花魁道中いろは唄~二葉~ 色は匂へど ♂×2 ♀×4 / 白鷹

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所要時間:60分程度
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2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆


 

牡丹  (ぼたん)  22歳 ♀

    遊郭の見世の中でも屈指の人気を誇る大見世、華屋のお職
    その美貌と教養の高さから若くしてお職の座に就いた実力者であり魅力的
    美しい容貌とは正反対の竹を割ったような性格で、他の見世からの女郎からも羨望のまなざしを向けられる


 

椿   (つばき)  16歳 ♀

    大見世、華屋の牡丹付き新造だがこれから初見世を迎え花魁となる。
    その愛らしい容貌と性格で初見世前から非常に人気が高く、椿の初見世には破格の花代が付けられている
    まだまだ子供らしさが残るが、いずれ華屋のお職に立つことが予想されている


 

蓮太郎 (れんたろう)  16歳 ♂

    大見世、華屋の若衆。椿と同年齢のせいで非常に仲が良く、
    いつしか椿と心を通わせるようになるが忍耐強くそれを堪え、椿の初見世を祝う。
    生真面目で優しく人当たりもよい少年。
    生まれも育ちも遊郭であり母親の美しさを生き写しに持ってきた美少年であり、時々陰間と間違えられる


 

惣一郎 (そういちろう)  24歳 ♂

    老舗の呉服屋で目利きとして働く青年。その優れた目利きさから呉服屋の旦那に気に入られ、
    娘の八重と結婚して呉服屋を継いでほしいと望まれる反面、非常に遊び人で
    遊郭内でも様々な見世をうまく立ち回り馴染みになっている。美形で遊女からの人気も高い


 

紅   (くれない)  27歳 ♀

    中見世、大野木屋のお職。年季明けも近く年齢も高齢になってきている為に客が付かなくなってきている
    自分の新造を見世に無断で客に抱かせたり、気に入らない事があると新造に折檻をする激しい性格で恐れられている。


 

琥珀  (こはく)  14歳 ♀

    中見世、大野木屋、紅花魁の新造。本来は17歳で迎えるお開帳だが、紅の策略の為に既にお開帳を済ませてしまっている。
    本来は可愛らしい少女だが紅花魁の元で身を縮めるようにして生きている。
    とても真面目で汚い策略などで客を呼ぼうとする紅を本心では好ましく思っていない


――――――――

役表

 

牡丹  (♀)・・・
椿   (♀)・・・
蓮太郎 (♂)・・・
惣一郎 (♂)・・・
紅   (♀)・・・
琥珀  (♀)・・・

――――――――――――――――――――――――
 

牡丹  「りん? りん・・・、こんな所におりんしたか」
 

椿   「ぼ、牡丹姐さん!! いや、いやあ! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
 

牡丹  「全く・・・、布団部屋なんぞに隠れんして、布団に紛れて座布団になってしまいんすぇ?」
 

椿   「それはいやぁ!!」
 

牡丹  「そんなら、出てきなんし?」
 

椿   「ふ・・・、ふぇ・・・(泣)」
 

牡丹  「突き出しが嫌なんでありんしょう?」
 

椿   「ち・・・! 違うの、ん、と、違いんす!!」
 

牡丹  「違う・・・。そんならなんでこんな所に隠れんした?
     あぁ、ありがとう。そこに置いといてくんなまし。(後方に話しかけるように)
     さっき、飴屋から金平糖を買いんした。持ってお行き(後方に話しかけるように)」

 

椿   「金平糖・・・」
 

牡丹  「おりんも金平糖が好きでありんしたな。食べたければ出てきなんし金平糖だけでなく、三色団子と薄茶もありんすぇ?」
 

椿   「あい」
 

牡丹  「いい子でありんすな。おりんはこの間、16になったばかりでありんすな」
 

椿   「あい」
 

牡丹  「あちきの顔と、三色団子を交互に見ても団子は増えんせん。食べなんし」
 

椿   「あい!」
 

牡丹  「あちきからみてもおりんはまだまだ子供。新造(しんぞう)出ししてから1年と少し。
     まだ客は取らせんと断っておりんすが、毎日の様におりんはまだ見世(みせ)に出さんのかという
     申し出が殺到しんして、お母さんもついに折れてしまいんした。
     本当はもっと仕込みたいことがありんすが、そうもいっとれん。堪忍してくんなまし」

 

椿   「ふ・・・、ふぇえ・・・」
 

牡丹  「ごめんなんし」
 

椿   「嫌じゃない。嫌だとは思っとりんせん。ここに居るからには突き出しを越えて、   
     姐さんの様におきちゃのお相手を申し上げるんがお勤めだとはよく判っとりんす。ただ・・・」

 

牡丹  「ただ・・・?」
 

椿   「怖いのでありんす」
 

牡丹  「怖い、というと?」
 

椿   「おきちゃでありんす」
 

牡丹  「おきちゃが怖い、とは・・・?何が怖いのでありんすか?」
 

椿   「昨夜、おきちゃと二人きりになった蘭(らん)姐さんがどなんしておきちゃの相手をしてるんか
     見ておかなきゃならんと思いんして、こっそり覗いたのでありんす」

 

牡丹  「今頃・・・、皆もっと早くから覗いておりんすぇ?」
 

椿   「へ?」
 

牡丹  「皆、禿(かむろ)や新造時代にいろんな姐さん方の褥(しとね)を覗いておりんす!」
 

椿   「そ、そういうもんでありんすか?!?!」
 

牡丹  「遅いわ!! この馬鹿たれが!!」
 

椿   「ひえぇ!!!」
 

牡丹  「つまり、あちきがおきちゃと褥に入るが早いかお勤めおしまいとばかりに、
     ぐうたら朝まで寝こけてたってことでありんすか!」

 

椿   「ごごごご、ごめんなさいいいぃ!!!」
 

牡丹  「はぁ・・・、全く。済んでしまったことをあれこれいったところで、詮なきこと。
     で? 蘭の褥を覗いてどなん思いんした?」

 

椿   「ふ・・・、ふぇ・・・。蘭姐さんはおきちゃに後ろから羽交い締めにされて、
     酷いことされて泣いておりんした!!」

 

牡丹  「あー、やっぱり(頭抱え)」
 

椿   「やっぱりって・・・?」
 

牡丹  「蘭は喘ぎ声が楼閣(ろうかく)全部に響き渡るほど激しいし、おきちゃもそれを好んで蘭を呼ぶからねぇ」
 

椿   「ほ、他の姐さん方は違うのでありんすか?」
 

牡丹  「千差万別、皆、色々な手管を駆使しておきちゃを楽しませるのでありんす」
 

椿   「手管を駆使・・・、という事は、蘭姐さんは辛くて泣いていたんと違うんでありんすか?!」
 

牡丹  「違うね。おりんにもいずれ判ることでありんしょう・・・。
     っ?! ってぇ、団子は?! 全部食べたのかい?!」

 

椿   「あい。美味しかったでありんす」
 

牡丹  「4本あったということは?」
 

椿   「4本食べられる、といことでありんす」
 

牡丹  「二人で分けて、2本ずつって勘定はできんせんのか!!!」
 

椿   「あーーー!!! ごめんなさーーーい!!!」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆中見世・大野木屋◆◆◆

 

紅   「ちくしょう! ちくしょう!! ちくしょう!!!
     切れ文が三通だって?! 今まで全部合わせて七通もの切れ文!!」

 

琥珀  「紅姐さん、落ち着いてくんなまし・・・!」
 

紅   「これが落ち着いてなんていられるかい! 大野木屋のお職の筋として今まで張ってきてるのに、
     あちきの代で七人もの客を華屋に取られたんだよ? 
     しかもお職の牡丹じゃない! 初見世(はつみせ)も済んでない牡丹の新造如きに!! 
     歴代の姐さん方になんて言い訳をしたらいいんだい!!」

 

琥珀  「今回は仕方のないことでありんす。
     牡丹お職の新造はかなり前から相当な人気を集めていたのでありんすから」

 

紅   「判った風な口を聞くんじゃないよ、琥珀! あんただってもう少しで初見世だ!
     それなのに差し紙が全く来ないじゃないか! 悔しいとは思わないのかい!」

 

琥珀  「それは・・・、悔しいけんど・・・、
     あっちも牡丹お職の新造がこんなに早く初見世を出すなんて思っとりやせんでした」

 

紅   「琥珀だなんてキレイな名前の割に冴えない顔して、名前負けもいいとこだよ、全く! 
     幼い頃はとんでもない別嬪だったのに、歳を取るごとに顔がどんどん大雑把になっていきやがって!

     じゃがいもが畑で笑ってるよ!!」
 

琥珀  「姐さん・・・、そんな」
 

惣一郎 「おいおい、そりゃあちっとばかし酷いんじゃあないかい? 
     俺ぁ、琥珀のおおらかな顔立ちが好きだぜ」

 

琥珀  「惣一郎様」
 

紅   「惣一郎・・・、何勝手に見世に登楼(あが)って来てんだい。きちんと茶屋を通してもらわないと困るね」
 

惣一郎 「今日は客として来たんじゃあねぇよ。むしろ、お前が客だぁな」
 

紅   「あちきが客だって? 何とんちきな事ほざいてんだい」
 

惣一郎 「もうすぐ可愛い妹の初見世だってのに、お前何の準備もしてねえらしいじゃねえか。
     ここは一つ、呉服屋老舗、松川屋の若旦那の俺が、一肌脱いでやろうって思ってよ。
     反物を持ってきたんだよ」

 

紅   「はっ、何が若旦那だい。若旦那候補ってだけじゃないか」
 

惣一郎 「そうつれなくすんなって。
     何でも、気になってる華屋の牡丹花魁は、妹の初見世に五百両出したってぇ話だぜ?」

 

紅   「ご、ごごご、五百だって?!?! ふ、吹くのも大概にしな!!」
 

琥珀  「すごおい・・・。やっぱり初見世はどこも張りんすな」
 

紅   「琥珀は、あちきの一番高い着物を詰めて仕立て直すんだよ!」
 

琥珀  「仕立て・・・、直し・・・」
 

惣一郎 「そんなんだから、客も逃げるんじゃあ無いのかい? 
     京の友禅染めの仕掛けに対して古着じゃあ、あんまり琥珀がかわいそうだ」

 

琥珀  「京の友禅染めでありんすか? すごいなぁ・・・。一生に一度くらい袖を通してみたいでありんす」
 

惣一郎 「なぁ、可愛い妹がそう言ってるんだぜ?」
 

紅   「友禅染めなんて顔かい!」
 

琥珀  「うぅ・・・」
 

惣一郎 「そうは言うがよ、やっぱり琥珀は大野木屋の新造じゃ一番の別嬪だぜ」
 

琥珀  「ふぁ・・・」
 

惣一郎 「華屋は若山一の大見世だ。別嬪ぞろいなのも当たり前だろう?
     そこと比べるんなら、お前だって牡丹花魁と張り合って見ろってなもんだ。なぁ、琥珀」

 

琥珀  「そそそそ、そんな事は、とてもじゃ無いけんど言えんせん!」
 

惣一郎 「当たり前だな」
 

紅   「十両だ」
 

惣一郎 「ほ?」
 

紅   「十両出すよ。これが手一杯だ。これで、琥珀の初見世の一式、揃えてやっとくれ」
 

惣一郎 「まあ、ギリギリ、揃うかどうかってとこか。何とかしてやらぁ」
 

琥珀  「ありがとうございんす、姐さん! 惣一郎さん! 惣一郎さん・・・、その」
 

惣一郎 「ん? なんでぇ」
 

琥珀  「もし、お嫌でなければ、あっちの初見世のお客になってくんなまし」
 

惣一郎 「かーっ! かっわいい事言うじゃねぇか! しょうがねぇ!
     俺が少し加えていい着物、仕立ててやっからよ、安心しろ」

 

琥珀  「あ、や、 そ、そんなつもりじゃ・・・」
 

紅   「惣一郎」
 

惣一郎 「なんでぇ」
 

紅   「あんた、今暇なのかい?」
 

惣一郎 「まぁ、そう忙しくもねぇわな」
 

紅   「じゃあさ、そっちの部屋にきとくれよ」
 

惣一郎 「あん?」
 

紅   「ここんとこジジイの相手ばっかでさ・・・、わかんだろ?」
 

惣一郎 「しゃあねぇなぁ。ほら、琥珀ねじり飴やるよ。ちょいとあっち行ってな」
 

琥珀  「はい・・・」

 

 

 

琥珀  「飴なんて、貰ったって、もう嬉しくなんて無いもん・・・、惣一郎様・・・」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇大見世・華屋◇◇◇

 

蓮太郎 「りん、仕掛けを見に行くって言ってたから、俺も行ってもいい?」
 

椿   「蓮太郎! 勿論、一緒に見よう? 
     そう言えば、蓮太郎は若衆に入れてもらえたんだってね。おめでとう」

 

蓮太郎 「ありがとう。これでりんの道中のお供ができる」
 

椿   「え?」
 

蓮太郎 「番傘をさすのは、背が足り無いからまだ出来ないけど、
 

     肩を貸す役をやらせてくれるっておやっさんが言ってたんだ」
 

椿   「え、う、嘘!・・・、ホントに?!」
 

蓮太郎 「りんの初見世に間に合った」
 

椿   「・・・、不安だったの」
 

蓮太郎 「え」
 

椿   「不安だったの。でも蓮太郎が一緒にいてくれるんだったら大丈夫」
 

牡丹  「仲睦まじいことでありんすなぁ、おりん、蓮太郎?」
 

椿   「ぼぼぼぼぼ! 牡丹姐さん!!」
 

牡丹  「ま、女衒(ぜげん)から売られて来た時に同じ歳だったっていうんで気の合うところもありんしょうが・・・、

     間違いだけは犯しんすな? 蓮太郎」
 

蓮太郎 「なんで俺だけにいうんですか? 牡丹花魁」
 

牡丹  「ぬしがおりんにご執心なのは誰が見ても明らかだからでありんす。

     けんど、その思いを遂げることが、おりんにとってロクな目に合わんことくらい、

     聡い蓮太郎なら知っておりんすなぁ?」
 

蓮太郎 「知ってます。遊廓で若衆が花魁と通じるのはご法度。それは、この若山だけに限りません。
     だから、おれはりんを守りながら年季が開けるのを待つ積もりです」

 

牡丹  「そんなら、なんも言うことはありんせん。待てるとも思いんせんけどなぁ」
 

蓮太郎 「どういう事ですか」
 

牡丹  「男とはそういう生き物だからでありんす。それと、蓮太郎」
 

蓮太郎 「何ですか?」
 

牡丹  「おりんは明日から『椿』でありんす。親しいからと分別のつかない真似をするんじゃありんせん」
 

椿   「椿・・・」
 

牡丹  「もしかして、おんし知らんかったとかいいだすんじゃ」
 

椿   「知らんかった」
 

牡丹  「おりん!!」
 

椿   「蘭姐さんの褥を覗いてからしばらく記憶がありんせん!
     気が付いたら布団部屋にこもって、姐さんが呼びに来んしたんぇ?」

 

牡丹  「そういう事でありんしたか。はぁ・・・。仕掛けを見に来たのでありんしょ? お入りなんし」
 

椿   「わあ・・・、すごいキレイ。ねね、蓮太郎もこっち来て見て?」
 

牡丹  「蓮太郎は!」
 

蓮太郎 「・・・っ」
 

牡丹  「若衆に上がったんなら、廊下で見なんし」
 

椿   「え? ね、姐さん?」
 

牡丹  「男で女郎の部屋に入っても許されるんは、おきちゃと、着付師と、髪結いだけでありんす」
 

蓮太郎 「知ってます」
 

牡丹  「辛いんは、最初だけでありんす。その内慣れんしょう・・・」
 

蓮太郎 「お気遣い、かたじけのう存じ上げます。牡丹花魁」
 

椿   「あ、れ?」
 

牡丹  「どなんしんした? おりん」
 

椿   「お、おかしいな・・・。仕掛けの柄がよく見えなくって、目が悪くなったのかな?」
 

牡丹  「涙を拭きなんし、・・・、椿。その涙、年季が明けるまでとっときなんし。
     これから参るんは苦界。いちいち、泣いていては身が持ちんせん。気をしっかり持ちや」

 

椿   「あい」
 

牡丹  「明日より七日、揚げ屋まで道中を回りんす。七日目に一番いいおきちゃを選んで差し上げんしょう」
 

椿   「あい、牡丹姐さん、よろしゅうおたのみもうしんす」
 

蓮太郎 「そう言えば、おやっさんがわらび餅を買い過ぎたって言ってくれたんだ。椿も一緒に食べよう」
 

椿   「わらび餅!! 食べたい!!」
 

牡丹  「あちきにはありんせんのか?」
 

蓮太郎 「勿論あります。あとで抹茶を点てて一緒に持ってきます」
 

牡丹  「待っておりんす」

 

 

――――――・・・・・・


椿   「蓮太郎ってお父さんにすごく気に入られてるよね」
 

蓮太郎 「俺はここで生まれて育ったから、赤ん坊の頃から世話してるってんで愛着があるだけだよ」
 

椿   「じゃあ、蓮太郎のお母さんは女郎だったの?」
 

蓮太郎 「石楠花(しゃくなげ)花魁」
 

椿   「ええええええええええ?!?!」
 

蓮太郎 「知ってるの?」
 

椿   「ししし、知ってるも何も三代前のお職だった人で、すごい美人だったって」
 

蓮太郎 「そうだね、俺も噂しか知らないんだけど、産後の状態が良くなくて亡くなったらしくて
     不憫に思ったおやっさんが引き取ってくれたって」

 

椿   「そっかぁ、それで蓮太郎もキレイな顔してるんだね」
 

蓮太郎 「ありがたくないけどね」
 

椿   「なんで」
 

蓮太郎 「陰間(かげま)扱いされる」
 

椿   「あ」
 

蓮太郎 「でも、椿の年期明けを待って結婚しなかったらその噂も流れるんだろうな」
 

椿   「蓮太郎」
 

蓮太郎 「ん?」
 

椿   「唇にきな粉ついてる」
 

蓮太郎 「え」
 

椿   「待って」
 

蓮太郎 「え? ・・・んっ」
 

椿   「ちゅ」
 

蓮太郎 「りん・・・」
 

椿   「生娘でないと初見世で牡丹姐さんに言い訳が立たないけど、
     接吻け(くちづけ)くらい誰にもわからないでしょ?」

 

蓮太郎 「でも、二度とダメだよ」
 

椿   「年季が明けるまでね? 明日の準備があるからまたね」

牡丹  「純愛、か・・・。これくらい見逃しんしょう」

 

 

 

――――――・・・・・・

牡丹  「惣一郎様、この頃男前が上がったんじゃござんせんか?」
 

惣一郎 「寄せやい、照れるじゃねぇか」
 

牡丹  「それでいて可愛らしい事を仰りんす。いったい何人の女がたぶらかされているのやら。一服どうぞ」
 

惣一郎 「ふーーーー、(煙管を吸って吐く) お前ぇはたぶらかされたりしねぇだろ?」
 

牡丹  「さて、どうでござんしょ?」
 

惣一郎 「松川屋の旦那からどうしても一人娘の八重をもらって欲しいと頼まれてな。
     ま、近々祝言を挙げることになったんだ」

 

牡丹  「誠、おめでたいお話でございんす。けんどあっちにとっては寂しい事でありんすな」
 

惣一郎 「思ってもねぇ事を言うのが、花魁の務め、だろ?」
 

牡丹  「判ってしまいんしたか」
 

惣一郎 「隠そうともしてねぇ癖によく言うよ」
 

牡丹  「けんど、寂しいのは本音でございんすよ?」
 

惣一郎 「若山一の花魁にそう言われて悪い気はしねぇが、心底信じるほど俺もおぼこくはねぇな」
 

牡丹  「惣一郎様は座敷遊びがお好きでございんしょう? 
     あちきの他にも馴染みとして通っている見世がある事くらいは存知てございんす。
     どこの見世の誰か・・・、なんて野暮な事は聞きんせんけんど、
     あの手この手でいろんなおなごと間夫の契りもございんしょ?」
惣一郎 「なんでぇ、お前さんにも悋気(りんき)なんてものがあるってんじゃあねぇだろうな」

 

牡丹  「そういう事にしてさしあげんしょうか?」
 

惣一郎 「憎ったらしい事をぬけぬけとほざきやがって、その口こうしてやる」
 

牡丹  「・・・っん、ん」
 

惣一郎 「・・・、ん、ふぅ・・・」
 

牡丹  「座敷遊びを上手にこなして輝いている惣一郎様を好いておりんす」
 

惣一郎 「へぇ?」
 

牡丹  「独り身だからこそできる事でありんしょう? 内儀(かみ)さんが出来たら縛られてしまいんしょ?
     それが寂しいのでございんす」

 

惣一郎 「必然的にそうなるわな」
 

牡丹  「紫式部が心を遣った源氏の君が如く、色男っぷりを撒き散らしておきながら残酷でありんすなぁ」
 

惣一郎 「本音を言えばよ」
 

牡丹  「本音?」
 

惣一郎 「八重と結婚なんざしたくねぇんだよ」
 

牡丹  「そんなら、お断りするんがお互いのためでござんしょ? 八重さん、と言んしたか? 
     堅気のおなごなら相手に惚れられてないというんは酷な話でござんしょう」

 

惣一郎 「八重はお世辞にも別嬪とはいえねぇ。
     女郎と比べてという訳でなく、小太りでずんぐりしてオカメをちぃといじったような顔をしててな」

 

牡丹  「愛嬌があるじゃござんせんか」
 

惣一郎 「お前ぇみたいな女を抱いちまうとよ、普通の女でも物足りねぇってのにな」
 

牡丹  「そんなら、その縁談お断りになって、またあちきを呼んでくんなまし。
     あちきは惣一郎様のような色男なら何度でも気を遣りんす」

 

惣一郎 「それが出来るんならなぁ。八重と結婚すれば松川屋の若旦那を襲名出来る。
     断るんなら人生を変えるくれぇの心意気がねぇとよ、目利きとしても潰れちまわぁ」

 

牡丹  「あれまぁ。堅気のおなごにしてはやってくれるじゃござんせんか」
 

惣一郎 「あん?」
 

牡丹  「家柄を盾にとって、こんな色男を独占しようなんざ、狡(こす)い事を考えしゃんすな」
 

惣一郎 「まぁ、座敷遊びをやめるつもりはねぇがな」
 

牡丹  「あちきの事も忘れちゃ嫌でござんすよ?」
 

惣一郎 「いい、女だな・・・」
 

牡丹  「なんでありんしょ?」
 

惣一郎 「北方に佳人(かじん)あり。絶世にして独り立つ。一顧(いっこ)すれば人の城を傾け」
 

牡丹  「再顧(さいこ)すれば人の国を傾く。
     寧(いずく)んぞ傾城(けいせい)と傾国を知らざらんや。佳人再び得難し」

 

惣一郎 「俺ぁ、お前の事だと思うんだ」
 

牡丹  「あちきなどには縁のない言葉でございんす」
 

惣一郎 「そりゃあ謙遜ってぇもんだ」
 

牡丹  「あちきではござんせん。もし、傾城と謳われるのであればそれはあの子でありんす」
 

惣一郎 「あの子」
 

牡丹  「惣一郎様に折り入ってお頼み申し上げたい事がございんす」
 

惣一郎 「ん、なんでぇ、いきなり改まっちまってよぉ」
 

牡丹  「あちきの妹が近日、初見世を迎える事はご存知でござんしょう」
 

惣一郎 「ああ、ずいぶん念入りな支度をしてるって話じゃねぇか」
 

牡丹  「妹を、椿を女にしてやってくんなまし」
 

惣一郎 「俺ぁかまわねぇが、ってぇかよ、そりゃ願ってもねぇ話だが。けど、俺でいいのかい?」
 

牡丹  「座敷の理(ことわり)をその若さできちっと心得、
     仇(あだ)めいた噂を持ちんせん。その上で稀に見る男振り。他にお任せできる方がおりんせん。
     どんぞ、受けてくんなまし」

 

惣一郎 「そこまで言われちゃあ断る理由なんざねぇよ。椿、だな。差し紙を出させて貰うぜ」
 

牡丹  「ありがとうございんす」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆中見世・大野木屋◆◆◆

 

 

 

紅   「華屋の椿に惣一郎が差し紙を出した、だって?」
 

琥珀  「揚げ屋の亭主がそう言ってたんで間違いないと思いんす」
 

紅   「ちゃんと、本人の口からそう聞いたのかい?」
 

琥珀  「あい。いつもの様に酔わせて、褥で聞きんした。酔いの為の戯言ではありんせん」
 

紅   「惣一郎・・・、あいつ」
 

琥珀  「けんど、姐さん。あちきはもうこんな事続けられんせん」
 

紅   「初見世前に客と寝る事がかい」
 

琥珀  「お父さんにもお母さんにも申し訳が立たん」
 

紅   「はっ、何甘ったれた事言ってんだい。どの見世だって初見世に本物の生娘なんているもんかい。
     ちょっと痛がる素振りをして、絞めた鶏の血でも布団につけときゃ破瓜(はか)の血だと思うさ」

 

琥珀  「華屋の、椿さんは生娘だと、聞きんした」
 

紅   「ふんっ、どうだか。別嬪だってぇなら尚更、男がいない筈無いだろ・・・。そうだ」
 

琥珀  「姐さん?」
 

紅   「惣一郎を呼んできとくれよ。今頃なら伏見町の茶屋で夜見世が出るのを待ってるだろうからさ
     あちきはもう張見世に出る時間だからね。あーあ、お職なんて名ばかり。
     お茶挽くのだけはごめんこうむりたいからねぇ」

 

琥珀  「あ、あい・・・」
 

紅   「く・・・、くくく、当日の牡丹の顔が見ものだねぇ、ふふふ、あははっはは」

◇◇◇大見世・華屋 暖簾前◇◇◇

牡丹  「初の道中、お気張りなんせ」
 

椿   「あい」
 

若衆  「椿花魁のおなぁーりぃーー」
 

蓮太郎 「俺がついてるから、しっかりつかまって」
 

椿(M)  「そばに蓮太郎がいてくれる、牡丹姐さんも後ろから着いてきてくれる。だから、大丈夫
     ・・・、な筈なのに、この胸のもやもやはいったい何?
     不安なんて一つも無いくらい、こんなにきちんと支度を整えてもらって、きっと誰よりも恵まれている筈なのに。
     しとやかで美しい内八文字、艶やかで色気のある外八文字、両方ともおきちゃに合わせて踏める様にと丁寧に教えて貰った。
     今回は姐さんが江戸からお登りの方が多いから外八文字がいいと勧めてくれた
     丁寧に踏めば大丈夫。一足ずつゆっくりと。三枚歯の高下駄が不安定なのは気のせい。
     右足がぐらつくのはきっと緊張して震えてるから。

 

蓮太郎 「椿花魁、しっかり」
 

椿   「大丈夫でございんす。・・・っ! あっっ!!」
 

蓮太郎 「椿花魁!」
 

牡丹  「椿!!」
 

椿   「あ・・・、い、た・・・」
 

蓮太郎 「椿花魁! 怪我は?!」
 

椿   「手を、少し擦りむいただけ・・・、でも・・・、仕掛けが・・・、泥だらけ、髪も・・・」
 

牡丹  「・・・っ」
 

椿   「牡丹・・・、姐さん・・・」
 

牡丹  「今日の道中は中止でありんす。」
 

椿   「ね・・・、姐さん」

 

――――――・・・・・・

牡丹  「ぱーん!(手を叩くなどで音を出してください)」
 

牡丹  「道中を失敗するなんてどこまで抜け作なんだい!! 椿!!」
 

椿   「違う・・・、違うんでありんす!!」
 

牡丹  「何が違うんでありんすか! 
     事実、おんしは道中で派手に素っ転び、仕掛けも髪も泥まみれになって揚げ屋まで辿り着くこともできんかった!!
     華屋の暖簾(のれん)に泥を塗りたくったんは変えようの無い事実でありんす!!」

 

椿   「ごめんなさい! ごめんなさい姐さん! でも」
 

牡丹  「でももかかしもありんせん!! 夕飯と朝飯は抜きでありんす。一晩ここで頭を冷やし!」
 

椿   「姐さん!」

 

◆◆◆中見世・大野木屋◆◆◆
 

 

紅   「あはははははっ!あーはっはっは! いい気味だよ牡丹のあん時の顔を見たかい?! 
     ・・・くくく、ふふふ!!!怒りに打ち震えて鬼夜叉のような顔をしておりんした。あー、楽しい」

 

琥珀  「姐さん、何をしたんでありんすか?」
 

紅   「惣一郎に頼んだんだよ、目利きの仕事なんてやってると京の友禅染めなん気になるんは当然!
     そこで、仕掛けの詰めを見直してやるって理由で、華屋に行ってもらったんでありんす。
     簡単なことでありんすよ、高下駄の漆を見る振りして前歯に切り込みを入れて貰ったんでありんす」

 

琥珀  「そんな・・・」
 

紅   「なんて顔してんだい、これでお前の道中も華やかに飾れるってもんじゃござんせんか。あははははは!!!」
 

琥珀  「あちきは、人を陥れてまでそんな事、ようせんでございんす・・・」
 

紅   「何甘ったれた事を言ってるんでありんすか。」
 

琥珀  「痛い! 痛い!! 姐さん! 髪を離してくんなまし」
 

紅   「この世界はね、食うか食われるかのどっちかなんだよ。所詮は男の取り合い。
     股を開いて男の精を抜くだけでも手管がいる。けんど、元より客が来んかったら商売も出来んせんのでありんす
     他のおなごなん出し抜いて陥れて客を奪うんだよ! 覚えときな!!」

 

琥珀  「う・・・、うぅ・・・(泣く)」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇大見世・華屋 仕置き部屋◇◇◇

 

 

 

蓮太郎 「椿」
 

椿   「蓮太郎・・・」
 

蓮太郎 「にぎりめしを持ってきた。豆腐とごぼうの汁もある。お食べ」
 

椿   「そんな事したら蓮太郎が」
 

蓮太郎 「縄を解いてあげることはできないけど、これぐらい大丈夫だよ。食べさせてやるから口を開けて」
 

椿   「あ・・・、んぐんぐ、んっ。ごめんね、せっかく蓮太郎だって初めての道中の付き人だったのに」
 

蓮太郎 「あれは、椿のせいじゃないよ」
 

椿   「え?」
 

蓮太郎 「ほら、しっかり食べて。明日も道中があるんだから体力つけないと」
 

椿   「道中って、でも、仕掛けが・・・」
 

蓮太郎 「牡丹花魁とおっかさんとで仕掛けの泥を取ってる。下駄は前歯が折れて使い物にならないから
     今回は牡丹姐さんの下駄を使うらしいよ。後で、鼻緒の調節に来ると思う。それまでに全部食べて」

 

椿   「姐さんは?」
 

蓮太郎 「建て前上みんなの前では怒ったけど、すごく心配してた」
 

椿   「姐さん・・・」
 

蓮太郎 「牡丹花魁のためにも、明日こそ道中を成功させないとね」
 

椿   「ん・・・、うん、ありがとう、蓮太郎」

 

 

 

――――――・・・・・・

 

 

牡丹  「惣一郎様、それでは椿をよろしくお頼み申しんす」
惣一郎 「ん、牡丹。お疲れさんだったな。ゆっくり休んでな」

牡丹(M) 「長かった・・・。長い七日間だった。
     けんどやはり解せぬ。残り六日間の道中、椿は危なげなく外八文字をキレイに描いていた
     仕込みの時からそう。椿は何でも、あちきの言うことは一度聞けば思う通りにこなした。
     三味線も、歌も、踊りも、おきちゃを迎える作法も全て・・・。八文字も内も外もキレイに踏んだ。
     度胸のある子だから、本番で緊張のあまり、とは考えにくい。それが何故初の道中で転ぶなど。
     今更、考えても詮無きことでありんすが・・・

 

 

 

 

 

 

◆◆◆中見世・大野木屋◆◆◆

 

 

 

紅   「いい月夜だねぇ・・・、そう思わないかい? 琥珀」
 

琥珀  「姐さん・・・、今日もまたお茶挽きだったのに酒なんか飲んどって大丈夫なんでありんすか?
 

紅   「お茶挽き・・・、お茶挽きが何だってんだい。こんないい日に客なんかついたってまともに相手なん出来ゃせん」
 

琥珀  「何か、あったのでございんすか?」
 

紅   「ああ、あったよ。格別にうまい酒のつまみになるようなことがね」
 

琥珀  「酒の、つまみ?」
 

紅   「そうさ、ごらんよ、月も煌々と照らし出して今日の出来事を祝福しているようじゃないかい?」
 

琥珀  「今日の出来事を、祝福?」
 

紅   「ふーーーーーっ、酒も煙草もなんてうまいんだろう、くくく、あはは」
 

琥珀  「ね、姐さん?」
 

紅   「琥珀もいっぱいどうだい?」
 

琥珀  「あちきは・・・、今日は遠慮いたしんす」
 

紅   「硬い事ばっかり言う子だよ。可愛気がないね」
 

琥珀  「今日の・・・、出来事と言えば、確か華屋の牡丹花魁の新造が初見世を迎える日でありんすね」
 

紅   「そうさ」
 

琥珀  「姐さん、なんでそんな落ち着いていらしゃんすか?」
 

紅   「なんで? 不思議な事を聞くねぇ。他の見世の新造が初見世だったって関係ないからさ」
 

琥珀  「惣一郎さまが初見世のお相手でもでありんすか?」
 

紅   「だからこそだよ」
 

琥珀  「姐さん」
 

紅   「なんだい?」
 

琥珀  「聞いてもよろしんすか?」
 

紅   「改まってなんだい?」
 

琥珀  「先日、ご用意させていただきんした、鶏を絞めた血。あれをいかがなさいんした?」
 

紅   「あれかい? あれなら惣一郎に渡したよ」
 

琥珀  「惣一郎さまに? どうして・・・」
 

紅   「念には念を入れるに越したこたぁないでありんしょ?」
 

琥珀  「念を入れるとは何に対してでありんすか」
 

紅   「いちいちうるさい子だねぇ。そこまであんたに教える必要もありんせん。
     晩酌が出来ないってぇんならさっさと床について寝ちまいな」

 

琥珀  「姐さん! まさか、牡丹花魁の新造に言いがかりをつける積もりでありんすか?!」
 

紅   「はんっ、言いがかりでもあるまいよ。
     ま、けど、もしかして本当に生娘だったとして鶏の血がそこにあったら言いがかりに否やもつけられまいよ」

 

琥珀  「なんて、事をしたんでありんすか!」
 

紅   「誰に向かって口聞いてんだい!」
 

琥珀  「姐さんのしてる事があまりに酷いからではありんせんか! 
     華屋程の大見世が引込み禿(ひっこみかむろ)をそんなに簡単にお開帳させるはずなんありんせん!
     それに言いがかりをつけたなん惣一郎さまだってただで済む筈なんありんせん!」

 

紅   「惣一郎惣一郎ってうるさいんだよ! お前、惣一郎に惚れてるんだろ? 
     だったら黙ってるしかないでありんすなぁ? 
     ん? 琥珀、いい子で黙っていたら、惣一郎にお前と寝てやるように言ってやるよ」

 

琥珀  「あちきはそんなこと望んどりんせん!」
 

紅   「じゃあ、何を望んでるっていうんだい?! またきれいごと並べてあちきに説教垂れる積もりじゃないだろうね!!」
 

琥珀  「そんな積もりはありんせん! けんど、そんな事したって縁の切れたおきちゃが戻ってくるとは思えんせん!」
 

紅   「何の為にお前! お開帳したんだい!!」
 

琥珀  「痛い! 姐さん、髪を・・・、離してくんなまし!」
 

紅   「お前が相手するって判ってるからここに通ってる客がどれだけいると思ってんだい!
     まともな仕込一つやってないおぼこさが堪らないんだとよ!」

 

琥珀  「や・・・、姐さん、火かき棒で叩くのはやめてくんなんし! それだけはイヤ!!」
 

紅   「だったら大人しく言うこと聞きな! いいかい? 若くてぎこちない娘の方がよく売れる! 
     華屋で生娘の初見世に傷が付けばこっちに戻ってくるか・・・、

     もしくは噂聞きつけた変態じじいが華屋から見世替えするかもしれないだろ?」
 

琥珀  「いやあああああああ!!! 熱い!! 痛い!! 姐さん! やめてええ!!」
 

紅   「お前、華屋の客の羽振りの良さが判ってんのかい? ウチなんかのしょぼくれた見世の数倍は金積んで祝儀はずんで行くんだよ!」
 

琥珀  「痛い!! いや、いやあああ!!」
 

紅   「一人でもこっちにくりゃあこっちのもんだ! 奪ってやるんだよ! なんとしても華屋の客をウチに来させるんだよ!」
 

琥珀  「う・・・、うぅ・・・っ」
 

紅   「その為に手段なんか選んでいられるかい!

     お前も早く年季明けを迎えたいならあちきの言うこと聞いて奪えるもんはみんな奪っちまう気でやんな!」
 

琥珀  「う・・・、く、嫌で、ありんす」
 

紅   「なんだって?」
 

琥珀  「そんな汚い手を使うなんあちきには出来んせん!」
 

紅   「ちょっ、琥珀! どこに行くんだい!」
 

琥珀  「仕置きならあとでいくらでもしてくんなんし!」
 

紅   「琥珀! 戻ってきな!! 琥珀――――!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇大見世・華屋◇◇◇

 

 

 

惣一郎 「おい、牡丹!!!」
 

牡丹  「・・・っ?! そ、惣一郎様? いかがされんした?」
 

惣一郎 「お前、とんでもねぇ女を初見世に出しやがったな!!」
 

椿   「違います! 惣一郎様のお考え違いでございんす!!」
 

牡丹  「椿が、何か不手際をしんしたのでございんすか?」
 

惣一郎 「生娘だと?! ふざけんじゃねぇ!!」
 

椿   「嘘ではありんせん!」
 

牡丹  「椿が生娘ではない、と?」
 

惣一郎 「初のご開帳で、破格の花代ぼったくりやがって! このくそあまがぁ!!」
 

牡丹  「椿?」
 

椿   「違いんす! あちきは本当に殿方は知らんでありんす! 姐さん! お願い!! 信じて!!!」
 

惣一郎 「痛い痛いってぇ下手くそな演技かまして、鶏を絞めた血で破瓜を装うとは!

     てめ、どんな教育してきたんだ。この詐欺師がぁ!!」
 

牡丹  「蓮太郎、だね?」
 

椿   「(息を飲む)」
 

牡丹  「賢い子だと思っっとりやんしたが。そう、そうでありんすか」
 

椿   「違う! 違います!! 本当に蓮太郎とは何もありんせん! 信じて! 姐さん!!」
 

牡丹  「桔梗!! 蓮太郎を呼んどいで!!!」
 

椿   「牡丹姐さん!! 違いんす!!」
 

牡丹  「惣一郎様、此度の不手際、椿に変わり姐女郎、牡丹が深くお詫び申し上げます。
     無論今回ご用立ていただいた花代は全てお返し致しんす。
     また、後ほど、この華屋店主、並びに女将より金封を持ちまして改めて松川屋様にお詫び申し上げるべく参上致します。
     至らぬ躾の妹をお相手に差し上げました事、重ねて深くお詫び申し上げます」

 

椿   「牡丹姐さん! 違う!! あちきは本当に」
 

牡丹  「椿は黙っとりやんせ」
 

蓮太郎 「牡丹花魁、蓮太郎参りました」
 

牡丹  「蓮太郎、あんたこれがどういう状況か判るかい?」
 

蓮太郎 「・・・っ」

 

(間を置く)

蓮太郎 「状況から察するに、椿花魁が生娘ではないと嫌疑をかけられているのでしょうか
     そして、俺が呼ばれたという事は、椿花魁の破瓜の相手が俺だと」

 

牡丹  「賢い子だと油断したあちきが愚かでありんした。まさか、蓮太郎がこんな思い切った真似をするとは思ってはおりんせんでした」
 

蓮太郎 「濡れ衣です」
牡丹  「今更濡れ衣などと寝ぼけた事を言うんじゃありんせん。椿とあんたが心を交わしていた事くらい知っておりんす」

 

蓮太郎 「濡れ衣は濡れ衣。俺は椿花魁と睦み合ってはおりません」
 

牡丹  「惣一郎様、椿が生娘でないのであったのならば、この若衆が相手でありんす。お好きにご処断なさってくんなまし」
 

椿   「姐さん!! お願い・・・、お願い。信じて!!」
 

惣一郎 「さっきから聞いていれば、処断だの、詫びだのと体裁取り繕う事ばっかり、
     のべつ幕無しに言ってんじゃあねぇよ。おかっぴきでもあるめぇに、なんで俺がこいつを処断なんざしなきゃならねぇんだ」

 

牡丹  「それでは惣一郎様の気が治りませんでしょう」
 

惣一郎 「ああ、おさまらねぇな。詐欺にあったんだからよ」
 

牡丹  「では、あちきが小指を落とせばご納得いただけしゃんすか」
 

椿   「姐さん?!」
 

蓮太郎 「牡丹花魁?!」
 

惣一郎 「別にそんなもの貰ってどうしろってんだ。
     俺ぁ別に詫びなんざいらねぇよ。ただ、若山での華屋の評判が落ちるってぇだけだな」

 

牡丹  「どうぞ、それだけはご容赦を」
 

惣一郎 「本当の事を言うだけさ。華屋の初見世は信じちゃあいけねぇってよ。
     別嬪揃いなのをかさにきて、生娘でもねぇ女を初見世として突き出して花代をぼったくるってぇよ。
     なぁ、椿も大変だったなぁ? 痛くもねぇのに生娘の振りして、鶏の血をいつ出すか困ったろ」

 

椿   「そんな事・・・」
 

蓮太郎 「騙るに落ちましたね、惣一郎様」
 

牡丹  「?! なんと、言んした? 蓮太郎」
 

蓮太郎 「騙るに落ちた、と」
 

惣一郎 「なんだって?」
 

蓮太郎 「布団に染みた破瓜の血。それがどうして鶏の血だと言い切るのでしょう」
 

牡丹  「あ・・・っ」
 

蓮太郎 「山鳩の血かもしれませんし、魚の血かもしれません。もしくは紅花の染料ということもありましょう
     鶏の血を使って騙すなどと、そう言い切ったのはなぜですか」

 

牡丹  「蓮太郎! 抑えるのでありんす」
 

蓮太郎 「椿の処女を奪っておいて言い掛かりをつけるとは、いったい何の理由があってそんな事をするんですか!」
 

牡丹  「待ちなんし! 蓮太郎!」
 

蓮太郎 「俺が椿花魁に想いを寄せていたのは確かな事実! それ故に俺はあんたが許せない!」
 

牡丹  「蓮太郎!!」
 

蓮太郎 「俺が一体、今日の夜をどんな気持ちで迎えていたのか、知りもしないで言いがかりをつけるなど一体どういう積もりですか!」
 

惣一郎 「そんなこたぁ俺の知ったこっちゃねぇよ」
 

蓮太郎 「あなたにとって知らない事でもお開帳なんて来なければいいなんて思いもしないんでしょうね」
 

惣一郎 「お開帳を迎えずに済む女郎がどこにいるってぇんだ、あ?」
 

蓮太郎 「だからこその覚悟があって迎えたこの日をあなたは穢したんだ!」
 

惣一郎 「男女の仲にきれいごと並べようとしてんじゃあねぇよ」
 

蓮太郎 「椿の気持ちはどうなるんですか?」
 

惣一郎 「おいおい、事の発端は椿だろうがよ、あぁ?」
 

蓮太郎 「この期に及んでまだそんな事を言うんですか!」
 

惣一郎 「俺ぁだてに花街を遊び歩いちゃいねぇよ。
     生娘だと騙って鶏の血を布団につけるのは今時どこの見世でもやってる事だぜ? 
     だからそう思ったってぇだけの話だ。この赤いもんが何かは知らねえがよ」

 

蓮太郎 「く・・・っ」
 

惣一郎 「騙るに落ちたのはお前ぇさんの方じゃあねぇのかい? え? 蓮太郎とやら」
 

蓮太郎 「どういう意味ですか」
 

惣一郎 「惚れてるとはっきり言ったよなぁ? 惚れてる女が他の男に抱かれるのを黙っていられるってのは相当なもんじゃあねぇのかい?」
 

蓮太郎 「その忍耐すら意味のないものにしようとしているのは一体どなたですか?!」
 

琥珀  「その鶏の血はあっちが用意しんした」
 

牡丹  「?! あんた、誰だい」
 

惣一郎 「こ、琥珀?!」
 

琥珀  「大野木屋の新造、琥珀にございんす。」
 

牡丹  「大野木屋・・・、伏見町の中見世(なかみせ)でありんすな。新造がこんな所でどなんしんしたんぇ?
     姐さんに怒られんしょ?」

 

琥珀  「いいでありんす! 惣一郎様ももうこんな事やめてくんなまし! あんまり、椿花魁が可哀想でありんす」
 

惣一郎 「っ、おいおい、この後に及んでいったい何言ってんだ」
 

琥珀  「初の道中が失敗しんしたんも、今回の事もあっちの姐女郎、紅お職が企てた事でありんす。」
 

惣一郎 「ちっ・・・、罪の意識に苛まれたか。琥珀、おめぇさん見世に戻ったら酷い目に遭わされんぜ」
 

琥珀  「人を騙して陥れる事を続ける位なら切見世に落とされた方がましでありんす。
     どんな酷い扱いを受けても!! 人を騙す事だけはせんで済みんす!」

 

牡丹  「惣一郎様、椿の初見世をおまかせしんしたんはあっちの見立て違いでありんしたか?」
 

惣一郎 「・・・椿、いつまでも泣いてねぇで着物着てこっちに来い」
 

椿   「あ、あい・・・」
 

惣一郎 「怖ぇ思いさせてすまなかったな」
 

椿   「大丈夫、でありんす」
 

惣一郎 「牡丹、煙草くれ」
 

牡丹  「どうぞ」
 

惣一郎 「蓮太郎とやら、しきたりなんざどうでもいい、部屋に入ってこい。んで、襖を閉めな」
 

蓮太郎 「しかし」
 

牡丹  「蓮太郎、言う通りにしなんせ」
 

蓮太郎 「失礼いたします」
 

惣一郎 「(煙草をふかす)ふーーーっ、椿は間違いなく生娘だったよ」
 

牡丹  「そうでありんしたか」
 

惣一郎 「こんな厄介ごと抱えてなけりゃあ、もっと可愛がってやったんだがよ。
     椿にとっちゃ最悪の初見世にしちまったな。悪かった」

 

牡丹  「厄介ごととはなんでありんしょう」
 

惣一郎 「俺ぁ、松川屋の若旦那になりたかったのよ。けど、娘の八重ってのがオカメみてぇな顔して色狂いでよぉ。

     親の肩書きをかさにきて、祝言の相手を誰にするか未だに決め兼ねてんのよ」
 

牡丹  「堅気だから一途、とは限らんのでありんすなぁ」
 

惣一郎 「そんで、遊び下手な今の旦那が大野木屋の紅っつぅお職の馴染みでな。
     俺を若旦那にってぇ勧めてくれてんのさ。だから、俺は紅にゃ逆らえんのよ」

 

牡丹  「そんじゃ、今回の件は全部その紅花魁が企てたということでありんすか」
 

惣一郎 「早ぇ話がそういうこったな」
 

牡丹  「敢えてお聞きいたしんす。惣一郎様の若旦那の件は流れた、ということでありんせんのか」
 

惣一郎 「まぁ、そうならぁな。もう一服くれ」
 

琥珀  「若旦那は律儀なお人ですから、そうはなりんせん」
 

惣一郎 「なんで、そんなことがいえるんでぇ」
 

琥珀  「あっちが、その条件で初のご開帳をしんした」
 

牡丹  「・・・っ?! ってあんた、新造じゃ・・・、ないかい。お開帳って・・・」
 

 

琥珀  「紅姐さんは、もうすぐ27になるせいか、あまりお客がつかなくなってて、
     新造のあっちが相手をするからって密かに噂になってて、
     それで、なんとかお客を取ってたんですけど、今回椿花魁の初見世で、切れ文が七通も届いて、
     それで逆恨みをしんして、牡丹花魁と華屋を陥れるために惣一郎様まで巻き込んで・・・、
     止められなかったあっちの責任でもあるんです」

 

惣一郎 「お前ぇのせいじゃねぇだろ。あいつの仕置はキツイ、煙管で火傷をさせるわ火かき棒で殴るわ・・・

     俺ぁ見るたびにいたたまれなかったよ」
 

琥珀  「そこまで知っててどうして姐さんの間夫(まぶ)なんしてたんでありんすか?」
 

惣一郎 「だってお前ぇ、俺が相手すりゃ、しばらくは機嫌よかったろ?」
 

琥珀  「惣一郎様・・・」
 

牡丹  「厄介ごとね、はぁ~~~、確かに年増の悋気ほど厄介なものはないね」
 

惣一郎 「琥珀、お前ぇを守ってやれるかどうかわかんねぇが、紅んとこに帰るか。血の槍が降るかもしれねぇがよ」
 

琥珀  「あい」
 

牡丹  「二人とも待ちなんし」
 

惣一郎 「ん?」
 

琥珀  「え?」
 

牡丹  「今回の落とし前はあちきがつけさせてもらいんす。琥珀はこのままここに残りなんし。
     ちょうど一人新造がいなくなってね、あちきが「姐さん」で嫌でなきゃ、ここで待っとってくれなんし」

 

琥珀  「え? ええええええええええ?!?!」
 

牡丹  「さぁて、どうしてさしあげんしょうか」
 

椿   「牡丹姐さん、楽しそうでありんす」
 

惣一郎 「お、椿。もう大丈夫かい?」
 

椿   「脚の間が痛いでありんす」
 

蓮太郎 「・・・っ」
 

惣一郎 「そ、そう怖え顔すんじゃねぇよ、蓮太郎」
 

蓮太郎 「あなたの事を俺は許す積もりはありませんから」
 

惣一郎 「そう、だろうよ」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆中見世・大野木屋◆◆◆

 

 

 

牡丹  「紅花魁ってぇのはどいつだい!! 影でコソコソしやがって!! 潔く出てきな!!」
 

紅   「いきなり人の見世の暖簾くぐってどなりこみとは、華屋も随分格が落ちたもんでありんすなぁ」
 

牡丹  「おんしが紅かい!! はんっ!! 年増のひょっとこみたいな顔して、そりゃあ裏工作でもしなきゃあ客もつかないだろうねぇ!」
 

紅   「んな?! と、しまのひょっとこだって?!?!」
 

牡丹  「出来の悪い瓢箪(ひょうたん)のほうがよかったかい! 何にしても顔隠してケツまくりあげてたほうが客がつくんじゃないかい?」 
 

紅   「言うに事欠いて・・・、天下の華屋だからって調子に乗ってんじゃないよ!」
 

牡丹  「だったら二階から見下ろしてないで下におりてきな!

     それとも、裏でコソコソ工作するんは得意でも面と向かってモノが言えないのかい!!」
 

紅   「ああ、降りてってやろうじゃないかい!! 芋引いて逃げるんじゃないよ!!」
 

 

(間をおいて)
 

牡丹  「今回はあちきの妹がえらい世話になりんしたなぁ」
 

紅   「うああああああ!!!」
 

牡丹  「足引っ掛けて転ばせたくらいで大げさな悲鳴あげてんじゃないよ! これは道中の礼だよ!!」
 

紅   「あい、た、た。この!! ぎゃあああああ!!」
 

牡丹  「近くに手頃な火かき棒があったんでかりんした」
 

紅   「てが・・・、手があ」
 

牡丹  「新造にとって初の道中がどんな気持ちかわかるかい!

      期待もありんしょうが姐の立場、見世の格、そんな大きいもんを小さい体に沢山抱えて道中を歩くんだよ!!

      そんな中、若山中の客の前で転ばされた椿の痛みはそんなもんじゃ済まなかったろうね!」
 

紅   「人の見世で好き勝手ほざいてくれんじゃないかい!」
 

牡丹  「大した顔じゃないけんど、顔に傷を付けなかっただけありがたいと思いな。

     それともこのよおく焼けた火かき棒を目にぶっ刺してやろうか?」
 

紅   「ひっ」
 

牡丹  「二度とウチの見世の子に手ェ出すんじゃないよ。もし、出したらお歯黒溝に浮かぶと思いな」
 

紅   「あ・・・」
 

牡丹  「それと、琥珀って新造はあちきがもらってくよ」
 

紅   「はっ! 物好きだね。好きにすりゃいいさ」

 

 

 

 

 

 

後日――――――・・・・・・

牡丹  「ん〜、何にしたもんでありんしょうか」
 

琥珀  「姐さん、何を悩んでおりなんすか」
 

椿   「牡丹姐さん! 見て! 蓮華がたくさんさいとりんした! とっても綺麗」
 

牡丹  「決まりだね」
 

琥珀  「何が・・・?」
 

牡丹  「ここは華屋だからね。源氏名は皆華の名前をつけるのでありんす。今日からおんしの名は蓮華でありんす」
 

琥珀  「あい!!」