牡丹「謝らんでいい」
椿「今月の払い・・・、受け取らせて、ください・・・。甘ったれた妹で、ごめんなさい」
牡丹「椿! 良かった・・・、ありがとう」
蓮太郎「お二人で心が通じ合っている所申し訳ありません」
牡丹「蓮太郎! 邪魔すんじゃないよ! 今の椿はわっちのもんじゃ!」
蓮太郎「聞き捨てなりませんね」
椿「ぐすっ、蓮太郎、なぁに?」
蓮太郎「売ろうとしていた着物、俺に預けてくれないか?」
椿「え? なんで?」
蓮太郎「遊郭は女郎が外に出られないのをいい事に着物や簪を安く買って、横流しする。

    宿場町を少し下った先にきちんと買い付けてくれる古着屋を見付けたんだ。

    椿の着物なら1着50両か、もっといくと思う。任せてくれないか?」
椿「そ、そんなに?! え、嘘・・・」
蓮太郎「本当。母の古い着物を1着売って確かめて来た」
椿「でも、宿場なんて、遠い、のに」
蓮太郎「俺の休みの時に行ってくるから大丈夫」
椿「本当に、頼んで・・・、いいの?」
蓮太郎「俺には、これくらいしか出来る事がないから」
椿「・・・、ぅ、ふぇ・・・。うわぁーん」
蓮太郎「ちょ、そこなんで牡丹花魁に抱きつくかな?!」
牡丹「おんしに抱き付けんからでありんしょ? そこで指をくわえて見ておりなんし」
蓮太郎「うっそだろ?!?!」

 

啓明「椿を出せ」
牡丹「はぁ、お母さんがいない時に限って、どうしてこんな問題事が山積みなんでありんしょうな?」
蓮太郎「いないからじゃないですか? 普段は女将が処理しています」
牡丹「あぁ、お母さんも早く老けそうでありんすな。蓮太郎、椿には知らせるんじゃないよ」
蓮太郎「勿論です」
啓明「あの女、搾り取るだけ搾り取りやがって! 用が無くなったらおさらばかよ!」
蓮太郎「あの女呼ばわり、ですか。酷い物です」
牡丹「ここは金のあるもんが夢を見られる場所。金が無くなりゃおさらばでありんす。椿に逢いたけりゃあ金を持って来なんし」
啓明「俺はなぁ! 五百扇から勘当されちまったよ! 椿のせいでな!」
蓮太郎「勘当・・・?」
牡丹「そりゃあ、災難でござんしたな。けんどそれがなんでござんしょか?」
啓明「お前らに、この屈辱が判るか!」
牡丹「元より、わっちら廓にいるもんは皆親兄弟なんぞおらん身の上じゃ! 屈辱も何もありんせん!」
蓮太郎「血の繋がりにタカをくくって放蕩を続けたんですから、五百扇屋様は真っ当な判断をされたと思いますよ。
問題は、五百扇屋様は金を払う積もりがない、という事ですね」
牡丹「遊びたいだけ遊んで、金を踏み倒す・・・。それが椿の身に掛かるとも知らんで」
啓明「椿に逢わせろ」
蓮太郎「お断り致します」
啓明「若衆如きが! 客を捌く遣り手でもあるまいに!」
蓮太郎「遣り手でなくとも判る話です。お引き取り下さい」
啓明「それならこうするまでだ!」
蓮太郎「?! 行燈油を!」
牡丹「油をとってどなんする積もりでありんすか!」
蓮太郎「牡丹花魁離れて!! 頭から油を被った!」
啓明「燃やしてやるんだよ! こんな見世! 道連れだぁ!! ふははははははぁ!!」
蓮太郎「・・・っ! 燃えるなら、見世の外で燃えて下さい。迷惑です」
牡丹「蹴り飛ばしたーーー?!?!」
蓮太郎「連れ出すより早いでしょう」
牡丹「蓮太郎って、足癖が悪いんでありんすな?」
松之輔「啓明!!」
牡丹「稲葉屋様・・・」
松之輔「誰か! 水を! 火を消してくれ! 啓明!」
牡丹「頭から油を被って火を点けたんでありんす。いずれにしても火付けの疑いがある以上死罪は免れんせん。

    材木問屋様ならそれ位ご存知でございんしょう?」
松之輔「啓明・・・、馬鹿だよ、お前、は・・・!」

 

牡丹「椿に架せられた借金は減る事は決してない。むしろ嵩んでいると言っても過言ではありんせん
   けんど、それは何も椿だけに架せられたものではなく、わっちら女郎全てに絡み付く楔
   そこから逃げ出したくば、命を棄てる以外にないのでありんしょう
   借金を返せなくとも、いつか年季が明ける事を信じて、今日も女郎達は男の袖を引く

 

蓮太郎「そう言えば、この春から新規で若山に来るだろうと言われる客の情報が三名あります」
牡丹「どんな客だい?」
蓮太郎「江戸の蔵前に店を持つ札差がもう一つ三蔵に店を構えたというのと、これも江戸で評判になった医者、

    もう一つは今まで出島を使っていた廻船問屋が知多を使うようになったそうです」
牡丹「医者に」
椿「札差」
牡丹「廻船問屋」
椿「ふふっ」
牡丹「ふふふ、椿、全部ウチで取りんすよ?」
椿「無論でありんす。うふふ」
蓮太郎「怖っ!」