花魁道中いろは唄~八葉~ あさき夢みじ ♀×2 / 白鷹

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

 

 

所要時間:30分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

◆登場人物◆

牡丹  ♀ 24歳

    遊郭の店の中でも屈指の人気を誇る『華屋』のお職
    遊郭の中を花魁道中として練り歩き美貌と立ち居振る舞いで人々の羨望を集めた遊郭
    トップクラスのお職。現在は肺を患い床に伏している

 

 

 

椿   ♀ 20歳

    可愛らしい顔と愛らしい仕草で客を魅了する『華屋』の花魁
    その人気から、様々な男から身請けの話を持ちかけられるが金千両払っても身請け出来ない
    椿を指くわえて見ているだけの客もいる
    噂では次の『華屋』お職だと言われている


 

――――――――

役表

牡丹  (♀)・・・
椿    (♀)・・・

――――――――――――――――――――――――
 

椿  「牡丹姐さん」

牡丹 「椿、どなんしんした。湯は、もう使ったんでありんすか?」

椿  「湯は百合と一緒につかいんした。湯殿で百合と子供のようにはしゃいで他の姐さん方に怒られんした」

牡丹 「百合だってもうすぐ新造出しが近い。二人共湯殿で遊ぶ様な年齢でもありんせんのに」

椿  「他の姐さん方にたっぷり怒られんした。もう、勘弁してくんなまし」

牡丹 「(軽く咳き込む)」

椿  「姐さん、体調がすぐれんのと違いんす?」

牡丹 「なんで」

椿  「蓮太郎から聞きんした。この所、膳の食事を残してる事が多い、と」

牡丹 「蓮太郎かい。あいつ、何でもかんでも椿に言んすな、全く」

椿  「だから、一緒に食べようと思って、今日はここに膳を運んでもらう事にしんした」

牡丹 「そんなに心配する事ありんせん。この間の風邪が長引いてるだけでありんす。
    今日も少し頭が痛むんでね、いくら椿が一緒に食べたって、
    食欲は変わんないよ(軽く咳き込む)」

椿  「なかなか、咳が止まりんせんな」

牡丹 「嫌な風邪を引きんした(咳き込む)」

椿  「少し、タバコ控えたらどうでありんしょ?」

牡丹 「ヤダね」

椿  「喉によくありんせん。姐さんは昔からちぃと吸いすぎな気もしんす」

牡丹 「酒と煙草くらいしか楽しみがないのに、簡単にやめられるもんじゃありんせん。
    椿だってやな客の相手するときゃ増えるでありんしょ?」

椿  「そさまの相手をしてる時は仕方がありんせん。
    けんどこういう時くらい控えた方がいいでありんす」

牡丹 「椿は元々好きでもないのに、そさまが吸うから仕方なくって所がありんすけんど、あちきはそうじゃありんせん。
    ・・・って!!!何してんだい!!!」

椿  「長煙管と煙管盆を窓から投げ捨てたでありんす?」

牡丹 「んな・・・」

椿  「きちんと食事を全部食べて、もみじ屋のご亭主が、
    喉の風邪には金柑と柚子の甘露煮が聞くと言って作ってくれたんで、
    それを食べたら元の通りにしてお返し致しんす」

牡丹 「そんな強引な事をしなくても」

椿  「姐さんの大きな胸がしぼんでしまったらそさまに申し訳が立たん!」

牡丹 「なんだい?その胸しか取り柄がないような言い方は!」

椿  「あっちは姐さんの大きい胸が好きでありんす」

牡丹 「は?」

椿  「姐さんに抱き締められて、胸に顔をうずめるとほんわり安心するんでありんす」

牡丹 「あっちは椿の母親じゃありんせん?」

椿  「知っとりんす。けんど、そさまもきっと大きい胸がお好きでありんす」

牡丹 「そさまの好きと椿の好きじゃ事情がかなり違っておりんすけんどな」

椿  「あちきももう少し胸が欲しかった」

牡丹 「大きいばかりがいいとは限りんせん。
    椿の細っそりとした体と絹のように滑らかで柔らかい肌は、そさまが触れて喜びんしょ。
    何より椿は綺麗な顔をしておりんす」

椿  「顔が綺麗なんは姐さんも同じでありんす。
    化粧もしとらんのに色香が漂っていて羨ましい」

牡丹 「あちきはもう少し可愛らしさが欲しかったでありんすよ。
    椿、全部食べ終わりんした。こんでいいなら煙管盆をとってきなんし」

 

――――――・・・

椿  「あい」

 

 

椿  「牡丹ねーぇさん」

牡丹 「椿、どなんしんした。夜見世は?」

椿  「月のもんが早めに来たんで休業でありんす。
    姐さんと月のもんが重なるなん滅多にないから一緒に休みたいなと思って来たんでありんす」

牡丹 「ちゃっかり枕まで持って来たんでありんすか」

椿  「えへへー」

牡丹 「全く・・・、そんな所におったら風邪をひきんすぇ。お入り」

椿  「あーい。あったかーい」

牡丹 「いつまでも甘えん坊で・・・。あちきが年季明けで出て行ったらどなんしんしょ」

椿  「今はそんなことは考えんせん。考えたら辛くなりんす」

牡丹 「すっかり寒くなってきんした(軽く咳き込む)」

椿  「姐さん、その風邪、よくなりんせんな」

牡丹 「こう、寒いと治るもんも治りんせん。しつこい風邪でありんす」

椿  「咳が出る以外はどこも悪くないんでありんしょ?」

牡丹 「咳のしすぎで胸が痛いくらいでありんすね。あとはなんとも・・・。
    風邪を引いていようが、寒さが厳しくなろうが若山は変わりんせんなぁ」

椿  「変わりんせんよ。
    そさまの中で誰が一番の男前か、どのそさまに抱かれたいとか、誰が誰のそさまをとったとか、どこぞの見世で足抜けがあったとか。
    話題になることなんそれくらいしかありんせん」

牡丹 「全く、みみっちい・・・」

椿  「姐さんは、抱かれてみたいと思ったそさまはおりんすか?」

牡丹 「おらん」

椿  「返事早っ」

牡丹 「そんなら椿はおりんすか?」

椿  「おらん」

牡丹 「人のこと言えた口か」

椿  「けんど、だから判らんのでありんす。そさまの一人や二人浮気したってなんとも思いんせん。
    悋気がないのかと聞かれると、ありんすよと言って嫉妬する振りはしんす。けんど判らんのでありんす。
    そさまの取り合いに発展する程大切なもんなのかどうか」

牡丹 「椿、それはおんし軽く嫌味でありんす」

椿  「嫌味?」

牡丹 「そさまの一人や二人と言うが馴染みのそさまが多くて全て把握なんしとりゃせんでありんしょ?
    大手の馴染みのそさまなら覚えていても半年に一度くるかこないか判らんようなそさま、
    おんしは覚えておりんすか?」

椿  「失礼でありんす。お座敷でお顔を見れば分かりんす」

牡丹 「顔を見れば、でありんしょ?名前だけでは?」

椿  「それは、自信ありんせん」

牡丹 「では、そのお方が別の見世で浮気したら?」

椿  「悋気云々前に気付かん」

牡丹 「でありんしょ?
    では、ありえない事とはいえ野沢屋の若旦那が浮気したらどなん思いんすか」

椿  「・・・、怒るべきだとは思いんすけど、仕方ないとも思う」

牡丹 「まぁ、そうかもありんせんな。
    許さないのはお母さんや遣り手で見世の立場上の事でありんすからなぁ」

椿  「難しいと思いんす」

牡丹 「・・・、で、ありんすね。悋気・・・、か。
    初見世の時に、一度だけ思いを馳せた事はありんす」

椿  「あ」

牡丹 「どうしてこんな皺だらけの手のじじいが自分の帯を解いているのか。
    幼い頃、郷で将来を誓った方でない事が悲しくて、辛くて、破瓜の痛みと共に涙を流して泣きんした」

椿  「それは、あちきもそうでありんす」

牡丹 「おんしは近くにおるから尚更でありんすな」

椿  「・・・あい」

牡丹 「蓮太郎はおんしの初見世の夜を、どう、過ごしたのでありんしょうな (軽く咳き込む)」

椿  「初見世の夜は色々ありんしてきっと考える事なんできんせんでした」

牡丹 「そうでありんしたね。そう、確かに普通では考えられない初見世 (激しく咳き込む)」

椿  「姐さん?きちんとお医者様には見ていただいておりんすか?」

牡丹 「そんな大袈裟な・・・(咳き込む)」)

椿  「でもそんなに咳が長く続くんはおかしいでありんす?」

牡丹 「ほんに、嫌な風邪(激しく咳き込む) か・・・、はっ(吐血の様な感じ)

椿  「姐さん?!?!」

牡丹 「ゲホンッ!ゴホン!ガ・・・ッ、うぇ」

椿  「姐さん!!しっかりしてくんなまし!!姐さん!!牡丹姐さん!!!」

――――――・・・

 

牡丹 「・・・っ、・・・、ん」

椿  「気が付きんしたか?姐さん」

牡丹 「椿・・・?あっちは・・・」

椿  「姐さん、良かった。気が付いて」

牡丹 「あっちは・・・、あれから」

椿  「忙し過ぎたんでありんす。
    ほんの少し疲れてるだけでありんすから、ゆっくり寝たら治りんす」

牡丹 「椿・・・」

椿  「横になっとってくんなまし」

牡丹 「嘘は、つかんでもいいんすぇ?」

椿  「嘘なん、そんな事、今更姐さんに嘘なんつきんせん?」

牡丹 「そんじゃあ、今、後ろに隠した手拭い見せてくんなまし」

椿  「これは・・・!」

牡丹 「血が滲んでるその手拭い。その血はあちきのもんでありんすな?」

椿  「・・・っ」

牡丹 「あちきは、労咳病にかかったんでありんすな」

椿  「違いんす」

牡丹 「椿・・・」

椿  「血ぃ吐いたらなんでも労咳病だと、いう訳ではありんせん」

牡丹 「そうか」

椿  「そうでありんす」

牡丹 「そんなら、心配せんでもいいでありんすな」

椿  「姐さん、食事を」

牡丹 「仕事しなんせ?椿」

椿  「え」

牡丹 「行水なんて嘘をついて、様子を見に来ただけでありんしょう?」

椿  「・・・っ」

牡丹 「労咳病でなくて心配せんでもいいんなら、椿は見世の支度をしてそさまをとれんすね?」

椿  「それは・・・っ」

牡丹 「あちきは胸が痛いしひどい風邪を引きんした。
    行水も兼ねてしばらく休業を取らせていただきんす、とお母さんに伝えに行く事ができんすな」

椿  「あ・・・」

牡丹 「あちきはこんな奥座敷に隔離されんと自分の部屋で休める筈でありんしょう?!」

椿  「姐さん!!」

牡丹 「椿!!」

椿  「ごめんなんし・・・。ごめんなんし。姐さん、ここで寝てくんなんし」

牡丹 「一人にしてくんなんし」

椿  「あい・・・」


椿  「・・・っ、ぅうう、・・うう・・・。うあああああああ・・・」

 

​――――――・・・

 

 

牡丹 「藤姐さんは、あちきを連れていくために戻ってきたんでありんしょうか」

椿  「あら、姐さん。簡単に連れて行かれるつもりでありんすか」

牡丹 「あちきに選ぶ事なん出来んせん」

椿  「くだらん事言う暇あるんなら、卵粥を食べなんし」

牡丹 「あっつっ!」

椿  「看病始めて気付いた事がありんす」

牡丹 「ん?」

椿  「姐さんが意外にも猫舌だったって事でありんす」

牡丹 「余計な事ばかり目について」

椿  「食べ終わったら、身体を拭いて差し上げんす。
    きれいな寝間着に着替えてしっかり布団被ってくんなまし。 部屋の空気を入れ替えんす」

牡丹 「(激しく咳き込む)」

椿  「姐さん!」

牡丹 「なぁ、椿・・・。あちきは死ぬんでありんすな」

椿  「死にんせん!」

牡丹 「(咳き込む) 死にたくない・・・」

椿  「姐さん」

牡丹 「死にたくありんせん!死ぬのは怖い!・・・、助けて・・・、椿。助けて、椿!!」

椿  「必ず、お助けしんす!だから、姐さんは治った後の事を考えとってくんなんし!」

牡丹 「みっともないでありんすな・・・。子供みたいに泣いて(激しく咳き込む)」

椿  「みっともない事なんありんせん。あちきが絶対にお助けしんす。
    労咳病から生きてるあちきがここにおりんす。」

牡丹 「ゲホ・・・、はぁ、はぁ」

椿  「汚れた寝間着を着替えんしょう。この病は清潔が大事だと聞きんした」

 

 


椿  「姐さん、食事でありんす」

牡丹 「椿・・・。もう、いいよ・・・」

椿  「弱音を吐くなん、牡丹姐さんらしくありんせん。もう少しで、治りんす」

牡丹 「ゲホゲホッ!がは・・・(吐血)・・・。はぁ、は・・・・」

椿  「生きて・・・、姐さん!死なないで!!」

 


椿  「姐さん、牡丹姐さん。雪が降っていんす」

牡丹 「どうりで、今朝方から冷え込むと思いんした」

椿  「掛布をもう一枚お持ちしんしょうか?」

牡丹 「椿、ここにいてくんなまし」

椿  「そんなら、白湯だけ持ってきんす」

牡丹 「椿はここにいるのが嫌になりんしたか?」

椿  「まさか?そんな事思った事なんありんせん。
    あちきが姐さんから離れたくて用事を無理に作っているように思いんしたか?
    年をとるとそんな被害妄想が生まれるといいんすけんど、ちぃと早すぎやしんせんか?」

牡丹 「相変わらず、舌のよくまわることでありんすね。けんど、その憎まれ口ですら椿らしい
    その可愛らしさが、そさまを繋ぎ止めるのでありんしょうか」

椿  「さぁ。あちきにはわかりんせん。」
牡丹 「障子を閉めておくんなまし。ちぃと・・・、冷えて参りんした」

椿  「あい。さっきまで粉雪だったんに、吹雪いて来んしたぇ」

牡丹 「この雪は積もりそうでありんすね」

椿  「雪が深いと、そさまの足が遠のいてしまいんす。お母さんの機嫌が悪うなってしまいんす」

牡丹 「ほんに、廓で待つ事しか出来ないあっちらに当たったところで
    そさまも増えやせんのにお母さんのその癖だけは困った事でありんすぇ」

椿  「牡丹姐さんがお母さんにそう言ってくんなまし。
    お父さんも、お母さんも姐さんにはなんも言えせんのでありんすから」

牡丹 「もう、あちきの時代は終わりんした。お母さんもこんな風になったあちきの言う事なん聞きんせん
    これから、華屋のお職として、姐も妹も束ねて行かねばならんのは椿、おんしでありんす。

椿  「お職なん・・・、自信がありんせん。それに姐さん、姐さんにはまだ一年年季が残っておりんすぇ?」

牡丹 「年季明け・・・。あぁ、そんなもんもありんしたな」

椿  「早々と引退しようなんずるい事いいしゃんすな」

牡丹 「そうで、ありんすな」

椿  「それに、あちきにはまず、姐さんの様な図々しさと度胸がありんせん」

牡丹 「椿?」

椿  「あい?」

牡丹 「度胸はいいとしんしょう。図々しいとはどういう意味でありんすか?」

椿  「あっちは間違ったことは言っておりんせん?」

牡丹 「ほんに・・・、可愛らしい顔の割に頑固でありんす」

椿  「でも、しわ虫太郎をあしらうんに、
    京の都のおなごの様な痛い嫌味で追い返す事が出来るんは姐さんくらいなものでありんすぇ?」

牡丹 「そんなに強烈でござんしたか?」

椿  「華屋の中で・・・、いえ、この若山で知らんもんはおりんせん
    あの時の武勇伝は語り草になっておりんすぇ?
    あちきもまだ新造でありんしたがいつかあんな風にそさまを追い返してみたいでありんす」

牡丹 「『主さまは座敷遊びにこなれた粋な方でございんすなぁ。
    羽振りも良くていらしゃんすがそれを鼻にかけないところなん、あちきはいいそさまに恵まれんした。
    おなごの立場もよう分かっておりんす。
    今宵は初会でありんすから本来ならお泊まりはお断り致しんすが、どうぞお泊りになって行ってくんなまし。
    愚かな女郎は皆下がらせんすので、主さまお一人でごゆっくりと冷えた湯漬けなどもお召し上がりになって行ってくんなまし』」

椿  「姐さんの様に、若山の中でも頂天を極めたおなごにそう言われるんはそさまも恥なのでござんしょう?
    よたろうは何やら訳の判らんことを喚いてかえりんした。」

牡丹 「金子があるからと花魁達を女郎女郎と蔑みバカにして無理難題を押し付けるよたろうが、
    あれくらいの報復なん当然の報いでありんしょ? (激しく咳き込む)」

椿  「姐さん!無理をなさらないでくんなましっ。横になってくんなまし」

牡丹 「・・・、あっちは、こうして何人もの花魁達も看取ってきんした・・・。
    奥座敷で痩毒や中条流に失敗しんして苦しみ泣き濡れる大切な妹も姐も看取ってきんした
    とうとう今度はあちきの番が回ってきんしたなぁ・・・」

椿  「牡丹姐さん、そんな弱気な事を言わないでくんなまし!・・・死にたくないと、言んしたぇ?」

牡丹 「労咳になってもうひと月、手も足もこんなにか細くなりんした。髪もやせ細って乱れておりんす
    そさまの前に出られなくなった花魁は奥座敷でひっそり消えていくのがならわし」

椿  「病が治りんしたら、また華やかなお座敷でそさまを迎えてくんなまし」

牡丹 「椿、今まで看病してくれてありがとう。でも、あちきはもう長くありません。それくらい判りんす」

椿  「病は気からと言いしゃんす。ちぃとばかり気が弱くなっているだけありんす
    姐さんはずっと気を張り通しでいらしゃんしたから。ここらでちぃとばかり休んだって罰はあたりんせん」

牡丹 「椿はあちきが花魁になって始めて育てた大切な妹
    文句ひとつ言んせんと仕えてくれた椿を置いてゆくのは心配でありんすが、椿を看取らずに済みんした
    椿は何よりの姐孝行者でありんすなぁ・・・」

椿  「嫌でありんす!そんな事を言わんでくんなまし!
    牡丹姐さんにはお武家様の長男でありんした、幼馴染の新之助様が身請けに来ると約束がありんしょ?
    それを待たずに逝きなんすか?!」

牡丹 「所詮は身分違いの淡い恋。雪のように地に落ちて声無しとはよう言うたものでありんすなぁ」

椿  「事情があってちぃとばかりお迎えに来るのが遅れているだけでありんす。
    そんな短気を起こしんすは、牡丹花魁らしくありんせん」

牡丹 「風の便りに聞きんした。新之助様はとうに同じ武家の姫君と祝言を済ませたそうでありんすぇ?」

椿  「新之助様にも、やむにやまれぬ事情があったのでござんしょ?お武家様同士の祝言は逃れようのないものでありんす」

牡丹 「祝言は祝言。事情がありんしたとしてもあちきの事など覚えてはおりんせん」

椿  「武家の当主は正妻でなくとも何人ものおなごを抱えると聞いておりんす。
    牡丹姐さんだって正妻でなくとも新之助様の想いを受け取ることだってあるやもしれんぇ?」

牡丹 「・・・、そう言えば、椿は、なぜ廓に来たのでありんすか?」

椿  「姐さんはご存知ではありんせんでしたか。 あちきの母は武家さんの飯炊きでござんした。
    飯炊きとはいえ美しいおなごだったそうでありんす。殿様の目に留まりあちきが産まれんした。
    けんど、殿様の正妻さんは嫉妬と執念で出来てるようなおなごでありんした。
    体の丈夫な方でなかった母は仕打ちに耐えられず、しばらく後、労咳病を患いに命を落としんした。
    そうなれば当然、あちきは本家のおかみさんにとって目障りな存在。
    そして家が傾きかけた事情もあってお家立て直しの為に廓に売られたのでござんす」

牡丹 「椿は、武家さんの生まれでありんしたか。
    なるほど、元より学識があったんも芸事の飲み込みが早かったんも納得が行きんした。
    場合が場合ならお姫ひいさんでありんしたなぁ」

椿  「所詮は妾腹。お姫ひいさんなんとんでもない話でありんす」

牡丹 「ここは、さらわれたり、売られたり・・・
    似たような身の上のおなごたちの集う遊郭は椿の性分にあっていたのでありんしょうか。
    椿の口から外に出たいとは聞いたことがありんせんな」

椿  「若山の外に憧れを持つ女郎は沢山おりんす。
    けんど、憎まれ疎まれ続けた母の事を思うと、内も外も大して変わらんなぁ、と思いんす」

牡丹 「おなご同士の争いに巻き込まれ、辛く人を憎む事もありんしょ?」

椿  「若山での争いは気にはなりんせん。甘いもん食べて一晩寝ればまた変わらん一日が参りんす。
    ・・・、ただ一度人を憎むことがありんしたなら、あの時をおいて他にはござんせんした」

牡丹 「あの時?」

椿  「華屋に買い取られたことを知りんせんと、父と兄がここにおきちゃとして来んした時でありんす」

牡丹 「父君が・・・来なんしたか」

椿  「実の娘を遊郭に売り、その金子で家を建て直し、安泰したのをいい事に
    あちきの身請けでなく、買いにくるとはなんとも薄情な男がおりなんすなぁ」

牡丹 「殿方とは過去のおなごの事は忘れ去る生き物なのでありんしょうか・・・。
    あちきももう新之助様をまつこともありんせん」

椿  「姐さんのいい人は他の殿方とは違いんす。信じて待ってあげなんし」

牡丹 「あちきが廓に来て早十六年の歳月が流れんした。さしもの新之助様も覚えてはおりんせん」

椿  「牡丹姐さんにとってそれが心の支えなら、新之助様は必ずおいでになりんす」

牡丹 「椿はほんに心遣いのできるいいおなごでありんすなぁ・・・。けんど、嘘をつくのはよしなんし」

椿  「牡丹姐さん?」

牡丹 「新之助様が、そさまとしてここに通っている事は知っておりなんす」

椿  「・・・っ」

牡丹 「道中で見掛けた椿に執心で足しげく通っているのでありんしょう?」

椿  「牡丹姐さん!あちきは、新之助様に床入りを許してはおりんせん!!」

牡丹 「あちきに遠慮しておりんすか?新之助様はぞっとするような色男でござんしょう?
    金払いもよく女郎にとってはこれに尽きる殿方はおりんせん」

椿  「あちきにとってそさまは皆同じでありんす。とのたちはみなそさま。
    男にすがって生きて行こうなん願いもしんせん!」

牡丹 「まこと、椿は強いおなご。今更あちきのいうことでもありんせんけんど・・・」

椿  「なんでござんしょう」

牡丹 「椿、今生を幸せにおなり?これから険しい道のりになるやもしれん。
    華屋のお職はウチの筋だけでありんす。辛いことも沢山ありんしょう」

椿  「あちきは花魁のままがいいでありんす。華屋のお職は牡丹姐さんだけやと思っとりんす」

牡丹 「こんに、かわいい椿の理想になれて、あちきは果報者でありんした・・・」

椿  「そんな遺言みたいなことを言わないでくんなまし!」

牡丹 「『体は売っても心は売るな』」

椿  「・・・、・・・姐さん?」

牡丹 「あっちら廓のおなごは、身一つで売られ多くのおなごたちが身一つのまま奥座敷で天寿を全うする
    ならば、あっちらに許されたたった一つの己の物はこの心一つ
    体は殿方の戯れにされても心までは誰にも許しゃせん」

椿  「『体は売っても心は売るな』・・・、でありんすか?」

牡丹 「二年前、あちきは五十万石の斎藤の殿様に見初められ見受けの話を切り出されんした」

椿  「五十万石のお大名様。そんないい話がありんしたか。
    お母さんは乗り気で進めようとしんしたんではありんせんか?」

牡丹 「随分と長々と説得されんしたよ。
    けんど、この遊郭で客の戯れものにされ続け、外に出て・・・
    尚殿方の慰み者として生きるんは己の心がきりきりと悲鳴を上げて痛んでなぁ」

椿  「身請けの話は華屋にとっていい話でござんしょう
    けんど、あちきもこの先そんな話がありんしょうが受ける事は考えておりんせん」

牡丹 「己の心は己の物。あちきもこの心を抱えたまま天寿を全うする事が出来んすぇ」

椿  「牡丹姐さん!そんなこといわんでくんなまし!まんだ天寿を迎えるのは早すぎでござんしょ」

牡丹 「椿、聞き分けの悪い子供みたいな駄々をこねるんじゃござんせん」

椿  「生きたいと言んした!死にとうないと姐さんは言ったじゃありんせんか!」

牡丹 「もう、無理だと、さしものあちきにも判りんす」

椿  「白湯を持ってまいります。」

牡丹 「椿、もちっとここにいなんせ」

椿  「手拭いも洗ってきんす」

牡丹 「椿?あっちにはなぁ、今日、お迎えが来ることは何となくわかっていたのでありんす」

椿  「姐さんの思い違いでございんす」

牡丹 「遊郭より身請けによってあがる女郎の祝い膳は、
    小豆の紅ままと真っ白なままで飾られたきれいな膳で送られんしょ?
    けんど、あちきの行く先にそんな華やかな飾り膳はいりんせん」

椿  「祝膳なん、姐さん、何の話をしておりんすか」

牡丹 「椿、あちきを看取った後、祝い膳を炊いておくんなまし、
    真っ白な膳を供えて・・・ (咳き込む)」

椿  「姐さん!!そんなこと言わないでおくんなまし!」

牡丹 「今日は、ずぅっと重かった胸の痛みがなくなりんしてなぁ。久し振りに身体が軽いのでありんす
    このまま、風に乗って郷へかえれるかもしれんなぁ・・・」

椿  「嫌でありんす!姐さんがいなくなったらあっちはこれから誰に教えて貰えばいいのでありんすか?!」

牡丹 「もう、椿に教える事はなんにもありんせん」

椿  「年季が明けるまであと少しでありんす!」

牡丹 「もう・・・、堪忍・・・、して、おくんなまし・・・、椿。
    苦界は十分に知りんした」

椿  「そう、思うんなら、これから幸せを知らんとなりんせん!」

牡丹 「幸せ・・・、幸せ。椿、よう考えたらあちきは幸せだったんかもしれん。
    椿を妹に持って、育てて妹とはこんに可愛いもんかと思いんした。
    若山を共に歩いて、姐さん姐さんと暇があればついて回って、思えば椿に沢山の幸せを貰いんした。
    これ以上望んだら、神さんに贅沢だと怒られてしまいんす」

椿  「神さんはそんな心狭くありんせん!もっと沢山望んだって構わんでありんす!」

牡丹 「菖蒲は束の間でも幸せを感じたんでありんしょうか。
    淡墨は未だに小田切の殿さんを心に思っているのでありんしょうか?
    水仙は月乃介さんと彼岸で祝言を挙げたんでありんしょうか・・・。
    藤姐さんは幸せを求めて生まれ変わったのでありんしょうか (激しく咳き込む、吐血する)」

椿  「姐さん、もう喋らんといてくんなまし」

牡丹 「そんなに泣いて、子供のようでありんすぇ?」

椿  「姐さん!だって姐さん!!」

牡丹 「涙が出るんも生きてる証。笑うんも、怒るんも・・・、生きてるからできる事。
    そんなら椿、目一杯泣いて、・・・笑って、怒って、喧嘩して、生きて行くのでありんすぇ?」

椿  「姐さん、もう、喋らんでくんなまし、血が、血が止まらん・・・」

牡丹 「ありがとう、椿・・・、今生はこれにて・・・、おさらばえ・・・」

椿  「ふ・・・っ、・・・、ね、えさん?姐さん?姐さん?!
    嫌じゃ・・・。姐さん!姐さん!!返事をしてくんなまし!!」

牡丹 「・・・」

椿  「姐さん!姐さん、いや、目を開けて、もう一度あっちをみてくんなまし!!こんなんいやや!!
    牡丹姐さん!!いやああああああああ!!!!!」