花魁道中いろは唄~九葉~ 酔いもせず ♂×3 ♀×3 / 白鷹

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所要時間:50分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

椿   (つばき)  ♀ 20歳

    可愛らしい顔と愛らしい仕草で客を魅了する『華屋』のお職
    その人気から、様々な男から身請けの話を持ちかけられるが金千両払っても身請け出来ない
    椿を指くわえて見ているだけの客もいる


 

桜   (さくら)  ♀ 20歳

 

    華屋の花魁。
    椿とは同年で一方的にライバル視している
    嫉妬深く執念深い。感情の起伏が激しく惚れっぽい所もあるので見世の中で他の女郎とよく
    揉め事を起こす。新之助に惚れている


 

新之助 (しんのすけ)  ♂ 26歳

 

    大名安部家の当主
    既に同じ武家の女性と婚姻を済ませているが、夫婦関係に満足できず遊郭で遊んでいる
    椿の姐花魁であった牡丹の同郷の貴族であり、牡丹と将来を約束していた
    真面目で正義感が強く、男前で羽振りもよく、女郎からの羨望も高い


 

蓮太郎 (れんたろう)  ♂ 20歳


    大見世、華屋の若衆。椿と同年齢のせいで非常に仲が良く、いつしか椿と心を通わせるようになるが
    忍耐強くそれを堪え、椿の初見世を祝った。生真面目で優しく人当たりもよい青年。
    生まれも育ちも遊郭であり母親の美しさを生き写しに持ってきた美少年であり、時々陰間と間違えられる


 

女将  (おかみ)  ♀ 32歳

    華屋の楼主兼女将。見世の経営を遣り手任せにはせず自らもせわしなく働く
    自分の見世の女郎たちをとても可愛がっており、何か女郎が失敗した時なども身体に傷を付けない為
    に折檻はせず、仕置き部屋に閉じ込める程度で済ませるなど、大切にしている。が・・・


 

惣一郎 (そういちろう)  ♂ 28歳

    老舗の呉服屋で目利きとして働く青年。その優れた目利きさから呉服屋の旦那に気に入られ、
    娘の八重と結婚して呉服屋を継いだものの、非常に遊び人で遊郭内でも様々な見世をうまく立ち回り
    馴染みになっている。美形で遊女からの人気も高い

 

弥平(やへい)    ♂ 28歳 女将の間夫
亭主(ていしゅ)   ♂ 51歳 甘味処『もみじ屋』の亭主


 

――――――――

役表

椿  (♀)・・・
桜  (♀)・・・ 
新之助 + 亭主 (♂)・・・
蓮太郎(♂)・・・ 
女将 (♀)・・・ 
惣一郎 + 弥平 (♂)・・・

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◆◆◆華屋・椿の部屋◆◆◆


新之助 「なぁ、椿。ワシがこの店の馴染みになってもう十七回見世に登楼っている。
     そなたも座敷に顔を出す物の一向に側に侍らぬ。一体何が気に入らんのじゃ」

椿   「(煙管をふかす)・・・、さぁ?」

新之助 「さぁ、とは。それではワシもどうすればそなたを抱けるのかわからん」

椿   「床入りなん、夢で終わらせてくんなまし」

新之助 「馴染みになるのに祝儀もはずんだ。無論、金だけでどうこうできるとは思うとらん。
     会っていればいずれ氷の様な心も溶けようと通い続けているが冷たい態度も一向に変わらん。
     そなた、一体ワシに何を求めておるのじゃ」

椿   「・・・、お内儀かみさんはどの様なお方でございんす?」

新之助 「内儀かみさん・・・、て、おぬしもしやその様な者に遠慮しておると言うのか?」

椿   「・・・きかせてくんなんし」

新之助 「なにゆえ、その様な事を訪ねるのかは判らぬが。今の妻とは6年前にの。
    わしから妻問婚して祝言を挙げたんじゃ。
    まぁ、気位の高いおなごじゃから『あっちの方』も面白みがなくてな。
    1年目に子が出来て以来さっぱりじゃ。
    で、若山で遊んでおったのじゃが、つい最近そなたの道中を見掛けての。
    どうしてもそなたが欲しくなったんじゃ」

椿   「道中を見たのはそれが初めてでありんすか?」

新之助 「いや?夜見世にともなるとあちこちから綺麗なおなごが出てきよる。
    道中を見るのは初めてではないが美しいと思ったのはそなたが初めてじゃ」

椿   「新之助様は美しいおなごがお好きでいらしゃんすか」

新之助 「そうじゃの。皆心根の優しいおなごが好きじゃとか、
    ふっくらとした癒し顏のおなごが好きじゃとか言うが、
    ワシゃその前にどうしても顔を見てしまう。まぁ、妻は失敗したがの」

椿   「牡丹花魁という、少し前までここ華屋のお職を務めておりんしたおなごをご存知でいらしゃんすか?」

新之助 「牡丹か。おお知っておる。まことあれは大輪の牡丹そのものじゃの。
    抱いてみたいとは思うたが、牡丹をとれば椿は取れぬ、悩んでそなたにしたのじゃ」

椿   「さようで・・・、ござんしたか」

新之助 「そなたの質問はさっぱり的を射ぬ。なにが聞きたかったのじゃ?」

椿   「新之助様。そろそろ中引けでございんす」

新之助 「今日も寂しく一人寝じゃ。じゃが、椿、ワシゃあ諦めんでの」

 


 

◆◆◆内証◆◆◆


女将  「いい男っぷりじゃないかい」

椿   「お母さん」

女将  「毎度毎度マメに通って、その度に祝儀も忘れない。しかもあんな男前そうはいないよ?
    あたしゃ、阿部様のなにが気に入らないのか判らないねぇ」

椿   「金払いがよく男前ならいい男なんでありんすか?」

女将  「あたしゃ、そう思うよ」

椿   「随分と、単純な考え方でありんすなぁ」

女将  「あんたにとっての男前がどんなもんかは知らないけどね、
    このまま阿部様を袖にし続けて馴染みをなくす様なら、意地でもお開帳してもらうよ」

椿   「ぇ?!・・・、お母さん、それは、堪忍してくんなまし」

女将  「なにが堪忍だい。お前はもうお職なんだよ。牡丹はもういない。
    うちの看板背負ってるんだって事を忘れてもらっちゃあ困るね。」

椿   「忘れてるわけじゃありんせん。けんど、新之助様だけは・・・」

女将  「最初ウチに差し紙が届いた時、例の『嫌でございんす』っていうのを聞いたから、
    色々調べてみたんだが、最近まで中見世に通ってたのを、
    きちんと手順踏んでウチに乗り換えて来てんじゃないかい。ツケもたまっちゃあいない。
    武家さんでも評判がいい。確かに気持ちが悪いくらい良く出来た男さね。
    だけど、あんないい男を袖にしたってんじゃ、ウチの評判に関わるんだよ。
    それが判らないほど間抜けじゃ無いだろう?」

椿   「だって、新之助様は・・・」

女将  「なんだいあんた、阿部様の事知ってんのかい?」


椿(M)  「言えない・・・。新之助様は牡丹姐さんの想い人だったなんて・・・。
    言ったってもうどうにもならない事なのに・・・。
    どうして姐さんを選んであげなかったの?」

女将  「まぁ、知り合いだろうがなんだろうがここは若山、買われる女と買う男の町さ。
    余計な恋慕は身を滅ぼすだけさね」

椿   「あちきはそんな余計な事考えんせん」

女将  「そんじゃあ、上手くやってるあんたに一言言っておくけどね」

椿   「えー?お母さんの一言って長いから聞きたくありんせん」

女将  「じゃかあしいわ!桜が阿部様に惚れてる」

椿   「へぇ」

女将  「桜が阿部様に惚れてる」

椿   「へぇ」

女将  「桜だよ!悋気の塊と執念深い桜だよ!判ってんのかい!!」

椿   「付け加えて惚れっぽい。つい最近まで小物問屋(どんや)のご長男だったじゃありんせんか?」

女将  「そういう噂に全く興味の無いあんたが知ってる事に驚きさね」

椿   「湯を使いに行った時たまたま一緒になってしまって、ゆでだこになるまで話を聞かされんした」

女将  「そりゃあ、運が悪かったね」

椿   「気を付けんす。特に湯を使いに行く時間には桜を見ておきんす」

女将  「そうしてくれよ」


椿(M)  「たぬきばばぁが。なにが評判に関わる、だ。
    自分の懐に入る金子きんすが減るからだろが。
    それにしても、桜、か。面倒臭いな、もう
    ・・・・・・っ!どいつもこいつも己の利益ばかりを考えていて醜い。吐き気がする程には」

 


 

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桜   「中引けで髪も乱さず馴染み客を帰すなんていい御身分になりんしたね。椿」

椿   「(溜息)桜・・・」

桜   「あれ程頻繁にお通いの阿部様に対して失礼なんじゃありんせんのか?お高く止まりすぎでありんすなぁ。
    どこかの姫君にでもなった積もりでありんすか。所詮淫売の癖に」

椿   「淫売は桜も同じでありんす。
    それに、あちきが阿部様にお開帳したらそれはそれで、桜は気に入らんのと違いんすか?」

桜   「うっ・・・くぅぅ!」

椿   「あはは・・・、しまった、つい口が滑って。今のは聞かなかったことにしてくんなんし」

桜   「ふざけんじゃないよ!」

桜   「パーンっ(平手打ち(手を叩くなどで表現してください」

椿   「痛ったぁ・・・、商売道具の顔を叩きんしたね・・・」

桜   「何が商売道具だ! 金ばっかり搾り取るだけのお飾りなんいりんせん!」

椿   「それがあっちの売り方でありんす! 桜にどうこう言われる筋合いなんざありんせん!」

桜   「どこまでもふざけ倒して! お母さんにだってお開帳進められてんじゃないか!」

椿   「ふざけてんのはおんしでありんしょ、桜。阿部様は誰が何を言おうがあちきのおきちゃでありんす」

桜   「自分の客だって言い張るんならそれ相応の対応しろってんだ!」

椿   「・・・、ああ、桜・・・。もしかしておんし今日の夜はお茶挽きだったんでありんすか。
    だからこんな時間にあちきの行動を見ていた、という事でありんすね」

桜   「それ以上言ってごらんよ。
    あんたのそのツンとすましたお綺麗な顔を二目と見られ無いようにボコボコにぶん殴ってやるからさぁ」

椿   「出来るもんならやってみな!!お母さんが大切にしてる商売道具だ!」

女将  「何やってんだい二人とも!」

蓮太郎 「椿花魁!」

桜   「やってやるよ! 出来ないだろうなんてたかくくってんじゃないよ! 
    あんたがいなけりゃあたしが華屋のお職を張ってやる!」

椿   「お職が張れるもんか! 桜なんて殴らなくても丁度良い具合に歪んでんだろ!」

桜   「なんだって!!この・・・」

椿   「あちき相手に醜女と悪口が言えるようになってから喧嘩売ってきな!」

桜   「貧相な乳で色気の欠片もない癖に偉そうな事言ってんじゃないよ!」

女将  「やめなって言ってんだろ!桜!!」

蓮太郎 「椿花魁、落ち着いて!」

椿   「乳も尻もだるんだるんのしまりのない体で色気を口にするなんざお笑い種だね!」

桜   「食い終わった魚の骨のような体で、
    あんたを抱くとそこかしこに骨が刺さったような痛みが走るらしいじゃないかい!」

椿   「誰がそんなこと言ったんだか知らないけど、だったら客も二度とこないだろうよ!」

女将  「椿も喧嘩かってんじゃないよ!」

桜   「床入り前の座敷だのなんだのでごまかしてるだけじゃないか!」

椿   「相手する気がないならせめて、自分を名代に立てろと言いたかったんだろうが!!」

桜   「それが馴染みに対する相応の対応だろう!当たり前の義理欠いて客帰らせてんじゃないよ!」

椿   「あんたを名代に立てたらそれこそあちきの名折れだよ!
    新之助様は顔の綺麗なおなごが好きなんだよ!」

桜   「結局求めてんのは顔だけじゃないだろうが!」

椿   「お開帳が望みでも不細工じゃ勃つもんも勃たないだろうよ!」

桜   「こっちは萎びて使い物にならなくなったじじいのだって技量で立たせてんだよ!
    顔だけで他に取り柄のない女に言われたかないね!」

椿   「そりゃあ、大した技があるんだね!湯女でもあるまいし!ここは大見世だよ!
    格下の女の技使うんじゃないよ!暖簾が汚れる!」

女将  「蓮太郎!椿を台所に連れて行きな!私は桜を布団部屋に連れて行く」

蓮太郎 「は、はい」

 


 

◆◆◆台所◆◆◆


蓮太郎 「あんな言い掛かり、放っておけばいいし、いつもの椿なら放って置いた筈だろ。
    なんで、相手したりしたんだ?」

椿   「なんとなく、苛々してて。相手にするべきじゃないって判ってるのに止められなかったの」

蓮太郎 「何か気になる事がある?」

椿   「別に・・・っ」

蓮太郎 「女将は牡丹姐さんが亡くなってからおかしいと、そう言ってた。
    でも俺にはもう少し前から椿の様子がおかしいように見えてた」

椿   「あは・・・、は・・・、蓮太郎には、なんでも分かっちゃうね」

蓮太郎 「俺は・・・、椿しか見てないから」

椿   「これ、牡丹姐さんの手鏡、見て?」

蓮太郎 「牡丹花魁の?綺麗な細工が入ってて、高価な鏡だと思うけど・・・、
    所々、漆と金箔が剥がれて随分と使い込んでる。年季の入ったものだね。
    牡丹花魁なら新しいものを買えただろうに」

椿   「髪結いが結ってくれた時、うなじの後れ毛とかを確認する時はいつもこの鏡を使ってた」

蓮太郎 「牡丹花魁は髪結いにも厳しそうだね」

椿   「華屋の髪結いは一流だから完璧だよ?
    横兵庫や伊達兵庫なんて下手な髪結いじゃ結えないんだから」

蓮太郎 「さっきの争いで、髪が乱れてる」

椿   「え?」
蓮太郎 「後ろ、ここの首元」

椿   「あ・・・」

蓮太郎 「ここも」

椿   「・・・、蓮太郎、女郎の身体を気安く触るんじゃない」

蓮太郎 「すみませんでした」

椿   「あんまり妙な真似するとお母さんに言いつけるから」

蓮太郎 「そんな事、出来ないくせに」

椿   「うっ。蓮太郎のそういうところ嫌い」

蓮太郎 「はい。ふかし芋、うまいよ」

椿   「わぁい!はふっ、はむはむ、っほひひい」

蓮太郎 「くす・・・、いつもの椿だ」

椿   「あっちが食べられなくなったらもう死ぬと思っていいよ」

蓮太郎 「言われなくてもそう思ってる」

椿   「・・・、あの、ね・・・。蓮太郎に、全部話してしまえれば楽になるんだと思う」

蓮太郎 「じゃあ、どうして話さない?」

椿   「一度に色々な事があり過ぎて、頭の中で整理ができないの。だから、まだ、話せない」

蓮太郎 「今すぐに、とは言わない。けど、いつか話してくれる?」

椿   「きっと、蓮太郎にしか話せない事だから、話すときがきたら必ず話すよ」

蓮太郎 「じゃあ、大人しく待っていようかな」

椿   「うん」

蓮太郎 「芋、いつの間に食い終わった?」

椿   「え?とっくになかったよね?!」

蓮太郎 「・・・いつもながら見事な食いっぷりで」

 


 

◆◆◆布団部屋◆◆◆


桜   「蓮太郎と椿を一緒にしていいんでありんすか」

女将  「あの二人は間違いは犯しゃしないよ」

桜   「その信用の裏をかく事だってありんしょ」

女将  「信用の為に間違いを犯さないんじゃない、相手を想うからこそ思い留まる。
    あんたみたいな安っぽい恋慕じゃあないよ」

桜    「お母さんは椿に甘過ぎる!あちきだけじゃない!他の女だってそう思ってるよ!」

女将  「不満があるなら椿の売上超えてからいいな」

桜   「んぅっ・・・! ついた姐さんが良かっただけだよ!
    あちきだって牡丹姐さんの奉公したかったのに」
女将  「元々、椿は筋が良かったんだよ。あの子は武家さんの出だ。
    あんたみたいに訛りで何喋ってんだかわからないような山奥の田舎娘とは格が違うんだよ。
    ここにきた時には既に文字の読み書きが出来た」

桜   「突き出しを終えればあっちらは女郎。文字の読み書きなんて結局意味なんありんせん!」

女将  「お前が女衒ぜげんに売られてきた時、
    まず風呂に入れて飯を食わせたらがっついて食っていたね」

桜   「それが普通でありんしょう?
    元より口減らしの為に売られる身の上が、まともに飯なん食わせて貰えんかった。
    あっちらの郷は特に貧しくて食えない日が3日以上続くことなん普通でありんした」
女将  「椿はね、風呂に入ったあと目の前に出された飯に手をつけていなかった」

桜   「たまたま腹が減ってなかっただけの話!女衒に道中何か食わせてもらったんでありんしょう?」

女将  「違うね。私を待っていたんだよ」

桜   「お、母さんを・・・?待っていたって、どういうことでありんすか」

女将  「自分の売られた境遇を理解していたのさ。ここがどこだかは判らない。
    だけど、この館の主人に挨拶もなしに飯を食ってはならんという礼儀を守ったのさ」

桜   「礼儀・・・、って、まんだ十とおにもならん子が」

女将  「八つになったばかりだよ。私が顔を見せたら両手をついて頭を下げた」

桜   「お辞儀をしたというのでありんすか?八つになったばかりの子供が」

女将  「そうさ。そして『不束者ですが、精を出して奉公させて頂きます。よろしくお願い致します』
    ・・・と、挨拶をしたんだよ」

桜    「そ・・・、そんな子供が、いるはず」

女将  「あたしだって初めてだよ、そんな子供。
    顔を見ても抜ける様な色の白さ、大きな瞳に二皮目、長い睫毛にすらりとした鼻と真っ赤な唇。
    これは頂点の華だと思ったさ」

桜   「だからってあっちらとの扱いの差がありすぎでやんしょ?」

女将  「できる楽器を聞いたら琴と三味線、だと言う。扱いの差ではなく元の出来栄えの違いさ」

桜   「だ・・・、だからって・・・。結局あっちらのする事なんお開帳じゃありんせんか!」

女将  「もっともな話だがね、椿はお開帳になるまでにもなってからも客を通わせる努力を怠らないよ。
    お前、後朝(きぬぎぬ)の文なんて客に送った事があるかい」

桜   「後朝(きぬぎぬ)・・・?」

女将  「お前が間夫に狂ってる間に椿は客と文の交換をしてるんだよ!
    甘過ぎる?!当然さね。
    見世に取って看板抱えるだけの事やってる椿にこれ以上何を言えってんだい!
    蓮太郎と心を通わせてる間は間夫だって作りゃしない」

桜   「椿椿って、どいつもこいつも・・・、お母さん!一度でいい。
    一度でいいからあちきを阿部様の座敷にやっとくれよ!絶対に満足させてやるからさぁ!」

女将  「構わんよ」

桜   「本当に?」

女将  「床入りだけじゃない、椿の座敷見てしっかり学びなおすんだね」

 


 

◆数時間後―――


椿   「蓮太郎!!台所に甘いもの残ってなあい?!」

蓮太郎 「もう台所は座敷の準備で忙しいので、それどころじゃありませんよ?」

椿   「じゃあ、もみじ屋行ってなんか買ってきてーー!!」

蓮太郎 「それは、構いませんが今日は行かなかったんですか?」

椿   「行ったよ。白玉ぜんざいと、ゆずの練り切りと、大福食べた」

蓮太郎 「おぇ」

椿   「足りなぁああいいい!!!!!」

蓮太郎 「どうかしたんですか?」

椿   「新之助様の座敷、桜と一緒に入れって・・・」

蓮太郎 「あーー・・・、それはまた。強引な手管を使ってきましたね」

椿   「あっちは別に新之助様が桜に乗り換えるっていうんならそれでいいよ。
    それだけの男だったってことだもん」

蓮太郎 「いっそ、そうであってくれたなら、楽だったのに?」

椿   「う」

蓮太郎 「図星ですね」

椿   「早く買ってきて!!」

蓮太郎 「はいはい」

 


 

◆◆◆華屋・椿の部屋◆◆◆


椿   「阿部様、椿参りんした。本日共に座敷に入らせていただきんす『桜』と申しんす」

桜   「阿部新之助様、お初にお目にかかりんす。本日はどうぞよろしくお頼み申し上げんす」

新之助 「おお、ちょうど良かった。今日はワシの友人も来ておる。楽しい座敷になりそうじゃの」

椿   「友人?・・・、惣一郎様。お二人はお知り合いでございんしたか」

新之助 「惣一郎、ぬし椿を知っておるのか」

惣一郎 「殿の悋気を煽るわけではありませんが、椿の初見世をいただきましたよ」

新之助 「なんだと?椿、それは誠か」

椿   「誠でございんす。以来馴染みとして通っていただいておりんすが、
    惣一郎様もこんな所でそれを新之助様にお伝えするなどお人が悪い」

桜   「新之助様、どうぞお付けいたします」

新之助 「すまんの。ワシゃ椿の盃しか受けんのじゃ」

桜   「まぁ、お堅い事を仰せになりんすなぁ」

惣一郎 「桜、それなら俺につけてくれ」

桜   「・・・っ!かしこまりんした」

椿   「新之助様、お付けいたします」

新之助 「うむ。
    弓張の月も雲の衣纏わらばたまゆらに袖を藍に染にじ」

椿   「しらじらと弓張の月つきもあさづくひ 藍の袖にぞまごうことなき」

惣一郎 「ほぅ・・・。相手が違うとこうもやりとりが違ってくるのか。
    こりゃあ粋なもん見させてもらったぜ」

新之助 「そなた、誠遊女にしておくのは惜しいおなごじゃ。とっさの歌に見事な返歌だったぞ」

桜   「江戸の幕府の時代にこの様な雅なものが見られるとは驚きんした」

惣一郎 「ん?けど殿、今の歌、見事に振られたのでは?」

新之助 「ああ、振られた、綺麗さっぱりとな。が、ますます気に入った」

惣一郎 「あまりしつこいと嫌われますぞ」

桜   「・・・っ、く、ぅ」

惣一郎 「ん?へぇ、そういう事か・・・。ふーん、こりゃあ面白い」

桜   「惣一郎様は随分と楽しんでおられるご様子でありんすな」

惣一郎 「楽しいねぇ、俺は女の悋気ってなぁ結構好きなんだよ。椿は淡白すぎらぁな」

椿   「あちきにも相応の悋気くらいございんすよ?」

惣一郎 「へぇ?」

新之助 「嘘を付け」

椿   「嘘じゃござんせん」

新之助 「では、その悋気とやら、一体どこに向かっているのか申してみよ」

椿   「新之助様のお内儀様に、この胸が疼きんす」

新之助 「白々しい事を申すな」

椿   「この、袂の鏡が熱を帯びるのでございんす」

新之助 「鏡、じゃと?」

椿   「この鏡にございんす」

新之助 「・・・、・・・っ!おぬし、どこでその鏡を手に入れた?!」

椿   「・・・えっ、・・・、新之助様、覚えて・・・」

新之助 「どこで、手に入れたか聞いておる!そなたの物ではあるまい!」

椿   「この鏡がどなたの物か、それをお伺いできるなら申し上げんす!」

新之助 「ワシの、初恋のおなごにやった物じゃ。
    それからすぐに神隠しに会うて行方知れずとなってしもうた」

惣一郎 「神隠しだって?」

桜   「うふふ、おほほほ。神隠しだなどと阿部様も面白い事を仰せになりんすなぁ」

新之助 「桜、と申したな。そなた、何がおかしい」

桜   「神隠しなどと、昔語りでしか聞いた事ございんせん。
    阿部様も童に戻ってしまった様でございんすな、うふふ」

新之助 「帯剣が許されるのであれば、そなたここで手打ちにしてくれようぞ!」

桜   「な、なにを?!」

椿   「桜、おんし、下りや」

桜   「なぜじゃ!」

椿   「おきちゃのお心一つ察せぬ愚か者を同席させたなどと、あちきの名に泥を塗ったも同然!
    さっさと下りや!」

 

 

惣一郎 「俺は手酌すっから、気にしないで話続けてくれ」

 

 

椿   「新之助様には大変なご無礼を申し上げんした。あいすみませぬ」

新之助 「構わぬ。椿、話を続けよ」

椿   「あちきは最初から、新之助様が、この鏡の元の持ち主であることを存じ上げておりんした。
    今一つお伺いしたい旨がございんす」

新之助 「なんじゃ」

椿   「初恋の御方のお名前を」

新之助 「さえ、と申す」

椿   「・・・・・・」

新之助 「どうした」

椿   「あちきの姐女郎は、この華屋お職でありんした牡丹と申しんす。本名を、さえ、と」

新之助 「なんじゃ、と?」

惣一郎 「牡丹が、さえって、じゃあ・・・」

椿   「人攫いに攫われ、気が付いた時にはこの華屋だった、と」

惣一郎 「人攫い?神隠し・・・。辻褄が合う」

新之助 「牡丹に、会えぬか。会わせてくれ!」

椿   「会うことはかないんせん」

新之助 「いくらじゃ、金子きんすをいくら積めば合わせて貰えるのじゃ。女将、女将を呼べ」

椿   「つい先月、労咳病にて命を落としました!!」

新之助 「命を・・・、落とした、じゃと?」

椿    「二十六歳、あと少しで年季が明ける筈でございんした」

新之助 「二十六・・・、さえの年と同じじゃ・・・」

椿   「労咳病でなければ、すぐにでも新之助様にお知らせしとうございんした」

新之助 「亡くなっ・・・っ」

椿   「本来であれば、この手鏡、新之助様にお返しするべきでございんしょうが・・・、
    あちきの姐の形代にございんす。誠に勝手なお願いながら、あちきにお預け下さいませぬか」

新之助 「・・・そなたが、持つがよい」

椿   「ありがとう、ございんす」

新之助 「席を外してくれぬか、椿」

椿   「鏡の代わりにもなりませぬが、牡丹姐さんの気に入っていた櫛(くし)を一枚お持ちしんした」

新之助 「ああ」

椿   「新造も皆下がらせますゆえ、御用の際はお呼び奉り下さいませ」

 

 

新之助 「惣一郎・・・」

惣一郎 「ああ」

新之助 「ワシしゃあ愚かな男じゃ」

惣一郎 「そうだな」

新之助 「なぜじゃ、こんな近くにおりながら」

惣一郎 「気付かずにのうのうと他の女を口説いてな」

新之助 「牡丹は・・・、この間抜けな男を嘲笑ったであろうな」

惣一郎 「女郎は郷の出を隠すものだ。それが裏目に出てしまったんだろうな」

新之助 「お主は、牡丹と会うた事があるのか」

惣一郎 「椿が新造の頃は牡丹の馴染みとして通っておりました故」

新之助 「では、ワシはさえの道中もきっと見掛けておる筈じゃの」

惣一郎 「それは、おそらく、としか言えません。
    若山は夜見世の時間になるとお職の道中そろい踏みになりますから。
    見付けられなかったとしても殿のせいではありますまい?」

新之助 「美しいおなごだったじゃろう?」

惣一郎 「この若山の頂点を極めたおなごです。
    美しくもあり教養も高く、女郎と侮っていてはおそらくお家全てを搾り取られてしまう程。
    俺は彼女を傾城けいせいと思いましたが、彼女は椿がそうだと言っていました」

新之助 「ワシはのぅ、顔の綺麗なおなごが好きで今の女房と祝言を挙げたが、
    それはずっとさえの美しさを追い求めて居た結果なのじゃ」

惣一郎 「追い求めて祝言を挙げたものの、おさえとは全く違うおなごだった、と」

新之助 「気位ばかり高くての、優しさもぬくもりも伝わって来なんだ」

惣一郎 「神隠しに合ったさえを心から拭う事は出来なかったのですね」

新之助 「美しさゆえ、神にさらわれたものだと己自身に言い聞かせてきたのじゃ」

惣一郎 「神ではなく、人さらいだった」

新之助 「じゃが、・・・、神のご意向だったのかもしれんのぅ」

惣一郎 「意向? どのような」

新之助 「人の分際でかように美しいおなごを独り占めできるものではないと」

惣一郎 「咲き乱れる花々の頂点に立つおなごでしたからね」

新之助 「せめて・・・、一目、一目会えたなら二度と放しはしなかったものを」

惣一郎 「椿が看取ったのでしょう」

新之助 「会って、抱き締めて・・・」

惣一郎 「殿・・・」

新之助 「何故じゃ」

惣一郎 「残酷なものですね」

新之助 「櫛一枚ではそなたの温もりすらわからぬではないか!
    さえぇえぇえーーー!!!!!」

 


 

◆数時間後―――

 

新之助 「すまなかったの、椿。また、来るでな」

椿   「え?」

新之助 「心配せずとも、もう無理は申さぬ。牡丹の話を聞かせて貰いに来るだけじゃ」

椿   「・・・、はい。はい、次のお越し心よりお待ち申し上げんす」

 

女将  「もっと早くに判っていれば、労咳病にかかる前であれば、新之助様は身請けをしただろうに。
    牡丹はなんて不憫な娘なんだろう・・・」

椿(M)  「年季明け前の姐さんの身請け金を吹っかけるつもりだっただけだろうが、
    泣いた振りしてんじゃねぇよこの業突く張りが!!」

 


 

◆◆◆華屋・回廊◆◆◆


桜   「椿ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

椿   「げっ!桜!!」
桜    「よくもあちきにあんな恥をかかせてくれたね!!」
椿   「恥をかいたのはあちきの方でありんす」

桜   「あんた、わざとあちきのよく知らない話題を振って、追い出したんだろうが!」

椿   「わっ!すっごい被害妄想!」

桜   「ぶっ殺してやる!」

椿   「へ?」

蓮太郎 「危ない!椿!!!」

女将  「なななな、なんだい蓮太郎!そんな騒ぐ程の」

蓮太郎 「桜花魁が台所から包丁を持って行くのが見えたんです!!」

女将  「ほ、包丁だって?桜、何のつもりだい!!」

桜   「そのクソ汚い女の腹をかっさばいてやんだよ!」

椿   「汚い、って」

桜   「姐女郎の死まで利用して男を繋ぎ止めるなんざ、下衆以下のクズ野郎だ!」

椿   「ぱーん(平手打ち(手を叩くなどで表現してください」

椿   「おんしに何がわかりんすか!思い合ってるお二人を会わせたい。
    労咳病って病がそれすら阻んで・・・!
    あちきがどんな思いで新之助様をお迎えしていたのか!
    なんにも知りんせん癖に悋気一つで人殺そうとしてんじゃないよ!」

桜   「大した偽善者ぶりでござんすな!牡丹姐さんの部屋にはどれ位の金子が貯まってたんだい?
    看病する振りして全部着服したんだろうが!あんたみたいな汚い輩なんとっとと死んじまいな!」

蓮太郎 「桜花魁、やめてください」

桜   「どけぇ!蓮太郎!!」

椿   「・・・、っ痛っう・・・」

蓮太郎 「・・・くっ」

椿   「蓮太郎?・・・!血が・・・」

蓮太郎 「?! お、俺の、血じゃない・・・」

椿   「え?じゃ、これは・・・、・・・っ!」

桜   「か・・・、は・・・」

蓮太郎 「む、胸に包丁が・・・」

桜   「ぁ、が・・・、は」

蓮太郎 「桜、花魁・・・」

椿   「桜、しっかりして! 桜!!」

蓮太郎 「椿、抜いてはダメだ! 血が・・・」

椿   「じゃあ、どうすればいいの?!」

蓮太郎 「こんな、深々と刺さっては・・・、もう」

椿   「いや、いやぁ! 桜ぁ!! しっかりして! 蓮太郎! 医者を呼んで!」

蓮太郎 「椿・・・、もう、息をしていません」

椿   「さ・・・、さくら? 桜!! 桜ああああああああ!!」


椿(M) 「見知った顔のおきちゃ、姐女郎の、そのまた姐女郎、同年の花魁。
    そう言った様々な人々の命を失い、長い冬が開ける。
    仲ノ町の桜が固い蕾を今か今かと膨らまし始める季節になった。

 


 

―――――――――・・・


蓮太郎 「椿」

椿   「ん?何かくれるの?蓮太郎」

蓮太郎 「もう、みたらし団子食ってんじゃん。相変わらずよく食う、と言うより食う量増えたな」

椿   「春だもん」

蓮太郎 「うん、全く関連性が判らないね」

椿   「冬眠から覚めた熊はよく食べるらしいよ」

蓮太郎 「椿は熊じゃないし冬眠もしてないし、冬の間もよく食ってたな」

椿   「だってお腹空くんだもん」

蓮太郎 「百合は?」

椿   「新造友達の菫連れて櫛とかんざしを買いに行った」

蓮太郎 「丁度いい、ちょっとこっち来い」

椿   「?台所?行く行く」

蓮太郎 「違う」

椿   「まぁ別に台所でなくてもいいんだけどね。でも何か食べたいな」

蓮太郎 「後で持って行ってやるからあまり騒ぐな」

椿   「なんで」

蓮太郎 「女将に気付かれたくない」

椿   「女将ならしばらくは自分の部屋から出てこないよ」

蓮太郎 「なんで?」

椿   「間夫がきてるから」

蓮太郎 「へ?」

椿   「女将だって女なんだからそういう事もあるよね。って知らなかったの?蓮太郎」

蓮太郎 「知らなかった・・・」

椿   「実際の所幾つかは知らないけど、あの歳で結構元気だよね、女将って」

蓮太郎 「あ、ああ・・・」

椿   「ショック受けてんの?ウブなんだね。で?何の用?」

蓮太郎 「椿、お前、孕んでるだろう」

椿   「・・・」

蓮太郎 「三ヶ月、行水が理由では休んでいない。
    今はおさまっているが、少し前まで頻繁に厠に駆け込んでいた。
    今だって本来なら行水の筈だろう。」

椿   「・・・」

蓮太郎 「椿!!」

椿   「お母さんに言わないで貰えるかな」

蓮太郎 「まさか、産むつもりじゃないだろうな!」

椿   「その積もりじゃなきゃ黙ってない」

蓮太郎 「ほおずきの根を煎じたモノを持って行く」

椿   「飲まないから!!」

蓮太郎 「産んだっていい事なんてない!自分の子供としてなんて育てられない!
    だいたい誰の子かだって判らないんだろう!」

椿   「あたしの子供よ!」

蓮太郎 「・・・っ」

椿   「父親が誰かなんて知らない、どうでもいいそんな事。
    何を言われたって堕ろしたりなんてしない。初めてなの、孕んだの」

蓮太郎 「初めてって、そんな筈ないだろ?」

椿   「蓮太郎に嘘ついてどうするのよ。
    初見世から他の子や姐さんも妹もみんなみんな孕んで、ほおずき使っておろして、
    その内孕みにくい体になって、二十歳過ぎた頃にはみんな孕まない体になって、
    そしてお母さんはそれを褒め称えるんだ」

蓮太郎 「その方が見世にとっては都合がいいから」

椿   「あちきは最初から、孕まなくて、それもお母さんに気に入られてる理由の一つだって知ってた。
    だけど、今になって孕んで、自分の腹に命があるんだって判ったら、
    どうしようもなくそれが大切で、おろすなんて出来ない!
    産みたいの! あたしの子供なの」

蓮太郎 「どんなに隠したって腹が膨れて来たら女将は分かるだろう」

椿   「その時にはもう無理におろせばあたしの命もない。
    お母さんがどっちを取るかわからないけど。
    蓮太郎のせいにはしないから、だから黙ってて。お願い」

蓮太郎 「黙っている事しか協力は出来ない」

椿   「蓮太郎・・・」

蓮太郎 「夜見世の準備しろ」

椿   「ありがとう」

蓮太郎 「協力は出来ない。だから今から言う事はオレの独り言だ」

椿   「え?」

蓮太郎 「酒も煙草も腹の子に良くないらしい。客に気付かれない程度に控えるといい。
    腹だけじゃなく、体全体冷やさない方がいい。」

椿    「うん・・・、うん」


椿(M) 「ゆで卵と、魚のあらの汁がついてる。抜き菜とゴマの和え物も。滋養のあるモノばっかり・・・」

 


 

◆1か月後―――


女将  「椿、最近あんた夜見世しか出ないって遣り手にワガママ言ったそうじゃないかい。どういう積もりだい」

椿   「少し体調崩してて顔色がすぐれんせん。
    昼見世だとおきちゃに変な言いがかりつけられるのは困りんす。
    夜見世なら行灯の灯りだけでごまかせんす。
    昼見世の分まできっちり稼ぎんすから、体調が戻るまで勘弁してくんなまし」

女将  「早く治しな」

椿    「あい」


椿(M)  「おきちゃをうまく誘導すれば着物をなるべく脱がなくて済む。何としても隠し通さなくては」

 


◆3か月後―――


女将   「椿!!!」

椿    「お母さん、怖い形相で、どなんしたんぇ?」

女将   「なんだい!その腹は!!もともと細い子が最近太ってきたと思ってたら、どういうことだい!」

椿    「もっと早くに気づかれると思いんしたけど意外に遅かったでありんすなぁ」

女将   「蓮太郎!どういう事だい!」

椿    「蓮太郎を責めるんはお門違いでありんす。
     蓮太郎に着物脱いで見せる筈もありんせんのに気づく筈がありんせん」
     蓮太郎「申し訳、ありません」

女将   「こんなにでかくなっちゃあ下ろさせる事は出来ないね。
     蓮太郎!椿を奥座敷に連れて行って外に出すんじゃない!
     絶対他の女に気付かれるんじゃないよ、いいね」

蓮太郎  「判りました」

 


 

◆◆◆華屋・奥座敷◆◆◆


蓮太郎 「やっと奥座敷に入れたか。全く無茶する」

椿   「蓮太郎、蓮太郎!」

蓮太郎 「脳天気な声で呼ぶんじゃない」

椿   「だってこっち来て来て」

蓮太郎 「どれだけヒヤヒヤしたと思ってるんだ。くだらない事だったら許さない」

椿   「ほら触って?すごく良く動く子なんだから」

蓮太郎 「・・・、ホントだ。動いてる」

椿   「やっと、落ち着いた環境になったから喜んでるのかもしれないね、ふふ」

蓮太郎 「奥座敷に放り込まれて喜ぶなよ」

椿   「蓮太郎だってほっとしてたじゃん」

蓮太郎 「それは、その子が生まれるまでほんの少しだと言っても、客をつけずに済むから。」

椿   「ヤキモチやきのお父さんでちねー」

蓮太郎 「勝手にお父さんいうな!全く覚えがないわ!!」

椿   「蓮太郎の手はあったかいね。その手で撫でられると安心するみたい」

蓮太郎 「安心するのは椿だろう?この子が安心してるかどうかなんて判らない・・・、椿?おい、椿」

椿   「・・・すぅ、すぅ・・・」

蓮太郎 「寝てる・・・。ずっと、気を張り詰めていたんだな・・・。ゆっくり休めよ、椿」


蓮太郎(M)「ツクツクボウシとひぐらしの声も消えた初秋、華屋に一人の命が誕生した。
     女将は女の子である事を喜び、椿の体が仕事に耐えられるようになるまでと言う条件はついたが、
     奥座敷でひっそりと育てられた。
     赤子の頃から美しい顔立ちが容易に想像出来るその子は『竜胆』と名付けられ、
     ふた月を過ぎる頃、椿は華屋お職としての立場に引き戻され、
     乳母を付けて育てるだけの借金が新たに椿に課せられた。

 


 

蓮太郎 「年季、明けるのが伸びたな」

椿   「蓮太郎、あっちに年季明けなんてありんせん」

蓮太郎 「年季明けがないなんてそんな筈が無いだろう?俺は、椿の年季が明けるのを待ってる」

椿   「ここは苦界くがいなん優しいもんではありんせん。地獄でありんす。・・・っ」

蓮太郎 「胸が張って、痛いのか」

椿   「しばらくすれば出んようになると聞きんした。
    物好きなおきちゃは乳飲み子のように乳を欲しがりんすぇ?
    おかしなもんでありんす」

蓮太郎 「客の話は、よそう・・・」

椿   「さて、道中の支度も出来んした。久し振りのお座敷は何処のお殿様がおいでになりんしょうか」

蓮太郎 「ここ数日の椿のお開帳は久し振りっていうので随分と値が張っているそうです」

椿   「全く、どこの酔狂なお方が競り落としたやら。お母さんもおきちゃに容赦のない事でありんすな」

蓮太郎 「変わったな。椿」

椿   「どこが?」

蓮太郎 「幼さが抜けて色気と迫力が備わった」

椿   「年取ったとか言うんじゃないでしょうね、蓮太郎!」

蓮太郎 「誰もそんな事言ってない。・・・、やっぱり元の椿だった」

椿   「仕事終わったらあんみつ、どんぶり一杯食べたい!」

蓮太郎 「相当な量だぞ?それ」

椿   「山盛りの氷飴でもいい!」

蓮太郎 「もう時期的に氷飴はないだろう。て言うか、脳天凍り付きそうだ」

椿   「なんでもいいから甘いもの!」

蓮太郎 「台所に水ようかんが冷やしてあるよ。今日のお客が帰ったら持って行ってあげるから」

椿   「ほんと?!料理の上手な旦那さんってすごく素敵!」

蓮太郎 「旦那さんって・・・」

椿   「本当に年季が明けるなら、蓮太郎のお内儀さんになりたかったな・・・」

蓮太郎 「それって・・・、どういう」

椿   「そろそろ行かないと、また後でね」


蓮太郎(M)「結局その意味を聞かないまま、沢山の秘密を抱えたまま三年とういう歳月が過ぎ去っていった。」

 

 

 

 

椿   「弥平さん? 冷やでいいなら酒があるけんど?」

弥平  「お、いいね。貰おうか」

椿   「けんど、こう暑い日が続いたらもうたまりぃせんなぁ」

弥平  「へへっ、俺ぁついてる。若山一の見世のお職をタダで抱けるたぁ思いもしなかったぜ」

椿   「タダじゃあありんせんかもしれませんぇ?」

弥平  「金をよこせってんじゃあねぇだろぅ?」

椿   「ふふふ、どうでありんしょうなぁ。
    けんど、若衆でもない男が勝手に見世に登楼あがっても何も言われんの?」

弥平  「間夫って言っても遊女の間夫じゃねぇからなあ」

椿   「弥平さんは熟女がお好きなんでありんすな」

弥平  「よせよ。あんなババァ、金でも貰わにゃあ抱いたりするもんけぇ」

椿   「マメに通っておりんすが、一回でいくら程貰ってるんでありんしょ?
    ・・・、まんだ、触っていいとは言っておりんせん」

弥平  「触るぐれぇいいだろ?綺麗な肌してんなぁ。ババァとは大違いだ」

椿   「当たり前の事をいんせんでくんなまし。弥平さんも・・・、んふふ」

弥平  「一回十両は堅いな。まぁそんくらい貰わねぇと相手にゃ出来ねぇよ」

椿   「十両・・・」

弥平  「なんでぇ、不満そうな声出しやがって」

椿   「意外とせこい商売でありんすな」

弥平  「十両でせこいたぁ、大見世の花魁は言う事が違うねぇ。いんだよ、今の内はよ」

椿   「今の内?」

弥平  「もういいだろう?俺ぁもう我慢なんねぇ」

椿   「焦らされ慣れて無いんでござんすな。おぼこい事を言いんす。
     今の内ってぇどう言う事でありんしょ?」

弥平  「所帯持ってやるんだよ」

椿   「へ?」

弥平  「女将と所帯持ってやるって約束してんだよ」

椿   「ほ、本気で、そんな事考えておりんすか?」

弥平  「本気も本気よぉ。楼主と所帯もちゃあ、おめぇ、生涯遊んで暮らせるってなもんでぇ」

椿   「女将って言ったって所詮雇われの楼主でありんしょ?」

弥平  「何しみったれた事言ってんでぃ。あの女将はこの若山全部の楼主よ」

椿   「え」

弥平  「他の見世の楼主は全部雇われだ。それを牛耳ってるなぁ、この華屋の女将の筋だけさ」

椿   「全部の、楼閣、を?」

弥平  「どこの女をどの見世に移すか、主導権握ってんのはあの女将さ。
    女衒ぜげんや岡っ引きともつるんでらぁな」

椿   「・・・、もう、なんの話をしてるんだかあっちにはわかりんせん。
    弥平さんは小難しい事を考えていらしゃんすなぁ」

弥平  「お前ぇ、俺の女になれよ。
    年季明けたってどうせ女衒に連れ戻されて切見世で死ぬまで働かされんだからよぉ。
    俺の女になっちまえば、楽させてやんぜ?」

椿   「意味がわかりんせん。ふふ、弥平さんも堪え性の無い方」

 

―――――――――・・・・・・

 

女将  「一体どう言う積もりだい?!椿!!」

椿   「あちきは、回廊で涼を取っていただけでありんす。この頃蒸し暑い事が多いので」

女将  「それがなんで、弥平と寝る事になったんだよ!!この淫売が!!」

椿   「淫売に淫売と罵っても悪口になんなりんせん?誘ってきたのは、お母さんの間夫の方でありんす」

女将  「弥平が、そんなことするわけ無いだろう!」

椿   「は?・・・んふふ、うふふふふ」

女将  「何がおかしいんだい!!」

椿   「お母さんが、弥平さんがそんなことする筈が無いなん、
    おぼこいおなごのような事を口にするからおかしくて」

女将  「お、おぼこい、だって?」

椿   「男なん、信じる生きもんじゃありんせん?
    そんなん、お母さんがあっちらに教えてきた事と違いんせんか?」

女将  「な、んだってぇ?!」

椿   「あちきは本当に、回廊で涼んでただけでありんす。襦袢(じゅばん)の袂(たもと)と裾をはだけさせて、
    長煙管をふかしておりんした。
    そこに弥平さんが通りかかったんで、ちらと見ただけでありんす」

女将  「お前が!誘ったんじゃ無いかい!!」

椿   「いいじゃありんせんか。どうせ陰間上がりの男娼でござんしょ?変わりなんいくらでもおりんす」

女将  「弥平の変わりなんて!!いるわきゃ無いだろ!!」

椿   「随分、勝手な事ほざきんすなぁ」

女将  「なんだって?」

椿   「自分の間夫は特別でありんすか?あっちら女は掃いて捨てるほど変わりがいると豪語したその口で!
    自分の間夫に代わりはいないなんて良くもぬけぬけとそんな事言えしゃんすな!!
    藤姐さんがいなくなったら牡丹姐さんをお職につけて、その次はあっち!
    次は百合をつけるつもりでありんしょ?お職の代わりなんていくらでもいるって!」

女将  「お前、自分がなんだと思ってんだい?」

椿   「あちきにだって女の意地がありんす」

女将  「ふふふ、ははははは、あーーーっはっはっはっは!!!
    女郎ごときが女の意地たぁ笑わせてくれんじゃないかい!
    お前なんかよりもっと優れた女なんて山ほどいるんだよ!
    島原や新町や吉原に行ってみな!!
    自分がいかに田舎娘か思い知らされるだろうよ!!ははははは」

椿   「・・・っ」

女将  「悔しいかい?本当に女の意地があるってぇんなら股じゃなくて頭を使いな!!!」

 

 


 

蓮太郎 「椿・・・、弥平っていう男の屍体がお歯黒溝から上がったって」

椿   「・・・、女の愛情ではなく金と権力を選んだ、という事ね」

蓮太郎 「椿?なんの事?」

椿   「あたしも殺されるか、切見世に落とされるか、かな?」

蓮太郎 「なんで?」

椿   「女将の秘密を知ってしまったから」

蓮太郎 「秘密って・・・」

椿   「あんみつ、食べに行こう?」

蓮太郎 「そういう話をしてるんじゃないだろう?」

椿   「・・・お願い。最後に、なるかもしれないから、一緒に行こう?蓮太郎」

蓮太郎 「・・・、判った」

椿   「ありがとう」

 


 

◆◆◆甘味処[もみじ屋]◆◆◆


亭主  「お、椿花魁いらっしゃい。相変わらず綺麗だねぇ、って、なんでぇ!!その男は!!
    ままままま・・・!! ・・・まさか花魁の間夫だってんじゃないだろうな!!」

椿   「実はそうだったり。だんなさん、あんみつ二つ、お二階に運んでもらっていいでありんすか?」

亭主  「椿花魁に間夫・・・、椿花魁に間夫・・・。およよよよ(泣き崩れる)」

 

蓮太郎 「つまり、元華屋のお職で椿の姐女郎だった牡丹花魁の、姐女郎でもあった藤花魁は
    年季明けで一旦大門をくぐったものの女将が女衒ぜげんを使って連れ戻させて、
    切見世で働かせてた、って事か。この若山に年季明けで出られる奴はいない、と」

椿   「身請けの場合は連れ戻す事はできないけど、相当な金額の身請け金を請求される。
    結局若山の女郎は死ぬまで男を取り続ける以外の道はない。
    女将はその若山の主導権を全部握っているの」

蓮太郎 「椿は、どうしてそれを知ったんだ?」

椿   「藤花魁が切見世にいる事を知った時に、もうなんとなくこの仕組みがおかしい事に気付いたの。
    だから、少しずつ調べ始めたの。
    労咳病の藤花魁に牡丹姐さんを近付けさせたくなかったから、自分で看病するって言ったのも本心だったけど、
    気が触れてしまった藤花魁からたまに真実を聞けるという利点もあったの」

蓮太郎 「良く、女将が許したな」

椿   「藤花魁が完全に気が触れていると思って安心したんだと思う」

蓮太郎 「阿部様のご指名を受けたのは、牡丹花魁の身請けを頼みたかったから?」

椿   「そうしたかった。でも、その前に牡丹姐さんは亡くなってしまった」

蓮太郎 「逃げよう、椿」

椿   「え?」

蓮太郎 「ここに居て明日をも知れない命なら一緒に逃げよう」

椿   「年季明けの女郎さえ逃がさない若山が足抜けを許すわけがない」

蓮太郎 「だけどそれじゃあ椿が」

椿   「それにここに居る女達をそのままにして自分だけ逃げるなんてできない」

蓮太郎 「俺たちに何ができるっていうんだ」

椿   「手紙を書いたの」

蓮太郎 「手紙?」

椿   「竜胆に手紙を書いたの。竜胆がね初見世を迎える頃に、この手紙を渡して欲しいの」

蓮太郎 「椿が自分で渡せ」

椿   「出来ない事くらいわかるでしょう?」

蓮太郎 「・・・っ(声を抑えて泣く)」

椿   「蓮太郎・・・、蓮太郎・・・?泣かないで」

蓮太郎 「・・・、俺には、何も、してやれないのか・・・」

椿   「蓮太郎・・・、抱いて、欲しいの」

蓮太郎 「イヤだ。抱いたら、椿が消えてしまう気がして、抱けない・・・」

椿   「お願い・・・」

蓮太郎 「・・・、椿、椿」

椿   「・・・おきちゃにお開帳する時は、目を閉じて、蓮太郎を思って、
    蓮太郎の声を思い出して抱かれるの・・・
    そうしたら、どんなおきちゃだってイヤだなんて思った事なんてない」

蓮太郎 「・・・、離したくない、椿」

椿   「離さないで、ずっと待ってたの、蓮太郎の手を、指を、腕に抱かれるのを、ずっと・・・」

蓮太郎 「・・・っ、椿」

椿   「蓮太郎、好き・・・。ずっと、ずっと蓮太郎だけを思って生きてきたの。もう、離さないで・・・
    二度と、誰にも蓮太郎以外にはもう抱かれたりしない・・・」

 

蓮太郎(M)「無我夢中で椿を抱いた俺は、
     俺以外の男に二度と抱かれないという椿の言葉の意味をしっかりと理解していなかった。
     女郎である椿が他の男に抱かれるのを拒む方法はただ一つしかない事を失念していたのだ。

     梅雨が明けた晴天の朝、椿は自分の部屋で自害して果てていた。
     元は武家の娘だった椿は武家の娘として、白い帯紐で自らの両足を縛り、
     そこに封印と文字を書き、カミソリで首を切ったのだ。俺は泣けなかった。
     隣で報せに驚き、上がってきたもみじ屋の亭主が椿の遺体を抱いて悲痛な声で泣いた。
     つられるようにして女将や百合花魁も泣いていた。
     椿の遺言を遂行する為にも、今ここで泣き崩れる訳に行かなかったのだ。