花魁道中いろは唄

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時空(とき)の護人(もりびと) ♂×3 ♀×4 不問×1 / 白鷹

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所要時間:120分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

零音   (れおん)  ♂♀ 14歳 (推奨:女性低音ボイス)

     少年呪術師。妖あやかしを狩る使命を帯び、その為に成長を止められている。
     全ての妖を狩る事が時の束縛から解放される為の唯一の方法。
     性格は明るく気さくで人懐っこい。
     同じ呪術師で双子の姉、凛音りおんに密かな恋慕を抱いている。


 

椿    (つばき)  ♀ 17歳

 

     可愛らしい顔と愛らしい仕草で水揚げ前の振袖新造時代から客に絶大な期待をされていた
     現在は花魁として活躍し次代お職の噂が立っている
     同じ見世の若衆、蓮太郎に想いを寄せながら、禁忌を犯さず互いを想い合う。


 

蓮太郎  (れんたろう)  ♂ 17歳

     大見世、華屋の若衆。
     椿と同年齢のせいで非常に仲が良く、いつしか椿と心を通わせるようになるが
     忍耐強くそれを堪え、椿の初見世を祝う。
     生真面目で優しく人当たりもよい少年。


 

牡丹   (ぼたん)  ♀ 23歳

     遊郭の見世の中でも屈指の人気を誇る大見世、華屋のお職
     その美貌と教養の高さから若くしてお職の座に就いた実力者であり魅力的
     美しい容貌とは正反対の竹を割ったような性格で、他の見世からの女郎からも羨望のまなざしを向けられる


 

惣一郎  (そういちろう)  ♂ 25歳

     老舗の呉服屋で目利きとして働く青年。その優れた目利きさから呉服屋の旦那に気に入られ、
     娘の八重と結婚して呉服屋を継いだものの、非常に遊び人で遊郭内でも様々な見世をうまく立ち回り馴染みになっている。

     美形で遊女からの人気も高い


 

女将   (おかみ)  ♀ 29歳

     華屋の女将。見世の経営を遣り手任せにはせず自らもせわしなく働く
     自分の見世の女郎たちをとても可愛がっており、何か女郎が失敗した時なども身体に傷を付けない為
     折檻はせず、仕置き部屋に閉じ込める程度で済ませるなど、大切にしている


 

千秋   (ちあき)  ♀ 20歳

     中見世の女郎で、同じ見世で若衆として働く涼彦と思い合う仲
     足抜けを企てる涼彦について行けないと下した決断は・・・。
     実は千秋自身はとうに命果て、涼彦の傍にいるのは古から生きる美しい妖。


 

涼彦/赤塚(すずひこ/あかつか)  ♂ 23歳

     千秋を想う気持ちが強く妖(あやかし)に付け込まれた青年。
     吸血鬼として多数の女郎の血を奪い死に至らしめた連続殺人鬼。


――――――――

役表

 

零音     (♂♀)・・・
椿     (♀)・・・・・
蓮太郎   (♂)・・・・・
牡丹    (♀)・・・・・
惣一郎   (♂)・・・・・
女将    (♀)・・・・・
千秋    (♀)・・・・・
鈴彦/赤塚 (♂)・・・・・

――――――――――――――――――――――――
 

零音(N) 其(そ)は時に見離されし者、其(そ)は妖(あやかし)を屠(ほふ)る者
     時を駆け妖(あやかし)を追い、狩り、闇に還す使命を帯びし者

 

 

 

女将(N) 文化5年、幕府は江戸に在り
     ここは幕府公認若山遊郭
     女と男が偽りの恋を綴る町

 

 

 

 

零音  「・・・ん」
椿   「あ、気が付きんした」
零音  「ん・・・、・・・っ?! ここは?!」
椿   「ここは、もみじ屋の二階のお部屋でありんす。主殿、随分、奇妙な召し物でありんすな」
零音  「着物・・・? ちょっと待って、えーっと・・・、まずは状況把握」
椿   「んん?」
零音  「みんな、着物着てる」
椿   「? 不思議な事を言いしゃんすな。着物も着んと裸で町を歩くなん痴れ者はおらん」
零音  「そうじゃなくて。あの、少し聞いてもいい?」
椿   「どんぞ?」
零音  「今って西暦何年?」
椿   「せーれき?」
零音  「あー、うー、ん。うん、ごめん、今は何年?」
椿   「文化5年でありんす」
零音  「はははー・・・、全く判らないよ。もっと歴史を勉強しておくんだった」
椿   「歴史? 文化5年は今年でありんすよ?」
零音  「うん、そうだよね、そう。今は、江戸時代、かな?」
椿   「確かに幕府は江戸にありんす」
零音  「よっしゃビンゴ。で、今の将軍は誰?」
椿   「将軍・・・、って。お上に対して無礼なお人でございんすな。

     今の公方様(くぼうさま)は徳川(とくがわ)家斉(いえなり)公(こう)でございんす」
零音  「うん、真ん中あたり全然判らない。OK、判った、江戸時代だという事だけ判った。
     つまりあいつを狩った後、すぐにここに飛ばされたって事か」
椿   「そさま、何者でありんすか?」
零音  「僕? 名前は零音、14歳
     あっちゃあ・・・。スマホもタブレットも圏外か。当然だわなー。WiFiもLTEもある訳ない」
椿   「零音様、なんでありんすか? それ」
零音  「あ、説明すると長くなるから神器(じんぎ)って事で。お姉さん名前聞いてもいい?」
椿   「そさまに姐さんと呼ばれる所以(ゆえん)が判りんせんが、椿と言いしゃんす」
零音  「変な言葉遣いだね」
椿   「む」
零音  「あ、あぁ、ごめんごめん。ありんすって事はここって遊郭、とか? 吉原かな?」
椿   「吉原ではございんせん。若山遊郭でございんす」
零音  「聞いた事ねぇ~・・・」
椿   「零音様はどちらからいらしゃんした?」
零音  「どこから・・・、舞浜の某夢の国で戦ってた」
椿   「夢の、国? あちきが表でおはぎ食べてたら空から降って来なんした。訳が判らん」
零音  「あっちゃぁ~、どうせ移動させるんならもっと人気のない場所にして欲しかった」
椿   「んん、つまり他言無用、でありんすか?」
零音  「いや、混乱させるだけだからね。つか、腹減ったー」
椿   「何か召し上がりんすか? 簡単な飯くらいなら頼みんすえ?」
零音  「あー、金がねぇわ。いや、あるっちゃあるけど。・・・、コレ、使えねぇよな?」
椿   「なんでありんすか? ソレ」
零音  「だよねぇ。英世さん、あなたも未来の人だよ。コレ、金」
椿   「そんな紙切れが金なんぞと・・・、もしかしておんし、異国人」
零音  「まぁ、うん。そうかな、そんな様なもん」
椿   「岡っ引きに通報して参りんす」
零音  「わーーー!! 違うっ! 待った! 通報待った!!」
椿   「ふふ、腹がすいとりんしょ? 何か頼んできんす」
零音  「え、でも、僕、お金が」
椿   「乗りかかった船でありんす。あちきの奢りでありんす」
零音  「へ? いいの?」
椿   「・・・そさまは似ておりんすから」
零音  「誰に?」
椿   「・・・、幼い頃に、ね」
零音  「奇遇だね、あなたも僕の知ってる人に似ている。ね、僕が似てる人って、恋人?」
椿   「っ!」
零音  「あたり」
椿   「生意気でありんす! 年下の癖に!」
零音  「へ? 同い年くらいかと思った。幾つ?」
椿   「十七」
零音  「そんな変わんねーじゃん」
椿   「とにかく、何か食べられるか聞いてきんす」

零音(M)「ホント、そっくり・・・。凛音(りおん)、あいつもどっか飛ばされたんだろうな」

 

椿   「零音様、ご亭主が握り飯と油揚げの汁と佃煮(つくだに)をくんなんした」
零音  「あ、ありがとう」
椿   「どういたしまして」
零音  「いただきまーす! (食べながら)ね、変な事聞くようだけど」
椿   「なんでありんしょ」
零音  「ここ最近、不可思議な事件が起こってたりしてない、かな?」
椿   「不可思議・・・? あぁ、そんなら」
零音  「やっぱり、あるんだね」
椿   「そさまが空から降って来なんした」
零音  「あ、ちょっ、そうじゃなくて。他に」
椿   「あちきは何も聞いてはおりんせんな。そういうのなら蓮太郎の方が詳し・・・」
蓮太郎 「椿!」
椿   「あれ? 蓮太郎? 頃合いを見計らったかのようでありんすな」
蓮太郎 「茶屋に行ってから余りに帰りが遅いから、その、もみじ屋の亭主に聞いたら、お、男と二階の部屋を使ってるって聞いて」
椿   「え? あ、ふふっ、ご亭主も意地の悪い言い方するね。誤解したんでしょ、蓮太郎」
蓮太郎 「う」
椿   「大丈夫だよ? 何も変な事してないから」
零音  「普通に喋れるんだ」
蓮太郎 「その人は?」
椿   「零音様って言って、ちょっと変わってるの」
蓮太郎 「変わってるのはいでたちを見れば判る」
椿   「ねぇ、蓮太郎。最近、何か不可思議な事件が起こってるかどうか聞かれたんだけど、何か知ってる?」
蓮太郎 「よく、事情も聴かない内から答える訳に行かない」
零音  「ん、まともそうな人だ」
蓮太郎 「会って早々、人となりを計るとは失礼な人ですね」
零音  「わー、すっげぇ敵意を感じる。あ、そっか椿さんの恋人だ」
蓮太郎 「違っ!」
椿   「む」
蓮太郎 「うくない」
零音  「ひゅーっ」
蓮太郎 「・・・って、零音さんでしたっけ。からかってるんですか?」
零音  「いやー、時代が変わっても恋愛っていいなーと思ってにやけた」
蓮太郎 「・・・、とにかく、椿は夜見世の準備があるんだから見世に戻れ。この人は俺が何とかするから」
椿   「はーい」
零音  「あ、ちょ、椿さん? いきなり帰られても!」
椿   「蓮太郎は大丈夫だよ? 色々と詳しいから知りたい事聞いてみればいいよ」
蓮太郎 「椿、言葉遣い」
椿   「あ、ごめんなんし。失礼致しんす」
零音  「って、マジ敵意しか感じないんだけど」

 

牡丹  「惣一郎様、夜見世の暇潰しにあっちの部屋へ登楼(あが)ってくるのはやめてくんなんし」
惣一郎 「いや、怖がりなお前ぇにどうしても話しておきたい事があってな」
牡丹  「帰ってくんなんし」
惣一郎 「まぁまぁまぁ、そう邪険にすんなって」
牡丹  「ロクでもない話しかせんなら帰ってくんなんし」
女将  「惣一郎様、またあたしがいない時に勝手に見世に登楼(あが)って。牡丹はそうそう簡単に拝める女郎じゃないんですよ?」
惣一郎 「よ、女将! なぁ、女将も聞いてるだろ?」
女将  「まず、惣一郎様があたしの話を聞いちゃくれませんかね?」
惣一郎 「巷で噂の」
女将  「女郎殺し、ですかね?」
惣一郎 「おうよ」
牡丹  「女郎殺し、物騒でありんすな。けど、そんなもん岡っ引きが何とかしてくれんしょ?」
惣一郎 「それがよ、殺され方が異常なんだってよ」
牡丹  「い、異常・・・? また、何か幽霊だとか、物の怪だとか、言うんじゃ」
女将  「まぁね、遅かれ早かれ牡丹の耳には入るだろうけどね」
牡丹  「そんな大事なんでありんすか?」
女将  「今の所大見世に被害は出てないんだが、

     小見世・中見世とはいえ板張る様なきれい処ばかりが狙われてるってんでウチも他人事じゃないのは確かさ」
牡丹  「看板女郎?」
女将  「お前も気を付けないとね」
牡丹  「綺麗処を・・・、攫うんならまだしも殺して何の得がございんすか」
惣一郎 「得があるかどうかは判んねぇがよ。奇妙な事に体中の血が搾り取られてるらしいんさ」
牡丹  「血が? 体中?」
惣一郎 「切り傷一つ残さず血を搾り取るってのはどんな技使ってんだかな」
女将  「ま、今の所、物の怪、魑魅魍魎と結構な騒ぎさ」
牡丹  「魑魅・・・? は、犯人の目途はついとらんのでありんすか?」
女将  「手掛かりなし、さ。全く、幽霊の次は物の怪、困ったもんだよ」
牡丹  「物の怪」
惣一郎 「人でないなら坊主呼ぶしかねぇだろ」
女将  「こっちは旦那みたいに面白がってばかりいられないんだよ」
牡丹  「ひ、ひ、人じゃない・・・、って」
女将  「人の仕業じゃないだろ。体中の血を抜くなんざ」
惣一郎 「現場にゃ血の染み一つ残ってねぇんだからよ。やぁ、奇怪奇怪」
牡丹  「や、あの、え、あ・・・」
女将  「仕事にならないんじゃ困るからね。ウチは二階回しを増やして備えてあるから、仕事に支障をきたすんじゃないよ、牡丹」
牡丹  「うぅ・・・、お母さん。実は、さっき月のもんが来んしてな」
女将  「そうかい。そんじゃあ、今夜は一人で物の怪に怯えながら寂しーく過ごすんだね」
牡丹  「ひぃっ!」
惣一郎 「お、そんじゃあ俺が一緒にいてやろうか?」
女将  「惣一郎様は遣り手を通して椿の所に来て下さい。もっとも、今更言われても名代になりますけどね」
惣一郎 「んで? 椿はどこに行ったんでぇ」
女将  「もみじ屋でしょう? 帰って来るのが遅いんで蓮太郎を迎えに行かせました。けど、いくらなんでも遅いねぇ」
惣一郎 「何かあったんじゃねぇのかい?」
女将  「椿の好奇心は時々変な方向に行っちまうからねぇ。妙な事に首を突っ込まなきゃいいけど」
椿   「たーだいまでありんすぅ! 支度しんすーー!!」
女将  「何もなかったようで」
惣一郎 「らしいな。さて、牡丹も怖がらせたし、俺ぁもうちょい事件の真相を漁ってくらぁ」
女将  「趣味が悪い」
牡丹  「に・・・、に、二度と来んなーー!!」

 

 

 

惣一郎 「よぉ、蓮太郎」
蓮太郎 「惣一郎様、今日もご機嫌麗しいようで何よりです。では、失礼します」
惣一郎 「あ、こら、ちょ待てって」
蓮太郎 「いい加減俺に付き纏うのやめて貰えますか? 惣一郎様と俺に衆道疑惑(しゅどうぎわく)が湧き始めているんですよ」
惣一郎 「言いたい奴は言わせておけよ。それより、あいつ」
蓮太郎 「はぁ・・・。目敏いですね」
惣一郎 「変わった着物来てるな。知り合いか?」
蓮太郎 「いいえ。さっきまで話してましたが、椿に頼まれなければ放っておきます」
惣一郎 「ほーぉ?」
蓮太郎 「目を輝かせて、嬉しそうですね」
惣一郎 「あの椿が関わってるっちゃあ、ただ事じゃねぇだろ」
蓮太郎 「俺は、仕事があるんで失礼します」
惣一郎 「真面目すぎんだよ、お前ぇは。たまには休んでもいいだろ」
蓮太郎 「いい訳ないでしょう。だいたい、惣一郎様に話す事なんてありません」
惣一郎 「うし、飲みに行くぞ」
蓮太郎 「俺は飲めません」
惣一郎 「お前ぇの態度が悪いと俺の華屋入りが遠のくぜ?」
蓮太郎 「喜ばしい事です。椿に朗報と伝えますよ」
惣一郎 「くっそ。扱いづらい奴だな」
蓮太郎 「ふぅ・・・、お茶くらいなら」
惣一郎 「お? どういう風の吹き回しだ?」
蓮太郎 「情報交換です」
惣一郎 「お前ぇも調べてんのか、女郎殺し」
蓮太郎 「はい。今はまだ大見世に被害は出ていませんが理由が不明な以上楽観視は出来ませんから」
惣一郎 「牡丹が狙われるのは必至、って事か」
蓮太郎 「今、彼は状況把握の為に町を歩いていますが、仕事が終わったらもう一度話をする予定です」
惣一郎 「おう。あいつ、何もんだ」
蓮太郎 「本人曰く『時を駆ける呪術師』だそうです」
惣一郎 「胡散臭ぇな」
蓮太郎 「そうですね。ですが、女郎殺し・魑魅魍魎・呪術師。話が揃い過ぎです」
惣一郎 「あいつが犯人か」
蓮太郎 「椿の話ではつい先ほど、空から降って来たそうです。女郎殺しは・・・、最初の被害者を特定するならひと月以上前になります」
惣一郎 「空からって、椿疲れてんじゃねぇのか? ・・・、ひと月以上前、な。そんな前からあったのか」
蓮太郎 「はい。確証はありませんが弔い衆から聞いた話では血抜きによる女郎の死。最初の事件は若山ではありません」
惣一郎 「若山じゃない?」
蓮太郎 「宿場向こうの船橋(ふなばし)に非公認の岡場所がある事はご存知ですか?」
惣一郎 「あぁ、遊んだこたねぇが知ってるな」
蓮太郎 「そこの女郎が何人か血抜きに寄って殺されているそうです」
惣一郎 「ほぉ? 女郎の顔は」
蓮太郎 「綺麗処が狙われたそうです」
惣一郎 「なる程ね。船橋(ふなばし)の美女を狩り終ったってとこか」
蓮太郎 「おそらく」
惣一郎 「なんで、女郎を狙うんだ?」
蓮太郎 「判りません」
惣一郎 「ひと月以上ってこた、ふた月には満たないって事か?」
蓮太郎 「ふた月には至りませんがこのまま騒ぎが続けばそれも否めないでしょう」
惣一郎 「てかよ、血抜きってぇ・・・、人の血ってどんくらいあるんだ?」
蓮太郎 「二升二合(にしょうにごう)くらいですね」
惣一郎 「・・・、詳しいな」
蓮太郎 「っ!」←しまったと思っている
惣一郎 「お前ぇ、腑分(ふわ)けでもやってたんか」
蓮太郎 「やってません」
惣一郎 「まぁいいや。一晩に血抜きで手に入る血がそんだけあったとして、今までにどんだけの血が溜まってるんだろうな」
蓮太郎 「・・・」
惣一郎 「どうした」
蓮太郎 「いえ、意外な所に気が付くんですね」
惣一郎 「は? 気になるだろ。なんで女郎を狙うのか、美女殺してなんの得があるか、抜き取った方法、抜き取った血の使い道」
蓮太郎 「ふ・・・、たまには話してみる物ですね」
惣一郎 「ふた月前っていや、三蔵(みつくら)の札差んとこで盗みがあったのもその時期だな」
蓮太郎 「? そんな事件があったんですか?」
惣一郎 「五千両以上の大金が盗まれたそうだ」
蓮太郎 「大きな事件なのに瓦版になってないんですね」
惣一郎 「蔵守(くらもり)が揃いも揃って寝ちまったっていう醜聞だからな。表に出したくないんだろうよ」
蓮太郎 「五千両」
惣一郎 「必ず関係があるとは思えねぇが、一晩でごっそり五千両だ」
蓮太郎 「複数人の犯行ですか?」
惣一郎 「それも解決してねぇし、犯人も判らねぇ。消えた五千両の行方もな」
蓮太郎 「それだけの大金を人目に付かない様に運ぶのは不可能でしょう」
惣一郎 「一致するのは犯人の手掛かりが全くないってとこだけか」
蓮太郎 「あと時期、ですね。彼は魑魅魍魎か物の怪の類、特別な呼び方をしていました」
惣一郎 「特別?」
蓮太郎 「『妖(あやかし)』と」
惣一郎 「妖(あやかし)・・・」
蓮太郎 「人に害を成す物の怪の正体に詳しいそうです。それを狩るのが使命だと言っていました」
惣一郎 「使命って、大儀な言い方しやがって。見た所ただのガキじゃねぇか」
蓮太郎 「ただのガキと侮るのは簡単です」
惣一郎 「まぁ、血抜きの女郎殺しは物の怪でなくとも、妖(あやかし)並みの人だろうよ」
蓮太郎 「女郎殺しの件は、反応を見る為に彼に伝えて見ました」
惣一郎 「で?」
蓮太郎 「吸血鬼、と言っていました」
惣一郎 「なんだそりゃ」
蓮太郎 「血を吸う鬼、妖(あやかし)の種類だそうです。そろそろ俺は見世に戻ります」
惣一郎 「提案なんだがよ、あいつ、華屋に連れてったらどうでい」
蓮太郎 「は」
惣一郎 「呪術師ってのが本当なら、万が一の備えとしちゃ最強だろ」
蓮太郎 「確かに、既に常識が通用する段階ではありません。でも、俺は仕事で」
惣一郎 「しゃあねぇなぁ。俺がつれていってやらぁ」
蓮太郎 「俺は責任持ちませんからね」
惣一郎 「判ってらい」

 

 

 

女将  「涼彦! お前いつまで廊下の拭き掃除をしてるんだい!」
涼彦  「あ、あの、すみません」
女将  「もうすぐ夜見世が始まるってのにまだ半分も終わっていないじゃないかい!」
牡丹  「お母さん、涼彦は右腕が不自由なのによくやってくれているじゃござんせんか。そんな強く当たらんでも」
女将  「仕方なく雇ってはみたけどこうも仕事が遅いとね!」
牡丹  「他の若衆に任せて涼彦はもうお休み?」
涼彦  「え?」
女将  「牡丹、お前若衆を甘やかして!」
牡丹  「怠けているんならまだしも一生懸命ではありんせんか。今日の賃金はわっちのツケと一緒に払いんす」
涼彦  「ぼ、牡丹花魁!? そ、そんな訳には行きません!」
女将  「一生懸命がなんだい。あたしゃ結果の出ない働きは認めない性分なんだよ」
牡丹  「そんじゃあ、結果出してるわっちが誰を甘やかそうが自由でやんしょ?」
涼彦  「ですから、牡丹花魁に負担は」
牡丹  「今からじゃあ夜見世が始まっても終わりんせん。痛めた腕が疼くのでありんしょ?」
涼彦  「え」
牡丹  「さっき呻き声が洩れておりんした。もうお休みなんし」
女将  「好きにしな。けど、あたしゃ今日の賃金ビタ一文払わないからね」
涼彦  「女将! 済みません!」
牡丹  「涼彦、今日の夜飯と明日の朝飯はこれで蓮太郎に貰っといで」
涼彦  「さ、三(さん)匁(もんめ)も貰えません!」
牡丹  「無理をするのはよしなんし。涼彦がここに来た理由をわっちは知っておりんす」
涼彦  「無理・・・、している訳じゃ・・・」
牡丹  「そんなら今日は休めんすな?」
涼彦  「・・・ありがとう、ございます」
女将  「涼彦! 他の若衆にやらせるんならお前は邪魔にしかならないんだからとっとと部屋に戻んな!」
涼彦  「は、はい」
牡丹  「娑婆でも疎ましがられて結局、遊郭に戻って来たと聞いておりんす」
女将  「当たり前さ。遊郭出なんざ男も女も厄介者さね」
牡丹  「結局遊郭で働くしかない、それは身を切るより辛い事でありんしょうなぁ」
女将  「自分のせいだろうが。

     女郎連れて足抜けしようなんざ馬鹿な事するから、女も失い体も不自由になって、生きていられる事がせめてもの救いだろう。
     ま、のたれ死んだ方がマシだったかもしれないねぇ」
牡丹  「お母さん、また辛辣な事ばかり言って」
女将  「『働かせて下さい』と見世前で土下座されて足蹴にしたんじゃ、あたしの評判に関わる。

     それを判ってて土下座したんだよ。小賢しい事考え付く当たり、あたしゃ好きになれないね」
牡丹  「それだけ必死だったんでありんしょ?」
女将  「優しいのはお前の美徳だろうさ、牡丹」
牡丹  「また、含みのある物言いでありんすな」
女将  「根拠のない優しさや情は身を滅ぼすよ」
牡丹  「お母さん・・・」
女将  「暮れ六ツの鐘だ。客を迎える準備をしな」
牡丹  「あい・・・」

 

 

 

零音  「・・・、この建物、随分妖(あやかし)の匂いがきついな」
椿   「お待たせしんした、惣一郎様」
惣一郎 「あん? なんでぇ、お前ぇ他の客の相手するんじゃなかったんかい?」
椿   「あっはっは、祝儀をケチるおきちゃなん願い下げじゃ・・・、って零音様?」
零音  「・・・? ん? え? つ、椿さん?!」
椿   「あい」
零音  「うーわ、マジか全然判らなかった、すっげぇ盛ってる」
椿   「また知らん言葉ばかり使いんすな。どうして惣一郎様とご一緒にいらしゃんすか?」
零音  「なんか、蓮太郎さんからこの人紹介されて、どうせならこのお店を守ってやってくれって」
椿   「守るって・・・、蓮太郎、信用したんでありんすか?」
蓮太郎 「はい」
零音  「蓮太郎さん? うぉ?! 廊下に居た! ビビった!!」
惣一郎 「イチイチ大袈裟な奴だな、見てて飽きねぇぜ」
蓮太郎 「俄(にわ)かには信じがたい話ですが、放置する訳にも行かないので」
椿   「そう、でありんすか」
零音  「・・・、なんか、椿さんと蓮太郎さんすっげぇよそよそしくない? 喧嘩でもしたの?」
椿   「・・・っ」
惣一郎 「お前ぇも野暮な事聞くんじゃねぇよ。零音、だったっけか。見世の若衆と花魁は惚れあっちゃならねぇ、覚えとけ」
零音  「え、それって・・・」
椿   「零音様、どうぞ、お飲みなんし」
零音  「え、あ、僕は、まだ飲めない」
椿   「では、お煙草は?」
零音  「煙草?! いやや、無理無理!」
惣一郎 「椿、俺に注げ」
椿   「あい」
惣一郎 「女郎は金がなきゃあ手を出せねぇ。ただ乗りなんざしてみろ。殺されっぞ」
零音  「ただ乗りって・・・、あー、つまり、蓮太郎さんは金が無い」
蓮太郎 「・・・(溜息)」
惣一郎 「金があっても、椿に手を出したら蓮太郎は殺されるだろうな」
零音  「なんで? え、だって、それって、辛くない?」
惣一郎 「当たり前の事を言うんじゃねーよ、ん?」
椿   「?! なに?」
惣一郎 「っ?! なんだ? 向こうの座敷で何かあったんか?」
零音  「まさか、妖(あやかし)?!」
蓮太郎 「いえ、多分ただの喧嘩でしょう」
零音  「違う・・、この匂い!」
牡丹  「騒がしい!! 何事でありんすか!」
椿   「やっ! 行燈(あんどん)が消えていく!」
牡丹  「・・・?! いやあああああ!!」
蓮太郎 「霧? 見世の中で? ダメだ暗くて何も見えない。椿!」
椿   「こ、ここ。ここに居る、蓮太郎」
惣一郎 「大丈夫か、牡丹」
牡丹  「や、いや・・・」
惣一郎 「大丈夫だ。こいつが何とかしてくれる、筈だ」
牡丹  「他人任せーー?!」
零音  「モバイルライト。よし、使える! 霧の出処はあの部屋だね」
牡丹  「なんの、明かりでありんすかぁ? あれはぁ・・・(半泣き)」
惣一郎 「相変わらず可愛いな、こいつはよ」
零音  「全員この部屋に入って!

     オン・アナレー・ヴィシャダ・ヴァイラ・ヴァジュラダレー・バンダニバンダニ・ヴァジュラパーニー・ハン・フーン・トルーン・ハン・スヴァーハー」
牡丹  「なに言っているんでありんすかー!」
零音  「結界貼ったんだ。まずは身を守らないとね」
蓮太郎 「結界・・・、・・・、この部屋は明かりが点くようです」
椿   「本当・・・、よかった」
蓮太郎 「椿、もしかして怖かった、とか?」
椿   「あ、あ、当たり前じゃない! こんなの怖くない方がおかしいよ!」
蓮太郎 「ふーん」
椿   「零音様、かっこいい」
蓮太郎 「なんだって?!」
牡丹  「ほんに、かっこよかったでありんす。あの方は一体?」
惣一郎 「なんでぇ、ガキにかっこいいとかお前ぇ等」
牡丹  「あれは、お札でありんすか?」
零音  「オン・バザラギニ・ハラチハタヤ・ソワカ!」
椿   「わ、お札が燃えんした!」
零音  「く・・・っ、逃がした。俊敏なのは伝説通りだ、速い!」
惣一郎 「なぁ、蓮太郎、ありゃ本物だ」
蓮太郎 「ですね」
椿   「蓮太郎・・・、もしかして、見に行くの?」
蓮太郎 「女将を呼んでくる」
椿   「え、やだっ! 傍にいてくれなきゃやだ!」
蓮太郎 「・・・、この騒ぎならすぐに来るか」
惣一郎 「よっこらせ、俺は見に行くぜ」
牡丹  「じゃ、じゃあ、もうみんなで行けばいいじゃござんせんか!」
女将  「騒がしいねぇ。何があったんだい? 喧嘩かい?」
椿   「お母さん・・・」
女将  「蓮太郎、お前なんで椿の座敷に入ってるんだい。椿も、そんな風に抱きついて」
惣一郎 「物の怪が出たんだよ、あそこの部屋だ」
女将  「も、物の怪だって?! じょ、女郎殺しのかい?!」
惣一郎 「今から様子を見に行くところだ」
女将  「霞(かすみ)の部屋・・・。あれは、惣一郎様が連れて来た子ですね」
惣一郎 「呪術師だ」
女将  「胡散臭いですねぇ」
惣一郎 「俺も最初そう思ったが、どうやら本物らしい。奇妙な技使いやがる」
女将  「ますます胡散臭いですねぇ」
蓮太郎 「本物です、俺も見ました」
女将  「蓮太郎がそういうんなら間違いないね」
惣一郎 「ははは、女でなきゃぶん殴ってるぜ」
女将  「とにかく、行ってみましょう」
惣一郎 「牡丹、もう少し離れろ。歩きにくくてしょうがない」
牡丹  「あ、ご、ごめんなんし」
女将  「霞(かすみ)、霞(かすみ)? 居るのかい?」
零音  「済みません」
蓮太郎 「霞(かすみ)、花魁・・・。もしかして、死んで」
椿   「やっ! 霞(かすみ)・・・、姐さん」
零音  「守れなかった。ごめんなさい」
牡丹  「あ・・・、あ・・・」
惣一郎 「お前ぇのせいじゃねぇ。血抜きか」
零音  「やっぱり、吸血鬼だと思う。首筋に牙の痕があるから」
蓮太郎 「牙の・・・、痕?」
零音  「ここの、首の血管に牙を突き刺して血を啜るのがやり口なんだ」
惣一郎 「本当だ、穴が二つ開いてやがる。こっから血を抜き取るんかい。にしても早過ぎねぇか」
零音  「日本の吸血鬼は『俊敏』『赤い眼光』『霧を出す』『怪力』という特徴を持ってる。僕が見たのは随分と背の高い吸血鬼だった」
蓮太郎 「遂に、華屋に来たという事ですね」
惣一郎 「ちっ、女将、俺はしばらくここに泊まるぜ。こいつもだ」
女将  「こんな事態じゃ仕方ないね。ただし男衆(おとこし)の部屋を使ってもらいますよ。

     花魁の部屋に入って戴いても構いませんが座敷は開かせません。同衾(どうきん)もです、いいですね」
惣一郎 「ああ」
零音  「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・ギャギャナウ・サンマ・サンマ・ソワカ」
蓮太郎 「それは、何の呪文ですか?」
零音  「せめて、成仏出来るように、供養を」

 

 

 

涼彦  「千秋、これ。賃金貰ったから買ったんだ!」
千秋  「涼彦・・・、ってこの櫛(くし)、鼈甲(べっこう)じゃないか? 高かっただろう?」
涼彦  「さすがに、簪(かんざし)と櫛(くし)を一式揃えるのは無理だったけど」
千秋  「馬鹿、あんた体の弱い妹がいるんだろう? 薬代にすればいいのに」
涼彦  「薬は買ったよ。その、余ったやつで・・・、ってなんか薬のついでみたいだ」
千秋  「自分の為に使わないと、あたしなんかの為に」
涼彦  「いいんだ」
千秋  「ありがとう、すごく嬉しい」
涼彦  「千秋」
千秋  「・・・っ、そろそろ客迎える準備しないと! あんたも持ち場に戻んな」
涼彦  「もう少し」
千秋  「ダメだよ。ただでさえ裏茶屋(うらぢゃや)から出て来るのを誰かに見られたらまずいのに」
涼彦  「けど、俺は千秋が客を取ってるのを見たくないんだ」
千秋  「あたしは女郎だ。それが仕事なんだよ」
涼彦  「あと、何年・・・、こんな形で」
千秋  「年季が明けるまであと6年。そしたらあんたもきっと他に惚れた女が出来て所帯持って」
涼彦  「千秋しか要らない!」
千秋  「・・・、ありがとう。。でもね涼彦、あんたとあたしが同じ見世に居る以上、誰にも知られる訳にも行かないんだ」
涼彦  「もう、嫌だ」
千秋  「・・・、ごめんね。女郎なんかで」
涼彦  「違っ!」
千秋  「じゃ、また」
涼彦  「千秋!」

 

涼彦  「・・・っ、・・・、夢。」
千秋  「涼彦・・・。気持ちよう眠っておった様じゃの」
涼彦  「千秋」
千秋  「昔の夢を見ておったのか?」
涼彦  「あ、あぁ。まだ、幸せだった頃の夢を」
千秋  「そうか」
涼彦  「なぁ、お前・・・、本当に千秋なんだよな?」
千秋  「妾(わらわ)を疑っておるのか?」
涼彦  「あ、いや。その、生きていた頃と違って言葉遣いも違うし、何よりとても綺麗で」
千秋  「ほほほ、生きておった頃はそれ程に醜女(しこめ)であったかの?」
涼彦  「いや、そうじゃなくて、綺麗だったよ、とても。ただ、余りに変わってしまったなと思って」
千秋  「詮無き事よ。死して尚、現世に留まるは物の怪の力を借りねば難しい。
     力を借りる物の怪の妖力が強すぎてな、そなたとの思い出を保つのがようやっとなのじゃ
     肉体が戻ればその物の怪も離れよう。しばし耐えてはくれぬか?」
涼彦  「耐えられない訳じゃないんだ。俺は、千秋がこうして傍にいてくれる事が嬉しい」
千秋  「妾(わらわ)も涼彦と共におれて嬉しいぞ。じゃが、いつまでもこのままでいる訳にもゆかぬ
     早よう肉体を取り戻さねば、己を保つ事が出来なくなってしまうかもしれぬ」
涼彦  「そんなのは嫌だ! 俺は、もう一度千秋と一緒になりたいんだ」
千秋  「なれば、妾(わらわ)に必要な物は判っておろう」
涼彦  「血、だろう? 今は、まだ、無いんだ」
千秋  「もたもたしておると己が消えてしまう。涼彦に負担を掛けるのは心苦しいが仕方ないのじゃ」
涼彦  「俺は負担になんて感じていない」
千秋  「済まぬの、涼彦」
涼彦  「心配するな。なるべく早く血を集めるから」
千秋  「涼彦、もう一つの体はもう慣れたかえ」
涼彦  「あぁ、廻船問屋(かいせんどんや)の方だろう? だいぶ慣れた。あんな風に自分の姿を変える事が出来るというのは不思議な物だな」
千秋  「あれも、妖力じゃ。この力の使い方が判らぬのじゃろう? 妾(わらわ)が導く故、そなたは何も心配するでないぞ」
涼彦  「物の怪の力を使うと三蔵(みつくら)まで半刻経たずに着けた。およそ運べぬと思っていた五千両も大して苦にはならなかった
     この力があれば蘇った千秋と共にここを抜け出して暮らせる」
千秋  「そうじゃの、その時が楽しみじゃ」
涼彦  「女の血を沢山集め、総仕上げはあの女だ。しかし、間近で見たが噂に違(たが)わぬ美女だ」
千秋  「涼彦、よもやあの女に惚れたのではあるまいな」
涼彦  「まさか! って、千秋・・・、ヤキモチを妬いているのか?」
千秋  「体を取り戻す為とは言えここは遊郭。それぞれに美しいおなごが山程おるのでな
     涼彦が他のおなごに心を遣ってしまわぬか気が気でならぬ」
涼彦  「馬鹿な事を。俺には千秋しかいない」
千秋  「信じて、良いのじゃな?」
涼彦  「当たり前だ。この見世のお職を名乗る妓(おんな)として何よりも素晴らしい糧(かて)になるだろう」
千秋  「妾(わらわ)は果報者じゃ。・・・ん? 涼彦。誰ぞ来るようじゃぞ」
涼彦  「・・・あぁ、何か使いを頼まれた禿(かむろ)と新造(しんぞ)だ」
千秋  「さすがは若山一と謳われる大見世じゃ。禿(かむろ)や新造(しんぞ)もとても美しいの」
涼彦  「あぁ」
千秋  「あの娘子(むすめご)、喰ろうてきや。涼彦」
涼彦  「え? あんな幼子をか?」
千秋  「なんじゃ? 嫌なのかえ?」
涼彦  「いや、新造(しんぞ)の方はまだいいが子供は血の量が少ない。効率が良くない」
千秋  「若くて新鮮な血は妾(わらわ)の肉体を取り戻すのにとても役に立つのじゃ」
涼彦  「そうか。なら、血を戴くとしよう」

 

蓮太郎(M) 「船橋の岡場所からこっち殺されたのは、現役の女郎だけだと聞いていたが何かを焦っているのか? 

       新造(しんぞ)や禿(かむろ)まで殺すとは
       ・・・、この部屋はさっきまで涼彦が休憩を取ってた部屋だな」

 

 

零音  「牡丹さん、ちょっと部屋に入るね。お札貼る」
牡丹  「零音様、その、妖(あやかし)とやらは見付かりんしたか?」
零音  「はははー、自分が不甲斐なくて腹が立ってた」
牡丹  「腹が? なんででありんしょ?」
零音  「あんなに近くで妖(あやかし)に接触しながら取り逃がした」
牡丹  「そもそも、妖(あやかし)とはなんでありんしょう?」
零音  「妖(あやかし)は・・・。古来からあるものだよ。多分歴史を辿るなら人より長いんじゃないかな
     森羅万象の主たるものから生まれ出る第五のエレメントとも言われるもので本当は人に害を及ぼすものじゃないんだ」
牡丹  「え、えれ・・・? む、難しいでありんすな」
零音  「善良な奴は地上の負の成分を食って清浄な成分にして地に戻すエコな活動してる」
牡丹  「えこ?」
零音  「んーと、葉っぱ?」
牡丹  「葉っぱ」
零音  「光合成で二酸化炭素を酸素に変える様なもん」
牡丹  「んん??」
零音  「うん、説明無理」
牡丹  「わっちの頭が悪すぎるばかりに・・・。申し訳ありんせん」
零音  「そもそも常識が違うんだから仕方ないよ。ただ、その善良だった筈の物が悪意に満ちてしまったのが妖(あやかし)」
牡丹  「善良なものが、なんででありんすか?」
零音  「何かのサイクルがおかしくなったんだろうね、人為的に」
牡丹  「零音様、申し訳ありんせん」
零音  「うん、判らないよね。ただ、これも僕の推測だから確実じゃないし判らなくていいよ」
牡丹  「そういうもんでありんすか」
零音  「一つ言える事は、負の要素を含んだ妖(あやかし)はそのままでは生きていられない」
牡丹  「つまり?」
零音  「元々実体のない妖(あやかし)は人に憑りつかないと生きて行けないって事。人のエナジーを取り込んでエネルギーにしてるって事」
牡丹  「う?」
零音  「横文字使えないってこんなに不便だったんだね。うーんと」
牡丹  「憑りつかないと生きられんのは判りんした。あとは取り込む・・・、んなら食わねば生きて行けんという事でありんしょうか?」
零音  「おお、すげぇ! 通じてる! 牡丹さんぐっじょぶ!」
牡丹  「褒められたんでありんすな。ありがとうございんす」
零音  「ところで牡丹さん、最近傍まで来た人覚えてる範疇でいいから教えてくれないかな?」
牡丹  「え? な、なんででありんすか?」
零音  「気を悪くするかもしれないけど、牡丹さん妖(あやかし)の匂いが強いんだ」
牡丹  「あ、あっちが? 妖(あやかし)?」
零音  「うん。でも妖(あやかし)本体ならこんなに近くにいて判らないなんて事は絶対ないから、多分最近接触があったと思うんだよね」
女将  「牡丹の客全部を疑おうってのかい」
牡丹  「お母さん」
女将  「零音さん、だったね。お札が足りないそうだが短冊でいいかね? 墨ならそこの牡丹に貰いな」
零音  「ありがとう。そんなに多いんですか?」
女将  「牡丹はこの遊郭の頂点女郎さ」
零音  「てっぺん・・・。スーパーモデルみたいなものかな? でもちょっとおっぱい大きすぎる」
牡丹  「ガキでもしっかり男でありんすな」
零音  「僕は片手サイズが好き」
牡丹  「さい?」
零音  「ああ、片手で揉んでちょっと余るくらいの大きさ?」
牡丹  「こんの! 元服前(げんぷくまえ)の毛も生え揃っとらんケツの青いガキが!」
零音  「ぎゃーー! やめて踏まないで! ごめんなさい!」
牡丹  「全く! おきちゃは遊郭にはおりんせん。もしおきちゃの中にいるなら探すのは至難の業でありんすえ?」
零音  「そうなんだ・・・。じゃあ、町の中にいる人だな。妖(あやかし)の匂いは外からじゃない」
牡丹  「遊郭には男衆(おとこし)も入れれば5千人はおりんすえ?」
零音  「うえぇ~~、マジか~~。あ、けどこの町の中じゃなくてこの店の匂いが強いんだよね。この店の中には何人くらいいるの?」
女将  「何人・・・。まず花魁が13人、集合女郎が50人、新造(しんぞ)と禿(かむろ)あわせて50人くらい、で

     台回しが12人、風呂番がー、今5人だったかね」
零音  「あ、ややや。内訳は必要なくて」
女将  「あたしだって全部なんて言われてスッと答えられるもんかい! 黙んな」
零音  「あ、はい」
女将  「中郎10人、飯番30人、妓夫(ぎゆう)10人、不寝番(ねずのばん)5人、

     掛け回し2人、喜助3人、見世番3人、番頭1人、番新(ばんしん)5人、だね」
零音  「・・・、と、・・・3+1+5=212。212人って・・・、多くないっすかね」
女将  「あたしも目安で言ってるから正しい訳じゃないよ。もっと沢山いると思っていい」
零音  「んあー、色々萎える~」
牡丹  「あっちが昨日おきちゃ以外で傍近く寄ったというんなら・・・、お母さんと、椿、惣一郎様、それに涼彦くらいでありんすな」
女将  「涼彦、かい」
零音  「何か思い当たる事あるの?」
牡丹  「あ、涼彦はお母さんが一方的に嫌っているだけでありんすよ」
女将  「どうかね、最近若衆で新しく雇用したのは涼彦だけさね」
牡丹  「お母さん!」
零音  「個人的な物は取り敢えず置いといて、会わせてくれない?」
女将  「涼彦に会いたきゃ蓮太郎に聞いて見な。今なら台所裏にいるだろうよ」
零音  「ありがとう!」
牡丹  「お母さん、涼彦を疑っておりんすか?」
女将  「新参者を怪しむのは当然の成り行きさ」
零音  「ここどこーー!? 台所裏ってどこだぁぁぁ?!」
女将  「仕方ないね、連れて行ってやるよ。付いて来な」
零音  「あざーーーっす」

 

 

 

女将  「もし、涼彦が妖(あやかし)、だったとするならあたしには納得できない事があるんだがね」
零音  「うん?」
女将  「過去を詳しく知っている訳じゃないけど、涼彦は神田屋(かんだや)という中見世の若衆だったらしい」
零音  「うん」
女将  「神田屋(かんだや)で勤めて十年だ。その間ずっと妖(あやかし)だった事を隠してたのかい?」
零音  「違うよ? 妖(あやかし)は元々人間だよ」
女将  「元、人間?」
零音  「うん。負の感情、つまり憎悪に満ちて死に掛けた人間の心の隙に引き寄せられるようにして入り込み、

     その体を乗っ取るのが妖(あやかし)。妖(あやかし)に憑りつかれた人間は、もう死んでる」
女将  「じゃ、じゃあもし涼彦が妖(あやかし)だったとして、涼彦は死人(しびと)だってのかい」
零音  「そうなるね」
女将  「は・・・、はは・・・。大抵の事にゃ慣れてるが、さすがに寒気がしてくるね」
零音  「当たり前だよね。怖くない訳がない。僕だってこんな使命が無きゃごめんしたい」
女将  「好きでやってるんじゃないのかい?」
零音  「呪術師を? 好きでやる物好きなんて居るもんか。いつ獲り殺されるか判らない。

     妖(あやかし)に接近する機会が多い分、自分だって妖(あやかし)になる危険性だってあるのに。

     守りたいものがないならこんな事、やらない」
女将  「なんて、顔してんだい。まるで・・・」
零音  「蓮太郎さんみたい?」
女将  「・・・っ?」
零音  「くすっ、冗談」
女将  「多かれ少なかれ誰しも守りたいものはあるだろうさ。そんで? 妖(あやかし)を狩ったらいくら払えばいいんだい?」
零音  「お金? 要らないよ? この時代のお金なんて貰っても困る」
女将  「この時代? いつの時代だろうが金は必要だろう」
零音  「だって僕の元の世界じゃ使えないからね」
女将  「生業(なりわい)じゃないならあんた、何で食ってるんだい」
零音  「んー、そういうのは司令部から調達してくれるからな。

     たまにテンパってんのか何の準備も予備知識も無く変な時代に飛ばされちゃうけどさ」
女将  「何を言っているのか判らないね」
零音  「理解して貰うのは諦めた。とにかく、僕は全ての妖(あやかし)を狩るまで使命を終えて自分を生きるなんて事、出来ないんだから」
女将  「全ての妖(あやかし)、ってどのくらいいるんだい?」
零音  「さぁ、数万か数十万か、知らない」
女将  「魂消(たまげ)たもんだ、あんた一代で狩れる訳がないさね」
零音  「ああ、僕は年は取らないよ? 狩り終るまで」
女将  「は?」
零音  「体の時を止められてる」
女将  「あんた」
零音  「僕の覚えに間違いが無きゃ、最初の妖(あやかし)を狩ってから最低でも50年は経ってる筈。数えるのは面倒だからやめたけど」
女将  「五十・・・、年って」
零音  「あ、同情とかはしないでね。普通に生きてる奴に嫉妬しちゃうから」
女将  「あたしも、人を見掛けで判断するのは大概にしないとね」
零音  「ところで涼彦さんってどんな人なの?」
女将  「どういう人、ねぇ。ん? 待ちな」
零音  「どうかした?」
女将  「あいつが涼彦だよ。今、裏口から出て行った」
零音  「・・・、うん。間違いないね、彼が妖(あやかし)だ」
女将  「狩りをするのかい?」
零音  「人の思念が表に出てる時は狩れない。しばらく様子を見るよ」
女将  「余計な事かもしれないが」
零音  「ん?」
女将  「涼彦が妖(あやかし)になった原因は、おそらく涼彦が犯した罪のせいだろう」
零音  「なんの罪?」
女将  「同じ見世の女郎と姦通(かんつう)したのさ」
零音  「それ、さ。どうしてダメなの?」
女将  「物売りが自分の商品に手を付けるかい?」
零音  「時代観念が違い過ぎるね。でも、そうだね。雇用される者が、商品に手を出したらそれは犯罪か」
女将  「もっと反抗するかと思ったよ」
零音  「僕が今反論したらその制度が無くなる?」
女将  「まさか」
零音  「もう一つ、聞いてもいい?」
女将  「なんだい?」
零音  「蓮太郎さんと椿さん。あの二人は罰されないの?」
女将  「椿は見世の中で三番目に稼ぐ女だ。蓮太郎は真面目に仕事をこなす。二人ともいなくなって貰っちゃあ困る
     何より、気持ちこそあっても姦通(かんつう)していないのに罰する事なんかできないさ」
零音  「してないんだ」
女将  「しないね」
零音  「ん、ありがとう」

 

 

 

牡丹  「零音様は涼彦を付けて言ったんでありんすか?」
女将  「ああ。あたしが嫌ったのもあながち間違いじゃなかったらしいね」
牡丹  「あんなに沢山の事を話すなん、お母さんにしては珍しいでありんすな」
女将  「同情をするな、と言われたがね」
牡丹  「聞こえておりんした。そんなに長い時間を生きて、

     ただ妖(あやかし)を狩り続けていつ終わるかも判らんそんな使命を、あちきなら正気を手放すでありんしょな」
女将  「生半可な覚悟じゃないだろう。あたしに出来る事は、せめてここに居る間過ごしやすくしてやる事くらいさ」
牡丹  「何か、あっちにも出来る事があれば」
女将  「あんたはすっこんでな」
牡丹  「なんで」
女将  「涼彦は意図的にあんたに近付いたんだろうよ。

     そうでなかったとして美女狩りで最も標的にされやすいあんたが余計な事するのは邪魔以外にないだろう」
牡丹  「そんなら」
女将  「なんだい、椿でもあるまいしやけに首を突っ込みたがるじゃないか」
牡丹  「あちきが囮になる事はできしゃんすな」
女将  「ば、馬鹿な事言ってんじゃないよ!」
牡丹  「女郎殺しを野放しにしてもいい事なんありんせん!」
女将  「呪術師の子に任せておきな。知識の無い者がでしゃばって迷惑かけたらそれこそ解決が遠のいちまう」
牡丹  「けんど、そんじゃあ解決まで見世を閉めるべきじゃありんせんのか」
女将  「何馬鹿な事言ってんだい! 藪入(やぶい)りでもないのに見世を閉めるなんて出来るかい!」
牡丹  「犠牲者が出るままにしておくんでありんすか」
女将  「とにかく、部屋に戻って大人しくしといで。ロクでもない事しか言わないんだから」
牡丹  「お母さん」
女将  「今日の客は赤塚屋様だよ、新参とはいえ上客なんだから物の怪に怯えて粗相するんじゃないよ!」

 

 

 

蓮太郎 「大人しくしてろって言ったのに、付けて来るとか、この馬鹿」
椿   「馬鹿じゃないもん。で、蓮太郎が付けてるのってあの人?」
蓮太郎 「うん、新入りの若衆」
椿   「涼彦、だっけ。妖(あやかし)なの?」
蓮太郎 「零音様みたいに判別する能力がある訳じゃないから確信はないけど不審な行動してると言えば涼彦位だ」
椿   「ふーん。あたし、蓮太郎ってもっと石頭だと思ってた」
蓮太郎 「は?」
椿   「零音様が空から降って来た事もあるけど、こういう・・・、なんていうか、ちょっと不可思議な事件を信じないって言うか」
蓮太郎 「茶屋で話を聞き込んだ時に、色々合点の行く事象が多過ぎた。馬鹿にする根拠の方が薄い」
椿   「でも零音様に任せておいた方がいいんじゃないの?」
蓮太郎 「人として出来る情報を集めるだけだよ」
椿   「蓮太郎だって忙しいでしょう?」
蓮太郎 「華屋で死人が出た」
椿   「あ、うん、けど」
蓮太郎 「次に襲われるのが椿でない保証がどこにある?」
椿   「・・・っ、怖い事、言わないで」
蓮太郎 「怖がらせたい訳じゃない。ただ、自分に出来る事があるならやっておきたい」
椿   「それで、蓮太郎が怪我とかしたら本末転倒なんだからね」
蓮太郎 「そんな下手は踏まないよ」
椿   「大懸神社(おおあがたじんじゃ)の裏に入って行ったみたい」
蓮太郎 「もう少し近くまで行けるか。椿、足元よく見て、小枝とか踏んで音を立てるなよ」
椿   「・・・なんか、慣れてるね。蓮太郎」
蓮太郎 「今は関係ない」
椿   「むぅ」
蓮太郎 「何か、木の葉と枝で隠してたのか」
椿   「すごく大きいね、なんだろう?」
蓮太郎 「・・・、あれは」
椿   「長持ち? だよね」
蓮太郎 「なんでこんな所に」
零音  「長持ちってなに?」
椿   「ひゃっ! ・・・むぐ」
蓮太郎 「椿、声は出さない。零音様、椿に声掛けると気付かれるのでやめて下さい」
零音  「付けてるのバレてた感」
蓮太郎 「途中から」
零音  「蓮太郎さんて明らかに普通の人じゃないよね」
蓮太郎 「失礼ですね」
零音  「あ、褒めてるの、一応。で、長持ちって何?」
椿   「荷物を運ぶ為の箱でありんす。着物とか小物とか色々」
零音  「なるほどデカい箱だね。人が入りそうだ」
椿   「そういう事件はありんすよ? 江島生島事件(えじまいくしまじけん)でありんしたか」
零音  「なんだソレ」
惣一郎 「男子禁制の大奥に男連れ込む為、長持ちに男入れて城内に運び込んだ事件だ」
椿   「惣一郎様」
蓮太郎 「あ、もう絶対気付かれる気がしてきた」
惣一郎 「最終的には50人くらい罰せられたってぇ話だ。で、あいつはなんでぇ」
蓮太郎 「声を抑えて下さい」
惣一郎 「さっきから見てたがあいつ、様子がおかしいぞ。息が上がって」
零音  「妖(あやかし)が表に出るかもしれない。気を付けて」
椿   「え、や・・・」
蓮太郎 「大丈夫だ、椿」
零音  「ひゅーっ」
蓮太郎 「零音様、それやめて戴けますか」
零音  「ふっ、リア充爆ぜろ」
蓮太郎 「りあ?」
零音  「とにかく、あの涼彦って人は周囲を気にしてない」
蓮太郎 「・・・っ?!」
椿   「何?!」
惣一郎 「手首切って長持ちに血ぃ流し込んでやがる。あれは」
蓮太郎 「おそらく、昨夜の、霞(かすみ)花魁や他の犠牲者の血でしょうね」
惣一郎 「はーん、長持ちん中は血の海ってぇ訳だな」
蓮太郎 「単純に考えれば。ですが彼は妖(あやかし)です」
椿   「待って・・・? ・・・、・・・? ・・・、誰かと、話してる?」

 

涼彦  「千秋、体の調子はどう? 少しは動けるようになったかな?」
千秋  「・・・ひ、こ。すず・・・、ひ、こ、か」
涼彦  「あぁ、無理して喋らなくてもいい。陽の光は辛いのだろう?」
千秋  「涼彦」
涼彦  「俺だ、判るか?」
千秋  「足りぬ・・・。まだじゃ、まだ足りぬ。もっとじゃ、もっと沢山持って来や」
涼彦  「まだ、欲しいか? あと、どの位あれば元に戻る?」
千秋  「まだまだじゃ。どうにも足りぬ。もっと美しいおなごの血を・・・。体が乾いてしまう」
涼彦  「判った。もっと持って来る。そうしたら、また」
千秋  「妾(わらわ)と共にいたいのじゃな、愛(う)い奴め」
涼彦  「華屋にいる事をもっと活かさねば、折角の好機なんだから」
千秋  「そうじゃ・・・。その意気じゃ。良いぞ・・・、実に良い」
涼彦  「ああ、俺も早く千秋に会いたい。早く千秋を抱きしめたい」
千秋  「ん? 涼彦」
涼彦  「どうした? 千秋」
千秋  「我等の大切な逢瀬を邪魔する愚か者がおるぞ」
涼彦  「なんだって? 誰だ!!」

 

零音  「うん、そうなるよね。知ってた」
惣一郎 「なんでだ?! どうして気付きやがった!!」
零音  「蓮太郎さん! 椿さんを守って!」
蓮太郎 「はい」
涼彦  「我等の秘密を暴こうとする蛆どもがぁ!」
零音  「オン・バザラ・チシュタ・ウン!」
涼彦  「貴様ら華屋の連中だな?」
惣一郎 「何言ってやがんだ? てめぇ、華屋の若衆だろうが。今更そんな事聞くか?」
零音  「妖(あやかし)の意識が強くなって記憶が混濁してる、いや・・・、これは」
涼彦  「その妓(おんな)・・・。千秋の糧にしてくれよう!」
椿   「やっ!」
零音  「オン・シャキャラバリチ・シンダマニ」
涼彦  「うぐぁあぁあ!」
惣一郎 「体が溶けて行くぞ」
零音  「マカハンドメイ・ロロ・チシュタ・ジンバラ」
千秋  「そこな呪術師、やめぃ」
零音  「・・・っ?!」
千秋  「妾(わらわ)の可愛い涼彦にむごたらしい仕打ちをしおってからに」
零音  「あ・・・、まさか」
千秋  「今日の所は赦してしんぜよう。二度と邪魔をするでないぞ」
惣一郎 「女・・・?」
千秋  「さぁ、涼彦。参ろうぞ」
涼彦  「あぁ・・・、千秋」
惣一郎 「消えた・・・」

 

 

 

惣一郎 「長持ちん中確認するぜ」
蓮太郎 「そうですね」
惣一郎 「どんなからくりがあんのか、はたまたからくりなしの血の海か」
蓮太郎 「・・・っ! これは・・・」
惣一郎 「白骨死体じゃねぇか。女物の着物着てやがる」
蓮太郎 「血は・・・、箱の底と服や骨に染みがある程度ですね」
惣一郎 「で、これをどう読み解くんだ? 零音」
零音  「ごめん、ちょっと、僕もこんな例は初めてで・・・、整理させて」
惣一郎 「んぁ、珍しい事いってるじゃねぇか」
蓮太郎 「俺は、糸が繋がりました」
椿   「蓮太郎?」
蓮太郎 「おそらく、涼彦が妖(あやかし)になった時期も理由も一致する筈です」
惣一郎 「とにかく華屋に戻ってから話すぞ」

 

 

 

女将  「牡丹、つい今し方茶屋から連絡があってね」
牡丹  「あい?」
女将  「赤塚様が惣仕舞(そうじま)いを付けて下さるそうだよ!」
牡丹  「は?!」
女将  「いや判るよ、その反応! あたしだって茶屋に三度聞き直したさ!」
牡丹  「何馬鹿な事言っておりんすか。

     中見世ならいざ知らず、身請けでもありゃあせんのに惣仕舞(そうじま)いどれだけ羽振りが良かろうと冗談も程々にしてくんなんし」
女将  「なんでも赤塚様が三蔵(みつくら)横の相生(あいおい)に店を構えるのに、

     近場の店主を全部接待で連れて来るってんだからウチの花魁達も新しい客が増えるってもんさね!」
牡丹  「ちょ、お母さん! ここは華屋でありんすよ? 幾ら掛かるか想像もつかん。ツケの回収は出来んすか?」
女将  「三蔵(みつくら)近辺じゃ相当評判がいいそうだよ。男前で気前が良くて仕事が出来るとね」
牡丹  「まんだ、新参のおきちゃが惣仕舞(そうじま)いなんて付けたら、古参の馴染みがいい顔しんせん」
女将  「古参がなんだい。ここじゃ金が全てさ。信用も信頼も金次第」
牡丹  「そうはいいんすけんど」
女将  「金も払わずに若手を潰すってんなら古参の懐も知れるってもんじゃないのかい」
牡丹  「そんな、あっちのおきちゃを計る様な真似」
女将  「お前は華屋のお職だ。看板背負ってるんだ。自分だけ稼げばいいって考え方は棄てな」
牡丹  「・・・判りんした」
女将  「さて、そうとなったら急いで支度だ、ああ忙しい」
牡丹  「あっちは、赤塚様があまり好きではありんせん・・・(ぼそっと呟く)」

 

 

 

椿   「台所裏に来ると甘い物が食べたくなるよね」
惣一郎 「そりゃ、お前ぇだけだろう」
蓮太郎 「はい、葛餅(くずもち)」
惣一郎 「あんのかい!」
椿   「わーい。はむっ、おいひい」
零音  「僕も欲しい」
蓮太郎 「はい、どうぞ」
零音  「はむ、あ・・・、うま・・・」
惣一郎 「お前、誰彼無しに餌付けすんなよ」
蓮太郎 「甘味は気分が落ち着くらしいので。惣一郎様もどうぞ」
惣一郎 「おぅ。蓮太郎、繋がった糸とやら教えて貰おうか」
蓮太郎 「涼彦が元居た神田屋(かんだや)の若衆に聞いて来ました」
惣一郎 「若衆繋がりか」
蓮太郎 「ふた月半ほど前の事です。一部始終を聞いていた裏茶屋の亭主と若衆の話ですが」

 

 

――――――・・・

千秋  「もう、観念しよう? 涼彦」
涼彦  「けど千秋!」
千秋  「どう考えたって足抜けなんて無謀過ぎる」
涼彦  「嫌だ! 諦めたりしない!」
千秋  「だってさ、この裏茶屋を見世の若衆に嗅ぎ付けられて、この先どうやって逃げるんだい?」
涼彦  「返り討ちにする」
千秋  「馬鹿だね、腕の立つ若衆に適う筈ないだろう?」
涼彦  「俺は! このまま千秋をこれ以上客の慰みにされるのなんか真っ平なんだ」
千秋  「匕首(あいくち)一本で何が出来ると思ってんだよ」
涼彦  「戦えば、なんとかなるかもしれないだろ?」
千秋  「涼彦、あたし言ったよね? 今のままがいいって」
涼彦  「良い訳ないだろう?!」
千秋  「余計な企みするより、遊女と若衆のままひっそりとあんたと一緒に居られればあたしはそれだけで幸せだった」
涼彦  「千秋はもっと幸せになるべきだったんだ!」
千秋  「あたしは幸せだった、って言ってるのに」
涼彦  「そんな筈ない! 父親に凌辱される毎日送って、金が無くなりゃこんな所に売られて!」
千秋  「こんな所に売られたからこそ涼彦と会えたんじゃないか」
涼彦  「本当ならもっといい見世の花魁になれた筈だろう?」
千秋  「生娘でもない、年嵩も行ってるあたしには贅沢なくらいの見世だよ」
涼彦  「今までが酷過ぎたから! そんな暮らしが幸せだなんて思うんだ!」
千秋  「あたしに考えがあるんだけど、匕首(あいくち)を貸しとくれよ」
涼彦  「え、いいけど。どうする積もりなんだ?」
千秋  「涼彦、あんた病気の妹いるだろう?」
涼彦  「あ、ああ」
千秋  「あたしと逃げたら妹はどうなるの?」
涼彦  「そ、それは・・・」
千秋  「やっぱり考えてなかったんじゃないか」
涼彦  「俺達の所在が安定したら迎えに行く!」
千秋  「その間誰が面倒見るんだい?」
涼彦  「・・・っ」
千秋  「遊郭で働いてる男は娑婆じゃ酷い言われ様なんだろう?」
涼彦  「そ、それは・・・、けど働いて賃金を貰えるから別にそんな物気にしちゃいない!」
千秋  「でもさ、そんなんじゃあ妹の面倒を近所には頼めないだろう?」
涼彦  「お、れは・・・」
千秋  「あたしのこと好きだって言ってくれた涼彦はもっときれいだったのにね」
涼彦  「何を、言って」
千秋  「あたしは、あんたに付いて行く事は出来ない」
涼彦  「なんで!」
千秋  「自分の幸せだけを考えて! あんた・・・。あんた妹殺しただろう!!」
涼彦  「違う!」
千秋  「じゃあなんで! ここ数日家に帰ってない! 妹は誰が見てるんだい!」
涼彦  「違う!」
千秋  「何が違うんだよ!」
涼彦  「あいつが・・・、治らないって知って・・・、それで」
千秋  「それで?」
涼彦  「俺の負担になりたくないから、って」
千秋  「結局、殺したんじゃないか!」
涼彦  「あいつが!」
千秋  「あんたはいつだってそう! あたしの為! 妹の為! そう望んだから! 勝手に人の事決めて!」
涼彦  「どうしたって言うんだ千秋!」
千秋  「あたしは今日、あんたと一緒には行けないって言いに来たんだよ」
涼彦  「千秋?」
千秋  「自分の幸せの為に選んだ生贄があたしだったってだけ。あんたはあたしの事なんか少しも愛しちゃいない!
     全部全部自分の幸せの為だってなんで気付いてくれないんだ!」
涼彦  「何を言っているんだ? 千秋」
千秋  「一緒に生きてくれる女が欲しかっただけだろう?」
涼彦  「違う!」
千秋  「何年も男の精を抜き続けてきたあたしが気付かないと思ってた?」
涼彦  「気付くって、何を!」
千秋  「あんたと裏茶屋で過ごしたってもうあたしは何も感じなくなってた!」
涼彦  「千・・・、秋?」
千秋  「あたしに精を打ち込む客と何も変わらない。愛情なんて感じなかった」
涼彦  「そんな事は無い! 千秋、俺は」
千秋  「どの道あんたと姦通(かんつう)してる事、見世に知られてるからあたしだってただで済む筈ないんだよ」
涼彦  「なんで・・・、知られて」
千秋  「いつかは知られる事だろ? バレないなんて、そんな簡単な物だった?」
涼彦  「じゃあ、もう! 時間とかそんな物関係なく逃げるしかないじゃないか!」
千秋  「あんたが一人で行って!」
涼彦  「千秋?」
千秋  「あたし、このままで幸せだって何度も言ってるのに。一生逃げ続けるなんて真っ平なんだよ!」
涼彦  「ちあ・・・」
千秋  「さよなら、涼彦」
涼彦  「匕首(あいくち)、を・・・」
千秋  「あたし、幸せ・・・、だ、た」
涼彦  「うぁあああああ!! なんで首を切ったりなんか!! 千秋! 嘘だ! 千秋ぃいいい!!」

 

 

 

蓮太郎 「その後、涼彦は捕えられ拷問の末、腕が使えなくなった、と」
惣一郎 「腕一本で済んだんならいい方だろう」
零音  「げっ・・・、いい方って・・・」
蓮太郎 「不思議な事に、弔い衆が来る辰の刻には女郎千秋の姿が消えていたとの事です」
惣一郎 「恨みで妖(あやかし)んなった涼彦が千秋の死体を持って行き、あの長持ちん中に隠したってぇ事か」
零音  「流れ的にはそうなんだろうなー」
惣一郎 「んで? お前ぇは整理付いたんかい?」
零音  「話を聞く限りじゃ千秋さんが妖(あやかし)になる理由がない」
惣一郎 「妖(あやかし)は涼彦だろうが」
零音  「じゃあさ、あの女の人誰?」
惣一郎 「とんでもねぇ別嬪だったな」
蓮太郎 「涼彦は千秋、と呼んでいた」
零音  「そもそも、妖(あやかし)って群れる性質じゃないんだ。一度に2体ってそんな例は見た事が」
椿   「えぇえぇえぇえええええ?!?!」
惣一郎 「素っ頓狂な声出しやがって、どうした椿」
椿   「ぼ、牡丹姐さんのおきちゃが惣仕舞(そうじま)い付けるから支度しろって」
惣一郎 「そ、惣仕舞(そうじま)い、だって?」
椿   「ちょっと仕掛けとか出し直してくる! 牡丹姐さんより目立たないので恥ずかしくないの!」
惣一郎 「目立たないって、顔がうるさいから無理だろ」
零音  「ちっぱいだからいいんじゃないの?」
惣一郎 「ちっぱい?」
蓮太郎 「ち・・・?」
零音  「んー、と、貧乳?」
椿   「ひんにゅう?」
零音  「あー、漢字にすると、貧しい乳って書く・・・、だっ!(殴られる)」
椿   「もぉ知らない!!!」
惣一郎 「ふははははっ、上手ぇ事言うもんだぶひゃひゃ。んじゃあ牡丹みたいなデカい胸はなんていうんだ?」
零音  「巨乳とか爆乳」
惣一郎 「どう書くんだ?」
零音  「巨大な乳、と爆発的な乳」
惣一郎 「ふははははは」
蓮太郎 「下世話な・・・」
零音  「ところで、惣仕舞(そうじま)いってなに?」
惣一郎 「んぁ? 見世ごと貸し切って妓(おんな)全部独り占めすんのよ」
零音  「・・・っ?!」
惣一郎 「さすが牡丹の所の客は羽振りがいいぜ。

     華屋の惣仕舞(そうじま)いなんざ祝儀はずんだら五千両くらいは掛かるんじゃ・・・、ね、ぇ・・・、ん?」
蓮太郎 「五千両?」
零音  「女、全員って・・・、それ、不味くない?」
蓮太郎 「三蔵(みつくら)の五千両盗難事件」
惣一郎 「は・・・っ、若衆として一人一人襲っていくんじゃ時間が掛かり過ぎる、纏めて綺麗処全部って事か。

     物の怪が妙な知恵回しやがって」
蓮太郎 「ですが、涼彦の面は割れています。牡丹花魁の今日の客は廻船問屋(かいせんどんや)の赤塚屋国吉様だった筈
     涼彦とは似ても似つきませんよ」
惣一郎 「赤塚屋、か。そういや親父ん所に挨拶状が届いてたな。尾張に店を出すってんでよろしく頼む、と。妖(あやかし)3体って事か」
零音  「あり得ない」
蓮太郎 「明らかに別人ですよ。華屋の中じゃ随分な色男で羽振りがいいと有名です」
零音  「死人を動かす妖(あやかし)は容貌を変えたり、傷の治癒を早める事が出来る」
蓮太郎 「死人を動かすなら、他人を操る事も出来るのではありませんか?」
零音  「能力には個体差があるから判らない。でも、生きてる他人を操るのは相当妖力の高い妖(あやかし)だと思う」
惣一郎 「乗り込むか」
蓮太郎 「惣仕舞(そうじま)いにですか? 乗り込む必要はありません。惣仕舞(そうじま)いは付けさせません」
惣一郎 「ふむ・・・。後で俺も女将に掛け合ってみっか」
蓮太郎 「何をですか?」
惣一郎 「お前ぇは自分の仕事してな」

 

 

 

惣一郎 「女将、ちょっといいか」
女将  「松川屋の・・・。あたしは今忙しいんですよ。見て判りませんかね?」
惣一郎 「俺ぁ忙しくねぇぜ?」
女将  「暇潰しなら余所でお願いします」
惣一郎 「お前ぇさん、三蔵(みつくら)の五千両盗難事件知ってるかい?」
女将  「あたしにも相応の情報網があるんでね、存じておりますよ?」
惣一郎 「この時期に惣仕舞(そうじま)い付けるなんざ怪しいと思わねぇかい?」
女将  「盗まれた五千両で惣仕舞(そうじま)いと言いたいんでしょうが、そんな事あたしの知ったこっちゃないですよ」
惣一郎 「売上になるんならそれが盗まれた金でも関係ねぇってか」
女将  「えぇ、関係ありませんねぇ。金は金、です。盗んだのはあたしじゃありません」
惣一郎 「松川屋の親父んとこにも赤塚屋って廻船問屋(かいせんどんや)の手紙が来てたんだがよ」
女将  「じゃあ、今夜の接待には松川屋の旦那様もいらっしゃるという事ですかね?」
惣一郎 「気の弱ぇ所はあるが、親父は曲がった事が嫌いなんだよ。
     ついぞ聞いた事もねぇ廻船問屋(かいせんどんや)が伝手も無く便りを寄越したって、そんな物ぁ鼻かんでお終ぇよ」
女将  「余計な嫌疑を掛けられたくないなら賢い判断でしょう。惣一郎様より年の功だけ手堅いですねぇ」
惣一郎 「ちくちく嫌味を言いやがる」
女将  「あっはっは、そりゃあ惣一郎様が椿の初見世に何をしたか考えれば当然でございましょう?」
惣一郎 「まだ根に持ってんのかよ」
女将  「金輪際忘れませんよ? 危うくウチの評判を落とす所だったんですから」
惣一郎 「そんで、怪しいのを承知で惣仕舞(そうじま)いを付けさせるってのはどういう了見だ」
女将  「牡丹が、囮になるなんて馬鹿な事を言い出したんでね」
惣一郎 「は?」
女将  「惣一郎様だって牡丹の真面目さはご存知でしょう?」
惣一郎 「怖がって震えてんじゃねぇのかい」
女将  「そりゃあ、怖いでしょう。けど、いざって時の度胸がないなら華屋のお職なんて到底務まりゃしません」
惣一郎 「そんで囮かい」
女将  「このまま事件が解決しなきゃあ、自ら敵の懐に飛び込みかねない」
惣一郎 「危なっかしいな」
女将  「椿だってそうでしょう」
惣一郎 「もっと淑やかになれねぇんかい」
女将  「淑やかなのがお好みなら、廓で遊んでないでどっかお武家のお姫(ひい)さんの玉の輿でも狙ってくりゃいいでしょう」
惣一郎 「あー、3日で飽きるな」
女将  「3日も持つんですか、お気の長い事で。じゃあ失礼します」
惣一郎 「おいおいおい、待てよ。牡丹と惣仕舞(そうじま)い、何の関係があるんでぇ」
女将  「あたしだってね、何も考えていない訳じゃない」
惣一郎 「ほぉ?」
女将  「物騒な事件が読売の口を騒がせているこのご時世に、妓(おんな)を纏めて一ヶ所に集めるなんざ誰が考え付きますかね?」
惣一郎 「まぁ、そうだな」
女将  「しかも若山随一の綺麗処だ」
惣一郎 「そんで気付いて止めるんならまだしも、乗り気ってのはどういう了見だ」
女将  「あの子、呪術師の子ですが信用できますよ」
惣一郎 「珍しいじゃねぇかい」
女将  「人を見る目はある積もりなんでね。あの子は見事に裏切ってくれましたけどね」
惣一郎 「裏切る」
女将  「良い意味でね」
惣一郎 「見る目を裏切られたって事かい」
女将  「えぇ、あの子はどうやら敏腕の呪術師ですよ」
惣一郎 「どっからどう見てもガキだわな」
女将  「そう振る舞っていますからね。人懐っこい顔で近付いて人を味方に引き入れるのもお手の物でしょう」
惣一郎 「あれが演技だってぇ?」
女将  「さぁ、判りませんよ。けど、惣一郎様よりは年上ですよ」
惣一郎 「馬鹿言えや」
女将  「あたしだって耳を疑いましたよ」
惣一郎 「14歳だと聞いてるぞ」
女将  「体はね。成長を止められているんだそうで。50年妖(あやかし)を狩り続けていると、そう言っていました」
惣一郎 「50、年、だって?」
女将  「1年にどのくらい狩るんだか知りませんが相当な数を狩って来てるんでしょうね」
惣一郎 「参ったな。惣仕舞(そうじま)いで一網打尽にする積もりか」
女将  「あたしがやる訳じゃないですから危険がない保証なんてできゃしません」
惣一郎 「死人が、出る可能性もある訳だ」
女将  「そうならないよう、祈るしか出来ませんけどね」
惣一郎 「俺も座敷に入れねぇか」
女将  「松川屋の旦那は手紙で鼻かんだんでしょう。呼ばれてない客は登楼(あが)れませんよ」
惣一郎 「そこを何とか、この通りだ」
女将  「・・・若衆として、あの子の邪魔をしないという約束ならいいでしょう」
惣一郎 「それで、構わねぇ」
女将  「あぁ、蓮太郎。丁度いい所に来た」
蓮太郎 「なんですか?」
女将  「惣一郎様が、今日一日若衆として働いてくれるそうなんだよ」
蓮太郎 「は?」
女将  「賃金無しでね」
惣一郎 「そりゃ金は要らねぇが、なんか」
女将  「積もる恨みもあるだろう。しっかりこき使ってやんな」
蓮太郎 「はぁ、じゃあ、遠慮なく」
惣一郎 「って、蓮太郎?!」
蓮太郎 「襖と障子開け放すんで手が足りないんです。しっかり働いてくださいね」
惣一郎 「や、振りだけでいいだろう? そんなもん!」
蓮太郎 「俺は使っていいと聞いてますんで、怠けるのは認めません」

 

 

 

椿   「牡丹姐さん、盆暮れ正月とお通夜葬式が一辺に来た様な顔をしておりんす」
牡丹  「そんな複雑な顔しておりんすか?」
椿   「気持ちは判りんすよ? 惣仕舞(そうじま)い付けてくんなんすはめでたい事でも、姐さん赤塚屋様をお嫌いでござんしょ?」
牡丹  「そんなに判りやすかったかい?」
椿   「赤塚屋様のお相手をした翌朝は顔色が優れんせん」
牡丹  「気味が悪いんでありんす」
椿   「気味が?」
牡丹  「精気を感じん」
椿   「精気を? ん、でもあんまり旺盛でも困りんすけどな」
牡丹  「枕の盃は交わしんした。けんど同衾(どうきん)しとらん」
椿   「え」
牡丹  「褥は共にせんと、わっちには不自由なく過ごせと言いながら笑って見ているだけなのでありんす」
椿   「気持ち悪っ!」
牡丹  「でありんしょ?」
椿   「祝儀をはずんで行きなさるから、あちきは姐さんがとっておきの技芸をお送りしたもんやと思っとりんした」
牡丹  「見世では色男やと言われておりんすが、わっちは好かんのでありんす」
椿   「色・・・、男、でありんすかぁ?」
牡丹  「おんしは蓮太郎以外、全部大根か芋にみえんしょう?」
椿   「妖(あやかし)・・・」
牡丹  「っ! な、なな、いきなり、何を言いんすか!」
椿   「涼彦っていう妖(あやかし)」
牡丹  「・・・、妖(あやかし)、だったんでありんすか?」
椿   「あい、しっかりと見んした」
牡丹  「そう、でありんすか。ん、けどなんでいきなり妖(あやかし)の話なん」
椿   「もしも、あっちも蓮太郎と肌を重ねたらあんな末路を辿っていたんでありんしょうか?」
牡丹  「蓮太郎は賢い。そんな前後の見境が付かん事はせん」
椿   「人に心を遣る事が罪ならなんで心なんありんすか」
牡丹  「椿、落ち着きなんし」
椿   「妖(あやかし)になる事すら厭わない程の物想いが人に害を成すなん、あんまりむごすぎる」
牡丹  「思いの丈は人を鬼にも邪にも変える。けんどその道を選ぶか否かは己自身ではありんせんのか?」
椿   「あっちは、涼彦が狩られる姿なん見たくありんせん」
牡丹  「元に戻す方法があるやもしれん」
零音  「無いよ」
牡丹  「零音様」
零音  「涼彦はもう死んでる。死人を生き返らせる事は出来ない」
椿   「そんな」
零音  「それに、さっきの話をどう聞いてたの? 椿さん」
椿   「え?」
零音  「自分の感情が相俟って大事な事聞き逃してない?」
椿   「大事な事?」
零音  「千秋さんはとっくに涼彦さんへの愛情は失っていたよ」
牡丹  「そう、なんでありんすか?」
零音  「正確に言えば行き過ぎた涼彦さんの愛情が千秋さんを失望させた。その事実を信じたくない気持ちが妖(あやかし)を呼んだ。

     僕はそう見てるけど」
牡丹  「歪んだ愛情の末路、という訳でありんすか」
零音  「互いを想い合っていたなら妖(あやかし)なんか付け入る隙はない」
牡丹  「そんなら、椿と蓮太郎は大丈夫でありんすな」
零音  「うん。ところで今夜のお客さんなんだけど」
牡丹  「あぁ、赤塚屋様が?」
零音  「妖(あやかし)だから気を付けてね」
牡丹  「なっ! んなななななな、なな、何を言っておりんすか?!」
零音  「冗談で言ってる訳でもないし、怖がらせたい訳でもないんだ」
椿   「牡丹姐さん、惣仕舞(そうじま)い、断った方がいいんじゃありんせんか?」
牡丹  「そ、そうでありんすな」
零音  「やるんだってさ」
牡丹  「は?」
零音  「女将さん、だっけ? に蓮太郎さんが直談判しに行ったんだけど聞いて貰えなかった」
椿   「なんで?」
零音  「僕がいるから、守ってくれるだろうって」
牡丹  「そんな簡単な! もし失敗したら誰が犠牲になるか判りんせんのに!」
零音  「そうだね、失敗できないね」
牡丹  「無理なら無理といいなんし、何かあってからでは取り返しが付かん」
零音  「妖(あやかし)が、自らこの時に来るぞって教えてくれてるのに狩らない馬鹿はいない」
牡丹  「けんど! この華屋に犠牲者をこれ以上出す訳には行かん!」
零音  「今日を逃したら!」
牡丹  「・・・っ!」
零音  「いつどこで誰が犠牲になるか判らないまま野放しにする事になる。

     牡丹さん、あなたはこの華屋の女性でなければ他の誰が犠牲になってもいいと言っている様に聞こえます」
牡丹  「そんな、積もりは・・・」
零音  「ごめんなさい。ちょっとイライラしてるみたい。静かな部屋ってないかな。少し精神統一したいんだ」
牡丹  「支度が忙しくて見世中が騒がしいでありんすな。今の時刻は奥座敷くらいしか」
零音  「借りられる?」
牡丹  「若衆に案内して貰えるよう頼んできんす」
零音  「ありがとう」

 

 

 

椿   「蓮太郎」
蓮太郎 「椿? どうした? あぁ、支度は終わったみたいだな」
椿   「蓮太郎、は忙しい、よね?」
蓮太郎 「ん・・・、少しくらいは大丈夫だけど。どうした? 珍しい」
椿   「もし、あたしが妖(あやかし)になったら、零音様が狩りに来るのかな?」
蓮太郎 「え?」
椿   「だって、もしかしたらそうなるかもしれない」
蓮太郎 「な、何言ってるんだ、いきなり」
椿   「人を想う気持ちが、心を歪ませることに繋がるならあたしはもう歪んでる」
蓮太郎 「そんな事ない」
椿   「どうして、そう言いきれるの?」
蓮太郎 「どうして、って」
椿   「涼彦さんが千秋さんを想っていた気持ちに嘘偽りはなかった筈だよ?」
蓮太郎 「人を想う気持ちにだって色々形があると思う」
椿   「だから、あたしの気持ちは歪まない方の形だって、そう思う?」
蓮太郎 「そう、思う」
椿   「そう思いたいだけじゃなくて?」
蓮太郎 「椿、色々あって疲れてるなら休んだ方がいい」
椿   「そんな事で誤魔化さないで」
蓮太郎 「誤魔化してなんかいない。ここの所余りに色々あり過ぎるから気持ちが逆立って余計な事を考える事もあるだろう?」
椿   「余計な事?」
蓮太郎 「余計な事だ。そうでなきゃそんなつまらない事は考えない筈だ」
椿   「つまらない、って」
蓮太郎 「怖いのは判らないでもない。何が起こるか見当もつかないんだから、けど」
椿   「余計な事って何? つまらない事って?!」
蓮太郎 「椿、少し落ち着け。悪い意味で言ったんじゃない。 ただ、そんな物に付け込まれる程俺は弱くもないし、妙な事考えたりしない」
椿   「涼彦さんは良く我慢した方だと思うよ?」
蓮太郎 「え?」
椿   「あたしだっていつ足抜けだとか相対死(あいたいし)を考えるか判らないよ」
蓮太郎 「椿?」
椿   「信じてる、って言ったって気持ちを伝える事しか出来ない。触れあう事も出来ないのに、こんな事いつまで続くと思う?」
蓮太郎 「少なくとも、終わりを考える程俺は切羽詰ってないよ。椿が心中や足抜けを考える様なら止めるだけの心意気はある」
椿   「あたしはない」
蓮太郎 「無くていい、俺はそんなこと考えない」
椿   「蓮太郎はいつだって外に出て行けるもんね」
蓮太郎 「・・・っ! いい加減にしろ!」
椿   「初見世の時に牡丹姐さんが言ってた」
蓮太郎 「何を」
椿   「あたしの年季明けを待てる筈がないって、男ってそういう生き物だって」
蓮太郎 「俺を、疑ってる?」
椿   「蓮太郎だって今は忙しいかもしれない。けど、仕事に慣れてきたら判らないじゃない」
蓮太郎 「疑われるような事をした覚えもない」
椿   「そうなる前に、って、考えてしまう」
蓮太郎 「じゃあ、そんな馬鹿な事考える前に休め」
椿   「嫉妬で、蓮太郎を殺すかもしれないんだよ? 歪んだ愛情で!」
蓮太郎 「椿、余り見損なわせないでくれ」
椿   「・・・っ! 仕事・・・、戻る」
蓮太郎 「椿! ・・・(溜息)」

 

 

女将  「さぁさ、赤塚屋様。本日は若山の綺麗処が勢揃いしてお待ち申し上げておりました。
     店主のご主人様方もどうぞゆっくりとおくつろぎくださいませ」
赤塚  「ほぉ、これは何とも。圧巻ではないか」
女将  「そうでございましょうとも。ここにおります花魁は若山遊郭正味(しょうみ)13位までの花魁
     共にいる新造(しんぞ)、禿(かむろ)も選りすぐりの美女を集めさせて戴きました」
赤塚  「新造(しんぞ)に禿(かむろ)もか。豪華な宴になりそうだな」
女将  「本日華屋の者は全て赤塚様の物に御座います。存分にお楽しみください」
牡丹  「赤塚様、どんぞこちらの席へ。一同の花魁が存分に眺められんす」
赤塚  「おお、牡丹。今日も変わらず艶やかな」
牡丹  「ふふ、赤塚様の為に一番艶やかに、と気合いも入りんすよ」
椿   「牡丹姐さん、お連れのおきちゃ、皆目の焦点が合っとらん(小声)」
牡丹  「・・・、椿、桜の三味に合わせて琴をはじきや」
椿   「あ、あい・・・」
牡丹  「水仙姐さん、歌を頂戴出来んすか? 李(すもも)、雛罌粟(ひなげし)、あざみ、踊りを見せや。

     菖蒲、店主方々に酌を。宴の始まりじゃ」
女将  「なんと華やかな! 華屋の料理は他と違い絶品。どうぞお楽しみください」
赤塚  「せっかくだ。花魁一人一人眺めて参ろうか」
牡丹  「おや、あちき以外に敵娼(あいかた)を変えんしたら承知しませんえ」
赤塚  「そなたは心配性だ。何、見て回るだけだ」
牡丹  「(椿の言う通り、他の店主様は操られておりんすな。まるで人形の様でありんす)」
赤塚  「そなた、桔梗と言うか。柔らかい肌をしておる、幼いのが残念だ」
牡丹  「(皆、何か不気味な物を感じておりんすな)」
赤塚  「そなたはまだ新造(しんぞ)か、美しいな。血色がよくて頬が桃の様だ」
牡丹  「(妓(おんな)を見ておらん・・・っ! 血を見ておりんす)」
赤塚  「ほぉ、桜か。白い肌に血の筋が浮いて美しいな」
椿   「(色男好きの桜が・・・、あんなに冷や汗を掻いてる。怖いんだ)」
赤塚  「そなた、椿と言ったな。何故そんなに怯えておる」
椿   「・・・っ?!」
赤塚  「私が他の誰ぞに見えるか?」
椿   「な、何を仰っているんか、判りんせん」
赤塚  「大懸神社(おおあがたじんじゃ)にて通りすがりの男と見間違えたか」
椿   「?! や・・・っ!」
赤塚  「そなたも美しい。千秋には美しいおなごの血が必要なのだよ。沢山の血が無ければ体を復活させられぬ」
椿   「そんな、事したって。もう、千秋さんは」
赤塚  「もう一度生き返らせて私の気持ちを判って貰うのだ」
椿   「涼彦、さん・・・。そんな事したって、千秋さんは戻りんせん」
赤塚  「そうか? そなたほど美しい妓(おんな)の血なら判らんぞ?」
椿   「いやっ!」
牡丹  「椿!」
蓮太郎 「椿!」
椿   「蓮太郎・・・? なんで? 怒って、ないの?」
蓮太郎 「どうでもいい、そんな事」
赤塚  「なんだ貴様! 男に用はない!」
蓮太郎 「椿に触るな」
椿   「れんた・・・」
赤塚  「邪魔立てするか! ふははははははっ!」
蓮太郎 「霧?! ・・・っ! 背の、高い・・・、化物」
牡丹  「霧・・・? あの時の!」
惣一郎 「牡丹! こっちに下がってろ」
牡丹  「そ、そそそ、惣一郎様?!?! どうして?!」
惣一郎 「何かあった時に人手はあった方がいいだろう」
赤塚  「貴様もか! 度々邪魔をするというなら纏めて始末してやろう」
零音  「蓮太郎さん! 邪魔! 退いて!」
蓮太郎 「っ?!」
零音  「オン・キリキリ・バザラ・バジリ・ホラ・マンダ・ウン・ハッタ!」
牡丹  「霧が、晴れんした・・・」
赤塚  「この前の呪術師か! おのれ!」
零音  「部屋にみんな閉じ込めた積もり? けど、内側からは出られなくても外から入れる」
赤塚  「私は、千秋に血を運ばねばならんのだ! そこをどけい!」
零音  「内側のみを閉じ込めたのは理由があるでしょ」
赤塚  「八つ裂きにしてくれるわ!」
零音  「あの人がこの部屋に入るのに全結界は邪魔だから」
赤塚  「千秋は今まだ肉体を持たんのだ! 肉体が完全でないから魂が切り離されている。肉体を元に戻してやれば千秋は生き返る!」
零音  「そう、その千秋さん。君、騙されてるよ? あの女性は千秋さんじゃない」
赤塚  「うるさい! 黙れ黙れ―ぃ!」
零音  「人の話聞きなよ」
赤塚  「殺す!」
零音  「君の求めてる千秋さんは白骨化して二度と元に戻らない」
赤塚  「嘘を! 吐くな!」
零音  「信じても信じなくてももう、どっちでも良いけどさ。どうせ調伏(ちょうぶく)するんだから」
椿   「もうやめて!」
蓮太郎 「椿! 何してる!」
椿   「ただ、人を想っただけなのに! どうして殺されるの?」
牡丹  「やめなんし」
蓮太郎 「違う! 椿! 人を想ったんじゃない! 涼彦にあったのは利己欲だ!」
椿   「じゃあなんで! なんで、骨になっちゃった千秋さんに血を運び続けるの?」
蓮太郎 「いい加減にしろ! 椿! 絶望して死んだ千秋さんを生き返らせる事の何が彼女の為になる!」
椿   「だって・・・、こんなの悲しすぎる・・・っ。ねぇ、涼彦さん。もうこんな事やめようよ」
蓮太郎 「涼彦の、傍に行くんじゃない! 椿!」
椿   「涼彦さんは、千秋さんを愛してたんでしょう? その心だけで千秋さんは十分だったんだよ」
赤塚  「ぅ・・・、ぐ・・・」
零音  「・・・」(椿の言葉によって妖(あやかし)の隙を窺っている)
椿   「こんな事やめたら、きっといつか千秋さんに想いが伝わる筈」
赤塚  「ならばそなたの血を貰おう!」
蓮太郎 「椿!」
零音  「オン・ボク・ケン!」
赤塚  「うぐぁあああ! 体が!! 動かな・・・っ」
零音  「蓮太郎さん! 椿さんをしっかり押さえててくださいね」
蓮太郎 「判りました」
椿   「じゃあなんで、喋るの? なんでこんなに悲しいの?」
零音  「妖(あやかし)が喋る言葉は、人の残像思念を元に構成された偽物だ」
椿   「偽物?」
零音  「人に害を成す為、人に化けて、人の言葉でたぶらかすんだ。賢い妖(あやかし)ほど厄介だ」
椿   「心も? 偽物なの?」
零音  「妖(あやかし)に心なんてない」
椿   「そんな」
零音  「椿さんの気持ちは判るよ? 僕も騙された事あるから」
椿   「え・・・?」
零音  「初めて見た妖(あやかし)は親友の姿で、調伏(ちょうぶく)できなくて辛くて、泣きながら狩った」
椿   「・・・っ」
零音  「さぁ、そろそろ覚悟して貰おうか」
蓮太郎 「椿、辛いなら、見るな」
零音  「オン・ハンドマ・ダラ・アボキャ・ジャヤニー・ソロ・ソロ・ソワカ」
赤塚  「がぁあぁあぁあああ!」
牡丹  「・・・涼彦?」
零音  「牡丹さん、彼はもう死んでる。人殺しだと、思われても仕方ないよね」
牡丹  「そんな風には思いんせん」

千秋  「全く使えぬ男じゃったのぉ」
牡丹  「・・・っ?!」
零音  「やぁ、やっと表に出て来たね。涼彦を甘言で唆して自分の利己の為に利用した妖(あやかし)」
牡丹  「利用?」
零音  「そう。涼彦を妖(あやかし)に変えたのも、血を集めていたのも他でもないこの妖(あやかし)だ」
牡丹  「そんな」
千秋  「おほほほほ、全てが妾(わらわ)のせいではないわ。その男の歪んだ心が妖(あやかし)を取り入れたのじゃ
     己の力の使いどころに困っておったのでな、妾(わらわ)が使こうてやったのよ」
牡丹  「なんて非道な真似をしんすか!」
千秋  「非道、とな? ふふふ・・・、おほほほほ! 人の戯言など聞き飽きたわ!」
零音  「おおかた、自分は千秋さんの魂だとかなんだとかいい加減な事を言って、涼彦さんの興味を引き、

     白骨死体に血を注げば肉体が元に戻って魂と肉体が結合できるとかなんとか、適当な事言ったんでしょ?」
千秋  「なかなか思慮の回る呪術師よ」
零音  「あぁ、ビンゴ? 血を欲してたのはあなたでしょ? あのデカい箱には血が残ってなかった」
千秋  「美しいおなごの血は妾(わらわ)を更に美しくする」
零音  「人を蔑視してるけど、美人になったってもう人はあんたを受け入れないよ?」
千秋  「黙れぃ!」
牡丹  「零音様!」
零音  「痛ってぇ・・・。真空波飛ばしてくるとか、図星?」
牡丹  「血が、出ておりんす。傷口を縛りんすよ」
零音  「ありがとう。牡丹さん、優しいね。ねぇ、知ってる? 本当にきれいな人ってこういう人の事言うんだよ?」
千秋  「黙れ・・・、黙れ黙れ黙れ!」
零音  「牡丹さんを涼彦に襲わせなかったのは体ごと牡丹さんを食う積もりだったんでしょう?」
牡丹  「なっ・・・」
零音  「でも残念、体を食ったって心の美しさまでは手に入らないんだなぁ」
千秋  「ふふふ、ここに集うおなご全てを喰らえば少々は美しさの糧になるやもしれぬ」
牡丹  「全てを、喰らう? 何を言っておりんすか!」
千秋  「血だけでない、肉も魂も骨ごとしゃぶりつくしてやろう。あの千秋という生贄の様にな」
蓮太郎 「生贄?」
千秋  「そう、妾(わらわ)の美しさの糧となるなら涼彦から妖(あやかし)を切り離してやっても良いと約束を交わしたのじゃ」
椿   「まさか」
千秋  「心まで美しいおなごじゃった。涼彦に未練を残させぬ様、袖にして自害しおった・・・、ふふふ」
椿   「・・・っ、・・・人の、心をなんだと思っているの?!」
千秋  「心とは、美しいモノか?」
椿   「当たり前でしょう?!」
千秋  「成る程のぉ・・・。この町はいい・・・。美しいおなごが山の様にいる」
牡丹  「これが・・・、妖(あやかし)・・・?」
零音  「人を喰らい続けた故に人を操る術をもち、人に害を成す。ねぇ、あなたの名前聞いてもいい?」
千秋  「人であった時の名など忘れたわ」
零音  「そう、残念。つまり司令部は直感だけで僕をここに送り付けた可能性大」
千秋  「そなた、何を言っておるのじゃ」
零音  「つまり、この時代には既に妖(あやかし)の存在は確認されていた」
千秋  「死ぬがよい」
零音  「断る」
牡丹  「れ、零音様?」
零音  「僕にこの使命を与えた人はね、闇雲に妖(あやかし)を狩れと言っている訳じゃない
     時系列に沿っていつどこでどんな妖(あやかし)なのかを判定可能な範疇で情報提供してくれる」
惣一郎 「なーに言ってんだぁ?」
牡丹  「わっちにもさっぱりでありんす」
惣一郎 「っつーかよ、あいつすばしっこいな」
牡丹  「何やら走り回りながら部屋に札を貼っておりんすな」
零音  「リストに載っていない妖(あやかし)という訳だ。ようやく司令部は妖(あやかし)の始祖(しそ)を探し始めたんだろう」
千秋  「小賢しく逃げ回りおって!」
零音  「あんたを放置するとこの後の未来に於いて大きな障壁になる」
千秋  「良いのか? ここにおる人間を皆殺しにするぞ?」
零音  「けどね、どんな強大な妖(あやかし)だって元は人間なんだ。オン・バザラ・チシュタ・ウン」
千秋  「うっ・・・! お主、何を・・・」
零音  「人だった頃を思い出しなよ。オン・ボウジシッタ・ボダハダヤミ」
千秋  「やめぃ・・・。嫌じゃ、嫌じゃ・・・。妾(わらわ)は・・・」
零音  「その憎悪を断ち切って楽になりなよ」
千秋  「ああ・・・、あああああああ!」
牡丹  「?! 顔が?」
千秋  「妾(わらわ)は美しくなるのじゃ! 美しくならねばならんのじゃ!」
椿   「くずれて・・・」
千秋  「美しく、なる」
牡丹  「美醜など、本当に人を計るものにはなりえんせん!」
千秋  「そなたに何が判る! 生まれながらに美貌を備え持った女が!」
牡丹  「それだけが生きて行く術ではありんせん!」
千秋  「醜く生まれたが故に、父にも母にも家臣にも疎まれ続けた妾(わらわ)の気持ちが判るものか!」
牡丹  「か・・・、ぞくに・・・?」
千秋  「政敵の家に生まれた妾(わらわ)と同い年のおなごは才気溢れる大層な美女じゃった。

     妾(わらわ)の家の仕える上役は上様にとって重要な老中。妾(わらわ)と政敵のおなごどちらかを大奥入りさせるとの話があったのじゃ
     当然の如くその座は政敵の娘に持って行かれたわ!」
牡丹  「それは・・・」
千秋  「妾(わらわ)に今少しの才気があれば! もっと人が羨む美貌を持っておれば! 判るか?!

     人を、男を選ぶ立場のお主に妾(わらわ)の惨めな気持ちが! 判るなら申して見よ!!」
牡丹  「・・・っ!」
千秋  「出世を逃した家の妾(わらわ)に対する扱いは酷い物よ!

     飯も貰えず家にも入れて貰えず野垂れ死にを覚悟した時、目の前を政敵の籠が通ったのじゃ。美しく憎い女の輿入れの籠じゃ!」
牡丹  「まさか」
千秋  「ふふふ、そのまさかじゃ・・・。うふふ、ほほほ、おーっほっほっほ! 籠から引きずり出して殺してやったわ!」
牡丹  「そんな・・・、そんな事をしんしてもおんしの容貌は変わりんせん!」
千秋  「泥水の中に憎い顔を踏み付けた時のあの女の顔! 楽しかったぞ?」
牡丹  「なんて、事を」
千秋  「同じようにしてやったらそなたも泣き叫んで命乞いをするのではないか? ふふふふ」
牡丹  「何故、殺したんでありんすか! 美しく生まれたんはその娘のせいではありんせん!」
千秋  「何故(なにゆえ)と愚かな事を聞くでない。殺して喰ったのよ!」
牡丹  「ぁ・・・っ」
千秋  「まず、頬に喰らいつき、呑み込むとなんとした事か頭の霧が晴れ知恵が回って来るではないか」
牡丹  「知恵・・・? そんな馬鹿な・・・」
千秋  「血を啜れば水に映った妾(わらわ)の顔が見る間に美しくなってゆくではないか!」
牡丹  「そんな・・・」
千秋  「肉を食み、骨までしゃぶりつくし、妖力を得た妾(わらわ)は己の家を燃やしたのじゃ」
牡丹  「家族を、殺したんでありんすか!」
千秋  「妾(わらわ)を見殺しにしようとしたのじゃ、何の遠慮がある? 楽しかったぞ?
     衣を炎に包まれ小便を漏らし泣き叫ぶ父親も、妾(わらわ)とそう変わらぬ醜女(しこめ)の悲鳴も、ふふふ、あはは。
     胸のすく思いじゃった」
牡丹  「そんな・・・、そんな業の深い道を選ぶが故に醜く生まれついたのではありんせんか!」
千秋  「なんじゃと?」
牡丹  「何かを恨むより、赦す事の方が成し得難い。その心を持っていれば心が故に生き方も変えられたのではありんせんか!」
千秋  「判ったような口を聞くでない!」
牡丹  「あぅ・・・っ!」
椿   「牡丹姐さん!!」
牡丹  「大丈夫、でありんす」
椿   「けんど、血が・・・」
牡丹  「少し、口の中を切っただけでありんす」
零音  「牡丹さん、ありがとう。妖(あやかし)と人の体との綻びを見付けた」
千秋  「はっ! 威勢がいいだけの小童(こわっぱ)が! 偉そうなことを申しおるわ!」
零音  「綺麗になったって誰もあなたの事認めてないじゃん?」
千秋  「なんだと?!」
零音  「始めようか」
千秋  「まずは貴様を喰らってくれるわ!」
零音  「アビラウンケン!」
千秋  「うぐ・・・っ!」
零音  「アニ・マニ・マネイ・ママネイ・シレイ・シャリティ・シャミヤ・シャビタイ・センテイ・モクテイ・モクタビ・シャビ・アイシャビ・ソウビ・シャビシャエイ・アキシャエイ・アギニ・センテイ・シャビ・ダラニ」
千秋  「妾(わらわ)は・・・、妾(わらわ)の欲しかったものは・・・」
零音  「美貌でも頭脳でもなかったんでしょう?」
千秋  「醜くとも・・・、愛されたかったのじゃ」
零音  「そのままの全てを赦しを受け入れる事。妖(あやかし)になる前に気付けば救いがあったかもしれないね」
千秋  「長い、呪縛は・・・」
零音  「終わりだよ。ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バン・バク・ソワカ」
千秋  「あ・・・、りが、とう・・・」

 

 

 

椿   「うわああ~~、すごい」
惣一郎 「椿、何してんだ?」
蓮太郎 「零音さんの不思議な道具を見せて貰ってるんです。すごいですよ、これ簡単に火が付くんです」
零音  「ライターね」
惣一郎 「おお、丁度いい、火ぃ貰おうか」
椿   「かっちんこ」
惣一郎 「すー、ふーーーっ」
零音  「ゲホ、ゴホっ」
椿   「零音様は、これからどうされんすか?」
零音  「多分、もうすぐ別ん所に飛ばされると思う」
椿   「・・・、へへっ、ちょっと寂しい」
零音  「蓮太郎さんがヤキモチ妬くからやめて?」
蓮太郎 「妬きませんよ」
零音  「強過ぎる想いは妖(あやかし)に付けいれられ易い。蓮太郎さんみたいな」
蓮太郎 「そんなに弱くありません」
零音  「そうだね。・・・、あ、そろそろだ」
椿   「ありがとう」
零音  「さよなら」

 

椿   「・・・っ、・・・ぅ、う」
蓮太郎 「椿、泣き過ぎ」
椿   「うえ~ん、だって寂しい! ちょっとね、ちょこっとね、昔の蓮太郎に似てて」
蓮太郎 「似てたから、何」
椿   「好きだった」
蓮太郎 「俺は、いけ好かなかった」
惣一郎 「色々と考えさせられる奴だったな」
椿   「大切な人と、会えるといいな」
蓮太郎 「うん、そうだね」

 

 

零音  「さーーーって、ここはどこかなぁ? 変な鳥の声が聞こえるけど? 日本ですか? それ以外ですか?」