花魁道中いろは唄~七葉~ 今日越えて ♂×2 ♀×4 / 白鷹

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所要時間:40分程度
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2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

牡丹  (ぼたん)  ♀ 25歳

    遊郭の店の中でも屈指の人気を誇る『華屋』のお職
    遊郭の中を花魁道中として練り歩き美貌と立ち居振る舞いと教養の高さを誇る
    人々の羨望を集めた遊郭トップクラスのお職
    水揚げ後、異例の早さと若さでお職に選ばれた実力者


 

椿   (つばき)  ♀ 19歳

    可愛らしい顔と愛らしい仕草で水揚げ前の振袖新造時代から客に絶大な期待をされていた
    水揚げ年齢が近くなった頃から、『華屋』では先触れを出して客を呼び込み
    椿の水揚げには破格の花代が付けられたにもかかわらず、御開帳には申し込みが殺到した
    現在は花魁として活躍し次代お職の噂が立っている


 

藤   (ふじ)    ♀ 35歳

    元々は華屋、牡丹の先々代のお職。
    7年前に年季明けを迎えて大門から出て行った筈だが
    なぜか羅生門河岸の切見世長屋の線香女郎として働いていた。
    真面目な性格で、年が進んでもしとやかな色気をまとう美女
    現在は気が触れてしまっているので、まともな会話は望めない


 

万吉  (まんきち) ♂ 26歳

    髪結いで生計を立てている若者。快活で明るく人懐こい愛嬌のある青年
    惚れぬいた女と駈け落ち同然で所帯を持ち幸せに暮らしている
    遊び心が多彩で遊郭でも内儀さんの目を盗んでは遊んでいる


 

吾平  (ごへい)  ♂ 25歳

    酒屋、市丸屋の次男坊でその立場上奔放に遊んでいる。
    遊郭でも色々な見世をうまくかいくぐりながら遊んでいる
    まだまだ遊び足りないとの考えで結婚の予定はないが実は慎重な青年


 

女将  (おかみ)  ♀ 31歳

    華屋の女将。見世の経営を遣り手任せにはせず自らもせわしなく働く
    自分の見世の女郎たちをとても可愛がっており、何か女郎が失敗した時なども身体に傷を付けない為
    折檻はせず、仕置き部屋に閉じ込める程度で済ませるなど、大切にしている

 



 

エキストラ
亭主  ♂ 50歳 甘味処、もみじ屋の亭主(万吉と兼任)
水仙  ♀ 20歳 華屋の花魁(女将と兼任)

 


 

――――――――

役表

 

牡丹  (♀)・・・
椿    (♀)・・・
藤    (♀)・・・
吾平  (♂)・・・
万吉 + 亭主 (♂)・・・
女将 + 水仙 (♀)・・・

――――――――――――――――――――――――
 

◆◆◆茶屋・甘味処[もみじ屋]◆◆◆

 

 

椿   「だんなさーん、お抹茶と白玉ぜんざいと団子三つ、栗饅頭一つ下さいな」

亭主 「おう、椿花魁、今日も元気だなっ」

牡丹 「聞いてるだけで胸が悪くなりんす。あちきはお抹茶だけ戴こうか」

亭主 「お、こりゃあ珍しい、牡丹花魁もご一緒ですかい」

牡丹 「椿が一緒に行こうと駄々こねるもんでね、仕方なく出てきたでありんすよ」

亭主 「もみじ屋の甘味は若返ると噂があるんですわ。牡丹花魁もそろそろ通ってみたらいかがです?」

牡丹 「余計なお世話だよっ!!!」

椿   「でも姐さん最近化粧の乗りが悪く・・・」

牡丹 「だまらっしゃい!!!」

万吉 「旦那、薄茶と団子を二つずつくれや」

亭主 「へい、毎度」

吾平 「でよう、その女年食ってるがえらい別嬪だって言うからよ。
    あんな羅生門河岸の切見世長屋でまさかそんなのがいるたぁ思わねぇだろ? 
    こちとら大事な用事があるわけでも家で内儀さんが待ってる訳でもねぇしよ。興味本位で待ってみたんだよ」

万吉 「待ったってぇこたぁ、なんでぇ、そんなに人気があるのかい? そのぅ、なんだ。藤とか言う女」

牡丹 「・・・、藤?」

椿   「藤って、姐さんの姐さんもそんな名前でありんしたな」

万吉 「ちょおおおっと待ったあああああ、そこに居るのは華屋の牡丹と椿じゃねぇか?!」

牡丹 「いかにもそうでありんすが、そんな大声張り上げんといてくんなまし。
    余計に人が集まっちゃあ、休むに休む事ができやせんじゃございませんか」

万吉 「そりゃ、まぁ、そうだがよ。いや、すまねぇ」

吾平 「か~~~、たまんねえ色気があるな。いやさすが大見世の花魁は迫力が違うぜぃ」

牡丹 「ちぃと、その藤と言う女の話、聞かせてくんなまし」

吾平 「そんな、大見世の女が気にかけるような女じゃねぇぜ?」

椿   「姐さん、お話が聞きたいなら、ただで聞かせて貰おうなんて甘い事言ってちゃいけません?」

牡丹 「甘いのはおんしの口の中でありんす」

椿   「こうして、牡丹姐さんの着物の合わせをはだけさせて、聞くんでありんす」

牡丹 「何してんだい!」

万吉 「聞くって、何が知りてぇんだい」

椿   「ほぉらね?」

万吉 「贅沢いやぁ、もちっとだな」

椿   「こうでありんすか?」

牡丹 「椿!!」

万吉 「いや、ありがてぇ。盆でもねぇが仏壇に手ぇ合わせにゃあならんな」

吾平 「話すのは俺だろが」

万吉 「おう、その、藤って女のこと洗いざらい全部喋っちまいなっ!!」

吾平 「おめぇってやつは、全く。いやぁしかし、いいおっぱいしてんなぁ・・・」

牡丹 「あんたもちゃっかり見てんじゃないかい!!」

吾平 「羅生門河岸の女だがよぉ、会ったはいいんだが頭がいかれちまっててよ、別嬪は別嬪だが・・・
    ちぃとおかしなままごとに付き合わにゃあならんのよ。」

万吉 「ほぉ? 女ってのはいつまでたってもままごとが好きな生きもんだがよ、さすがに大年増がやってるっちゃあ腰も引けらぁな」

牡丹 「ままごと・・・、でありんすか」

吾平 「おう、自分は華屋のお職だっつってよ」

万吉 「ぶっふぉお!!」

椿   「華屋のお職は姐さんだし、羅生門河岸の切見世でおかしなことを言うもんでありんすね」

牡丹 「藤・・・、華屋お職、・・・年増・・・、まさか・・・」

吾平 「三度のしきたりを踏んでくれなきゃあ、抱かせねぇってんだからよ。吹き出しそうになっちまったぜぃ」

万吉 「俺ぁお職で吹いたぜ」

椿   「本格的でありんすな」

吾平 「まぁ、三度ってったってよ、線香一本一度だし、十文が三十文になってもたかが知れてるしよ。
    付き合ってやったんだが、まぁ確かに完璧な廓言葉使っちゃあいたな」

牡丹 「三度のしきたり、廓言葉・・・」

椿   「近頃の切見世じゃあ廓言葉は流行っているのでありんすか?」

吾平 「しらねぇなあ。俺も興味本位で覗いてみただけだしよ、普段は小見世で遊んでるから、
    あんまり切見世に行ったなんていう噂は流されたくねぇしな」

万吉 「んで、実際のとこどうだったよ」

吾平 「実際のとこ?」

万吉 「抱いたんだろ? 技芸はどうだったかって聞いてんだよ」

吾平 「おお、そりゃあ別嬪だし、いい身体してたし、何にしても良かったぜ。
    まあ、あれなら倍出してやっても良かったかもな」

牡丹 「羅生門河岸の長屋切見世でありんすな」

吾平 「おう! ってぇ、どこいくんでぃ! まさか見に行くとか言うんじゃねぇだろうなぁ!」

牡丹 「そのまさかでありんす」

椿   「ええええええええええ?!?!」

万吉 「いや待て待て待て待て! あんたみたいな大見世の牡丹様が行った日にゃあ大騒ぎにならぁな!」

吾平 「そりゃ、お職を騙ってるって事に腹がたつのも判るがよぉ。そんなもん誰が聞いたって信じるもんじゃねぇし放っときなって!」

万吉 「そもそも切見世とあんたじゃあ格が違い過ぎらぁな」

吾平 「それに、そいつ線香二本の間はブツブツ呟いてみたり、居住い正してみたり、とにかく気が狂っちまってるんだからよ」

牡丹 「・・・、取り乱してすまん事をしんした」

椿   「ホント、びっくりするから、もう。勘弁してくんなまし」

牡丹 「そちらの、切見世に行ったお方、お名前をお伺いしてもよろしゅうござんすか?」

吾平 「お、俺ぇ?!」

牡丹 「あい」

吾平 「お、俺ぁ市丸屋っていう酒屋の次男坊で、吾平って言うんだ」

牡丹 「市丸屋、吾平様でございんすな」

吾平 「牡丹花魁に名前覚えて貰えるなんて、俺はもう死んでもいいぜ」

牡丹 「大袈裟でございんすな。けんど、生きてくんなまし?」

椿   「そちらの男前様はどちら様でありんしょうか?」

万吉 「お、俺は髪結いの万吉ってんだ。内儀さんがいるから派手に遊べないんだがよ」

牡丹 「吾平様? 明日の未時、今一度この茶屋の二階にてお待ち申し上げ致しんす」

吾平 「へ? へ?」

椿   「んもーっ、姐さんてば思い込んだら絶っっ対実行しないと気が済まないんだから!
    あちきもお手伝い致しんす! 万吉様? 内儀さんに内緒で、いかがでございんしょう?」

万吉 「そりゃあもう応えるしかねぇわな! な? な? 吾平」

吾平 「そんな金ねぇよぉ・・・」

牡丹 「お金なんいりんせん。羅生門河岸までお付き合いいただけるのでありんしたら」

万吉 「おうともさ! 羅生門河岸だろうが、大門だろうが、お歯黒溝一周だろうがどこまででも付き合うぜぃ!」

吾平 「俺ぁよぉ、若山ん中の出来事は若山ん中、外は外って割り切って遊ぶ主義だし、乗り掛かった船だから手伝わねぇ事も無いが、
    この駆け引きで俺や万吉の身の上に危険が降りかからねぇって保障はしてくれ
    特に万吉にゃ、家で内儀さんが待ってんだ。それを忘れてくれんなよ」

牡丹 「決してお二方にご迷惑はお掛けしないとお約束いたしんす」

 


◆翌日―――

吾平 「いや、やっぱ大見世の女は小見世の女とは違ぇな。いい思いさせてもらったぜ」

牡丹 「何をおっしゃいますやら、この! 遊び人が!」

吾平 「痛ぇ!」

牡丹 「小見世の遊女を炙り出していじめ倒したくなるくらいにはお上手でござんした」

椿   「万吉様は随分慣れておいででいらしゃんすね。気を遣ってしまいんした」

万吉 「くっそ、早まって内儀さん貰うんじゃなかったぜ」

吾平 「何言ってんだ、好き合って祝言あげたくせによ。それに大見世に通う金なんてねぇだろ」

万吉 「まぁな」

吾平 「さて、支度ができたら羅生門河岸、行くか」

牡丹 「あちきはいつでも参れんすよ」

椿   「あっちも大丈夫でありんす」

万吉 「行くぞ」

 

 

吾平 「あすこの長屋だ。けど、外からじゃ確認するのは難しいな。どうしたもんか」

椿   「頭がイかれちまってんでございんしょ? 花魁道中ごっこすれば外に出て来るんじゃござんせんか?」

万吉 「・・・」

吾平 「・・・、なるほど」

牡丹 「二人共外見に惑わされがちでございんすが、椿は次代お職の肩書きを持つ花魁でございんすよ
    機転の早さはそんじょそこらの女郎に負けやせん」

椿   「まずはどちらかがお客として入って貰わんと、入ったらよく聞こえるように声を張ってくだしゃんせ。
    『藤花魁のおなーりぃー!』と」

牡丹 「・・・っ」

万吉 「そんなら客にならなくてもこっから叫びゃあ聞こえそうなもんだがよ」

椿   「それもそうでありんすね」


牡丹(M) 「幾度、その掛け声を聴いただろう、藤姐さん・・・」


万吉 「藤花魁のおなーーーーりぃーーーーー!」


牡丹(M)「出て来ないで欲しい。どうか、神様、お人違いでありますよう。
     あちきの姐さんは年季が明けて今は沢山の幸せを手にして笑っている筈。
     こんな、溝の腐った臭いがする羅生門河岸の切見世長屋になんている筈が無い。
     何屋なのかも判らない、暖簾も提灯も下がっていない、
     土壁が崩れて骨組みがはみ出しているような長屋になんていない」


万吉 「出て来たぞ」

牡丹 「・・・・・・っ!! 藤・・・、姐さん!!」

吾平 「なんだって?」

椿   「やっぱり、そうでありんしたか。姐さん、牡丹姐さん。これからどうしたいんでありんす?」

万吉 「あんた、気付いてたんかい」

椿   「牡丹姐さんの様子がおかしい事くらいしかわかりんせんでした」

牡丹 「連れて、帰りたい!そんで・・・」

椿   「万吉さん、吾平さん。申し訳ありんせんけんど、連れて帰るまでお手伝いしていただけんでしょうか。
    こんな事もあろうかと二両、持ってきんした。華屋の裏口までで構いんせん」

吾平 「判った。だが、そこで、俺たちゃ手を引かせてもらうぜ」

椿   「ありがとう、ございんす。牡丹姐さん、しっかりなさってくんなまし。

 


◇◇◇牡丹・回想◇◇◇


藤   「おんし、名前は。歳はいくつじゃ」

牡丹 「さえ。十とお」

藤   「女衒ぜげんが随分な高値を付けてきたって言うからどんな別嬪かと思いんしたが、大雑把な作りでありんすね。
    将来、別嬪になるって目利きが言んしたとは聞いておりんすが、期待違いで無いんなら華屋の頂点に立たせんとならんな。
    頂点・・・、頂点・・・、百華の王・・・。牡丹じゃ、これからおんしは牡丹という名で呼びんす」

牡丹 「ここはどこの御殿じゃ。お前はどこのお姫さんじゃ。おれをどうするんじゃ。
    家に帰せ!おっ母が病気で死んじまう! おっ父もおらんくなってしもうた! おっ母に会わせろ!」

藤   「・・・っ、おんしさらわれたんじゃな。可哀想ではありんすがもう帰れんせん。諦め?」

牡丹 「いやじゃ、おれは帰るんじゃ!」

藤   「聞き分けの無いことを言うんではありんせん」

牡丹 「だまれ鬼ババ!!」

藤   「んふふ・・・。まずは言葉遣いから正して行きんしょうか」 

 

藤   「牡丹? 習字は終わりんしたか?」

牡丹 「今日はとても上手く書けたでありんす!」

藤   「・・・、墨が薄い!! 葬式でもあるまいに墨はきちっと身を入れておろさんかい!!」

牡丹 「あーーー、鬼ババが蹴ったああああ!!」

 

藤   「ん、三味も歌も良い具合でありんす」

牡丹 「ほんと?ほんと?じゃあ、今日の晩飯」

藤   「踊りがまだまだじゃ!! ボケェ!!」

牡丹 「あーーー、鬼ババが殴ったああああ!!」

 


 

――――――・・・

水仙 「牡丹・・・、こんな所で泣いて、どなんしんしたぇ?」

牡丹 「藤姐さんは菖蒲の方が好きなんでありんす。
    菖蒲の方が別嬪だから、菖蒲にばっかり優しくするんでありんす」

水仙 「そんな風には見えんせんけんど? むしろ、期待しとりんすから厳しくしとるように見えしゃんす」

牡丹 「ほんならなんででありんすか!
     初見世のおきちゃ、菖蒲は扇屋の若旦那でみんな羨ましがるほどの男前でありんす!
    あちきなん・・・、老舗問屋のじじいでありんす」

水仙 「菖蒲とおんしは違いんす」

牡丹 「どこが違うんでありんすか! 
    これからあっちらのやることなん、股開いて男の精を抜くだけでありんす!
    なんにも変わりんせん!!」

水仙 「初見世は初見世でも、菖蒲は生娘ではありんせん。あの歳で男と女の酸いも甘いも知っておりんす。
    それに比べて、牡丹は生娘。下手に男前を初見世につけてしまえば惚れてしまうかもしれん。
    そうなった時にツライ思いをするんは牡丹だと思いんすから、川瀬問屋の旦那さんをおきちゃに選んだのでありんす」

牡丹 「惚れたりなんしんせん! あちきには将来を誓った新之助様がいらしゃんす!」

水仙 「将来を・・・、そうか。そんなら、心配せんでも大丈夫でありんすなぁ」

 


――――――・・・

藤   「牡丹」

牡丹 「藤姐さん、どなんしたんぇ?」

藤   「おんしがここに来た時、十やと言うから気にしとらんかったけんど、
    おんし、まさか将来誓った男と寝てないだろうね!」

牡丹 「・・・っ?!」

藤   「はっきりいいな!!」

牡丹 「藤姐さん、その話誰から聞きんした?」

藤   「そんなことはどうでもいいでありんす」

牡丹 「その話をしたんは水仙姐さんしかおらん!
    ・・・っ! じゃ、水仙姐さんが・・・!!」

藤   「牡丹!! 待ち!! どこに行くでありんすか!」

牡丹 「出て行くんでありんす!」


牡丹(M)「こんな、鬼しかおらんようなとこ出て、郷に帰るんじゃ。新之助様に会うんじゃ!」

 

藤   「ここを、出て行くことは出来んと、言んしたぇ?」

牡丹 「なんででありんすか? あっちは、何か悪い事をしたんか? 
    だから、神様が怒ってこんな牢獄みたいな所に閉じ込められとんのでありんすか? 
    悪い事をしたと言うんなら、何をしたのか教えてくんなまし」

藤   「それは、あちきにも判らん」

牡丹 「藤姐さんはそれでいいと思うておりんすか? 
    なんであっちらだけがこんな苦しい目に合わんといかんのか考えた事はありんせんのか?」

藤   「ありんすよ」

牡丹 「じゃあなんで!」

藤   「答えなん見付かりんせん。今でも、ひょっと考える事はありんすけんど、なんぼ考えても答えなん、出てこんかった」

牡丹 「そんなん、辛すぎる」

藤   「そうでありんすな。辛すぎんすな。だからこそここは、あっちら女郎の苦界(くがい)といわれてるのでありんす」

牡丹 「苦界」

藤   「あちきはなぁ、考えてもわからん事は考えるのをやめればいいと思っとりやんす」

牡丹 「あっちはやめられん!」

藤   「やめて、別の事を考えるのでありんす」

牡丹 「別の・・・、事?」

藤   「女郎の苦界は初見世から十年。そうしたら年季が明けて外にでられるのでありんす」

牡丹 「年季・・・」

藤   「あっちらはこの苦界で幸せを貯めとるのではないか、と。
    年季が明けたら、普通の人より今まで貯めた分と合わせて沢山の幸せを貰えるんだと、思っておりんす」

牡丹 「沢山の、幸せ・・・」

藤   「だから、苦しくても、辛くても幸せを貯めるために堪えておきちゃのお相手をするのでありんす」

牡丹 「あっちも、これから幸せを貯めていくんでありんすか」

藤   「十年は長い。生半可な覚悟では生き抜いてはいけんせん。
    十年の幸せを貯める覚悟が出来んしたたら、そこの襖を開けてみなんし」

牡丹 「藤姐さんはその答えを見つけるんに時間かかったんでありんすな」

藤   「そうでありんすね」

牡丹 「あっちは今教えて貰いんしたから、今から貯める。
    藤姐さんより沢山の幸せを貯めて年季明けを迎えんす」

藤   「おやまぁ、なんとずるい」

 

牡丹 「う・・・、わぁ・・・、綺麗な仕掛け。藍色に薄紅色の牡丹が沢山咲いとる。
    牡丹に沢山の色の蝶が群がっとる・・・。綺麗でありんす」

藤   「川瀬吾郎様は、とても誠実でおやさしいおかたでありんす。
    あちきの姐さんの初見世もお世話になった方。
    数十年一切浮気をなさらん真面目な方でありんす。
    すこぅし子供のような遊び心を持っていらしゃんすけんど、そこがまた可愛らしいというか。
    派手な遊びはせん方でありんすが、華屋と馴染みの深い大切なおきちゃでありんすよ」

牡丹 「姐さんの事疑ってごめんなさい」

藤   「厳しくしてきたから仕方のない事でありんす」

牡丹 「あっちは・・・、あっちは、姐さんの事が大好きじゃ(泣く)」

藤   「その涙、年季明けまでとっときなんし」

牡丹 「うわあああああああん」

藤   「牡丹は今いる華屋の中で一番の新造でありんす。
    芸事に長けているんも、立ち居振る舞いも、おきちゃへの対応も太刀打ちできる新造はおらん。
    何より、幼い頃は心配したお顔がこの数年でなんと美しくなった事か」

牡丹 「う・・・、ひっく」

藤   「明日より初見世、独り立ちせねばならんというのに、そんな子供のように泣きんすな」

牡丹 「今日で終いにしんす。」

藤   「それでこそ、牡丹でありんす」

 


◆ひと月後、藤の年季明け―――

 

牡丹 「藤姐さん・・・、おつとめ、ご苦労様で、ございん・・・っ」

藤   「おや、泣きんすか?(茶化す」

牡丹 「泣きんせん! あっちは藤姐さんがどこに行ったって泣んせん! だから」

藤   「うん?」

牡丹 「だから、沢山幸せになってくんなまし」

藤   「牡丹も、お気張りなんせ」

牡丹 「・・・っ」

藤   「牡丹の初見世を終わってたったひと月。けんど、沢山のおきちゃに恵まれんしたな。
    もう、あっちが教えることはなんもありんせん。これからは牡丹が妹を育てていくんでありんすよ」


牡丹(M)「みんなの笑顔に囲まれて、幸せな顔して大門から出て行った筈なのに、どうして」


◇◇◇回想終◇◇◇

 


◆◆◆華屋・奥座敷◆◆◆


女将 「藤が羅生門河岸の切見世にいたって?」

牡丹 「お母さん・・・」

女将 「藤は?」

牡丹 「ついさっき、目を覚ましんした。けんど・・・」

女将 「けど?」

牡丹 「話す事が支離滅裂で、ここがどこか、今がいつか何度説明しても分かってもらえんのでありんす」

女将 「・・・、気が、触れちまってるのかい」

牡丹 「お母さん、お願いでございんす。姐さんを、ここにおいては貰えんせんか?!」

女将 「何、言ってんだい、あんた。ここがタダ飯を食わしてやれるような場所でない事はよく分かってる筈だろう? 
    気が触れた三十過ぎの大年増を見世に出す訳にも行かないんだよ」

牡丹 「姐さんの食いぶちはあっちが稼ぎんす。今よりうんと身ぃ入れて働きんすから、だから!!」

女将 「ふーーーっ、藤にあわせとくれ。それから考えるよ」

牡丹 「お母さん! こっちでありんす」

女将 「奥座敷なら、まぁ、今の所使う予定もないから部屋はいいけどね」

牡丹 「藤姐さん、姐さん!」

藤   「牡丹、手習いを終わらせたでありんすか?」

牡丹 「・・・っ、あい。藤姐さん、お母さんが来ておりんす」

女将 「藤、あたしがわかるかい?」

藤   「女将さん・・・。おきちゃがいらしゃんしたか?」

女将 「・・・、今日は客はいないよ」

藤   「お茶挽き・・・? あちきが?」

女将 「違うよ、あたしが客を入れなかったんだよ」

藤   「そんな・・・、何かあちきに不手際がありんしたか?」

女将 「藤、あんたは少しだけね、体調を崩したんだ。だから休まにゃあならん。
    大切なおきちゃに病気をうつす訳にはいかないだろう?」

藤   「そんなっ! あちきはどこも悪くなんありんせん! おきちゃをつけてくんなまし!
    あぁ、こんなボロボロだから愛想を尽かされたんでありんすか? 髪結いを呼んでくんなまし! 
    化粧をすればまだ見られるでありんす」

女将 「大丈夫だよ、藤。ちょっと疲れたんだねぇ・・・。
    華屋は大見世だからね、顔色一つでも悪くちゃおきちゃに申し訳が立たないんだよ。」

藤   「大丈夫! 大丈夫でありんすから! 頬紅を少し濃くすれば」

女将 「無理しなさんな」

藤   「でも」

女将 「なぁに、落ち込むこたぁない。あんたならすぐに取り戻せるよ。久し振りに休みを貰ったと思ってゆっくり寝ちまいな」

藤   「本当に・・・?」

女将 「真面目すぎるんだよ、昔からあんたは。だから牡丹がこんな小難しい女になっちまったじゃないかい」

牡丹 「お母さん?」

女将 「とにかく病気をしっかり治すまで客は取らん。それが嫌なら早く治すんだね!」

藤   「あい・・・」

女将 「牡丹、お前の姐さんなんだからしっかり見てやんな」

牡丹 「お母さん・・・!」

女将 「台所行って、まかない貰って来な」

牡丹 「ありがとう・・・、ございんす」

 


 

◆◆◆奥座敷前・廊下◆◆◆

椿   「お母さん、やっぱり、藤姐さんで間違いなかったんでありんすか?」

女将 「椿、いつからそこにいたんだい?」

椿   「最初から。蓮太郎に頼んで奥座敷に運んでもらったんはあちきでありんすから」

女将 「藤で間違いはなかったよ。随分と年食って、痩せこけていたがね。・・・そうかい。お前が手伝ったんだね?」

椿   「知らずにいれば済んだ事でありんしょう。けんど、間が悪過ぎんした。
    切見世で藤姐さんを見掛けたっていう話を聞いて、牡丹姐さんが放っとける筈がありんせん。
    下手に事を大きくするよりは、と連れて来るのを手伝いんした。勝手に連れ込んで申し訳ありんせんでした」

女将 「確かにそうだね。牡丹だけで行ったら長屋切見世に怒鳴り込んでいただろうからね。大事にならずには済んだ」

椿   「藤姐さんはよう知らんけんど、牡丹姐さんの方が心配でありんす」

女将 「姐さん思いだからね」

椿   「あちきが薄情みたいな言い方せんでくんなまし。華屋の女は皆姐さんが大好きでありんす」

女将 「はは、そりゃあ、済まなかったねぇ」

椿   「けんど、なんで切見世にいたのでありんしょう?」

女将 「判らないねぇ。行くあてがなくて自分から戻って来ちまう女郎は多いらしいけどね」

椿   「そう、なんでありんすか?」

女将 「あたしも噂でしか聞いた事はないよ。ウチは、身請けで出て行く女郎の方が多いからね」

椿   「見世の格って言うのも関係ありんしょうか」

女将 「華屋の女郎を身請けしたがる男は多いからね。何より別嬪揃いだし一種の見栄のようなものもあるんだろうね」

椿   「身請けで出て行った女郎が戻って来ることはありんせんのか?」

女将 「ある訳ないさね。相手さんにしてみれば金掛けたおなご。手放しゃしないだろう。
    その先がどうなるか知らないがね」

椿   「身請けがいいことなのかどうかすらわかりんせんな」

女将 「けど、年季明けで出て行った女郎は、芸事には長けてても他がさっぱりだから内儀さんには到底向かない。
    生活に困って戻って来ちまうんだとよ」

椿   「牡丹姐さんも、もう一年と少しで年季が明けんすなぁ・・・」

女将 「あの子はどうするんだろうねぇ」

椿   「あちきも今から考えるべきでありんすね。身請けか、遊郭か」

女将 「あんたはまだ先の話だろ」

椿   「そう、遠い話には思えませんぇ? そんじゃ、あちきは牡丹姐さんの様子を見て夜見世の支度をしんす」

女将 「全く、何を考えてるかイマイチ判らない子だねぇ」

 

―――奥座敷―――

牡丹 「姐さん! 姐さん!!」

椿   「牡丹姐さん? どなんしたんぇ? ・・・っ! ひっ!!」

牡丹 「しっかりしておくんなまし! 姐さん! 藤姐さん!! 椿!!
    どうしよう? こんなに沢山血を吐いて!」

椿   「牡丹姐さん離れてくんなまし! 労咳でありんす!」

牡丹 「労咳・・・」

椿   「姐さん! 離れて! 感染る病でありんす!!」

牡丹 「藤・・・、姐さん・・・?」

椿   「奥座敷でよかった。姐さん!! しっかりしてくんなまし! 死にたいのでありんすか!!」

牡丹 「死・・・、ぬ? 藤姐さん、が?」

椿   「藤姐さんの看病は諦めてくんなまし」

牡丹 「な、にを、言っているのでありんすか? 椿」

椿   「藤姐さんはこの奥座敷に放って置くと言っているのでありんす!」

ぱーん(平手打ち(手を叩く等で表現してください

牡丹 「何の権利があってそんな事いいしゃんすか! 
    お世話になった姐さんが病気なのを放っておくなん、そんな薄情な事をあちきは教えた覚えはござんせん!」

椿   「あちきにとっては・・・」

牡丹 「叩かれたんに不服があるんならはっきり言いなんし!!」

椿   「あちきにとっては牡丹姐さんの方が大切でありんす!!」

牡丹 「・・・っ!」

椿   「お世話になった事のない藤姐さんより、牡丹姐さんの方が大切だと思っとりんす! それのどこが悪いんでありんすか!!
    代わりにあちきが藤姐さんのお世話をすると言ったら姐さんは止めるでありんしょう?!
    それと同じ事でありんす!!」

牡丹 「お世話になった姐さんの、看病も許されんのか・・・」

椿   「長屋切見世で死んで蝿にたかられて、お歯黒溝に投げ捨てられんかっただけでも幸せだったと、思ってくんなまし」

牡丹 「そんな事が、幸せでありんすか!! そんな人が人であるんに当たり前の事が!!」

椿   「そんな事なん、言わんでくんなまし」

牡丹 「・・・っ。なんででありんすか・・・。苦界(くがい)で貯めた幸せを貰えるんと違うんでありんすか
    そんなん、あっちらは一体何の為にこんな苦界で生きとるのでありんすか!!」

椿   「あっちが、藤姐さんのお世話をしんす。どうか、姐さんは諦めてくんなまし」

牡丹 「何を?! それじゃあ椿が」

椿   「あっちは、子供の頃に労咳にかかっとりんす! 母はそれで死にんした。
    けんど、何の因果かあちきはこうして生きとりんす。医者に、あっちはもう労咳にはかからん体だと言われんした。
    珍しいけんど、そういう子が何人かいるそうでありんす。だから、あちきにお世話させてくんなまし」

牡丹 「本当に、伝染らないんでありんすな」

椿   「あっちは大丈夫でありんす。けんど、姐さん。藤姐さんは、覚悟してくんなまし」

牡丹 「・・・っ! ・・・、なぁ、椿。」

椿   「あい」

牡丹 「椿は幸せを貰えたと感じた事がありんすか?」

椿   「あちきは幸せは貰えるもん違うと思っとりんす。自分で掴むもんやと思うとりんす」

牡丹 「椿は、あちきが思っとるよりずっと、ずっと強いおなごでありんすな」

椿   「どうかわかりんせん。
    けんど、ただ一つ貰えたと思える幸せがあるというんなら、牡丹姐さんの妹だった事でありんす」

牡丹 「・・・、そんな、些細な事が?」

椿   「幸せの価値なん人それぞれでありんす。あちきが見てくだらん事を幸せに感じるお人もおりんす。
    反対に、そんな幸せを持っとって、まんだ幸せやと思えんと貪欲に求める輩もおりんす」

牡丹 「椿はよう、人を見とりんすなぁ。あちきも椿を妹に持てたんは幸せでありんすよ」

椿   「そんなら、藤姐さんの看病は、あちきに任せてくんなまし」

牡丹 「・・・椿、藤姐さんを頼みんしたぇ」

椿   「あい。ありがとうございんす。・・・、そう言えば、もう一つ幸せがありんした」

牡丹 「ん?」

椿   「もみじ屋のあんみつ食べる時」

牡丹 「椿らしい」


 

――――――・・・


椿   「藤姐さん? 牡丹姐さんの妹の椿と申しんす。これからお世話させていただきんす」

藤   「ぼ、たん・・・、牡丹?」

椿   「何かお伝えする事がありんしたら、何でも言ってくんなまし」

藤   「ぜ・・・、げ・・・・、・・・、ん」

椿   「ぜ、げ、ん? 女衒?」

藤   「い、や・・・」

椿   「女衒がどなんしたんぇ?」

藤   「な、ん、で・・・、あっちは、ねん、きが、明け、ゲホンゴホン」

椿   「・・・っ、藤姐さん、もしかして、自分から戻って来た訳ではありんせんのか? 女衒に連れ戻されたんでありんすか?」

藤   「ほん、じつは、初のお呼びたて、ありがとうございんす」

椿   「・・・、少しだけ目の焦点が合った気がしんしたが・・・。また虚ろになってしまいんしたか
    けんど、このまま看病を続けとったら、まんだ何か聞けるかもしれんせんな」

 

 

 

◆数日後◆

 

椿   「牡丹姐さん、おはようございんす」

牡丹 「椿、おはよう。随分と朝、早いんじゃ・・・、・・・!!まさか!!」

椿   「藤姐さんが、お亡くなりになりんした」

牡丹 「・・・っ」

椿   「部屋を掃除して死に化粧を施させていただきんしたので、もう会っても大丈夫でございんす
    どうぞ、送り出してやってくんなまし」

 

 

牡丹 「姐さん・・・、藤姐さん。最期までよう頑張りんしたなぁ。やっと、楽になれんしたか・・・?
    椿、姐さんは何か言うとりんしたか?」

椿   「たまに、正気に戻る時が、何度かありんした。けんど決まって牡丹姐さんの心配をしておりんしたぇ?」

牡丹 「あちきは、そんなに頼りない妹でありんしたか?
    姐さん、あっちには姐さんが逝ってしまってもまんだ、幸せの意味がわかりんせんのでありんす。
    姐さんは、ここから出て幸せを感じる事が出来んしたか? 
    姐さんが教えてくれた、苦界で貯めた分の幸せを、全部受け取りんしたか? 
    ・・・もう、何も教えては貰えんのでありんすな」

椿   「姐さん、藤姐さんはきっと生まれ変わって今よりずっと幸せに生きていけんしょ?」

牡丹 「藤姐さん、もし生まれ変わるんなら、もう二度と女郎なんかにはならんでくんなまし」

椿   「弔い衆が参りんした。もう、お別れでありんす」

牡丹 「今はこれまで・・・。藤姐さん・・・、おさらばぇ」