花魁道中いろは唄~六葉~ 有為の奥山 ♂×3 ♀×3 / 白鷹

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所要時間:60分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

牡丹  (ぼたん)  ♀ 24歳

    遊郭の店の中でも屈指の人気を誇る『華屋』のお職
    遊郭の中を花魁道中として練り歩き美貌と立ち居振る舞いと教養の高さを誇る人々の羨望を集めた遊郭トップクラスのお職
    水揚げ後、異例の早さと若さでお職に選ばれた実力者


 

椿   (つばき)  ♀ 18歳

 

    可愛らしい顔と愛らしい仕草で水揚げ前の振袖新造時代から客に絶大な期待をされていた
    水揚げ年齢が近くなった頃から、『華屋』では先触れを出して客を呼び込み
    椿の水揚げには破格の花代が付けられたにもかかわらず、御開帳には申し込みが殺到した
    現在は花魁として活躍し次代お職の立場が約束されている


 

蓮太郎 (れんたろう)  ♂ 18歳

 

    大見世、華屋の若衆。椿と同年齢のせいで非常に仲が良く、いつしか椿と心を通わせるようになるが
    忍耐強くそれを堪え、椿の初見世を祝った。生真面目で優しく人当たりもよい少年。
    生まれも育ちも遊郭であり母親の美しさを生き写しに持ってきた美少年であり、時々陰間と間違えられる


 

鬨衛門 (ときえもん)  ♂ 24歳

    旗本、加賀家の長男
    真面目で初心な反面思い込んだら頑固で人の言う事には耳を貸さない
    座敷で見た椿に一目惚れし一途に店に通い続ける。実は椿の・・・

 

 

任三郎 (にんざぶろう)  ♂ 45歳
 

    旗本、加賀家の当主。女好きで、自身の城でもかなり沢山の女と遊んでいる。
    遊郭遊びも慣れているが息子にその遊びっ気がない事を少々悩んでいる

    実は椿の・・・

 

 

女将  (おかみ)  ♀ 30歳
 

    華屋の楼主兼女将。見世の経営を遣り手任せにはせず自らもせわしなく働く
    自分の見世の女郎たちをとても可愛がっており、何か女郎が失敗した時なども身体に傷を付けない為
    に折檻はせず、仕置き部屋に閉じ込める程度で済ませるなど、大切にしている


端役(エキストラ)
次郎  ♂ 不詳 華屋の若衆で二階回し(任三郎と兼任)
岡引き1 ♂ 不詳 大門前の詰所と連携している警備員(蓮太郎と兼任)
岡引き2 ♂ 不詳       〃         (蓮太郎と兼任)
岡引き3 ♂ 不詳       〃         (任三郎と兼任)
百合  ♀ 10歳 牡丹の元で躾けられる引込み禿(女将と兼任)



 

――――――――

役表

 

牡丹  (♀)・・・
椿   (♀)・・・
鬨衛門 (♂)・・・
連太郎+岡っ引き2 (♂)・・・
任三郎+次郎+岡っ引き1+岡っ引き3 (♂)・・・
女将+百合 (♀)・・・

――――――――――――――――――――――――
 

蓮太郎(M)

「椿が泣いた。声を上げずに押し殺して泣いた。
 ここ若山では、毎日の様にいずれかの見世の女郎が死ぬ
 当然、この華屋でも自害であったり、無理心中であったり、病気などで死者は絶えない
 多くの姐さんや、妹の死を見送る時、やはり椿は泣く。
 感情の起伏が激しく少し大袈裟ではないだろうかと思う程には激しく声を上げて泣く。
 けれど、こんな風に声を押し殺して細い肩を震わせて、大粒の涙だけをひたすら流して泣いたのを見たのは・・・
 これが初めてだった。その瞳に蒼い炎を宿す程に。
 俺は、その時の椿ほど美しいと感じた事はなかった。

 

 元々が天真爛漫な椿は、
 周囲から少しおつむが足りないのではないかと言われる事もしばしばあったが、

 俺はその椿の無邪気さが彼女の心を覆うための鎧である事を知っている
 それを知っているのは俺と、姐女郎の牡丹花魁、客をさばく遣り手だけだ。
 同じく、椿には天性の勘の様なものがあり、その勘は大抵当たる
 椿が客を拒んだ時、名代をつけて相手をすると必ず揉め事がある。
 酒乱で殺傷沙汰になる、羽振りが良さそうに見えた客が実は借金だらけでツケ払いが出来なくなっている
 娑婆(しゃば)で事件を引き起こし花街に逃げ込んで来たものの人相書きと一致して岡っ引きに通報等様々だ。
 椿の「嫌でありんす」は客の判断基準になっている
 それ故になぜ、今回に限って断らなかったのか不思議に思っている
 これ程に憎しみの炎を宿しながら泣く程につらい客の相手をしたのか」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆大見世・華屋◆◆◆

 

 

 

百合 「椿花魁、差し紙だよ。えーっと、えーっと、か、がい??」
 

椿  「見せて? 旗本、加賀任三郎・・・、と、鬨衛門・・・。か、が・・・」
 

百合 「椿姐さん?」
 

椿  「ん、ああ でも百合は牡丹姐さんの禿(かむろ)なんだからこんなことまでしなくてもいいのよ?」
 

百合 「だって! 椿姐さんのお遣いすると、ん、と、その」
 

椿  「あー、そういう・・・。はい、よもぎ餅。あんこたっぷりよ」
 

百合 「わあい! はむっ、んむんむ。おいしー」
 

椿  「食べ終わったら道中のお支度をするから髪結いさんを呼んでくださいってお伝えしてきてね」
 

百合 「はーい!」

 

 

 

 

 

 

――――――・・・・・・

 


牡丹 「おや椿、初会のお客さんでありんすか?」
 

椿  「牡丹姐さん、これから揚げ屋まで参りんす」
 

牡丹 「新造三人に禿二人、番頭もえらい人数じゃござんせんか。随分と豪華な道中でありんすね」
 

椿  「旗本様がお相手でござんすから、相応の人手がいりんす」
 

牡丹 「はぁー、そろそろあちきも本腰を入れないと売り上げを抜かされてしまいんすね」
 

椿  「あら姐さん、手を抜いていらしゃんしたか。そりゃあお母さんに告げ口しんと」
 

牡丹 「だだだだ、誰が手を抜いたりするもんかい!」
 

蓮太郎「でも牡丹花魁、今月も結構マズイですよ。椿花魁が順調に追い上げています」
 

牡丹 「蓮太郎、あんまり椿にばっかり肩入れしてると妙な噂が立ちんすよ」
 

蓮太郎「椿花魁の間夫(まぶ)だとでも? 無いですね。椿は花より団子ですから」
 

牡丹 「あーー、確かに。けんど、椿今日は化粧が濃いんじゃありんせんか? いつもの元気はどこ行きんした」
 

椿  「・・・」
 

牡丹 「椿? 蓮太郎! ぼさっと見惚れてんじゃないよ!」
 

蓮太郎「いや、いつになく綺麗だな、って・・・。椿花魁?」
 

椿  「・・・、ん? 何かありんしたか?」
 

蓮太郎「何かって・・・、話聞いてない?」
 

牡丹 「体の調子が優れないなら、名代付けて休んだほうがいいんじゃないかい?」
 

椿  「そんな甘ったれたことはしんせん」
 

牡丹 「何かあったら、すぐに言うんだよ。蓮太郎、椿をよく見てやんな」
 

蓮太郎「勿論です」

 

 

 

◆◆◆茶屋◆◆◆

椿  「華屋花魁、椿。参りんした。加賀任三郎様に鬨衛門様。本日はお初にお呼びたてまつり誠にありがとうございんす」
 

任三郎「こりゃあ・・・、なんと」
 

鬨衛門「ち、父上、道中で見かけた美女とはこの娘でございますか」
 

任三郎「そうじゃ。そん時は確か一緒に艶っぽい美女がおったがな。
    近くの者に名を聞いたら華屋の牡丹と椿と言うてな。わしゃあ付き添っとった椿のほうが好みでな。
    差し紙を出したんじゃが、中々回ってこんでなぁ、半年待たされたわ」

 

鬨衛門「いや、共にいた美女がどんなおなごでも、ワシもこの椿がええ。
    誠、出来るならこのまま身請けしたいくらいじゃ」

 

任三郎「バカを言うなお主の祝言の相手は決まっておる。遊びは遊びと割り切れんでどうする」
 

鬨衛門「しかし遊女にしておくのは惜しい程の美女じゃ」
 

任三郎「のお、ほんに勿体無い。抜ける様な白い肌。確か18になったと聞いておるが幼さが抜けておらんのか
    潤んだ瞳もほんにきれいじゃ」

 

鬨衛門「18ですか、ではワシとは・・・、6つ離れているということじゃな。いい年頃じゃ。
    これに身分がついておればわしゃあ真っ先に妻問いして離さんものを、惜しい」

 

任三郎「今日は肌に触れるどころか口を聞くこともできんでな。眺めて酒のつまみにしようぞ」
 

鬨衛門「こうなって来ると若山の三度のしきたりが鬱陶しく感じますぞ。見るだけとはなんとつまらぬ」
 

任三郎「小見世なら少々の融通はきかせてくれるもんじゃが、華屋程の大見世になると無茶を言えん
    あまり無理難題を吹っかけると客としても受け入れて貰えんようになるでな。ここは一つ、若山のしきたりに従っておこうぞ」

 

鬨衛門「父上、この新造とやら結構イケる口ぞ。先程から杯を重ねておるにちっとも酔わん」
 

任三郎「程々にしとけよ、鬨衛門。いくら酔わせても新造は抱けんでな」
 

鬨衛門「この娘、可愛いことを言いおった。初めてはワシの様な男前がいいと」
 

任三郎「アホゥ、そりゃあ遊女の手管じゃ」
 

鬨衛門「なんと! こんに幼い内からそんな事を」
 

 

 

――――――・・・

任三郎「三味の音がええのぉ。ええおなごも揃うておる。さすが天下の華屋じゃあ。惜しいが大引けじゃ
    そろそろ帰らねばならんのう」

 

鬨衛門「父上、また来るのでしょう?」
 

任三郎「勿論じゃ。間近で見たらますます欲しゅうなった」
 

鬨衛門「椿、また来るでな。次はもちっと側に寄ってこい」

 

 

 

――――――・・・
 

 

椿(M) 「思い出してくれたのかと思った。確認する為に座敷を開いたのかと思ったのに
    思い出すどころか気付いても貰えなかった。迎えに来てくれた訳では無かった
    お父さん・・・、お兄ちゃん・・・。あたしです。おりんです。幼い頃を覚えていませんか?
    覚えていないのなら・・・、なんでここに、来たの?」

 

 

 

◆◆◆大見世・華屋[椿の部屋]◆◆◆

牡丹 「椿・・・、気が付きんしたか?」
 

椿  「? ぼ、たん・・・、姐さん?」
 

牡丹 「椿!! 良かった、ほんに、良かった」
 

椿  「ぼ、牡丹姐さん、そんなきつく抱き締めたら苦し・・・」
 

牡丹 「この、あほぅ!! 体調が優れぬなら名代を立てろと言んしたえ? それを、無理して出掛けたりするから!!

     帰って来たかと思ったら玄関で倒れ込んで、ひどい熱を出して二日間も意識が戻らんで、
    どれだけ心配したと思っておりんすか!!」

 

椿  「倒れ、た?」
 

牡丹 「真っ青な顔して気が気じゃありんせんかった! 百合、蓮太郎にも知らせておやり。
    飯も喉を通らんくらい心配しておりんしたから」

 

百合 「あい」
 

椿  「姐さんが、看病してくれしゃんしたか?」
 

牡丹 「当たり前でありんす! あちきが・・・、あちきが椿を看取らにゃならんのかと思いんした!(泣き声)」
 

椿  「心配掛けて、申し訳ありんせんでした」
 

牡丹 「まだ、寝ておいで」
 

椿  「でも、看病なんお母さんがよく許してくれしゃんしたな」
 

牡丹 「看病させて貰えんなら喉掻っ切って自害してやる言うておどしてやったんでありんす」
 

椿  「ひぇえ、目を覚ましたら姐さんを送り出す事になっとりやんした」
 

牡丹 「なんにしても意識が戻って良かったでありんす。桜のそさまにお医者様がおりんしてな。
    看てもらいんしたが、病気を患ってはおらんと心の病ではないかと言うておりんしたが、椿、心当たりはありんすか?」

 

椿  「心・・・、・・・、別に思い当たりんせん?」
 

牡丹 「そう、でありんすか。後は、子供によくあるそうで、学問で難しいと悩んだ時に熱が出るそうでありんす
    椿、なんぞ難しい事でも考えんしたか?」

 

椿  「難しい事なん、よう考えん?」
 

牡丹 「でありんすな」
 

椿  「納得早っ!」
 

牡丹 「椿・・・」
 

椿  「あい?」
 

牡丹 「おんしはあちきに隠し事なんしたら許しゃんすぇ?」
 

椿  「・・・、あい」
 

百合 「牡丹姐さーーん。もみじ屋のご亭主が『椿姐さんが二日間も来んかった!』って、

    心配して栗きんとん持ってきてくれしゃんした!」
 

椿  「栗きんとん!」
 

牡丹 「たった二日で心配って、椿おんしどれだけ通っているのでありんすか」
 

椿  「毎日、多い時は一日二回」
 

牡丹 「そりゃあ、心配もしんすなぁ。胸が悪くなりそうでありんす」
 

椿  「甘いもんはあちきの元気の素でありんすから! 百合もお食べ?」
 

百合 「あーい」
 

蓮太郎「椿花魁、障子越しに失礼いたします。意識がお戻りになったとお伺いしましたので、
    たまご粥と芋の味噌汁をお持ちしました」

 

椿  「百合、障子を開けてくりゃれ」
 

百合 「あい」
 

蓮太郎「椿花魁・・・」
 

椿  「心配、かけてごめんね。ありがとう」
 

蓮太郎「いえ、意識が戻られただけで嬉しく思いますので。なるべく沢山食べて、お早い復帰を」
 

椿  「・・・、食べない!」
 

牡丹 「な?!」
 

蓮太郎「まだどこか痛むのですか?」
 

椿  「蓮太郎も食べてないって聞いた。相伴してくれないと、食べない」
 

牡丹 「・・・、蓮太郎。自分の分持ってきなんし」
 

蓮太郎「は、はい!」

 

 

 

牡丹(M)「二人共、情に流されて一線を越えることは決してない。だからこそ、見ていて痛々しいのでござんす」

 

 

 

 

―――回想・10年前(おりんは椿が幼い時の名前)―――

 

 

おりん「お父っ! お父!! お母が目を覚まさんのじゃ!
    十日も咳ばかりして、布団真っ赤にしてから目を覚まさんのじゃ! お母はどうしたんじゃ
    呼んでも、返事をしてくれん。お父、なんとかして!!」

 

任三郎「労咳、か」
 

おりん「ろーがいってなんじゃ? お母は目を覚ますのか? 兄ちゃ! お母を一緒に起こしてくれ」
 

鬨衛門「うん、一緒に起こしてあげよう」
 

任三郎「鬨衛門! 行くんじゃあないぞ! おりん! 鬨衛門の側に寄るでない!」
 

鬨衛門「え、なんで」
 

おりん「兄ちゃ!」
 

任三郎「飯炊きの中から労咳が出るとは、全員辞めさせねばなるまい」
 

鬨衛門「父上、なんでじゃ?」
 

任三郎「家族にまで感染っては大事になるからじゃ」


 

 

 

・・・・・・・
 

 

鬨衛門「父上!! おりんが変なやつらに連れて行かれそうになっとる! 助けてくれ!」
 

任三郎「女衒(ぜげん)じゃ。おりんはもうここにはおれん」
 

鬨衛門「おりんと会えなくなる?! いやじゃ! そんなのいやじゃ!!」
 

おりん「兄ちゃ!! 助けて!! 兄っちゃーーっ!!!」


 

 

――――――・・・

 

 

椿  「ん・・・、夢・・・」
 

蓮太郎「お加減はいかがですか、椿花魁」
 

椿  「蓮太郎?」
 

蓮太郎「うなされているようでしたので」
 

椿  「もう、だいぶ良くなったよ、ありがとう」
 

蓮太郎「遣り手にもう少し休ませてもらえるよう頼んだのですが、明日の昼見世から客がついておりますので
    せめて今晩くらいはゆっくり休めるよう、卵酒を持ってきました」

 

椿花魁「明日の昼見世ね。わかった、ありがとう。ね、蓮太郎」
 

蓮太郎「はい」
 

椿  「顔、見せて?」
 

蓮太郎「は?」
 

椿  「蓮太郎の顔を見ると元気になるの」
 

蓮太郎「俺の顔はそんなに甘そうな顔をしているか」
 

椿  「うん、すっごく甘い」

 

 

 

 

―――半月後―――

 

 

椿  「半月で裏を返すとは、相当積んだんでありんしょう。羽振り(はぶり)のいい事」
 

蓮太郎「名代を付けるのであれば、遣り手にそう伝えますが」
 

椿  「今の所、一番羽振りのいいお方だから、そうも言っていられんせん。参ります、と伝えてくんなまし」
 

蓮太郎「はい」
 

椿  「ごま団子食ーべよっと!」
 

蓮太郎「ごま団子を頬張りながら髪を結って貰うとは、これが華屋次代お職だとは誰も思わないでしょうね」
 

椿  「んむんむ、蓮太郎も食べう?」
 

蓮太郎「結構です」

 

 

 

◆◆◆茶屋◆◆◆

 

 

椿  「加賀任三郎様、鬨衛門様。再度のお呼びたてありがとうございんす」
 

任三郎「おお、来たか。待ち侘びたぞ」
 

鬨衛門「今日は近くで顔を見られると聞いておったんで楽しみで昨夜から眠れんかったぞ」
 

椿  「あらまぁ、鬨衛門様は子供のような事をおっしゃいんすな。任三郎様、どうぞ。一服お付けいたしんす」
 

任三郎「なんと、鈴を転がしたかのような声じゃ。近くで見るとより美しさが際立っておるのぉ」
 

椿  「鬨衛門様もどうぞ、お飲みになってくんなまし」
 

鬨衛門「まこと・・・、月から天女が、舞い降りて来たのかと・・・」
 

椿  「お二方共褒め言葉の流暢な事でありんすな。さてはここ以外にもお通いになっていらしゃんすか?」
 

鬨衛門「まさか!! 一度そなたを見てしもうてからはどのおなごをみてもさっぱりじゃ」
 

椿  「お上手でござんすなぁ。そうおっしゃるんは何人目でございんす?」
 

鬨衛門「そ、そなたが、初めてじゃ」
 

椿  「嘘をおつきなんし。あちきにも悋気はございんすよ?」
 

鬨衛門「り・・・、悋気、など。相手もおらぬのに」
 

椿  「祝言がお決まりになっていらっしゃると前のお座敷で聞きんしたが、あちきの覚え違いでありんすか?」
 

任三郎「なんと、そなた客の四方山話(よもやまばなし)を覚えておるのか。大したおなごじゃ」
 

鬨衛門「ち、父上。いかが致せば良いのかわからんようなってしもうた」
 

任三郎「何がじゃ」
 

鬨衛門「嫁いでくる予定のおなごが、源氏物語の末摘花(すえつむばな)の様に思えてならんのじゃ」
 

任三郎「は?」
 

椿  「まぁ、酷いおっしゃりよう!」
 

任三郎「ふははははは! わっはっはっはははは!! うまいこと言いよるもんじゃ、はははは」
 

椿  「任三郎様まで、お相手の方がおかわいそうにございんす」
 

任三郎「中々身分と美貌の両方は手に入らんもんじゃわい。ワシの内儀(かみ)さんもな、なんぞ白い狐のような顔なんじゃ」
 

椿(M) 「(煙管をふかす)バカの父親に阿呆の息子。似合いのボンクラ揃いでありんすな」
 

任三郎「ん? 何か言ったか?」
 

椿  「狐顏は美人の代名詞でございんすよ、と言んした」
 

椿(M) 「あちきを売ってお家立て直しの資金としたうつけが、その娘を買いに来るとはなんと言う茶番か
    くだらない話ばかりにうつつを抜かして、顔を見る気にもなれん」

 

鬨衛門「その場合、末摘花は救いようがないではござらんか」
 

椿  「夫婦の契りを交わした後、源氏が忘れ去っても待ち続けた健気なおなごにございんすね」
 

鬨衛門「健気、のぉ・・・」
 

椿  「心のきれいなおなごは共にいて癒されるもんじゃござんせんか?」
 

鬨衛門「ダメじゃ、どう考えてもそなたの方がいいおなごじゃ」
 

椿(M) 「当たり前じゃ。おんしら親子の好みなぞ知り尽くしとるわ」
 

椿  「鬨衛門様、あまり酒が進まんようでありんすがお気に召さない事がございんしたか?」
 

椿(M) 「こうして、襦袢(じゅばん)を少ぉしはだけさせて、肌を見せたらそれだけで落ちんしょう?
    座敷遊びなど柄にもないおぼこい男が、夢中になるのなんすぐにわかるわ」

 

鬨衛門「(生唾を飲む)そ、そういう訳では」
 

椿  「では、お煙草は?」
 

任三郎「のぅ椿」
 

椿  「どうなされんした?」
 

任三郎「鬨衛門ばかりじゃ、わしゃあつまらんぞ」
 

椿  「いつ、その様に呼んでくだしゃんすか、待ち侘びんした、任三郎様。ご一服、どうぞ
    少し小用を足して参りんす。その間、ごゆるりと歌と踊りをお楽しみになってくんなまし」

 

 

 

◆◆◆大見世・華屋◆◆◆

牡丹 「椿」
 

椿  「牡丹姐さん」
 

牡丹 「とぅっ!!」
 

椿  「はもっ!! むぐむぐ・・・、んっくん。吉川屋の月見饅頭!」
 

牡丹 「・・・、当たり、でありんす。おんし、それは一種の才能でありんせんか?」
 

椿  「今のは分かり易かったでありんすよ? 白あんに柚子を使うのは吉川屋だけでありんす」
 

牡丹 「この所、元気のない日がありんすなぁ」
 

椿  「そうでありんすか?」
 

牡丹 「空の彼方を見詰めて、ぼぅっとしていることが多くなっておりんす」
 

椿  「自分では気付かんもんでありんすな」
 

牡丹 「艶っぽい顔して、どこかのそさまに心を遣ってしまいんしたか? 
    あぁ、熱を出して寝込んだとき以来でございんすなぁ。そこの殿様が気になりんすか」

 

椿  「全く」
 

牡丹 「・・・、即答でありんしたな。ん、蓮太郎! 聞き耳なんて立ててんじゃないよ!」
 

蓮太郎「す、すみません」
 

椿  「はーん、蓮太郎ヤキモチ妬いたんだ」
 

蓮太郎「そ、そういう訳じゃ」
 

椿  「違うの?」
 

蓮太郎「違うく無い事も無く無い」
 

椿  「??? どっち???」
 

牡丹 「妬いてるんでござんしょ。全く、甘ったるいったら無いよ」
 

椿  「少し、故郷を思い出してしまう事が多くなっただけ。あちきはここに来なんだならどうなってたのかなって。

    蓮太郎に会えない事とか、牡丹姐さんの事や、沢山の姐さん、妹に会えた事はとても幸せだけど、
    それ以外の生き方なんてあったのかなぁ。もしあったのならどんな風に生きていたのかなって」

 

牡丹 「まぁ、そういう事にしておいてさしあげんしょう」
 

椿  「姐さん」
 

牡丹 「あちきと蓮太郎にそんな嘘が通用すると思ったら大間違いでありんすよ」
 

蓮太郎「牡丹姐さんに着いてからそんな事を考える暇なんかなかったと思うけどね」
 

椿  「むぅ、姐さん」
 

牡丹 「なんだい?」
 

椿  「月見饅頭の残りくんなんし」
 

牡丹 「ああ、はいはい」
 

蓮太郎「椿」
 

椿  「んぐんぐ、ん?」
 

蓮太郎「俺は、いつでもここに居るから」
 

牡丹 「変な我慢をするんじゃ無いよ」
 

椿  「・・・・・・、うん」

 

 

 

 

◆◆◆華屋・椿の部屋◆◆◆
 

 

椿(M) 「それからしばらく後、加賀任三郎と鬨衛門は三度目の訪問をし、見世にとって馴染みとなった」
 

任三郎「今日はワシが椿を抱くぞ。良いな鬨衛門、そなたは他の女でも呼んでもらって済ませるが良い」
 

椿(M) 「能天気な任三郎はあちきが実の娘である事など全く気付きもせず、息子を煙たがっている」
 

鬨衛門「父上、それはあまりに酷い」
 

椿  「酷いとは? いかがなさいんした?」
 

鬨衛門「本来はワシにおなごを教えるためではござらんかったか。それを、父上が先とはあまりに酷い」
 

椿(M) 「驚いた事に二十四にもなって鬨衛門は女を知らぬと言う事だった」
 

椿  「あら、お初を頂戴できるとは光栄な事でございんす」
 

任三郎「細かい事を抜かすで無い。
    ワシがお主の筆下ろしにふさわしいおなごかどうか見てやろうと言うておるのじゃ」

 

鬨衛門「その必要はござらぬ! 聞けば椿はこの見世の次代お職と言われているそうじゃ。
    ふさわしいかどうかの品定めをするなどと見世に失礼じゃ」

 

椿(M) 「たまにはまともな事言えるんだね」
 

任三郎「そなた年功序列という言葉を知っておるか!」
 

椿  「ゲホンッ!! ゴホンッ!!」
 

椿(M) 「タバコの煙が変なとこ入った。年功序列って、そういう使い方するの?」
 

鬨衛門「それに他のおなごで済ませるというのでは、椿におなごを教えて貰う事ができぬでは無いか!
    父上こそ他のおなごで済ませれば良いでは無いか!!」

 

椿(M) 「道理だね」
 

任三郎「イヤ、椿はの、若い頃にちぃと遊んだ飯炊き女に似ておってなぁ。おつゆというのじゃが」
 

椿(M) 「・・・、お母さん・・・。」
 

任三郎「これがまた別嬪でなぁ、まぁ労咳で死んでしもうたがの。昔の血が騒ぐというか、我慢できんのじゃ」
 

椿(M) 「なんで・・・、なんでそこまで思い出しておきながらあたしを思い出さ無いの?! ねぇ、お父さん!」
 

任三郎「のう、椿。先に抱かせてはくれんか・・・」
 

椿(M) 「鬼じゃ・・・、・・・、こいつは父親でもなんでも無い、鬼じゃ!!」
 

椿  「回し、と言うものがございんす。勿論、お二方がよろしければのお話でございんすが」
 

鬨衛門「回し、とはなんぞ?」
 

椿  「お二人共あちきがお相手しんす。どうぞ、床に参りんしょう」
 

鬨衛門「あ、ああ」
 

任三郎「二人共、とは若山のおなごはすごい技芸を持っておるのじゃの」
 

椿  「鬨衛門様・・・、帯を解いて着物を脱がしてくんなんし」
 

鬨衛門「あ、ああ」
 

椿(M) 「あほぅのように、ああ、しか言えんのか」
 

鬨衛門「抜ける様に白い肌をしておるのじゃな。触れても良いのか」
 

椿  「優しく触れてくんなんし、乱暴にされるとすぐ壊れてしまいんす」
 

鬨衛門「柔らかい肌じゃ、滑らかで」
 

椿  「ん・・・」
 

任三郎「椿、わしゃあもう我慢ならんぞ」
 

椿  「鬨衛門様? おなごを知らぬというなら、お父君のを少しご覧になっとってくんなまし。
    終わったら、たっぷりと可愛がってくりゃれ・・・」

 

 

 

 

椿(M) 「十年前といえば鬨衛門は十四だった筈。
    それなのに鬨衛門も任三郎もあちきの事なんぞ何一つ覚えてはおらんかった。
    そもそも、『おりん』などという存在はこの二人にとって大して重要ではなかったのだ。
    母の名前は口にしたのにあちきの事は何一つ、思い出さなかった
    どれほど顔を近付けても、どれだけ耳元で囁こうとも・・・
    年季をあけて若山を出たとしてもあちきには帰る場所などないという事だ。
    歳のせいか任三郎は二度程相手をしたら果ててイビキをかいて寝始めた
    鬨衛門は若く精力も旺盛で、初めてのせいか、何度も何度も求めて東の空が白み始める頃に果てて眠りに付いた。
    寝こけて意識がないのを尻目に、部屋をそっと抜け出した
    二階回しに見付からないように静かに廊下を歩く

 

蓮太郎「椿・・・?」
 

椿  「蓮太郎・・・」
 

蓮太郎「客は? 置いてきたのか?」
 

椿  「もう・・・、寝てる」
 

蓮太郎「・・・、そっか。・・・っ?! 椿?! どうした? いきなり抱きついたりなんてして」
 

椿  「・・・っ、・・・ぅ、・・・」
 

蓮太郎「泣いて・・・、る、のか・・・? ・・・、俺の部屋に行こう。卯の刻までに部屋に戻ればいいから」
 

椿  「うん・・・、ん」


 

 

 

――――――・・・・・・

 

 

椿  「ぅ・・・、く・・・、っ、ぅう・・・」
 

蓮太郎「客に・・・、酷い事をされたのか?」
 

椿  「ううん・・・、ぅ、ううっっく・・・」
 

蓮太郎「辛かったんだな・・・」
 

椿  「蓮太郎は、あたしを嫌いにならないで・・・」
 

蓮太郎「なる筈がない、なんでそんな事」
 

椿  「憎いと思った、殺してやりたいと思った」
 

蓮太郎「客を?」
 

椿  「自制心のない、でぶった腹にかんざしを突き刺してやりたいと思った」
 

蓮太郎「ん・・・」
 

椿  「初めて知ったおなごの味を、何度も何度も飢えた獣の様に求める下衆の首を、掻っ切ってやりたいと思った」
 

蓮太郎「うん・・・」
 

椿  「破産・・・、させてやる」
 

蓮太郎「今日の客を?」
 

椿  「女遊びで身を滅ぼして仕舞えばいい・・・。お家取り潰しになるまで搾り取ってやる!!」
 

蓮太郎「うん・・・」
 

椿  「怖い、と思わないの?」
 

蓮太郎「思わないよ。だって今の椿はきっとそれが出来るくらいきれいだから」
 

椿  「・・・、蓮太郎って変なやつ」
 

蓮太郎「泣き止んだら部屋に帰ろう。朝、白玉ぜんざいを持って行ってあげるよ」
 

椿  「うん」
 

蓮太郎「さ、早く」
 

椿  「あのね、蓮太郎・・・」
 

蓮太郎「ん?」
 

椿  「大好き」
 

蓮太郎「・・・っ」

 

 

 

―――翌日―――

 

 

椿  「鬨衛門様は今度いつ来てくれしゃんすか?」
 

鬨衛門「え、いや、その」
 

任三郎「なんじゃ? お主らワシが寝た後いつまで睦み合っておうたのじゃ?」
 

椿  「内緒でござんす」
 

任三郎「なんじゃそれは」
 

椿  「任三郎様がいけないのでありんす」
 

任三郎「ワシのなにがいかんかったのじゃ」
 

椿  「火を灯すだけ灯してお休みになってしまいんすから。鬨衛門様にたっぷり可愛がっていただきんした」
 

任三郎「う、まぁ、年には勝てんのぉ」
 

鬨衛門「そなたは、いつなら会えるのじゃ」
 

椿  「鬨衛門様なら、いつでもお待ちしておりんす。
    ・・・、行かないで、と言いたいのを堪えておりんす。どうか、お忘れにならないでくんなまし(囁く)」

 

鬨衛門「あい分かった、なるべく早く来よう」
 

椿  「信じて、お待ちしておりんす」
 

鬨衛門「う、うむ」

◆◆◆華屋『牡丹の部屋』◆◆◆

蓮太郎「牡丹花魁」
 

牡丹 「蓮太郎、どなんしたんぇ?」
 

蓮太郎「御愁傷様です」
 

牡丹 「誰も死んじゃいないよ。何言ってんだい」
 

蓮太郎「先ほど、遣り手から聞きましたので。今月の売上、椿花魁に抜かれたようです、ご愁傷様です。」
 

牡丹 「は?」
 

蓮太郎「旗本の客が連日の様にお越しになっていらっしゃるので」
 

牡丹 「って、たかが旗本だろう? あちきが一体何人の大名を馴染みに持ってるか知っておりんすか?」
 

蓮太郎「連日のお越しにはかなわないでしょう」
 

牡丹 「そりゃあ、まぁ、そうでありんすが・・・。その旗本、金子(きんす)の価値判ってんのかね」
 

蓮太郎「さぁ・・・。お職としてマズイんではないのですか?」
 

牡丹 「マズイよ、マズイに決まってるじゃありんせんか! ババアが嫌味を言いに来る頃だね」
 

女将 「誰がババアだって?」
 

牡丹 「ひぃ!」
 

女将 「いいよ。元々のあんたの売上が下がったわけじゃないし、椿のも一時的なもんさね」
 

牡丹 「と、いうと?」
 

女将 「金がなくなりゃ、足も遠のく。世間知らずのぼんぼんが女遊びを覚えた、今の内だけだろうよ。
    心配なのは椿さね。牡丹、蓮太郎、椿から目を離すんじゃないよ。」

 

牡丹 「お母さん・・・?」
 

女将 「この仕事で身を削るのは仕方のない事さ。けど、今の椿は心を削ってる様に見えるんだよ」
 

牡丹 「そさまと心を通わせた、と? 椿が」
 

女将 「バカ言っちゃいけないよ。あの目は、憎悪の目さね」
 

蓮太郎「憎悪」
 

牡丹 「憎しみっていうんはおなごを醜くも美しくするもんでございんす。
    近頃の椿は美しさに凄みが増して更に美しくなって来んした。あちきもそろそろ、お職引退でござんしょうか」
 

女将 「何言ってんだい。牡丹、あんたはまだまだ華屋の看板張る色気がある。まだ、代替わりは早いね」
 

蓮太郎「牡丹花魁、年増の悋気ですか? ・・・っだっ!! 無言で殴らなくても」
 

牡丹 「蓮太郎、あんたも言葉に気をつけな?」
 

蓮太郎「済みません」

 

 

◆◆◆大見世・華屋[遣り手部屋]◆◆◆

女将 「さて、加賀、鬨衛門様でしたね。お待たせして申し訳ありませんでした。あたしも今の時間は忙しいんでね。

    話があると言う事ですが、早速話を聞かせていただきましょうかね」
 

鬨衛門「まずは、この金子を受け取ってもらいたいのじゃが」
 

女将 「五百両、これは? なんの金でしょう」
 

鬨衛門「ワシは椿を身請けしたいと思っとるんじゃ」
 

女将 「(煙草ふかす)まぁ、だいたいそんな所だろうとは思ってましたよ」
 

鬨衛門「それなら話は早い。つい先日、友人から聞いたんじゃ。その、若山から女郎を五百両で身請けしたと。
    そんならワシにも用意できると思うてな。こうして参った訳じゃが」

 

女将「五百両? バカ言っちゃいけないよ。どこの小見世の話だい、それは。
    ウチは年季明け前の女郎でもそんな端金で身請けなんざさせたことないね。椿は次期お職につく女だ。
    年季だってあと八年残ってる。それを五百両だ? 椿の花魁道中一回分が関の山だね」

 

鬨衛門「そんじゃあ、いくらじゃ? いくら出せば身請けさせて貰えるんじゃ?」
 

女将 「聞くけどね。あんた、何を思って椿を身請けしたいなんぞと言い出したんだい」
 

鬨衛門「ワシは椿に惚れとるんじゃ」
 

女将 「そんなら、忘れるんだね」
 

鬨衛門「なぜじゃ! 椿もワシを好いておると言うておった!」
 

女将 「ここをどこだと思ってるんだい。幕府公認の若山遊郭だよ。
    女郎は客を惚れさせるためにあの手この手を使う。客も騙された振りをする。それが粋な遊び方ってもんさね。
    女郎の惚れた腫れたを本気にするバカがどこにいるんだい」

 

鬨衛門「椿は嘘でその様な事を言うおなごではない!」
 

女将 「ゲホンゴホンッ! ふざけた事言うんじゃないよ。むせちまったじゃないかい!」
 

鬨衛門「文だって貰っている!」
 

女将 「椿はマメな子だからね。馴染み客への文は欠かさないよ! 何度も言うけどね、椿は女郎なんだよ。
    そういう言葉を本気にするなら素人娘の言葉を信じな!」

 

鬨衛門「では今ここに椿を呼んで事の真偽を確かめれば良いではないか!」
 

女将 「女郎の貴重な睡眠時間をなんだと思ってんだい! 椿が死んじまうよ!」
 

鬨衛門「ワシに身請けされれば良いのじゃ! そうすればゆっくり休ませてやれるではないか!」
 

女将 「五百両でかい? 若山一の大見世、華屋を舐めてんのかい。さっきも言った通り椿はまだ八年の年季が残ってんだよ。
    それをたった五百両ぽっちで方を付けようなんざ、近頃の武士は勘定もまともに出来ないのかい」

 

鬨衛門「だからいくらかと聞いておる!」
 

女将 「今の椿に値段なんかつけられるもんかい。
    だいたい身請けなんてぇのは、見世が信用してる相手にしか許しゃしないよ。
    あんた一体見世に何回登楼(あが)ったってんだい。一月やそこら通ったからといって簡単に身請けを許したりするもんかい」

 

鬨衛門「あの様に純真な椿を使って、おぬし金儲けしか考えておらぬではないか! 
    ここまで腐った人間をワシゃ見た事もないわ」

 

女将 「椿が純真とか、脳みそがひっくり返っちまうよ。金儲けを考えるのは当然さね。
    ここはそういう所だって何度言えばわかるんだい。こんなに頭の悪い男初めて見たよ」

 

鬨衛門「ワシを愚弄しおったな?!」
 

女将 「愚弄してんのはどっちだよ。言っとくけどね、椿の身請け話なんて山と来てるんだよ。
    何十年も見世に通い続けた馴染みの客から千両以上でね! 
    五百両なんてふざけた事言い出したのはあんたが初めてさ。危うく茶を噴きだすとこだったよ!!」

 

鬨衛門「椿の美しさを逆手にとって稼げるだけ稼ごうとしておるのだろう!」
 

女将 「(煙管をふかす)見世の子はね、みんな私の可愛い娘なんだよ。あんた、近々祝言を挙げる予定が入ってるね」
 

鬨衛門「それがなんだと申すのじゃ! ワシくらいの年齢になれば許嫁くらいいて当たり前じゃ」
 

女将 「そんなんじゃあ椿を正妻に迎えるなんてできゃしないだろ? 妾にするってならお断りだよ」
 

鬨衛門「女郎上がりでは正妻になど出来ぬ」
 

女将 「どこまでバカにしたら気がすむんだい!! 結局女郎を買い叩きたいだけだろうが!」
 

鬨衛門「武家の祝言には事情があるのじゃ!」
 

女将 「椿はね、そんじょそこらの武家の姫君より優れた女だよ。

    文字の読み書き、歌に踊りに茶道華道、琴、三味線、胡弓を極めて気品だって持ち合わせてる。
    なんだったらあんたの許嫁をここに連れてきな! 椿とどっちがより姫君に近いか比べてみりゃあ一目瞭然さ! 
    それだけの女を育てるのに一体どれだけの金と尽力がいったと思ってんだい」

 

鬨衛門「しかしワシゃあ椿を諦めきれんのじゃ」
 

女将 「じゃあ、遣り手を通して見世に通うんだね。だいたい身請けの理由なんて、見世に登楼り続けてたら金がいくらあっても足りない。
    そんならいっそ身請けして手元に置いた方が安上がりだって理由だろう?

    あんたみたいな若造の考えそうなこったね。金がないなら、相応の女を抱いてきな!」
 

鬨衛門「椿以外のおなごなど抱く気になれぬわ!」
 

女将 「椿はウチで二番目に稼ぐ女なんだよ。これがどういう事か分かるかい?
    若山数千人の女達の中で二番目にいい女ってぇ事だよ! その女を抱こうってんならそれ相応の覚悟をしてきな!!」

 

鬨衛門「・・・、あい分かった」
 

女将 「座敷遊びのさじ加減がわからないってんなら、もうここには来ないこったね」
 

鬨衛門「椿の部屋はどこじゃ!! 案内せよ!!」
 

女将 「は?!」
 

鬨衛門「いつもの部屋ならば二階じゃな?」
 

女将 「ちょっとあんた! 勝手に二階に上がらないどくれ!! 誰か!」

 

 

 

―――華屋・廊下―――
 

 

鬨衛門「椿! 椿!! そなたを迎えに来たぞ!!」
 

牡丹 「なんの騒ぎでありんすか! 今は営業時間外! 勝手に見世に登楼って貰っては困りんす!
    早々にお帰りになってくんなまし!!」

 

鬨衛門「邪魔をするでない!」
 

蓮太郎「牡丹花魁危ない!!」
 

牡丹 「な、ん・・・、見世で抜刀するなど、どういうつもりでありんすか!」
 

鬨衛門「そこを退けぃ! 椿、迎えに来た! 出てこい!」
 

椿  「迎えに、って・・・」
 

蓮太郎「椿! 出てくるんじゃない!」
 

女将 「襖を閉めて大人しくしといで!!」
 

椿  「けんど、迎えにって・・・、もしかして身請けを?」
 

鬨衛門「そうじゃ、椿! 身請けの話をしに来たのじゃ!」
 

椿  「ほ・・・、本当に・・・」
 

女将 「何出て来てるんだい椿!! 部屋に入っておいで!」
 

蓮太郎「椿!」
 

鬨衛門「ワシが身請けに来るのを待っておったのじゃな? かわいい奴め。もう離さぬぞ。
    ワシは祝言はあげるが椿の事は正妻よりも大切にしてやろう」

 

椿  「え?!・・・、正、妻より・・・、も・・・?」
 

鬨衛門「そうじゃ。何も心配は要らんでな?」
 

椿  「・・・、違う」
 

鬨衛門「何がじゃ」
 

椿  「帰ってくんなまし」
 

鬨衛門「何が気に入らなかったのかは分からぬが後程ゆっくり聞いてしんぜよう。一緒に来るのじゃ」
 

椿  「あ・・・っ! いや!! 放して!!」
 

蓮太郎「椿!!!」
 

牡丹 「椿!! おんし、最近椿の所に通っているという旗本の男でありんすな?!」
 

鬨衛門「いかにも! 加賀鬨衛門と申す! そこを退けぃ!」
 

牡丹 「椿を放しや! いかに旗本のお武家様といえど女郎を拉致するなん、
    ましてや見世での抜刀などご法度でありんす!!」

 

鬨衛門「退けぃと申すに、退かぬなら斬る!」
 

蓮太郎「危ない! 牡丹花魁!!」
 

牡丹 「あ!!」
 

蓮太郎「・・・っ(斬られる)」
 

椿  「蓮太郎!!! 牡丹姐さん!! ・・・っ!! 放して!!」
 

牡丹 「蓮太郎! おんし・・・」
 

蓮太郎「腕を少し掠っただけです。牡丹花魁は」
 

牡丹 「あちきは大丈夫でありんす」
 

蓮太郎「牡丹花魁、帯紐で俺の上腕をきつく縛って下さい。大門前の詰所へ通報してきます!」
 

牡丹 「判りんした。蓮太郎! 帰ったらすぐに手当てするのでありんすぇ」
 

蓮太郎「ありがとうございます」
 

椿  「蓮太郎!! 放して! 放せ!!」
 

鬨衛門「放す訳には参らぬ! このままそなたをここに置いておきたくはないのじゃ! ワシの城に連れ帰る!」
 

女将 「まだ判らないのかい! 椿が放せと言っているのが聞こえないのかい!!」
 

鬨衛門「少し戸惑っているだけじゃ! 誰もワシの行く手を阻むでないぞ!」
 

女将 「誰か! 止めとくれ!!」
 

次郎 「この、椿花魁を放しやがれ!」
 

鬨衛門「邪魔者は・・・、斬ると申した!!」
 

次郎 「ぎゃああああ!!」
 

女将 「次郎!! 次郎!!」
 

椿  「次郎!! いやああああああああ!! 人殺し! 放してぇ!!放してえええええ!!!!」
 

牡丹 「椿! 椿ぃいいいい!!!!」
 

鬨衛門「心配するでない。ワシが、ワシが誰よりもそなたを大切にするでの? 
    もう、他の男に抱かれずとも良いのじゃ」

 

椿  「放してよ! 放して! このキチガイ! 本当の意味で迎えに来てくれた訳じゃないくせに!」
 

鬨衛門「ワシの心を疑っておるのか。城に帰ったらその疑いも晴れようぞ」
 

岡引1「いたぞ! あの男じゃ!」
 

鬨衛門「邪魔者はどいつじゃ! 全て斬り伏せてくれるわ!!」
 

岡引1「うぎゃああ!」
 

椿「もうやめてえええ!!」
 

岡引2「背後から回り込んで取り押さえよ!」
 

鬨衛門「がっ」
 

岡引3「取り押さえたぞ!」
 

鬨衛門「放せ! 放さぬか! ワシを誰だと思うておる!! 加賀鬨衛門ぞ!」
 

女将 「椿いいいいい!!」
 

椿  「お母さん・・・」
 

女将 「椿、怪我は? どこも痛くないかい?」
 

椿  「大丈夫でありんす。・・・、こわか・・・った」
 

女将 「もう大丈夫だ。大丈夫だよ。良かった、本当に良かった」
 

椿  「お母さん・・・、心配掛けて、ごめんなんし」
 

女将 「私のこたいいんだよ! 無事で、良かった。良かった、椿・・・」

 

 

―――数日後―――
 

 

椿  「牡丹姐さん! 牡丹姐さん! 見て?! 見てくんなまし!!」
 

牡丹 「椿、おんし元気でありんすな・・・、あっちは眠いよ」
 

椿  「もみじ屋のご亭主が作った抹茶の中に小豆(あずき)と白玉を落とした
    あんみつがものすごく美味しんでありんす!」

 

牡丹 「お茶に・・・、小豆? おぇ・・・」
 

椿  「美味しんでありんす! 一度食べてくんなまし!」
 

牡丹 「いらないよ!!」
 

椿  「ええーー、おいしいのにぃ・・・」
 

蓮太郎「牡丹花魁、椿花魁、失礼いたします」
 

牡丹 「蓮太郎、どうしたんだい?」
 

蓮太郎「ご一報だけ入れさせていただこうかと思いまして」
 

椿  「蓮太郎、抹茶あんみつ食べう?(もぐもぐ」
 

蓮太郎「いりません」
 

椿  「むぅ・・・」
 

牡丹 「要件はなんでありんすか? 蓮太郎」
 

蓮太郎「旗本、加賀家が改易になりました」
 

牡丹 「改易・・・」
 

蓮太郎「加賀の所領地並びに城、家財諸々は没収、任三郎と鬨衛門は切腹との事でございます」
 

牡丹 「まぁ、相応のお取り沙汰とはいえ馴染みが減りんしたな、椿」
 

椿  「んふふ・・・」
 

牡丹 「椿?」
 

椿  「ふふふふふ・・・、抹茶あんみつが美味しいなと思いんして」
 

蓮太郎「傾城(けいせい)・・・・」
 

牡丹 「佳人(かじん)、か・・・。末恐ろしい子だよ、全く」