​原典の勇者 第10話 -それぞれの道 フレイズマル / ♂×2 ♀×3 / 嵩音ルイ

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所要時間:60分程度
利用規約をお読みいただきご利用下さい。

2019/3/2 利用規約を改訂しました。必ず読んでから上演をお願いいたします。

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◆登場人物◆

アニ 12歳 ♀

オティスの仲間。魔法使い兼料理担当。天真爛漫で可愛い。

好奇心旺盛で、疑問に思ったことはすぐ知りたがるタイプ。既存の枠にとらわれない魔法の扱い方をする。

ここ数か月、誰とも顔を合わせていない。愛する勇者も友人も、大切なものをこぼれ落としてしまった。

ベニオット 26歳 ♂

王国軍にわずか三人しかいない竜騎士の一人。真に守るべきもののために戦う事を誓った。

真面目な性格であり、騎士としての自分に誇りを持っている。オティスとは同盟関係にある。

パートナーのワイバーンの名は「アホ毛」。友人命名であり、結構気に入ってる。

 

ヴラドニア 22歳 ♀

『血染めのヴラドニア』の俗称で知られる勇者特権者。悪を憎み正義を成す、正義の執行人を志している。

二挺拳銃「フレック」「アルヴィド」と特殊な戦艦「ゴールデン・ヴェニソン号」を保有しており、その攻撃力は計り知れない。

元王女であり、兄の死の真相を追っている。悪しき勇者との戦争を勝利に導いた正義の旗頭として祭り上げられた。

 

キバイラ(鬼狽羅) ??歳 ♀

かつての鬼の首魁。原典の時代の人物。

残虐な性格であり、人間には容赦しない。かつて虐殺された仲間の復讐のためオティスを狙っていた。

夢見た世界も殺すべき相手も見失い、ただただ世界を揺蕩っている。

 

イフォニ 年齢不詳 ♂

その筋では有名な情報屋。対価さえ積めば有用な情報を明かしてくれる。

童顔で小柄であるうえ、身分を全く明かしておらず謎が多い人物。今はただの人間である。

背が小さいことをかなり気にしており、馬鹿にすると怒る。かつて愛した女性がいた。

――――――――

役表

 

アニ(♀)・・・

ベニオット(♂)・・・

ヴラドニア(♀)・・・

キバイラ(♀)・・・

イフォニ(♂)・・・

――――――――――――――――――――――――
 

〇エピローグ「それぞれの道」

 

ヴラドニア「勇者同盟の新代表、勇者ニアが降伏を申し出てきました」

ベニオット「そうか。これで、抵抗勢力は殆ど鎮静化したか」

イフォニ 「思ったより君臨勇者の存在は大きかったようだね。彼一人が欠けるだけで同盟は総崩れ、鬼邪八塩船団の叛逆により各地に物資も行き届かなくなった」

ベニオット「むしろ、ヴァンハーフが消えて革命側が困窮し危機に瀕することすらあいつのシナリオ通りだったのかもしれんな。巻き返せるぞと士気が上がったころに原典の勇者一行壊滅と魔龍再臨の報が届けば、文字通り世界が混乱に陥っていただろう」

ヴラドニア「いくら精巧なシナリオを描き上げたところで、その通りに踊ってくれる役者がいなければ意味がないのだけれどね」

イフォニ 「そういう意味では、人を――生命を普遍的に見すぎた奴の敗北だね」

ヴラドニア「ええ。革命軍は補給路が無くなって困窮していますし、勇者同盟はその半数が死亡若しくは降伏を申し出ています。奪われた町や拠点も、3か所を除き奪還に成功しています。詰めの一手はもう打てる状態ね」

ベニオット「漸くここまで来たか。ヴァンハーフが消えてから約3か月・・・随分と長引いた」

イフォニ 「早々に終わるようなら戦争になんてならないさ、むしろ早かったほうだぜ?各地では小競り合いが続いてる状況だし、まだ陸路は動いている」

ベニオット「まだまだ課題は多いな。勇者同盟の完全解体及び全勇者特権者の捕縛、若しくは討伐。これは最優先だな」

イフォニ 「各地の勢力を扇動していたのも、結局は勇者だったしね。何とかしないと元の木阿弥ってやつだ」

ベニオット「ゲオルグ13世はまだ見つからんのか?」

ヴラドニア「ええ、王都から忽然と消えたままです。この隙にと王政を解体しようという動きもあるそうね」

イフォニ 「ヴラドニアともあろう人が、それでいいの?」

ヴラドニア「王都を守り抜いた清廉なる戦姫などと持て囃されていますが、戦争終われば脅威でしかありません。おそらくゴールデン・ヴェニソン号は手放さなくてはいけなくなるでしょうね」

ベニオット「お前自身は大丈夫なんだよな?」

ヴラドニア「掌を返される前にここから出ようとは考えてるわ」

イフォニ 「なんだ、てっきり王様にでもなりたいのかと思ってた」

ヴラドニア「私にその資格はありません。それに――民たちが立ち上がり、自らの手で考えていこうとしているの。水を差したくないと思うのは当然でしょう?」

ベニオット「とはいえ政治の話だ。王が不在である以上、お前が動かなければいけない場面もあるだろうがな」

ヴラドニア「そうね、その時は勿論動きますとも。己が正義のため、言われるだけではなく自らで考えて国を作っていく。とても素敵ね」

ベニオット「ああ。それと――アニ、なんだがな」

イフォニ 「アニ、ね・・・何か、変化はあったの?」

ベニオット「相変わらず、部屋から出てきてくれん。食事も度々持って行っているが全然手を付けていないようでな」

ヴラドニア「生きているのよね?」

ベニオット「多少は食っているようだ。たまに物音や声が聞こえるから、死んでるわけではないが・・・このままというのもな」

イフォニ 「無理はないんじゃない?何せオティスとネリネ、大切な人が二人とも同時に消えたんだ」

ベニオット「オティスの捜索依頼は?」

ヴラドニア「世界中にばら撒いたわよ。これで出てきてくれるなら、どれほど良いか」

ベニオット「お前は、大丈夫か?」

ヴラドニア「当たり前よ。私は血染めのヴラドニア、折れてなんかいられないわ」

ベニオット「俺も、居るんだからな」

ヴラドニア「有難う、頼りにしてるわ。けど・・・そうね」

ベニオット「なんだ?」

ヴラドニア「卑怯よね、オティスさん。私にヴラドニアの命を頂戴だなんて言っておいて、置いたまま居なくなるなんて」

ベニオット「そんなこと言ってたのか」

ヴラドニア「王都で視力を失って荒れる私に、オティスさんがそう言ってくれたの。オティスさんの力になろうと思った。正義を背負って、あの人のために戦えるなんて光栄だったわ・・・なのに」

ベニオット「ヴラドニア」

ヴラドニア「あれ?涙が・・・ごめんなさい。折れてる場合じゃないって言ったのにね。考えないようにしてきたことだから――ちょ、ベニオット!?なんで抱きしめてくるの!?」

イフォニ 「わーお」

ベニオット「もう、無理をするな。お前を一人になんてしない」

ヴラドニア「ちょ、離してくださる!?やだ、ちょっと!」

ベニオット「オティスが手放してったと言うなら、俺がもらう」

ヴラドニア「は?」

イフォニ 「お?」

ベニオット「ヴラドニア・リ・シャーロット。お前の命、お前の人生、俺に寄越せ」

ヴラドニア「・・・え」

ベニオット「お前のことを想っていたのが、オティスだけだと思うな」

ヴラドニア「へ、ええ?ちょ、は、ほぇえええええ!?」

ベニオット「ヴラドニア・・・俺は」

ヴラドニア「き、きゃあああああああああ!?殺されるー!?」

ベニオット「は!?え、ちょ、命を貰うってそっちの意味じゃないんだが!」

ヴラドニア「じゃあ何だっていうのよ!暗殺的な言い回しだったわよ!目が血走ってるー!」

ベニオット「ちょ、待て。スルーズはやめろ!お前気配探知の精度上がってんな!?狙いが良すぎる!待て!待てと言っている!ヴラドニアーー!!!」

ヴラドニア「いやあああああ!!」

ベニオット「に、逃げられたんだが・・・」

イフォニ 「ぶふぅ!あははははははは!おま、逃げられてんじゃん!?馬鹿すぎるでしょ!あははははは!」

ベニオット「そんなに面白いか」

イフォニ 「面白いに決まってるだろ。友人の一世一代の告白が、まさか殺害予告と勘違いされるなんて!そんなことある?いひひひひ、あー最高かよ!久々にこんなに笑った」

ベニオット「まあ――言い方が悪かったな。それは否定できん」

イフォニ 「君臨勇者の言うとおりだね。完全な相互理解なんて出来やしない、君たちほど信頼し合う者同士でもすれ違いは起きてしまうってわけだ」

ベニオット「お前も、奴の考えに賛同していたのか?」

イフォニ 「僕は人類の進化なんてどうでもよかったけど?ただ、ハルセルが生き返る可能性があって、嫌いな奴らが苦しんで死ぬ様を見れるのが最高だったから協力しただけ。何より性に合ってたし、未来なんて見てる余裕なかったしさ」

ベニオット「じゃあ、今のお前ならどう考える?君臨勇者の鎖を断ち切ったお前なら」

イフォニ 「は、ただの一般人に人類の未来なんて想像できると思ってる?無理無理、みんな生きていくので精一杯だ。ただ自分や、自分の好きな人が少しでも幸せであれと祈るだけしかできないさ」

ベニオット「そうだよな。結局、手の届くものしかどうにも出来んよな」

イフォニ 「だから、ヴァンハーフの意見は誰も理解できなかったと思うよ。「未来を輝かせるために今を生きる君たちは死んでくれ」なんて言われてさ、それで誰が喜んで命投げだすんだって話でしょ?」

ベニオット「そうだな。止められて、よかった」

イフォニ 「ヴァンハーフが見ていたのは人類という機構であって、今を生きる人々一人一人じゃない。そういう意味では、まるで女神のような達観ぶりだったよね」

ベニオット「観測者、か。うさん臭いことこの上ない」

イフォニ 「そうだね。けれどそういう存在が必要だったのは事実かもね。機能を失った王政は近々解体されて市民議会が設立されることが決まった。宮廷魔術師制度も一新されるし、各地は復興の名のもとにさらなる発展を遂げる」

ベニオット「破壊と再生だな。世の中がいい方向に進んでいくのは善いことだ」

イフォニ 「だから、君もヴラドニアももう不特定多数のために戦う必要はないんだぜ」

ベニオット「無論、やりたいようにやるとも」

 

 

 

(ノック音)

ヴラドニア「アニさん、いるかしら?」

アニ   「・・・・・・」

ヴラドニア「返事したくないなら、それでもいいの。食事を持ってきたのだけれど」

アニ   「・・・なんで」

ヴラドニア「アニさん?」

アニ   「なんでっ・・・どうして!?どうしてなのよ!!!」

ヴラドニア「え、なに?なにがあったの?アニさん!?聞こえている?アニさん!」

アニ   「資格もないって言うの?お姉ちゃんを助けられなかったから?守れなかったから!?もうあたしにはその資格も無いっていうの!?」

ヴラドニア「扉を開けて・・・鍵がかかってる。けど、この気配はただ事じゃない――アルヴィド!」

アニ   「っ!?え」

ヴラドニア「後で扉は直させますから。今はごめんなさい」

アニ   「いやぁ!入ってこないでよ!」

ヴラドニア「お断りよ!大切な仲間を放置しておけるほど、私は薄情じゃないの!」

アニ    「見せかけだけの同情なんてやめてよ!あたしが、どれほど惨めなのかも知らないくせに!」

ヴラドニア「アニさん・・・っ!?貴方、何をしてるの!?ナイフでこんなに、自分の手を切りつけるなんて!」

アニ   「構わないでって言ったでしょ!ほっといてよ!」

ヴラドニア「そうもいかないでしょう!?どうしてこんなこと!ひとまず応急手当てを・・・アニさん、何があったのかはわからないけれど、ひとまず回復を使って」

アニ   「治らないの」

ヴラドニア「え?」

アニ   「使えない、回復魔法が上手くいかない!こんな簡単な傷も、治せないんだよ!」

ヴラドニア「回復が、使えない!?どうして!?この間までは、ちゃんと使えていたじゃない!」

アニ   「だめなの!どうやっても、いつも通り魔力を使おうとしても、治らない。治せない!こんな傷すぐに塞げたのに!あたし、もう・・・回復、使えないのかな?」

ヴラドニア「っ・・・一時的なものかもしれないわ。ひとまず応急処置をしないと。魔法がまた使えるようになれば、それで」

アニ   「ずっと使えないかもしれないのに!?治る保証なんてどこにもない!」

ヴラドニア「落ち着いて!今まで出来ていたの、急に出来なくなることなんてないわ。アニさんが信じなくてどうするの?」

アニ   「信じてどうにかなるなら、ネリネが怪物に成ったりするもんか!お姉ちゃんが居なくなったりするもんか!」

ヴラドニア「アニさんの所為ではないのよ!」

アニ   「あたしの所為だよ!!ヴァンハーフがね、言ったんだ。ネリネを完成させたのはあたしだって。あたしと友達になったから、ネリネは魔龍にされちゃったんだ!その所為で、お姉ちゃんもいなくなっちゃったんだよ!あたしが、全部あたしが悪かったんだ!」

ヴラドニア「っ!そんな・・・」

アニ   「あは、あははは。ネリネと仲良くしなきゃ、ネリネに出会わなきゃ、ネリネはネリネのままだったのかな?」

ヴラドニア「結果だけで、過程を否定してはいけないわ」

アニ   「あたしが、お姉ちゃんの仲間になったから?お姉ちゃんの旅についてきちゃったから?だからこうなっちゃったの?」

ヴラドニア「違う、違うのよアニさん!そんなこと絶対にない!」

アニ   「ネリネも、お姉ちゃんも居なくなっちゃった。あたしが、あたしの所為で!こんなことになるなら、こんな思いをするなら――あたしはあの時、ケルディに殺されてるべきだったんだ!」

ヴラドニア「――っ!」

(平手打ち)

アニ   「・・・え」

ヴラドニア「馬鹿なことを言わないで!出会わなければ変わっていた?殺されているべきだった!?」

アニ   「だって、だってあたしの所為でお姉ちゃんは」

ヴラドニア「オティスさんとの旅を全て否定するつもりなの!?いつもアニさんは楽しそうだった、オティスさんも幸せそうに笑っていたわ!たしかに辛いことや、苦しいことも沢山あったわ。それでも!アニさんとオティスさんの今までは輝いていたわ!」

アニ   「っ、う」

ヴラドニア「否定、しないであげて?結末は確かにこうなってしまった。けれどアニさんとネリネさんの、アニさんとオティスさんの「今まで」は、決して無駄じゃなかったはずよ。そんなところまで否定してしまったら、全部が辛くなってしまう」

アニ   「おねえちゃん、ネリネ・・・っひぐ、う、あぁ・・・」

ヴラドニア「自分だけを責めて、苦しまないで?アニさんは一人じゃないわ」

アニ   「まだ、お姉ちゃんと一緒に居たかった!ネリネと夢を話し合いたかった!それだけ、それだけだったのに!」

ヴラドニア「うん、うん。そうね」

アニ   「あたしはただ、お姉ちゃんが隣に居てくれたらそれで良かったのに!」

ヴラドニア「オティスさんは、アニさんをなんとしても守りたかったのね」

アニ   「あたしを助けるためにお姉ちゃんが居なくなっちゃったんじゃ意味がない!お姉ちゃんが居ないなんて・・・辛いよ、苦しいよ!」

ヴラドニア「アニさん・・・」

アニ   「みんな嫌い!お姉ちゃんが居なくなったことを褒める人たちも!何にも思わずにのんびり生きてる人たちも!それを、受け入れてるお姉ちゃんも!何もできなかったあたしも!嫌い!大嫌いだ!!」

ヴラドニア「何度でも言うわ。アニさんだけが悪いなんてことはないのよ」

アニ   「居なくなっちゃった・・・お姉ちゃんが居ないなんて嫌だ!一緒に行きたいところも、やりたいことも、食べさせてあげたいものもたくさんあった!勇者であることを捨てて、やっとお姉ちゃんらしく生きられると思ってたのに!!」

ヴラドニア「一緒に、乗り越えていきましょう?ね?」

アニ   「こんなの、こんなのってないよ。どうして?女神様、ひどいよ。あたしが、お姉ちゃんが・・・何をしたっていうのよ!うあ、あああ、わあああああああん!!返して!お姉ちゃんを返してよ!わああああああああん!!」

 

 

 

イフォニ 「原典の勇者は、君臨勇者と共に姿を消した。いったい何があったんだろうか、自爆かあるいは道連れか・・・君はどう思うのかな?鬼の首魁さん?」

キバイラ 「・・・物好きやな、知らんことがあったら知りとうてしゃあない性分なん?」

イフォニ 「腐っても情報屋だからね。君の意見を知りたくて。かつての原典の勇者を知っているのは君だけだからさ」

キバイラ 「うちは興味なんあらへんよ」

イフォニ 「本当に?」

キバイラ 「鬱陶しいな。あのお人好しが何を思って姿を消したなんぞ知らんわ」

イフォニ 「世間的には、君臨勇者を止めるために原典の勇者が身を挺して封印を施したという結論に至ったみたいだけど」

キバイラ 「尤もらしい理屈やおすこと」

イフォニ 「魔龍を封印したとされている存在だからね」

キバイラ 「ネリネちゃんは?」

イフォニ 「世間的には「誰も知らない」よ。ヴァンハーフには娘がいた、という程度の噂話にしかなってないね」

キバイラ 「可哀想になあ。人生全部擲(なげう)って必死に手を伸ばしたんに、苦労して生み出した魔龍は世間に知られへんまま消えたわけか」

イフォニ 「その面で見れば君臨勇者の敗北だね」

キバイラ 「二人とも消えた以上、あとは遺した物がどうなるかやな」

イフォニ 「オティスは、アニを遺していったわけだけど?」

キバイラ 「ふふ、君臨勇者は何を遺したんやろうなぁ。まさか何もないわけあらへんし」

イフォニ 「・・・君は、『番外個体(シファル)』について何か聞いているかい?」

キバイラ 「は?知らんけど。なんよそれ」

イフォニ 「そっか、知らないのか。ゴフォードに任せたみたいだから、てっきりキバイラも知ってるものかと」

キバイラ 「瑚鳳度・・・誰やそいつ」

イフォニ 「知らないわけないでしょうに。『鬼邪八塩船団』総督にて鬼の首魁、瑚鳳度といえばその筋では結構」

キバイラ 「知らんと言うた。海に出て波と調子に乗って随分楽しんどるようやけど?鬼としての誇りも刀も持たん者に用なんあらへんよ。鮫にでも食われて死ぬんがお似合いやわ」

イフォニ 「結構知ってるじゃんか」

キバイラ 「嫌でも耳には届くんよ。珠酊院の流れを汲む鬼と話すことは何もあらへん。次その名前を出したら殺す」

イフォニ 「おお、こわいこわい」

キバイラ 「はて、遺された者共は何をしとるんかなぁ?楽しみやこと」

 

 

 

アニ    「ヴラドニアさん・・・その、ごめんなさい」

ヴラドニア「謝ってほしいわけじゃないわ。ただ、ちゃんとご飯を食べて、外にも出てきてほしいの。いきなり元気になれなんて、私も言う気はないわ。気持ちは、よくわかるの」

アニ    「そっか、ヴラドニアさんも・・・」

ヴラドニア 「血染めのヴラドニアとなっても尚、バラド兄様のことは殆ど何も掴めなかったわね。暗殺されたというのは私の思い込みなのか、キバイラの妄言なのか。そんなことを考えたりもしたわけどね、私が信じなきゃわかるものもわからないし、変わるものも変わらない」

アニ    「でも、お姉ちゃんはもう」

ヴラドニア「もう二度と逢えないと決まった訳じゃないわ。オティスさんが何をしたのかは、私にもわからない。けれど、オティスさんなら絶対に生きている。そんな気がするの」

キバイラ 「あらあら、女の子二人でなんの相談してはるん?うちも混ぜてほしいなぁ」

アニ   「っ!キバイラ!?」

キバイラ 「誰かと思うたら血染めやないの。両目を潰されて、傷物になってしもた哀れな勇者はん」

アニ   「何の用なの!」

キバイラ 「物見遊山ついでに声かけただけよ・・・原典は?おらんの?」

アニ   「お姉ちゃん、は」

キバイラ 「はは、知ってて聞いとるに決まっとるやろ。冷たいお姉ちゃんやねぇ。仲間が大事とかなんとか言い放っといて、最後はみんな置いて消えはった。薄情やねぇ?」

ヴラドニア「それ以上は許さないわよ」

キバイラ 「何が?事実やろ」

ヴラドニア「オティスさんは私たちを見捨てたわけではないわ!私たちを、救うために」

キバイラ 「それ、本人が言うたの?」

ヴラドニア「な!?」

キバイラ 「居らんくなった人間の意思を勝手に決めなや。それこそ原典への侮辱と違うか?」

ヴラドニア「そんなことないわ!」

キバイラ 「ああそう。いずれにせよ、自己犠牲に酔って命捨てたんは事実やろ?アニちゃん、一人にされてしもたね?」

ヴラドニア「用がないなら去りなさい!それとも、ここで殺してほしいの?」

キバイラ 「血染めも可哀想やね?今後一生視界は曇天。何も見えず何も感じず、蝙蝠みたいに気配聞いて周りを知るしかあらへん」

ヴラドニア「聞く、ですって」

キバイラ 「あんさんの気配探知、聴覚由来よ。そないなことも気付いてへんかったんか」

ヴラドニア「あ・・・だからネリネさんの「叫び」で乱れたの?」

キバイラ 「音を探らなあかんのに、耳がやられたら動かんわな?」

アニ   「探知に、感覚の違いがあったなんて」

キバイラ 「そら、突然尻尾が生えたかて操れへんやろ?せやから持ってる感覚で代用するんが普通や。原典は視覚由来、そこなアニちゃんは触覚由来や。血染めは聴覚由来。地図の上に点打つ感覚なんは変わらんやろうけど、使うてる部位がちゃうわけよ」

アニ   「それが、何の関係があるの」

キバイラ 「あらへんよ?ま、消えた感覚は他で補うしかあらへん言う単純な話やけど」

ヴラドニア「何をしに来たのかと聞いているの!オティスさんに勝てなかったから、居なくなった隙にその仲間に嫌がらせでもしようというつもり!?」

キバイラ 「あは。それも面白いかもなぁ――その目、ウチがなんとかしたげよか?」

ヴラドニア「・・・な」

アニ   「馬鹿なこと言わないで!貴方、回復魔法使えないじゃない!」

キバイラ 「うん、使えへん。けど、忘れてへんかアニちゃん」

アニ   「忘れてるって、何を」

キバイラ 「うちは毒と呪いに長けとる。毒を以て毒を制するとは言うたものやろ――ま、要は壊すことを知ってる奴は、治し方もわかるっちゅうことや」

アニ   「お酒?これ、は」

キバイラ 「傷の治りを良くする酒や」

アニ   「・・・っ!あの時の」

キバイラ 「低級やけど聖遺物に近い力を持っとる。銘はそうやね――『天香国色』とでもしとこ。効果は保障するで?」

ヴラドニア「これで、治せるの?」

キバイラ 「無理やけど」

ヴラドニア「いい加減にしなさいよ!」

キバイラ 「切り落とした腕を新しく生やすような、そないな便利道具やあらへんの。失ったもんには代わりがいる。血染めに視力を取り戻したいんなら、「視力を失ってない目」を用意せなな」

ヴラドニア「本末転倒じゃないの!」

キバイラ 「言わば移植やね。ほんで、ただ適当なもん持ってくりゃええってもんでもあらへん。相性もあるんよなこれが」

ヴラドニア「相性って・・・合わなければどうなるの?」

キバイラ 「せっかく移した目が崩れて壊れてしまう。それだけやのうて、血染めの身体自体にも良うない影響が出る」

ヴラドニア「つまり、合う目を探さないといけないのね」

キバイラ 「一番ええのは親兄弟やけど、血染めの場合は望み薄いな。大事なお兄様はうちの作った毒で死なはったし、お父様も行方不明なんやろ?」

アニ   「っ・・・!」

キバイラ 「そう睨まんといてくれる?興奮して疼いてくるやないの。あとは血液の形式が一致する相手とか、精神的相性も関わるなぁ」

ヴラドニア「精神的・・・?一気に胡散臭くなったわね」

キバイラ 「大事なことやで?体がすんなり受け入れてくれるかどうかで施術の成功率も決まる」

ベニオット「――なら、俺の目ならどうだ」

アニ   「え・・・え?ベニオットさん!?いつから」

ベニオット「すまない、ずっと聞いていた」

ヴラドニア「貴方、何を言って!」

キバイラ 「おーおー、格好よろしおすなぁ。仲間のために己の身体も憚らん。騎士の鑑やわ」

ベニオット「暈(ぼか)すな。できるかできないかを聞いている」

キバイラ 「魔断の目か。男女の差はあるけど・・・そうやね。共に旅をしてきた仲間の目なら適合できるんちゃうかな?」

ベニオット「そうか、可能性はあるんだな」

ヴラドニア「ま、待って!」

キバイラ 「なんよ、血染めともあろうものが怖気付いたん?」

ヴラドニア「違うわよ!なんで?なんでそこまでするのよベニオット!」

ベニオット「何がだ」

ヴラドニア「目を差し出すだなんて、どういうことかわかっているの!?」

ベニオット「わかっている。片目は残るんだ、不都合はあるまい。それよりもヴラドニアが光を取り戻すことが重要だ」

ヴラドニア「は?え、意味が分からない。いくら仲間だからって、そこまでしなくたって」

ベニオット「ただ仲間であるだけなら、ここまでしない」

ヴラドニア「だったら!」

ベニオット「決まっている。俺はお前という女を愛しているからだ、ヴラドニア」

ヴラドニア「・・・ふぇ?」

ベニオット「初めはとんでもない女だと思ったさ。噂に違わぬ冷徹で非道な勇者だとも感じた――が、すぐにそうではないのだとわかった。好きなものには頬を緩め、完璧でない部分もあって、何より自ら決めた正義にまっすぐな女だった」

ヴラドニア「え?あ、うん?」

ベニオット「もっとはっきり言わんとわからんか?お前は、俺の光だ。お前がまた光を取り戻せるというのなら、俺はどんな非道にも手を染めてやろう。お前が見る景色が俺の目になるというのなら、これほど誇らしいことはない。俺が、お前の目になろう。単なる俺の我儘だが――許せ」

ヴラドニア「あ、あうぅ・・・ぷぇお」

ベニオット「いや何処から出たその声」

ヴラドニア「ば・・・ばっかじゃないの!?」

ベニオット「安心しろ、よく言われる。本来ならば両目ともくれてやりたいところだが、それでは俺は木偶になってしまう。今度こそお前を守りたい。それくらいの我儘は許してくれ」

ヴラドニア「う・・・」

キバイラ 「そういう溶けた餡子みたいな甘ったるい茶番は求めてへんの。他所でやってくらはる? で、どうするん?やるん?やらへん?」

ヴラドニア「・・・後になって、やっぱり返せとか言わないわよね」

ベニオット「返せるものじゃないだろ」

キバイラ 「決まりやね、じゃあ始めよか。アニちゃん、手伝ってくれる? 早くせなどこまでもイチャつくわ」

アニ   「手伝うって、何を」

キバイラ 「覚えとらへん?これ、回復魔法使わんと効き目弱いんやけど」

アニ   「あ・・・そ、その」

ヴラドニア「――アニさんは今、回復魔法を使えないわ」

キバイラ 「は?」

ベニオット「なんだと!?」

キバイラ 「それは、なんともまあ」

ベニオット「ああ、そういえば回復封じの呪いを使える奴がいたな?」

キバイラ 「ん?うちがなんかしたと思うとる?」

ベニオット「今までの行いを考えろ。信用されるとでも思ってるのか」

キバイラ 「はいはい、不都合全部うちに押し付けて正義ぶってればええわ。本質全部見落として、そないなことやから原典が自分犠牲にするしか方法がなかったんとちゃうか?」

ベニオット「貴様・・・」

キバイラ 「怒るんは図星の証拠。それにわざわざそないな回りくどい嫌がらせするためにこないなところ来いへんし」

ベニオット「だったら・・・いったい、何故」

キバイラ 「あり得る話ではある思うけど?回復は神系魔法、つまり女神さんから賜るもんなんよね」

アニ   「どういう、こと?あたし、女神様になにかした?」

キバイラ 「女神がいちいち人間に干渉するかいな。どっちか言うたら、離れたんはアニちゃんの方やで?」

アニ   「離れてなんかないよ!」

キバイラ 「はは、己の傲慢から目を背けなや。万民すべてを救うシステムなんあるわけあらへんって話や」

アニ   「貴方に、何がわかるのよ!」

キバイラ 「わかるわけあらへんやろ?実力もなし、誇りもなし、そのくせ矜持だけは一丁前!そないな甘ったれた餓鬼の気持ちなん、うちが知ったことかいな」

アニ   「そうだよね。もうプライドしか守るものがないキバイラにはわかんないだろうね!」

キバイラ 「別に同情なん要らんのよ。他人の感情が理解出来たら諍いなん起きへんのやし。ただ、侮辱のつもりなら腹くくりや?」

アニ   「結局お姉ちゃんに敵わなかったからって、あたしを責めてスカッとしたいだけでしょう?侮辱に聞こえたんだね」

キバイラ 「己の未熟を棚上げして他を責めてたら気は楽やろうな?ええんとちゃう?元々分不相応な身分やったんや、せいせいしたんと違う?肩の荷降りたやろ」

アニ   「そんなことない!あたしは、お姉ちゃんと過ごせて楽しかったもん!」

キバイラ 「それで結局置いて行かれたのは誰やろな?向こうはずいぶんとあっさりアニちゃんを切り離したみたいやけど」

アニ   「あたしだって、何も思ってないわけじゃないもん!」

キバイラ 「純情ぶったところで、悲劇の主人公気取ったところで、所詮人間は人間や。己の醜さとちゃんと向き合いや」

アニ   「人が醜いものって信じなきゃ生きていけないの?どっちが汚いのよ!」

キバイラ 「じゃあ、「どうして女神様はお姉ちゃんを救わんかったんか」とか、「女神さまはネリネを守らんかった」とか、そういう邪な思考一切しとらんのやな?清廉潔白、汚れを知らんいうのは素晴らしいね?」

アニ   「っ!?う・・・それ、は」

キバイラ 「図星引くんもそろそろつまらんな。そら道理やろ、女神信じな使えへん魔法なら女神への信仰揺らいだら使えんくもなるわ。大事な大事なお姉ちゃん守れんくて、辛くて悲しくて、なによりも許せへんのは自分自身ときたもんや」

アニ   「じゃあ・・・あたしはもう何も出来ないの?」

キバイラ 「それを決めるんはうちやないんやけど」

アニ   「あたし、は」

キバイラ 「んー、血染めの治療もちぃと滞るな。『天香国色』も前より強化したとはいえ、元々アニちゃんの回復当てにしてたし」

ベニオット「酒だけで治らんというわけではあるまい」

キバイラ 「そら、うちがつくる酒に不可能なんあらへんよ?けどあれは人の治癒力を借りて、本来治らんような傷も再生させるもんなんや。やから回復使えば治癒力も増して、すぐ治せるんやけど」

ベニオット「治るのならば、それでいい」

キバイラ 「せっかちやこと」

ヴラドニア「ベニオット・・・」

ベニオット「そう不安そうな顔をするな。とっととやれ、俺はいつでも構わない」

 

 

 

キバイラ 「はー、疲れた疲れた。気紛れなんかで言いだすようなことやなかったわ」

ベニオット「ヴラドニアの様子はどうだ?」

キバイラ 「寝とるよ。上手く定着したみたいやね」

ベニオット「そうか。よかった」

イフォニ 「人の目を移し替えるなんて、とんでもない芸当だね」

キバイラ「暫く安静にさせとくんよ?回復魔法がかけられへん以上、血染め自身の治癒力に頼るしかあらへん。多少魔力を回したとしても5日はかかるさかいな。下手に目を使わせたら台無しになる、気ぃ付けや」

ベニオット「ああ、わかっている」

キバイラ「あんさんも大概やなぁ。目抉りだした言うんに、うめき声一つ上げず平静として。つまらんのやけど」

イフォニ 「君は目の治療に来たんじゃないのかい?」

ベニオット「お前の加虐嗜好に付き合う義理はない」

キバイラ 「ま、むさい男虐めてもそこまで面白うないしな。とっとと去ねや、大事なヴラドニアちゃんの傍に居らんでええの?」

ベニオット「そうだな、失礼する。まだ世は混乱している、何があるかわからんからな」

イフォニ 「・・・ベニオット、後でちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな?」

ベニオット「ん?ああ、構わんぞ。いつ頃がいい」

イフォニ 「適当な時間に声かける。今はヴラドニアのところにでも行ってろよ」

ベニオット「言われなくともそうするさ」

イフォニ 「さて――壊し方を知っている者は直し方を知っているっていう逆説的な発想なのかな?まさかあそこまで手際がいいなんて」

キバイラ 「ただ壊すだけなら馬鹿でも出来る。緻密に弄繰り回して弄ぶんが楽しいんやろ?せやから、人ん身体には詳しいで」

イフォニ 「物好きだねぇ」

キバイラ 「あんさんに言われとうないわ」

イフォニ 「はは、たしかにね。お互い鼻っ面折られた同士だ、仲良くしようぜ鬼の首魁」

キバイラ 「君臨勇者の子飼いすら辞めたくせに。今のあんさんにはなにが残っとるんや?」

イフォニ 「そうだなぁ・・・命と、愛?」

キバイラ 「言うてて恥ずかしくならへんの?」

イフォニ 「君が言うなよ。時雨、大切そうに腰に据えちゃってさ」

キバイラ 「貴重な宝やし、当たり前や」

イフォニ 「本当に、蒐集家(しゅうしゅうか)としての気持ちだけなのかい?」

キバイラ 「下衆な勘繰りしなや」

イフォニ 「だって、名刀なんでしょう?しかもシュテインの刀。下衆な勘繰りもしたくなるもんさ」

キバイラ 「・・・抜かずの名刀。時雨はそう讃えられとったけど、なんでそう呼ばれたか知っとるか?」

イフォニ 「抜かずの、ね。聞いたことはあるな。シュテインの居合切りの腕を讃えた称号だろう?まるで抜いていないかのような速さで相手を斬る!結構ロマンあるけど、ちょっと胡散臭いよね」

キバイラ 「ああ。だってそれ嘘やもん」

イフォニ 「嘘でしょ!?」

キバイラ 「嘘やで。彼奴はな、一度も生者を斬ったことが無いんよ。鬼も、人もな」

イフォニ 「え・・・鬼の首魁なんだよね?」

キバイラ 「言うたやろ、お人好しやて」

イフォニ 「なる、ほど。君がどうして首魁の椅子にそこまで固執するのかわかった気がするよ」

キバイラ 「そんな時雨を、うちに向けた原典が憎い。殺してやりたいと思うてたけど、何うちに黙って消えとるんや。巫山戯るのも大概にしてほしいわ」

イフォニ 「君が、殺したかった?」

キバイラ 「うちは原典の苦しむ顔が見たいんよ。全てを失って、壊されて、絶望の最中で己の命すら奪われる!かつて原典がうちに与えた屈辱を返さな死ぬにも死ねんわ。やのに・・・」

イフォニ 「あは、死んじゃったね。原典」

キバイラ 「彼奴があの程度で死ぬタマかいな」

イフォニ 「だから、ヴラドニアを助けるだなんて柄にも無いことしたの?」

キバイラ 「お膳立ては惜しまんよ。彼奴に最高の絶望を与えられるんなら、アニちゃんの軍門に下るんも厭わん。愛してあげるんも吝かやあらへん。愛して、絆して、蕩かして、アニちゃんの頭から原典を完全に消してから原典の目の前で殺す。はは、どんな顔するやろな?」

イフォニ 「さいってー。とんだ悪趣味だよ君は」

キバイラ 「そう言うあんさんは何しに来たんや。お人好しを笑いに来たんやろ?ええの?」

イフォニ 「ああ、そうだったそうだった。今は君と話してる場合じゃないや」

キバイラ 「悪趣味なん、人の事言えへんやろ。同じ穴の狢言うことかいな」

 

 

 

ヴラドニア「・・・もう、包帯を取ってもいいの?」

ベニオット「ああ・・・解くぞ」

イフォニ 「ヴラドニアといえばルビーのように真っ赤な目が特徴的だったけど。なるほどね、青も似合うもんだ」

ヴラドニア「ベニオット、ベニオットなの?」

ベニオット「俺だぞ。久しぶりだなヴラドニア」

ヴラドニア「見える・・・見えるわ!皆の顔が見える、風景が見える!」

キバイラ 「付け焼刃でも、案外うまくいくもんやな」

ベニオット「頑張ったな、ヴラドニア」

ヴラドニア「うん、うん・・・!有難うベニオット。有難う、本当に・・・良かった、本当に良かった!」

ベニオット「涙腺もちゃんとつながってるようだな。すまんな、片目しかやれなくて」

ヴラドニア「いいの。貴方が左目になってくれるんでしょう?」

ベニオット「ああ、任せてくれ」

ヴラドニア「ふふふ。こんなにも安心できるなんてね・・・アニさんは?」

ベニオット「今日は、姿を見ていない」

イフォニ 「また引きこもったの?好きだねえ暗がり」

キバイラ 「回復が使えへん使えへんて、結局あの後も試し続けて出来ず仕舞い。かつての敵に仲間を救われたんはさぞ屈辱やったろうな?」

イフォニ 「原典の勇者一行の回復役が、自分の役をこなせないのは辛かろうね」

キバイラ 「笑顔で言う事かいな」

イフォニ 「ふふーん・・・ちょっと、様子見に行っちゃおうかな?」

ベニオット「おい、ちょっと待てイフォニ」

イフォニ 「心配ご無用。アスカロンでの一件の所為で不安だろうけど、もう自分から死ぬ真似はしないよ」

 

 

 

アニ   「治らない、治せない。ふふ、ふふふふ。あたしだけの役目だったのに。自分の腕すら治せないなんてもう、何も・・・ミサンガ、おまじないまでかけたのに。お姉ちゃんを守ってくれなかった――あれ。これ、もしかして」

イフォニ 「ねえ、いつまでそうしてんの」

アニ   「イフォニさん・・・貴方に、用はないよ」

イフォニ 「気分はどう?何もできなくなった木偶に成り下がった気分はさ」

アニ   「・・・っ!」

イフォニ 「いいね、その顔。今の君ならうっかり愛せるかもしれないな」

アニ   「出て行って!」

イフォニ 「嫌だね。なんで僕が君の言うこと聞かなきゃいけないのさ」

アニ   「出て行ってよ!!私、貴方のこと大嫌いなの!そうやって人のことあれこれ言うばっかりで、自分では何もしないくせに!!」

イフォニ 「そうそう。そういうところ」

アニ   「はぁ・・・?」

イフォニ 「君の目が嫌いだったんだ。希望に輝いていて、憧れに煌めいていて。けど今の鈍く曇る目はとてもいい。ようやく絶望を知れたじゃないか、おめでとう」

アニ   「貴方は、知っていたっていうの?」

イフォニ 「まあ少しはね。何せ僕は転がり落ちるしかない人間だったから。落ちるところまで落ちて、這い上がることすら諦めてた。まさか、引っ張り上げられるなんて夢にも思ってなかったけど」

アニ   「・・・ベニオットさんのこと?」

イフォニ 「僕にもヒーローが現れるなんてね。ま、そこはいいんだ。端的に言うなら、これからの君に興味がある」

アニ   「意味がわからない」

イフォニ 「僕にはハルセルがいた。お互いもう落ちるしかないような人生でさ、それでも彼女は不幸なんて知りませんと言いたげに儚げに笑ってた。それが嬉しくて、たまらなかった」

アニ   「ハルセル、さん?」

イフォニ 「君が想像しているのはヴァンハーフの容れ物のほうだろう?そうじゃなくて、本物のハルセルの方。結構可愛かったんだぜ?優しくて、まるで花のような女の子だった」

アニ   「そう・・・だった、ような?」

イフォニ 「ハルセルはただ明日が迎えられるだけで十分で、僕はただハルセルが隣で笑っていてくれればそれで満足だった。そう、それだけでよかったんだ。けど、ハルセルは死んだ。呆気なく、簡単にね」

アニ   「っ・・・」

イフォニ 「僕は彼女を助けるために崖から足を踏み外して、とことんまで転げ落ちた。その結果がこの始末。人間崩れに成り果てて、情報屋なんていう代物になるしかなくなった。けど、ハルセルは今も僕の胸の内に居る。彼女はずっと、笑ってる」

アニ   「死んでも、残すものがあるの?」

イフォニ 「ああ。ヴァンハーフは最後に希望を見出した。ヴラドニアは力も正義も奪われてしまったけれど、最後にかけがえのない愛を手に入れた。たったひとつ、ベニオットと言う名のね」

アニ   「希望、愛・・・」

イフォニ 「君は・・・どうなのかな?オティスを喪って、これからどう生きていくのかな?僕は、それが知りたいんだ」

アニ   「あたし、は」

イフォニ 「ま、いいんじゃない?そうやって縮こまって、引きこもり続けて、お姉ちゃんお姉ちゃんと泣き続けて大好きなヴラドニアとベニオットに慰め続けられる生活を送ればさ。それも幸せなんじゃないの」

アニ   「私は――諦めない」

イフォニ 「んお?」

アニ   「お姉ちゃんが死んだなんて、言ってないよ」

イフォニ 「・・・あ、は。あははははははは!そうか、そうか!そうなのか!原典の勇者は自身を犠牲にして君臨勇者と魔龍を封じ込めた!君は、このシナリオが嘘だとわかっているのか!」

アニ   「だって、まだミサンガは切れてない。お姉ちゃんは死んでない」

イフォニ 「そうかそうか。成る程、君だけが気づいた綻びということか。それは面白いね」

アニ   「前にね、ハルセルさんに言われたの。お姉ちゃんのためにその手を汚す覚悟はあるのか。人を殺す覚悟はあるのか。そう聞かれたんだ」

イフォニ 「へえ?じゃあ、僕も聞いてやろうか。君はたった1人のお姉ちゃんのために、世界を敵に回す覚悟があるのか?」

アニ   「あるよ。私の今まではきっと、このためにあったんだ」

イフォニ 「いいねいいね、最高だよアニ。君だったら、あるいは辿り着くのかもね」

アニ   「あなたに言われるまでもない」

イフォニ 「足掻いてみてよ。君が今「どこ」にいるかは知らないけどさ、崖から足を踏み外せばもう落ちるしかない。第二の僕に成り果てるのもそれはそれで見ものだけど?」

アニ   「私は、貴方とは違うよ」

イフォニ 「そりゃどうも・・・健闘を祈ってるよ。僕は結局、届かなかった人間だからさ。君は掴めるといいね」

アニ   「貴方の願いもきっと、叶うといいね」

イフォニ 「人のこととやかく言う前に、まずは自分を救ってやれよ。つまんないな」

アニ   「・・・ブーメランって、知ってる?」

イフォニ 「知ってるとも、何せ僕は情報屋だからね」

 

イフォニ 「あーあ、何やってんだろうな僕は。同情でもしてんのかね・・・人間かよ」

 

 

 

ヴラドニア「ここにいたのね、ベニオット。どうかしたの?」

ベニオット「あまり出歩くな。まだ俺の目に慣れてないだろう、ぶつけて怪我でもしたらどうする」

ヴラドニア「使わなければ、馴染まないわ。それに・・・」

ベニオット「それに?」

ヴラドニア「貴方は、私の目になるんじゃないの?勝手にどこか行かれては困るの」

ベニオット「そうか。そうだった・・・これから、どうするべきだろうな」

ヴラドニア「大切な人を失う気持ちは、痛いほどわかるわ。苦しくて、心が締め付けられるようで。足もとが、ぽっかりと抜け落ちてしまうような」

ベニオット「お前はそうやって、正義となったわけか」

ヴラドニア「理由は色々あったわ。けれど、そうね。兄を喪って生まれた黒い感情を、なんとかしたかったのかもしれないわ」

ベニオット「もう、戦わなくてもいいんだぞ」

ヴラドニア「どうして・・・そんなことを言うの」

ベニオット「血染めのヴラドニアを、無理して背負う必要はないと言っている」

ヴラドニア「無理をして、ですって?そんなことないわ。これは私が望んだ道よ」

ベニオット「悪夢に魘されていたお前を知っている。自身をすり減らすことでしか引き金を引けないお前を知っている・・・馬鹿にするな。俺はお前の左目であると同時に、お前は俺の右目だ。勝手に潰れるなんぞ許さないからな」

ヴラドニア「なんで、そんなことを」

ベニオット「愛する女の心配をして何が悪い」

ヴラドニア「あ、う・・・そういうの、ずるい」

ベニオット「俺は、お前のためならば地獄にさえ共について行くぞ。もう決めた。お前からもうこれ以上何も奪わせやしない」

ヴラドニア「馬鹿ね・・・今更、気付くなんて」

ベニオット「それはお互い様だ。失いかけて、初めて価値に気がついた。愚か者だと笑え」

ヴラドニア「笑わないわ。私も、同類だもの」

ベニオット「ん?それは、つまり」

ヴラドニア「けれど、思うところはあります。私も為すべきを為さねばならないなと。覚えてますわよね?『境界線のない医師団(ノーフラッグ・ドラッグ)』のこと」

ベニオット「覚えてるに決まっている。何だかんだ世話になった、ロスタナでは迷惑をかけてしまったが・・・ん?おい、まさか」

ヴラドニア「クタン亡き後も活動は続けていたそうなの。けれどリーダーの不在、支援者の離脱等で少々運営が危うくなっていたそうでね。そこで残っていた私財を粗方投じて、スポンサー兼団長の椅子を分捕ってきました」

ベニオット「・・・冗談のようだな、お前は」

ヴラドニア「全盛期ほどとは行きませんが、組織の規模も大きく拡大できました。未だ傷癒えぬ各地を回り、一人でも多くの人を救います。議長の座に君臨するより、そのほうがいいかと」

ベニオット「救済に身を捧げることが、ヴラドニアなりの罪の償いか」

ヴラドニア「そういうことです・・・あー、ところでベニオット。一ついい話があるのだけれど」

ベニオット「なんだ?」

ヴラドニア「晴れて私が団長となった『境界線のない医師団(ノーフラッグ・ドラッグ)』ですが、ひとまず対外的な対策として、自衛部隊を強化することにしました」

ベニオット「自衛、か。確かに重要だな」

ヴラドニア「ええ。今の世の中なにがあるかわかりませんから。自衛の手段は必要です」

ベニオット「たしかにそうだな。それがなんだ?」

ヴラドニア「革命に参加しなかった元勇者や志願者、元傭兵などを中心に編成したのだけれど、これがどうも玉石混淆(ぎょくせきこんこう)。正直使えるかというと微妙なのよ」

ベニオット「だからどういう・・・あ、お前まさか」

ヴラドニア「ええ。自衛部隊隊長として部下たちを教育していただけないかと」

ベニオット「はぁー、まったく。ずるいよなお前は」

ヴラドニア「私自身にもメリットがある話です。貴方なら信頼して任せられるのだけれど・・・どう?引き受けてくださるかしら」

ベニオット「わざわざ問うようなことか?俺はお前の左目であり、剣だ。勝手にどこかへ消えてしまえると思ったか?」

ヴラドニア「ふふ、そうね。ありがとう、ベニオット」

ベニオット「ああ、こちらこそだ」

ヴラドニア「よし、そうと決まったらアニさんにも声をかけないと」

ベニオット「引き込むのか?回復魔法はまだ治ってないと聞いたぞ」

ヴラドニア「いくらオティスさんとともに旅をしてきたとはいえ、まだ12歳の子供なのよ。オティスさんの代わりに、私が力になりたい」

ベニオット「・・・そうか」

ヴラドニア「回復魔法ばかりがアニさんの力じゃないわ。優しい心を持っていて、思いやりがある。アニさんだからこそ救える人が居るはずなの」

ベニオット「決めるのは、アニだぞ」

ヴラドニア「わかっているわ。だからこれはあくまで提案なの。また、みんなで旅が出来ればそれがいいのだけれど」

(ノック音)

ヴラドニア「アニさん、アニさーん?・・・返事がないわね、寝ているのかしら」

ベニオット「気配探知はどうだ?感じるか」

ヴラドニア「ああ、そうね。目を貰ったとは言え気配探知は使えるのでした――っ!?アニさん!?」

ベニオット「・・・居ない、な」

ヴラドニア「どういうこと?周辺にもアニさんの気配がない」

ベニオット「ベットの上にメモがあるな、どれ――」

アニ   『ヴラドニアさん、ベニオットさんへ。黙って出ていってごめんなさい。お姉ちゃんを探してきます。またどこかで。 アニより』

ヴラドニア「なっ!なああああああ!?アニさん!?そんな、出ていっちゃったの!?」

ベニオット「・・・そうか。アニは、その道を選んだのか」

ヴラドニア「何納得してるの!?どうしようどうしましょう、急いで探さないと!」

ベニオット「もう、近くにはおらんかもな」

ヴラドニア「黙って居なくなるなんて・・・お別れも言えていないのに!」

ベニオット「そうすれば引き留められると思ったからだろ」

ヴラドニア「引き留められるようなことを考えているなら止めるに決まっているわ!すぐに捜索の手はずを整えないと!」

ベニオット「お前、もうそういうの動かせる立場じゃないだろ?」

ヴラドニア「そうだったー!」

ベニオット「アニならば大丈夫だろう。12歳の子供とは言え、あのオティスと一緒にいたんだ。また、どこかで巡り合えるさ」

ヴラドニア「・・・さては知っていたわね?」

ベニオット「ははは、何のことだかわからんな」

 

 

 

イフォニ 「はい、とりあえずここまで来ればしばらくは見つからないよ」

アニ   「こんなところが通れたなんて・・・知らなかった。本の世界みたいだね」

イフォニ 「こういう抜け道、各地にあるぜ?誰も知らない道だから迷わないようにしなよ。助けてもらえないんだからさ」

アニ   「ありがとう。ここまででいいよ、あとは自分で行くから」

イフォニ 「本当にいいの?君はこのまま、平和な日常を送ることも出来たろうに」

アニ   「いいの。お姉ちゃんが世界の広さを教えてくれた、知ることの楽しさを見つけてくれた。あたしね、もっと知りたいんだ」

イフォニ 「大した探求欲だこと。僕はもうこんなことやらないからね」

アニ   「うん。これからイフォニさんは、イフォニさんのために生きてね」

イフォニ 「君に言われたくないね。オティスのために生きようとしてるなら、今すぐ辞めるべきだ」

アニ   「そうじゃないの。冒険に出ようと思ったのは本心だよ。けどやっぱり、お姉ちゃんがいない世界は寂しいんだ。だからこれはあたしの我儘なの」

イフォニ 「どうなったかもわからないのに?」

アニ   「それを知りに行くんだよ。わけもわからないまま、勇者はいなくなりました!第1部完!なんてあたしが許せないだけ」

イフォニ 「その結果、最悪の結末が待っていたとしても行くの?物好きだなあ、自ら腕をずたずたにしただけじゃなくて、今度は心も壊しに行くのか。真正の被虐体質かよ」

アニ   「それでも、止まったままなんて嫌だ」

イフォニ 「ツッコミもなしか、悲しいな」

アニ   「心配なのか煽りなのか、不幸を願ってるのか知らないけど、この先が絶望だらけなんてことはない。だって、世界は広いんだもの」

イフォニ 「そうか、ならもう止めない。ただ一つ言うなら――死なないでね。オティスのためにも」

アニ   「うん、ありがとう。じゃあまたね、イフォニさん」

イフォニ 「まったく、見送り役は僕がやるべきじゃないでしょうに。けどまぁ、最後の仕事としては上々かな?ベニオットたちにはしばらく黙っててあげないとね」

キバイラ 「何よ、結局黙って見送ったん?」

イフォニ 「そういう君こそ」

キバイラ 「何も言わんと姿を消すて、オティスの身勝手さ受け継いではるわ。感心関心」

イフォニ 「まだまだ世界は荒れ模様。勇者特権者は野放しにされていて、戦争の余波はまだなおも各地を揺るがしている。そんな状況で女の子一人でいるなんて。死にに行くようなものだろうにね」

キバイラ 「その困難を越えられんようでは、オティスともう一度巡り合うなん不可能やろ」

イフォニ 「それもそうか。で、君はこれからどうするのさ」

キバイラ 「そうやねぇ、ひとまずうちに代わって首魁を騙る鬼擬きには筋を通さなあかんかもな?」

イフォニ 「結局気にしてら」

キバイラ 「奴に矜持があるか、信念があるか。珠酊院からうちが奪った首魁の座――成り代わる器がないんなら、『魔の海域』にでも沈めなあきまへんやろ?」

イフォニ 「いや同意を求められても困るんだけど」

キバイラ 「そういうあんさんは?火傷で満足に動かん体慮って隠居生活か?」

イフォニ 「僕は適当に生きるさ。これまでと何も変わらないとも。ただ・・・このまま平和になるなんて温い展開がこの世界であり得ると思う?はは、結局僕は逃げられないんだよ」

キバイラ 「そうやね。魔龍が虚構から現実に引きずり降ろされたことによって世界の調律が乱れた。因果律言う考え方もあるしなぁ・・・傾いた天秤の傾きを戻そうとするんなら、反対側に重り置かなあかん。何が、『重り』になるんやろうね」

イフォニ 「あはは、これから楽しくなりそうだ。あの時安易に殺されなくてよかった」

キバイラ 「――珠酊院、うちはまだ生きとるよ。あんさんの望みは、無念は、うちが絶対晴らすさかいな」

 

 

アニ   「お姉ちゃんはまた何処かに消えてしまった。死んだのか死んでないのか、どこかにいるのかどこにもいないのか、それはあたしなんかじゃ到底わからない。だから知りたい。知れるようになりたい。どんな結論が待っていたとしても、それを知らずに終わるなんて納得できないと思っただけ。原典の勇者の物語はここまで。ここからはあたしの物語だ。始めにも言ったでしょ?「高名な魔法使いとして名を馳せる」って。 あたしがそうなるのは、これからの話」

 

アニ   「待っててね、お姉ちゃん。絶対に追い付くから。もう二度と、ひとりにしないから」