花魁道中いろは唄~五葉~ 常ならむ ♂×2 ♀×4 / 白鷹

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所要時間:60分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

淡墨  (うすずみ)  ♀ 22歳

    『華屋』に隣接するお見世『手鞠屋』のお職
    牡丹と同様、教養も高く、こぢんまりとした顔の人形の様な美貌が売りの花魁
    遊郭で産まれ、遊郭で育ち己自身も遊女になるという生粋の花魁気質で気位が高い
    次代の花魁を教育するくらいなら客の相手をすると、新造も禿もつけてはいない


銀杏  (いちょう)   ♀ 20歳

    『手鞠屋』の花魁
    淡墨の妹女郎的に懐いておりとても淡墨を大切に思っている
    女性らしく優しい、またしっとりとした魅力を持っている
    姐花魁の淡墨とはよく同じ座敷に呼ばれるなど、客は二人を同時に見る事を好む

 


景季  (かげすえ)  ♂ 26歳

 

    大名小田切の御曹司で跡取り息子
    遊郭内で初めて見た淡墨花魁を見初めて座敷に呼ぶ
    さまざまな事を楽しむ心を持っており、肩書を鼻にかける事もない好青年


菊丸  (きくまる)  ♂ 24歳

 

    大名小田切家に仕える武士で、景季の側近。
    景季の忠実な部下であり生真面目で、常に景季の身を気にかけている
    真面目で一途な反面非常に不器用で、女性慣れしておらず遊郭での作法は詳しいものの
    自ら遊びに行くことは出来ない初心な青年

 


牡丹  (ぼたん)  ♀ 23歳

 

    遊郭の店の中でも屈指の人気を誇る『華屋』のお職
    遊郭の中を花魁道中として練り歩き美貌と立ち居振る舞いと教養の高さを誇る
    人々の羨望を集めた遊郭トップクラスのお職
    水揚げ後、異例の早さと若さでお職に選ばれた実力者

 

 

椿   (つばき)  ♀ 17歳

 

    可愛らしい顔と愛らしい仕草で水揚げ前の振袖新造時代から客に絶大な期待をされていた
    水揚げ年齢が近くなった頃から、『華屋』では先触れを出して客を呼び込み
    椿の水揚げには破格の花代が付けられたにもかかわらず、御開帳には申し込みが殺到した
    現在は花魁として活躍し次代お職の噂が立っている

 


――――――――

役表

 

淡墨  (♀)・・・
銀杏  (♀)・・・
景季  (♂)・・・
菊丸  (♂)・・・
牡丹  (♀)・・・
椿   (♀)・・・

――――――――――――――――――――――――
 

◆◆◆華屋 玄関前◆◆◆


牡丹 「おや、淡墨。おんしと会うのは久方振りでありんすなぁ。景気はどうでありんしょ?」

淡墨 「見ての通り、これから揚げ屋に向かいんす」

牡丹 「それは奇遇。あちきもおきちゃを迎えに参りんす。道中、よろしくお頼み申しんす」

淡墨 「ふんっ。寄りによって牡丹と道中揃い踏みとは、今日は厄日でござんしたか」

椿   「牡丹姐さんの道中と、淡墨お職の道中を合わせて見られるなんて、
    今日の廓は花を撒き散らしたかのようでありんせんか。ねぇ、姐さん」

淡墨 「ちぃとおつむの足りん新造を付けておりんすな」

椿   「んん?」

牡丹 「椿は新造ではありんせん。初見世も去年済ませた立派な花魁でありんす。
    あちきは今椿の後ろに控える、新造の桔梗と禿の百合をみておりんす
    淡墨もそろそろ妹の面倒を見てやりなんし」

淡墨 「新造や禿の面倒を見るなん、年季明けが遅くなりんす。
    妹をしつけるよりおきちゃを取ってさっさと廓を出るんがあちきの願いでありんす」

牡丹 「それもそうでありんすな。けんど、妹も可愛いもんでありんすぇ?」

椿   「姐さん」

牡丹 「どなんしんした? 椿」

椿   「もしかして、淡墨お職と仲が悪いのでありんすか?」

淡墨 「牡丹、妹を持たんあちきがいうのもおかしな話でありんしょうが・・・、
    場の空気を読む事もまともに出来ん女を、よくもまあご開張させたもんでありんすな」

牡丹 「一律、おきちゃの思い通りになるおなごばかりが好まれる時代ではありんせん。
    座敷では道端に咲く小さな花のように愛らしく、
    褥(しとね)では露含む蘭の如く艶やかにおきちゃを虜にしんす。
    お職の座に胡座をかいていては、流れを見失いんすぇ?」

淡墨 「椿とやら、ひとつ教えてやりんしょう」

椿   「あい?」

淡墨 「華屋と手毬屋は軒を連ねる商売敵。女郎同士の仲が良くても所詮は相容れぬ存在。よう、肝に命じときや」

椿   「あ・・・、りがとうございんす」

牡丹 「淡墨を、どなんおもいんした?」

椿   「藍染めの仕掛けに桔梗のかんざし、小さなお顔に切れ長のまなじり、ツンとした鼻と小さな唇、
    とても、綺麗なお人でありんす。・・・、けんど」

牡丹 「けんど?」

椿   「人形の様でありんした」

牡丹 「そう、淡墨は人形の様に心が空っぽなのでありんす」

椿   「空っぽな、心」

牡丹 「淡墨は廓生まれの廓育ち、母は元は大見世のお職でありんしたが、派手で情夫(いろ)を取っ替え引っ替え、
    身に掛かる借金にまみれて、晩年は切見世に落とされ痩毒で命を落とし投げ込み寺に捨てられた、と聞いておりんす」

椿   「切見世・・・」

牡丹 「あっちら廓のおなごにとって、怖ろしい言葉でありんすな」

椿   「禿時代に羅生門河岸で、一度迷って怖ろしい思いをした覚えがありんす」

牡丹 「母親の借金まで背負って生まれた意味も知らず生きる意味も知らん。
    まこと人形の様なおなご、それが淡墨花魁。間夫(まぶ)を作らんのは、母に対する恨みでありんしょう」

椿   「淡墨お職・・・。空の心で廓を出て、どなんする積もりでありんしょう・・・」

牡丹 「さあ、あっちらも参りんしょう」

 


◆◆◆揚屋◆◆◆


淡墨 「『手鞠屋』お職、淡墨参りんした。本日はお初のお呼び奉り、ありがとうございんす」

景季 「ほぅ・・・、これは、たいした別嬪じゃ。他家の姫でもこれ程の別嬪はおらん。
    そなたが道中の折りにちらと見掛けて呼んでみたが、待ったかいがあるというものじゃ」

銀杏 「淡墨お職の手伝いに参りんした、花魁の銀杏と申しんす。よろしゅうお頼もうしんす。
    右に控えるは新造の紅葉、左が禿の葛木と申しんす」

景季 「ふむ、何れ劣らぬ美女ぞろい。じゃが、やはり淡墨が美しい。のぉ、菊丸」

菊丸 「おっしゃる通りにございます。」

銀杏 「では、景季様、一服お付けいたしんしょう」

景季 「なんじゃ、淡墨はつけんのか。早速長煙管に火を入れおって、そなたわしを誰じゃと思うておる」

菊丸 「殿、どうぞお気をお鎮めください。遊郭では三度のしきたりというものがございます。
    殿は今日『初会』となります。淡墨と口を聞くことは出来ません」

景季 「なんじゃ?それは」

銀杏 「替わりに番付けを呼んでおりんす。どうぞ歌と三味、踊りをお楽しみなんし」

菊丸 「遊郭には遊郭のしきたりがございます。お怒りになりませんよう」

景季 「怒ってはおらん。怒ってはおらぬが・・・」

菊丸 「では?」

景季 「淡墨は座敷が終わるまで口を聞けぬのか。大儀な仕事だな・・・」

銀杏 「は?」

景季 「楽しい座敷遊びを楽しんではならぬ、ということにならんか?」

銀杏 「は、まぁ、そうでありんすが・・・。それがしきたりでありんす」

景季 「なんぞ、不憫になってきたぞ。ほれ、必死に何かこらえておる」

淡墨 「・・・っ!(イラついた感じ)」

景季 「しきたりなぞ捨ててしまえ。笑いたければ笑え、話したければ話すが良い。
    今日、ここであったことは皆口外致すな」

銀杏 「そういうわけには参りんせん」

景季 「なぜじゃ。淡墨とやら、確かに人形の様に美しいが、動きもせん、
    笑いもせんでは身の丈大の人形と変わらんぞ」

淡墨 「・・・・・・っ!!(さらにイライラ)」

景季 「淡墨、そんなに強く煙管盆(きせるぼん)に雁首(がんくび)を叩きつけたら取れてしまうぞ」

銀杏 「淡墨姐さん、落ち着いてくんなまし」

菊丸 「殿、淡墨花魁に嫌われてしまいますぞ」

景季 「菊丸、三度のしきたりとはなんじゃ。詳しく申せ」

菊丸 「は。今回、殿のように初めて気になる花魁と座敷で酒を飲む事を『初会』といい、
    今日においては淡墨花魁とは一切接点を持つ事はできませぬ」

景季 「なるほど? ワシが淡墨を観察しているのと同じ様に、淡墨もワシを客として受け入れるか否かを選別している、という訳か。
    ふむ、大名小田切の御曹司と生まれおなごは皆ワシに媚びへつらってきたが、
    よもや女郎ごときに人となりを測られるとは大した侮辱を受けたものぞ」

淡墨 「・・・っ(イラつきの余り声が洩れる)」

銀杏 「落ち着いてくんなまし」

菊丸 「殿、どうぞお怒りくださいますな」

景季 「ワシは、怒っておらぬというておる。続きを申せ」

菊丸 「は。殿が諦めずもう一度お越しになると仰せになれば、次は『裏を返す』といい、
    淡墨花魁は殿の隣にはべることとなりますが、態度は変わりませぬ」

景季 「ふむふむ。では淡墨はまたしても忍耐を強いられる、という訳じゃな? 
    遊郭は女郎にとって苦界くがいと聞いておるが、まこと忍耐力を鍛えねばやっておれん。
    わしなら四半刻も持たず喋ってしまうわ。
    淡墨、そんなに続けて煙草を吸うておると体に悪いぞ。ちと、控えよ」

淡墨 「・・・・・・っっっ!(悔しくて漏らすうめき声)」

景季 「まこと面白いおなごじゃ。喋りもせん、表情も変えん。じゃがなんぞ色々伝わってくるものだ」

淡墨 「・・・・(怒りが我慢できずに声が洩れる)」

景季 「菊丸、続きを申せ」

菊丸 「は。裏を返すも殿が諦めずに座敷を設けた場合、『枕』と呼ばれ殿は手鞠屋の馴染み客となり、
    淡墨花魁と床に入る権利が発生致します。
    存分に淡墨との会話も出来ますし、杯をかわし祝宴となりますが、
    一度淡墨花魁の馴染となった場合他の遊女を座敷に呼ぶこともできませぬし、
    浮気とみなされ遊郭での殿の評判は落ちます」

景季 「なんぞ祝言の様なもんじゃの」

銀杏 「確かに似ておりんすな」

景季 「なるほど、座敷遊びとはかくも雅(みやび)なものであったか」

菊丸 「しかし殿」

景季 「なんじゃ」

菊丸 「ここは遊郭、おなごは女郎。客は殿一人ではありません」

景季 「ううむ。嫌な話になりそうじゃ。銀杏とやら淡墨は他に馴染み客がおるのか」

銀杏 「本日は景季様のものでございんす。さ、もう一服、お飲みなんし」

景季 「むぅ。はぐらかすでない、きちっと申せ」

銀杏 「無粋なことを聞きんすな・・・。確かにおきちゃは殿一人ではございんせん。
    けんど、その名残りを悟られるほど、淡墨は気遣いの足りんおなごではございんせん」

景季 「名残りを残さぬ。そうか・・・、それは銀杏、男が名残りを残せぬのではないか?」

淡墨 「?!」

景季 「人形の様に表情一つ変えぬ。じゃがの、淡墨。
    ワシにはおんしが心を遣れぬ、寂しげなおなごに見えて不憫で仕方ないのじゃ」

淡墨 「ふ・・・、く・・・」

景季 「のう、淡墨。そなた、心をどこに棄ててきた」

淡墨 「・・・?!(驚いて声が洩れる)」

景季 「そなた、笑わぬのではなく、笑い方を知らぬのではないか?」

淡墨 「・・・(諦めて溜息)」

景季 「淡墨、笑え」

淡墨 「・・・ふーーーっ(煙管をふかす)」

銀杏 「無理を言んすなぁ」

景季 「ワシは客ぞ。それくらいの奉仕、揚げ代に入っておろう、笑え」

淡墨 「・・・ふんっ」

菊丸 「殿、あまり無茶を言うと淡墨に嫌われますぞ」

景季 「はて、この仏頂面を眺めるのも、嫌われるのも大して変わりゃあせんと思うが」

菊丸 「確かに・・・」

景季 「であろう。菊丸、金子きんすを出せ」

菊丸 「は」

銀杏 「景季様、なにを」

景季 「10両じゃ。淡墨、笑え」

銀杏 「あ・・・、ま・・・」

淡墨 「んなっ!」

景季 「では20両でどうじゃ。笑え、淡墨」

銀杏 「は・・・・?」

淡墨 「くっっ!!!」

景季 「強情なおなごじゃ。ますます気に入った。30両じゃ」

銀杏 「ひぇ・・・」

淡墨 「ぅ・・・っ」

景季 「菊丸、まだあるか」

菊丸 「存分に、どうぞ」

景季 「50両」

淡墨 「・・・・・く」

銀杏 「淡墨姐さん抑えて・・・」

景季 「100」

淡墨 「馬鹿にするのも大概にしてくんなまし!!!」

銀杏 「姐さんっ!!」

菊丸 「お・・・」

景季 「おお、笑えと申すに怒った」

菊丸 「当然でございましょう」

淡墨 「先程から聞いておれば、大儀だの不憫だの人形だの、
    心がないだのと好き勝手に人を測るような真似をしんして!!
    あまつさえ寂しいおなごなどと言んしたな!! 所詮は下賤の女郎と侮っておりんすか?!」
    そさまをなんと思っとりんすかと聞きんしたな? 
    50万石小田切の大名御曹司がここでなんの身分があると思っとりやんすか! 
    大門を出てこその身分素性でありんしょう?! 
    あっちらは廓に来る殿方なぞ皆同じ、精を抜くだけの存在でありんす!」

銀杏 「淡墨姐さんっ! 抑えてくんなまし!!」

淡墨 「銀杏は黙っとりやんせ!」

銀杏 「姐さん」

淡墨 「心がない? はっっ! 心など幼い頃お歯黒溝(おはぐろどぶ)に棄ててやりんした! 
    おんしら男どもの精を抜くなん、身体があれば充分じゃ!!
    何を言えば喜ぶか、どうすれば喜ぶか、手練手管を使って天に舞い上がらせてやりんしょう! 
    けんど、そこに心を求める男がいるものか! 
    嘘偽りと知りながら一晩の夢と快楽を買いに来るのでござんしょう? 
    誰も求めることのない心なん未練がましく持ってなんの得がございんしょうか?」

菊丸 「貴様!」

景季 「抑えよ、菊丸」

淡墨 「100両出せば心が手に入ると思いんしたか? 元より、無い物を手に入れることなど出来んせん!」

景季 「あいわかった」

淡墨 「なんと・・・?」

景季 「そなたの棄てた心、今一度ワシが取り戻してしんぜよう」

淡墨 「は?」

景季 「元より失っているとは思っておらんのでな、思い出させてやろうと言うのが正しいか」

淡墨 「・・・、やれ、んふふ・・・。 
    小田切の御曹司は酔狂なのか気が触れたのか、わかりんせんが、
    酔いどれに付き合うもあっちらの務めでありんす。
    気が済むまで、お付き合い致しんしょう」

景季 「笑うたな?」

淡墨 「は?」

景季 「ワシを嘲笑うもよし、そなたの笑顔が見たかった。
    唇の端を釣り上げるだけではあるが、それほどの簡単なことが、そなたは出来ぬのかと思っておった」

淡墨 「笑ったがどれ程のことでありんしょうか?」

景季 「愛らしい笑顔であったぞ」

淡墨 「それはようござんした。100両の価値はありんしたか?」

景季 「ああ、あった」

淡墨 「銀杏、100両いただきや」

銀杏 「えええええええ?!」

淡墨 「よろしいのでござんしょう?」

景季 「無論じゃ」

銀杏 「は・・・、あ、ありがたく頂戴しんす。ヒィィ….」 

淡墨 「元より初会、馴染みでもなんでもありんせんが、手切れとして受け取りやんす」

景季 「どういうことじゃ」

淡墨 「初見世以来、これほどの屈辱を受けたんは初めてでありんす。心を捨てた体にも誇りがありんす。
    揚げ屋での座敷には応じんしょう
    けんどこれから先、裏を返そうが馴染みになろうがあちきは殿さんに肌は許しゃせん。
    それでよろしいのでござんしたら何度でもお越しになってくりゃれ。
    無論、今回限りというんも受け入れんしょう」

景季 「ワシはついさっきの約束ですら違える様なうつけに見えるか?」

淡墨 「知りんせん」

景季 「そなたの心を取り戻すと言った。ワシは心から笑わせるまで通うぞ」

淡墨 「酔狂な」

景季 「良いな、菊丸」

菊丸 「御意にございます」

景季 「ただし、ワシにも褒美をくれぬか」

淡墨 「褒美?」

景季 「三月じゃ。三月毎日欠かさず通おう」

淡墨 「?!」

銀杏 「ふぇ?!」

景季 「ひと月、欠かさず通った暁には、そなたの手を握らせてくれ」

淡墨 「手を・・・?」

景季 「ふた月、欠かさず通ったら、ワシに膝を貸してくれ」

淡墨 「膝・・・」

景季 「膝枕をして欲しいのじゃ」

淡墨 「三月で、どうしたいと」

景季 「三月でそなたを抱かせてくれ。心を許さぬというならそれを最後としよう」

淡墨 「毎日、欠かさずといんしたな。出来るもんなら好きにしてくんなまし」

景季 「誠、約束しよう。風が強かろうが、雨が降ろうが必ず毎日じゃ」

淡墨 「1日でも欠かせば、あちきを抱けると思いしゃんすな?」

景季 「無論じゃ。そしてその間、そなたは客を取るでない」

淡墨 「なんと・・・?」

景季 「昼見世も夜見世もじゃ。ワシがその分の揚げ代の倍払おうぞ。損は無かろう」

淡墨 「それは出来ぬ相談。あちきにも数多くの馴染みがおりんす。
    その方々ですら、ご指名が重なった際には名代みょうだいをあてがっておりんす。
    殿様といえど例外ではありんせん」

景季 「ではワシが来たかどうか分からんではないか」

淡墨 「見世の帳簿に残りんす。」

景季 「あいわかった。誤魔化すでないぞ」

淡墨 「手毬屋お職としてその様なあざとい真似は決してしないとお約束致しんしょう」

景季 「菊丸、銀杏。互いに聞いたな」

菊丸 「しかと聞きましてございます」

銀杏 「お約束、聞きんした」

景季 「また明日、会おうぞ。菊丸、出るぞ」

菊丸 「大引け前ですが、よろしいので?」

景季 「構わん。充分に楽しんだ」

淡墨 「本日はお越しいただきありがとうございんした。またのお越しお待ち申しておりんす」

 


◆◆◆大見世・華屋[牡丹の部屋]◆◆◆


椿   「姐さん! 牡丹姐さん!! 起きて!! 起きてくんなまし!」

牡丹 「椿・・・、騒がしい。わっちゃあ今日は昼見世を休んでもちっと寝る・・・すーーー・・・」

椿   「姐さん! 大変でありんす!」

牡丹 「椿の大変は聞き飽きた」

椿   「今度こそ本当に大変なのでありんす!」

牡丹 「やかましい!!」

椿   「ひゃあ!!」

牡丹 「・・・んん・・・すー・・・」

椿   「あ、姐さんの大切な口元のほくろが取れてしまいんした!」

牡丹 「なんだって?!」

椿   「ほくろが取れるわけありんせん・・・」

牡丹 「・・・」

椿   「目は覚めんしたか?」

牡丹 「で! なんだい? 大変、とは。くだらんことなら許しゃせんえ!」

椿   「先月の売り上げを手毬屋に抜かれた言うて、お父さんとお母さんが激怒しているでありんす」

牡丹 「は? 手毬屋にウチが? 冗談でも馬鹿なことをいうんじゃない!」

椿   「嘘じゃありんせん。おかげで昼見世も花魁全部におきちゃをつけるといいだしんした。
    そんで、行水で休んでたあちきのとこに、お母さんが来て襦袢の裾めくって本当に行水かどうか確認していきんした」

牡丹 「ぶはっ。そこまでするか、ババァ」

椿   「姐さん、寝起きの機嫌が悪いのは知っておりんすけど、ありんす言葉が抜け落ちておりんす」

牡丹 「あー、うー、待って。水・・・」

椿   「あい、白湯なら持ってきんした」

牡丹 「準備がいいね。ん、ん(白湯を飲む)・・・、はぁ。
    で?手毬屋は何か特別なことを始めたのでありんすか?」

椿   「何かを始めたわけじゃありんせん。
    淡墨お職にとんでもなく羽振りのいいおきちゃがついたそうでありんす」

牡丹 「淡墨に一人ついたと言って変わりんせん。綺麗どころの花魁の数は華屋の方が多い。
    ウチの花魁は中見世のお職を張れるくらい別嬪揃いでありんすよ?」

椿   「毎晩、100両以上を落としていく大名御曹司でも?」

牡丹 「ひゃ・・・っ?!?! 毎晩????」

椿   「淡墨お職が出られず名代が付いても、
    変わらず手間賃として揚げ代に加えて百両置いていくそうな」

牡丹 「ずいぶんと入れ込ませたでありんすな。
    褥の技芸でもあげたんでありんすかい?」

椿   「それが、床入りはしてないというらしいのでありんす」

牡丹 「まさか・・・、バカなことをいうんじゃありんせん」

椿   「あちきも最初そう思いんした。けんど、大引け前に毎日、
    髪も乱さず揚屋より帰ってくる淡墨花魁を皆見ておりんす」

牡丹 「毎晩・・・、そりゃあ、勝ち負け無しに淡墨が気になりんすな」

椿   「え?」

牡丹 「空の心に何かが生まれたのかもしれんなぁ」

椿   「心に」

牡丹 「何にしてもあっちらにできることなんありゃあせん」

椿   「それが、姐さんに初会の差し紙が届いておりんす」

牡丹 「しょっぱい客なら、初会でお断りだよ」

椿   「豪商のご長男で女を知らんから姐さんに仕込んで欲しいという話でありんす」

牡丹 「筆下ろしかい?! 面倒臭っ!」

椿   「まだ祝言の予定もないから、きちっと繋ぎ止めて淡墨花魁に対抗しろと
    髪結いが到着しておりんす。
    支度して道中を張れと言っとりんした。あちきもついていきんす」

牡丹 「・・・、んふふ、ふふふ・・・どんだけこき使えば気が済むんだよ、あのババァ!!!」

 


◆◆◆茶屋◆◆◆


景季 「約束のひと月じゃ、淡墨、手を出せ」

淡墨 「全く、殿の根気にはかないんせんな・・・。どんぞ」

景季 「白くて美しい手じゃ。じゃが、そなたの手は冷たいな」

淡墨 「女郎の手は、いつも凍えていんす。故に、おきちゃに温めてもらうのでありんす

景季 「うまいことを言うもんじゃな。床入りをせんのにそんな風に誘うのは意地が悪いぞ」

淡墨 「誘っているわけではありんせん。本当のことを言ったまででありんす」

景季 「おんしも温めてもらうのか、他の客に」

淡墨 「束の間の火照りなど、すぐに冷めてしまいんす」

景季 「他の客の話はやめじゃ。今日はな、簪を持ってきたのじゃ」

淡墨 「簪・・・」

景季 「どうじゃ」

淡墨 「・・・ぅ?」

景季 「ワシが持ってくるんで、つまみ簪か鹿の子簪かのこぐしでも持ってくると思うたか」

淡墨 「いえ、けんど、これは・・・?」

景季 「母の所に髪結いが来ておってな、簪職人がおったので教えてもらいながら作ってみたのじゃ」

淡墨 「殿様が、お作りに?」

景季 「故に不恰好であろう?」

淡墨 「殿様が手ずからお作りに」

景季 「思う通りにはなかなかいかんもんじゃの」

淡墨 「玉簪たまぐし・・・、耳かきも付いておりんすな」

景季 「そんなにまじまじと見るでない。恥ずかしいではないか」

淡墨 「嬉しい・・・」

景季 「?! なんと申した?!」

淡墨 「嬉しいと、言んした」

景季 「そんなに喜んで貰えるとは、正直思うておらなんだぞ」

淡墨 「挿してくんなまし」

景季 「あ、ああ・・・」

淡墨 「似合いんすか?」

景季 「やはり、ぬしの頭についておる簪に比べると不恰好じゃ」

淡墨 「他のおきちゃの所へ挿して行く訳には参りんせんが、あっちの宝物でありんす」

景季 「大げさじゃ」

淡墨 「こんなに嬉しいなどと感じたのは初めてかもしれん。」

景季 「ん? 手が温もうて来たぞ?」

淡墨 「あ・・・」

景季 「随分と自然に笑うようになった。やはりおんしの笑顔は愛らしい」

淡墨 「ふふ・・・、殿様がふた月おいでの暁には、膝枕で耳を掻いて差し上げんしょう」

景季 「ああ、楽しみじゃ」

 

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銀杏 「菊丸さん、褥の準備ができておりんすに、そんな端近で景季さまの様子を伺ってばかり」

菊丸 「殿が子供のようにはしゃいでいる」

銀杏 「まさかとは思いんすが、あんた陰間じゃないだろうね」

菊丸 「は?!」

銀杏 「息もつかんと、殿~、殿~って、毎晩あっちが待っていてもちっともその気になりんせん」

菊丸 「そ、それは誤解だ」

銀杏 「なら、結構でございんすが」

菊丸 「拙者は殿の護衛も務めておる。ゆえに万が一に備えているだけの事」

銀杏 「遊郭内での帯剣は許されておりんせん。
    菊丸さんだって揚げ屋の旦那に預けておしまいでござんしょ?
    皆変わらず、長物は持って座敷にあがることはできんせん。誰がお命を狙うと言んしょうか
    それに、万が一にそのような事がありんして、丸腰で何が出来るとお思いなんしょ?」

菊丸 「殿は、純粋な方であらせられる。故に拙者は心配なんじゃ」

銀杏 「景季様も、淡墨姐さんも幸せそうでありんす。いつまでも覗き見するんはちぃと無粋ではありんせんか?」

菊丸 「そう・・・、だな。」

銀杏 「・・・、菊丸さん?」

菊丸 「いや、確かに心配には及ばぬかもしれん」

銀杏 「菊丸さん・・・、まさか、菊丸さんも姐さんの事を?」

菊丸 「ま、まさか・・・、殿に対抗しようなどとは思ってはいない」

銀杏 「そう・・・、でありんすか。では、あっちは休養を貰ったと思って床に着かせていただきんす」

菊丸 「ああ、そうするといい」

銀杏 「・・・、バカ」

 


◆◆◆大見世・華屋[牡丹の部屋]◆◆◆


牡丹 「小田切の御曹司の座敷はまだ続いておりんすか」

椿   「あい・・・。これではどんなに華屋が頑張っても追いつくことはありんせん」

牡丹 「奇妙な話でありんすなぁ」

椿   「奇妙? 何が奇妙なのでありんすか?」

牡丹 「毎晩、100両の祝儀。十日で千両、椿ならどう考えんすか?」

椿   「金子の価値が分かっておらんか、何にしても大金でありんすな。千両・・・、千両?」

牡丹 「ようやく気付きんしたか」

椿   「そんなに好いておるんなら、普通なら身請けの話になりんす」

牡丹 「ふた月になろうとする、稼ぎで言えばとうに淡墨の年季も明けようものでありんすが・・・」

椿   「無駄な逢瀬を重ねているだけのように思いんす」

牡丹 「イヤな予感がしんす」

椿   「淡墨花魁は最近角が取れて親しみやすくなったと、評判も良くなりんして。
    あっちもつい先日茶屋であった時にお抹茶と団子をご馳走になりんした」

牡丹 「あの淡墨が?」

椿   「淡墨花魁には到底似合わない簪を挿しておりんした。なんでも小田切の殿さまが作ってくれたものだとか」

牡丹 「淡墨はどんな様子でありんしたか?」

椿   「春の陽だまりのような笑顔で、嬉しそうに話していて、頬を赤く染めるんは痛々しいと思いんした」

牡丹 「心を取り戻したんでありんしょう。その心が壊れん事を祈るしかできんせんなぁ」

 


◆◆◆茶屋◆◆◆


銀杏 「今日でふた月。殿様と淡墨姐さんの間ももう少し近付いた気がしんすな」

菊丸 「まこと、殿も飽きずによくもここまでなさるものじゃ。拙者も感心しておる」

銀杏 「さようでございんすか? 
    殿様はここにおいでになる時は嬉しそうで、あちきもほっこりした気持になりんす」

菊丸 「考えてみればお主と拙者もふた月会うておるという事になるのじゃな」

銀杏 「で、ありんすな」

菊丸 「ん?」

銀杏 「なんでございんしょう?」

菊丸 「急に機嫌が悪くなったのではないか?」

銀杏 「ふふふ、お気のせいでございんしょう」

菊丸 「いや、気のせいではないぞ」

銀杏 「では、行燈の明かりのせいではありんせんのか?」

菊丸 「それとも違う気がするのじゃが、拙者、何かまずい事を申したか?」

銀杏 「いいえ? なにも」

菊丸 「何も」

銀杏 「あい。何も、でございんす」

菊丸 「そう、か・・・」

銀杏 「ふんっ」

菊丸 「いや、気のせいではない、お主明らかに機嫌が悪くなっておるではないか」

銀杏 「何もないからでございんす」

菊丸 「何も、ないから・・・?」

銀杏 「あれ、菊丸様はおなごにみなまで言わせる無粋者でございんしたか」

菊丸 「いや、拙者、本当に判らぬのじゃ」

銀杏 「そんなら、明日の床入りより、布団は二つに分けた方がよろしんすなぁ?」

菊丸 「二つに? あ」

銀杏 「やっとお気づきになりんしたか」

菊丸 「その、銀杏・・・、拙者はな、その、おなごを知らぬのじゃ」

銀杏 「それがどなんしたと言んすか」

菊丸 「どう、接していいのか判らぬのじゃ。拙者も、その、殿と同じく銀杏と会えるのを楽しみにしておる。
    故に、名代などで会えぬ日はやはり寂しい思いを抱えて殿と明け方まで酒を飲む事もある」

銀杏 「え」

菊丸 「じゃから、その、拙者はお主に惚れておるのじゃ」

銀杏 「あ・・・、まことに?」

菊丸 「まことじゃ。お主のぬくもりを感じながら眠る日は何とも言えぬ複雑な思いを抱えておる」

銀杏 「なれば何故、あちきを抱いてはくださらぬのでありんしょうか」

菊丸 「殿が淡墨と床入りをしておらぬのに拙者だけお主を抱く事など出来ぬ」

銀杏 「忠義、でありんすか?」

菊丸 「そうじゃ」

銀杏 「そう、でありんすか・・・」

菊丸 「ま、その様に勝手な事を言われてもそなたも困るじゃろう?」

銀杏 「あちきが困る? 変わった事をおっしゃいんすな」

菊丸 「拙者の様な無骨者がお主に想いを寄せたとして、そなたは様々な色男を目にしておろう?」

銀杏 「それが、仕事でありんすから」

菊丸 「じゃから、この思いは今晩限りで忘れてくれ」

銀杏 「なぜでございんしょう?」

菊丸 「拙者はそなたの様に美しいおなごとは縁がない男じゃ」

銀杏 「そんな事・・・」

菊丸 「じゃから、今宵の事は忘れてくれ」

銀杏 「いやでありんす」

菊丸 「何故じゃ」

銀杏 「不器用で純粋なお方でありんしたか・・・。あちきは勘違いをしておりんした」

菊丸 「勘違いとは?」

銀杏 「菊丸様は城に想いを寄せた方がいらっしゃるものだと思っておりんした」

菊丸 「そ、その様な者、おらぬ。だんじて! おらぬ!!」

銀杏 「菊丸様・・・」

菊丸 「・・・っ?」

銀杏 「わっちゃあ果報者でありんす」

菊丸 「どういう事じゃ?」

銀杏 「あちきも体ではなく菊丸様に心を遣ってしまいんした」

菊丸 「それは・・・」

銀杏 「殿が床入りを果たされた際には、あちきを抱いておくんなまし、菊丸様」

菊丸 「それはっ・・・」

銀杏 「それとも、あちきの様な汚れた遊女はお嫌いでございんすか?」

菊丸 「そんな事はない! 拙者もお主に惚れておる!」

銀杏 「嬉しい」

菊丸 「殿が、思いを果たされる日が待ち遠しく感じられるな」

銀杏 「あい」

 


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景季 「(軽く咳き込んでいる)

淡墨 「 殿さま、お身体がままならんのではありんせんか?」

景季 「ただの風邪じゃ、気にせんでも良い」

淡墨 「菊丸殿、この様にふらついておいでなのに、なぜ止めてくださらんのでしょう?」

菊丸 「お止め致しました。が、三月の約束は必ず守る、と聞き入れてくださいません」

景季 「心配しておるのか、淡墨」

淡墨 「当たり前でござんしょう!!!
    この様なお身体でご無理をなさるなど、殿は大馬鹿ものでございんす」

景季 「気に掛けて貰えるとは嬉しいもんじゃのう。・・・ぅっ、あ」

淡墨 「あっ!!」

菊丸 「殿!!」

景季 「すまぬ、淡墨。よろけてそなたに倒れこむとは」

淡墨 「あちきは大丈夫でありんす」

景季 「膝枕以上の事をしてしまったの」

淡墨 「その様な事気にせんでもよろしゅうございんす! ・・・? 殿? 景季さまっ!!」

菊丸 「いかがなされた、淡墨花魁!」

淡墨 「すごいお熱でございんす! 
    菊丸殿、よろしければここでこのまま看病させていただけぬか?!」

菊丸 「は、しかし・・・。」

淡墨 「揚げ代はいりんせん!! どうか、菊丸様! 
    景季様お付きの医師をここまで連れて来てくんなまし!!」

菊丸 「かしこまりましてございます!」

 

 

淡墨 「景季さま・・・、景季さま・・・」

景季 「・・・ん、ぅ・・・」

淡墨 「お目を覚まされんしたか・・・?」

菊丸 「殿、お気付きに」

景季 「淡墨・・・? 菊丸・・・」

淡墨 「ようござんした・・・、景季さま。熱が高くて丸2日お眠りになったままでどうなる事かと・・・」

景季 「淡墨・・・」

淡墨 「はい」

景季 「そなた、いつからワシを名前で呼ぶ様になった?」

淡墨 「そんな事、どうでも良いではありんせんか! とにかく、お薬湯をお飲みになってくんなまし」

景季 「薬湯? もしや侍医のか」

菊丸 「さようでございます」

景季 「淡墨、ワシやぁ、昔から侍医の薬湯が嫌いでな」

淡墨 「なに子供のようなことを言っておりんすか」

景季 「いや、本当にな、苦くて臭くてじゃな」

淡墨 「・・・ん」

景季 「淡墨? そなたが飲んでどうするのじゃ?」

淡墨 「・・・、ん」

景季 「ん、んん・・・っ」

淡墨 「本当に、苦い・・・っ」

景季 「わしゃあ今までで一番甘く感じたぞ」

菊丸 「それは何よりでございますな」

 


◆ひと月後―――


景季 「いよいよ、明日で三月じゃのう・・・」

淡墨 「さようにございんすね」

景季 「ようやく、そなたを腕に抱ける。たかが三月をワシはこれほど長く感じた事はないぞ」

淡墨 「あちきも・・・」

景季 「ん・・・?」

淡墨 「あちきも長く感じておりんした」

景季 「そなたもか」

淡墨 「・・・っ、ご覧になってくんなんし、景季様。月が明るくてとても美しゅうございんすよ?」

景季 「誤魔化すでない、そなたも長く感じておったのかと聞いておるに」

淡墨 「そのような事、改めてお聞きにならなくてもよろしゅうござんしょ?」

景季 「良いではないか、たまに本心めいたことをぽろりと申すに、そなたには素直さが足りぬ」

淡墨 「もう、それはよいのでございんす」

景季 「わしゃあよくない」

淡墨 「ですから、月をご覧になってくんなんし」

景季 「わしゃあ、月よりそなたの顔を見ている方が好きじゃ」

淡墨 「また景季様がその様に恥ずかしいことをずけずけをおっしゃいんすから、
    あちきが何も言えんくなりんしょう?」

景季 「ワシのせいだと申しおるか」

淡墨 「さようにございんす」

景季 「こうして、そなたの膝に頭を預けて、そなたの顔を見るのが好きじゃ」

淡墨 「先ほどのお話、きちっとお聞きになっていらしゃんしたか?」

景季 「こうして、眺めておってもそなたは美しい」

淡墨 「景季様!」

景季 「わしゃあ、前から思うておったのじゃが」

淡墨 「なんでござんしょ?」

景季 「そなた、胸がちぃと薄いの。もちっと太れ」

淡墨 「か・げ・す・え・さ・ま。あちきが気にしておりんすことを言んしたね」

景季 「なんと、気にしておったのか! ふがっ!!」

淡墨 「それ以上おっしゃるなら膝をお貸しするのをやめんす」

景季 「痛い痛い、鼻をつまむな!」

淡墨 「それより、あちきは先ほどから気になっている事がございんす」

景季 「ほぅ、なんじゃ? 申してみよ」

淡墨 「景季様にお膝を貸し始めてからずっと尻を撫でられている気がしておりんす」

景季 「そりゃまた奇怪な事があるものじゃのう・・・」

淡墨 「では、景季様にお心当たりはござらぬ、ということでありんすな?」

景季 「気のせいではないのか」

淡墨 「気のせいかもしれませぬが、殿でないなら仕置きをしても大丈夫でござんすなぁ・・・!」

景季 「痛い痛い、いきなりつねるとはひどいことをしおる!」

淡墨 「不届き者を成敗しただけの話にございんす!」

景季 「全く、容赦のないおなごじゃ・・・」

淡墨 「そろそろ大引けにございんす」

景季 「さようか。今日は大門前まで見送る必要はないぞ」

淡墨 「なぜ、でございんしょう」

景季 「今日は風が冷たい。風邪でも引かれた日には明日が台無しになってしまうからの」

淡墨 「では、そのようにさせていただきんす」

景季 「明日は、そなた今までで一番美しくして来い」

淡墨 「無論でございます」

景季 「では、また明日・・・。楽しみにしておるぞ」

 


◆翌日―――


銀杏 「姐さん、こんな早うから湯を使って、念入りでございんすな」

淡墨 「何故、銀杏がおりんすか?」

銀杏 「姐さんが湯殿に行くのが見えしゃんしたので、お手伝いをと」

淡墨 「手伝い、とは」

銀杏 「今日で丸三月。ようやく景季様との床入りでござんしょ?」

淡墨 「手伝いなん要らん。おんし、からかいだけでありんしょう!」

銀杏 「そんなことはありんせん。ぬか袋を絹で作ってきんした。
    これで磨けば姐さんの肌はきっと輝くようでありんすよ」

淡墨 「サラサラして気持ちいい・・・」

銀杏 「わっちは随分前から姐さんと景季様が結ばれる事を願っておりんした。
    ・・・正直、これほど姐さんが変わる、とは思うてはおりんせんでした」

淡墨 「わっちゃあ、変わったか?」

銀杏 「この三月で、すっかり角が取れてまあるくなりんした」

淡墨 「あっちもね、男一人で自分がこんに変わるとは思っておりんせんでした」

銀杏 「あんに熱心な殿方では変わらん方がおかしいでありんす。
    雪女だって溶けてしまいんすよ」

淡墨 「わっちゃあまだ、きれいでありんすか?」

銀杏 「まだ? とはおかしな事を言んすなぁ・・・。今までで一番きれいでありんす
    さ、髪結いが来ておりんす。ゆっくりときれいに結ってもらいなんし」

 


◆◆◆景季の屋敷◆◆◆


菊丸 「殿、景季様、本日をもって三月になりますな」

景季 「そうじゃの。のぉ、菊丸」

菊丸 「はい」

景季 「淡墨はどう思っているのであろうな」

菊丸 「拙者、おなごの心には疎い故判りませぬが、淡墨は殿を想っていると思っております」

景季 「そうか・・・、そうじゃな・・・」

菊丸 「景季様、お顔の色が優れぬ様でございますな」

景季 「不安なのじゃ。これを限りになるのではないかと」

菊丸 「その様な事にはなりますまい。殿の心しっかり淡墨に伝わっております」

景季 「菊丸、見てみよ」

菊丸 「はい」

景季 「この薔薇そうび、薄い紅色が美しく咲いておる」

菊丸 「まこと、露を含んで淡墨が喜んでいる様に感じられますな」

景季 「この薔薇を今日は淡墨に持って行ってやろう」

菊丸 「それは良い考えでございます」

景季 「きっと若山の中に薔薇などは咲かぬであろう。きっとよろこ・・・、ぅっ」

菊丸 「殿? 景季様? いかがなさいました?」

景季 「ぐ・・・、は・・・っ(頭を抱え倒れ込む)」

菊丸 「景季様!! 景季様!!! お気をしっかり!! 景季様―――!!」

 

 

淡墨(M)「藍染めに淡墨桜を散らし藤に紅い蝶をあしらった仕掛け、髪は灯籠鬢とうろうびん、16本の簪に三枚の櫛
     今日は道中ではなくこの手毬屋に景季様が登楼る。
     あちきはそれを待つ
     夜見世の始まる笛を各々の見世の禿達が吹き鳴らす。こっちゃあこい、こっちゃあこいと
     きっと景季様は大門から手毬屋まで呼び込みの声など意に介さずここに来る
     満月がくっきりと夜空に浮かぶ。煌々と照らす月のなんと明るい事
     ・・・、月が高くなった
     景季さま・・・
     どうしてきてくださらない?

 


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銀杏 「姐さん、熱燗を持って参りんした」

淡墨 「そこに、おいとってくんなまし」

銀杏 「景季さまは、どうなされたというのでありんすか。いつもはもういらっしゃるお時間でありんすに」

淡墨 「やむにやまれぬ事情が出来たのやもしれんなぁ」

銀杏 「風邪で高熱を出していても欠かさず参られた方が?」

淡墨 「少し、遅れているだけの事でありんす。大したことではござんせん」

銀杏 「でも、かように楽しみになさっていらっしゃった方が、今日に限って」

淡墨 「大名家の御曹司でござんしょ。お家でなにやら揉め事があったのやもしれん。
    銀杏、あっちの事はいい。ぬしは仕事をしてきなんせ」

銀杏 「あっちの客は、今晩菊丸様でございんす」

淡墨 「二人揃って待ちぼうけ、でありんすか・・・」

銀杏 「月に虹が掛かっておりんす」

淡墨 「なんぞ神々しい月でありんすなぁ・・・」

菊丸 「淡墨花魁!!」

淡墨 「菊丸様・・・?」

銀杏 「菊丸様! いきなり登楼っておいでとは!!いくら馴染みの方と申せども手毬屋として」

菊丸 「景季様がお亡くなりになられました!!!」

銀杏 「は?」

淡墨 「・・・?!」

菊丸 「お家の騒ぎでお伝え申し上げるのが遅くなりました」

淡墨 「・・・戯言を」

菊丸 「戯言ではございませぬ。かねてより、頭が痛むとは仰せになっていらっしゃいましたが、
    今朝方軽くお眠りになった後、お倒れになり・・・っ!!」

銀杏 「そんな・・・」

淡墨 「嘘でありんす」

菊丸 「嘘でこのような事、申し上げられませぬ!!」

淡墨 「昨夜も変わらず、また明日、とおおせになりんした!」

菊丸 「その後に容体が急変したのでございます! 卒中でございました」

銀杏 「卒中、とは脳のご病気ではありんせんか!」

淡墨 「頭が痛むなどと、その様な事一言もあっちには言んせんでした」

菊丸 「景季様の花魁に心配を掛けたくないとのご配慮でございます!!」

淡墨 「配慮・・・?」

菊丸 「ついては、景季様よりお預かりしておりますものが」

淡墨 「嘘じゃ! 嘘じゃ!! 嘘じゃあああ!!」

銀杏 「姐さん!!」

淡墨 「今日が約束の三月!! 今日を来ずしていつ来るというのでありんすか!」

菊丸 「お気を確かにお持ちください」

淡墨 「いや・・・、いや!! 景季様!!
    いやああああああああああああああああああああ!!!!

 


◆◆◆大見世・華屋◆◆◆


牡丹 「小田切の御曹司が菊丸殿にお預けしたものとは、淡墨の身請け金でありんした」

椿   「でも、淡墨花魁は受け取らなかったのでありんしょう?」

牡丹 「客は、もう取れんと、番頭新造として手毬屋を続けるそうでありんす。
    身請け金は銀杏の分とし、銀杏は菊丸と所帯を持つそうな」

椿   「景季さまも酷いお方でありんす」

牡丹 「椿? 淡墨は幸せだったと言んしたえ?」

椿   「え?」

牡丹 「おそらく、初会の時より自らの病を知っておったのだ、と。
    そして最後のおなごとして心から愛して貰えたのだ、と。
    この遊郭において、自分ほど幸せなおなごはおりんせん、そう笑っておりんした」

椿   「あっちには分からん。」

牡丹 「椿には、まだわからんことかもしれんなぁ。その内、わかる時がきっときんしょう」

椿   「あ・・・、桜の花びら」

牡丹 「もう、散ってしまいんすか・・・」

椿   「今年の桜は、なんとなし、喪の色に見えるんはあちきだけでありんしょうか」

牡丹 「淡墨の涙が染みたのでありんしょう」