花魁道中いろは唄~三葉~ 散りぬるを ♂×1 ♀×3 / 白鷹

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所要時間:40分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

菖蒲  (あやめ)  ♀  22歳
     
    牡丹とほぼ同時期に水揚げをした『華屋』の花魁
    幼い頃から遊郭で躾けられる新造や禿と違い、15歳の時に遊郭に売られ17歳で水揚げをした
    遅掛けの廓入りにも拘らず、色気と迫力のある美貌で人気を集め、花魁に上り詰めた実力肌の女郎
    廓言葉には慣れておらず教養も低いため、時々粗暴な言葉遣いになる


 

牡丹  (ぼたん)  ♀  22歳
     
    遊郭の店の中でも屈指の人気を誇る『華屋』のお職
    遊郭の中を花魁道中として練り歩き美貌と立ち居振る舞いと教養の高さを誇る
    人々の羨望を集めた遊郭トップクラスのお職
    水揚げ後、異例の早さと若さでお職に選ばれた実力者


 

椿    (つばき)   ♀  16歳
     
    可愛らしい顔と愛らしい仕草で水揚げ前の振袖新造時代から客に絶大な期待をされていた
    水揚げ年齢が近くなった頃から、『華屋』では先触れを出して客を呼び込み
    椿の水揚げには破格の花代が付けられたにもかかわらず、御開帳には申し込みが殺到した
    現在は花魁として活躍し次代お職の噂が立っている


 

勘八  (かんぱち) ♂  28歳

    元は武士の家系の生まれだが、仕えていた旗本が潰れ現在は職なしの浪人
    武家奉公時代に蓄えた財産で遊郭に来ているというが真相は遊郭や賭博場にかなりの借金を抱えている
    菖蒲の恋人で時々、見世を抜け出させ会っている


――――――――

役表

 

菖蒲  (♀)・・・
牡丹  (♀)・・・
椿   (♀)・・・
勘八  (♂)・・・

――――――――――――――――――――――――
 

◆◆◆大見世・華屋◆◆◆

 


椿  「菖蒲姐さん、こんな明け方にどうしたんでありんすか?」

 

菖蒲 「椿、あんたに頼みたい事があるんだ」

 

椿  「菖蒲姐さんがあちきに頼みごとなん、今日は嵐でも来るのでありんすか?」

 

菖蒲 「椿・・・、あんたはあっちの事を一体どう思っているんだい?」

 

椿  「おきちゃの精気を喰らい、弁天様が如く美しくなる妖怪だと思っとりやんす」

 

菖蒲 「ようか、い・・・。
    最近、人気が上がってきたからと調子に乗って来てるんじゃないかい? 椿」

 

椿  「そんなことありんせん? 牡丹姐さんや菖蒲姐さんの客引きの多さは尊敬しておりんす」

 

菖蒲 「全く、かわいい顔してずけずけと・・・。客はそこが可愛いと思うらしいけどね」

 

椿  「そんで? 頼みごととはなんでありんすか?
    あっちに出来る事なら何でも言っておくんなまし」

 

菖蒲 「椿は牡丹に次いでこの見世に気に入られていて信用がありんすなぁ?
    お父さんもお母さんも椿のする事は大目にみてるだろ?」

 

椿  「菖蒲姐さんの買い被りでありんす。あちきでは牡丹姐さんにはかないんせん
    お父さんやお母さんへの頼みごとなら牡丹姐さんに頼んだ方がいいと思いんす」

 

菖蒲 「・・・っ! 椿、牡丹には絶対に言うんじゃないよ」

 

椿  「菖蒲・・・、姐さん?」

 

菖蒲 「あちきには惚れた男がいるんだよ」

 

椿  「菖蒲姐さんくらいになればいい人がいるのは当たり前でありんす
    牡丹姐さんがいい人を作らないのが不思議なくらいでありんすぇ?」

 

菖蒲 「あっちのいい人は、勘八ってんだ。あっちと所帯を持ちたいと言ってくれたのさ」

 

椿  「身請けの話が出たのでありんすか? いい人から! そんな幸せな話が・・・」

 

菖蒲 「足抜けをするんだよ」

 

椿  「あ・・・、しぬけ?」

 

菖蒲 「17の頃から客を取り続けてきたけど、あっちには払いきれない程の借金がある
    年季が開ける事なんてないのさ。だから、足抜けをする」

 

椿  「お父さんとお母さんはどうしんすか?! 菖蒲姐さんがいなくなったら悲しむでありんす!」

 

菖蒲 「夢を・・・、見ちまったんだよ。好いた人と所帯を持って幸せに暮らす夢を」

 

椿  「年季も開けないままに大門をくぐる事は、あっちら廓のおなごには許されておりんせん」

 

菖蒲 「大罪だという事くらい知っているさ

    だからあっちと勘八は大門を抜けたら、京の都までそのまま逃げるのさ」

 

椿  「・・・菖蒲姐さん。あちきにできる事はありんせん」

 

菖蒲 「京の都まで旅の金が要る。これから所帯を持つならその金も要る

    だから、椿には見世の売り上げをちぃとばかり持って来てほしいのさ」

 

椿  「あっちに、見世の売り上げに手をつけろと言うのでありんすか?!」

 

菖蒲 「しっ!! 椿、声が高い。ぬしならお父さんとお母さんを晩酌にでも誘って
    酔い潰れさせたら簡単に持ってこられるだろう?
    なんなら酔わせて売り上げの場所を聞き出すだけでもいい」

 

椿  「断りんす」

 

菖蒲 「主しか頼めるおなごがおらん。売り上げがだめなら、牡丹の所からでもいい
    牡丹は幼い頃からの廓仕込みだ。手元に千両くらいは貯めこんでるだろう?」

 

椿  「断りんす!! 菖蒲姐さんはどうかしているのでありんす。目を覚ましてくんなまし」

 

菖蒲 「椿は、あちきが幸せになるのに反対なのかい?」

 

椿  「幸せになれるとは思いんせん。大門を抜けるんも盗みを働くんも大罪でありんす
    見付かれば菖蒲姐さんもいい人も手打ちになりんすぇ」

 

菖蒲 「覚悟の上さ」

 

椿  「この話は終いにしんしょう」

 

菖蒲 「椿!!」

 

 

 

 

 

 

 

◆1週間後、牡丹の部屋―――

牡丹 「そう・・・、そんな事がありんしたか
    天真爛漫で、明るい椿がこの所ずっとふさぎ込んでいんしたから心配しんしたぇ?」

 

椿  「あちき一人で菖蒲姐さんを止めるんは無理でありんした・・・
    けんど、お父さんやお母さんに話すんは、菖蒲姐さんが咎め立てされんす
    どうしんしたもんか悩んで悩んで、なんもかんもが判らんくなりんした」

 

牡丹 「花魁になって年も進まん椿にそんな話をするんは、菖蒲も酷い事をしんしたなぁ・・・
    椿? 一人で抱えて七日もよう耐え抜きんしたなぁ・・・。
    えらい辛かったでありんしょう?」

 

椿  「牡丹姐さん・・・っ」

牡丹 「こなたの話は、あちきが確かに預かりんした。もう、椿はお休みなんし」

 

椿  「あい。牡丹姐さんに話したら気持ちが楽になりんした
    あちきは気晴らしに外の茶屋にでも行って甘いものでも食べてきんす」

 

牡丹 「茶屋だけでなく町を歩いて簪(かんざし)の一つでもかっておいで」

 

椿  「姐さんがお小遣いでもくれしゃんすか?」

 

牡丹 「それでこそ、いつもの椿でありんす。小遣いなら持って行きなんし」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆菖蒲の部屋◆◆◆

 


菖蒲 「なんだい牡丹・・・、あっちの行水が重い事は知ってるだろ?
     こんな時にまともに話なんて出来ないよ」

 

牡丹 「行水の時でなければ間無しにおきちゃの相手をしていんす菖蒲と話すんは難しいでありんすぇ」

 

菖蒲 「そういえば、牡丹とさしで話すのは久し振りだねぇ。
    何の用だい? あぁ、薄茶でもたてようかねぇ」

 

牡丹 「もてなしは結構でありんす。体がままならない辛さは判りんす、横になってくんなまし」

 

菖蒲 「牡丹、おんしはあちきの好敵手でありんす。あっちは容貌は誰にも負けやせん
    牡丹がおらんかったらあっちが『華屋』のお職についとりやんした
    その好敵手に無様な姿をさらすんはあっちの誇りがゆるさないんだよ」

 

牡丹 「そんなら、薄茶を立てて貰いんしょうか」

 

菖蒲 「あっちらは同じ藤姐さんに躾けられたんだよねぇ。今は藤姐さんも年季が明けて廓を出ちまった
    文字の読み書き、教養、立ち居振る舞いから、琴や三味線、和歌・・・、
    何一つ牡丹にはかなわんかった。 だけど、容姿だけは負けんと、この姿に誇りを持っていたのさ」

 

牡丹 「あちきは菖蒲にはかなわない事くらいとうに気付いておりやんした。
    菖蒲・・・」

 

菖蒲 「っ・・・、なんだい。怖い顔して」

 

牡丹 「七日前、椿に何を言んした?」

 

菖蒲 「椿・・・、あのとんちきが・・・!」

 

牡丹 「菖蒲!! きちっと断りんした椿は立派でありんす。
    先達の頼み、悪い事とわかっとりんしても、断わるんは度胸がいりやんす。
    己の責任と菖蒲の事を考えて思いとどまったんは椿の優しさでありんすぇ?」

 

菖蒲 「は・・・っ! 何かと思えば説教を垂れ流しにきたのかい!
    そんなら、薄茶を飲んでとっとと自分の部屋にもどんな!」

 

牡丹 「勘八というそうでありんすね。道中店先の格子では油虫と有名でありんす」

 

菖蒲 「勘八の事を悪く言うのはいくら牡丹でも許さないよ!」

 

牡丹 「足抜けなんて、愚かなこと考えるのはよしなんし。いいことなんありんせん」

 

菖蒲 「牡丹にはわかりゃあせん。間夫もつくらん女郎に色恋の心が判ってたまるかい!」

 

牡丹 「菖蒲、もちっとゆっくりと考えなんし。
    今は勘八に言われた所帯を持つという言葉に夢を見ているだけでありんす
    時をおいて、いつもの菖蒲に戻りんしたらきっと愚かだと思い直すこともありんしょ?」

 

菖蒲 「所帯持って、子をなして普通の女になりたいんだ。
    こんな所で好いてもいない男に抱かれ続けるなんざ、もう真っ平なんだよ!」

 

牡丹 「行く先行く先に苦労は着いて回りんす。
    菖蒲、世話になったお父さんとお母さんに仇を返す積もりでありんすか?
    『華屋』の女の扱いは他の見世の女郎も羨ましがるほどの扱い。
    ここで暮らすんが菖蒲にとって一番幸せだと思いんすけどなぁ?」

 

菖蒲 「もう、決めたんだよ。あっちは勘八と一緒になる」

 

牡丹 「判りんした。あちきに言える事はこれ以上ありんせん。けんど・・・
    椿も他の妹たちも、この件に巻き込む事はあちきがゆるしゃんすぇ?」

 

菖蒲 「判ったよ。もう、いいだろ。出てってくれ」

 

 

 

 

 

◆◆◆若山・甘味処[もみじ屋]◆◆◆

 


椿  「あ~ん、んん、んにゃあぁ・・・、やっぱりもみじ屋のあんみつは最高でありんす!
    ん? 今勘八って聞こえたのはあっちの気のせいでありんすか?」

 

勘八 「ん? なんでぇ、オレの事呼んだか?」

 

椿  「やっぱり・・・。もしかして、菖蒲姐さんのいい人でありんすか?」

 

勘八 「菖蒲との事を知ってるってこたぁ、お前、もしかして華屋の女か?」

 

椿  「椿といいしゃんす」

 

勘八 「椿・・・、華屋の一番売り出しの花魁じゃねぇか!
    はぁ~~、どんなもんかと思ってたがこりゃあ別嬪だ。なるほど客も選べるってぇもんだ」

 

椿  「・・・、主様が勘八様なら、茶屋の二階を借りて少し話したい事がありんす」

 

勘八 「オレぁ構わねぇぜ?」

 

 

 

 

 

 

――――――・・・・・・

 

勘八 「天下の華屋の花魁様が何の用だい?」

 

椿  「菖蒲姐さんの事でありんす」

 

勘八 「菖蒲がどうかしたのかい? まさか今更客と悶着なんておこしたりしないだろう?」

 

椿  「足抜けの話を聞きんした」

 

勘八 「・・・っ、あいつ・・・!!」

 

椿  「菖蒲姐さんにはやめて欲しいと頼みんしたが、余程勘八さんに惚れているのでありんしょう
    聞き入れてはもらえんせんでした」

 

勘八 「当たり前ぇだろう? オレだってやめろって言われて簡単に引き下がれるもんか」

 

椿  「どうしてでありんすか?」

 

勘八 「あんた、まだ若けぇな。男に恋したことなんてあしゃしねぇだろう?」

 

椿  「・・・あたしだって・・・、・・・、人を好いた事がある無しは関係ござんせん!
    勘八さんは好いた女に罪を犯させようとしているんのでありんすぇ?!」

 

勘八 「惚れて一緒になりたいと思ったら、罪の一つや二つ、なんてこたぁねぇんだよ」

 

椿  「なんででありんすか?!
    そんなに惚れてるなら身請け金を貯めて正式に娶る事も出来んしょ?」

 

勘八 「お前さん、遊郭でも奥に坐する『華屋』の女が一晩いくらか知ってるかい?」

 

椿  「あちきは・・・、売り上げの事はよう知らん。けんど、惚れてるなら!」

 

勘八 「オレにゃあ、菖蒲を一晩買う金すらねぇんだよ。それを身請け金だぁ?

    廓一の見世の花魁が簡単に言ってくれるじぇねぇか。
    菖蒲を抱こうと思ったら最低でも五十両は掛かる。
    これがどれだけの大金かおめぇにわかるかい?」

 

椿  「金子の価値なん人それぞれでありんすから、あちきには判りんせん。
    けんど、罪を犯す程の覚悟があるなら、間夫として、身請け金を貯めるんがいいと思いんす」

 

勘八 「華屋の花魁を身請けするとなったら、金千両以上は掛かるだろう
    オレがどれだけ働いたところで一生かかっても稼げる金じゃねぇ」

 

椿  「足抜けが失敗する事は考えておりんせんのか!!」

 

勘八 「そん時はそん時。菖蒲と一緒にこの命くれてやらぁ・・・
    菖蒲だってその積もりでオレについてくるって言ったんだからよ」

 

椿  「死んで・・・、花実が咲くもんか」

 

勘八 「なんだって?」

 

椿  「死ぬくらいの心意気を持っているならもっと菖蒲姐さんの事を考えておくんなまし!」

 

勘八 「あんたも、いずれ恋をすりゃ判るさ、よこらせっと・・・」

 

椿  「勘八さん! どこに行くんでありんすか! まんだ、話は終わっとりんせん!」

 

勘八 「拉致の開かねぇ話をいつまで続けたって変わりゃしねぇ。

    この場は馳走になっとくぜ。じゃあな、椿さんよ」

 

椿  「どうして・・・、みんな不幸になりたがるんでありんすか・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

――――――・・・・・・

 


勘八 「こっちだ、菖蒲(小声)」

 

菖蒲 「勘八・・・! よかった、勘八。やっと会えた・・・!」

 

勘八 「オレも会いたかったぜ、菖蒲。よし、ちゃんとオレの渡した着物に着替えて来たな
    これなら誰も『華屋』の菖蒲だとは気付きゃしねぇ

 

菖蒲 「あんたと会う前に捕まったらって考えると生きた心地がしなかったよ」

 

勘八 「ひとまず宿に入ってからだ」

 

菖蒲 「宿?! 遊郭の中に泊まるのかい?」

 

勘八 「大丈夫だ、オレの言う事を信じろ、菖蒲」

 

菖蒲 「判ったよ」

 

勘八 「この宿だ、店の亭主に袖の下を渡してある。
    オレ達が今夜ここにいる事は誰にもバレない手筈だ。さ、入ろう」

 

菖蒲 「こんな軽い着物を着たのは何年振りだろうね」

 

勘八 「しけた宿ですまねぇな。だけど、遊郭は不夜城だ
    夜の方が賑わう分、大門の通行は厳しくなる。夜中の内に逃げ出すより早朝の方が抜けやすい」

 

菖蒲 「そうなんだね。じゃあしばらくここで時間を潰して静まるのを待とう」

 

勘八 「ここを出たら京の都まで休みなしだ。菖蒲、今の内に休んでおけ」

 

菖蒲 「あんたにばかり迷惑は掛けられないよ」

 

勘八 「見世を出て来るのに随分気をはったろう。うまくもない酒だが少し飲んで休め」

 

菖蒲 「ありがとう・・・

    ここを抜けたら、やっとあんたと夫婦になれるんだね」

 

勘八 「そうだな、オレも待ち遠しかったぜ。ところで菖蒲、・・・持ってこれたか」

 

菖蒲 「ああ、袂に100両、袖に200両だ。これでなんとかなるかい?」

 

勘八 「上出来だ、菖蒲。これでオレ達の将来は保障されたようなもんだ」

 

菖蒲 「京に行ったら何をしようか」

 

勘八 「オレぁ、ちいとばかり蕎麦の打ち方を習ったことがあってな。
    夫婦で蕎麦屋でも開いてこぢんまりと暮らせたらそれでいいな」

 

菖蒲 「あんたに蕎麦の心得があるなんて初めて知ったよ。そうかい・・・、蕎麦屋・・・
    夫婦で・・・、こぢんまり・・・、と・・・」

 

勘八 「菖蒲・・・? 菖蒲、もう寝ちまったのかい?」

 

菖蒲 「・・・」

 

 

勘八 「へへ・・・。さーすが、支那の商人から買い付けた眠り薬は良く効くぜぃ
    しかし、花魁衣装を脱いじまったら何とも冴えない女だよなぁ・・・
    暗闇ってのもあったがよぉ、誰か判らなかったぜ?
    女郎上がりの女と所帯なんざ真っ平御免だぜ。300両はありがたく頂戴してくぜ、菖蒲
    あばよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

◆翌朝、宿―――

 


菖蒲 「ん・・・、んぅ・・・、か・・・、んぱち?
    ・・・っ!! 勘八!! しまった、こんなに日が高くなるまで寝ちまった!!
    こんな昼間になっちまったら大門をくぐるのは難しいんじゃないのかい?!
    ・・・、勘八? ・・・勘八・・・、あんた・・・? どこ行ったんだい?」

 

牡丹 「菖蒲」

 

菖蒲 「勘八?! ・・・っ!! 牡丹?!」

 

牡丹 「昨夜、菖蒲がいなくなった頃合いに、大門を勘八が通って行ったそうだよ」

 

菖蒲 「勘八が・・・? そんな馬鹿な?! あっちを置いて一人で・・・

    金が・・・、金がない?!」

 

牡丹 「あちきが何か言うまでもありんせんなぁ・・・」

 

菖蒲 「なんで、牡丹がここにいるんだい! あっちがここにいる事なんざばれない筈だろう」

 

牡丹 「店の亭主が、今朝方菖蒲を探す華屋の若い衆に伝えてくれたのでありんす」

 

菖蒲 「そんな、バカな・・・。だって、勘八が、亭主に袖の下を渡したって」

 

牡丹 「そろそろ、目を覚ましや、菖蒲。ぬしは勘八に騙されたのでありんす」

 

菖蒲 「そんな・・・、そんな・・・。いや・・・、か、んぱ・・・、ち」

 

牡丹 「勘八はもう、遊郭にはおりんせん」

 

菖蒲 「いやだ、いやだぁあぁあ!! 勘八―――!!」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆華屋・中庭◆◆◆

 


菖蒲 「あぁあぁあぁああ!! ・・・っ、う、ぐ・・・」

 

椿  「菖蒲姐さん!!」

 

菖蒲 「ぅあああああ!!!!」

 

椿  「こんな、なんででありんすか!!
    なんで菖蒲姐さんが体罰を受けなきゃならんのでありんすか?!」

 

牡丹 「菖蒲が犯した罪は重罪でありんす」

 

椿  「そんな!! 菖蒲姐さんは騙されただけでありんす!!
    金を持って逃げたのは勘八ではありんせんか!! 罰を与えるお人を違えておりんす!!」

 

牡丹 「華屋から売り上げを持ち出したんも、足抜けを企てたんも、菖蒲でありんす」

 

椿  「あんまり・・・!! 殺生な話でありんせんか!!」

 

菖蒲 「うああああああ!!!」

 

椿  「牡丹姐さんは何とも思わんのでありんすか?!」

 

牡丹 「思わないと、本気で思っとりやんすか?」

 

椿  「牡丹姐さん?」

 

菖蒲 「あああああっ!!」

 

椿  「菖蒲姐さん!! 今、お助けしんす!!」

 

牡丹 「椿!! やめなんし!!」

 

菖蒲 「来るんじゃないよ!! 椿!!」

 

椿  「・・・っ?!」

 

牡丹 「苦しまずに手打ちにする事も出来たのでありんす。
    けんど、体罰を望んだのは菖蒲自身」

 

椿  「そんな・・・、なんで・・・」

 

菖蒲 「んんん、ぐ、ああああ!!! いいかい!! よく見てお置き!!
    桜!! 藤!! 野菊!! 蓮華!! 椿!! お前たち妹にあっちは何一つ教えてやれなんだ
    だけど、これだけは・・・、覚えてお置き!! 迂闊に男を信じた女の末路を!!
    父さんと、母さんに仇を返した報いを!! ・・・っ、ぅああああ!!!」

 

牡丹 「菖蒲・・・っ!!」

 

椿  「菖蒲・・・、姐さん・・・」

 

菖蒲 「あっちら廓の女は、金で男に一晩の夢を売る!! だけど、あっちらは 夢を売る女!!
    あっちら自身が夢を見てはならん!! 束の間幸せに思えてもはかない夢は無残に散るだけ
    華は・・・、咲く場所がなければ、枯れ果て・・・、る・だけ・・・

 

椿  「菖蒲姐さん!!」

 

 

 

牡丹 「お疲れ様でありんす、菖蒲・・・、よう、耐え抜きんしたなぁ・・・」

 

菖蒲 「牡丹・・・、今生最期の・・・、あっちの願いをきいてくれんすか・・・?」

 

牡丹 「なんなりと」

 

菖蒲 「お父さんとお母さんに・・・、会わす顔もありんせん。けんど・・・
    今までお世話になりんした・・・。こんな、親不孝者を・・・、どうか・・・、どうか
    許してくりゃれ、と・・・、伝えてくんなまし・・・」

 

牡丹 「その願い事、しっかりと伝えんす 」

 

菖蒲 「少し・・・、眠たくなってきんした・・・、ぼた・・・、ん・・・」

 

牡丹 「安心してお休みなんし ・・・、菖蒲」

 

 

 

 

牡丹 「・・・っ! 命果てても・・・、菖蒲は・・・、きれいでありんすなぁ・・・(泣きながら)
    あちきの今生・・・、こんなにきれいなおなごはおりんせん・・・
    あちきを・・・、おなごを磨くいい好敵手やと、言ってくれんしたなぁ・・・。けんど、菖蒲・・・
    きれいさでこの廓に菖蒲ほどのおなごは、今までも、これからも・・・おりんせん・・・
    どうして・・・、どうして!! あんな外道に・・・、心をやってしまったでありんすか・・・!!
    命を掛けてまで・・・! 尽くす価値もない腐れ外道に!! 菖蒲ぇ・・・っ!!

 

 

 

 

 

 

 

◆数日後 華屋―――

 

牡丹 「椿」

 

椿  「牡丹姐さん? 怖い顔して・・・。どなんしたんぇ?」

 

牡丹 「勘八を、捕まえたでありんす」

 

椿  「・・・っ! 勘八、を・・・?」

 

牡丹 「あちきの主様の中に南町奉行所にお勤めの方がおりなんす
    おきちゃに頼んで、探してもらっとりやんした。廓からそう遠くもない賭博場にいたそうでありんす」

 

椿  「菖蒲姐さんが命がけで手に入れた金で、賭博場、でありんすか・・・」

 

牡丹 「金十両盗めば死罪。勘八は奉行所で裁かれるところでありんしたが、おきちゃに頼んで
    廓で裁く事を許してもらいんした。今、華屋の座敷牢におりなんす
    椿も一緒に行きなんすか?」

 

椿  「行かせてくりゃれ」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆華屋・座敷牢◆◆◆

 


勘八 「花街の女郎ごときがオレを裁くなんざとんでもねえ事言ったそうじゃねえかい?
    女の細腕で一体何ができると思ってんだ
    菖蒲の敵討ちの積もりかい。ちぃと、荷が重いんじゃあねぇのかい?」

 

牡丹 「あんまり、女郎女郎と花街の女を見下した物言いはやめてくんなまし
    あちきにも、堪忍袋の緒とやらがあるようでござんすぇ?」

 

椿  「なんで、なんであんなにおんしを好いとった菖蒲姐さんを裏切ったんでありんすか!」

 

勘八 「裏切る? 冗談じゃねぇ! オレは最初っから菖蒲と所帯を持つなんざごめんだったぜ」

 

椿  「なんと・・・、いいなんした?!」

 

勘八 「何度でも言ってやらぁ!! オレははなっから菖蒲なんざ好いちゃいねえよ!
    あの女が勝手に勘違いし始めたから、ちょっくら騙してやったんさぁ」

 

牡丹 「夫婦だの所帯だの足抜けだの、甘い事をいいなんして菖蒲をその気にさせたんでありんすな」

 

勘八 「あんまり賢くない女だったからなぁ、騙しやすかったぜぇ?」

 

椿  「なんで!! そんなひどい事が出来しゃんすか!! 菖蒲姐さんはおんしのせいで死んだんぇ?」

 

勘八 「そりゃあ、残念な事をしたなぁ・・・
    だがよ、女の盛りを過ぎたようなしょぼくれた女郎と連れ添うぼんくらがどこにいるってぇんだ
    どうせ連れ添うなら、そうさな、そこの元気な花魁なら娶ってやってもいいぜ?」

 

椿  「おんしの様な腐れ外道と連れ添うくらいなら死んで果てた方がましでありんす!」

 

牡丹 「既にはかなくなった菖蒲への乱暴な物言い。そのくらいにしておきなんし」

 

勘八 「へぇ? 黙らないとどうなるってんだ、あ? 廓には長物の持ち込みは許されておらんめぇ?
    オレをどうやって殺す? くびり殺すか? その細腕で出来るのか?」

 

牡丹 「ちぃと、おつむが弱くていらしゃるようでありんすなぁ? 
    あちきは黙っとってくれしゃんすと言っておりんすに、言葉の通じんお人やなぁ」

 

椿  「牡丹姐さん? 何を?」

 

牡丹 「長物なんていりんせん、ごく最近身内が薬で眠らされるなんて事があってね。
    なに、最近寝付けないってんで、わっちもこっそりと手に入れて置いたんですが
    どうやら、偶然にもお前さんが飲んでいた茶はわっちに出すためのものだったようでしてね」

 

勘八 「なんだって?」

 

牡丹 「振る舞われたは茶はおいしかったでありんすか? 
    すぐに効かないように薄めてたのでわからないかもしれませんが」

 

椿  「牡丹姐さん・・・」

 

牡丹 「あちきを、怖いと思いなんすか? 椿」

 

椿  「思いんせん。偶然が重なるって本当にありんすなぁ・・・」

 

勘八 「そんな・・・助けて・・・くれ・・・」

 

牡丹 「あれ、情けない。菖蒲は死ぬ間際まで妹とお父さんお母さんを心配しておりんしたぇ?」

 

椿  「姐さん、もう部屋に戻りんしょう?」

 

牡丹 「勘八さん、詫びるなら、菖蒲の所に行って詫びなんし。・・・、おさらばぇ」

 

 

 

 

 

 

 

――――――・・・・・・

 


椿  「牡丹姐さん、あれからあの・・・、ヒラメ、じゃなくて、ええと・・・、勘八!
    勘八はどうなりんした?
    樽に籠め置いてまだ生きておりんすか?」

 

牡丹 「あぁ、一昨日死んだんで若衆が大門の外に棄てに行ったそうでありんすよ?」

 

椿  「一昨日、随分長く生きておりんしたな」

 

牡丹 「お母さんと、台所からえらい文句を言われんした」

 

椿  「文句?」

 

牡丹 「頭に塗った甘いもんと腐った勘八に蝿と虻がたかって、台所にまで虫が入って来る、と
    それに、やれ耳に虫が入った虻に刺された、痛い痛い助けてくれと夜な夜なうめき声が響くんで
    迷惑だ、と」

 

椿  「あれまぁ、ほんに最後まで迷惑な男でありんしたなぁ」

 

牡丹 「そんでも、もうそれも終わった話でありんすよ」

 

椿  「ふんっ、菖蒲姐さんに逢えずに地獄に落ちればいいのでありんす」

 

牡丹 「さて、椿。髪結いが来んしたえ。支度しんしょう」

 

椿  「あい」