花魁道中いろは唄~外伝~

ひらり九ノ葉誰が元へ逝く ♂×2 ♀×3 / 白鷹

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所要時間:55分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

 

百合 20歳 (♀)

現時点での華屋のお職。大変な美女で学識、芸事も素晴らしく客からの支持が高い。

優しく責任感の強い女性で、過去姐女郎であった牡丹花魁、椿花魁を尊敬しており、常に自分と比較しては切磋琢磨するが、若干そこに自信が追い付かなかった事への劣等感がある。女将とは親子の様な関係であり仲がいい。口調は花魁時と私用時で相当違う。

 

 

伊集院 和仁 27歳 (♂)

 

百合の幼馴染。若山遊郭のある尾張一帯を牛耳る札差で大変な金持ち、敏腕で大変優秀な商売人。

両親が親しくしていた間柄の都合で、両替商の更科より縁談があったが断った。

百合を幼い頃から愛し続けた青年。優しく真面目。口調は優しめ。ただし百合以外に対しては厳しい所がある。

 

 

更科 奈央 20歳 (♀)

 

札差の伊集院と同じく三蔵(みつくら)に店(たな)を構える両替商の娘。和仁の許婚を名乗っており百合と和仁の縁切りをする為に大門を潜り華屋に来るが、帰宅途中で大門切手を失くしてしまう。

町方の娘である事に誇りを持っており、遊郭にいる者全てを侮蔑的に見ており常に高圧的な態度で振る舞う。かなりの世間知らずで、余り学識がなく物事の呑み込みが悪いため、大門切手を失くした事が重大だとは思っていない。

 

 

女将 38歳 (♀)

 

華屋の楼主兼女将。見世の経営を遣り手任せにはせず自らもせわしなく働く。

自分の見世の女郎たちをとても可愛がっており、何か女郎が失敗した時なども身体に傷を付けない為に折檻はせず、仕置き部屋に閉じ込める程度で済ませるなど、大切にしている。華屋だけでなく遊郭で働く女郎達に対して愛情深く、それらを食い物にしようとする娑婆の男をひどく嫌っている。百合の扱いについては別格。

 

 

蓮太郎 26歳 (♂)

 

華屋の若衆、料理番として働く青年。華屋で産まれた事により誰よりも華屋の事情に通じている。

前お職であった椿花魁を心より愛しており遺言を遂行する為に生きる。また、椿の娘竜胆を大切にしており仕事しながら育児中。

自他共に大変厳しい性格で冷徹・冷酷を装っているが感情を失くした訳ではない。

百合が懐いて来るのは椿の妹だった為、同様に可愛がっている節がある。たまに厳しく叱責する事もある。

 

 

竜胆 6歳 (♀) セリフ数極少※女将との兼ね役推奨

先代華屋お職椿の娘。とても容貌が美しく女将その他に大変期待されている華屋の引っ込み禿。

人の心の移り変わりなどに非常に敏感で目端が利く為、たまに蓮太郎もびっくりな情報を仕入れて来ることがある。

蓮太郎が大好きで、姿を見ると抱っこをせがむ。年齢は数え年で記載している為この時期現代で言うなら4歳。舌足らず。

――――――――

役表

 

百合(♀)・・・

伊集院 和仁(♂)・・・

更科 奈央(♀)・・・

女将(♀)+竜胆 6歳(♀)・・・

蓮太郎(♂)・・・

――――――――――――――――――――――――
 

女将「・・・文也、23,469文也、9,813,624文也、34,681,365文也、79,543文也、2,891,647文では」

百合「94,989,397文!!」

和仁「?! ・・・ふふふ」

女将「・・・、伊集院様は?」

和仁「2万3千747両1分5匁60文だね」

百合「へ?」

女将「百合・・・、ただ計算するだけなら猿でも出来るよ」

百合「猿って!酷い!」

和仁「ふふふふふ」

百合「和仁様も笑ってばかりいて! 失礼でありんす!」

和仁「いや、一貫文が一万か・・・。豪快だな」

女将「そんな途方もない文銭用意してるのなんか両替商くらいだろう?」

和仁「ウチは札差なのでね。銀以下の取り扱いはほとんどないんだ。済まない」

百合「わー、何その嫌味、お金持ちだからって有り得ない! 1文を笑うものは1文に泣くって言うんだから!」

和仁「小銭を馬鹿にしてる訳じゃないよ? ただ、必死にそろばんをはじく花魁ってなかなか見られる光景じゃないと思ってね」

女将「普通ありえませんよ、なんですか? あたしを座敷に呼び出して珠算対決なんて、太鼓持ちが呆れているじゃありませんか」

和仁「賑やかなのは好きだけど、問題が聞こえないと計算が出来なくてね」

女将「帳簿読み上げの為にあたしを使うなんて伊集院様くらいです」

百合「いいじゃない、こんな事協力してくれるのお母さんくらいしか居ないんだもん」

女将「そりゃ、座敷は好き好きに楽しんで頂いて結構ですよ」

和仁「退屈させてしまった太鼓持ちには悪い事をしたね。女将、紙花を一枚ずつ配ってやってくれないか」

女将「よ、よろしいんですか? 紙花1枚1両ですよ?!」

和仁「ん? 大見世の女将がこの程度で驚くのかい?」

女将「金は天下の回りものとは言いますけどね、百合ではなく他の者にここまでばら撒く方も珍しいもので」

和仁「困ったね、あやは私からの祝儀を、あまり沢山は受け取ってくれないんだよ」

女将「・・・、そうなのかい?」

百合「だって・・・、取り過ぎてもう来てくれなくなったら、嫌だから、その・・・」

女将「はーーー、百合、お前は。他の客の手前ってものがあるだろう? 伊集院様より多く払った方を袖にしたなんて事実が知れ渡ったら信用にもかかわるんだ」

百合「でも・・・」

和仁「あや、それは良くない」

百合「ううー・・・」

女将「そんな目で見るんじゃない」

和仁「あや、君が他の座敷に行ったからと次に来ない程、私は薄情ではないよ?」

百合「それに・・・、褥に入っても・・・、・・・、じゃない」

女将「なんて?」

百合「なんでもありんせん!」

和仁「・・・、あぁ、私が抱かないと言ったからか」

百合「わーーー!! やっ! そういう事、こんな所で!」

女将「おやまぁ、そりゃ義理堅い事で。そんじゃま、あたしは失礼しますよ」

和仁「あぁ、女将。珠算対決に付き合ってくれてありがとう。女将も紙花が欲しかったら持って行って貰っても構わないよ」

女将「そんじゃ、残ったのを頂いていきましょうかね?」

百合「へ? お、おお、おかあさん?!?!」

女将「あたしだって忙しいのにここに呼ばれたんで、仕事の手を止めて来てんですからね。当たり前だよ」

和仁「ははは、さすが豪胆だ」

女将「そんじゃ、あたしはこれで失礼しますよ。どうぞ、この後もごゆっくりお過ごし下さい」

 

 

 

百合「もー、お母さんたら信じられない。残りの紙花全部だなんて! いったい幾らになると思ってるのよ」

和仁「私は構わないよ? あや、また廓言葉忘れてる」

百合「うー、なんで忘れちゃうんだろ」

和仁「私が相手だと気が抜けるかい?」

百合「気を抜きすぎて忘れてしまいんす。ごめんなんし」

和仁「それはそれで嬉しいけど出来れば廓言葉を聞いていたいな」

百合「なんででありんすか?」

和仁「だって君を身請けして祝言を挙げたら、普通の女性に戻ってしまうんだろう? それなら雅な座敷というものを堪能しておきたいじゃないか」

百合「あうぅ・・・」

和仁「どうした?」

百合「そうやって来る度に祝言とか内儀さんになったらとか、子供が出来たらとか言うのやめてくんなんし」

和仁「どうして?」

百合「だって恥ずかしい」

和仁「そうか、言うだけでそんなに顔が赤くなるとは、あやの想像力が如何に逞しいか判るね」

百合「はっ?!もうやだやだやだやだーー!! 和仁様のばかーー!!」

和仁「うん、可愛い」

百合「・・・、どうして、抱かないの?」

和仁「また、予想外の質問をいきなり投げる」

百合「結局教えて貰っていないもの」

和仁「あやの事が好きだから?」

百合「ふぇ・・・。ちっがーーーーう!! そうやって誤魔化す!もうっ! 嫌い!」

和仁「え、嫌われるのは嫌だな」

百合「好きなら普通は抱きたいとか思うでしょう? 好きだから抱かないなんておかしい」

和仁「知られたくはないんだけどな」

百合「何を?」

和仁「あやが思っている程私は寛容ではないし、むしろみっともない位に了見が狭いから、そういうのを見せたくないんだ」

百合「どう言う事?」

和仁「本当なら力づくででも攫って行きたいよ。けど、君は落籍される積もりはないという。だったら君が花魁である間は我慢もしなければね」

百合「あたしの頭が悪いの? 和仁様が何を言いたいのか判らない」

和仁「あやを抱くというのはとても幸せな事だと判っているよ。だからこそ、その幸せを知ってしまえば、君が他の客の所にいるのを許せなくなる」

百合「あ・・・」

和仁「知らなければまだ我慢も出来るだろう?」

百合「・・・、ごめんなさい」

和仁「さーて、許そうか許すまいか」

百合「え? ええ??」

和仁「必死で隠してた私の気持ちを暴いたあやを許せるか? 否、許せない」

百合「えと、あの、そ、その・・・、どうしたら、いい?」

和仁「んー・・・、どうしよう」

百合「あの・・・、また、来て、くれる、よね?」

和仁「さてどうしよう? めったに怒らない私をあやは怒らせたんだ」

百合「え?! お、怒ってるの?! 全然わかんないよ?!」

和仁「怒ってないけどね、ただ少し、見損なわれたんじゃないかと不安だよ」

百合「そんな・・・、見損なうなんて、そんな事、ない」

和仁「本当に?」

百合「ほんとに」

和仁「その証が欲しいな」

百合「う・・・?あ、証って。新粉(しんこ)の指とか髪とかってすごく嘘っぽいし、手紙? はもう送ってるし」

和仁「口を、吸わせて欲しい」

百合「ふぎゃ?! え? く、口ぃ?!?!」

和仁「それとも、その唇はもう誰かにあげてしまった?」

百合「や、そそそそんな筈ないけど、・・・、ぇえぇぇぇええ?!」

和仁「嫌?」

百合「え、嫌とか、そういう訳じゃ、なく、て、あの」

和仁「あや・・・」

百合「ぅー・・・、・・・、だっ!! だめぇえぇえぇえぇえ!!」

和仁「ふぐっ!」

百合「・・・、ごめんなさい、まだ、その。あ・・・、目が、ぐるぐる・・・」

和仁「は? あや? 大丈夫か?」

百合「今頃、酔いが、回って・・・、ぅおぇええぇえぇええぇえ」

和仁「嘘だよね?!」

 

 

 

女将「さて、両替商の更科屋ご息女奈央様でしたね? ご用件は?」

奈央「えぇ、まずはこちらを改めて頂きましょう」

女将「・・・、包金銀・・・、二つ。・・・、これは?」

奈央「手切れとして受け取っていただきたいのじゃ」

女将「・・・、お嬢ちゃん。あんたね、両替商が金持ちだって事は判るけど、金で片を付けるにしても順序ってものがある。誰と誰の手切れで、あんたに何の関係があるのかきちんと教えて貰おうかね?」

奈央「伊集院和仁の二階を止めよ」

女将「なるほど? 更科は三蔵(みつくら)の両替商で、札差伊集院との閨閥を望んでいる、ということだね?」

奈央「その通り。この程度は判るようじゃな?」

女将「大見世故の問題ごとは毎度ですからね? ある程度予想しなければ立ち回れませんからね」

奈央「結構、ではこの50両を以って良きに計らえ」

女将「あぁ、そう言う事でしたらね、この50両持って、大門切手を失くさない内に大門から出て帰んな」

奈央「な・・・っ!」

女将「女だからね、知らなくて当然さ。手切れなんてのは本人の意思確認なしで出来る事じゃないんだよ」

奈央「はんっ! 女将と言いながら客の登楼一つ止められぬのか?」

女将「二階を止めるのは空財布、無頼漢、不作法者色々いるがね、伊集院様はどれにも該当しない。止める理由がないね」

奈央「伊集院の主人が女郎通いしているなぞ沽券(こけん)に係わると言う事が判らぬのか!」

女将「はて・・・? 大見世華屋に通うを恥とする商売人なんぞ聞いた事がないねぇ?」

奈央「何を言っておる! 和仁様はおなごなど買わずとも不足などしておらぬ」

女将「ははは、娑婆のお嬢ちゃんは見識が浅い。女を買いに来る、まぁ、間違っちゃいない。あんたに理を教える義理もないんだ。さっさと帰んな。もうすぐ暮れ六ツの鐘が鳴る」

奈央「そなたの言う事はさっぱり判らぬ」

女将「娑婆の女が座敷の理を知る必要はないよ」

奈央「女郎を買いに来るばかりではないと申したが、それでは何の為に来るのじゃ」

女将「説明するのが面倒臭いんだがねぇ? あんた、聞いたからと見識を改める気なんざ無いだろう?」

奈央「改めるかどうかは内容に寄りけりではないのか? 聞かぬでは元より改める見識もないわ」

女将「女郎とあんたは一括りにして蔑んでいる。それがそもそもの間違いさ」

奈央「金で男に股を開く女が卑しく蔑む対象なのは変わらぬであろう?」

女将「許婚だという伊集院様と祝言を挙げたら初夜を迎えて股開くんだろう? 家の閨閥の為に。何が違うんだい?」

奈央「な・・・っ! わたくしを愚弄しているのか!」

女将「あぁ、別に股を開く積もりはない、閨閥だから名義上の祝言を挙げられればそれでいい。だとするなら、失礼な事を言いました」

奈央「しゅ、祝言を挙げれば閨に入るのは当然であろう! だが女郎の様に金ばかりの関係ではないわ!」

女将「あっはっは、おかしな事を言うねぇ。閨閥ってのは結局金銭事情だろうが。自分を潔白だと思うんじゃないよ」

奈央「夫婦(めおと)になるのに潔白ではないと申すか!」

女将「言っておくけどね、世の中に男と女がいる以上褥を共にして交合い子を作る。それが世の理、恋だの愛だのは二の次さ」

奈央「二の次じゃと? 町方の真っ当な祝言を二の次じゃと?!」

女将「真っ当が腹抱えて笑っちまうよ! 伊集院様は男前だからねぇ? あんたは求めてんだろう? けど伊集院様はどうだろう? あんたに惚れてると言ったのかい? なのに見合いを断ったってのかい?」

奈央「そ・・・、それは」

女将「あんたは伊集院様が醜男だったら婚姻を躊躇うか、祝言を挙げて他の男と寝所を共にしたかもしれないね?」

奈央「失礼な! わたくしはその様に不埒な真似はせぬ!」

女将「現状、金と男前両方が手に入るから、破談にしたくなくてこんな所まで来たんだ。人なんざ己の利益に繋がる事以外しないよ」

奈央「どこまでも馬鹿にして。わたくしはそこまで卑劣ではないわ!」

女将「女郎にはね、女郎、遊女、花魁、お職と格付けがある。格付けが上に行くほど美貌と所作と芸事の優れた学識高い女になる。伊集院様が通う女は百合、この若山一の女さ」

奈央「どれだけ優れていようが結局女郎じゃ」

女将「ほらね、改める積もりはない。だから言ったんだ。百合はね、その学識で伊集院様の商談を既に二つ纏めたよ」

奈央「・・・は? しょ、商談?」

女将「ウチに通うお客様はね、全て実績と確たる利益を生み出す商売人と、大名か、それに近い旗本さ。そういう方々を接待するのに使うのが座敷。招かれた客と主賓両方を繋ぎ商談を纏める才があんたにあるかい?」

奈央「纏める、って、結局最後は閨を共にするのじゃろう?」

女将「そうだねぇ? 華屋のお職を買う金があってこそさ」

奈央「はっ、女の色香で男を騙しているだけではないか」

女将「簡単に騙される男が商売なんて出来るもんかい」

奈央「何を言うておる」

女将「女の嘘に騙されてやる器量があってこその座敷さ」

奈央「訳判らぬ事を申して煙(けむ)に巻こうと考えておるのじゃろう!」

女将「客はね、女郎は他の男と寝る事だって知ってる。だが敢えてそれは口にしない」

奈央「口にしないのをいい事に騙し続けるのじゃな? 卑劣さが際立っておるわ」

女将「旦那に惚れた、嘘っぱちだと判っていても騙されて金を積んでお職を買う度胸と懐のゆとり」

奈央「ならば猶更、伊集院様にその様な馬鹿な遊びを止めさせねばならぬであろう」

女将「遊びじゃない。大店(たな)の旦那はそうやって懐具合を商売敵に見せ付けて同等の格式をもつ店(たな)同士で繋がっていくのさ」

奈央「無駄金をばら撒いているだけではないか」

女将「時にあんたの父親はどこの見世に通っているんだい?」

奈央「わたくしの父はその様な汚らわしい遊びはせぬ」

女将「しない? 出来ないんじゃないのかい?」

奈央「当たり前じゃ。母とおしどり夫婦(めおと)と言われている。そんな不貞が働ける訳なかろう」

女将「手鞠屋でも三軒中見世でも両替商更科なんて聞いた事がない。まぁ、なんとなく事情は判ったよ」

奈央「では、和仁様との縁切りを受け入れるのじゃな?」

女将「出来ないと言った。帰んな」

奈央「話にならぬな! 伊集院様が通っている女の所に案内せよ!」

女将「聞き分けの悪いお嬢ちゃんだ。いいよ、案内してやろう。だけど、後悔するよ?」

奈央「はっ! 直接話を付けるのに後悔がある訳なかろう」

 

 

女将「百合、ちょっといいかい」

百合「あぁ、お母さん。どなんしんした? 馴染みがまた重なりんしたか?」

奈央「っ?!」

女将「案内しろと言ったのはあんただよ。この子はまだ準備中でね、襦袢一つで化粧もしていないがこの美貌だ」

百合「その人は? ・・・? 集合部屋の子? にしても貧相な」

女将「この人は女郎じゃないよ」

百合「え? あ! ご、ごめんなんし! 値踏みする様な真似をしんして申し訳ありんせん!」

奈央「馬鹿にして・・・っ!!」

女将「若山遊郭に棲みつく男を食らう物の怪の正体を見た気分はどうだい?」

百合「物の怪って酷・・・」

奈央「所詮・・・、あばずれじゃ」

百合「なに? 挨拶もそこそこに人をあばずれ呼ばわりするなんて」

奈央「あばずれはあばずれじゃ! 美しかろうがなんだろうが春をひさぐなどいやらしい!」

百合「わっちがあばずれなら、おんしは芋のあばたでありんす。貧相な顔に惨めな着物。その着物、何度目の仕立て品じゃ? 布が擦り切れて艶がなくなっておりんす」

女将「百合、くだらない喧嘩を買うんじゃない」

蓮太郎「百合花魁、夕食をお持ちしました」

奈央「・・・っ?!」

百合「ありがとう、蓮太郎。そこの女、蓮太郎に色目を使おうなんて考えない方が身の為じゃ」

蓮太郎「・・・? 何の話かは判りかねますが、今日はいさきが手に入らなかったのでさわらを香草焼きにしてきました。あと、おまけの握り飯は梅と鮭と昆布です」

女将「おまけ?」

蓮太郎「知らないんですか? 百合花魁は褥のあと腹が減って眠れないって」

百合「やだ蓮太郎!そんな事ばらさないで!」

女将「あっはっはっは、元気だねぇ」

奈央「人を値踏みした上で食事の話など、無神経にもほどがある」

女将「言ったろう? 準備中だと。これから準備しながら飯食って、身支度を整えたら座敷で客の相手をして、褥に入って朝までお勤めさ! 良家の子女には寝る間を惜しんで働く女の事など想像も出来ないだろう?」

百合「っていうか? お母さん、結局なんなの? その人」

女将「はっきり言わないんで判らないけどね、伊集院様の許婚だろうと思うよ」

百合「・・・え」

奈央「そうじゃ! 更科と伊集院の見合いの席に和仁様がいらっしゃったのに、断りに来ただけだという! 理由を調べたら遊郭で女と遊んでいるというではないか! そんな恥ずかしい理由で断られたなど更科の暖簾に泥を塗る様なもの! だからわたくしが代わりに直談判に参ったのじゃ!」

百合「見合い・・・? か、和仁様が? 嘘・・・」

蓮太郎「・・・? 見合いは断られたと仰っていらっしゃいましたね。代わりって誰の代わりですか?」

女将「変な所に気が付くね、あんた」

蓮太郎「直談判と仰いましたが、破談になった逆恨みで謂れなく文句を付けに来たのでは?」

女将「蓮太郎、身も蓋もない言い方をするんじゃない」

百合「わっちらは女郎は、見合いすら出来ない身の上でありんす。大門外の事情を遊郭に持ち込みんすな、不愉快でありんす」

奈央「苗字すら持たぬ身の上が! 伊集院様をたぶらかすでない! さっさと縁を切れと言いに来たのじゃ!」

百合「わっちに選ぶ権利などありんせん」

奈央「?」

女将「判ったかい? どんな手管を使って引き留めようが、ここに来る来ないを決めるのは伊集院様だ。あんたはお門違いな怒鳴り込みをしてるだけだよ」

百合「暮れ六ツの鐘が鳴ってしまいんした。お母さん、座敷は少し遅れて入りんす」

女将「あぁ、構わないよ。客なんざ待たせてなんぼさ」

蓮太郎「余計な事かもしれませんが」

奈央「な、なんじゃ」

蓮太郎「大門切手は衿に挟むのでなく袂にしっかり入れた方がいいですよ」

女将「何より、さっさと出るこったね。ここは娑婆の女が来る場所じゃない」

 

奈央「全く、酷い場所じゃ。暮れ六ツ、随分賑やか、というより人が芋洗い・・・。飢えた男ばかりが、汚らしい。早く帰らねば・・・」

 

 

 

百合「ぎゃああああ!!」

蓮太郎「っ?! ゆ、百合花魁?! な、なんですか? いきなり」

百合「だってそれ、鶏の天ぷらでしょ?」

蓮太郎「そ・・・、そうですけど」

百合「今から油の中に落とすんでしょ?」

蓮太郎「そ、そうですね」

百合「だから」

蓮太郎「だ、だから?」

百合「鶏の気持ち」

蓮太郎「・・・、・・・、・・・っ」

百合「わぁー、めちゃくちゃ怒ってるぅ」

蓮太郎「夜見世でしょう。今は台所も忙しいんです、さっさと部屋に戻って下さい」

百合「へへ、見上がり・・・、しちゃった・・・」

蓮太郎「なんで。昼見世じゃないんですよ? 夜見世をそんなに簡単に見上がりしたら妹達に示しがつかないでしょう」

百合「うん、判ってる・・・、判ってるの、お母さんにも怒られるだろうから、でもっ、おきちゃにこんな顔見せられない」

蓮太郎「・・・、酷い泣き顔ですね。裏で待ってて下さい。今日の料理の指示を出してから行きますから」

百合「うん、ごめんなさい・・・」

 

蓮太郎「大方予想は付きますが、伊集院様の許婚という方の事ですね」

百合「・・・うん」

蓮太郎「好きなら、信じて差し上げたらいかがですか?」

百合「和仁様は、あの通り男前だし、人当たりもいいし、優しいからきっと町方でもモテるんだと思う」

蓮太郎「でしょうね」

百合「信じたいよ? でもあたしは確かめるために外に出る事は出来ない」

蓮太郎「そういう道を選んだのは百合花魁でしょう? 今更悔やんでいるんですか?」

百合「どうなんだろう? 悔やんでるのかな?」

蓮太郎「ただ、申し上げる事があるとするなら、百合花魁が女郎でない道を選んだ場合、伊集院様との縁はなかったでしょうね」

百合「そうなんだよね。女郎として客を取ってたから見付けて貰えた。お母さんの娘として、内に籠もってたら絶対に会えなかったんだもん、皮肉だよね」

蓮太郎「俺が見る限り、伊集院様は女郎だからと百合花魁を蔑んでいるようには見えませんし、町方の女性だから無闇に素晴らしいと思っているようにも見えません」

百合「でも、あたし苗字はないんだよ?」

蓮太郎「ですね」

百合「いくら和仁様が身請けの後に祝言を挙げたいって言ったって、届け出る名前がないんだよ?」

蓮太郎「そうですね」

百合「結局、祝言なんか夢のまた夢だよ」

蓮太郎「名前は養子入りすることで手に入ります。簡単かと言われれば違います。ですが段階を踏んで養子縁組を重ねて行くことで伊集院様と釣り合う家柄の娘として祝言を挙げる事が出来るようになります」

百合「それって・・・、嘘っぱちじゃない」

蓮太郎「嘘だらけですよ。ですがその方法を伊集院様はきっと構築しているでしょう」

百合「そんなの判らないじゃない」

蓮太郎「女将は、その手続きの段取りを整えていなければ百合花魁の身請けは許さないと思います」

百合「でもっ! 不安だよ・・・」

蓮太郎「もし、整えてくれなかったら? もしも、今日いらっしゃった方と先に祝言を挙げてしまったら? 家の事情がどう傾くかも判らないご時世です」

百合「そうだよ。和仁様の何を見れば信じられるの?」

蓮太郎「百合花魁は、何を見ればその不安が消えますか?」

百合「判らないよ! そんなの」

蓮太郎「ではいつまでそんな不安を抱えて仕事を休む積もりでしょう?」

百合「・・・っ」

蓮太郎「華屋の頂点花魁が恋慕に身を投じて仕事が手に付かないなど情けない醜聞を晒すんですか」

百合「あたし・・・っ! 椿姐さんみたいに強くないよ!」

蓮太郎「百合花魁と椿は違います。比べる積もりは毛頭ありませんが、俺が知る限り過去の華屋お職でそんな愚図ついた考えで見上がりをする花魁は見た事がありません」

百合「軽蔑・・・、する?」

蓮太郎「はい」

百合「・・・っ」

蓮太郎「その姿を伊集院様が見たらどう思うでしょうね」

百合「・・・」

蓮太郎「腫れた目を冷やして、さっさと部屋に戻って客を取って下さい」

百合「ごめんなさい・・・」

 

 

 

竜胆「れんたお?」

蓮太郎「竜胆、どうした? もうちょっと待ってろ? すぐ夜ごはんにするから」

竜胆「うー・・・、むー」

蓮太郎「・・・? 難しそうな顔して、どうした?」

竜胆「出てった。えーっと、ひなげし」

蓮太郎「は?」

竜胆「ひーなーげーしーー!」

蓮太郎「ひなげし、って確かに集合部屋の方にいたような気がする、けど・・・、出て行った? どこに?」

竜胆「裏口かあ、出てった」

蓮太郎「竜胆、今はみんな仕事中だ、知ってるだろう?」

竜胆「でーもー! 出てったのー。笑って、風呂敷持って、出てった」

蓮太郎「どう言う事だ?」

竜胆「うぅー!! うーまーくー言ーえーなーいーー!」

蓮太郎「うん、ごめんな。笑う、裏口・・・? 笑う? 風呂敷。嬉しそうだったって事か? 風呂敷に荷物か何か包んで、嬉しそうに逃げて行った?」

竜胆「おーー(拍手)」

蓮太郎「当たり? ・・・って、足抜けじゃないか」

竜胆「れんたお、抱っこ」

蓮太郎「はいはい。けど、いきなりだな」

竜胆「うー、むーー、えっと、うんと」

蓮太郎「ゆっくりでいい、どうせ捕まるから」

竜胆「木の板持ってたお」

蓮太郎「は? 木の板?」

竜胆「んー、と、お針子(はいこ)さんが持ってうやつ」

蓮太郎「え、それって、大門切手?」

竜胆「それ! おーもんきって!」

蓮太郎「大事(おおごと)じゃないか!」

 

 

 

百合「うぅ、寒い・・・。何とか誤魔化せたかな? 行燈を下げて貰って暗くしたから、多分顔は見えなかったよね・・・。なんとかお客さんとれて、良かった・・・。へへ、蓮太郎があんなに怒ると思わなかった・・・」

奈央「た・・・、す・・・、けて」

百合「きゃっ! え、えと、え・・・? 昨日の、人? なんで? 昨日帰らなかったの?」

奈央「たすけてぇええぇぇえ!」

百合「どう言う事? 何があったの?」

奈央「門から出して貰えないのじゃ! わたくしは、女郎なんかじゃないのに! 疑われて、出して貰えなかったのじゃ!!」

百合「疑うって・・・。あなた大門切手持ってたでしょう?」

奈央「失くしてしもうた! おぬしの部屋にいる時は確かにあったのに! 大門出る時に見たらなかったのじゃ!」

百合「大門切手を、失くしたの?! あれは、あの切手はあなたがあの門から出るための唯一の物なのよ?!」

奈央「たすけて・・・」

百合「仕立ては古いと思ったけど、あなたそんなに着物汚れてなかったよね? 何があったのよ」

奈央「うぁああぁあぁあ!!」

 

 

 

女将「大門切手を失くして戸惑ったあんたは、ひとまずウチに来ようとして、手切れとして持ってきた50両を人混みの中でばら撒き油虫共にくれてやった。騒ぎを聞き付けた役人が来てあんたはひっ捕らえられるかもしれないと焦って裏路地に逃げたが、女を買う事も出来ない腐った男どもに輪姦(まわ)されたって事だね」

百合「なんて事・・・っ!」

奈央「家に帰りたい、帰らせて・・・、助けて」

女将「だからさっさと帰れって言っただろう!! お針の女は大門切手を持っちゃいるが大抵は大年増で女郎と間違われることはない! それでも大門切手だけはと懐深く仕舞って大門から出るまで絶対に失くしたりしない! 大門切手の大事さを良く判りもしないで大金持って遊郭に来て暮れ六ツの鐘が鳴るまで留まって! 挙句失くしたなんて」

蓮太郎「失礼します。握り飯と油揚げとねぎの汁です」

女将「なんだい、誰がそんなもの持って来いって言った?」

蓮太郎「百合花魁です。食事代は頂いています」

女将「百合、あんた」

百合「だって放っておけないでしょう?! 奈央さん・・・、どうぞ。食べて? 昨日から食べてないでしょう?」

奈央「ありがとう・・・、はぐ、んぐ・・・、はむ」

蓮太郎「女将、集合部屋のひなげしが足抜けしました」

女将「放っときな、どうせ捕まる」

蓮太郎「大門切手を持っていたそうです。竜胆が見ていました」

女将「は? なんで?」

蓮太郎「おそらく奈央さんの大門切手でしょう。拾ったか、掏(す)ったか。いずれにしても奈央さんが華屋から出た半刻後(はんときご)くらいに、裏口から逃げ出しました」

奈央「わたくしの、大門切手を?! 返して! 返してよぉ!」

百合「じゃ、ひなげしは、逃げ切ったって事?」

蓮太郎「五右衛門会所と番所に通報して、俺も探したのですぐ捕まりました。右も左も判らない女郎が逃げ出した所で遠くになんて行けやしません」

女将「相変わらず指示の要らない男だよ、あんたは」

蓮太郎「どうも」

奈央「じゃあ、わたくしの大門切手があったのじゃな? 今すぐ返せ」

蓮太郎「大門切手は、女一人、一回、一枚です。一度使われて会所に戻った大門切手は、次に入る時でなければ発行されません」

奈央「は? そ・・・、それじゃあ、わたくしは、どうなるのじゃ?」

蓮太郎「遊郭からは出られません」

百合「そんな! お母さん!」

女将「そういう決まりだよ。覆す事は出来ない。だからあたしは失くす前に帰れと言ったし、蓮太郎だって注意をしたろう」

百合「何とかしてあげてよ!お母さん総名主なんでしょう?!」

女将「馬鹿言うんじゃないよ! 総名主だからこそ法を破る訳に行かないんだよ! 憐憫や同情であたしが口利いて大門切手を手に入れてやったなんて事になったら一体誰が法を守るってんだい!」

百合「そんな・・・」

女将「とにかく、ウチに来てから消息を絶ったなんて言われたら外聞が悪い。あんたの家に人やって連絡は取ってやるよ」

奈央「そ、そうか・・・。それなら」

女将「期待はしないこった」

奈央「え・・・?」

女将「ここは親が迎えに来たから差し出せるなんてお気楽な町じゃないんだよ」

奈央「どう言う事じゃ」

女将「大門切手を持たない女を引き渡すとなったら幾らか出して貰わないとね、渡せない。ここは年頃の女が出入り出来る場所じゃない。親が金を出し渋ればあんたは出るこた出来ない」

奈央「な、なぜじゃ! 金? 何の金じゃ! わたくしが食べた飯の金か? それなら銀1匁もあれば事足りるであろう! そもそも50両もの金をわたくしはこの町で失くしたのじゃ、それ以上に払えとは人道に外れておる!」

女将「いい加減にしな! あんたは町で財布を落としたら、その町に返せと請求するのかい!」

奈央「そもそもわたくしは売られた訳ではない! 両親は何の得もしておらぬのじゃ!」

女将「あんたに飯を奢ったこの百合も! 売られた訳じゃないんだよ!」

百合「わっちの事は関係ありんせんよ? お母さんはいつまでも責任を感じ過ぎでありんす」

女将「女が大門をくぐるのに何の覚悟もなく入るんじゃない。あんたは、女郎二千人が、人を殺してでも手に入れたがっている大門切手を、失くしたんだ!」

蓮太郎「三蔵(みつくら)の更科へは使いを出しました。円滑に進めば明後日には結果が出るでしょう」

奈央「もし、両親が迎えに来たら、幾ら取られるのじゃ」

女将「余りない事例だからなんとも言えないが、町方両替商の娘なら親元で百両は覚悟しておくんだね」

奈央「ひ、百両じゃと?! 世迷言を申すな! それがどのくらいの金か主ら判っておるのか?!」

女将「あぁ、判っているとも。百合が十日で稼ぐ金さ」

奈央「・・・は?」

百合「百両なら十日もかかりんせんよ? 失礼でありんす」

奈央「十日で百両、じゃと? ・・・は? ・・・なんじゃここは、・・・なんなのじゃ?!」

女将「一晩に千両動かす遊郭をなめるんじゃないよ。あんたが落とした大門切手は、この百合が手に入れようと思ったら最低でも三千両の身請け金が必要なんだ。ここは金が法も権力も握り潰す町だよ」

奈央「わたくしは、これからどうなるのじゃ」

女将「とにかく、ここで埒も開かない推論を繰り広げていたって時間の無駄だ。更科からの連絡が来るまでウチで面倒を見よう」

 

 

 

蓮太郎「女将」

女将「なんだい、蓮太郎」

蓮太郎「奈央さんを、いつまで華屋で面倒見る気ですか」

女将「親元からは音沙汰がないね」

蓮太郎「もう十日ですよ? 他の女郎からは不平不満が出ています」

女将「当たり前だろうね。働かず毎日二度の飯を食って湯を使って布団で寝る、ごくつぶしだよ」

蓮太郎「あまつさえ廊下で擦れ違う女郎を蔑み馬鹿にするとあってはいつか誰かが背後から刺しますよ?」

女将「困ったね。更科に向かわせた使いはなんて?」

蓮太郎「昨夜の手紙では、もう少し考えさせてくれ、と言っていたと書いてあります」

女将「考える?」

蓮太郎「更科は経営不振が続いているそうです。そこで旧知で大旦那と仲良くしていた伊集院様に婚姻をねじ込んだと三蔵に向かわせた遣いが調べあげました」

女将「同じ三蔵(みつくら)なら伊集院様の事情も聞いてくれるように連絡を取ってくれ」

蓮太郎「もう調査済みです」

女将「さすがだ」

蓮太郎「婚姻についてですが、和仁様が百合花魁を探している途中だったので、伊集院の大旦那は和仁様がいない内に見合いの席を設けていたとの事です。和仁様は自分の留守中に勝手に決められた事にかなり憤慨していたとの事」

女将「江戸から京まで遊郭をしらみつぶしに探そうってんだから怒って当たり前だろうよ」

蓮太郎「更科は既に随分と伊集院家に借りがあります」

女将「つまり?」

蓮太郎「考える、は時間稼ぎで次に連絡が来るとするなら町方奉行からの勘当通達でしょう」

女将「経営難で必死だったのかい。だから手切れなんぞと良く知りもしないで娘を使いに来させた」

蓮太郎「いえ」

女将「違うのかい?」

蓮太郎「奈央さんが伊集院様に惚れ込んで親に50両の手切れを借りて来た、が正解の様ですが」

女将「両親が送り込んだか娘が勝手に出たか、そんなもんは水掛け論だね。どの道経営難なら落籍すのは厳しいだろう」

蓮太郎「・・・、ちなみに伊集院様がいらっしゃってます」

女将「は? て、え? 奈央さんの件で?」

蓮太郎「かもしれませんが、判りません。ただ、かなり急いで走って来た様なので、客間でお茶を出して休んで頂いてました」

女将「あー、全部投げ出して寝たい」

蓮太郎「・・・、判りますけど」

 

 

 

女将「お待たせしました、伊集院様」

和仁「女将、聞いてくれ!」

女将「ななな、なんだいいきなり詰め寄って! 手を離しとくれ!」

和仁「あやの禿の新造出しをしても良いって言ってくれた檜垣廻船問屋(ひがきかいせんどんや)がいるんだ!」

女将「は? い、居たんですか?!」

和仁「あぁ! 若山なら江戸も京も両方に便利だと。そして華屋なら今後の為にも申し分ないと。ただ、正式な申し入れは年末位になるかもしれないとは言っていたが」

女将「そりゃあ、すぐにと言われたらこっちが困りますよ。躾が滞っているんでね」

和仁「それで、一度顔見世を踏まえて座敷を・・・」

奈央「和仁様?!」

和仁「・・・っ?!」

奈央「和仁様! あぁ、良かった、和仁様。わたくしを迎えに来て下さったんですか?」

和仁「む、迎え・・・? って、どうして奈央さんが華屋、いえ、遊郭にいるんですか?」

奈央「わたくし、和仁様とここの女郎との縁切りに参りました!」

和仁「縁切り?! ・・・、女将?」

女将「奈央さん、伊集院様はどうやらあなたを迎えに来た訳ではなさそうですよ」

奈央「そ・・・、それならそれで構いません! 和仁様、わたくしを助けてくださいませ!」

和仁「奈央さん、事情が全く判らないんですが」

女将「ご説明しますよ。奈央さんも、どうぞお座りください」

 

 

 

百合「奈央さんを、助けてあげて?」

和仁「あや、それは」

百合「和仁様が更科家との婚姻の上で奈央さんの身元証明が出来れば、少々のお金は掛かるけど連れ出せるんでしょう?」

和仁「奈央さんと祝言を挙げろというんだね」

百合「だって、ご両親は奈央さんを引き戻せるお金がないって聞いたもの。だから伊集院様との許婚の約束があったんでしょう? 元々果たさなきゃならない婚姻だったならあたしがどうこう言える立場じゃないもの」

和仁「あやは、それでも会ってくれると?」

百合「それは・・・、ごめんなさい。ちょっと辛いから、しばらく平気になるまで時間を貰うかもしれない」

和仁「どうして私が奈央さんを助けなきゃいけない?」

百合「義理がないなんて薄情な事言わないで? あたし、和仁様の口からそんな冷たい事聞きたくない」

和仁「冷たい、って・・・」

百合「このまま助けられなかったら奈央さんがどうなると思う?」

和仁「判らない」

百合「お母さんはいつまででも華屋に留まる事なんて許してくれないわ」

和仁「当たり前だろう、多分働かされるんだろう? 下働きか・・・、最悪女郎として」

百合「女の下働きなんて要らないの、だから働くなら女郎としてしか働けない」

和仁「仕方ないんじゃないのか?」

百合「華屋では働けないよ?」

和仁「・・・、そうなのか?」

百合「失礼だけど、美人じゃないから集合部屋でも難しいと思う。芸もない、躾もない。そうなると限りなく安い小見世か、下手をすると切局かもしれない。それがどれだけ大変な事か判る?」

和仁「・・・」

百合「見知った女性が、切局で線香1本幾らかで売られるのよ? 和仁様はそんなの耐えられないでしょう?」

和仁「・・・っ」

百合「私なら大丈夫よ? どの道年季明けまで務める積もりだったし、年季が明けたらお母さんと親子水入らずで暮らす」

和仁「私は必要ない・・・、か」

百合「んー、お客さんとして通ってくれるなら嬉しい。正直落としてくれるお金がすごいから、やっぱり袖にするのはきついなー。時間が掛かるかもしれないけど、心の整理をして、奈央さんとの婚姻が受け入れられたらお手紙書いて、もう一度来てって報せるよ? 大丈夫、縁を切らなくてもちゃんと華屋でおもてなしするから。それに、ただの客としてだったら褥も苦しくないでしょう? あたしは和仁様に抱いて欲しかったし、どうせ若山から出られるのなんてまだまだ先だから・・・」

和仁「あや、そんな泣きそうな顔で、どうして無理に笑おうとするんだ」

百合「ごめんね、大丈夫。すぐに笑えるようになるから、だから」

和仁「あや」

百合「伊集院様・・・、お手紙を送った際は、是非またお越しになってくんなまし」

和仁「・・・っ」(接吻け)

百合「・・・んっ、・・・ぅ」

和仁「私を怒らせるのもそのくらいにしておいてくれないか」

百合「え・・・?」

和仁「華屋に帰ろう。ちゃんと話をしたい」

 

 

 

和仁「女将、忙しい所申し訳ない」

女将「構いませんよ。色々とご検討されたお答えを戴けるんでしょう? 私も早く決着付けないと他の仕事が手につかないよ」

蓮太郎「三蔵(みつくら)と連絡を取っておりますので詳細聞かせて戴きます」

和仁「構わない。同席してくれ」

奈央「和仁様、良い答えを戴けますね?」

蓮太郎「百合花魁は同席しなくてもいいんですか?」

和仁「あやは私が汚い事に手を染めている事も、心無い決断をする事も認めたがらない」

蓮太郎「殊更、連れて来るべきなんじゃないんですか?」

和仁「あやに、奈央さんを助けてあげて欲しいと言われた」

奈央「・・・え?」

和仁「奈央さんと祝言を挙げる為、許婚だという証明と落籍の金を以って女将と話を付けてくれ、と」

女将「伊集院様がそう決めたのであればあたしにはどうも出来ませんよ」

奈央「そう・・・、高飛車で嫌な感じじゃったが、根は悪い女ではないのじゃな」

和仁「高飛車・・・?」

奈央「ちょっと顔が綺麗じゃからと、その美貌で金を稼げるなどと自慢しおったわ」

蓮太郎「・・・」

和仁「本当にそんな事を言ったのか?」

女将「言いましたよ。あの子はお職の誇りを持っていますからね」

和仁「そうか・・・。」

蓮太郎「商人として成功を収める為にはどうしても巻かれなければならない長モノがあります」

和仁「君は、商人じゃないだろう? 商売に手を染めなくても生きて行ける筈だが?」

蓮太郎「ほんの少し、垣間見たものがありますので」

奈央「和仁様、何の話を? 遊郭の下働きに商売の苦労が判る筈も無いものを、知ったかぶりで話すでない」

蓮太郎「そうですね、失礼しました。控えます」

和仁「奈央さん、こちらで十日も世話になったのではないのですか?」

奈央「十日じゃ!誰かに世話にならなければ死ぬ」

和仁「そうだろうが、無一文の身の上で世話になった場所を何故根拠もなく馬鹿にするんですか?」

奈央「根拠って、身分も何も持たない者どもに何を遠慮・・・」

和仁「今のあなたに何の身分がありますか?!」

奈央「・・・っ?!」

女将「伊集院様・・・、抑えて下さい。どういわれても私たちは気にしませんよ」

和仁「食事を戴き、屋根のある場所で眠れた感謝の気持ちは無いんですか」

奈央「そんな当たり前の事で? なぜ」

和仁「それを、当たり前、と言いますか」

奈央「しかしまぁ、和仁様とここで会えたのは僥倖じゃ」

和仁「奈央さん、あなたを助ける事は出来ない」

奈央「・・・え?」

和仁「あなたの身元を証明して金を払い、伊集院が更科と縁戚関係になる事に伊集院は何の利益もない」

奈央「り、利益、じゃと?」

和仁「店(たな)が傾きかけたのは全てあなたの父親に能力がなかったせいだ」

奈央「和仁様・・・? 和仁様までわたくしやわたくしの父を愚弄するのか?」

和仁「景気上場の今に置いて、金銭を取り扱う店(たな)が不景気なのは、時流も読めない采配も覚束ない、無能な証拠だ」

女将「ま、大体予想は付いていましたよ」

和仁「女将に隠し事も必要ないでしょうからね」

女将「奈央さんは、父君が貞節故に遊郭には来ないと言ってたけどね」

奈央「羽振りの善し悪し拘わらず必ずしも男がみな遊郭に来ると思うのはお門違いじゃ!」

女将「そうかい? どこの見世に通うかは懐や気分次第だろうが、男にとっちゃ遊郭は憧れの町さ」

奈央「己の立場を失墜させない為の戯言であろう」

女将「あんたの父親は談合(だんこう)に行く度胸も、寄席に呼ばれる采配も、組合に名前を連ねる器量も無く、店(たな)の規模を縮小させて傾かせただけさ」

奈央「父を馬鹿にするな!」

和仁「奈央さん、真っ当な見合いなら私も断るのに躊躇うでしょう」

奈央「どう言う事じゃ!」

和仁「更科家が伊集院と同じく店(たな)を盛り上げているのなら、己の恋慕だけで判断はし兼ねた、と申し上げています」

女将「伊集院様にとって更科は足を引っ張るだけの存在だと言う事さ。いい加減に理解しな!」

奈央「そ・・・、そんな」

和仁「旧知の仲だというだけで、店(たな)ごと伊集院にもたれかかろうとしている更科は、不利益にしかならない。要らないんです」

奈央「そんな!和仁様!」

和仁「これから更に店(たな)を盛り上げて行こうという時期に邪魔されては困ります」

奈央「そんな事仰らないで! わたくしは、どうなるのじゃ!」

和仁「そもそも、何故伊集院と華屋の縁切りをしようとしたんですか!」

奈央「あの女がいる限り、和仁様はまともなご判断はできぬじゃろう?!」

和仁「店(たな)に必要な顧客を抱えるあやとの縁を切れば伊集院は損害を被る! 華屋がそんな訳の判らない申し立てを受理するとは思えないが、軽率な判断で何をしでかすか判らない方と縁を持つ訳には行きません。これがまともな判断でないと?」

奈央「か、和仁様・・・?」

和仁「更に言うなら、遊郭に女性一人で入り込み大門切手を失くすなどという愚かな事をしでかす方と祝言など金輪際ありえません。あなたを伊集院に招き入れれば店(たな)が潰れる」

奈央「そ、それは、その、あ・・・」

和仁「私にあなたを助ける義理も恩もありません」

奈央「伊集院の大旦那は」

和仁「体裁上見合いの席を設けましたが、父は私が断る事を知っていました」

奈央「知っていた・・・?」

和仁「父の言い付けを鵜呑みにして更科と結婚すれば、私はその場で伊集院から勘当されていたでしょうね」

女将「試したのかい」

和仁「優秀ないとこがいます。私といとこに難題を持ち掛け、互いの判断を仰いだのです」

女将「そりゃ厳しい事するね、伊集院の大旦那も」

奈央「つまり、その、わたくしはどうなるのじゃ・・・?」

蓮太郎「つい先程、三蔵(みつくら)に出していた使いが戻ってきました」

女将「で、更科はどうするって?」

蓮太郎「更科に、娘は居ない、と」

女将「やっぱりね」

奈央「は・・・?」

和仁「勘当、ですか?」

蓮太郎「判りません。更科のご夫婦(めおと)は娘など知らぬ、と言ったのみですから、死亡届を出したのか、勘当したのか判りかねます」

奈央「お、父様が・・・? わたくしを、捨てた・・・? そんな馬鹿な! もう一度確認して参れ!」

蓮太郎「三蔵(みつくら)に留まって十日も待った上での返答です。間違いではありません」

奈央「何を以って信用せよと申すか」

蓮太郎「更科に娘は居ない、とそう言われたなら、証明など出来ません。無いものに証拠も何もありませんから」

奈央「嘘じゃ! そなた本当は三蔵(みつくら)に使いなど出しておらぬのであろう? 更科の親に会えなかったのじゃろう?! だからそんな戯言を申すのじゃ!」

蓮太郎「三蔵(みつくら)に行かせたのは付け馬と呼ばれる者です。目的の家に行かないなどという事はありません」

奈央「何故そう言い切る事が出来るのじゃ!」

蓮太郎「付け馬にとって金を徴収出来ないのは恥以外の何でもないからです」

奈央「金・・・?」

蓮太郎「最初の日こそ百合花魁が食事を奢りましたが以降誰が払っていたと?」

奈央「・・・、なんじゃと?」

蓮太郎「随分快適にお暮しになっていらっしゃったようですが、その暮らしに掛かった金は誰が払うと?」

奈央「そなたら、大門切手を失くした女から金をとろうというのか? 鬼か? 夜叉か?」

蓮太郎「鬼でも夜叉でもありません。人が飯を食い屋根のある場所で布団を使って眠る。湯を使い体を洗う、そういうものがただで手に入ると思っていたんですか?」

奈央「ここの女郎は暮らしているではないか!」

女将「金を払っているよ」

奈央「金を?」

女将「一番安い飯で25文とその他諸々全部払って生活しているんだ。どうしてただで暮らせるなんて思ったんだい」

奈央「金が掛かるなら金が掛かると、何故言わなかった!」

蓮太郎「金が掛かる事を知らないとは思わなかったので」

奈央「遊郭になど来たことがないのだ!知る筈がなかろう?!」

蓮太郎「あなたは旅籠(はたご)にただで泊まれると思っているんですか?」

奈央「旅籠(はたご)はそれが商売であろう!」

蓮太郎「遊郭も女が付いていますがそれも商売の内です。旅籠(はたご)より数倍高いとは思いますが」

女将「あんたが食っている飯は銀1匁(もんめ)、散々贅沢を言ったからね。替えの着物、襦袢、肌着、冬布団、部屋代に風呂代。いくら百合がお人好しでもね、ここまで面倒は見られない」

和仁「居続けと変わらないじゃないか」

蓮太郎「言われてみればそうですね」

奈央「い・・・、幾らになるのじゃ・・・?」

女将「蓮太郎」

蓮太郎「十日分の飯代1分5匁、布団代10匁、部屋代2分、風呂代1朱、着物代5朱、髪結い2朱、合わせて1両1分です」

奈央「1両1分、じゃと・・・? たった十日で! 1両1分?! ふざけるな!」

和仁「1両1分で十日泊まれるのか、女将」

女将「挙げ代も祝儀も含まれておりませんので悪しからず」

和仁「奈央さん、あなたが払えるかどうかは別として、華屋としては破格だった筈です」

奈央「それを、両親に請求したのか」

女将「こんな事例は余りないから名前も付いていないけどね、あんたのご身代(しんだい)も併せて25両だ」

奈央「25両?! 25両じゃと?! なぜじゃ! なんでそんな大金になるのじゃ!」

女将「あんたが失くした大門切手代だよ」

奈央「馬鹿を言うな! あんな木片一つが25両?!」

女将「いい加減にしな! 何度言えば判るんだい! あの大門切手は、女郎の命だって! 迂闊にここにきて失くした自分を責めな!」

奈央「いやじゃ・・・! いやじゃあ!!」

和仁「奈央さんに払う伝手はありませんよ。ご両親の答えを聞いたのでしょう?」

女将「そう、つまりあんたは25両をこの遊郭に返さなきゃ出られない」

和仁「女将・・・、私にも心がない訳ではありません。可能なら、なるべく綺麗な見世を紹介しては貰えないだろうか」

女将「済まないね。芸もなけりゃ器量も知れてる。あまつさえ年嵩が行ってるからね。無理がある」

奈央「どう言う事じゃ! どうやったら返せるのじゃ!わたくしをどうする積もりじゃ!」

女将「あんたはこの遊郭で女郎として働く以外の方法はないんだよ」

奈央「嫌・・・、嫌!! いやぁあぁあぁあ!! 和仁様!! 助けて」

和仁「済まない、奈央さん」

奈央「人でなし! こんな冷たいとは!!」

蓮太郎「見世の当てはあるんですか?」

女将「なんとなくこうなる事は判っていたからね。尾張町にある小見世の楼主に話は付けてある」

蓮太郎「連れて行きます」

奈央「和仁様!! 助けて・・・、助けてよおお!!」

和仁「・・・済まない」

奈央「嫌じゃ! わたくしに触るな! 鬼! 和仁様! お恨み申し上げますぞ!」

和仁「はい・・・、知っています」

奈央「いや! 女郎になんかなりたくない! 誰か助けて! 誰か!! なんで! 嫌じゃ! いやああぁぁあぁぁぁあああ!!」

 

 

 

百合「悲鳴が聞こえてた」

和仁「私を酷いと思うかい?」

百合「うん、思う」

和仁「そうだね、あやは、奈央の為に身を引く覚悟をしていたんだから」

百合「でもね、あたしも同罪かもしれない」

和仁「なぜ?」

百合「和仁様が、きっと私を選んでくれる筈って、心のどこかで思ってた」

和仁「じゃあ、私はあやの期待を裏切らずに済んだという事だ」

百合「奈央さんに、会わせる顔がない」

和仁「同じだよ、だけど私も奈央さんの為にあやを諦めるなんて出来なかった」

百合「ごめんね・・・、好き。和仁様」

和仁「人を陥れたというのに、その口であやを愛しているという」

百合「・・・、和仁様、好き」(接吻け)

和仁「ん・・・、くすっ」

百合「なあに?」

和仁「あやから口を吸われるなら罪くらい幾らでも重ねそうだなと思って」

 

 

 

竜胆「れんたお、れんたお・・・」

蓮太郎「竜胆、さっき布団に入っただろう? まだ寝てなかったのか」

竜胆「抱っこ」

蓮太郎「おいで、・・・ぅ、重たくなったな」

竜胆「ごはんいっぱい食べた。こーーーんな、いっぱい」

蓮太郎「そうか。そんなに食べたらお腹が破裂するぞ? あぁ、食べ過ぎて眠れないか?」

竜胆「んー・・・、むぅ・・・、んむむむ」

蓮太郎「あっ、またその顔。何が気に入らない? ・・・、とにかく、一緒に寝よう」

竜胆「ひなげし、どうなったの?」

蓮太郎「捕まったよ。鞭打ち五十回受けた、この後は見世を変わる」

竜胆「痛いの、痛いのぉ・・・、ふぇえ・・・、お見世は? 溝の近く?」

蓮太郎「そうだ。竜胆、大きくなっても、そんな馬鹿な事するんじゃないぞ」

竜胆「しない。・・・むぅ」

蓮太郎「そんな顔で寝ると変な夢見るぞ。ほら、こっちの布団に入って、一緒に寝よう」

竜胆「うんっ! れんたおと一緒に寝う! ふへへー」

蓮太郎「お前はまだこんなに小さいのにな・・・。心が柔らかくて、傷付きやすい」

竜胆「ここのね? お胸のトコがね? ぎゅうって痛いの、苦しいの。あとね? あとね? もやって重たいのがぐるぐるするの」

蓮太郎「・・・、誰を思ってそんな風になってる? ・・・、奈央さん、か?」

竜胆「奈央さん可哀想」

蓮太郎「自業自得っていうんだけどな。大門切手を失くすなんて取り返しのつかない失敗なんだから」

竜胆「でーーも! もっと・・・、んーー、うーー、ふぇえぇえぇえん」

蓮太郎「泣く程辛いか」

竜胆「ゆり、いや・・・、ぅええぇえん」

蓮太郎「・・・っ? 百合、花魁・・・?」

竜胆「いじゅーい、きてから、きらい! もっと!」

蓮太郎「はーー・・・、この年で椿と同じ事言うか。全く・・・」

竜胆「おかーさん? おんなじ?」

蓮太郎「色々とモノの考え方の違いですごく悩んでた。竜胆は、百合花魁が元々好きじゃない、か」

竜胆「れんたお、取るから、嫌い。れんたおは・・・、りんどーの・・・、りんどーと・・・、おかーさ・・・、ん・・・、ん(寝る)」

蓮太郎「やっと寝たか・・・。お職は羨望故に嫉妬が多い。自身を守るのは己のみとは言え、過ぎれば人に仇を成す。椿の様に自覚して尚強く居られるならそれも良し、とは思うけど・・・、なんだかな・・・。椿・・・、お前の娘はしっかり血を受け継いでいるよ」

 

 

 

百合「待って、和仁様。わっちも大門まで行きんす」

和仁「私もようやく大門まで送って貰える立場になったという事か、ふむ、悪くない」

百合「本当はもっと早くに行きたいって思ってたけど、お母さんが他のおきちゃの手前を考えろって」

和仁「大事な事だろう? 見世の権威もあるだろうから」

奈央「死ねぇえぇえぇえぇえい!!」

蓮太郎「百合花魁! 危ない!!」

百合「え? あっ! きゃあ!!」

奈央「許さぬ!! 許さぬぞ!! 百合とか言うそこの女ぁ! 卑しい生まれの癖に! わたくしが昨夜どの様な目に合ったかもしらず男と共に笑い合うておるなど許さぬ!!」

女将「取り押さえな」

蓮太郎「失礼します」

奈央「あぅ・・・っ! この!! 短剣を返せぇ!」

百合「お母さん・・・?」

女将「だいたい予想は着いたから、見世は警戒してたさ。刃物をどこで手に入れたんだか判らないけどね、復讐を考えそうな面構えだったしね」

蓮太郎「懐剣に家紋が入っています」

和仁「家紋・・・? どこかの揚屋か見世から盗まれたのか」

蓮太郎「おそらく持ち主に返す際、横から掠め取ったか何かでしょう」

奈央「えぇい! 離せぃ!! 何故わたくしがこの様な目に合わねばならぬ!」

和仁「そもそもあなたが大門切手を失くしたからだ! いつまでその事実を受け入れずに人を恨むつもりだ!」

奈央「和仁ぉ・・・? ふはは、何が札差の若旦那じゃ。女郎に狂うタダの色キチガイではないか。なんとみっともない、あはは」

和仁「・・・っ?!」

奈央「あぁ、汚い、穢らわしい」

百合「そんな言い方! いくら振られたからって言い過ぎだわ!」

奈央「遊郭で座敷を開いて客を接待、聞こえはいいが己の女を使こうて男を咥えさせて繋ぎとめておるだけじゃ!」

和仁「・・・っ! 私があやを商売の為に利用していると?」

奈央「そうであろう? 昨夜わたくしが汚らしい男どもに何をされたと思う?」

和仁「それも自分のせいでしょう!」

奈央「いかにもそうじゃ?」

和仁「では、なんの言い掛かりだ」

奈央「昨夜何人の男を咥えたかは判らぬわ。精を打った男は満足気に部屋から出て行き、新しい男が来て精を打つ」

和仁「女郎とはそういうものだ」

奈央「おのれがその女郎に狂った結果、他の人間がどうなろうが知った事ではないか?」

和仁「いい加減にしてくれないか。遊郭に来たのはあなた自身だ」

奈央「そもそも私がここに来たのは伊集院の旦那が女郎に狂っているなんぞと認めたくはなかったからじゃ!」

和仁「私は狂っている訳ではない! あなたは少々見識を改め・・・」

奈央「店(たな)の規模、体裁、面子、今後の繁盛! そんな御託を並べておったがそれも全てその女の為。卑しい女に夢中になって家の肩書を利用するなど滑稽じゃなぁ?」

和仁「滑稽、だと?」

奈央「傘回しが回す玉の様に女に転がされて惨めじゃ」

和仁「口汚くどこまで馬鹿にする!

奈央「真実じゃ。己が見えておらぬのじゃな。不憫な事じゃ」

百合「奈央さん、いい加減にして!」

奈央「女郎に庇われるなどなんと情けなし、あぁ情けなし、あはははは」

和仁「・・・っ」

百合「お母さん! 奈央さんを何とかして」

女将「あぁ・・・、その手の喧嘩は他でやってくれないかねぇ? 伊集院様」

百合「お母さん・・・?」

女将「お家のごたごたを遊郭に持ち込まれて、結構困っているんですよ。判りますね?」

百合「お母さん! 何言ってるの?! お客様が馬鹿にされてるのよ?! 華屋の面子が立たないじゃない!」

蓮太郎「華屋が警戒していたのは、百合花魁という商品を傷付けたくないからですよ。勘違いなさらないで下さい」

百合「え? それって・・・」

蓮太郎「あなたが心を遣っていようがそうでなかろうが、伊集院様はお客様で、華屋の玄関を出た後は責任持ちません。そこまで面倒見きれません。百合花魁、甘ったれた考えで女将にどれだけ心労を掛ける積もりですか」

百合「心労って・・・、え? お、母さん?」

女将「とにかく百合、今日はもう部屋に戻って寝な。大門までの見送りはいい」

百合「そんなの!」

女将「蓮太郎、百合を部屋に連れて行きな」

蓮太郎「はい」

奈央「あっはぁ! なんと楼閣の薄情な事じゃあ。惨めじゃのぉ?」

和仁「元より、私は華屋に迷惑を掛ける積もりはなかった! 確かに縁談を断ったのは私だが、あなたの行為が更科を貶める! そんな事も判らないか!」

奈央「わたくしを棄てた更科になんの義理立てが必要じゃ? いっそ潰れてしまえばいいと思うておるわ!」

和仁「・・・育てて貰った恩も感じないのか!」

奈央「恩じゃと? 何の恩がある? 女に生まれたからと、家が傾きかけた事情でお前の様な不義理な男に嫁がされそうになった挙句、この様な腐った街に一人取り残されたわたくしを棄てた家に何の恩がある!!」

和仁「・・・っ」

奈央「そもそもお前が! 更科を助ける気もなかった癖に!! お前が!! 家の名を口にするでないわ!」

和仁「更科は、助けても意味がないと・・・」

奈央「何故それをお前が決める! 万が一にも助かったかもしれない家も! 私という女も! 踏み台にして呑気に女を買って座敷でどんちゃん騒ぎをした癖に何を言う口がある!」

和仁「私は人助けで商売をしている訳ではない」

奈央「人助けに及ばずとも人を陥れた商売が成功するとは思わぬ」

和仁「私が陥れた訳ではない」

奈央「言い逃れじゃ。おそらく、わたくしの父と母もそう長くも無かろう」

和仁「どういう事だ」

奈央「たった25両で娘一人助けられぬ家じゃ。言わずとも判るじゃろう?」

和仁「それを、私のせいにして満足か」

奈央「さて、知らぬよ。ただ、人の怨念とはいかに凄まじいかを思い知るじゃろうな」

和仁「怨念?」

奈央「ふ・・・、わたくしは見世に帰るとしよう」

和仁「奈央さん!」

奈央「なんじゃ?」

和仁「まさか・・・、死ぬ積もりじゃ、ないだろうな?」

奈央「さて、一時でも許婚だった女が苦界に沈むを見過ごした男の言葉とは思えぬわ、さらばじゃ」

和仁「・・・っ」

奈央「もう、会う事もなかろうよ」

 

 

 

百合「蓮太郎! 離して! 奈央さんが和仁様に何かしたらどうするのよ!」

蓮太郎「武器も持たない女一人に何が出来ますか」

百合「もしかしてって事もあるでしょう?!」

蓮太郎「見世にとってあなたに何かあった方が損害が大きいです。伊集院様の代わりの客は幾らでもいます」

百合「そんなの! あたしは・・・、和仁様がいないと辛くて生きて行けない!」

蓮太郎「何をふざけた事を仰っているんですか? 伊集院様が自分を選ぶと判った上でけしかけたのではないんですか? あなたは奈央さんが容姿も学識も芸事も全て自分より劣っている事を知っていた筈です」

百合「そんなの・・・、花魁としての教育を受けて育ったんだもの! 町方の娘に負ける訳ないでしょう?!」

蓮太郎「そうですよね? 伊集院様が自分を選ぶと確信を持って、奈央さんを助けろと薦める自分の偽りの美徳に酔い、いたずらに奈央さんを期待させて裏切らせた。そして伊集院様の奈央さんへの裏切りを自分に対する愛情だと考えてあなたは満足している」

百合「そんな事・・・、ない!」

蓮太郎「本当に、そう言いきる事が出来るんですか?」

百合「何よ・・・、そんなの、客なんて奪うものだって、あたしはそう教えられたわ・・・!」

蓮太郎「そうですね、花魁にとって必要な駆け引きでしょう」

百合「必要に決まってるじゃない! 客を繋ぎとめる為に大切な事だもん! 何がいけないのよ!」

蓮太郎「比べてはならないとは判っています。ですが椿はそういう、人の心を試す様な駆け引きを心底嫌った」

百合「姐さんと比べたりしないで! あたしは、椿姐さんじゃない!」

蓮太郎「知っていますよ。ですが教え子です。どこでそんな吐き気を催す様な卑しい性質を学んだんですか?」

百合「卑しい、って・・・、そんな言い方、するの? 椿姐さんは嘘が苦手だっただけでしょう! 苦手で出来なかった事を美徳みたいに言わないでよ! 過去の幻想だわ! やれるあたしを責めないでよ!!」

蓮太郎「それでは牡丹花魁はそんな気持ちの悪い性質でしたか? 違いますよね。あなたは姐2人から何を学んだんでしょう」

百合「牡丹姐さんや椿姐さんとそっくり同じじゃないと気が済まないの?!」

蓮太郎「あなたに! 奈央さんが苦界に沈んでしまった呵責は無いんですか」

百合「自分が悪いのよ!! あたしのせいじゃないわ!! それに苦界ならあたしの方がずっと前から知ってる!!」

蓮太郎「頂点の女が感じる苦界と底辺の女が感じる苦界の格差は判りませんか」

百合「そんなの知らない! 元々の顔の造りが違うんだから仕方ないでしょう!! それをあたしのせいだと言うの?!」

蓮太郎「人の心を知って強くあろうとするのと、知らない振りを通すのでは事情が違います。あなたは今伊集院様への想いで盲目的になっていてまともな判断が出来ていません」

百合「まともって何よ! 客を引き留めるのの何が盲目的なのよ?!」

蓮太郎「あなたが伊集院様を客として引き留めているならこんな事は言いません。ご自分の行為が公私混同している事に気付いていない」

百合「お客だと思っているわ! 和仁様は遣り手を通して見世に登楼している筈よ! 祝儀だって貰ってる! 間夫だっていうなら隠れて会うでしょう?! 公私混同なんてしてない!!」

蓮太郎「客以上の気持ちが無いと言い切れますか」

百合「客の好き嫌いくらい誰だってあるでしょう?! 椿姐さんだって好きな客も嫌いな客も居たわ!」

蓮太郎「椿のは恋愛感情ではありません」

百合「当たり前だよね! 椿姐さんが好きだったのは客じゃなくて蓮太郎だったんだもん! でも、それだって赦された事じゃないじゃない! 暗黙の了解みたいになってたけど、しきたりを破ってる癖に!! それは良くてあたしはダメなの?! おかしいのは蓮太郎と椿姐さんの方でしょう?!」

蓮太郎「周囲に受け入れて欲しいなら仕事に支障をきたすのをやめて下さい」

百合「・・・、だって・・・、嫌なんだもん! 和仁様が他の人と祝言あげて子供作ってなんて耐えられなかったんだもん! あたしより遥かに容貌が劣る癖に偉そうに縁切りだなんて言ってきて! 許せなかったんだもん! 娑婆の女だからって簡単に夫婦(めおと)の契りが出来るなんてそんなのあんまりひどい! 何も出来ない癖に!!」

蓮太郎「・・・椿なら今のあなたを、菫さんに言った様に頭に花が咲いて蝶が止まっている様なぼんくらは要らない、というでしょうね」

百合「蓮太郎。今のお職はあたしよ? 椿姐さんも菫ももう亡くなったの。あたしが華屋の頂点なのよ?」

蓮太郎「今のあなたを見て誰が華屋のお職に相応しいというでしょうか? 権力を笠に着るなら相応の責任感を持って下さい。人を貶めるなら相応の覚悟をして下さい。元来のあなたはそんなに軽薄で短慮な性格ではない筈です」

百合「買い被り過ぎだわ! あたしだって女だもの! 和仁様を失いたくなかった!」

蓮太郎「あなたが牡丹花魁や椿の妹でないならここまで言いませんでした」

百合「蓮太郎が椿姐さんへの想いに縛られてあたしに説教してるのと何が変わらないのよ!」

蓮太郎「藤花魁から牡丹花魁が受け取り、椿に渡した。それを繋げるべく邁進した過去のお職筋に泥を塗る積もりですか。誰一人恋慕でお職の名を恥じた花魁はいませんよ。あなたの代でそれを終わりにしますか?」

百合「・・・っ」

蓮太郎「椿への想いに縛られているのでなく、お職筋を守ってきた立場で言っているんです、それすら判りませんか」

百合「・・・、責任が・・・、重いよ・・・っ!」

蓮太郎「若山随一の大見世お職です。軽い筈がありません」

百合「・・・和仁様への想いは棄てなきゃダメ?」

蓮太郎「人に恋してはならないとは言っていません」

百合「蓮太郎・・・。まだ、頑張れば、許してくれる?」

蓮太郎「理解して下さったなら、今すぐでも」

百合「余裕がいつできるか判らない。でも、少しでも貯めたお金でいつか奈央さんを遊郭から出してあげたい」

蓮太郎「手伝いますよ。金銭的には難しいですが」

百合「うん」

蓮太郎「あなたが道中で結ぶ帯の名前に恥じないお職である事を願ってます」

百合「帯の、結び方? 名前なんてあったの?」

蓮太郎「石楠花結び、と言う名前です」

 

 

 

女将(M)「女郎でなく大門を潜るという女がいるなら、その手に持った大門切手だけは決して失くしてはならない。会所から渡されるその大門切手は、町方の女にとって命と同様の価値を持つ代物」

 

和仁「女将、奈央さんが亡くなったと聞きました。その・・・、どうして私に手紙を・・・」

女将「元々伊集院様が原因でこの様な結末に至ったんですからね」

和仁「それは、そうですが・・・。遊郭から出る手段がなかったのはこちらの問題では?」

女将「私が総名主として大門から出さなかったという事実はありますが、伊集院様が知らぬでは余りに私に掛かる責任と心の負担が大きくてね」

和仁「それだけの為に?」

女将「それだけ・・・。余り私に軽蔑させないで下さい、私情を挟んで二階を止めたくなる」

和仁「・・・っ、失礼しました。おそらく、機会があれば更科のご両親にお伝えして欲しいという意味が含まれていたのでしょうが」

女将「そうですね。棄てられた娘の末路をわざわざ遊郭が家に伝えるのもおかしな話ですから」

和仁「つい先日、更科は店(たな)の負債そのままに夫婦(めおと)で首を括りました」

女将「・・・、そうですか。・・・25両を出せない両替商なら潰れて然りでしょうね」

和仁「お伝えする方はこれ以上にはおりません。他に何か」

女将「これを、ご覧になってください」

和仁「これは・・・、・・・っ?! 藁人形・・・?」

女将「藁を縛る糸は赤と青。藁の中に籠められた名前は『華屋・百合』『伊集院 和仁』。これは縊り死んだ奈央さんの帯に挟まれていたものです」

和仁「・・・一体、こんなものを私に見せてどうする積もりですか!」

女将「このご時世、人は簡単に死にます、特に遊郭では毎日。『また明日』そんな簡単な約束が守られない事が多々あります」

和仁「呪い人形と何の関係がありますか」

女将「命はそれ程重く受け取られない。けどね伊集院様、私はそんな中でも一人でも多くの女郎に生きて大門から出て欲しいと願っています」

和仁「女将、あなたは私が奈央さんを助けなかった事を責めているんですか?」

女将「言ったでしょう。この呵責を一人で背負うには大きいと」

和仁「言いたい事が判りかねます」

女将「伊集院のお家事情に百合を巻き込みましたね?」

和仁「・・・っ?!」

女将「過ぎた事ですからいずれにしても取り返しなんざ着きゃしません」

和仁「そんなものは存じ上げておりますよ。私も一応伝えねばならない事があったので」

女将「伊集院家は既に呪いを受けておいでですね?」

和仁「華屋に・・・、今月のツケ払いは出来ます。そこまで落ちぶれてはいません。ですが落ち着くまで登楼出来ません」

女将「結構ですよ? 百合の客は伊集院様だけではありません。幾つの事業を失敗なされたかは存じ上げませんが、急成長なだけに損害も大きかったでしょう。ま、ウチはツケを払って下さればそれで結構です」

和仁「それと、以前申し上げた檜垣廻船問屋(ひがきかいせんどんや)が、その・・・、華屋でなく手毬屋にて縁を持ちたい女がいると、今回の話を断ってきました」

女将「そうかい、判ったよ」

和仁「・・・では、失礼します」

女将「この呪い人形に括り付けられた書付には、『贄は己、共に地獄に参らせふ』と記してありました」

和仁「・・・、・・・っ」

女将「人の執念と怨念ほど恐ろしいものはありませんね」

 

女将(M)「遊郭の中にいて何かひどい仕打ちを受けたとして、何を失くしても希望を棄てずに済む。財布を落としてもまだ救いがあるだろう。大門切手があればこの苦界を知らずに済むのだから。だが、大門切手を失くしたならそれは、地獄への片道切手に他ならないのだ」